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2008年8月11日 (月)

雑誌「正論9月号」東谷暁 著「日本経済の突破口」を読み解く

2008年9月号の雑誌「正論」に東谷暁 著「日本経済の突破口 第3回」と言うのがあった。
論じているのは「格差問題」
ここで、著者は「格差問題が議論されている間、私が違和感を持ち続けていたのは、いわゆる保守派の論者たちの格差論」と書き始める。
しかし、そこで論じているのは、多くの著書の引用で、非常に脈絡のないものだった。
だから、はっきり何が言いたいのかよく分からぬ事と相成った。
「日本の保守政権における格差論の問題点」の項目になるとやっと論者の言いたいことの本質が見え隠れしてくる。
それは、「私は郵政民営化に反対し、単行本まで執筆して問題点を指摘したが『官から民へ』『民にできるものは民へ』の大合唱に吹き飛ばされ、ほとんど注目されることはなかった。」と言う部分である。
しかし、郵政民営化の本質は、小泉元首相が常々言っていたことで明らかな通り、「財投資金の透明化」である。
当時、財投資金は大蔵省資金運用部が第二の予算として、自由に使いODAに、そして無駄な補助金に消えて何に使われているか分からなかった。
今や、元々の郵貯資金は実際のところ底をつき、自転車操業の上に運用失敗は税金で補填している始末。
そのようなことが明らかになり又官僚のポケットマネーのようにカネを使う事を押さえようとしたのが手っ取り早い郵政民営化だった。
改革には、当然副作用もあり批判もある。しかし、郵政民営化とは、官僚組織の切り崩し行政改革の第一歩だった事は間違いない。

‥‥という視点の違いに焦点を当てて読み進めてみると、要は「木を見て森を見ず」の議論だった。

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そして尚も、引用は続き、
米国の経済学者ポール・クルーマンの近書「格差はつくられた」を紹介し、同じく米国の政治学者ロバート・パットナム「孤独なボウリング」を紹介し、解説して行く。
その結論は、米国と日本とは違う。‥‥と「しかし、日本は違う」と長々と日本とは脈絡のない事を述べてきたのが何だというものだが、それを読まされる読者の方が迷惑千万である。
そして、一転「ジニ係数」に移りその比較というものがEU諸国。
その論点を参考のために引用してみると
「ジニ係数は上昇を示し、先進諸国のなかだけでみればデンマークやスウェーデンといった北欧諸国はともかく、フランスやドイツに比べても高くなり、イギリスやニュージーランドに近くなった。それでもなおアメリカほどの極端な格差社会は現出していない‥‥‥」
多少長い引用になったが、この「ジニ係数」が出てくると馬脚を現してしまうから面白い。
なぜなら、この「相対的貧困率」は相対的と言う言葉が明らかな様に実際の貧困を示していない事に尽きる。それは、平均的所得の半分に満たない人が、国民の中にどれだけいるかという指数であるからだ。
‥‥‥即ち、国民のほとんどが低所得者ならば「相対的貧困率」は低くなるというもの。
そして、みんなが高所得‥‥それは全員が公務員の社会であることは間違いない。
即ち、社会主義、共産主義と言うことになる。
スウェーデンの「ジニ係数」が小さいのは、国民の40%は公務員であるからでそれを維持するのに「死の商人」として世界第 11 位の武器輸出国であることを考えれば、論点がぼけてくる。
EU諸国の様に、サッカーのクラブチームを持てるほどの「ほんの一握りの大金持ち」と食料品、日用雑貨しか買わない、平均して所得は低い国民のEU‥‥などでは低くなるのが常識だ。
日本のどこにサッカーのクラブチームを持っている個人がいるのか教えて貰いたいものだ。

そして、「相対的貧困率」というのは、経済発展している「米国」などの経済消費国をコケにするEUが考え出した材料なのだと気づかないのは、「木を見て森を見ず」にやはり通じる。

文章も、10ページにわたる大論文。
実はほとんど飛ばし読みしてもしなくても何が言いたいのか分からない。

そこで、結論じみた部分を抜き書きしてみると、‥…
「今、日本がすべきは、まず踏みとどまることだ。そして正気に戻ることだ。」
いわゆる、グローバル化とハイテク化、マネーゲームを批判している。
それが、極端な格差社会を作り、国内の地域社会を崩壊させて、世界にリスクをばらまきと飛躍した書き方になっている。
しかし、現実問題として庶民は、ほぼゼロ金利に近い利子での銀行預金利回りでは、元が減るばかり。
そこで、それこそ「投機」という博打に走らなければならないのであって、元々のガンが日銀による低金利であると言うことに一切言及していない。
低金利であるために、日本は「サブプライム」の証券にも投資したし、年金資金は5兆円の運用赤字に見舞われ、庶民は金詰まりに陥っている。
その低金利による「円キャリー取引」と思われる投資資金。
安い利回りの日本債券の代わりに、米国債権を買うと言う行為による円安。
それが回り回って、消費の低迷になり工場労働者の賃金低下にも繋がる。
「踏みとどまっては」悶死すると言うのが庶民だ。
やはり、視点の違い。
そして、「保守」の名で行われてきた規制緩和や構造改革を大上段に批判している。
確かに、米国のいいなりに「内弁慶の」日本の官僚が約束してきたのが規制緩和。
その上、英国のようにTOBでは100%まで買い進めなければならないという‥‥様なことがない、不備だらけの官僚、政治家の不勉強は目を覆うものがある。
しかし、それは戦後の官僚支配体制からの政治を取り戻す手段ではある。

そしてまたまた飛躍するのは、
「日本社会の安定性と継続性から考え直せ」で
「戦後日本において、日本の地域コミュニティは激しく崩壊していった。そこでコミュニティ的要素を抱え込んだのが日本的経営の企業だった。‥‥‥中略‥‥‥こうした疑似コミュニティが日本社会全体に安定感を与えたことは否定できない。しかし、いまや日本企業から‥‥‥」
こんな風に、日本的企業コミュニティの復活を求めているが、もしそうであるならば今の日本の社会制度、社会主義的社会保障制度を全廃しなければならない。
そして、逆に社会主義的社会保障制度を奨め、家族の崩壊を助長するGHQMacArthurからの政策を改めなければならない。
なぜなら、最初にそのセーフティネットというものを崩壊させたのが、「農地改革」というものだった。
この政策の無謀さは、ヘレンミアーズの著書「アメリカの鏡・日本」(ヘレン ミアーズ (著), Helen Mears (原著), 伊藤 延司 (翻訳) )に寄るところではなくとも明らかだ。
そして、「農地改革」によって、小作農家が解放され裕福になったなどと教えるのは、「共産主義」の便法というものだろう。

結局、崩壊してしまったものを今何とか取り戻そうと努力しているのが「保守派」であって、その崩壊を奨めようとしているのがフェミニストや社会主義者と中央官庁の官僚たちであることは間違いない。
いや地方でも、「全国学力テストの結果を開示するよう求めた鳥取県情報公開審議会の答申を受けながら、再び非開示を決定した県教育委員会」(産経)という事例がある。
「市町村教委などから、競争をあおり、序列化につながるとの強い反発を受けての結論。」本当のところは、組合が強いところは学力が低く、その事実が明らかになってしまうことに躊躇しているだけだ。

そして、最後にこの論文の結論は、「踏みとどまれ」と言うことらしいが、こんな風に論点がばらけ、しかもピント外れの論点では何を踏みとどまって良いのか分からぬというものだ。

格差社会というものは、本来同質でない才能を持つのに一様に普通高校、そして何の役にも立たない大学へ進学。
大学から就職を夢見たら、適性試験でふるい落とされ、どこへ行っても同じ適性試験で門前払い。
本来の別の能力を試す事になしに、自信をなくして格差社会を恨むしかないと言う現実なのではないだろうか。
日本は、底辺から上にあがれる制度には既になっていない。
そして、米国は日本以上に学歴社会であると言うことを考える必要もある。

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