ハリー・ポッターと死の秘宝 日本語版への疑問 その1
ハリー・ポッターと死の秘宝 日本語版への疑問 その1
「ハリー・ポッターと死の秘宝」の静山社による日本語版を読まれた人も多いだろう。
日本語版が発売されてそろそろ1ヶ月経つ。小生もネットショップに予約していたから発売日の朝、宅配業者から本が届いた。
発売されて読みたくて直ぐに読んだかと言うと、梱包を解いて中身を確認したまま実は「積ん読」であった。なぜなら、既に原書「Halley Potter and the Deathly Hallows」は読了していたからである。
日本語の題の「死の秘宝」と言うのも妙な題だとそのうち考えて行くが、まず日本語版を読み進めて行くと「あっという間」に読めてしまうものである。しかし、残るのはスジだけ。その小説の情景というものがさっぱり浮かんでこない。だから映画になって「ああ~あんな状況なのか」と改めて再確認するという馬鹿な事が起こる。
それでなぜ読者のイメージが膨らまないのかとここで少し重箱の隅を突いてみたいと思う。
その重箱の隅の隅は、第一章「The Dark Lord Ascending」日本語版「闇の帝王動く」から。まず、ルシウスの大豪邸の表現。
原書では「handsome manor house」これを「瀟洒な館」と表現している。
確かに間違いない訳なのだが、本文でも分かるように「館」とは英国で見られるように貴族の城と言うものである。普通辞書を引けば「manor house」とは「領主の館」と言うもので普通の民家とは別物である。日本人なら英国貴族の城とは想像せず飛ばしてしまうかも知れない。
次に、時間いっぱいに到着する二人のDeath Eaterに対して、「遅い、遅刻すれすれだ」と闇の帝王が発言する。
しかし、原書では「You are very nearly late.」と如何にも貴族じみた言葉で、粗野な言葉遣いをしていない。実はそう言う貴族階級の実に嫌みったらしい言葉遣いが帝王の凄みを感じさせている。
そんな感じて、第三章のダーズリー家のバーノンおじさんのイライラ感が伝わってこなかったし、色々な重要ポイントで外すのはどういう事なのだろうか。
例えば、第7章「アルバス・ダンブルドアの遺言」でジニーとのラブシーンがある。この小説の唯一のラブシーンなのだが(実はもうひとシーン有)、前提の結婚式の準備の喧噪・誕生日の慌ただしさが背景になってここが成立する。
そこで変なのが「ミラマンのマジック幕‥‥‥とってもいいテントよ。以下略‥‥」と言う部分の訳。原文は「Millamant`s Magic Marquees」要するに今で言う宴会専門業者というもの。せめて「ミラーマン・魔法テント社」ぐらいの表現ならよく分かる。
そして、ジニーとのラブシーンでの最高潮の部分。
「私、そういう希望の光を求めていたわ」
原文は、「‘There’s the silver lining I’ve been looking for,’she whispered」で非常に素晴らしい表現なのである。実は、Every cloud has a silver liningという英国のことわざから来ているフレーズで単に「希望の光」ではないことがわかる。
日本語版では、短縮してしまったために、ジニーがハリーと別れるのに悲しくしようがない意味合いが薄れている。
実は、小生も最初「そこには、私が探し求めていた『明るい希望』があるのね。」と訳したが、やはり「そこに一縷(いちる)の『明るい望み』があるのね、私、それを探していたの」の方が情感がこもる。
ここの部分を原文に当たって訳していたので日本語版から見ると「つたない訳」だが、雰囲気を分かって欲しい。
…………………………………………………………………
「ハリー、ちょっとの間、ここに来ない?」それは、ジニーだった。
ロンは、突然止まった。しかし、ハーマイオニーは、ひじで突いて彼を連れて行って、
2階までロンを引っ張っていった。
ビクビクした感じで、ハリーは、ジニーの後について彼女の部屋に入った。
彼は、以前にも一度もその中に入ったことはなかった。
そこは、小さく、しかし明るかった。
壁には、魔法使いバンド「ウィード・シスターズ」の大きなポスターがあった。
他には、全魔女クィディチ・チーム「ホーリヘッド・ハーピーズ」のキャプテン、グエノグ・ジョーンズの写真。
机は、果樹園に面した開いた窓に面して置いてあった。
そこでは、ハリーとジニーは、クィディチでロンとハーマイオニーと両側に分かれて一回対戦したことがあった。そして、そこには、今や大人数を収容する真珠のような白い大きなテントがある。
てっぺんの金色の旗は、ジニーの窓の位置まであった。
ジニーは、ハリーの顔を見上げて、深呼吸して言った。
「17歳、誕生日おめでとう。」
「いゃ~ ありがとう」
彼女は、彼をなめいるように見ていた。しかしながら、ハリーは、彼女に振り返る事は難しかった。それは、まぶしいライトを凝視するようだった。
「良い眺めだ。」彼は、窓の方を指し示しながら弱々しく言った。
彼女は、これを無視した。彼は、非難は出来なかった。
「私、あなたに上げるものを考えることが出来なかったわ」と彼女が言った。
「君は、僕のために何も手に入れなくても良いのだよ。」
これも、彼女は同じく無視した。
「私、どんなものが有用なのか分からなかった。あまりに大きくないもの、なぜなら、あなたがそれを持って行くことが出来ないであろうから。」
ハリーは、彼女をちらりと盗み見た。
彼女は、涙ぐんでいなかった。それは、ジニーに関して、多くのすてきなことの中の一つだった。 彼女は、滅多に泣き虫でなかった。
ハリーは、6人の兄弟を持っていることが彼女を強くしたに違いないと、時々思っていた。
彼女は、ハリーに、より近くに近づいた。
「それで、それから私、考えたの。私を覚えていて欲しい何かをあなたにもって欲しいって。あなたが行動しているどんなときでも、あなたが休んでいるときも、もし幾人かの『ヴィーラ』に出会ったときでも、あなたには覚えていて欲しいの。」
「僕は、デートしている機会なんて、ほとんどあり得ないだろうと思うよ。正直なとこ。」
「そこに一縷(いちる)の『明るい望み』があるのね、私、それを探していたの‥‥」彼女はささやいた。
そして、それから、彼女は前にハリーに一度もキスしたことがなかったように、彼女はハリーにキスをした。
そして、ハリーは彼女にキスを返した。
それは、ファイヤー・ウィスキーを越える幸せに満ちあふれた、忘却の状態だった。
彼女は、世界中で唯一の現実のものだった。ジニー、彼女の感触、彼女の背中の手、彼女の長い、甘く臭う髪。
彼らの後ろのドアが、バタンと音をたてて開いた。
とたん、彼らは飛び退いて離れた。
「おぅ、ごめんな」とロンが鋭く言った。
「ロン!」
………………………………………………………………………
ハリーというのは、少し内向的で皮肉屋の面がある。
このシーンではハリーは照れくさくて、部屋中を眺め回し窓から外を見ていて、中々ジニーに目を合わせようとしない。別のシーンで見つめ合ったりしているのにである。
‥‥そんな雰囲気を出して訳出した。
実は、「found it difficult to look back at her」をどう訳すかで多少意味が違ってくる。
look backは、辞書で調べると「振り返る・振り向く」で「見返す」という事は書いて無かった。
日本語版では、「見つめ返す」の表現になっている。
以下原文‥‥
‘Harry,will you come in here a moment?’It was Ginny.
Ron came to an abrupt halt,but Hermione took him by the elbow and tugged him on up the stairs.Feeling nervous,Harry followed Ginny into her room.
He had never been inside it before.It was small,but bright.There was a large poster of the wizarding band the Weird Sisters on one wall,and a picture of Gwenog Jones,Captain of the all witch Quidditch team the Holyhead Harpies,on the other.A desk stood facing the open window which looked out over the orchard where he and Ginny had once played two-a-side Quidditch with Ron and Hermione,and which now housed a large,pearly-white marquee.The golden flag on top was level with Ginny’s window.
Ginny looked up into Harry’s face,took a deep breath and said,
‘Happy seventeenth.’
‘Yeah...thanks.’
She was looking at him steadily;he,however,found it difficult to look back at her;
it was like gazing into a brilliant light.
‘Nice view,’he said feebly,pointing towards the window.
She ignored this.He could not blame her.‘I couldn’t think what to get you,’she said.
‘You didn’t have to get me anything.’She disregarded this too.‘I didn’t know what would be useful.Nothing too big,because you wouldn’t be able to take it with you.’
He chanced a glance at her.She was not tearful;that was one of the many wonderful things about Ginny,she was rarely weepy.He had sometimes thought that having six brothers must have toughened her up.She took a step closer to him.‘So then I thought,I’d like you to have something to remember me by,you know if you meet some Veela when you’re off doing whatever you’re doing.’
‘I think dating opportunities are going to be pretty thin on the ground,to be honest.’
‘There’s the silver lining I’ve been looking for,’she whispered,and then she was kissing him as she had never kissed him before,and Harry was kissing her back,and it was blissful oblivion,better than Firewhisky;she was the only real thing in the world,Ginny,the feel of her,one hand at her back and one in her long,sweet-smelling hair.
The door banged open behind them and they jumped apart.
‘Oh,’said Ron pointedly.‘Sorry.’
‘Ron!’
それにしても、上巻の中で最も酷いものは「Trace」と「Deluminator」に尽きるのではないかと思う。
「Trace」は、日本語版では「臭い」と表現する。
Traceこれは「未成年者魔法・追跡魔法」とでも言うべきもので「臭い」という表現では違和感がありすぎないかというものだ。Tracerには曳光弾という意味があって、臭いではおかしい。単に「追跡魔法」でも良かったのではないか。
「Deluminator」は、ロンが貰ったダンブルドアからの遺産。
これを単に「灯消しライター」と訳してしまうところに何やら、軽薄感がある。
なぜなら、第1巻で違う表現で出ているからだ。
その他、ロンが下品な言葉を散々放つが、「Merlin`s ‥‥‥」の部分で最初はそれなりの「言葉」の表現だったのが、その後いきなり「マーリン‥‥」が出てきても何を言っているのか分からないだろう。
Merlinというのは、英国アーサー王時代の魔法使いで、知っている人は知っていても何を意味するのか分からぬというもの。
下品な言葉だから、どうでも良いと言うものではない。
こう書くと大した事ではないと思うかも知れない。しかし、全般的にこんな調子で訳されると原文の良さが伝わってこない。
当たらずとも遠からずの訳ではあるが、日本語版は、大方細部を省略して単純な言葉にしてしまっている様な気がする。
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