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2008年9月19日 (金)

無能な教育者の常套句「知徳体、総合力の育成」

無能な教育者の常套句「知徳体、総合力の育成」

公教育に関して、いつも問題になるのは結果を大切にするのか、又は過程を大切にするのかと言う事である。
わかりやすく、理系大学の卒業論文で例を引いてみる。
‥‥‥と、学部卒の卒業論文はその研究が成功しなくても卒業研究で失敗と書き、卒業研究発表会でその経緯を説明すれば卒業は出来る。
これは、研究をしたという実績を重視するもので、これが教育の「過程」である。
一方、大学院の修士、博士となると「修士論文」、「博士論文」は全てサクセスストリーになる。要するに「結果」重視。
より分かり難くなったかもしれないので、高校レベルまで下げると、上手い授業をする教師と授業中いっぺんでも教科書を開かず雑談ばかりしている教師との違いに見られる。
そして、不思議なことに「有能な教師」は無能な教師によって常に非難されていたりする。
なぜなら、同じ試験をやって平均点が10点以上違うからだ。
その上不思議なことに、そう言う「無能な教師」ほど発言力が強く、かつ出世をするという事がある。
挙げ句の果てに、「有能な教師」にまともな授業をさせない事にもなる。
それでは困るというので、その「無能な教師」に「良い授業」をやれと意見すれば、「学校は大学受験」の為ではない、学校ではクラブ活動などで情操教育をするものだ、とのたまう。
それでいて、大学進学率には興味津々だから不思議なものだ。

この様に見てくると、当たり前だが、教師として無能な人物ほど教育した結果を公表されることを拒む。それは、ろくな授業をやっていない現れなのだが、彼らは教育は学力ではない「結果ではない」という。
それでその教育によって‥‥というか情操教育なり、体育なりによって生徒、児童が成長したかと言うことに関しては調べようがない。

9月18日、大阪府教育委員の井村雅代氏(北京五輪シンクロ中国代表ヘッドコーチ)と、木戸湊(あつむ)氏(元毎日新聞大阪本社代表)が、今月末の任期満了を前に退任会見を開いた記事を読むと色々と面白い。
基本的には、両人は経歴からいわゆる「左派人士」に分類されると思うが、井村雅代氏は元中学教師を経験後、コーチの他教育委員を12年もやってきたと言うから考えさせられるところがある。
そして、橋下知事への反論として‥‥

「教育委員がお飾りだったら、暇でないのでやめている。実態を知らずに言っている。」「(知事と)話し合う場がないのに、簡単に『ビジョンを言え』『ハイ』とはならない」
としている。(共同)
又、井村委員は「学力テストの結果を公表すれば悪い波紋も出てくる。何でも公表すれば平等という考えは間違い」と主張し、「公表を求めるだけでなく、市町村教委をサポートする策を考えてほしい」と要望した。(産経)

このことからも見ているように、井村雅代などは教育としての「結果」を出すというのではなく、「教育をした」という経過を見ていると言う事である。

不思議なことに、シンクロコーチとして結果重視してきたはずなのに、一転「教育」と言うことになると思考停止するようだ。
いっぺんでも教師をするとそう言う思想が染みつくのかもしれないが、昭和25年生まれという学生運動世代の人の思考は知るよしもないと言うところだ。

この「学力」より「知育」と言いながら「自由放任主義」として何もしないのは、例の「ゆとり教育」に通じる。

吹田市の阪口市長は「吹田市の阪口善雄市長が19日、田口省一教育長に、非公表を支持する考えを伝えた。阪口市長は『限られた教科の点数だけでは公教育の成果は計れない。(点数公表をめぐる)ばかげた議論には付き合えない』と橋下知事の姿勢を痛烈に批判した。」
「点数至上主義よりも知徳体、総合力の育成に力を入れていきたい」と強調。(産経)

‥‥とあるように、この学力より「知徳体、総合力の育成」というのは、以前からの学力不振に時に使われる、逃げ道の常套句だというのが図らずも証明された感がある。

昔から言われているのは、日教組の勢力が強いところは教育レベルが下がると言うこと。以前、文部科学省と日教組は「手打ち」したことが報じられていた。
文部科学省と日教組は「手打ち」は、お互いの共通する思想が似通ってきたと言うことであり、又事なかれ主義というものだ。
そう言えば、それは例の「ゆとり教育」頃だったかもしれない。

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