« 高崎商科大学附属高・東京農業大学第二高校バトンM・ぐんま総文・パレート part27 第15小隊・第27悌団 | トップページ | バブル建物の典型「私のしごと館」の不思議な世界 »

2008年9月 3日 (水)

中央銀行の役目を放棄した日本銀行の意味とは?

中央銀行の役目を放棄した日本銀行の意味とは?

最近の日銀の動向を見ていると、日銀は利上げにも、利下げにも動けない、「動かない」という論調があり、又日銀首脳もその様に発言している。
そして、各種の新聞の経済記事ても異口同音に、しばらく利上げはないと種々な経済評論家が言う。
日銀は、既に0.5%で利下げというのも出来るはずもなく、本来10年近くやってきたゼロ金利政策など世界中どこの国でもやったことがない実験そのままだった。
そして、その経済の実験を何の経済理論もなく、そして見通しもなく行っているというのは単なる怠慢としてか思えない。
要するに、苦しんでいる庶民より高給を貰う日銀の役員達は、サミュエルソン(「経済学」の著者)に言わせれば「オウムでさえも博識な経済学者に仕立てることが出来る」という単なる「米国経済学」の受け売りをしている人達にすぎない。
但し、「米国経済学」ではゼロ金利、ゼロに近い低金利で10年以上運用すればどうなるか書いていないに違いない。なぜなら、そんなことは馬鹿げたことだからだ。
しかも、今の限りなくゼロに近いコンマ以下の公定歩合の根拠を聞きたいものだ。
こんな程度で利上げもあったものではない。
利上げしても精々1%にする程度。
ゼロ金利時代は、米国は約5%もの公定歩合だった。
要するに、日銀の政策というものは米国に日本の資金を提供すると言う政策に他ならない。
実際、日本の金融機関をゼロ金利にする事で貸出金利との差を拡大させて、不良債権の償却を早めようとして事は分かる。
しかし、それは国民から利子、国からは利子税という膨大な金を金融機関に所得移転させたにすぎない。しかも、その不良債権処理のお陰で今でも大規模金融機関は法人税を払っていない。
その上、金融機関には国から資金注入までして、完全に立ち直った。
ところがその実態は、高金利時代に据え置かれたままの金利を支払い続けた中小零細企業は、最終的に身ぐるみ剥がされて破産の憂き目。
担保を取られた上で、ゼロ金利時代と言うのに10%以上の金利を払って事業を継続出来る会社はない。10%の金利を取れば10年で倍になるように、結局元金を完済してもその利子のために元金は減らず、最後には担保を競売に掛けられて一巻の終わり。
金融機関は、貸し倒れと言うが原本は取り返した上に、実はその残りは高金利で得た「利子」というのが実のところだった。
だから、ゼロ金利政策というのは庶民経済のためでもなく、当然国民の三分の二が関係する中小企業のためでもないと言うことが明白だった。

だから、未だに公定歩合0.5%というのどういう意味があるのか聞いて見たい。
そのお陰の弊害というのが、年金運用の5兆円の損失だったり、たかが4%の利子が欲しいばかりに、海外の怪しげなファンドに投資して100億円もの金を失ってしまった年金組織もあった。
日銀は、利上げを当面しないらしいと言うことは、「円高にならない」と言うことだ。
今、「1ドル=108円05~10銭。ユーロは23銭円高ユーロ安の1ユーロ=157円58~63銭。」だ。
かって、1ユーロは110-120円程度だった。それから見ればユーロは3-40%も切り上がった事になる。
実は切り上がったのは米ドルに対しても同じ割合で、相対的に日本の円というものは切り下がった、円安になったというものと同じだ。
だから本来なら1ドル80-90円というものが、米国経済を反映するとすれば妥当なのではないだろうか。
単純に計算すると、今160円のガソリン価格が110-130円になる。
この価格というものは、実はサププライム問題が顕在化する前のガソリン価格である。
それかそうなっていないというのは、日本のシステム自体がおかしいと言わざる終えないだろう。

正直言って、経団連も政治家も日本の中枢の人達が見るも哀れな「経済音痴」になってしまったと言うのは国民にとって不幸だ。
この人達が、言うことなす事、未だに「途上国日本」という感覚を剥きのままにするのは、彼らが要無しの人達であることが良く分かる。
ここ10年、本来日本では既に役に立たない人達が、やっと自分の番が回ってきたと古い観念で運営しようとした間違いがある。
それは、今退陣した福田政権の閣僚も党三役などの要職の人達を見れば良くなるほどである。
どう考えても、世界的に見て一世代前の感覚の人達だ。
それが、福田政権の支持率が上がらない敗因があった。彼らに対しては、MacArthurよろしく「老兵は死なず、ただ消え去るのみ(Old soldiers never die; they just fade away.)」で去ってもらいたいものだ。

そして、もし日銀がこの超低金利政策を続けるなら、その経済シミュレーションと経済学理論を公表すべきではないか。
国民に苦難を強いながら、国民の代表である総理より高給を無駄に食むような人達を国民は許すまじ、というのが心境である。

|

« 高崎商科大学附属高・東京農業大学第二高校バトンM・ぐんま総文・パレート part27 第15小隊・第27悌団 | トップページ | バブル建物の典型「私のしごと館」の不思議な世界 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中央銀行の役目を放棄した日本銀行の意味とは?:

« 高崎商科大学附属高・東京農業大学第二高校バトンM・ぐんま総文・パレート part27 第15小隊・第27悌団 | トップページ | バブル建物の典型「私のしごと館」の不思議な世界 »