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2008年10月 5日 (日)

書道芸術院秋季展 2008 その2 東京セントラル美術館

(財)書道芸術院が主宰する書道芸術院秋季展の秋季菊花賞の表彰式と研究会。
実際のところ、作者に質問させる時間がなかったから無難に終わったという感じある。
しかし、本当のところを言うと、他の展示作品‥‥財団役員と院展に出品した審査会員のうちで峰雲賞の候補として挙げられた選抜者(選抜作家)の作品を比べれば歴然とした差がある。
審査会員候補と審査会員とは、それだけ研鑽の度合いが違う。

席の二番目なので、紺紙に金泥で書いてある写経の様なもの。
作者は、若い頃は1日で全文書けたものが、最近は1日に4行程度と言っていた。
紺紙金泥で書くというのは、過去の写経を見るとおり1000年経っても変わらない輝きを持つ。
しかし、最近の紺紙金泥作品というのは、紺紙はくすんで金は沈み込んで輝きを示していない。
どう考えても本物の金をニカワで溶いて使っているとも思えない。
日本画用では、「鉄鉢入り純金泥」(5000円以上)という簡易的なもののあるが、多分書道の「写経用金墨」(3000円強で売っている)などではないだろうか。
実際紺紙は、鳥の子を買ってきて、ドウサ引きから始めて‥‥作れば全然違うものが出来る。
しかし、展覧会ではあまり見たことがない。









後ろの方では、結構だらけてしまった様な感じ。
菊花賞をもらった候補の人も実は、色々な人に批評をして貰うと言うことが非常に大事なのである。
なぜなら、そんなときでない限り「偉い先生」に批評して貰えないからだ。
結果、単なる鑑賞会に終わってしまった感が強い。

そして、全体の鑑賞会が終わったあと、レセプションまで2時間近くあった。
その間、受賞者が批評を聞いていると言う例を探しては見たが、確認しているものとして1例しかなかった。
実にもったいない事ではないか。



最後の閉会の言葉で、浜谷先生が富山の「エッグ・フェスティバル2008」というポスターを示して何やら話していた。
要するに、「殻を破る」と言うことらしいのであるが、「殻を破る」という事だけが耳について内容については良く分からなかった。
元々富山弁の語尾の強い言い方が特徴で、余計に分からなかった気がする。

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