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2008年10月19日 (日)

前橋まつり その6 祭りの後始末

今日19日、前橋まつりに参加した町内の打ち上げに参加しました。
子供達と若いお父さん方は、18日にバーベキューがあったと言うことですが、年寄り?は今日の町内の安い中華料理店での宴会に。
最近では、町内の行事に余り出なくなって何やら行きにくい雰囲気もあるかな、と言うところでもある感じがします。
さて、まつり最終日の写真は‥‥



夕刻になって、何やらうら寂しく帰るところ‥‥ここに写っている人のほとんどは、子供の宴会の方。



旧利根川の川底の下町から坂を上るところ。
この道は、五間道路といって戦前はメイン道路だった場所、今では道路名でさえ知られていません。
国道17号という道はありませんでした。
この南に下ると元々は沢で、厩橋城の堀がこの道に沿って点在していました。
これは、昭和16年の前橋市の地図を見ると明白に描かれています。



県庁の通りに近くなったところ、未だ坂道は終わりません。
もう少し行くと、今度は南に道が傾斜しています。
前橋と言うところは、群馬の山間部から出てきて丁度平野が広がるところ。
利根川の扇状地です。
それで、気候は東京と代わりませんが、逆に内陸部だけあって雨が少ない感じがします。
それと、前橋市は河川敷でもあるので20m掘ると利根川の砂利になって地盤が良くありません。
一方の北の渋川に行くと、市全体が「岩盤」の上にあるので地震でほとんど揺れないと言います。



ようやく公民館に到着、後からもう少し郊外の山車が通過します。
多少坂道ですからスピードが出ます。この坂は関東平野全体の南東へ傾斜しています。
関東平野全体が、利根川と荒川の扇状地とも言えます。



続けて二台。




後は、山車の飾り付け解体と後片付けが残っています。
今日19日の打ち上げで、祭りは完全に終わりました。
来年は、どうなるのかと言うところでしょう。
ちなみに、山車には中学生以上は乗りません。
小学生で終わりと言うことになります。
小生が小学生の頃は、実は別の町内でした。その後、町名変更に伴って、町内の組み替えがおきて今の組になったと言うわけです。
その時の公民館も潰されて、昔の歴史は塗り替えられてしまいました。

だから、昔、子供時代は山車を引かせて貰えず、当然太鼓を叩いたこともありません。

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