« 再評価されつつある「リチャード・クー」氏の妄言 | トップページ | 社会主義国に回帰しようとする日本経済の惨状  その2 »

2008年10月27日 (月)

社会主義国に回帰しようとする日本経済の惨状  その1

社会主義国に回帰しようとする日本経済の惨状  その1

2008年10月26日付読売新聞朝刊13S一面に「市場大混乱・どう立ち向かう」(中)では、あの「加藤寛」氏がインタビューに応じている。
題して「内需主導で活路を探れ」内容は、‥‥大前健一氏「ニュースのポイント」http://blog.goo.ne.jp/ohmaelive/m/200810‥‥というWebサイトで主張する大前健一氏の意見と、瓜二つで今は総論としてそんなところしか思いつかないというのが誰でも思うことだ。
しかし、この加藤寛氏はかっての国鉄民営化に関しては功があったかも知れないが、その後のバブル経済に関しては「ハブル潰し」に荷担した言動をしていた。
後に、自身は「バブル潰し」には反対していたと「嘘」を言っているのが白々しいものだ。
「バブル潰し」反対だったのは竹村健一氏のみだったことは、当時を知るものとしては記憶に新しいものではないだろうか。
早く言えば国鉄民営化で終わってしまった経済学者で、その後はその時の雰囲気で言動をすると言う人物だろう。
さて、今の日本経済は一時的に強烈なスタグフレーションに入ったが、この経済危機に入って逆にすくわれた感が強い。
ほんの少し前の夏、ガソリン価格180円・190円(レギュラー)していたのに、10月26日スタンドの前を通ったら139円だった。
そうであるならば、他の製品の価格も下がったかと思えば夏に高止まりしたまま下がっていないものが多い。今後年末に向けて全体に価格が下がらない限り、物価は上がったままと言うことになりかねない。
そして、今の日本が、スタグフレーションStagflationに陥っていると言うことは、日銀は否定しているかもしれないが誰もが認めるところではあるのではないだろうか。
昨日25日紹介した「アメリカの高校生が読んでいる資産運用の教科書」山岡 道男 (著), 淺野 忠克 (著) アスペクトISBNコード978-4-7572-1550-4 /1,785円/ 2008年10月
においても、スタグフレーションStagflationに陥っているとはっきり書かれている(p110)から経済学者もその認識だと言うことだ。
そして、なぜその様になってしまったかと言うことに対して、あまり検証されていないと言うのか、どこからもそんな意見が聞かれてこない。
「バブル潰し」の時は躍起になって批判したNHKも、今は住宅ローンの借り換えの勧めぐらいで、日本経済を検証しているように見えない。
その借り換えとて、出来るのは余程運の良い人しかいない。

要は、いつも述べているように「ゼロ金利政策」という「バブル潰し」と同じように、有史以来どこの国もしたことがなかった経済の原則を破った実験だったと言うことにつきる。
そして、「バブル潰し」による影響が失われた10年と呼ばれる不況を起こしたように、「ゼロ金利政策」とその後に続く「低金利政策」と言うものが、スタグフレーションを起こして、もう一つの失われた10年を引き起こしていると言うことだ。
この低金利政策による弊害は、生保の破綻、年金、社会保険組合の事実上の破綻ということに出でいる。
又、円キャリートレード、「米国主導の」貯蓄から投資へという流れを作って、日本から資金の流出と今回のサププライムローン(ランク付け‥‥プライム〉ニアプライム〉ノンプライム〉サブプライム)の破綻による経済恐慌によって被害を被った。
物の本に寄れば、

「低金利になれば、銀行の預金金利が下がり、家計や企業は預金をしないで又は、銀行から金を借りて消費や投資をする。
その結果景気が良くなる」

‥‥と言うのが米国的な経済の原則と書かれている。
多分、日銀などの政策当局はその米国経済の教科書通りのことをやった。
但し、彼らは実際のところ物を買ったことはないし、個人として運転資金を銀行から借りたこともない人種だ。
かって、バブル(1989年頃)潰して有名になって「平成の鬼平」の異名を取った三重野康総裁(1989年12月17日 - 1994年12月16日)は、満員電車で通勤したこともなく、スーパーで買い物をしたこともない人物だった。(「平成の鬼平三重野康日銀総裁は日本経済を滅ぼしたのか」、「世界デフレは三度来る」竹森俊平・講談社・2006年4月)
所詮役人にすぎないというところだ。

日本が低金利政策そして、遂に「ゼロ金利政策」に突入したとき、どのような状況になったのか、多分日銀などの金融当局は分からなかったのだろう。
政策金利を下げれば、金を借りる人が増え消費が増えると思ったのだろうか。
実際は、「ゼロ金利政策」時の経済状況はリチャード・クー氏の言うとおりである。
バブル景気の崩壊と共に土地価格の下落は、土地価格の含み益を半減させて金融機関は低金利にも係わらず貸し渋り、貸しはがしを始める。
特に、返済不能と判断した途端に差し押さえ、競売を強行して時の政府が奨励していた不良債権の処理を促進させた。
そして、未だ余力ある企業には返済を迫るという構図は最近の傾向と変わっていない。
その上、企業も個人も未だ利子が高いときに借りた資金や住宅ローンが残った。
企業は高い金利そのままに借り換えて、利子だけを払い続け、個人の住宅ローンは土地建物の資産価値が減少したために、借り換えも出来ない状態が続くと言う次第だった。
「ゼロ金利政策」による低金利時代になっても、実態は結構高い金利を支払わされていたと言うのが現実なのである。
そうした中での資産デブレと言われた経済は、実体経済としてのデフレに移行し、デブレの時は低金利とはいえ実質金利は上昇する。
デフレの時は預金よりも借りた金を返すと言うのが鉄則である以上、市中から金がなくなってデフレスパイラルになったと言うことだ。
 その2 へ続く。

|

« 再評価されつつある「リチャード・クー」氏の妄言 | トップページ | 社会主義国に回帰しようとする日本経済の惨状  その2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 社会主義国に回帰しようとする日本経済の惨状  その1:

« 再評価されつつある「リチャード・クー」氏の妄言 | トップページ | 社会主義国に回帰しようとする日本経済の惨状  その2 »