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2008年11月 8日 (土)

亡き筑紫哲也氏とは、ジャーナリストではなく新聞社の社員出身が正しい?

亡き筑紫哲也氏とは、ジャーナリストではなく新聞社の社員出身が正しい?

筑紫哲也氏が亡くなったのは、7日の報道を見て知っていたが、2008/11/08のスポーツ報知(報知新聞)の一面が筑紫哲也の死亡記事とは‥‥
まるで、筑紫哲也氏が追加のノーベル賞でももらったのかと訝るものだった。

そして、27面には「代わりの人いない」として鳥越俊太郎、武田鉄矢、広島・松田元オーナー、大田元沖縄県知事、草野満代キャスター、辻元清美、吉永小百合、立花隆という人達が発表したようなコメントが載っている。
立花隆氏のコメントは、新聞各紙も同じ、大田元沖縄県知事の発言は「琉球新報」が同じ文面で報道しているから元はここなのか。

いずれにせよ、当たり障りの無いと言うかかなり思想のよく似た人達の意見ばかりのようだ。そして、吉永小百合氏の様にどう考えても「社交辞令」の様なものもあり、辻元清美衆議院議員の様に政治的なつながりというのもある。

日本人は、故人に対する批判はあまりすることは少ない。
亡くなれば皆良い人‥‥とは、日本人特有なものだろう。
一方、大陸系の中国では、墓を暴いて鞭で叩いて打つ壊すとか、抹消してしまうということも歴史書には書かれている。
ヨーロッパ人も同じようにフランス革命の後、ブルボン王朝、カペー家、その他王族と見られる墓は全て暴かれて、棺も破壊され消滅した。
ルイ16世、マリーアントワネットでさえ空き地に放り投げられて棺に入れらること無くそのまま埋められた。
だから、日本人というのは本当に優しい民族である。
しかし、この筑紫哲也氏というのは、そう思っていなかったらしいことが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で見ると良く分かる。
それは、筑紫哲也氏の批判のオンパレードである。

そして、いかなる批判も無視して、自分が言った批判も自身には適用しないとか、自身が絡んだ事柄に対してしらを切るとか見苦しい面が多々見られた。
大きく批判されたことと言えば、
中島清成氏(76=元日刊スポーツ新聞社)の追悼文で‥‥
「テレビでの、彼の至高の発言は、TBSの社員が旧オウムに情報を流し、不幸な悲劇が起こった時、『TBSは死んだ』と自らの番組で言い放ったことである。新聞記者だからこそ、言えたのだ、と私は思う。」
普通ならそれで「NEWS23」番組を降りるというなら話は分かる。
しかし、「TBSは死んだ」と言いながら自らは知らぬふりをして居残った。このことに対して批判を浴びたが、「蛙の顔に水」というヤツだった。
そして、筑紫哲也氏が「拉致問題」に対して非常に冷淡であったと言うことはよく知られたことである。
一方、週刊金曜日での問題が起きたとき、週刊金曜日の編集委員であることを隠して論説したりやりたい放題だった。

この様にして、筑紫哲也氏を見てみてるとテレビへの「出演」ということに対して非常に執着心が強く、自身の信念などかなぐり捨ててでも今の地位を守るという姿勢が見える。
江戸時代の武士がプライドを保つために、「食わねど高楊枝」と「やせ我慢」をしていたのに対し、「やせ我慢」という言葉など皆無というのは、この様な人物ではないか。

はっきり言って、
「キャスター筑紫哲也は、最後まで、言論の魂、新聞記者としての志を胸に刻んで、この世を去った。(元日刊スポーツ新聞社編集担当取締役中島清成)」
というのは大嘘だ。
新聞記者としてのプライドなどなく、新聞記者でもなかったのではないだろうか。
正確に言えば、新聞社の社員だったというのが本当だ。
そうでなければ、あの「執着心」と言うものに説明が付かない。 

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