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2008年11月12日 (水)

田母神俊雄・前航空幕僚長の参考人招致で思う危険な歴史の流れ

田母神俊雄・前航空幕僚長の参考人招致で思う危険な歴史の流れ

この「参考人招致」は端的に言って、無意味な政治ショーだったと言って過言はない。
しかしも国民から見て、日本の歴史感はいつの間にか20年も反転してしまったかのと思わせるものがある。
少なくとも、この四半世紀にはソ連の崩壊があり、日本国憲法の(日本の要人、政治家が白を切っていた)成立過程が米国の公文書館から明らかになり、暗号文書、未公開資料が明らかになった。
しかし、そう言う歴史の流れを無視する又は、否定するというのが、以前から述べている読売新聞の読売的日本の歴史観であり、監修した保坂正康氏など。
そして、「田母神俊雄・前航空幕僚長」問題で問答無用と一番激しく批判しているのが不思議と「読売新聞」であると言うことにある違和感がある。

そして、その理由の最たるものの一つが、単に自身の保身でしかないというのは、悲しいことではないか。
なぜなら、もし最新の新事実を採用してしまえば、自己の主張する歴史観の否定に繋がり、著書は紙くずとなるというからだ。
たとえば保坂正康氏などの似非保守派という人物がなぜ、「ナショナリズムの昭和」(諸君)という連載をしているのかと思ったら、同じ雑誌「諸君12月号」で西尾幹二氏が「雑誌ジャーナリズムよ、衰退の根源を直視せよ」で書いている。
それは、「論座」、「現代」、「世界」という「左寄り」の雑誌が衰退して廃刊になり、今や「文藝春秋」と「中央公論」が最左翼の座を占めたという。
そう言えば、「諸君」も(株)文藝春秋の発刊。
以前から雑誌「文藝春秋」というのは、何か奥歯に物が挟まったというか「言うべき事を言わない」雑誌であると思っていたから、最近ではあまり読んでいなかった。

そして思い起こされるのは、同じような現象が政治の世界にもあった。
元の社会党というのには、左派、中間派、右派という派閥があった。
もっとも保守に近かった党員は、当時の民社党へ分裂したから社会党右派といっても、南京大虐殺の碑を当時の中国の地方政府の反対を押し切って、自費とカンパで建てるような人達だった。
それが時代の流れによって、社会党左派は新社会党などに分裂した後消滅し、右派は民主党に合流して、残った当時の土井委員長(参議院議長)などの社会党中間派というの最左派になってしまったというのは歴史の流れだった。

ところが、前航空幕僚長の参考人招致の様子をWeb版の新聞で読んでいるとそんな社会の流れというものが何もなかった様だ。
そして、不思議なことに田母神俊雄・前航空幕僚長を参考人招致で読んでいながら、思ったほど発言させず、又「論文の内容」の一つさえ触れないという異常なものだった。
北沢俊美・参院外交防衛委員長(民主党・旧社会党系)は、

「本日、参考人に出席を求めた趣旨は、国民の代表機関たる国会の場において政府に対し、この問題をただす一環として招致したものであり、決して本委員会は、参考人の個人的見解を表明する場ではありません。参考人におかれてはこの点を十分に理解し、質疑に対し、簡潔にご答弁をいただきますようようお願いをいたします。」

と実は田母神俊雄・前航空幕僚長に発言させないように仕向けている。
一方、

「昭和の時代に文民統制が機能しなかった結果、三百数十万人の尊い人命が失われ、また、国家が存亡の淵に立たされたことは、忘れてならない過去の過ちであります。国家が存亡の淵に立った最初の一歩は、政府の方針に従わない、軍人の出現と、その軍人を統制できなかった政府議会の弱体化でありました。こうした歴史を振り返りつつ、現在の成熟した民主主義社会の下において、国民の負託を受けた国会がその使命を自覚し、もって後世の歴史の検証に耐えうる質疑をお願いする次第であります。それでは質疑のある方は順次、ご発言をお願いします。」

という北沢俊美の歴史観に基づくと宣言している。
なぜなら、日本人の「三百数十万人の尊い人命」をひっくるめて「忘れてならない過去の過ち」と過去の日本を守ろうとして戦った日本人を非難している点では無かろうか。
そして、「国家が存亡の淵に立った最初の一歩は、政府の方針に従わない、軍人の出現と、その軍人を統制できなかった政府議会の弱体化でありました。」ということは一面的で、「軍人が悪」いという東京裁判的歴史観と言える。
これは「ニュールンベルグ裁判」ではドイツ国民と「ナチス」を分離して、「ナチス」だけを裁いたことを、単に日本の東京裁判に導入したにすぎない。
しかも、ドイツでは、ベルリン裁判ではなく「ニュールンベルグ」というナチスの発祥地で行ったものであるというのことを、多分理解していないのに違いない。

そして、質問自体が基本的な事実に踏み込まず、概念的なものになってしまったと言うのは、民主党でさえ、「茶番劇」であることを認識すると共に「中国・韓国」に対する「忠誠心」を現したものだと言える。
【民主党・犬塚直史氏の質問】で

「しかし、今おっしゃったような侵略の定義は、一国の憲法を超えた問題。立法府の議題だということをご認識いただきたい。外から見て、国会がしている議論に歯がゆい気持ちをお持ちになるかもしれない。ただし、立法府で決まったことについては行政府が粛々と実行していく、という国家運営の基本をないがしろにするような言動について、私は田母神氏の個人的思想信条についてうんぬんするつもりはないが、しかし、この件への政府の受け止め方は軽すぎる。首相のぶらさがりの答弁も、非常に軽いことをおっしゃっておられる。防衛相は、今回の田母神氏の言動は3権分立という原則に対する重大な挑戦だとは思われないか。」

多分国民から見れば、「歴史認識」と言うものを政治で規定する。
それも国会で否決されて、閣議決定という裏技で発表規定された「村山談話」。
要するに、犬塚直史氏の言う「三権分立」に反して行政が独走したのが「村山談話」という、以後の国の政策を「思想」規定する政策である。
そして、「村山談話」に関して国会決議として、又選挙をしたとは認識していない。

だから、その「村山談話」は、閣議決定という枠を越えた越権行為ではないかというものだ。
しかも、その政府見解が「歴史的事実」であるとは言い切れない場合、「歴史認識」は個人に任せるべきことのはず。そして、その政府の権限を越えた見解を歴代政府が、なぜ守ってきたのか。
この事なかれ主義というのはどうしよう無いと共に、早々と中国へ行って「村山談話」を継承すると言ってしまったのは、麻生政権の大失点であるに違いない。

そして、参考人招致の議論が深まれば深まるほど、「民主党」という党には日本の国を任せられないと思う感情が強くなる。
なぜなら、法治国家である以上制約が多く、軍隊でもない自衛隊に「言論統制」まで行って、自衛隊を弱体化させる腹があるようにしか見えない。
多分、ことが起きたときには「戦わず」後ろの安全なところに隠れて、自分を守れ、「重要人物だから守れ」と主張するのが彼らかも知れない。
かって、ペルーの日本大使館占拠事件での日本大使は、平時には尊大で威張ってばかりいたが、テロリストに占拠された途端何の役にも立たなかったという事実がある。
そして、

河村官房長官「当然、自衛隊が厳格な文民統制の下にあるわけでございます。そのことを考えますと、自衛官の場合には、特に、航空幕僚長のような幹部がその立場において見解を公にする場合、これは文民統制との関係、あるいはその社会的影響、こういうものをしっかり十分考え、考慮すべき、当然そういうことだというふうに思います。やはり、ノブリスオブリージュといいますが、高い地位にある方は、非常に社会的責任が大きい。そういうことをしっかりわきまえて対応していただく。これもシビリアンコントロールの一つの根幹にある考え方だと思っておりますので、今回の問題が不適切だといわれるその所以だというふうに考えております。」

誰もが河村官房長官の言葉を聞いて「大笑い」したかも知れない。
なぜなら、自衛隊の高官に対して「ノブリスオブリージュ」たどいう。
普段から日陰者扱いして、いざ有事というときにはイラク派遣の時と同じように「自衛官本人の意志での発砲」というのは変わっていないだろう。
撃たれてから、応戦する。
今の軍隊というのは、撃たれたときは全滅する時だというのは常識ではないか。
まさか、日露戦争時代の武器を進攻する敵が使うと思っているのだろうか。
その上、自衛隊員に対して、「政府見解という自虐史観」を教育として「強制」する。
それに反することは、「言論統制」として取り締まるというのでは、自衛隊という頭のないサイボーグを作っているようなもの。
逆に言えば非常に危険な軍隊と言うことになる。
たとえば、ある政党が偶然政権を取り、反対派の要人を全て抹殺するという暴挙のクーデーターに出たとき、防ぎようがない。
しかも、その時の自衛隊はシビリアンコントロールによる絶対命令ということになる。

多分、民主党も自民党の人達もあまりに、シビリアンコントロールにも、軍隊と言うことにも無知蒙昧であるというのは、国民から見て情けないの一言に尽きる。

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