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2008年12月

2008年12月31日 (水)

綾瀬はるか・主演映画「僕の彼女はサイボーグ」

綾瀬はるか主演映画「僕の彼女はサイボーグ」

この年末、綾瀬はるか主演映画の「僕の彼女はサイボーグ」のDVDを見た。
この映画に興味を持ったののは、紀伊國屋書店のDVDコーナーでデモを見ていたからなのだが、どうも初めのシーンしかなかったようだ。
ストーリーは韓国映画のリメイク版という事で、あまり期待せず事実見てみてると粗雑というか、日本人的な叙情が少ない直接的な部分が多いTV映画のようだ。
DVDの初めにやはり「綾瀬はるか」主演の「ICHI」という女座頭市(瞽女)の予告シーンがあった。
最近の座頭市の映画としては北野武監督の「座頭市」(2003年ヴェネチア国際映画祭・監督賞他多数)がまだ記憶に新しく、何やら設定が妙ながする。
「綾瀬はるか」主演の「ICHI」は「瞽女(ごぜ)を扱った物語」という事なのだが、映画公開中という事で見ていない。
さて、「僕の彼女はサイボーグ」では、綾瀬はるかの胸が高いモデル体型がサイボーグというか人造人間体型に合って中々であった。
映画は、綾瀬はるかのための映画のようで、多くの映画評の通り綾瀬はるかが驚くほど綺麗に見えたという事は、間違いない。
しかし、以前フジテレビ系の「はねるのとびら」の「ほぼ100円ショップ」(5月28日放送)に、ゲストとして(映画『僕の彼女はサイボーグ』)キャンペーンを兼ねて綾瀬はるか・小出恵介した。
CFでは度々見ていたが、こういうTV出演だと妙な映像トリックを使わないので結構素顔やらその体型が分かる。
そこでの印象は、映画ではその大柄なモデル体型というのはあまり分からないが、実物を見たら違った印象なのだなと思うことしきりだった。
何故なら、身長は165cmと公表しているがヒールを履けば170cmを越える。
驚くほど顔が小さくて、座高が低いから座れば小柄に見えるが立ったらビックリという感じ。
実社会にいたら、どうかなと言う気がする。
その昔、TVCMなどに出ていたモデルさんや女優さんを近くで見た事があった。
実際見ると、TV映像とのギャップに驚かせるものがあり、あまり垢抜けなくてパットしない女優さんなどが実際は驚くほど綺麗だったりする。

映画は、最後に多少どんでん返しがあるのだが、唐突に綾瀬はるかの二役の別の女性が出現してしまうのには誰もが違和感があるようだ。
「時にかける少女」のTV版でも、過去の次元に知り合った、又深い関係にあった人物が10年20年後に、別人として現れるというラストシーンがある。
その続編を思わせるシーンだが、日本映画だとこういう風に終わる。
少なくとも、この韓国映画風の直接的な表現では物語は終わらない。
恋愛映画だけでなく、こういう映画というものは今後どうなるのだ、と思わせるシーンで終わるというのがハリウッド映画を含めて一般的なのではないか。
そんなところが無かったのがこの映画を駄作、B級映画にしてしまった気がする。
映画というのは、ある意味ラストシーンで決まるということもある。
あの『シェーン』(Shane)アラン・ラッド主演「1953年、パラマウント映画製作」のラストシーンは、「シェーン! カムバック~」
永遠に残るラストシーンではないか。

再度言うようだが、この映画では普通誰も着ないような、そして着ても似合わないような綺麗な衣装を着て、魅力的で可愛い綾瀬はるかが出演する映画であるという事だ。

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イスラエル軍のガザ空爆報道について妙な感じを思う

イスラエル軍のガザ空爆報道について妙な感じを思う

ガザ空爆に関して、29日に新聞各社社説で
朝日新聞「ガザ空爆―まずイスラエルが自制を」、
毎日新聞「ガザ空爆 国際的仲介で流血の拡大防げ」、
読売新聞「ガザ空爆 報復のスパイラルに陥るのか(12/30)」、
産経新聞「ガザ空爆 事態の拡大をまず止めよ」
と掲げているが、内容的には微妙な違いでしかない。
但し、その微妙な違いにいろいろ面白い事が気づくというものである。
まず毎日新聞は、「オバマ次期政権の発足を待つしかないのか、と苦い思いが込み上げてくる。」と無い物ねだりをし、「米国の仲介が難しいというなら、国連を中心とした実効ある枠組みに転換すべきだ。」と無意味な国連中心主義を貫く。
そこにイスラエルの生存をかけた戦いというものに言及していないことから見て、「戦争」というものの本質を理解していない事が良く分かる。
その無理解は、朝日新聞も同じで「国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長や欧州連合(EU)は「即時停戦」を求めた。国連緊急安保理も招集された。国際社会は何よりもイスラエルに対して軍事行動の自制を強く迫る必要がある。」
‥‥と国連の説得に期待するというところなのだが、国連というものがほとんど役に立たないというのは、イスラエル自体がよくよく理解しているところである。
朝日社説では「ハマスはイスラエル南部の都市に向けて手製のロケット弾を撃ち込んだ。」
と書きながら、「ハマスのロケット攻撃は非難されるべきだ。威力や命中精度が低いとはいえ、いつ飛来するかも知れないロケット弾へのイスラエル市民の恐怖は理解できる。」
と如何にもハマスを単なる武装組織であるような言い回しである。
しかし、既に数百発もロケット弾を発射し、日に30発という事もある。そのロケット弾はイスラエル南部30km地点にも着弾している事から「手製」などといういい加減なものではないことが分かる。
朝日新聞というのは、ベトナム解放戦線を単なるゲリラと表現していたが(他紙も同)、実は北ベトナム製正規軍だった言うことを報道していなかったり、軍事に関して甘すぎる感じがある。

産経新聞は
「来年1月1日から再び国連安保理の非常任理事国になる日本の役割も小さくない。日本は政治的働きかけでは限界があるものの、双方の信頼醸成を目的としたプロジェクトや、過去15年間で約10億ドルに上るパレスチナ民生支援など中東和平への環境づくりで特異な貢献をしてきた。これらを土台にさらに地道な努力を続けたい。」
‥‥とノーテンキな日本の対応に幾分期待する感じがあるが、日本の対応というものは感謝こそすれ、根本的な解決にはならない。
パレスチナ民生支援とはいえ、国の消滅が懸かっている戦いに於いてはその存続に対する対応でないと無理というものだ。
だから何時も日本の「金」と言うものは国際社会では政治的な意味を持たず、感謝もされず、無駄金に終わる事が大きい。
もっと酷いのは当然朝日新聞の最後の一文で
「米国はこれまで安保理などで常にイスラエル擁護の姿勢をとってきた。しかし、中東で流血が続くことはイスラエル自身がいつまでも苦しみ続けることでもある。真の友人を自任するなら全力で説得にかかってほしい。」
‥‥と「話せば分かる」という朝日論を展開している。

イスラエルは、やられた事に対して「三倍にして」お返しするという体制で、今後絶対に手出しはしないというまでは絶対に戦いは止めない。
そして、それはイスラエルの存続する道であるというのは、イスラエル自体が良く分かっている事である。
日本と当時の国民党との戦争で、盧溝橋事件、通州事件、上海事変と続く支那事変で日本は、戦争を回避しようとして戦況を見誤った。
回避するのにも、戦争を拡大するにしても常に難しい対応を迫られるというのが現実である。
今の日本にのように、単に話をすれば分かる、戦争反対、平和を唱えるだけでは戦争が無くならないと言うのは、現実問題として存在するという事を再度認識する必要があるのだろう。

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2008年12月28日 (日)

syuun の不思議な少年時代 その20

syuun の不思議な少年時代 その20

第2部-2
syuun の不思議な少年時代を再開します。
種々な理由で中断していました。又、今後は支障のない場合は名前を実名にすることがあります。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
桃井(もものい)小学校の6年生
昭和38年、ちょうど東京オリンピックの前年に当たる。
だから、何やらあわただしい雰囲気が漂っていたが、別に地方では何事もなかった。
少なくとも、当時の少年の耳に残った事は何もなかった。
但し、ラジオからはコニーフランシスの「ボーイハント1960」や「カレンダー・ガール1961」の歌が流れていたりはした。
今で言うシャッター通りなどという言葉など信じられないほどアーケート街は繁盛し、既製服など無かったくらいだから、服の生地を売る店や呉服店の繁盛していた。
今スズラン百貨店となった店は、当時10年ほど前に古着屋から出発して、アーケード街にいくつかの店舗を持つ巨大店に発展していた。
季節の変わり目にいた、傷痍軍人の身なりをした「物乞い」もほとんど見なくなり、時として見ても、「偽物だから」と警告する人がいた。

新しい担任の教師は、国語の教師で山田先生と言った。
顔は面長で、メガネを掛け、黒い髪にポマードをつけたオールバック。
上履きのスリッパは古い靴のかかとをはぎ取ったような革のスリッパ。昔は古い靴が使えなくなったらこの様にして使ったのかも知れない。その後は初めからその様なものがあった。
映画俳優のカーク・ダグラスのようにあごが二つに割れていて感じはよく似ていた。
どちらかと言えば二枚目の方だろう。
年齢的には、もう教頭、校長にでもという感じだった。それが何故教頭、校長にもならず一介の小学校教師なのかというと、噂では結核の持病があって長期休職していたらしいという事だった。
そして、もう一つの噂は昔の「勤評」(勤務評定)反対運動をやり過ぎたという話はあったが、あくまでも憶測の域は出ていなかった。
その「結核の持病」の方は本当だったらしく、その後退官したあと程なく結核でなくなったとは四半世紀後に同窓会の後に知った事だった。
いずれにしろ、かなり古いタイプの教師であった感じがした。
だから、一旦怒鳴ると大音声で凄い迫力があった。
そして、今までのN.Y先生のようにある特定の児童のみ重要視するというのではなく、児童一人一人に役目(役職)を与え責任を持たせたりした。
そして、6月の小学校最後の一泊の修学旅行「江ノ島鎌倉」から帰ってきてから、何やらクラスの微妙な雰囲気というものが理解出来るようになってきた。
クラスのK.N君は児童会長で既に人気者であった上に、何か目に見えない取り巻きグループを形成してしていた。
Kは、クラス一番の美少女M.T嬢をつけ回していたし、一方、M.T君(男)は「理科が得意」という事にいつの間にかなっていて、山田先生は理科はMが得意だから、Mに答えさせるという風にしていた。
ところが、そんな事に踊らないのがMで、別に理科か得意であったわけではなくたいして勉強もせず成績も良くなかった。
但し、このM.T君とは群馬県立前橋高校1年の時同じクラスになった。
当時の群馬県立前橋高校の偏差値は、偏差値が公表される前の話で20年後に偏差値を見たら72だった。当時偏差値があったなら偏差値75はあったに違いない超々難関校であったことは間違いない。(現在は68)
クラス会で逢ったときは、M.Tは県庁の職員になっていて同期のA.T嬢によれば幼稚園で一緒になったとか‥‥
しかし、一回クラス会に出できただけで二度と参加する事はなかった。

修学旅行「江ノ島鎌倉」には、当時の羽田空港の見学とか、鎌倉の大仏とかの写真が残っている。
この修学旅行の時は梅雨だから、例年雨にたたられ江ノ島についたときは夕刻で、雨に霞んだ江ノ島は見えなかった。
そして、今から思えば特徴的だったのは「米」を持っていった事だ。
何故なら、米は統制が残っていて、普通に買える米は「ヤミ米」といっていたからだ。
しかし、行った旅館側では今は必要ないと受け取らず、そのまま持って帰ってきた記憶がある。戦後の残滓というものは、まだまだ残っていた。
その残っているものには、その時の修学旅行「江ノ島鎌倉」の旅行記がある。
その旅行記というのは、実は母によって完全に添削されて直された曰わく因縁のものなのだが、今読み返してもどこを直されたのか見当も付かない。
そして、その内容に少し因縁をつけてきたのが例の「ジャイアン」事T.Tであり、完璧なまでに仕上げてきたのがK.N君の旅行記だった。

その旅行記を見た母は、完璧すぎると驚嘆したが、実はK.Nには「姉」という2歳年上の家庭教師がいた。
小生が、前橋高校に通っていた1年時に、群馬大学教養部(桐生)の数学教師遠山教授による「数学教室」というのがあった。
これは、前橋の中心部に近いところにあった「洋裁学校」を日曜日の午前中だけ使って、手弁当に近い形(経費は数百円だった。)で毎週朝6時30分から始めたものだった。
ここには、前高、前女の高校生が集まって簡単な講義を聴いた後、45分で大学入試問題を解き提出するというもの。
その時の満点常連組が当時前橋女子高校3年だったK.Nの姉であったことが判った。
K.Nと比べて大柄で顔が小さく上背は多分165cm以上?といったタイプだった。
後に当時の「女の東大」といったお茶の水大学に現役で合格したほどの才媛であったから後から思えば当然というものだったろう。

そして、その他の男児というのはまだ目立たない存在で、逆に女児のA.Mとか超美少女M.T、もう一人の中学・高校時代には「こけし」の異名をとったM.T嬢などか成績優秀の上、女性としての「芽」を出し始めたところだった。
ちなみに、その3人は全て後に前橋女子高校に進学した。
前橋女子高校とて、中学のナンバースクールの進学校でもトップクラス、場合によっては学年主席でないと入学出来ない難関校だった。

こんな風に、夏休み前は順調に何の「苛めも・偏見もなく」進んだ。
学校の授業は新鮮で、正に乾いたスポンジに水を吸い込むようだっが、その19に書いた通り夏休み以降次第に微妙な変が現れてくる。

いずれにせよ、小学校の6年生というのは人生における一つの原点であると今でも思う。
何故かというと、子供時代‥児童からもう少し大きい少年、青年へ‥‥そして、自己確立(アイデンティティの確立)への転換点だからである。
又、それは一般的な物の見方なのであるが、小生にとっては「悪夢からの脱出」を意味した。
悪夢とは、小学校4.5年の時代であって、絶対にあの時代には戻らないと覚悟と強い意志持ったものだからだ。
事実として、小学校4.5年の時代というのは、身体、頭脳の停滞期であり、自分の能力は計れなかっただけでなく、分かりきった事を試した時期でもあった。
「分かりきった事を試す」というのは、大学時代同じ事をやった同期生がいて、やはり納得がいったと面白い事を言った。
そんな事は子供時代に全部やったとは言わなかったが、言葉に出たのは「当たり前だ」だけだった。
考えてみれば、当時の水準として両親はどちらかと言えば年寄りだし、兄とは年が離れすぎて相手にならず、何もかも自分で試してみなければならなかった。

そんなふうに小学校6年生活が始まったのだが‥‥、
四半世紀経ってクラス会という事で過半の人達と再会し、当時口も聞かなかった、目立つ事もなかった人達と親交を深める様になろうとは思いもよらなかった。
そんなクラス会の幹事として同窓会を主催したのも、実はこの小学6年の時に「芽」があった。
やって欲しい事があっても、誰もやってくれないのなら自らが「率先してやれ」という事である。そうすれば、そのメンバーから外れる事はないし自分が苦労する気なら何でも出来る。
そして、そんな能力という「芽」が僅かに潜んでいそうだと気がついてのがこの歳だった。
そのクラス会後に、親しくなった一人が、ブログEntry「友人の葬儀で『弔辞』を読み思うこと」で書いた「岸君」であって、小学校3年から6年まで同じクラスにいながらほとんど話をした事がない。
しかも、6年の時には「視界」から完全に消え、今でも当時の岸君の記憶は一切無い。
記憶がないといえば、その他今では一番親交が厚い4人も似たようなもので記憶としては、柔道で鍛えて暴れん坊の例の「ジャイアン」そのままだったTぐらいなものである。
そして、この桃井小学校6年から中学校へ進学するのだが、当時県下でも有数の進学校だった前橋市立第一中学校(当時ダントツの前橋では随一)とランク落ちの第三中学校、そして別格の群馬大学学芸学部附属中学校と別れる事になるのは昭和39年。
即ち東京オリンビックの歳となる。

つづく‥‥

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ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ その2

ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ その2

今回のエントリーで、何時も見て頂いているS氏からコメントを頂いた。
‥‥‥‥‥
問題は、海自は全く実戦向けじゃないということなんですよね。
それこそ、いわゆる重巡視船を海保に装備した方が早いのじゃないかというくらいです。
まず大前提として、交戦法規がない。というか、そもそも軍法がない。
高度な訓練を受けたプロ集団という能書きはともかく、単なる公務員が武装したのと実のところ大差ない状況です。
今のまま送り込んで、交戦してあいて殺したら刑事事件として裁かなければならないのですよね。それこそ左翼が驚喜するでしょう。

その点、海保はちゃんとした法的地位があり、経験も豊富。装備も小火器など豊富に持ち、セキュリティだって持っていますから、大型艦派遣なら同乗させられます。
そもそも、海自はセキュリティ要員は専門ではもっておらず、ろくに訓練も受けてない船乗りが兼務することになってます。
例の特殊部隊はあれはセキュリティ要員ではありませんから。

それと、装備に関していえば相手は漁船ですから主装備には40-57mm程度のハイテク自動砲で十分です。
問題は、おっしゃるとおり装甲が不十分ですから、対策が必要でしょうね。

ただ、本当は他国に習って海自を派遣できた方がいいのです。
個人的は、そういう状況で、無理して派遣すべきではないと思います。
法整備を半世紀も放置してきたツケですね。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
巡視船としては、「しきしま」級の重武装巡視船
(総トン数は6500トン・対空レーダーはちくご型護衛艦などに装備されているOPS-14・ヘリコプター2機・35mm連装機関砲2門、20mm多銃身機銃(バルカン砲)2門・プルトニウム運搬船護衛用として1990年度予算で開発されたもの)
を使えという指摘もある。
これは、巡視船型をした護衛艦のようなもので、本来護衛艦を使うべきところ政治上の目的で作られた。
但し、各国のフリゲート艦(駆逐艦より大きな巡洋艦)に比べると、見た目も迫力はない。

この護衛艦派遣というのは、既にG8で軍艦を派遣していない国は日本だけとなって、既に国際社会から孤立しつつあるという点につきる。
だから、護衛艦の派遣以外の選択肢はないというのが実情なのではあるまいか。
民主党の小沢氏にしろ、国連貢献だアフガンに自衛隊を派遣しろと言いながら冷淡なのは、小沢氏と言うのはその場限りの事で言う人間ということが分かる。
要するに、原理原則がない従来型の政治家の一人だということではないか。

そして、国際問題に関しても日本人は「手続き論」から真面目に細かくやり過ぎるきらいがある。
しかし、日本人の真面目なやり方は実際評価されるとしても「政治上」は無力というのは、過去エントリーした記事の国連機関に勤めた日本の元官僚の回顧録ではっきり言っている。

その手続き論としても、実は「海賊対策として」閣議決定してしまえばある程度運用出来てしまうと言うのが、今の日本の状況になっている。
そして、自衛隊はあの「田母神俊雄・元航空幕僚長論文問題」で「文民統制」と言うことを散々言われたから、政治が判断すれば出で行かなければならないことになる。
要するに、これは国会軽視なのだか、現に「村山談話」や「河野談話」その他国会の法律でもないことが法律のように扱われている以上有効だろう。
もし、無効だとするならば、「村山談話」や「河野談話」、政府見解を法律としては無効とせざる終えない。
ダブルスタンダードを貫くと、益々混迷した政治情勢になる。
戦前は、軍国主義と言いふらすが、理論が確定していないために広義のシビリアンコントロールと言うものはなされていた事は間違いない。
小沢氏は、麻生氏のお手並み拝見というところだろうが、それで政権が取れるのかと疑問を抱くのが、今回のソマリア沖海賊対応なのではないか。

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2008年12月27日 (土)

ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ

ソマリア沖海賊対応に見る民主党に政権を任せられないワケ

「麻生首相は、ソマリア沖の海賊対策として自衛隊法に基づく海自艦船の派遣の検討を浜田防衛相に指示した。」(読売社説)
これに対して、浜田防衛大臣は否定的な見解を示したと報道されたから、浜田氏は「田母神俊雄・元航空幕僚長論文問題」に続いて男を下げた感じがある。
日本の法律というのは、官僚に都合の良いところは際限もなく寛大解釈され、一度防衛問題になると矮小化されるというのは困ったものだ。
少し前に官僚の金の使い方について正されると、法律に従って実行しているといいながら法律の条文を探してみてもどこにもそんな項目はなかったりする。
それが法律の条文に書いていない「官僚法律」というヤツで日本の法律というのは、どうにでもなるところがある。
だから、法解釈の違いという裁判が起きたりする。
さて、この麻生首相の自衛艦派遣に対して、今日は日経以外朝日、毎日、読売、産経と社説で取り上げているが、いつもの通り「朝日、毎日」対「読売、産経」と言う構図になった。
しかも、朝日、毎日の社説がうり二つ、はっきり言って同一人物が書いたのかと思ったものだ。
読売、産経の社説は論ずることもないが、朝日、毎日の社説の特徴はどうしても容認しなければならない現実、事実を述べ最後にひっくり返すやり方である。
そして、自衛隊となると厳密な「武器使用基準」などを持ち出したりするのだが、もしそうであるのなら「元航空幕僚長論文問題」の時に自衛隊を「軍隊」として扱ったことに対して矛盾する。
こういう矛盾したことばかり書くのか朝日、毎日新聞の防衛議論である。
それは、戦後民主主義の安全保障タダ乗り、「平和と叫ぶと平和になる」という「汗をかかない」平和議論であることは今や誰でも分かっている。
そんな言葉遊びを堂々と言っていられるのが「大企業」と言うもので、この不景気に朝日新聞は41歳で平均1,652,110円(国を憂い、われとわが身を甘やかすの記・阿比留瑠比)の冬の賞与を貰えるのだからご大層なものだ。
「汗をかかなかったら」中小企業など明日にも潰れるというものだ。

その矛盾した議論に
「マラッカ海峡の海賊対策で国際協力の実績がある海上保安庁の経験を生かすことも考えるべきだろう。」(朝日新聞)
「日本は、東南アジアの海賊対策で「アジア海賊対策地域協力協定」策定を主導し、マラッカ海峡周辺国に海上保安庁の巡視船を提供するなどして海賊封じ込めに成功した実績がある。こうした経験を生かすべきである。」(毎日新聞)
‥と防弾にもなっていないし、精々機関砲1門の巡視船を派遣しろと言っている。
しかし、巡視船というのは沿岸警備のもので単独行動には適さない。
平成20年12月27日(土)、読売報道によると「ドイツ海軍フリゲート艦が、艦載ヘリからの威嚇発砲で海賊船を制止し、船舶検査で武器などを押収した。エジプト船の乗組員1人が海賊の銃撃で脚を負傷した。」 とある。
防弾装甲もない巡視船では何も役立たない事などは明白だ。
それでもと言うなら、巡視船が派遣されたとき許されるとして朝日、毎日は記者を乗船させるかと言えばさせないだろう。
なぜなら危険だからだ。

一方、民社党ではソマリア沖海賊対応の議論は以前多少なされた報道があったが、別に法案を出したわけではない。
ここで民主党は、もし自民党に先駆けて「ソマリア沖海賊対応」の法案を出していたら世論の様子は変わったかもしれない。
それは、軍事、外交に関しても民主党には見る目があるというものだ。
ところが、小沢代表は自民党の「ソマリア沖海賊対応」理解を示すも「朝日、毎日的な」否定論だった。
もし、民主党政権だったらソマリア沖海賊にたいする対応は麻生首相とは対照的に「なし」だったのか一つの試金石になった。

民主党は、先の雇用問題に関して法案を出したものの、資本主義経済というものを理解していない愚かなものだった。
結局、民社党では反対ばかりで政権を任せるに至らないと現時点では思われるだろう。
民主党の欠点は、国民の安全、軍事外交問題に関して全く無頓着なことだ。

内向きな政党というのは、結局国民の支持を得られないというのはどこの国でも同じようなものだ。

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2008年12月26日 (金)

NISSAN CARWINGS:日産カーウイングス2008_7月?版バージョンアップ

NISSAN CARWINGS:
日産カーウイングス2008_7月?版バージョンアップ完了。

平成20年12月26日(金)日産プリンス群馬から電話があって、HDDカーナビのバージョンアップが出来るようになったという。
何やら、バージョンアップ用のCDが送られてきたとか。
それで、午後に日産プリンス群馬に出かけてみた。

営業のK氏は、このバージンアップについては、カーナビの修理を担当している○○社でも知らなかったという。
いろいろと問い合わせて、何やら輪郭が分かってきて、結局それが送られてきたのが「日立」の方からだという。
そして、この7月にバージョンアップされた新型は正常だが、古いものはウィルコムWS012GSの接続では毎年12月20日から31日まで接続が出来なくなる不具合がある事らしい。
群馬の日産系のディラーではほとんど知られていない症状だったのでということ。

それで、バージョンアップは、CDを入れると自動的に最新のものになるらしい。
正直言って、コーヒー1杯飲んでいるうちに拍子抜けのように終わった。
車をマイナーチェンジするので、いろいろ不具合を修正したのか良く分からないが、そうでなかったら困ったものだった。
場合によっては、このカーナビのバージョンアップCDを持っているのは、群馬ではこの日産プリンス群馬だけになるかも知れない。

さて、カーナビが最新版になったとしてどこが違ったのか。
多少今までと違った妙な動作はする。
たとえば、ルート設定した左折で、農道をのろのろと走ると、「左です」と再度警告したり、先の渋滞情報の音声ガイドが途切れたり‥‥渋滞ではなかったが。
しかし、それが変わったのかどうかは分からない。

兎に角、ウィルコムWS012GSが使えるようになったことは間違いなかった。
しかし、カーウイングスの「お客様センター」のお姉さんが言った「音楽CDの曲名のダウンロード」の件が引っかかり、新譜のCD‥‥曲名をダウンロードしてみることにした。

これば以前ネットに繋がる情報端末なのに、アクセス出来なかった事だった。
当然、メールの送受信出来るはずだったのに出来なかったウィルコム端末だった。
だから今までの、ウィルコムWS012GSというのは、カーウイングスにしか繋がらなかったものだった。
‥‥で結果、バージョンアップになって曲名がダウンロードされた。
何と言っても、今まで「音楽の曲名が日付、時間表示」だったのだからね。
これなら、1か月1200円払っても良いかなと思うものだ。

これで、まともにNISSAN CARWINGSが使えると言うもの。‥‥それでその他のバージョンアップは?
不具合修正だけではない筈なのだが‥‥
ほんと、今回の件はNISSAN CARWINGSのHPで知らせるべきものだったろう。
そして、今後はネットからバージョンアップ出来るようにすべきなのではないかと思う。
但し、通信速度か遅いのでディラーの方が間違いないが。

それにしても、今回の件は人騒がせだったが、不具合が直ったのは良かった。

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2008年12月25日 (木)

友人の葬儀で「弔辞」を読み思うこと

平成20年12月24日(水)、小学校の同窓生の葬式に行ってきた。
この年末になって急逝するというのはどういう事か、くも膜下出血か、心筋梗塞かと思ったら肺がんということらしかった。
平成20年12月23日の天皇誕生日の朝、けたたましく電話が鳴った。
それは、何やら慌てた声での同窓生Aからの話、「Kくんが死んだのよ、新聞に載っている」「Tくんは、今診療中で話が通じなかった。どうしたらいい~~。」
‥‥とはいうものの、その時間まだ新聞を取りに行ってもいない。
しばらくすると、同じくFからの電話「後輩に花屋がいるので花は、4人連名で注文しておく。今日のお通夜は出るでしょう。その時に詳しく‥‥」

ここのところの12月は先週2日遊びに行ってしまったので、今週はてんてこ舞いだった。
20日に故障したカーナビのカーウィングスの故障修理は、22日に原因が判明したものの、日産プリンスが3連休中?で何も出来ず。24日に問い合わせたものの全く分かっていなかった。
改正建築基準法による管理建築士の認定講習の申し込みやらに追われ、23-24日は葬儀に追われた日々だった。
23日の通夜には、通夜30分前に到着したものの既に同級生の4人は到着。
直ぐに、Fが飛んできて原因は肺がんだって‥‥花代は13400円で一人3400円と計算の合わない請求と矢継ぎ早に、弔電を出して置いたので580円と‥‥これは、「クラス会費でね‥‥と」
それで、話は終わり。
会場は、駅から5分という場所にあるのだが今時車だし、工場地帯で周囲の工場が軒並み潰れているので駐車場が奥に増えた。しかし、狭い。
狭いというのは、葬儀場もそうだった。
隣の250人入る葬儀場かと思ったら、内輪でやる葬儀の100人用。
中堅企業の取締役統括業務部長(工事部長)だったから、弔電だけでも60通は越えるという。だから、通夜だけで会場には入りきらなかった。

さて、明日の葬式にはと聞くと同窓生のT、F、A、Tも通夜だけという。
隣に座った中堅建設業の社長T氏も同級生だったが、香典返しの小さな箱を持っていたから明日は来ないのだなとの感じを持った。
それで、急遽香典を受付に出して、もし緊急の用事があって来られなくてもという予防線を張って置いた。
何か、現役バリバリの年齢にして逝くというのは、涙を誘うもので鼻をすする音が止まらなかった。

そんなわけで、通り一遍の通夜を後にしたが、後味の悪さを味わった。
非常に親しかった友達に対して、葬儀も出ずに逝かせるのかである。
結構薄情なのかな、例え年末とは言え、たかが半日ぐらい休みが取れないものか‥‥
そう言えば、中学校の恩師が亡くなったとき、何やらやはり後味が悪かった。
この時は、葬儀に参列したのだが弔辞は、恩師が校長をやった後のことばかり。
そして、教え子の代表としての「弔辞」は恩師の紹介で甥と結婚したI氏だった。
実は、後から、T氏が「弔辞」を頼まれたが、ことわったと聞いた。

そんなことならば、「弔辞」くらい強引に読んでやれば良かったと何やら「苦い思い」がした。
そして、そのことは3件の弔辞を聞くと共に明確になった気がした。
そんなとき、既に終わってしまった葬儀の後に、どこからとも無く述べるべき「弔辞」がわき出るものだった。
誰に聞かせるということでもなく、只思いとして残るだけのものである。

真夜中になって、悔いの無いようにKくんの弔辞を読んでよろうかと思い立って、案文を考え‥‥12時を回ってしまった。
これで何日目かの夜更かし。

翌朝、事務所に出かけ葬儀屋に電話をかけると、弔辞は1つだけ決まっているという。
弔辞は、精々3つが限度と大方決まっているから、既に3つあったら止めようと思っていたのだが‥‥
結局、葬儀屋が遺族に電話をして了解を取ってと‥連絡してきて、直接遺族に連絡を取って「弔辞」を読むことにした。
実は、「弔辞」を読んでもらえる人がいると遺族としては、本当にありがたい。
それも、こちらから依頼しないのに申し出でくれるほど助かる事はない。
事実、両親の葬儀には「弔辞」が一つもなかった。
母の時は兎も角も、父の時には「弔辞」を頼める人が沢山いたものの、泡を食っていたから気がつかなかった。
人間いろいろ経験を繰り返してみないと、人の痛みは分からないものだと思う。
さて、そうこうしている内に朝10時を軽く廻り、急遽走り書きの弔辞を練り直して‥‥手書きしている時間がない。
白い便せんもない。‥‥パソコンで便箋を作っている時間もない。そうだ、最近はパソコン打ち出しでも「良い」と聞いた。
それで行くか、白い封筒に「弔辞」と書き‥‥筆も墨も手元になかったから、サインペンで‥‥
慌ただしさなのか、今はこんな調子になってしまった。

昼の12時に出かける準備をして、葬儀場についたのは13時の開式にして35分前。
葬儀当日は、不思議と人が少ない。
葬儀の打ち合わせに間に合って、順番と席を決め‥‥現地に行ってみたら「弔辞」はもう一つあった。どうも会社関係から友人でもある下請け業者に依頼したらしい。
それで、二番目に「弔辞」を読むことになった。
当然、一番目は勤めていた会社のA社長である。
みたら、「弔辞」奉書紙にパソコン打ちだった。

社長も「弔辞」で詰まったり、後半泣き声になったり、三番目の「弔辞」の友人も結構つまっていた。
こういう弔辞を聞くと、やはり故人の人間性というものを思いやるものである。
そして、小生としては思い残すことはないすっきりしたものになった。

但し、弔辞の後はそそくさと葬儀場からで出来た。
親戚のように、出棺を見送ると言うこともしなかった。なぜなら思い出に残したくなかったからである。
葬儀というものにはいろいろある。只そこに思うのは、思い残すことを断ち切るということだろう。
小生にとっては、「弔辞」で完全に断ち切れたと思う。やはり通夜だけですませるものではない事もある。

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2008年12月23日 (火)

アドレスV125Gスクーター使用感3・慣らし運転?

アドレスV125Gも走行距離700kmを越えた。
購入時に、1000kmは慣らし運転してくださいと言われた通りに、ハーフスロットル程度で来たのだが‥‥
凡そ、走行距離500Kmになろうとする頃から、急に何やらエンジンが滑らかな感じになった。
そして、今度の700Km近くになったら、不思議と低加速でもポロポロと走る感じがする。前は、低速だと安定しなかった「気がする」
何と言っても感じなので、実証する事は出来ない。
そして最近は、スーパーの駐車場にセルフのガススタンドが出来たので、気兼ねなく「少量の」ガソリンを入れて精算出来るようになった。それでガソリンの消費量は満タン法で、33km/L程度だった。
多少遠乗りをしていない、この冬場ならそんなものかも知れない。
以前の2スト(2ストローク)のリード90だと、新車時で夏場で良くて28km/L程度、調子が悪いと24km/Lだった気がする。
手放す最終ではどの程度だったのかは計測していないので分からないが18kn/L程度かも知れない。

いずれにせよ、おまけのリアケースをもらったお陰か、荷物もそこそこ入り、今までこんな冬にスクーターに乗らなかったのに乗るようになった。
ここのところ、3ヶ月ほど乗って思ったのは、国道か少なくともセンター分離帯があるようなバイパスの時に追い抜きをかけられて怖い思いをした事である。
片側一車線の細い市道を前の車に続いて、のろのろと走っていったら、後ろから来た車になんと横に並ばれたのにはあきれた。
ピンクナンバーなのだが、車から見ると「50cc原付」に見えるらしい。
細い道でも悠々と走れるメリットが、逆に時として煽(あお)られる傾向にある。

平成20年12月8日に新型アドレスV125Gが発売された。(発表は2008年11月28日)

→→新排出ガス基準である平成19年国内新排出ガス基準に対応した。
排ガス規制の他、主な改良点は、
装備の主な変更:
    * 発電機のマグネトを変更することにより、より安定した発電容量を確保した。
    * メーターパネルのデザインを質感を高めたものへ変更した。
    * シャッターキーの形状を変更し、操作性を向上させた。
と言ったものだが、それで価格アップの上に出力低下とはね。
一方、
「アドレスV125の改善対策について」というリコールが2008年12月9日に発表された。
「CF46A-528015~CF46A-589346・ 平成18年12月13日~平成20年6月26日」というものが対象車種だと書いてあったが、車体番号を見たら丁度外れていた。
それでしげしげと見回して、タイヤを見たら2008年製の刻印があって、車体番号の側に、はっきり台湾製(Made in Taiwan)の文字シールが貼ってあったのには興ざめだった。
一方、反対側の車体に2008年8月製らしいシールがあった。
リコールが6月までだから、丁度外れたあたりだった。
購入したのが、9月中旬でバイク屋には入荷したばかりだった車体だったのかも。
いずれにせよ評価の高くない(?)台湾製だが、最終モデルだから妙な不具合は起きて欲しくないものである。

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2008年12月22日 (月)

無責任体制の政治・「円高」加速予想の妙なシナリオ

無責任体制の政治・「円高」加速予想の妙なシナリオ

近年、自動車関連の派遣社員、期間従業員の雇用危機が報道されている。
その他で言えばキャノンとか最近主力工場を日本に移したような企業などもある。
確かに、キャノンなどのデジカメ製品は日本製かと言うと、ほとんどが海外製。
小生が11月の値上がりと性能の低下を見越して買った、スズキのスクーターは完全に台湾製。
富士フイルムなどは、日本にほとんど工場を持たないからデジカメなどは中国製。
こう考えてみると、日本で作っているものというのは相当付加価値の高いものしかない様な気がする。
はっきり言って、最近身近なもので国産品を見ることも少なくなった。そうえば、昨年買ったオーストリアメーカーのスキーは中国製だった。
そして、この年末になって税金も何も安くならないから、車を新車に買い換えようなとどいう人はほとんどいない。
増税は迫っているし、それに連れての大不況の波が見えているようなものだ。
まして、政府が住宅ローン減税の拡充を景気対策の一つに取り上げるとしても、ローンを楽々かけられる人は公務員か安定した大企業の従業員しかいない雰囲気だ。
その上、10年かけて無駄な支出を絞ってきた政府予算は従来型のばらまきで、「Too Little Too Late」、逐次投入の戦法だから国民としてはうんざりというものだ。

さて、最近妙に感じているのはトヨタにしろ日産にしろ車関係のリストラが早すぎないかと言うこと。
そして、国内で作っている車というのは、ほとんど国内で消費されるものの筈なのだが、国内で売れないと言うのなら、もっと早くに対処していたはず。
国内分を海外へ‥‥と言うのも実は余り聞かない話だ。‥‥報道されない間かもしれないが。
一方、米国やヨーロッパその他のトヨタ、日産の工場のリストラという話は報道されていない。米国でのリストラの話は金融関係だったり、特殊な工場だったりだ。
そして、カナダに工場建設をしようとしていた会社は、工場の増設を中止したのかどうか忘れたが、確かリストラはしないらしかった。
車関係と言えば、ビックスリーの従業員のリストラの強要の話ぐらいだ。
もし、米国など又は、海外の自動車工場のリストラをしなかったとしたら、日本の工場のリストラは妙であり、早すぎる。
米国は、日本と違って預金、貯金をしない国であるから金利が下がれば直ぐに経済にプラスに聞いてくるかもしれない。その上、米ドル札は際限もなく増刷となれば、確実にインフレになる。
国が大借金をしたらインフレにするというのは、手っ取り早い返済方法であることは昔からの常識だ。
そうすれば直ぐに借金が価値のないものになる。その上預金者も少ないから被害を被ることもない。
結果は、「円高」として現れ際限もなくなり高止まりになる。当然その狙いもあって、日本が米国に注ぎ込んでいる米ドルというものが、限りなくゼロに近づくと言う事になる。
だから、あの農林中金が注ぎ込んでいる7兆円は、単に7円に近づくと言う事だ。
一方、中国の元は米ドルにリンクしていた筈なので、米ドルと共に下がり中国から米国へいつも通りの価格で流れる。それで、実際の消費物価は大して上がらないかもしれない。
これが、日本パッシングの米国民主党の基本だとすれば多いにあり得る。
かって、円安にすれば日本の景気が良くなると米国、日本の経済人は大合唱だった。
ところが、過度の円安になっても別に景気が上がったわけではなかった。
ここ数年の景気の上昇は中国のオリンピック景気だったり、米国の金融バブルだった。

デブレが続いている日本では、今後益々「円高」になるのは間違いないことである。
これには異論はあるまい。その時、トヨタ、日産、ホンダなどどうするのだろうか。
間違いなく、海外生産した車を日本に持ち込むはずだ。
もしそうであれば、日本で作られている車などは邪魔者に過ぎないと言う事だろう。
但し、問題はその時の国民に車を買う予定があるかと言うことだ。
何と言っても消費税10%、益々膨れあがる税金だ。
福祉国家の条件は、政府が国民に信頼されていることという。
相続税の値上げと共に親から子へ所得の移動が出来ない世の中になれば、本当に日本は崩壊する。かっての共産圏の様にである。
そして、その責任は誰も取らない無責任体制というのはどうしたことか。
なぜなら、再三言うようにバブル潰しの責任、失われた10年を創出させた責任は誰も取っていないし、責任逃れでNHKですら検証をしていない。

正に暗澹たる気持ちは続くのである。

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NISSAN CARWINGS:日産カーウイングス今日も不調なり

NISSAN CARWINGS:日産カーウイングスが先週の末頃から急に使えなくなった。
使えなくなったのは、ウィルコムWS012GSという通信専用端末を利用してである。
それで、何かおかしいのかウィルコムの専用端末のところを見てみても何もない。
あったのは、以前4980円と価格表示してあったWS012GSの料金設定がない。
やや‥‥端末タダになったの?
それでいて、どうも性能が良くないらしい。

状況は、電波状態は三本棒が立った良好で、通信すると‥‥「情報センターに‥‥」の表示が出る一方なんと「通信状態がよくなくて通信できません」ときた。
これは、ウィルコムWS012GSのせいと思って早速電話すると‥‥
なんと、2008年7月販売のもの(有料のもの?)は、2008年12月20日から2008年12月31日まで通信できない状態が続いているという。
念のため、Simmを抜き差ししてから同じ状態ならNISSAN CARWINGSのお客様センターに電話を掛けてくれとのこと。
0120-981-523‥‥‥これはHPに載っている番号だが、応答番号は「2」
それで状況を話すと、直ぐに日産の店に行って点検修理してくれと言う。

そして、妙なことを言っていたのだが‥‥新型はCDの新曲名をダウンロード出来るらしい。(真偽不明)
WS012GSは、データー通信だけで何も出来ないものだがね。
CDの曲名がネットから入るのなら便利だが、これはBluetooth(ブルートゥース)で携帯電話からでないとダメと言われている。
それで明日日産プリンスへ行ってみようかと思うが、年末にお騒がせというものだ。
しかし、NISSAN CARWINGSのHPには、こんな不具合など現時点では何も掲載されていない。
実に不親切だなあと思う。

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パルコール嬬恋スキーリゾート2日目、FinePix F100fdで激写??

パルコール嬬恋スキーリゾート2日目
FinePix F100fdで激写??

パルコール嬬恋スキーリゾートホテルでの二日目は、二度寝、三度寝の後で、朝7時30分から朝食。
昨日のコース料理から、何時ものパターンの朝食と思ったらその通りだった。

機種 : FinePix F100fd
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 800
オリジナル撮影日時 : 2008:12:19 07:48:17
シャッタースピード : 1/92秒
レンズ絞り値 : F3.2
対象物の明るさ : EV3.0
露光補正量 : EV0.7
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止

こんな感じで、食後はコーヒーとヨーグルト。
スープの上にあるのが、ヨーグルト用のスプーンというヤツ。

今回もパンをおかわりしたので、結構多めの朝食になった。
昼飯は、何時もの通り高い「昼飯‥‥カレー800円、カツカレー1000円」になるのでね‥‥
昨日の夜中は人が居て撮れなかったが、今朝は最後になったから‥‥

結構天井が高く、バブルの時に作られたので今では作れないような雰囲気。
左手のカーテンの引かれた出入り口というのは、廊下‥結婚式の衣装部屋やらに続くところ。
結婚式でもあったら、そこからお色直しで登場する筈だったのでしょう。
そこの貸衣装が飾ってあった部屋は、今年は写真だけに変わって何もなくなりましたね。
ここで結婚式をする人も居なくなったのかも知れません。

今日も良い天気です。
見渡すとほとんど雪がありません。斜め正面が表万座スキー場ですが、多分閉鎖しているゲレンデには雪が見えました。

赤いウエアーのシルエットは、ホテルにあるTSCプロスノーボードスクールのインストラクターの人達。
講習を受ける人が居ないとなると、研修をしています。

これは、失敗して転んだのではなく、転び方の練習指導です。

何やら説明しています。
近年、スキーをするのは昔からやっている「中高年」と子供。スノボは若者ということになっています。
子供がスキーなのは、子供のスクールはスキーだけということもあります。
それにしても、中高年は中々クセが抜けませんね。技術の向上など見られないので、多分急斜面、アイスバーンでは滑れないでしょう。
なぜなら、ターンをした後谷側の肩が回ってしまう‥‥進行方向に両肩が回ってしまう人が多い。
斜滑降が出来ている人は、あまりいませんでした。

それにしても、今回先日購入して散々ケチをつけた「FinePix F100fd」でほとんど撮ってみました。
高級コンパクトデジカメと比べれば、「驚くようなクリアな写真」は撮れませんし、感動する色の写真も撮れません。
しかし、比べなければそこそこ何でも撮れる感じがします。
但し、評価は70-80点止まりです。
まともに良い写真を撮ろうとすると、苦労したあげく言うことを中々効きません。
それでも、暗いときはISO1600まで増感したり、雪のゲレンデでも背面の液晶が何とか見えました。
これをフジのエンジンで補正すれば、結構良い写真になるのでしょう。
結構使い方のクセをマスターすれば、良い写真が撮れるかも知れません。
但し、一般のプロク゜ラムモードで使うにも、相当熟達が必要です。
初心者に中々使いこなせるのか不思議に思います。

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2008年12月20日 (土)

今シーズン初滑り・パルコール嬬恋スキーリゾートin群馬

今シーズン初滑り
パルコール嬬恋スキーリゾート
今シーズンは、年末を待たずしてなんとスキーに行ってきた。
TVでは新潟県側では雪が降らず雨が降っているニュースを放映していたが、群馬県側では何とか滑れる感じ。
新潟県境の苗場もかっては、12月10日にスキーに行った記憶があるが、TVでは人工雪で何とか?
昔々の学生時代というのは、このクリスマス前後というのが穴場でよく行ったもの。
但し、前日まで雪がなかったのがこの時期に一時的に大雪が降るためにほとんど雪だった記憶がある。
昨年は、子供を「スキーに連れて行け」と言う「命令」があったので、子供の冬休みと同時に何と2泊3日で草津温泉に。
レンタルスキー、ペンション代、スキースクール代、リフト券代、昼食‥‥‥ペンションにはうちの家族しかいなかった上に、特注(特別栽培)の高価なリンゴを持っていったのに、何のサービスもなし。
おいおい、このお客が「威張っている時代」にお客側の持ち出し‥‥
結局、全て含んで80000円弱の出費は痛かった。
来年からは、そんなところには行くのを止めようというのは道理。

取りあえず、最近の定宿・パルコール嬬恋スキーリゾートへ行くことにした。
但し、例の書道仲間のジジィ二人旅。
料金は、一人10,000円プラス入湯税150円で、初滑り割引きでリフト券2日分つき。

スキーに行けるというのは、実は20日前のまだ年末の雰囲気の実感がない頃。
昨年のクリスマス頃というのは、何やらせわしなかったと言うものだ。
自宅は、8時半前に出たものの車のある車庫まで移動して、出発してみれば結構よい時間。
途中寄り道をして車を乗り換えて到着したのが、11時半くらいか。
下の写真は、11時50分撮影とexif情報。

ところが、みんな様子見。
なぜか‥‥

一本しか動いていないリフトが部品交換のため一時停止。
営業しているのは、ドルチェコース(1275m)という最大斜度18°、平均斜度10°という初級者コースのみ。
もっとも、このパルコール嬬恋スキーリゾートのスキー場は、最大斜度で24°しかないので全般的にファミリーゲレンデという色彩が強い。
それで、ドルチェコースも上部の数百メートルというのが、そこそこ練習バーンになる。
一時的に、スキー場の閉鎖ということになったので、ドリンク券を配るというアナウンスがあって、到着早々から昼飯ということになった。
それで、滑らないうちからの休憩で、13時10分頃にやっと営業再開。

機種 : FinePix F100fd
変更日時 : 2008:12:18 15:51:35
露出時間 : 1/850秒
レンズF値 : F4.5
ISO感度 : 200
対象物の明るさ : EV8.4
画質モード : NORMAL
シャープネス : NORMAL

16時には上がってホテルに入ることにするが、向かいの浅間山は相も変わらず煙を吐いている。

それにしても、天気は良いものの風が冷たく、初心者用のスピードが遅いリフトというものは、結構からだが冷える。

ホテルの室内からの眺め。
チェックインすると、今日は宿泊客が少ないので「バイキング」ではなくテーブル席だという。
それで、18時に行ってみた。


勘定したところ、泊まり客は7組くらいか。
‥‥で夕食は、定食…コース料理だった。

機種 : FinePix F100fd
露出時間 : 1/9秒
レンズF値 : F3.3
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 1600
オリジナル撮影日時 : 2008:12:18 18:07:55
対象物の明るさ : EV-2.4
フラッシュ : 発光禁止

まず前菜。
スープはカボチャだとか‥‥

魚は、鮭料理。

卵ではありませんで‥‥お口直しで、シャーベットが出て‥

肉料理とソラダ。肉の左横についているのは炒めご飯。

最後は、ケーキ‥‥

これで定食は終わり。
但し、パンはおかわり自由。
強心臓だけが得する世界というか、定食では常識なんだけどね。
明日の朝食もこの場所で‥‥‥

入り口のロビーの天井は、一応プラネタリュウーム風。

取りあえず、一日目は終わり。

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民主党の社会主義政策と政府の規制が生む日本の雇用崩壊

民主党の社会主義政策と

政府の規制が生む日本の雇用崩壊

平成20年12月18日「非正規労働者の『派遣切り』を防止する緊急措置法案や採用内定取り消しを規制する労働契約法改正案」(民主党など野党3党提出の雇用関連4法案)が参院厚生労働委員会では民主党が二時間半の審議で採決を強行可決した。
この法案は、衆議院で否決される方向と言うが、どう見ても泥縄的であるだけでなく資本主義国家という国の形態を理解していないと言わざる終えない。
なぜなら、今のようにグローバル化した社会では日本国内で規制されれば、その産業、仕事は海外に移転される。
現に、総務関係の仕事は何と中国へアウトソーシングされている例がある。
パソコンを扱う人なら以前から経験している通り、デルパソコンのサポートセンターは中国にアウトソーシングされている。
しかも、「労働者派遣法」(平成16年3月1日)の「2009年問題」によって合法的に派遣切りが正当化され、例え民主党が「派遣切り」防止策を唱えようと全く無駄と言うことになる。
あえて、「労働者派遣法」の「2009年問題」について再掲しておくと‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2008年9月26日厚生労働省はこれを違法だとする通達を出した。
「いわゆる「2009 年問題」への対応について(厚生労働省職業安定局長)」
職発第0 9 2 6 0 0 1 号
‥‥‥ 「また、継続して労働者派遣の役務の提供を受けているかどうかについては、労働者派遣の役務の提供を受けていた派遣先が、提供を受けていた労働者派遣の終了と新たな労働者派遣の開始の間の期間(以下「クーリング期間」という。)が3か月を超えているかどうかによって判断しているところであるが、単に3か月を超える期間が経過すれば、
新たに当該業務に労働者派遣の役務の提供を受けることとすることは、労働者派遣法の
趣旨に反するものであること。」
「なお、本取扱いにより、直接雇用への切替えによる対応が違法な労働者供給事業と
して判断される場合には、その期間が3 か月を超えている場合でも、当該期間が違法
であることから、クーリング期間が適正に3か月を超えているとは判断できないこと。」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
そして、その派遣社員がやっていた事務や総務の仕事はほとんどが中国へ委託され、日本では完全に仕事がなくなる。
なぜなら、経費は半分の上に、日本政府の規制、雇用問題など全てクリア出来るからである。
そして、実際は近年の国の規制によって、職を奪われるということは建設業界でも起きている。国土交通省による建築基準法厳格化によって、多くの建設業者、不動産業者が倒産したというのはよく知られることだが、建築士法の改正されている。
建築士法の改正によって、今まで何の咎もなく経営してきた設計事務所が突然閉鎖になる。それは、新たな構造計算一級建築士試験、設備設計一級建築士試験制度などであり、又新管理建築士制度だ。
最近感じるのは、小さな政府を目指した規制緩和から一転大きな政府と国民に規制、制約をかける政府に変わってきたと言うことだ。
そのお陰手で、日本国内の消費は低迷し、利子は限りなくゼロ金利、製造業も事務総務の仕事も海外へ‥‥
日本に残るのは、何と官庁という産業しかない世界になってしまうのか。
事実、地方はそうなりつつある。

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2008年12月19日 (金)

日銀政策金利を年0.3%から0.1%に利下げ、日本再び沈没

日銀政策金利を年0.3%から0.1%に利下げ、日本再び沈没

「日銀は19日の金融政策決定会合で、政策金利を年0.3%から0.1%に引き下げることを決め、即日実施した。(日経2008年12月19日)」

日銀が19日米国の利下げを受けて、案の定0.1%に利下げした。米国追従の日本政府だから、来年早々にはゼロ金利政策に逆戻りだろう。
それで、ゼロ金利政策で何が得られるのか、どういう目的なのか聞いて見たい。
なぜなら、ゼロ金利、低金利政策の「負の拡大」というのが大きくなっているのに、一切考慮していないと言うことになるからだ。
金融バブルの時、政府は「貯蓄から投資へ」と推進した。
そして、ゼロ金利、低金利政策で日本の貯蓄という金融市場を無価値にして、益々促進。
その思惑に乗った人達は、この金融バブル崩壊で投資した資産の半分を失ったと言うものだ。
投資環境が悪化すれば、経済評論家諸氏は一転して「老後の貯蓄へ」と方向転換する。
2008/12/19の読売新聞の荻原博子氏の論評でも、「気を落ち着けて貯蓄を」という始末だ。
ところが、いざ貯蓄となってみると「0.1%に利下げ」。
これでは定期預金はまたまたゼロコンマ以下の利息ということになる。
これでは、投資はダメ、貯蓄もゼロ金利同然となれば、どうすればよいのだと言うものだ。
日経ネットプラスで 熊野英生(第一生命経済研究所主席エコノミスト)氏は、

「今回の0.2%の利下げによって、家計の金利収入は年5000億円減ると推計している。一方、大きな負債項目である住宅ローンの負担減は同3000億円程度だ。」

と利下げによって、市中の金が減りデフレがより進行するということを暗に暗示している。

日銀は、ゼロ金利政策を行っても景気はあがらなかったということをもう忘れてしまったのであろうか。
一方、円高を押さえるために、日本は利下げをして日本の金融市場を再び魅力的でないものにして、「円売りドル買い」をさせようとしているように見える。
しかし、米国が一方的にドル札を増刷して米国の企業を救済するのであるから、必然的にドルが下がるというのは押さえようがない。
熊野氏は

「日米金利差の縮小を考えると海外から日本にマネーが流れる動きは止めづらい。」

と円高を止める要因はないとしている。

トヨタが赤字だとしているも円高による差損は、日本円に換算すればのことで換算しなければ差損など関係ない。為替差損を入れて「赤字」とすれば実は法人税を払わなくて良い。
その上、その損は繰り延べか効くから結構税金を払わない時期が長引くわけだ。

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2008年12月17日 (水)

日本の経済失敗に学ばない米国FRBゼロ金利政策

日本の経済失敗に学ばない米国FRBゼロ金利政策

「米連邦準備理事会(FRB)は16日開いた米連邦公開市場委員会(FOMC)で、最重要の政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を現在の年1.0%から大幅に引き下げ、年0.0―0.25%にすることを全会一致で決定、即日実施した。(日経新聞)」
これは、米FRBが事実上のゼロ金利に移行したという報道なのだが、ゼロ金利政策で上手く行くのかという疑問は抱かなかったのだろうか。
その良い例が日本の低金利政策によるデフレ不況であることは間違いないが、低金利による弊害は日本でも不思議と無視する傾向にある。
正確には、弊害を無視するのではなく「見ないようにする」という欺瞞の限りなのだが、指摘する人はごくわずかだ。
今回、米国のゼロ金利政策というのは実際どのような効果があるのか多分不透明だ。
文藝春秋2009年1月号に「【緊急提言】2009 逆転の日本興国論 /宮崎哲弥編」と言うのがあった。この中で、‥「投資よりも貯蓄」が老後を救う‥というものがある。
金融バブルの時は、政府は米国の「日本は貯蓄しすぎる」との指摘を受けて「貯蓄よりも投資」を推進した。その言葉に載って「投資」に乗った国民はこの「リーマンショック」によって、投資資金は少なくとも半分になった。
その文藝春秋中で、小宮氏は「貯蓄」と言ってもゼロ金利に近い政策は問題としている。
要するに、今の日本は老後の資金として「貯金・預金」を持っているお年寄りにも厳しいと言うものだ。
ならば、「働かざる者食うべからず」なのか‥‥そんな働き場所などある筈がないのは今の不況。
そして、デフレ不況が継続してきた本当の理由というのは、自らの政策も自身で決められないという日本の政治の欠陥だ。
一方、米国は投資会社の元役員などが米国政府の要人になって「米国の企業に」都合の良いことを推進させたりする。
正に日本から金を吸い上げるホースの役目をしたのが日本政府、金融当局である。
それで、米国が転けたらあたふたとして何も政策が打てないと言うていたらくだ。

日本がやった低金利政策を米国がそのまま行おうとする感覚というものは、やはり日本経済を推進した人達というのは米国経済の「感覚」だったことが改めてよく分かる。
そして、米国の株価は反発したようだが、日本円への影響は「円高」と言う方向へ移行した。
米国が紙幣を際限もなく発行し、低金利政策を続けるのなら米ドルが基軸通貨としての価値を放棄したと言って間違いない。
より円高になれば、米国に投資している農林中金の7兆円(ファニーメイFNMA・フレディマックFHLMC)は、利子どころではなく確実にゼロの方へ近づく。
早い話、米国FRBゼロ金利政策は新たな信用不安を引き起こす事は間違いない。

さて、ここのところ強気のフランスのサルコジ大統領なのだが、この大不況に対しては、新車を買うには約12万円の補助金を出し、しかもローンはゼロ金利だという。
ところが日本ではどうだ。
あれだけ自動車産業の期間労働者や派遣社員が雇用先を失っているのに、「車を売れるようにしたか?」などとは全く聞こえない。
第一、日本では車は贅沢品で、新車を買えば車両重量税やら取得税やらがかかる上に継続車検は、2年おきで車両重量税を取る。
これで、日本で新車に変えようとは誰も思わない。
もし、日本でも10年を超えるような車は安く買い換えるようにしたら、国内需要が増して、自動車産業の期間工やら派遣社員が呼び戻されるかもしれない。
万が一そうなったら効果のない、要らぬばらまき?景気対策など不要というものだ。
しかし、そんな資本主義国並みの政策など日本社会主義国はするはずはない。

車にも乗らない中央官庁のお役人という政策担当者氏は、今もタクーチケットを貰って通勤しているのだろうか。
もっとも、タクーチケットで帰るという人物は下っ端で、上のお役人は官舎が近いから歩いて帰ると言うものかもしれない。

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佐久間良子氏の不思議な書歴・NY二人展「書に遊ぶ」

NY二人展「書に遊ぶ」女優・佐久間良子氏の不思議な書歴

平成20年12月16日(火)の新聞各紙には、「佐久間良子さんNY展(読売夕刊・ニューヨーク支局)」とか、「女優の佐久間良子さんがNYで書道展(産経Web・ニューヨーク 長戸雅子)」とかに書かれている。
そこで不思議に思ったのは、
「佐久間さんは子供のころから『外で遊ぶより字を書くことが好き』で独学で書道を始めた。」 (産経)
「幼いころから、独学で書を追求してきたという佐久間さん。」(読売)
‥‥となぜか独学を強調している。
そして、もっと不思議なのは
「佐久間さん直筆の礼状を目にした知人から勧められて昭和50年に日展出品、見事入選を果たした。そのときに書道家の手島右卿氏から『音楽的、絵画的とさまざまな要素を持った書』と評価された。(産経)」
最近見た雑誌に毎日展入選をしたことがあると写真入りで掲載されていた。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』では、「書道では1977年(昭和52年)に「日展」に入選。「毎日書道展」でも入選。」とあって、入選時期は不明確ながら間違いないらしい。

ここで何がおかしいのかというと、まず日展で当時の手島右卿氏から評価されるということだ。
手島右卿先生は、年譜によると「1947年書道芸術院結成・総務理事となる。」とあり、「1952年独立書道会(現独立書人団)を結成。代表となる。」となって所謂毎日系の書家である。
昭和50年頃に日展に関係しているとは経歴にない。
昭和50年頃といえば、毎日展から読売書法展へ分離する前夜であって混沌とした時代。(毎日書道会小史)
そしてどちらかと言うと書論で毎日系と対立していた日展ではあったが、今も昔も日展入選(5科)というのは、至難の業である。
だから当時でも、所謂「毎日系」と呼ばれる書家には縁のないことが多い。
特に、手島右卿先生が結成された独立書人団などは、「一字書系」という現代書系であって、日展・読売系とは相容れない。

そして、女優・佐久間良子氏の作品‥‥写真写る作品は小品とは言え「一字書」。
どう考えても独立書人団系の影響を受けていると言うものだろう。
その上、日展入選にしろ、毎日展入選にしろ個人出品ではあり得ないというのが書道の常識だ。まして「独学で」などと言ったら笑いものだ。
なぜなら、書は絶対に独学で学ばないからだ。
そして、独学で学ばないから先生に付いて団体出品するのである。
その上、日展入選は先生が日展の審査員でない限り、又は審査員に連なる先生でない限り100%入選はしない。
なぜなら入選率は、新国立美術館移行で多くなったと言え今年でも9.7%にすぎない。
有名人だから‥‥それもあるかも知れない。
日展の2科洋画では、何年か前に「ジュディオング氏」の版画が特選だった。今年は、最後の出口付近のその他大勢の部類に展示されていた。

それにしても、「独学」と強調しているのはなぜなのだろう。
多分、最近は日展は当然としても、毎日展にも出品せず、師匠にも付かず気の向くままに書を書いてきたと言うことか。
もしそうであるならば、「独学で日展入選」というキャッチフレーズは止して頂きたい。

書道で日展入選を目指して、もし1回入選したら「書」をやった諦めが付くとか、そうでなくとも県展で一生に一度は特選(特別賞)をもらって死にたいと言い残して、遺作が特選だった人など枚挙がない。
書道に命をかけている人にとって、女優・佐久間良子氏の発言は如何に不用意で傷付いたか。
所詮、有名人には「日展」も甘いと思ったのか。
いずれにせよ悪い影響だ。

‥‥‥‥‥‥‥‥
いろいろご指摘がありました。
‥‥‥‥‥‥‥‥
篆刻の吉永隆山先生(現・毎日書道展審査会員)からご指摘があって、佐久間良子氏の入選に関して説明がありました。

「佐久間さんは昭和50年の第7回日展で入選しています。かく言う私も同じ昭和50年の日展で初入選しておりますので、「佐久間良子入選」は記憶があります。
念のため、図録にて確認しましたところ、「佐久間愛子」さんが入選(仮名作品)しています。これが佐久間良子さんの作品のはずです。ちなみに、手島先生は、理事当番審査員ということですので、不確かな記憶ですが、不確かな記憶ですが、独学というより手島先生の手本で(手島先生に師事していた??)「書いた」作品という認識でした。

赤字は、吉永隆山先生による再度の訂正です。(2008/12/19)

‥‥‥‥‥‥‥‥‥
いずれにせよ独学で日展入選したのではない事は違いない事です。

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2008年12月16日 (火)

FinePix F100fdは 買いか そうでないか

FinePix F100fdを購入してから、いろいろなテストをしたのち、実戦として100数十枚撮影してきた。
但し、全て明るい室内である。
明るい室内というのは結構カメラにとって厳しい条件である。
ストロボは発光しづらく、かといってノンストロボでは暗すぎる、しかも蛍光灯だから、蛍光灯色が出る。
いざストロボを強制発光させるとなると、ストロボは昼光色(ディライト)だからホワイトバランスが狂って黄色の発色となることが多い。
それで、リコー製品などは普及型のR7でもホワイトバランスのマニュアル調整が出来るものも多い。
しかし、このFinePix F100fdは初心者のためのコンバクトカメラという位置づけなのか、ほとんどその様な機能は含まれていない。
基本的には、メーカーの決められたAutoとシーンモード、そうでなければマニュアルと呼ばれるプログラムモードで撮るしかない。
ところが、近距離のストロボで撮影する以外、全体に画像がアンダーにでる。
しかし、画像がアンダーに出るのはパソコンの高精度のモニターに移したときで、カメラ本体の液晶では驚くほど明るく見える。
だから上手く撮れたと思ってパソコンに転送してみるとがっかりするのである。
従い、FinePix F100fdではパソコンに転送した画像をまともに印刷しようとすると結構画像処理が難しい。
なぜかと言えば、プリンターで紙に印刷するときは、明るめの方が色乗りがよいから明るく補正をするのである。
難しいのは、この明るくするというのが「一発補正」ではほとんど動かないからだ。


オリジナルをそのまま縮小したもの。

露出時間 : 1/120秒
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 800
シャッタースピード : 1/124秒
レンズ絞り値 : F4.1
対象物の明るさ : EV4.2
露光補正量 : EV0.7‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
フラッシュ : 強制発光(赤目軽減)
シーンタイプ : 直接撮影された画像
カスタム画像処理 : 通常処理
FinePixカラー : F-スタンダード

カメラモニターでは、かなり明るく表示されていた。
ところが、この様に薄くらい感じでパソコンモニターでは見える。
右横の人物の色の違いに注目。


Fijiフジの「画像処理エンジン」で「一発補正」

昔のデジカメはカメラモニターの画像が明るく、実際パソコンモニターの画像との落差というのは、大きかった。
ところが最近の傾向ではあまり見なくなった。
今は、パソコンモニターの画像とカメラ本体の液晶画像とはあまり違わない傾向にあるのである。
この画像をFijiフジの「画像処理エンジン」で「一発補正」をしてみるとカメラモニターの画像と似た雰囲気になる。
これは、フジの「お店プリント」に出すと、同じような写真が得られると言うものだろう。


一般的な画像処理「一発補正(auto)」で

元画像を一般的な画像処理ソフトで修正してみると、全体的にアンダーというのは、ほとんど変わらず、画像としても大きな変化は現れない。

フジの附属ソフトFinePixViewerで補正

今度は、フジの附属ソフトFinePixViewerで補正してみるとこんな感じ‥‥
オリジナルに比べて、多少明るくなったが別々に見ると分からない程度。
そして、今度はこのFinePixViewerで補正したものを「フジの画像処理エンジン」で補正してみた。


Fijiフジの「画像処理エンジン」で「一発補正」

そうすると、二枚目とほとんど同じような画像になった。

さて。結論を急ごう。
このFinePix F100fdというカメラは、多少カメラの扱いに慣れた人には、いらいらするようなカメラである。
なぜなら、背面の液晶と実際の画像が違いすぎ、その上パソコンモニターで見たときには「クリアー」な画像にならない。
分かりやすく言えば、パソコンモニターで写真を見た時、がっかりするカメラである。
はっきり言えば、どんな写真が撮れるのか想像も付かない。
その上、操作性が複雑でシーンモードなどあるとは言え、初心者に使いこなせるものではない。
しかも、そのそれぞれにクセがある。
だからそのシーンモードで上手く撮れるというものでもない。
又、パソコンプリンターで印刷仕様とすると、FinePix F100fdのモニターと似てもにつかない写真となる。

FinePix F100fdのモニターと同じような写真にするためには、「お店プリント」にしなければならない。
それも「クロム」モードを使わないのが原則だ。
使えば、「お店プリント」でも補正が効かず、暗い写真になる。
いずれにせよ、そんなパソコンも使わない、パソコンで写真データーも見ないという層には最適かもしれない。
掲示板で、高感度との評判はあるが、この高感度が災いして、「手振れ補正があるにも係わらず」暗いところでも100-200以上のシャッターが切れたりする。

1200万画素、フジのコンパクトカメラの最高峰とはいうものの、画質、絵作りと言うものはプリンターで印刷するという前提ではないところに、一世代古い思想がある。
キャノンで始まった、明るめの画像表現は今やニコンのコンパクトカメラでも踏襲され、デジ一眼でも明るめの傾向にある。

だから、正直言って期待はずれといって過言はないかも知れない。
しかし、20000円のカメラだとすれば良くできたものだが、価格下落が大きいコンパクトカメラにあっては、シャッターを押せば良く写るというカメラではない事は確かだ。

そして、その失敗をほとんどフジの機械を使う「写真屋」の「お店プリント」で補正するというのがFinePix F100fdではないだろうか。
やはり簡単に綺麗に撮れるというのは、キャノンに限るし、スローシャッターを多用する多機能といえば、リコー。

FinePix F100fdは誰にでも勧められるカメラではない事は確かだ。
少なくとも、小生にとっては「買い」の製品ではなかった事は間違いない。

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2008年12月15日 (月)

旧家に取り憑く、「土地神」はありや?

歳を取ると過去の回想ばかり
‥‥旧家に取り憑く、「土地神」はありや?


先週末、東京にある書団の審査に当番審査員として上京した。
今頃になると冬至も近くなってくるから、朝7時前というのは夜明け前(日の出前)だったりする。
こ このところ、12月というのに11月中旬の気温で昔同時期に上京した時のような肌を切るような寒さはない。新幹線に接続する連絡列車も土曜日とあって、空 いているのは幸い。だから、新幹線もいつもなら満席状態で到着するのに空席が目立つ。お陰で一本早い何時もなら乗らない列車に乗った。
これだと、途中大宮まで止まらないので早いし「新特急」のような妙な感覚を覚えずともすむ。
朝の新幹線というのは、何時もそうだがうつらうつらとして、朝寝を楽しむ時間なのだが、不思議と「あのときは‥‥だった」という感慨に「どきり」としたりする。
時は過ぎてしまったのに、変な記憶というものは過ぎ去らないようだ。
そして、今回は過去に住んだ家にまつわる記憶を思い出したりしていた。
過去に住んでいた家、空白期間を差し引いても数十年住んだ両親と共に暮らした家の記憶である。
あの好きだった岩に絡みついた木の根、春の水仙、松葉ボタン、‥‥四季の花が咲き乱れ‥‥。小さい頃ツツジの季節には近くに地方新聞社の本社があって、そこから紙面に載せる写真を撮りに来るというのが年中行事だった。
しかし、よくよく見ると今思えばツツジは少なくほとんどがサツキだった。
今では流行らなくなった、石の回廊、赤城の噴火石の石組み。
そんな小さい頃、今12月になると庭師が松を剪定する音が朝の眠気を覚ますものだった。
その後、松の手入れが出来る庭師のハサミの音を聞くこともほとんど無かったが。

そして、それは両親や家族の記憶と、自分自身の過去の存在をも建物、敷地、樹木と共に消え失せてしまった様に感じる。
古い家というのは、「家の神様」と言うものが居るらしいと昔から聞いていた。
そんなものは迷信だ、とはいうものの小生の家にも何やら居たらしい。
それは、建物が撤去されてアスファルトで舗装された駐車場になった後、半年から1年ほどで母屋があった中心の地面が陥没した。
実は、他に二カ所陥没したところがあった。
その一つは、「御稲荷さん」があったところと、元「御稲荷さん」があったところだ。
しかもその位置は偶然ではなく、間違いなくはっきりした場所であるというのが不思議なものだった。
この「御稲荷さん」というのは昔から非常に難しい因縁があって、移動するにも「御稲荷さん」の専門の神主さんに拝んでもらう必要がある。
それで「元」の場所というのは「拝んでもらわなかった」筈なので、残ってしまったのかどうか知らないが、東向きから南向きへ移したから条件は良くなったはずとは亡父の弁。
それで、天罰が当たらなかった(?)のは設置した相続人であったからかも知れない。
‥‥相続人が移って最終的に移転させるに当たっては、今度は「本当に」神主さんに拝んでもらって撤去し、他の場所一時的に移した。
しかし、「御稲荷さん」には申し訳ないが、もう一度戻せる状態には未だなっていない。

世の中迷信というが、分からないことが多々ある。
だから、そう言う古い家にあった石や曰わく因縁のありそうなものは、その家系に連なる相続人以外の他人が移動したり持ち出したりするのは注意が必要だ。
小生の実家を買った不動産屋の社長にその点を注意した。
ところが、「塩を撒いて何でもやってしまえばよいのだよ」と取り合わなかった。
しかし、土地が陥没する頃の「土地神」の移動と共にあの世に旅立ったらしい。

そんな偶然の一致はどうでも良いことだが、同じように古い旧家を買ってマンションを建てようとした業者が、同じようにマンション建設で立ち往生している。
理由は様々だが、建物の更新はされていても少なくとも100年以上も続いた一族の屋敷跡というのは、何やら謎めいたものがある。

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2008年12月14日 (日)

政治感覚が欠如した経済対策の愚作

「与党税制大綱 減税だけで不安は消えぬ(12月13日付・読売社説)」と社説で述べている新聞は多いが、直感的に見て何を減税するのか国民にアピールする要素が欠落している。
過去最大の住宅ローン減税といっても、そもそもローンが組めない人や住宅を買う予定のない人達には関係がない。人口が減り、一人っ子が多くなれば核家族化しために、両親の家住んでいた家が子供のものになる。
その一人っ子同士が結婚すれば、一つの家が不要になるはず。
要するに、時代が経るごとに家が余る。それで住宅を買わせるのかといっても限界がある。
少なくとも、今現在の雇用不安の中では「過去最大の住宅ローン減税」の恩恵を被るのは、大企業の従業員か公務員くらいしかない。
だから、今年9月以降地方のマンション売れ行きはバッタリと止まってしまった。
なぜなら、雇用不安と不況の深刻さというのは東京より地方の方が大きいからだ。
はっきり言って、未だに「住宅ローン減税」で土地建物を買ってくれると思っている、不動産神話など古くさいものだ。
何と言っても、「住宅ローン減税」というのは、中身の間違いがあるにせよ長年続いた制度だから、あるのが当然と思っているのが心理である。
そして、減税されたからその分消費が拡大するなどと言うことはあり得ない。

ハイブリッド車の減税措置も今までやられてきた。そして、自動車重量税と取得税はゼロになるといっても元が高価だし地方の山間部で有効であるとは限らない。
特に降雪地域で、ハイブリッド車などは大型高級車しか役に立ちまい。
だから、実際地方で実際必要とする車というのは少しも安くならないと言うものだ。
所詮ハイブリッド車というのは、都市部の人間の乗り物。‥‥とはいうものの東京などでは車など必要ない。
今、地方に住んでいる住民は、一家に家族分車が必要であって、今や10年を越えて車に乗り続けている。
車の性能が良くなったばかりでなく、新車購入に経費が掛かりすぎるからだ。その上、未だに継続車検は2年ごと。

その上、近い将来消費税値上げなら、その直前に車を買い換えるという考えも。
その時は日本経済が崩壊するときであるかも知れない。

なぜなら、今の与党税制大綱は景気対策ではなく、単なる社会主義思想による砂に水を撒くような「公共福祉」にすぎないからだ。
そして、国民には複雑すぎない、説明しすぎない、単純な「景気対策メッセージ」が必要だろう。
一口で言えない減税など、単なる「逐次投入」の第一歩でしかないというのは自明の理だろう。

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2008年12月13日 (土)

FinePix F100fd~とGX200 VF KITの比較 その3

FinePix F100fd‥‥いろいろ操作してゆくうちに段々と妙なことが分かってくるものである。
今回は、今まで述べていたNモードからFモードへそして、カラーを「クロームモード」に変更して様子を見てみた。
それでノーマルからファインにしてファイルの大きさは3Mb→→4Mbへと大きくなったが、昼間の風景程度では比べても分からなかった。
一方、「クロームモード」という「鮮やかな」色調というのは、風景の「遠景」モードにすると設定されない。
そこは良くしたもので、そう言うモードだと液晶表示が出ないから良くしたものだ。


Nモード・クロームモード。
機種 : FinePix F100fd
露出時間 : 1/170秒
レンズF値 : F9.0
ISO感度 : 100
シャッタースピード : 1/170秒
レンズ絞り値 : F8.9
対象物の明るさ : EV9.0
露光補正量 : EV0.0
シーンタイプ : 直接撮影された画像
カスタム画像処理 : カスタム処理
FinePixカラー : F-クローム

スタンダードモード

露出時間 : 1/150秒
レンズF値 : F9.0
ISO感度 : 100
シャッタースピード : 1/156秒
レンズ絞り値 : F8.9
対象物の明るさ : EV9.1
露光補正量 : EV0.0
開放F値 : F3.2
FinePixカラー : F-スタンダード

縮小してしまうと、多少暗くなるので違いが良く分からなくなる。
しかし、あっさりした色合いであることは間違いない。
ところで、気がついたのは、F-クロームにすると、「プリント自動補正解除指示(CR)」というのがONになって、写真屋さんに持っていっても補正されない。
フジのカメラが若干アンダーなのは、市販のプリンターではなくて「お店プリント」に出す事を前提にしている気がする。
一方、最近のデジカメ、デジ一眼は、白飛び限界まで明るく写るものが多くなった。
それは、特にCanonあたりからのもので、他社もCanonに倣って最近発売のものは明るい描写をする。
理由は、Canonのプリンターで印刷するからではないだろうか。
だから、写真屋に出すものは少しアンダー気味のものの方が良かったりする。



参考で、Fモードにしてみたもの。
レンズF値 : F9.0
シャッタースピード : 1/211秒
FinePixカラー : F-クローム

最後は、GX200のもの。
随分と違うものだと感じさせる。



機種 : RICOH GX200
露出時間 : 1/400秒
レンズF値 : F5.7
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 64
対象物の明るさ : EV9.5
レンズの焦点距離 : 5.10(mm)
GX200は、ISO感度は64まで落ち、露出時間が短い。そして、元画像はフジと変わらないが、圧縮するとフジはNモードと変わらないのに、GX200の方が5割増し。
フジのFモードというのがあまり有効でない証拠かもしれない。
このGX200の画像は実際はアンダーで、Pモードで撮影したもの。
これを、いつも設定しているマイセッテイングモードで撮るとかなり明るい。
GX200と言うものは、Pモードやオートお任せでは撮らないというのが常識な様だ。

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2008年12月12日 (金)

日本再生の10年を反故にする麻生政権の不実

日本再生の10年を反故にする麻生政権の不実

2008年12月12日配信のメルマガ「大前研一ニュースの視点」では、『歴代政権の目玉策は骨抜き?:郵政民営化策見直し論浮上』 と称して小泉内閣、安倍内閣、そして福田内閣と続いてきた日本再生プログラムが一挙に葬られようとしている事に対して危惧している。
実際問題、タバコ増税になったらあの「タバコ農家」という自民党の票田が報道で出てくる始末で、これは自民党の古い象徴でしかない。
独立行政法人(独法)「雇用・能力開発機構」の解体の筈が温存され、道路特定財源も不透明なまま。
小泉内閣の「骨太方針」の公共事業費、歳出削減も事実上の撤回。福田政権が取り組んだ「消費者庁」の設置も未定。
「内閣人事局」の設置も見送り。
こうして、小泉政権下目指した小さな政府は事実上反故にされてきた。
しかも、耐震偽装から始まった官僚による規制という権限拡大が増す。
そして近年の緊急課題、インド洋周辺海賊対策も先送り、景気対策は小出し。
昔の帝国陸海軍の戦術としての失敗例として有名な「逐次投入」をここでも冒(おか)そうとしている。
こういう逐次投入的な景気対策というのは、官僚主導によるもので「政治」と言うものが機能していない事を示す。
そして、麻生首相は自分の保身のために、完全に事なかれ主義に移り「永田町村」というコップの中では批判されないように立ち回るようになった。
それだから、内閣支持率21%という事実上崩壊している状態になった。
国民の目から見れば、既に今の政府・麻生内閣は、信用がおけない、助けてくれないと思うようになった。
一方で一生懸命助けようとしているのは、一般の国民ではなくほんの一部の自民党支持者や中央官庁の官僚達というほんの身の回りの人達だけ。

「23兆円の追加経済対策、麻生首相が発表…減税は1兆円」(読売新聞)という。
〈1〉雇用対策
〈2〉地方交付税増額(1兆円‥雇用創出のために地方交付税を1兆円増額)
〈3〉「経済緊急対応予備費」の新設(1兆円‥予期せぬ経済情勢の悪化などに備え柔軟に支出できる1兆円)
〈4〉住宅減税や設備投資減税などの政策減税(約1兆円)
金融面では、政府系金融機関が企業から社債の一種「コマーシャルペーパー(CP)」を買い取り、資金供給を行う対策(3兆円)などを盛り込んだ。
金融機能強化のため公的資金の注入枠を現行の2兆円から12兆円に拡大する。

見てみれば、具体性に乏しく官僚作文だとつくづく思う。
雇用対策とは何だ?
単に金をばらまくことに違いない。これでは何の意味もない。
もしするなら、雇用創出のために車関係税を一時停止するくらいな「インパクト」のある事が必要だ。
それが、低燃費車を購入する時の自動車重量税と自動車取得税を減免など、ちまちました大したことがない減税。
これで国民が車を買い換えると思うのが不思議なものだ。
ハイブリッド車など高価だし、車種も少なく気に入った車だって少ない。
だからこんな車が買えるのなら、誰だって苦労はしない。
国民が買うのは、安い車に決まっている。
そんな感覚で良く景気対策が出来ると言うものだ。

そして、今後日本の教育には、ドイツがプロパガンダによる選挙によってヒットラーの出現した危険性を教えているように、「大東亜戦争」の「逐次投入」などの戦略失敗の戦史を学ばす必要がある。
そうすれば軍人官僚の本質と「文民」官僚の本質とは全く変わらないことに気づくはずだ。

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FinePix F100fd~とGX200 VF KITの比較 その2

FinePix F100fdは、人物撮り用のお気楽カメラとして買ったのだが、真剣に撮るときはデジ一眼レフを使う。
キリキリとした写真は、SONY α700。
綺麗な描写までということなら、ペンタックスのK10D、K100DにFA28mmかFA35mmレンズなど。
ペンタックスのDAレンズだと人物には、キリキリしすぎて味がないこともある。
ペンタックスを使うのは、やはり凄い単焦点レンズが格安で手に入るということに尽きる。

さて、FinePix F100fdというコンパクトデジカメを使って見ると、一見シンプルなのだが、自分なりに写真を撮ろうとすると結構困難に陥る。
その理由の最大ところは、増感に強いためにスロシャッターではなく、ISO値を上げての増感でスローシャッターが切れない。
それで、マニュアルというプロク゜ラムモードで露出補正(OKボタン長押し)という手段に頼る。
しかし、やってみると中々上手く行かないの実情かもしれない。

機種 : FinePix F100fd
ソフトウェア : Digital Camera FinePix F100fd  Ver1.02
露出時間 : 1/17秒
レンズF値 : F3.3
露出制御モード : プログラムAE
ISO感度 : 800
オリジナル撮影日時 : 2008:12:11 16:46:43
シャッタースピード : 1/18秒
レンズ絞り値 : F3.2
対象物の明るさ : EV-0.7
露光補正量 : EV0.0
開放F値 : F3.2
自動露出測光モード : 分割測光
レンズの焦点距離 : 6.40(mm)
撮影モード : オート
ホワイトバランスモード : オート
シーン撮影タイプ : 標準
シャープネス : 標準
画質モード : NORMAL
シャープネス : NORMAL
ホワイトバランス : オート
カラー : 標準
フラッシュモード : 発光禁止

(写真は、縮小したもの)
写真は地味目だが、今度はクロームモードに変えてやってみよう。


単に設定してあった通りで只シャッターを切ったもの。

リコーGX200
機種 : RICOH GX200
露出時間 : 1/3秒
レンズF値 : F3.3
露出制御モード : 絞り優先AE
ISO感度 : 154
オリジナル撮影日時 : 2008:12:11 16:46:03
レンズ絞り値 : F3.2
対象物の明るさ : EV-0.8
露光補正量 : EV0.0
開放F値 : F2.4
自動露出測光モード : 分割測光
フラッシュ : 発光禁止
レンズの焦点距離 : 7.30(mm)
撮影モード : オート
ホワイトバランスモード : オート
シーン撮影タイプ : 標準

シャープネス : Hard

同じような条件で撮ることは出来ないが、風景写真ではGX200に敵わない。しかも、GX200の一画像が4.2MB程度あるのに、F100fdでは、2.8MB程度。

F100fdでは、ノーマルmodeだから仕方がないが、F(ファイン4.2MB程度)でも余り変わらない。
次回は、Fモードで比べてみる。

それでいて、F100fdでは書き込みのメモリー転送には結構時間が掛かる。
価格的に、実売そして売り出し価格が倍以上あるGX200と比べるというのが酷なのかも知れないが、割合と意図した写真が撮れるGX200に対して、F100fdでは何とかねじ伏せるという感じになる。
ところが、一転してストロボを使うとなるとGX200は結構「じゃじゃ馬」ぶりを発揮する。
GRIIのように、AFが人物を嫌ったり、ストロボ発光がソフトすぎたり、リコーのカメラは、ストロボ発光に関しては「難」である。
一方、F100fdでは従来の銀塩カメラからの思想で、ストロボ発光は上手いと感じさせるものがある。

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2008年12月11日 (木)

ソニー大量リストラ・技術軽視、ソフト重視のツケ

ソニー大量リストラ・技術軽視、ソフト重視のツケ

2008年12月11日の新聞各紙社説では、産経新聞「ソニー人員削減 雇用安定に官民で知恵を」、毎日新聞「社説:ソニー大リストラ 雇用への北風が吹きすさぶ」、朝日新聞「ソニー人員削減―日本型経営の意地見せよ」とソニーの「世界全体で1万6000人削減する大規模なリストラ策」に対して懸念を示している。
そうは言うものの、ソニーは随分前から技術革新を軽視して、ソフト路線。すなわち、金融方面にシフトしたのではなかったか。その時にソニー銀行やらファイナンス、生保損保などの保険事業に参入したのではなかったろうか。
そして、創業者の井深大、盛田昭夫氏が亡くなると共に技術軽視と新しい技術、革新製品と言うものが生まれなくなった気がする。
なぜかと言えば、社長が技術者ではなくて「音楽家」になったからではないだろうか。
少なくとも、盛田昭夫氏が健在なときはハードとソフトの両面をもって最良だったように思える。
しかし、大賀典雄社長になった頃からどう見てもおかしい。
続いて、社長になった出井伸之社長(CEO)も経済学部出身で技術屋ではない。
そして驚くことに、ハワード・ストリンガーCEOも技術屋ではなくてTV映像屋だったりする。
この様に、SONYはここ10年技術軽視の傾向が強くなって、パソコンのVAIOは元々台湾のOEM。液晶は後れを取ってSamsonの液晶を導入し、オマケにSamsonにソニーの技術を横取りされる始末(?)
パソコンを作っていないから、アップルiPODでマックに後れを取り、今ソニーにどんな新技術があるのか?
又ヒット商品も何であるのか、さっぱり聞こえてこない。
最近読んだ週刊誌には、そのソニーの技術軽視体質による基礎研究の廃止が取りざたされていた。その研究の担当者は、スタッフも何も取り上げられて単なる窓際に置かれたというのであった。
こういう、本来の最新技術のソニーからの営業重視の体質になってしまったソニーには、生き残る道は少ないのではないか。
そして、パソコン関係ではSONY製というのは、低性能の象徴だった。
VAIOは、インプレスなどに提灯記事を載せて、販売戦略重視で売りまくるものの、設計の未熟さから熱暴走などでクレーム殺到だった。
かって、DVDのピックアップがサンヨー製からSONYになった途端、書込品質が落ちたことがあった。(最近は克服されているが)
いずれにせよ、ソニードライブの古いものは使い物にならなかった。
そして、最近は敢えてソニー製の商品を買わなければならないという事もなくなった。
今やパソコンのVAIOなど持っていれば恥さらしだし、他にどんなものがあるのか‥‥
但し、コニカミノルタから買ったデジタル一眼レフ事業は、SONYではないから結構良いものを作るし、ユーザーでもある。
この点から言えば、SONYが危なくなってデジタル一眼レフ事業から撤退して貰っては困ると言うのが偽りざる心境である。

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2008年12月10日 (水)

官僚に取り込まれた「麻生政権」の限界

官僚に取り込まれた「麻生政権」の限界

最近の世論調査によると、「麻生政権」の支持率低下が止まらない。
FNN・産経新聞が少し前に世論調査して危険水域と警告していたが、その後の読売新聞が行った全国世論調査では、支持率が20・9%。
この様な数値が出るのは予想されていることなのだが、普通は支持率を維持するために何か対策を打つというのが米国などの例では当たり前だろう。
ところが、どうも日々のどうでも良いような「多忙さ」に惑わされて、何も手を打てないうちに経済、政治、外交と全て「福田政権」以下に逆回転しているように見える。
しかも、公務員改革では明らかに「福田政権」より後退して、官僚寄りになると国民には見える。
旧来の官僚政治とは、世界が変わっても、危機が訪れても何も変わらない、遅遅として改革も国民のための救済も進まない。
リーマンショックが9月で、その後日本は何か変わったのがと言えば、その様なメッセージはさっぱり聞こえてこない。政策は、のろのろとして少しも動かない。
提言されていた、雇用・能力開発機構の解体も事実上「経済産業省との共管とすることで組織を存続させる方策」。
外交に関しては、領海侵犯した台湾の船に対して、2000万円ほどの補償をしたと報道された。これでは、領海侵犯しても逆に日本が悪いということになる。
そんなものだから、先日中国の調査船に9時間も領海内に入られて出す事も出来なかった。

要するに、麻生政権というのは取り巻きの官僚機構に振り回されて、何事も従来通り。
それだから何も変わらない。
領海内に入った外国船・艦船に対しても何も出来なかった「従来通りの対応」に対して全く反応していない感覚の鈍さ。
田母神俊雄論文問題でも、防衛大臣に任せて中身を知ろうともせず「丸投げ」。
どう考えても、政治感覚があるとは思えない。
なぜ麻生首相は感覚が鈍いのかと考えると、どうも「政治的ポリシー」が無いと言うことなのだろう。
分かりやすく言えば、「守るべき原理原則」がない。
もっともこれは、従来からの自民党政権の首相の特徴であって、あの宮沢首相が言った「大船の船長の様なもの」であるだろう。
ところが、そう言う「他人任せの」首相が要無しになったというのが、小泉元首相からの大きな転換点でだった。
福田元首相も似たようなものだったのだが、しばらくして気がついたのか「政治的ポリシー」を多少なりとも発揮しようとした。
そんな時代の流れを全くといって良いほど気がついていないのが麻生首相ではないかと言うものだ。
なぜ気がつかないのかと言えば、危機感がない。
指導者たるもの、「これだけは実施するという理念を持ち」、そしていつ辞任しても良いとの「背水の陣」を敷かない限り何も出来ないものだ。
そして、今の麻生政権というのは不思議なことに「守り」に入ってしまった感がある。

本来、田母神俊雄論文問題でもここで守れば、世論調査の結果は変わっていただろう。
なぜなら、従来の弱腰外交というイメージを変えることが出来たかも知れない。
しかし、何も変わらなかった。
要するに、国民を守る保守政権ではなく、村山政権から続く従来自民党政治であると証明してしまった。
その上悪いことに、対応は従来の防衛省の「官僚」(防衛事務次官)の言うがままに事が進み、本来政治が判断すべきシビリアンコントロールが破られてしまった。
そのことに、国会議員も無知で気がつかないというお粗末。
一方、クラスター爆弾に関しても前福田政権で決めたことと言うものの、何の政治的判断もしなかった。
以上で、日本の防衛に関して丸裸になったのに、何も気づかないというノーテンキさ。

景気の先折が懸念され、自動車産業に対する大打撃と報道されても何の対策もなし。
公共事業で、地方に金をばらまくと言っても、そう言う金は砂に水を撒くのと同じでその時だけ潤しても、直ぐに元の砂に戻るというのもの。
なぜ日本は内需拡大の路線を取らないのだろうかと不思議に思う。

その最大の理由とは、以前から述べているとおり日本は資本主義国ではなくて、政策的に「社会主義国」であると思えば、消費を喚起するなど国の政策ではあり得ない。
そして重大なことは、政府は日本経済をより良くしようなどとは一切考えていないということではないかという懸念だ。
景気が良くないと困るのは国民だが、景気が良くなくて喜ぶのは実は「公務員」だ。
なぜなら、景気が悪ければ「デフレ」になって限りある「給与」が有効に使える。
民間で支給されないボーナスもしっかり出る。
これならば、不況を外に「高笑い」していられるというものだが、そうであって欲しくないと望むものだ‥‥‥‥‥‥‥‥‥

いずれにせよ、議論をしても行動を起こしても、結果が出ない政策、政治は何もしていないのと同じ。
その上、官僚達が益々景気を悪くしようと、「代引き・収納代行の規制」など種々の「規制」を考え出しているというのは悪夢としか思えない。

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FinePix F100fd~とGX200 VF KITの比較

FinePix F100fd~とGX200 VF KITの比較
FinePix F100fdを室内用と人物撮り用として買ってみた。
1200万画素・従来比400%というワイドダイナミックレンジを実現しました。‥‥という・超高感度ISO3200を1200万画素で実現した、第8世代・スーパーCCDハニカム™VIII 「HR」‥‥そして、発売が2008年3月15日半年以上経ったけれど、フジ・コンパクトカメラの最上位機種。
発売から時間が経っている終末モデルなので、何と言っても値段が安い。
カメラのキタムラで、1000円分の下取り値引きしてもらって20000円だった。
下取ってもらったのは、例の100円の「高級カメラ」。
それでは、20100円だろうとはいうものの、Tポイント190円(追加)なので実質上20000円を下回っている。
それで、意気揚々と帰ってきて‥‥フジ製品の「運送スレ防止用液晶保護フィルムなし」のずさんな梱包にも無頓着で開封して気がついた。
まずレンズ鏡筒の廻りに油汚れ。
これが結構強力でメガネ用のクロスでは完全に拭き取れない。
そして、拭き取るとレンズ鏡筒のスレ傷。

それでよくよく見れば、テープを剥がした跡。
そして油を拭き取ったような跡で部分的に変色。

黄色矢印は、汚れ、変色などの部分。
FUJIFILMのロゴの当たりから奥が油染みを拭き取ったような黒変色。

黒い筋がテープを剥がした跡。

こびり付いた汚れ(?)又は、傷。
‥‥ということで、翌日キタムラに行って新しいものと交換してきた。

確認して、取り替えてきたので新しいものはこんなに綺麗。
品番は、S/N‥8D0××××××で交換したものと同じ2008年4月製造品。
日本に入荷したのは、5月というところだが、「デジタルカメラ用バッテリーチャージャーBC-50」は10月製造の良品に変更。
FinePixViewerは、初期版。 ファームウエアバージョンは、5月7日更新の最新1.02‥‥この時期の製品。
何やら、あまり売れなかった製品という感じがする。
いずれにせよ、製品の最終になると店頭引き上げ品や展示品が問屋に返品として流れ、これが出で来ると先のような変な商品が出る。
これも、「運送スレ防止用液晶保護フィルムなし」といういい加減な「フジフィルム」の製品管理体制にある。
なぜなら、この「液晶保護フィルム」を一旦剥がしてしまうと、フィルムに静電気でゴミが付き二度と貼れない。
だから、今のデジカメは一旦箱から出して店頭に並べると戻せない様になっているのである。
元々、フジフィルムのカメラというのは「品質管理の悪さ」と「製品の柔さ」という欠点があって、長年カメラを作り付けている割には一向に直らない。
フジのカメラは実は銀塩時代のコンパクトカメラを入れると3代目である。
それは、ティアラ・ズームとクラッセで、高級コンバクトという部類のクラッセというのが、立派なケースに入ってきたものの結構製品自体は「チープ」だった。
それに、なにか「品質管理の悪さ」をその時感じたものだった。

今度は、一回開けたのでビニールシートが多少ピンとしていない。

部品全部は、こんなもの。

前回の機種にあった油染みの変色もなし。

それにしても、ストラップをつけるのに結構苦労する。
他社製品は、細い紐の部分に糊が付いて固くなっていて、簡単に通すことが出来たがフジのものは、コシがない。
結局荷造りワイヤーで引っ張って、なんなく成功した。
そう言えば、ストラップをつけずに落として壊したという「記事」もあった。

FinePix F100fdの映像。

一方、同じ1200万画素であるリコー・GX200 VF KITでは、

28mmと24mm相当という画角の違いと共に色合いが違う。
但し、FinePix F100fdでは、色合いを変えることか出来る。
等倍で細部を見てみてると‥‥
FinePix F100fd

GX200 VF KIT

これから見てみてると、GX200 VF KITよりフジの方が色合いが地味で、多少アンダーである。
カメラの性格の違い、そして価格差を考えるとFinePix F100fdはかなり検討している。
特に、FinePix F100fdはストロボを使う事に関しては秀逸で、GX200を軽く凌駕する。
人物撮りなら多分GX200は敵わない。
一方、風景やスローシャッターで稼ぐ描写になるとGX200であろう。
FinePix F100fdは、オートで撮るカメラで、一旦GX200並にマニュアルを効かせようとすると、一転して難しなる。
何と言っても、低輝度のところはFinePix F100fdはISOの増感で、GX200は、スローシャッターでという思想の違いがある。
FinePix F100fdというのは、結構高性能カメラなのにその性能の半分程度しか使えないと言うのは残念な気がする。
それにしても、最初に買ったカメラの状態。
1-2日使ってところで、あのように汚くならない。
相当長時間何かにさらされた感じがする。
但し、電源を入れたわけではないので使用されたかどうかは不明である。
そう言えば三宝カメラでα7を買ったとき、電池が入っていた上に起動せず、電池ボックスを開けたら逆に入っていたということがあった。
「三宝カメラ」は、新品も開封して陳列棚に入れるクセがあったが、最近は知らない。
逆に言えば、安いのは「展示品」だったりする「曰わく因縁」のカメラなのかも知れない。

一方、キタムラではPentax*istDを買ったとき、製品の末期だったから、実は妙な「初期ロット」をつかまされたことがあった。
‥‥Pentaxには付いている当然「運送用液晶保護フィルム」はなし。
初期不良で2回修理、調整で1回。

そう言えば、このFinePix F100fdも初期ロット近い代物。
しかし、問屋からの出荷が11月と思われるのも、実に怪しい製品ではある。

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2008年12月 9日 (火)

東金市田間の保育所園児遺体事件について今にして思う

東金市田間の保育所園児遺体事件について今にして思う

平成20年12月9日(火)の産経新聞では正論「女児遺体事件 地域全体で子供の命守れ」で地域の安全に対して警笛を鳴らしている。
一方、今日の日本テレビ朝の情報番組「スッキリ!!」でも「東金女児遺棄事件 明らかになる容疑者素顔」と題して特集をしていた。
産経正論で気になるところは
「欧米では地域にもよるが、幼児を1人では公園などで遊ばせない。常に両親が子供の行動に目を配っている。
 かつて日本は、『世界一安全な国』といわれてきた。しかし、急激な都市化などから、地域住民の連帯感は希薄になり、関心もなくなってきている。」
というところではないだろうか。
‥‥日本が『世界一安全な国』といわれてきた。‥‥と安全ではない国のように取れるが、多分今でも『世界一安全な国』だろう。なぜなら、未だに女性が夜道を一人で歩ける国だからである。
もっとも、この前のネットで知り合った殺人仲間によって、見ず知らずの女性が殺されると言うこともあるが、そうざらにあるものではない。
昔の『世界一安全な国』日本というのは、実は地域の全員が互いを知って「危険人物」を割り出して監視ししていたからにすぎない。
昔は、倫理教育と日本という国を良くしようと努力した人達で社会は守られていた。
ところが、例の「田母神俊雄論文」問題を見ても、日本を「良くしよう」、「世間に貢献しよう」という人ほど酷い仕打ちを受けたり、例え「多大な寄付」をしたとしても吏員が代われば忘れさせられる時代だ。
‥‥昔は、寄付をして「名を残そう」という姑息な人物はなく、郷土のために貢献するのが当然というのが理念だった。
それでは、いまそんな人がいるのかと言えば、新聞に載るくらいだから極少なくなった。社会主義国日本と言われるくらいだから、高額所得者はゴッソリ税金を持って行かれ、慈善事業をしようにもその金がない有様だ。
その「ゴッソリ」持って行かれた税金で、社会主義国日本としては公務員のOBのための慈善事業が税金で行われている。
これが国民にばれてしまったから、公務員改革が叫ばれている一方で益々公的意識が薄れてくると言うのが今日本ではないか。
近年は、小生なども、「民間パトロール」の資格を与えられて、1か月に一回見回りをし、小学生は「ウォーキングバス」という保護者の付き添い。
夕方下校時には各交差点にも、緑の腕章を巻いた学童保護のパトロールも毎日出ている。人口の少ない田舎の市街地でこんな状態なのだが、全国レベルではどうなのかは分からない。

一方、「幼児を1人では公園などで遊ばせない。常に両親が子供の行動に目を配っている。」と言うのが、今回の「東金市田間の保育所園児遺体事件」の当初からの疑問だ。
どう考えても、5歳の保育園児が一人で歩き回るというのが小生などにとっては「信じられない」事ではないかと思うのである。
自分の子供と連れだって例えスーパーに行くとしても、就学前なら必ずそばから目を離さないし、そうでなくとも居場所を常に確認する。
ところが、この事件の場合友達の家に毎日のように行かせて、遅くまで居ることが多かったらしい。
はっきり言って、家族に結果として見捨てられた子供の末路としか見えない。
なぜ、家族がしっかりと守ってやれなかったのか不思議さと、無念さを思うのみである。

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2008年12月 8日 (月)

前橋・カメラ中古市探訪記

平成20年12月7日(日)「カメラ大中古市」というのが群馬県前橋市であった。
この中古市というのは、時たまカメラ雑誌にも掲載されているもので、今回は何かの広報誌かと、新聞の広告で知って行ってみた。

時間は、朝10時からだと思ったら9時からで、10時半ころ出かけていったら、もう大きな袋を抱えて帰る人ばかりだった。ここの「問屋町センター」というのは、小規模な展示即売会をやるようなところで駐車場が少ない。

それで、その時間には駐車場は満車で路上駐車をしている車が多々あった。
良く雑誌には、珍しい珍品カメラやペンタックスのオールドレンズ又は、故障したジャンクカメラを組み合わせて修理してとかの話が掲載されている。
しかし、行ってみて膨大な中古カメラを見て見てれば、めぼしいものは無くなっているし、ジャンクカメラのコーナーは黒山の人だかりだ。
結局こう言うときは、何を買うのかを決めてかからないと何も買えない。
それでジャンクカメラ、500円以下と決めて買うことにした。
会場は、入って見ると実は二手に分かれてジャンクと中古品に別れていた。
それを知らずに中古品の方へ行ったが、一眼レフのレンズなどはニコンが多い。ペンタックスは如何にもオールドレンズと言うものばかりだし、銀塩コンバクトカメラは思いの外高かったりする。
コンタックスや中判のコーナーまでは行く気力が無くて見もしなかったが、本当に良く分かっていないと高い買い物になってしまうようなことがある。
たとえば、リコーGRIIは45000円で3-4箱積んであったが、今新品で41000円くらいだから中古の方が高い。
生産中止品の新品リコーR7が14000円と置いてあり、これは安い。
但し、持っているから買う気もないが。
脇では、ニコンD200の中古品を箱から出して説明していたが、デジカメは日進月歩だから中古ではと思う。

その他、三脚付バックというのが300円で売られていて、三脚を取り出そうとしたら中々出で来ない。
なんと三脚は壊れていた。
おまけに壊れたところにガムテープ。これもジャンクだ。
2.5倍のルーペも300円。
これを大量な買う人がいた。
製品の中には、不良品もあってそれはタダでつけてやったようだ。
こんなものなら買っても良かったかなと思ったりして、思いも付かないというのが初心者の悲しみ。
それでもまず探し出してきたのがこれ。

キャノンIXY320(1999.3)とミノルタベクティス300。
共に500円。完動品で電池まで入っている。特にベクティス300(1998)はまだ新品に近い良品なのだが、APSというもう手に入りずらくなったフィルムのためにこの価格。
要するに、ジャンク品扱いだ。‥‥但しジャンク品のところにはなかった。
IXY320というのは、10年くらい前の1999年にカメラが欲しいという義母に贈ったのを覚えている。
結構なじみのあるカメラだ。これがもしAPSでなかったら10倍の5000円はするところだろう。
ネットで調べた見たら、キタムラで中古5800円(2008年 7月5日カメラのキタムラ 秋田・広面店)とのものがあった。
全く良く分からないものである。
一方、ベクティス300はヤフーオクで美品、箱付属品付で1000円、付属品付で800円、500円でも落札されないと言うから人気がない。
しかし、500円ならカメラでも買うときの足しになろうというものだ。

これは、ジャンクカメラ。
共に、300円。‥‥普通500円くらいという。
ヤシカ・エレクトロ35FCは、あのビックカメラがまだ高崎で露天商‥‥他人の玄関先を借りてカメラを売っていたときに買った物と同じ。
その時は、両親と思われる人と多分今の社長になる「新井」氏が店頭にいたのかも知れない。
そして、持って帰ってきたらレンズに接着剤が付いていて、交換した記憶がある。
状態の外装は、小生の持っているものより綺麗かも知れない。
この頃のカメラは、ミノルタハイマチックF共に、使われる電池が無くなって、アダプターを使わなければ使えなくなった代物。‥‥そして、そのアダプター自体使えるのかどうかも分からないものなので、ジャンク。
しかも、電池がないと「シャッター音はするがシャッターは開かない」と言う。
要するに使えないカメラだと言うことなのだ。
こんな記述もあった。
「セレックから、様々な電池アダプターが安価に販売されているので、それに頼ることにした。電池蓋を開け、スペーサーを入れ、LR44のボタン電池2個にアダプターを付け、電池ボックスへ。絞り羽根、シャッター速度も明暗に反応している。問題なし。」
‥‥とはいうものの、LR44のボタン電池2個にアルミフォイルの嵩上げて間に合わせている例がある。
今度やってみましょう‥‥ね。
どうせジャンクだから。

今度は、本当のヤシカエレクトロ35(1966)とヤシカエレクトロ35GT(1970年発売)
GTのGはゴールドのGで接点に金メッキが使ってあるとか。
いずれも100円。
但し、GTは既に処分してしまいました。
‥…ここからですます調。
又、シルバーの方は、よく見たら「アタリ」(右上のへこみ)がありました。
気がつかなかったのですが、いずれどこかへ何十倍の価格で売られます。
要するに、新しいカメラを買うときの下取り用です。
最近カメラ屋も、下取るということを前提に価格をつけていますから、下取りがなければ多少まけたりします。
価格交渉は、下取りのカメラがない振りをして値下げを勝ち取り、後で下取りカメラを出すともっと安くなります。
但し、今のような年末では難しいでしょうが。

買った物の全景です。

今回、カメラ大中古市だったので、全国レベルの相場で買えましたが、地方のカメラ屋で買うと100円のものでも1000円程度で買わされますから、要注意です。
但し、コンパクトカメラというのは、安くても500円はする気がしますね。

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2008年12月 6日 (土)

評論家・加藤周一氏の死去に対して思う

評論家・加藤周一氏の死去に対して思う

加藤周一氏は、1968年に出版された「羊の歌」で出会った。
それは、主語述語が無かったり、ばらばらな文章の東大卒の国語教師が絶賛する小林秀雄の「悪文」又、大江健三郎の長ったらしい長文の悪文に嫌気がさしていた頃だ。
古典の教師に何がよいかと教えて貰ったのがこの回想録「羊の歌」であった。
その「羊の歌」が読了したと思ったら直ぐに「続羊の歌」が岩波新書から出て読んだものだった。
文章は平易で、小林秀雄や大江健三郎に比べたら余程わかりやすい。要するに、頭の切れがよいと思わせる良い文章だったと記憶する。
その内容は今でも覚えているところは、医師であって「血液に関する事なら‥‥」多少分かるがと言いながら欧州・フランスへ医学留学生として渡欧したこと。
そして、「羊の歌」か「続」がどうか忘れたが、‥‥多分「続‥‥」の方で、後の夫人となるオーストラリア人の女性との出会いが書かれていたこと。
その出会いは、フランスの美術館(?)に行ったとき、誰もいない美術館で同じ歩調歩き、鑑賞する女性と知り合いになったと言う事。
その後、恋人同士になりいざ帰国となったとき、日本に残してきた婚約者の問題が浮上したこと。そして、この日本の婚約者を振ってオーストラリア人の女性と結婚を決意させたのは、この女性が言ったという「三人全員が不幸になるよりも、少なくとも二人は幸福になれる」と言うような事だった。
はっきり言って、勝手なものだ‥‥。
そのオーストラリア人の女性とは死別したのか離縁したのか知らないが、3回も加藤周一氏は結婚をしている。

この回想録でぬけぬけと自身の武勇伝を披露していると言うことなのだが、その時「日本で関係を持った婚約者の女性がいるなら」外国へ行って女など漁るなと思ったものだ。
しかも、美術館か博物館か忘れたがそんなところで、ナンパするとは日本では考えられないものだ。
事実誰もいない美術館の展示場で、身が知らずの女性に話す機会など有りはしない。
事実、その後そんな機会など、小生は一度たりとも経験しなかった。

そんな妙な感情を持ちながら、それ以後加藤周一氏の著作というものはほとんど読んでいない。
しかし、10年数年ほど前に気が付いた新聞、雑誌に妙な論説が載った。
それは、「日本国憲法第九条を世界に広める」などという荒唐無稽なことを「冗談ではなく」言う変な評論家としてである。
しかも、言論は益々先鋭化して収拾が付かないだけでなく、写真で見る限り「醜悪な面容」になった。
この様な人物には近づきたくないという面影だ。
その昔男は40歳を過ぎたら「自分の顔に責任を持て」とか言われた。
その人物の本当の姿が「顔に表れる」と言うものだ。
最近では、50歳を過ぎたらと言うことになるかもしれないが、加藤周一氏はどのように思ったのであろうか。
昔「羊の歌」を読んで感じたことは、今でも心の底に残っている。
その感情は「人でなし」だ。
確か、婚約者に「人でなし」とさんざん罵倒されたと書かれていたと思う。

その「人でなし」は、日本をあけすけに非難する。
自らの家庭も守れない人物が、日本を守れるはずがない。
いや、日本国という家族の集合を、幸せな家庭を憎悪していると言うのが、この加藤周一氏の本当のところではないだろうか。
今この世の中で、結婚も出来ない若者が増えているのに、婚約者一人を振り、三回も結婚した。
それが加藤周一氏の本当の姿だろう。

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2008年12月 4日 (木)

失われた10年の実験で失敗した経済政策堅持の日本社会主義

自らの官製不況と悟らぬ無能な経済政策で沈没する日本

 

失われた10年の実験で失敗した経済政策堅持の日本社会主義

昨今の新聞を見ると、「09年1月までに1500人の派遣労働者を削減する(日産自動車)」、「キヤノンと東芝が、九州の工場の派遣・期間従業員など計約1600人を削減することが4日、分かった。」‥‥カメラを生産する子会社の大分キヤノン。‥‥プリンター用カートリッジを生産する大分キヤノンマテリアル‥‥「東芝も、液晶テレビ向けなどの半導体を生産する大分工場(大分市)と北九州工場(北九州市小倉北区)で、来年3月末までに派遣社員と期間従業員計約480人を削減する。」
「電機業界では、シャープが年内にも福山工場(広島県福山市)で約300人、三洋電機も来年3月までに半導体レーザーを製造する事業部(鳥取市)の派遣社員約100人の削減を予定している。」(毎日新聞)
というふうに、自動車産業だけでなく今や耐久物資や素材産業にまで及んでいる。
この様になって今日本政府は何をやっているだろうか。
見て見てれば、道路特定財源は維持すると単なる不必要な公共事業に邁進しそうである。しかし、公共事業による景気対策は「失われた10年の実験」で散々試してみて上手く行かなかった手法ではなかったか。
しかも、作って経済的効果が見込まれる公共事業というのは粗方やってしまって、何年か前には公共事業で直す道路も施設もなくなってしまった。
一時期流行った「箱物行政」は「私の仕事館」を見てみれば赤字の垂れ流し、無駄遣いの典型例になった。

雑誌、新聞などの経済評論を見てみると、ついこの間まで「ゼロ金利政策」へというのがある程度オンパレードだった。
その理由は、日本経済に対して投資対象にしないように、魅力のない投資先にして国外から海外へ金を流出させ、又日本円を売らせて円安にするという理由だった。
なぜなら、円安ならば輸出が伸びる、円ドル換算による名目上の売り上げが伸びるというものだった。
ところが、米国経済の回復が長引くと共に、世界経済が萎縮し投げ売りしようとしても「売れない」ということになれば、「円安」は無意味であるだけでなく「害毒」だ。
それなら、いっそのこと「円高誘導」して、日本国内に安い輸入品を導入すれば、金が無くて困っている、「デフレ状態」の日本を救うと考えないのだろうか。
その方法は、単に少し「高金利にする」というだけである。
米国より多少高くなれば、資金は一挙に日本に流れ込み、又多少の利子という「金の流れ」が国内を潤す。
はっきり言って、「失われた10年の実験で失敗した経済政策」の逆をやるというものだ。一般人の常識は、ある手法で失敗したらその逆をやるというものだ。
ところが、経済人、自称経済専門家というマスコミ、評論家は一斉に反対するだろう。
しかし、彼らが推進してきたことで経済が上向かないのであれば、その「説」は間違いであると言うことではないか。
逆に言えば、「責任を取れ」なのである。
しかし、昭和期以降の政治家で責任を取ったのは、岸元首相ぐらいなもので、戦前の帝国陸海軍の指導者、又官僚で責任を取った人物は知らない。
卑近な事例なら、バブル崩壊を主導した人達のだれ一人責任を取っていない。

しかも、リーマンショック以前において、日本では官製不況という従来の行政改革による官僚権限の削減に対する反撃が起きた。
国民の代表者ではない官僚による支配から離れで、民間で出できることは民間にとの、自由化、自己責任に移行する最中、些細な事象から強大な「規制」を発動して新たな権限を拡大した。
それの代表が、例の「確認申請厳格化」であり、建築基準法、建築士法などの改正である。耐震偽装は重大事件‥‥とは言うものの、あらゆる建築士が全て行っているものではない。ことは、個別の案件として処罰すればよいのであって、事実ヒューザー他建築会社、設計事務所などは破産の上、資格を没収された。
ところが、そのほんの一部の人達が行った事に対して、全体責任を課して規制という権限を回復したのが「確認申請厳格化」であり、その結果起きた官製不況である。

そして、ここに来て多分又「官製不況」、「労働者派遣法」による官製不況が起きてくることは間違いない。
なぜなら、労働問題として有名な「2009年問題」があるからである。
‥‥「労働者派遣法」(平成16年3月1日)により契約期限は3年間と定められているため、2006年に派遣契約を結んだ労働者は2009年で契約満了となる。‥‥
ここで、問題なのは「 自動車関連メーカーをはじめとする製造業は06年3月以降、雇用契約を請負から派遣へと切り替えた。」
それは、キャノンの以下のような事柄からも良く分かる。

「3年を超えて働いてもらいたければ、派遣先企業は、正社員として採用する必要があり、キャノンは、一般業務で働く派遣社員を、3年を超えながら、なおも派遣労働者として使い続けたとして、行政指導を受けた経緯があった。(2005年12月)」
そして、実は「労働者派遣法により、3年間の契約満了後、3か月は同じ労働者を受け入れられない。裏を返せば、3か月と1日経過していれば、継続して派遣契約を結んでもいい、となる。この3か月は『クーリング期間』と呼ばれ、同期間を経て再度契約を結ぶということも行われていた。」
ところが、2008年9月26日厚生労働省はこれを違法だとする通達を出した。
「いわゆる「2009 年問題」への対応について(厚生労働省職業安定局長)」
職発第0 9 2 6 0 0 1 号
‥‥‥「また、継続して労働者派遣の役務の提供を受けているかどうかについては、労働者派遣の役務の提供を受けていた派遣先が、提供を受けていた労働者派遣の終了と新たな労働者派遣の開始の間の期間(以下「クーリング期間」という。)が3か月を超えているかどうかによって判断しているところであるが、単に3か月を超える期間が経過すれば、
新たに当該業務に労働者派遣の役務の提供を受けることとすることは、労働者派遣法の
趣旨に反するものであること。」
「なお、本取扱いにより、直接雇用への切替えによる対応が違法な労働者供給事業と
して判断される場合には、その期間が3 か月を超えている場合でも、当該期間が違法
であることから、クーリング期間が適正に3か月を超えているとは判断できないこと。」

結局、これで派遣労働者は合法的にゼロになるわけだ。

今の日本政府のやることは、全て裏目裏目に出る。
それはなぜなのかといえば、社会主義政策だからだ。
以前から言われているように、日本は資本主義社会、消費社会という現状に社会主義手法を適用させようとしている。
それが失敗だったのは、先ほど述べた「失われた10年の実験」で経済が回復しなかったことで証明されている。
そして、日本はサブプライム問題では軽微だったと法螺を吹いたものの、実は単に不況で何もしていなかったにすぎなかったのは、輸出が転けて惨状呈した現状を見れば明らかだ。

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2008年12月 2日 (火)

素性がばれた麻生政権支持率の深層

素性がばれた麻生政権支持率急落・危険水域の深層

麻生政権の内閣支持率が下がり、あっという間に危険水域に達してしまった。
それは、麻生首相というのが全て「良きに計(はか)らえ」と命じて自分では何も判断できないからだ。そして、その「良きに計らえ」と指示されたのが腹心の部下ではなく、今、忌み嫌われている中央官庁の官僚組織だから、福田政権と同じがそれより悪いと国民は感じたはずだ。
だから、別に必要もないのに就任早々この取り巻き官僚の言いつけに従って、中国皇帝に参内して、「村山談話を継承します」なとど忠誠を誓い、ご報告してきたりする。
これは、あの安倍政権が最初に一歩誤った事でもある。
多分外務省のお膳立てなのだろうか、これでは日本の政権が変わるのかとはとても思えない。
変わるとは、現状打破であり無駄な既得権益の排除であり、税金の無駄遣いと雇用を生み出す「目」である。
あのオバマ次期大統領が常々口にしていたことは、「チェンジ」である。
それに比べ、麻生氏は何をスローガンにしたのだろうか。
「良きに計らえ」か!、そして何を国民に期待させたのか。
国民は、オバマ次期大統領が言っているとおり、「チェンジ」変革を求めている。
だから流石KYの福田首相も政権末期には、「チェンジ」を行おうとして変わってきていた。
要するに、麻生政権というのは所詮従来型の官僚組織の上に乗る政権に過ぎないということは、行政改革などに消極姿勢を見せることからも国民にばれてしまった。
このことは、「チェンジ」をしない政権、小泉政権以前の従来の自民党政治であると国民が見抜いてしまった事に尽きる。
そして、決定的だったのが田母神俊雄・前航空幕僚長の更迭問題だった。
ここで、あの野合政権といわれた当時の社会党村山政権の時代に一気に引き戻された感が強く残ったのは確かだ。
ここで所謂保守派と呼ばれる人達が身を引いてしまった。そして、取り巻きがお膳立てを曳いた途端に「殿様」の素性は「失言」と言う形で国民に益々広まってしまった。
正に裸の王様。
それに追い打ちを掛けているのが、民間人となった田母神俊雄氏が、堂々と持論を展開する事になってしまった事だ。
かねてより、村山政権というのは阪神大震災に対処できず、今に至る禍根だけを残した政権として歴史に残るものだ。
その村山談話に対する反証と言われる田母神俊雄・前航空幕僚長の論文に対しては、国会でもわざと論戦を避けて通ったほどのものだ。
反論しても精々、政府や外務省の御用「外交評論家」岡本行夫氏が代わりに言っている程度で総論反対で詳細については反論できていない。なぜなら、歴史に準拠していないからだ。
産経新聞【人界観望楼】外交評論家・岡本行夫 中国は穏やかになってきた2008.11.30 02:46
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081130/plc0811300247001-n1.htm
ここで岡本行夫氏が外務省に代わって批判しているのは、
「『中国に駐留していた日本軍は、安保条約の下で日本にいる米軍と同じ』、『太平洋戦争はルーズベルトの仕掛けた罠(わな)、戦わなければいまごろ日本は白人国家の植民地』といった主張が、検証に耐えられない論拠で綴(つづ)られた「論文」が、審査の結果、最優秀(賞金300万円!)だったという。」

岡本行夫氏は、「検証に耐えられない論拠」というのだが、この岡本行夫氏というのは、常に政治的な発言をする人物で、世論誘導だとして「嘘」を堂々と発言するクセがある。
このことは、後輩の元外務官僚天木直人氏がブログ批判するところである。
だから、岡本行夫氏は田母神俊雄論文を100%検証出来まい。
なぜなら、中国に駐留していたのは北清事変(義和団事件)の結果「北京議定書」によって日本を含む8ヶ国の軍隊が各地に駐兵していたからだ。
こんな事は、中学校の歴史教科書には載っていないが、外交官なら常識だろう。

結局、麻生政権はこの経済難局に際しても「良きに計らえ」の官僚任せだから、従来型の経済政策やら、公明党の顔を立てた経済とは無縁なバラマキしか頭に浮かばない。
道路特定財源の堅持と既得権益ばかり守るのに一生懸命で、自動車産業が10%減産しただけでGDPが0.4%下がるのに車の販売に対する減税措置は思い浮かばない。
思い浮かばないのは、麻生氏や中央官庁の役人が車を必要としないからであって東京という特殊都市に安住しているからでもある。

各国が経済政策を打ち出しているのに、日本は3ヶ月にもなるのに何も手が打てない。
これで、麻生政権の支持率が上がるとすれば世論調査を捏造するしかないというのが真実だ。
今や、理念無き指導者は日本の国には必要がない。
そして、田母神俊雄氏が言うように、日本は「悪い国でした」、父、祖父は人殺しでしたと広言し止まない政治家には、日本と言う国は任せられないと言うものではないか。
はっきり言って、愛国者でない首相は日本には必要がない。

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第59回群馬県書道展(官展)・祝賀会

第59回群馬県書道展祝賀会
展覧会には付きものの祝賀会。
今回は、始めて高崎のホテル(ビューホテル)を使った。
昨年までは、県立美術館が使えなかったために前橋の商工会議所で二回。それ以前は、今はメモリードという結婚式場グループに買収されたサンパレスという高崎駅前の結婚式場。
それ以前は、どこだったか記憶にないが、小生が「委嘱準大賞(以前はそう言う賞もあった)」をもらった年の表彰式は、県民会館小ホールで多分その県民会館の5階かどこかで立食パーティだった。
もっと以前は、群馬ロイヤルホテルでやはり立食パーティだった。
そう言えば、群馬ロイヤルホテルでテーブル席のこともあったか?、記憶は定かでない。
立食なら200名程度しか入らない狭い会場でも出来たと思うが、テーブル席だと広い会場が必要になった。
当然それによって、多少祝賀会が派手になった気がする。
考えてみれば、400人以上のテーブル席を用意出来る会場は、前橋にはあまりない。
確かに商工会議所はそれくらい入るが駐車場がない。
本来の宴会場としての機能を完全に持ち合わせていないというのが真実である。
実際、前橋には前橋テルサとかロイヤルホテルとかその他立派な建物はあるが、大規模な宴会場や展覧会の展示場と言うものは皆無という妙なところなのである。
これは、前橋市というものが石井繁丸市長の後、助役という役人市長が20年以上(?)も続いた結果なのかもしれない。
だから、高崎市には県立も含めて美術館があるが前橋市には一つもない。
さて、第59回群馬県書道展祝賀会は、(社)群馬県書道協会副会長・大井美津江祝賀会部長の挨拶のあと祝宴が始まった。

今回、いわゆる来賓という人達は参加せず、内輪のものとなったがお陰でどうでも良いような「祝辞」はなかった。
料理?‥‥‥まず初めにこんなもの。

その次は、これ

あまり料理には期待出来ない感じである。
昨年までのスワングループによる宴会料理は、小生などにとっては「味が濃すぎて」とても食べられなかった。
噂によると、調理師学校の生徒のアルバイトを使って作らせているとかの話もある。
その前のサンパレスはあまあまの「味と質」の気がするが、ホテルとなると「味」はそこそこだが分量、その他価格の関係からどうしても見劣りする。

受賞者紹介。

その昔は、県書道展は、「公募」が花で第一席の「知事賞」というのが最初だった。
但し、立食の時は受賞者紹介をしたかどうか覚えていない。
それがいつの頃からか逆の順番、二十数年前に出来た「山種賞」のちの「山﨑種二記念特別賞」が最初になってしまった。
いわゆる中央展という東京に本部がある書団、毎日書道展などの祝賀会の順番に従った感がある。
しかし、どちらかと言えば「プロの世界」の中央書団と、地方の文化振興という部分がある「官展」とは、自ずから違うような気がする。
そして、毎日書道展で会員賞をもらっても、日展で特選をもらっても地方の「官展」‥県書道展では一切関係がない。
事実、今年の委嘱大賞には日展の入選者がいるが、話題にもならない。
なぜなら、中央書団に関係していない多くの有力書団体(中国が母体だったりする)が存在して、それなりの書勢力と実力を持っている。

写真は、受賞者・星野聖山先生の独演。

次が、第59回委嘱大賞の紹介。

群馬県書道展で委嘱大賞というのは、実は「夢」の世界だ。
この委嘱大賞をもらって始めて、委員(審査会員)という道が開ける。だから、受賞者は一世一代の「大感激」なのである。

一方、知事賞‥‥これも一度は誰でももらいたい「賞」だが公募部門で一人ずつ。
本当に、誰でももらえるというものではないし、おそらく一生に一度。
もっとも小生は自慢するつもりではないが、前橋市民展でも「知事賞」をもらった。
実は、前橋市民展では、部門の輪番出回ってくる市民展賞というのが事実上の最高賞。
どういう巡り合わせかそれを貰った時、前橋市民展で受賞者代表「謝辞」をやった。
何故だか、分からないが「謝辞」又は、代表をやる羽目になったのは、実は6回もあった。
過去そのうち2回は強引に辞退させてもらったが、それも若いうち。
年齢を取ると図々しくなってか、逃れられなくなって、名誉だから‥‥か下手でもやらせてもらった。
昔は「巻紙」など読まず単に「口上」を述べるだけだったから、結構「あがってなんて言って良いか」などと言うこともあった。
今では、巻紙が定番だから‥‥忘れるなど皆無。
そして、たどたしく受賞者代表の謝辞は、県書道展、書道芸術院展でも恥ずかしながらやらせて頂いた。

知事賞というのは、やはり花がある。

宴会もたけなわ、昔は受賞者の上位3賞位紹介したようだが、どうもそんな感じはない。
そして、今は「カラオケ」になってしまった。
多分、上位賞を紹介してもカラオケなんだろうね‥‥。
カラオケなんで、祝賀会とは無縁だと思うのだが、宴会部長のY主任がカラオケ名人なのからか良く分からない。

宴会料理も最後になった。

安物らしいケーキは来たが、コーヒーはなし。
そう言えば、フルーツもなし。
値段が値段だからと思うが、来年もここでヤルとなれば三十人展の宴会のように少しはマシになるかも知れない。

天田研石副会長による万歳三唱。
その後、同じく三島安亀副会長による閉会の言葉で終わり。
全くやれやれなのである。

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