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2008年12月25日 (木)

友人の葬儀で「弔辞」を読み思うこと

平成20年12月24日(水)、小学校の同窓生の葬式に行ってきた。
この年末になって急逝するというのはどういう事か、くも膜下出血か、心筋梗塞かと思ったら肺がんということらしかった。
平成20年12月23日の天皇誕生日の朝、けたたましく電話が鳴った。
それは、何やら慌てた声での同窓生Aからの話、「Kくんが死んだのよ、新聞に載っている」「Tくんは、今診療中で話が通じなかった。どうしたらいい~~。」
‥‥とはいうものの、その時間まだ新聞を取りに行ってもいない。
しばらくすると、同じくFからの電話「後輩に花屋がいるので花は、4人連名で注文しておく。今日のお通夜は出るでしょう。その時に詳しく‥‥」

ここのところの12月は先週2日遊びに行ってしまったので、今週はてんてこ舞いだった。
20日に故障したカーナビのカーウィングスの故障修理は、22日に原因が判明したものの、日産プリンスが3連休中?で何も出来ず。24日に問い合わせたものの全く分かっていなかった。
改正建築基準法による管理建築士の認定講習の申し込みやらに追われ、23-24日は葬儀に追われた日々だった。
23日の通夜には、通夜30分前に到着したものの既に同級生の4人は到着。
直ぐに、Fが飛んできて原因は肺がんだって‥‥花代は13400円で一人3400円と計算の合わない請求と矢継ぎ早に、弔電を出して置いたので580円と‥‥これは、「クラス会費でね‥‥と」
それで、話は終わり。
会場は、駅から5分という場所にあるのだが今時車だし、工場地帯で周囲の工場が軒並み潰れているので駐車場が奥に増えた。しかし、狭い。
狭いというのは、葬儀場もそうだった。
隣の250人入る葬儀場かと思ったら、内輪でやる葬儀の100人用。
中堅企業の取締役統括業務部長(工事部長)だったから、弔電だけでも60通は越えるという。だから、通夜だけで会場には入りきらなかった。

さて、明日の葬式にはと聞くと同窓生のT、F、A、Tも通夜だけという。
隣に座った中堅建設業の社長T氏も同級生だったが、香典返しの小さな箱を持っていたから明日は来ないのだなとの感じを持った。
それで、急遽香典を受付に出して、もし緊急の用事があって来られなくてもという予防線を張って置いた。
何か、現役バリバリの年齢にして逝くというのは、涙を誘うもので鼻をすする音が止まらなかった。

そんなわけで、通り一遍の通夜を後にしたが、後味の悪さを味わった。
非常に親しかった友達に対して、葬儀も出ずに逝かせるのかである。
結構薄情なのかな、例え年末とは言え、たかが半日ぐらい休みが取れないものか‥‥
そう言えば、中学校の恩師が亡くなったとき、何やらやはり後味が悪かった。
この時は、葬儀に参列したのだが弔辞は、恩師が校長をやった後のことばかり。
そして、教え子の代表としての「弔辞」は恩師の紹介で甥と結婚したI氏だった。
実は、後から、T氏が「弔辞」を頼まれたが、ことわったと聞いた。

そんなことならば、「弔辞」くらい強引に読んでやれば良かったと何やら「苦い思い」がした。
そして、そのことは3件の弔辞を聞くと共に明確になった気がした。
そんなとき、既に終わってしまった葬儀の後に、どこからとも無く述べるべき「弔辞」がわき出るものだった。
誰に聞かせるということでもなく、只思いとして残るだけのものである。

真夜中になって、悔いの無いようにKくんの弔辞を読んでよろうかと思い立って、案文を考え‥‥12時を回ってしまった。
これで何日目かの夜更かし。

翌朝、事務所に出かけ葬儀屋に電話をかけると、弔辞は1つだけ決まっているという。
弔辞は、精々3つが限度と大方決まっているから、既に3つあったら止めようと思っていたのだが‥‥
結局、葬儀屋が遺族に電話をして了解を取ってと‥連絡してきて、直接遺族に連絡を取って「弔辞」を読むことにした。
実は、「弔辞」を読んでもらえる人がいると遺族としては、本当にありがたい。
それも、こちらから依頼しないのに申し出でくれるほど助かる事はない。
事実、両親の葬儀には「弔辞」が一つもなかった。
母の時は兎も角も、父の時には「弔辞」を頼める人が沢山いたものの、泡を食っていたから気がつかなかった。
人間いろいろ経験を繰り返してみないと、人の痛みは分からないものだと思う。
さて、そうこうしている内に朝10時を軽く廻り、急遽走り書きの弔辞を練り直して‥‥手書きしている時間がない。
白い便せんもない。‥‥パソコンで便箋を作っている時間もない。そうだ、最近はパソコン打ち出しでも「良い」と聞いた。
それで行くか、白い封筒に「弔辞」と書き‥‥筆も墨も手元になかったから、サインペンで‥‥
慌ただしさなのか、今はこんな調子になってしまった。

昼の12時に出かける準備をして、葬儀場についたのは13時の開式にして35分前。
葬儀当日は、不思議と人が少ない。
葬儀の打ち合わせに間に合って、順番と席を決め‥‥現地に行ってみたら「弔辞」はもう一つあった。どうも会社関係から友人でもある下請け業者に依頼したらしい。
それで、二番目に「弔辞」を読むことになった。
当然、一番目は勤めていた会社のA社長である。
みたら、「弔辞」奉書紙にパソコン打ちだった。

社長も「弔辞」で詰まったり、後半泣き声になったり、三番目の「弔辞」の友人も結構つまっていた。
こういう弔辞を聞くと、やはり故人の人間性というものを思いやるものである。
そして、小生としては思い残すことはないすっきりしたものになった。

但し、弔辞の後はそそくさと葬儀場からで出来た。
親戚のように、出棺を見送ると言うこともしなかった。なぜなら思い出に残したくなかったからである。
葬儀というものにはいろいろある。只そこに思うのは、思い残すことを断ち切るということだろう。
小生にとっては、「弔辞」で完全に断ち切れたと思う。やはり通夜だけですませるものではない事もある。

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幼なじみとの別れに接し、悲しみで胸がいっぱいです。今までたくさんの思い出をありがとう。どうか安らかにお眠りください。竹馬の友の訃報に接し、悲しみに堪えません。何事に対してもひたむきだった愛すべき彼のご遺族のご心中をお察し申し上げ、心よりご冥福をお祈りいたします。先生ご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。かけがえのない人生の師を失うことは胸がふさがる思いですが... [続きを読む]

受信: 2008年12月30日 (火) 23時14分

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