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2008年12月31日 (水)

イスラエル軍のガザ空爆報道について妙な感じを思う

イスラエル軍のガザ空爆報道について妙な感じを思う

ガザ空爆に関して、29日に新聞各社社説で
朝日新聞「ガザ空爆―まずイスラエルが自制を」、
毎日新聞「ガザ空爆 国際的仲介で流血の拡大防げ」、
読売新聞「ガザ空爆 報復のスパイラルに陥るのか(12/30)」、
産経新聞「ガザ空爆 事態の拡大をまず止めよ」
と掲げているが、内容的には微妙な違いでしかない。
但し、その微妙な違いにいろいろ面白い事が気づくというものである。
まず毎日新聞は、「オバマ次期政権の発足を待つしかないのか、と苦い思いが込み上げてくる。」と無い物ねだりをし、「米国の仲介が難しいというなら、国連を中心とした実効ある枠組みに転換すべきだ。」と無意味な国連中心主義を貫く。
そこにイスラエルの生存をかけた戦いというものに言及していないことから見て、「戦争」というものの本質を理解していない事が良く分かる。
その無理解は、朝日新聞も同じで「国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長や欧州連合(EU)は「即時停戦」を求めた。国連緊急安保理も招集された。国際社会は何よりもイスラエルに対して軍事行動の自制を強く迫る必要がある。」
‥‥と国連の説得に期待するというところなのだが、国連というものがほとんど役に立たないというのは、イスラエル自体がよくよく理解しているところである。
朝日社説では「ハマスはイスラエル南部の都市に向けて手製のロケット弾を撃ち込んだ。」
と書きながら、「ハマスのロケット攻撃は非難されるべきだ。威力や命中精度が低いとはいえ、いつ飛来するかも知れないロケット弾へのイスラエル市民の恐怖は理解できる。」
と如何にもハマスを単なる武装組織であるような言い回しである。
しかし、既に数百発もロケット弾を発射し、日に30発という事もある。そのロケット弾はイスラエル南部30km地点にも着弾している事から「手製」などといういい加減なものではないことが分かる。
朝日新聞というのは、ベトナム解放戦線を単なるゲリラと表現していたが(他紙も同)、実は北ベトナム製正規軍だった言うことを報道していなかったり、軍事に関して甘すぎる感じがある。

産経新聞は
「来年1月1日から再び国連安保理の非常任理事国になる日本の役割も小さくない。日本は政治的働きかけでは限界があるものの、双方の信頼醸成を目的としたプロジェクトや、過去15年間で約10億ドルに上るパレスチナ民生支援など中東和平への環境づくりで特異な貢献をしてきた。これらを土台にさらに地道な努力を続けたい。」
‥‥とノーテンキな日本の対応に幾分期待する感じがあるが、日本の対応というものは感謝こそすれ、根本的な解決にはならない。
パレスチナ民生支援とはいえ、国の消滅が懸かっている戦いに於いてはその存続に対する対応でないと無理というものだ。
だから何時も日本の「金」と言うものは国際社会では政治的な意味を持たず、感謝もされず、無駄金に終わる事が大きい。
もっと酷いのは当然朝日新聞の最後の一文で
「米国はこれまで安保理などで常にイスラエル擁護の姿勢をとってきた。しかし、中東で流血が続くことはイスラエル自身がいつまでも苦しみ続けることでもある。真の友人を自任するなら全力で説得にかかってほしい。」
‥‥と「話せば分かる」という朝日論を展開している。

イスラエルは、やられた事に対して「三倍にして」お返しするという体制で、今後絶対に手出しはしないというまでは絶対に戦いは止めない。
そして、それはイスラエルの存続する道であるというのは、イスラエル自体が良く分かっている事である。
日本と当時の国民党との戦争で、盧溝橋事件、通州事件、上海事変と続く支那事変で日本は、戦争を回避しようとして戦況を見誤った。
回避するのにも、戦争を拡大するにしても常に難しい対応を迫られるというのが現実である。
今の日本にのように、単に話をすれば分かる、戦争反対、平和を唱えるだけでは戦争が無くならないと言うのは、現実問題として存在するという事を再度認識する必要があるのだろう。

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