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2009年1月25日 (日)

強いアメリカ、強いドルを標榜するオバマ政権

強いアメリカ、強いドルを標榜するオバマ政権

アメリカ合衆国第44代大統領となる就任式と、大統領就任演説から種々の論評が新聞各紙でなされている。
オバマ政権では今まで報道の印象によると一見して、大不況の克服としての負の難題に取り組む内向きの政策の感がある。
しかし、就任演説の主題は「『米国の再生』と『責任の共有』」、「社会の責任」、「共同体の責任」と言われる。(日経ネットPlus・「ニュース交差点」オバマ氏と危機の米国(2009/01/23))
分かりやすく言えば、金融危機で弱体化した米国を再び強い米国に作り替え、又弱体化に力を貸した原因を解明し、責任は取らせると言うことではないだろうか。
それと同時に「責任の共有」とは、警察官としての米国の責任は、米国だけでなく他国に対しても軍事、経済に関して責任分担をになって貰う。そして、「社会の責任」としてテロとの戦いは続けると言うものだ。
特に、米国は今まで白人の大統領であったために、WASP国家、少なくとも「白人」でキリスト教徒の国とイスラム圏、アジア圏では見られて来た。
ところが、ここのところの大統領となる就任式の映像を見てみると、登場する聴衆へのインタビューに白人はいなかった。
多民族国家米国は黒人の国でもあると、どう見ても強調する雰囲気であるのを見過ごしてはならない。
そこで国務長官にヒラリーという白人の女性を持ってきて、多様性をアピールするというのは世界国家・米国を象徴している。
さて、責任を取らせると言うのはどういう事なのだろうか。
外交では「イラクからの撤退」は既定事実化し早晩には実現する。最近ではイラク問題の報道がほとんどされず、年末年始はイスラエルのガザ地区進攻ばかりだった。
報道されないというのは問題があっても無視する、無視しても何も注目する事柄は出で来ないと言う事だ。そして、これは、米国では既に「イラク戦争」の責任は取ったと言う事だろう。
「【佐藤優の地球を斬る】オバマ就任演説にみる「戦争へのシナリオ」(SAKEI Express)2009/01/25」で佐藤氏(作家、元外務省主任分析官)は、次に問題になる「アフガニスタン」問題を指摘する。
ここで引用すると
「筆者は、オバマ大統領は戦争も視野に入れて、アフガニスタンへの介入を本格化する腹を固めているとみている。その根拠は、就任演説で先程引用した部分に続きオバマ大統領がこう述べているからだ。
<われわれの受け継いだつぎはぎ細工の伝統は強さであり弱みではない。われわれはキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無神論者の国だ。地球のあらゆる場所からもたらされた言語、文化で形作られている。>(1月21日付産経新聞)」

これは、従来の「白人大統領」の元では難しかった選択なのだろう。「テロリストを根絶する戦いを徹底的に展開する」と言う事を避けては、強いアメリカが成立しえない。
しかも、黒人大統領であるが故に、黒人も他民族も、他宗教も多い世界国家のアメリカならではの「正義」との主張に現実味が増す。
「責任の共有」は、同盟国に対して金銭のみだけではなく、人的貢献、軍隊の派遣は当然の事だろう。
これは従来からある論調の通りなのだか、「平和勢力」と見る日本の左派マスコミや日本の国会議員達の左派人士にとっては裏切られた気持ちになるかも知れない。
元々米国民主党というのは、二次大戦、ベトナム戦争などを起こした政権であると言う事をよく認識しておく必要がある。
一方、米国の責任論に対して日本はどうだろうか。
先の大戦では、旧帝国陸海軍は実行部隊の責任は取らされたが、参謀以上軍人官僚は責任を取らなかった。最終的に東京裁判というリンチで責任を取らされたことになったから、事実上責任は取ったことで終わった。
ところが、今に政治、経済において官僚が、政治家が責任を取ったと言う事を聞いた事がない。
バブル経済の破綻の原因の責任、その失われた10年を引き起こした責任。その少し前のことになれば「国鉄分割民営化」議論。
「国鉄分割民営化」に関して、加藤寛氏と井上ひさし氏の対談(当時の産経新聞)で、井上ひさし氏は大反対した。議論は少数の意見を優先して、大多数の意見を無視し、しかも矮小化した井上氏の論調であった。そこには、国鉄労働者を優先し国民を無視するという民主主義国家を否定し、潰れた社会主義国家を標榜するもので到底入れられぬものだった。現在のJRの現状と言うものだけでなく、民営化されて直ぐに効果が現れたのに井上氏は反省したと言う事でもない。
ところが、その後日本ペンクラブの会長になったりもしている。但し、日本ペンクラブは左翼的志向が強いから勲章だったのかも知れない。

経済への責任、「共同体の責任」「責任の共有」はどうだろうか。
それは、以前のエントリーで記した「米連邦住宅抵当公社(ファニーメイFNMA(Federal National Mortgage Association))と米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマックFHLMC(Federal Home Loan Mortgage Corporation))など民間会社の政府保証を破棄する。」という事などに尽きる。
本来民間企業の債務を保証すると言う事は禁じ手であるはずだ。
従って、「共同体の責任」よって責任を共有するという事もありうるのではないかと思う。
ここで、面白い記事があった。
「【円ドル人民元】『強いドル』という欺瞞・産経新聞(編集委員 田村秀男)2009.1.24 21:25」この記事の論調の面白いところは、「オバマ政権が矛先を中国に向ける一方で、ドル安・円高を是正するなら日本にとって結構なことだが、『強いドル』というレトリックにだまされてはいけない。」と「ドル安」を予測する。
「07年末での米国の対外債権総額は17兆6400億ドルに上る。単純に計算して、ドル相場平均で10%下落すると、米国は1兆7640億ドルの為替差益を得ることになる。これはオバマ政権による財政支出拡大に伴う財政赤字見込額を優に上回る。30%のドル安で5兆2920億ドルに上り、金融危機の元凶になった証券化商品10兆8400億ドルの価値が半分に減っても十分補填(ほてん)できる。」と奇妙な論理だ。

これは、日本企業が円高になって「大赤字だ」「為替差損だ」と騒いでいるレトリックと全く同じものだ。
なぜなら、トヨタなど海外で稼いだドルを一々日本円にしないと言う事につきる。ドルはドルで持ち、帳簿上日本円に換算すると「為替差損」と言うわけだ。
米国の債権も同じ様なもので、ドル安になろうとなかるまいとドルで持つ限り目減りしない。特に米国から見れば一切関係ない。
もしドル安が債権に関係があるとするならば、その債権国が事実上安くなってしまった債権を売ってその国の通貨に替えるときしかない。
「ドル安」で米国が為替差益を得るなどと言うのはどう見てもおかしな観点ではないか。

結局、ドルで持っている債権を償却するには、もっと債権を買ってもらうか、インフレにするしかないと言うのが現実だ。
その目的のためには、世界の債権国に責任を取らせて、不良債権をある程度償却するか、圧縮するかした後の利上げ手しかない。

いずれにせよ、日本は多くの損失を伴うもので、今の麻生政権がやっている2兆円のバラマキなどやっている暇はないというのが真実の姿だ。
そして、オバマ政権にとって、「強いアメリカ」を標榜して実行して行かなければ、オバマ政権の明日はないというのは、黒人としてオバマ氏が一番良く分かっている事であることは間違いない。

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