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2009年2月

2009年2月27日 (金)

Just MyShopオリジナルPC ベストセレクションモデル

Just MyShopオリジナルPC ベストセレクションモデル

最近、株式会社ジャストシステムではPCまで売るようになった。
以前BTOだとマウスコンピューターだったのだが、今回のBTOは「サイコム製」。
Just MyShopで東芝のダイナブックの直販の旧型を売ったときは、東芝のダイレクトショップの方が新型で安かったという馬鹿な事があった。
東プレ Realforce オリジナルキーボードを19,800円で売っているが、以前のものは「Windows」キーがなかった。
「win」キーがないというのは、キーボードでコマンドを打たないと言うことで、こんなものを良くも発売したと思った。さすがそれではマズイと思ったのか今のモデルには「win」は付いているが、テンキーボードが付いていない。
このキーボードというのは、数値入力はしない人専用か、テンキーボードは別に買えと言うものなのだろうか。
しかも最近の「安い」テンキーボードと言うものは何か制約があって一太郎では使い物にならないものだ。
小生の場合、運良く古いテンキーボードを確保しているから問題ないと言うものだが。
さて、今度の『Just MyShopオリジナルコンセプトPC』

 Just MyShop通信 号外(2009.2.27)
によると‥‥限定台数:100台(各モデル合計)
★【Core2Duo】将来のカスタマイズを前提としたシンプルなモデル
 ◎「JMSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルA JPC-09X01」
        ‥‥‥‥‥‥ MyShop価格  99,800円[税込]より
★【Core2Quad】地デジTV・ブルーレイを搭載したハイエンドモデル
 ◎「JMSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルB JPC-09Z01」
        ‥‥‥‥‥‥ MyShop価格 169,800円[税込]より

という構成でその特徴は、

【その1】ずっと使えるPCを目指した「拡張製へのこだわり」
  用途に合わせた拡張がお客様の手で行えるよう、必要な機能を最小限のみ
  搭載したシンプルな構成となっています。
  また、拡張を容易に行えるPCケースを採用。作業の手間も軽減できます。

 【その2】壊れにくいPCを目指した「PCパーツへのこだわり」
  バイヤー自身の目と足で、性能と信頼性を重視したPCパーツを
  厳選しました。長期間使用したときに、その性能と信頼性を実感して
  いただけるはずです。

 【その3】他店では買えないパソコン「外観へのこだわり」
  Antec社の定番PCケース「SOLO Black」をベースに、ジャストシステム
  カラーである「赤」を配色したオリジナルカラーを限定製造。
  Just MyShopだけのオリジナルPCケースです。

 【その4】安心をお届けしたい「作り手へのこだわり」
  製造とサポートを埼玉にあるBTOパソコンメーカー「サイコム社」で行って
  います。ご注文をいただいてから一台一台入念なチェックの上、お客様へ
  送り届けられます。

とあるのだが、本当にそうなのかなと思う節がある。
「JMSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルA」の場合
マザーボードに GIGABYTE GA-EP45-UD3R 2008/09/24発売のモデルで売れ筋と価格コムにあるものだが、かなり相性問題でトラブルがありそうなもの。
それで同じメーカーのビデオカード「GIGABYTE GV-NX96T512H」などを使って何とか誤魔化している代物。
元々サイコムでは、GIGABYTEとASUSしか使わないから BTOで実績があるというものの極物であることは間違いない。
但し、メモリーは「Corsair DDR2-SDRAM PC6400 1024MB×2枚デュアルチャンネル 」とサイコムモデルにはないもの。
確かサイコムモデルは、Samson製のOEM品だったはず。
HDDは、「HGST Deskstar P7K500 HDP725050GLA360 (容量500GB/16MBキャッシュ/SATA接続/低消費電力モデル)」
最近、日立製は評判が悪くてWESTERN DIGITALが普通だ。SEAGATEは、最近トラブったからサイコムでも敬遠しているところ。
そして、なんで「LITEON iHAS120-27 (20倍速記録対応DVD/CDマルチドライブ、SATA接続)」なのかなと思う。このドライブは3,000円でお釣りが来るほどの激安ドライブ。
その上、当然静音とは無縁な物。
これで、MyShop価格 112,800  円(税込) [税抜 107,429円]
(Just MyShopオリジナル デスクトップPC
JMSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルA JPC-09X01VU)

JMSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルB JPC-09Z01VU
の高い方なら、メモリーが増えたりWestern Digital WD10EADS (容量1TB/32MBキャッシュ/SATA接続/低消費電力モデル)になったり、地デジチューナカード Buffalo DT-H50/PCI、EARTHWATTS EA-650 (出力:650W)(Antecオリジナル)。
そして、ドライブは「LG GGW-H20N (6倍速記録対応Blu-ray/HD-DVD/DVD/CDマルチドライブ/SATA接続)」
これも安いドライブで2007年8月に発売されたもの。
確かに、PIONEER BDR-S03J-BKという高価なものは乗せられないかもしれないけど‥‥

「【読込速度】このドライブはBD-Rについては焼いた速度がそのまま読める速度になります。なので2倍で焼いたメディアは全部2倍読みになってしまうのがとても痛いです。ビデオ用ならともかく、データ用のメディアは絶対4倍速で焼いとくべき。」という口コミもある。

ちなみに
「MSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルA JPC-09X01VU」と同じ構成でサイコムで見積ると、送料込みで110.260(税込)
OSは、Windows Vista Ultimate(SP1)
但し、LG電子GH22NS40BL バルクで、1,000円高(価格コム)、電源、メモリーはサイコムオリジナル。
はっきり言って、買いたくないパソコンだな。
小生が組んだ構成なら106,040円だった。
メモリーは4GB、pioneerドライブにして、マザーボートはASUS、Western Digitalの640GBにして、OSは Windows Vista HomePremium(SP1)にした。
これだと
JMSオリジナルPC ベストセレクション2009モデルA JPC-09X01VH(MyShop価格 103,800  円(税込) [税抜 98,857円])に近くなるがね。

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2009年2月26日 (木)

内需主導と言いながら、円高を嫌う経済評論家

内需主導と言いながら、円高を嫌う経済評論家
輸出中心のビジネスモデルの日本企業の危うさ 3

最近の新聞の特集は、投資ということから一転して「貯蓄」に変化した。
デフレの時は「現金」というのは常識だから貯蓄なのだ。
しかし、少し前の「金融バブル」では、貯蓄から「投資」へと日本経済がデフレから脱却していない中で宣伝され、実際それに乗って虎の子を失った学校法人なども多い。
考えてみれば、日本がゼロ金利政策を実施したのに景気が上がらず、高金利だった米国その他の国の景気が良かったと言うのが不思議な現象だった。
本来経済学ということの根本を理解した人物なら、それだけで日本の低金利政策というものが誤りであることに気づく。
見るところ、低金利政策が誤りだと言った経済評論家はいない。
それどころが日経新聞論説委員氏は以前述べたように0.25%の利上げでも間違いだったと今でも主張する。
もっとも、日本の学者というものは「需要と供給」の原理も利子がお金の廻る潤滑剤であることも分からないようなので経済原理以前の問題だ。

読売新聞2009年2月26日朝刊(13版)に‥‥論点‥‥「内需主導の経済志向を」の大見出しの上に、「不況下の春闘」と言うものがあった。
論じているのは経済評論家・横溝雅夫氏(元・経済企画庁)。
ここで、今の金融危機において「自動車や電機産業の労働組合は、4,000~4,500円の賃上げ要求を行った。」と書く。
ここでくどくど賃上げ要求の理由を書くのだが、日本政府の考え方と同じように「戦後最長の景気拡大期」とリーマンショックまでの景気を高く評価する。
しかし、それは「かげろう景気」と与謝野氏によって名付けられたように、一部の輸出産業のみが景気が良かった「金融バブル」だった。
この「かげろう景気」をゼロ金利政策を擁護するために、その賜と言ってしまう経済評論家もいることを見ると、日本の経済学者というのは相当に「帝国軍人参謀」化している。拡大解釈をすれば「円キャリートレード」による金の環流とも言えるが、それは「負」の解釈、低金利政策の失敗をも意味する。
もとの「論点」に戻ると横溝氏は「中長期的には、‥‥、消費など内需が主導する構造に改めることが、強く求められていると考える。」という。
ここで、「中長期的には」と言うことは、「消費など内需が主導する構造に改めることが、強く求められていると考える。」が今現在はしないと言うこと。
輸出主導をあくまでも推し進めるという考えだと言うことである。
なぜ即刻出来ないのかという「論点」になると、「市場原理主義」を廃止又は修正しない限り出来ないと言いきってしまう。
その上、「市場原理主義が先進国で跳梁(ちょうりょう)した結果が、今回の世界同時不況なのではないか」と「坊主憎くけりゃ袈裟まで憎い」という言いがかりをつけている。
ここで内需主導にするにはどうすべきか、一般人なら直ぐに思いつくことが「経済評論家」氏には思いつかないのはどういう事なのだろうか。
内需主導というのは、停滞しているところを庶民の手が届きやすいように減税し、しかも金利をある程度上げて国民の間に金を流してやるしかない。
金利が上がれば、預金、貯金のあるお年寄りは助かるだけでなく、孫に小遣いでもやれる余裕も出来る。
要するに、日本経済が動くと言うことだ。
読売新聞の論点では、最後には社会主義的政策に言及し、国民生活向上に直結する円高を避けて「国民生活重視の路線が国際競争力を阻害する懸念に関しては、過度の円高を避けるる配慮が常に必要である。」と又元の外需頼りに立ち戻る。
はっきり言えば良く分からない論点なのだが、「過度の円安バブル」に言及しなかったところを見ると、未だに「円安になれば景気が良くなる」という考えの持ち主かも知れない。

今のデフレ経済と言うのは、利子という国民へ渡す金を金融機関の「不良債権」処理のために使ったことによるものである。
そして、その金は12年間で少なくとも概算500兆円ほど消えたことになる。
そんなにも国民から金がなくなれば、デフレになるというのは当たり前だろう。
今、日銀がしていることと言えば、民間企業が出している社債を買い取る直接金融をしている。
要するに、政策金利というものは有名無実化していると言うことだ。

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輸出中心のビジネスモデルの 日本企業の危うさ 2

官僚ならぬ民僚が跋扈する日本の危機

輸出中心のビジネスモデルの

日本企業の危うさ 2

2009年2月25日の朝の報道番組では、「阿久根市長 市職員年収をHPで公開」した事に対しての特集をやっていた。
鹿児島県阿久根市というのは黒字の市だと言うことだが、税収20億円なのに対して「給与と手当だけで17億3千万円」+α(さるさる日記http://www5.diary.ne.jp/user/521727/)なのだそうだ。
そして、市の一般的な企業の会社員の給与が年収200万(TV報道)で、「さるさる日記」に寄れば「社員200名を抱える企業の取締役経理部長」の給料が「私の給与は月30万 年収で360万です。 ボーナスもないしもちろん残業 休日出勤手当てもありません。」という。
そこで阿久根市の職員の給与は「年収700万円以上の職員が54パーセント、大企業の部長以上の給料を受取る人間が過半数にもなる組織が阿久根市民の上に君臨しているのだ。(さるさる日記)」
こんな状況から見る限り、この市では住民サービスというのはほとんどやっていないのだろうと推定が付く。
ところがテレビ局が阿久根市の住民に尋ねてみると、お年寄りほど「お役人様」という感じなのである。日本には、未だに住民本位の民主主義が根付いていないところもある。
実際のところ、住民は只気がついていないということだけなのかも知れないが。
それで、市長は給与削減で、「教育費」に金を使いたいと言うこと足そうな。
この発言で、その市の実情が良く分かると言うものだ。
日本テレビ「スッキリ!!」では、テリー伊藤氏が「市職員年収をHPで公開」するのを大賛成としていたが、別のコメンテーター(ヤメ検との話)は何故か批判していた。

公務員というのは、ハブルの時には景気が良かったから相対的に給与が下がり、不景気の時には逆に上がるもの。実際はそれだけではなくバブルの好景気後に、給与待遇が悪いというので給与水準が上がった様に記憶する。しかも例の人事院勧告で毎年のように給与が上がった。
そこで本当はカラクリがあって、公務員は倒産というリスクも少なく、年金という部分では退職した年から貰えるような特典があった。
それを単なる給与という部分だに焦点を当てて、しかも大企業水準で人事院勧告を行ってきたというのは大きな誤りだったろう。
今考えてみれば、給与が高かった大企業はリストラ、配置転換で安穏とその地位を保つことさえ難しい。

それでは日本の景気対策はと言うと、この半年何をやってきたのかと思えば何も政府はやっていない。その上、景気対策と言えば公共事業だ例の「定額給付金」だというほとんど効果がないと分かっている従来型の景気対策しか無い。
そして、例の「整備新幹線」という無用の長物が浮上している。
この整備新幹線を作り続けると言うことは、第二の国鉄を作ることであり、あの「四四架橋」の問題点を何も考慮しないと言うことに過ぎない。
過去の失敗を考慮しないで、成り行き任せで「失敗」を繰り返すというのは、先の戦争での大日本帝国軍人の行為であった筈。
今の中央官庁の役人は、軍人、自衛隊嫌いの様だが、自分たちがやっていることが軍人官僚がやっていることと同じというのはどう思っているのだろうか。

報道では、「1月の自動車国内生産、40%減…4社が下落率最大」(読売新聞)という。
以前から言っている通り、日本だけが車関係に関して政府として対策を打っていない。
地方では、地域の工場の会社の車を買えば10万円を補助するとか、公用車をその会社のものにするとかということをしているが、正に「焼け石に水」。
又、ハイブリッド車への助成をしていると東京や政府はいう。
しかし、ホンダが安いハイブリッド車を発売したとしても、今や必需品のカーナビ、ETCをつければ楽々200万円を超える。
実際の乗りだしで、プリウスならフル装備で計算したら¥3,437,520(消費税抜き ¥3,287,790)だった。(優遇税制込み)
こんな車をおいそれと買えるわけがない。
庶民が買うのは、込み込みで200万円以下というのは当たり前の話。軽なら150万円以下だ。その上もこんなハイブリッド車は、山間部が多い日本では使いにくい。
雪が降る場所では気温によるバッテリーの能力低下、降雪による動力性能の不足。
こんな車が売れると思うのは、自動車免許も持たず、当然都心に住む車に乗らない「官僚・役人」ぐらいなものだろう。
何と言っても、先に述べたように庶民民間に比べて「高給取り」だし。
そして、政府が国内需要を掘り起こすと言うことをする気がない。
ここで政府と言うが「麻生政権」というのは単に役人が「麻生氏」という被り物を被って、政治をやっているようなものだからろくなことにならない。
あの「田母神俊雄・前航空幕僚長問題」のでくの坊の防衛大臣の体たらくを見れば、操り人形の「糸」が見えるようなのである。
結局、麻生政権というのは「役人の手法」であるために、必ず後追いの「対処方法」、「既定の概念・事例主義」。
そして、酷いのか何もしないと言うことである。
日本企業というのは、なぜ大消費国日本という国内を無視して、未だに米国を中心とする海外へ輸出に依存しようとするのか、実は妙なのである。
そして、自動車のトヨタにしろ、液晶テレビにしろどう考えても日本では消費出来ないようなものを作る。
トヨタのレクサスなど元々米国の富裕層向けの車だ。
経済に関して、いままでどの様にしたらよいのか何も研究せず、米国から指示させるか教えてもらうしか何も出来ない日本の経済学者、為政者。
この人達は本来日本の指導的立場から去るべきだろう。
しかし、誰も不景気の責任を取って止めた人物はいない。
丁度、マッカーサーの占領政策を自らの地位を守るために擁護推進し、占領後に全て頬被りした学者、政治家と全く同じである。

創造することが出来ず、先生が教えたことしかできないのが日本の「経済学者」というのは、日本の教育の第欠陥なのだろう。

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2009年2月24日 (火)

第43回前橋市民展授賞式

第43回前橋市民展授賞式が2009年2月24日16時からマーキュリーホテルで行われた。
前橋市民展というのは、群馬県で唯一の総合美術・写真・書道展で今回の出品点数は1,653点と発表されている。
書道でも、県書道展の2,700点以上というものに対しては、今回789点と見劣りするが「市」単位としては最大であることに代わりがない。
今日授賞式、懇親祝賀会が行われてしまったが、実は書道部門の展示は25日で未だ見ていないと言うものである。

委員の席から撮ったから大分離れているが、写真で見ると前橋市長が出席している。
最近市議会の選挙があって議員関係は出席せず又、多忙なのか特別賞授与のあとには帰ってしまった。
以前は、最後まで居て集合写真もとっていったのだが。
それにしても、最近の展覧会では「表彰式」なのだが市民展は「授賞式」。
昔はみんな「授賞式」だったのだがその名称が残っているのが市民展だけ。
近年は、市民展の(審査)委員にでもなれれば‥‥と言うことも多いのは、県展は敷居が高くて難しいので(市民展でも難しいが)、比較的審査員になりやすいからでもある。
そして、大規模な市民展だからそれなりのステータスもあると言う事でもある。
それにしても驚いたのは、今回受賞者代表の謝辞(美術部門市民展賞)が前橋東高校の3年生の女子学生だったことだろう。
多分、今までこんな事は聞いたことがない。
もっとも、美大を目指しているレベルなら、さもありなんと言うべきかと言うところ。
詳しくは知らないが、4人いて皆特別賞を貰ったらしい。

一方、祝賀懇親会はこんなところ。昔は小さな場所で立食と言うこともあったが、最近はこんな風。
パーティ会場が良いと、何やら大展覧会という感じがする。

祝賀会が始まって、髙橋委員長の挨拶。

最後は、いつもの記念撮影。

今年度の公募展もこれで終わり。
あとは社中展、研究会と4月からの展覧会と‥‥‥休む暇がない。
作品制作に追われて過ごす一年というわけ。

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2009年2月23日 (月)

輸出中心のビジネスモデルの日本企業の危うさ

輸出中心のビジネスモデルの日本企業の危うさ

近年、円安バブルの枠組みが外れ輸出中心の企業は何故か国内生産を止めて、海外生産に移行する動きがある。
日産も大衆車部門を海外生産に切り替えると言う報道もある。
「シャープ、液晶パネル中国生産検討 亀山ライン売却案も」
(2009年2月21日朝日新聞Web)と
「シャープは、薄型テレビ向け液晶パネルの生産を海外にシフトする検討を始めた。中国の大手電機メーカー上海広電集団と提携し、中国内で生産する方向で同社と交渉に入っている。」
旧世代の亀山第1工場(三重県亀山市)の、「第6世代」と呼ばれる大型パネル生産ラインを売却し、中国に移転する案も浮上しているという。
ここで言う「第6世代」とは、1500×1850の1枚のマザーガラスから32インチ8面、37インチ6面を切り出すことが出来る生産ラインだ。「第7世代」は、1870×2200(1950×2250)の1枚のマザーガラスから32インチ12面、47インチ6面を取ることが出来るもの。
亀山第2工場で生産している液晶パネルは、「第8世代」2100×2450(2200×2500)‥45インチ8面。
ここで、42型、46型、52型という大型を中心にしている。
大型パネルであるとコストが安くなるとシャープでは説明しているが、「円高が進んでいることや、サムスン電子など韓国、台湾勢との価格競争が強まっていることから、旧世代では海外に生産を移すことが適切だと判断した。」という。

そして、他の報道よれば32、37インチの液晶テレビパネルはこの中国の工場から将来は仕入れるとか書かれていた。
そうすると、シャープは大型液晶テレビか又は、特殊なパネルに特化すると言うことなのだろうか。
しかし、よく考えてみれば分かることは、日本では42型、46型、52型という大型液晶テレビは普及しないかも知れないと言うことだ。
地デジ移行において、未だに半数以上買い換えていない。
買い換えていないというのは、大型テレビを使っていないと言うことに相違ない。
実際のところ、今やマンション暮らしという新たな「ウサギ小屋」生活では37インチが限度で32インチと言うところがベストだろう。
何故なら、32インチで69.8×39.2×80.0 cm(TH-L32X1)実寸法約78cmでいわゆる棚と言われるところに入るのはこのクラスだからである。
37型だと約90cmで棚には入らない。
今電気屋に行くと、実は32インチ以下は低価格レベルの低機能商品である。
価格も10万円以下。
今、地デジに移行しないところというのは、アナログ式ブースターのマンションや電波保証でアナログCATVになっているところ。こんな場所では大型テレビに買い換えるとは考えられない。
大型テレビは映画を見るには良いが、朝からのワイドショーのニュースで男性キャスターの鼻の穴を見ている必要はないのである。
そんな番組を見るというのは、適正な大きさがあって大きくてもワイド32インチが限度だろう。
それなのに、42型、46型、52型という大型液晶テレビを作り続けるというのは、大きな邸宅を想定するからで、どう考えても米国などに輸出する感覚でしかない。
なぜかと言えば、耐久品の消費国は世界に米国と日本ぐらいしかないからだ。
EUは消費国でないし、途上国では高価なテレビは買えない。
いずれ、32インチ程度が日本や途上国の基本サイズになるかも知れない。
そして、その時の液晶テレビパネルは、中国製になるというわけだ。
中国の企業としても、中古の生産ラインを買うと言っても新規に作るのに比べれば、タダ同然だろう。
もしタダより多少高くても、最新のノウハウ技術と継続してのシャープからの改善メンテナンスが得られると言うものだ。

この様な日本でいらなくなった生産ラインを売ったという例は今まで随分とあった。
古くは、東芝かどこかが韓国のSamsonにメモリー生産設備をタダ同然で売った。
その生産設備を元にしてノウハウを学び、新技術を導入して今やSamsonはメモリー生産では一流になった。
同じように、HDDドライブ設備もSamsonが買った。コストがかかっていない設備なら安く売れる。それで逆に日本はやられっぱなしと言うのが現在の状況ではなかったのだろうか。

この分では、いつか日本は液晶パネルの生産を止める日が刻々と近づいている、と思えるのは杞憂だろうか。

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2009年2月21日 (土)

日本経済のデフレを克服出来ない「ゼロ金利政策」という呪縛

日本経済のデフレを克服出来ない「ゼロ金利政策」という呪縛

2009/02/20の産経新聞Web版に‥【単刀直言】伊吹文明元財務相「麻生も小沢も点は低い」‥と言う記事があった。
中身は何かと言えば、はっきり言って何もない。
結論が「『人の和』で困難を乗り切るしかない。」と言うのでは元財務相としてお寒い限りではないか。
そして、前半の「政治家は学者や官僚のよう」と書きながら何故「政治家は学者や官僚のよう」なのか書かないのがミソだ。
何故なら伊吹文明自身が「過去官僚」。元大蔵官僚であることを考えると何を今更という感じがある。
そして、はぐらかして相続税問題を取り上げて「親の富を税なしで子供に受け継がせるから、社会を固定化させることにならないか。」と妙なことを言っている。
要するに、「税金で取り立てる課税による」富の再分配ということだ。
この相続税というのは、実は「共産主義的思想」を基本的に持っているかどうかという資質の「リトマス紙」なのである。
社会主義者はどうかと言えば、社会主義先進国のスウェーデンに相続税と言う概念がない。このことから「社会主義思想」と相続税とは無縁であると言うことが分かる。現にEU諸国のうちで社会主義化がすすんだところは相続税はかなり軽減されているか廃止されている。
又、民主主義国の代表である米国では
「ブッシュ税制改革で、相続税は2009年までに次第に縮小し、2010年には廃止。
又、2011年には、また元の姿に復活。一方下院では、2005年に相続税を恒久的に廃止する法案が可決。」こんな具合。又、オーストラリアには相続税がない。

伊吹文明氏という過去官僚は、官僚という特質から戦後民主主義という共産主義思想に染まっていることに気がついていない人物であることが分かると言うのものだ。
だから、この様な経済の落ち込みに関して、経済とは別にしても「『人の和』で困難を乗り切るしかない。」としか言えないのだろう。

そして、その様な訳の分からない思想に取り憑かれているのが、日経新聞の編集委員氏だとしたら正にブラックジョークだろう。
2009/02/16日経新聞NET EYE「暗愚のゼロ金利10年(2009/2/16)」の記事を見て何を述べるのか、ゼロ金利を批判するのかと思ったら全く違った。
論旨は、日銀の「一つはせっかちな利上げだ。」、それによって日本経済は立ち直れなかったと主張する。
しかし、待てよ‥‥日銀の利上げ‥論説委員氏が言っている利上げは2006/7のゼロ金利政策を解除して、0.25%への利上げ??。
我々庶民から言わせれば、0.25%でも最大に利上げされた0.5%でもゼロ金利政策と同じようなものだ。
こんな消費税にもならない金利の利上げで、利上げが悪いと言っているようでは経済を理解していないのではないかと疑われる。
確かに、日銀の「景気見通しの甘さだ。03年から07年までの景気見通しは民間よりはるかに強気だった。」というのは正しい。
しかし、「とりわけ2006年の実質実行為替レートはプラザ合意以来およそ20年ぶりの円安だった。極端な為替状況が長続きすることを前提とするかのような景気見通しが、結果的に民間企業のリスク感覚をマヒさせる副作用を生んだと見られる。」
と書いているが、日経新聞もこの極端な実力を反映していない「円安」誘導というのには、大賛成だったはずだ。
そして、日本の低金利に対して米国は5%強。
英国もEUも最高4~5%強という日本の最高金利0.5%と比べて一桁違う金利であったのが円安誘導を助長した。
今では、「円安バブル」と揶揄されて批判の的の円安になったが、当時米国の経済学者、日本の経済学者は口をそろえて「円安になれば景気が良くなる」と言ったものだった。
そんな間違いを犯していながら「危機の深度に応じた金融緩和が求められる。」
と依然デフレ政策を推し進める矛盾を述べている。
例え日銀が銀行から大企業のCPを買い取って、銀行の資金的な余裕を増し、中小企業にも融資出来るようにすると言っても元の金がないのでは直ぐに行き詰まる。
いくら企業に融資したところで、国民そのものに余裕の金がなければいずれどんな企業も行き詰まるというのは見えている。そして、行き詰まりそうな零細企業にはどこも貸したがらないと言うのが今までの低金利政策時代の特徴だったはずだ。

これは、低金利政策の弊害であると常々言ってきた。
2006/7の0.25%の利上げを「大幅利上げ」と言っていたのは驚きだが、こんな金利では市場にはほとんど金が回らない。
日銀が、ほぼゼロ金利政策を行って、国民に「利子という金」を供給しない上で、量的緩和をしても金融機関の間だけの話で、国民には直接関係がない。
それで、金がないから「知恵を振り絞って」「政府紙幣発行の議論」と言うことになるのだが、それは本末転倒の議論だろう。
論説委員氏は
「中央銀行制度のあり方を無視したたちの悪い議論だが、背景には小手先の策に終始してきた日銀の景気対策への不信感がある。」
小生から言わせれば、低金利政策しか頭にない「硬直した」経済観念の日銀は日本のガンとしてか思えない。
一つ断っておくと、
この日経新聞の論説委員氏は、過去の記事で
「円安ただ乗り」、米国で日本批判強まる(2006/5/22)
  「焦点はどこまで円高・ドル安を志向するかだ。日本の大幅な対米経常黒字を考えると、円ドル相場の適正水準は1ドル92、93円程度との見方が欧米では多い。ワゴナー会長の発言は決して極論とは見られていない」
と当時の日本の経団連の「円安歓迎」に警告してはいる。
しかし、後半にこうも書いている。
「バーナンキ米連邦準備理事会議長は4月末の講演で、ドル安政策はドルの急落を招くリスクが伴うことを公言している。状況次第では日本の利上げが、ドル急落の引き金となり、国際金融市場が混乱する恐れがある。」
これを見ると、米国一辺倒な日経新聞としては、本当に「円高」を警告しているのか疑問なのである。
論説委員氏の景気対策の対する持論は、「限りなくゼロ金利政策、ゼロ金利政策」なのであるら少なくとも米国を助ける「低金利政策」には賛成な筈だ。

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2009年2月20日 (金)

一太郎2009 重い、鈍重‥「一太郎2008」の削除は少し待て

旧版・「一太郎2008」の削除は少し待て‥‥

JustsystemのJUST Suite 2009を予約して、発売翌日に届いた。
それで1週間ほどして導入したのだが、一太郎2009の動作が何か妙な気がする。
それは、非常に「重い」「反応が良くない」と言うことではないかと思う。
一太郎2009は、見たところデザインが変わったぐらいで、実際使う分には‥‥使い勝手と言うところでは2008と大差ない。
実際の文章の下書きというのなら、単なる「エディター」の方が良いかもしれない。
しかし、テキストエディターの場合、少し変わったことをすると意図しないこともあったりするので、一太郎を使っている。
さて、妙な動作をするというのは、フラウザーを立ち上げて、ニュースなどの文章を参照しながら仕事をするときである。
小生の場合、Mozilla FirefoxやSleipnirというものを使って実際は作業する。
IEを使わないのは、未だMozilla FirefoxやSleipnirに性能が追いついていないだけでなく、ハングアップするからである。

そして、使い始めて少し経過したときに例えば、Mozilla Firefoxから一太郎2009にマウスのカーソールを合わせて「選択」するのだが、その場面で一太郎2009側では「手」のマークになって反応しない。
はっきり言えば、「一太郎2009」を「選択」しているのに移れない。
この間約1秒と言うところなのだが、二回目のクリックでやっと一太郎2009が選択されて、書込が出来る状態になる。
こういう反応の悪い一太郎というのは初めてなのだが、一太郎2008まではそう言う状況は一度もない。
こんなに反応が悪いのなら、エディターとしては全く変わらない旧版の一太郎2008を残しておくべきだったと思う。
実際一太郎2009に追加されたのは、Word2007の後追いの部分もあり一太郎2008でも変わらないというものだ。
花子の場合も、RC版で試したとき同じように妙な動作をしたことがある。
新しい、JUST Suite 2009は「見た目を統一」しましたとあるのだが、三四郎などでは未だに使いにくい。
古いLotusなど、説明書を見なくても「右クリック」からなんでも出来るのにそこまで追いついていない。
オマケソフトと言えばそうだが、使わないオマケソフトというのも困りものだ。
要するに、MicrosoftのOffice2007を持っていない人に緊急用として使えると言うものでしかない。

それにしても、一太郎2009の「重たい反応」には参った。
そして、終了時も、HDDの動作音と共に何やら「やおら」終了するという妙な感じである。
やはり、一太郎2008を削除したのは失敗だったか、Justsystemの対応を待ちたい気がする。
只、基本的なものならどうしようもないと言うところだ。

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2009年2月19日 (木)

今更ながら「村上春樹『エルサレム賞』授賞式の記念講演」について

今更ながら「村上春樹『エルサレム賞』授賞式の記念講演」について

村上春樹氏が15日行った「エルサレム賞」授賞式の記念講演は、16日に新聞に載り報道機関のhaaretzに掲載された原文の訳はブログでも18日には何種類も訳された。

2009/02/19文化放送の「大竹まことゴールデンラジオ」では、ブログに掲載された全文を読み上げた。
問題の箇所は「卵と壁」論の部分であって、又他の部分でイスラエルの「ガザ攻撃」を批判している。
そしてナイーブなところは「私はどんな戦争にも賛成しませんし、どんな国も支援しません。」とあったり、「高く堅固な壁と卵があって、卵は壁にぶつかり割れる。そんな時に私は常に卵の側に立つ」という部分。

文化放送では、大竹まこと氏とそして、なんでも賛同する付和雷同型の落第点の光浦靖子。
「素晴らしいですね」と言うようなことしか言わない。多分良く分かっていなかったのだろうと思う。
特に、時事に関して光浦靖子氏は、小学生並だ。
そして、2009/02/16の産経新聞「イザブログ」では、ほとんどのブログで絶賛に近かった。
なぜ何を絶賛するのか何か書いてあるかと言えば、何も具体的な事はない。
今の日本人の悪い癖は、「何も考えないことだ」。
正確に言えば学校で「教わったこと」以外何も創造しえない、考えつかないと言うことではないだろうか。
酷いのが、今の経済学者という高給取り違いないが。

この「村上春樹氏の記念講演」の要旨は、政治的発言であると言うことにつきる。
そして、何時も左派人士が言う「自らを高みに置いて言う」ことである。決して、言う相手の高さまで下りて行かない。
原文訳では、
「ええ、どんなに壁が正しくてどんなに卵がまちがっていても、私は卵の側に立ちます。何が正しく、何がまちがっているのかを決める必要がある人もいるのでしょうが、決めるのは時間か歴史ではないでしょうか。いかなる理由にせよ、壁の側に立って作品を書く小説家がいたとしたら、そんな仕事に何の価値があるのでしょう?
この暗喩の意味とは?ある場合には、まったく単純で明快すぎます。
自爆犯(bomber)と戦車とロケット弾と白リン弾は高い壁です。卵とは、押しつぶされ焼かれ撃たれる非武装の市民です。これが暗喩の意味するところのひとつです。」(http://anond.hatelabo.jp/20090218005155)より

ここで良く分かるのは、村上春樹氏は、「わたしは常に卵の側に立つ。」のであって、「卵」ではないと言うことだ。
それはどういう事かというと、それは「傍観者」。
即ち本人は、絶対卵にならない「安全なところにいて」卵即ち、戦争の当事者にならないと言うことだ。
しかし、イスラエルは人工国家だ。
戦争によって領土を拡大し、やられたらやり返す。そして、そうでなければ領土も国民も維持出来ない極限の国。
他方、バレスチナは元々住んでいた土地が「オスマン帝国領(ウィキペディア(Wikipedia))」、英国などの植民地であったためにイスラエル建国と共に追われた人達。
国の成り立ちを考えれば、村上春樹氏のナィーブな「戦争論」などタダ苦笑するしかないだろう。
なぜなら、イスラエルは自主独立の国であるのに、日本は未だに米国の「保護国」だからだ。
「保護国でない!」と思っている人達は大きな間違いを犯している。
なぜなら、日本は米国の「核の傘」に守られ、米国の軍事基地が首都の近くにあり、未だに国連憲章で規定されている「集団的自衛権」が行使出来ないではないか。

元の「卵と壁」論に戻ると、村上春樹氏が自らを「高みに置いて」物を言うのだが、こういうタイプの人物というのは、実際その場に立った場合、ほとんど「でくの坊」で役に立たない場合が多い。
かっての、南米の大使館事件の時の「大使」氏もそうであったし、某野党国会議員もそうであった。
そして、自分父親に絡んで先の戦争の話が出てくる。
村上春樹氏は多分、中国戦線では「100人斬り競争」や西部劇の様な撃ち合いをしたのが戦争だと思っているのかも知れない。
しかし、西南戦争の田原坂(たばるざか)の戦いを見ても分かるように、ほとんど目に見えない敵から銃弾が撃ち込まれる。
上海事変では、国民党軍は最新式のドイツ製機銃で日本軍を全滅させた。
「味方と敵、両方の死んだ人たちすべてに祈りを捧げていると父はいいました。」とはいうものの、それは言葉の綾であることは間違いないものだ。

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2009年2月17日 (火)

「ホームレス中学生」麒麟・田村裕氏のお寒い精神構造

「ホームレス中学生」麒麟・田村裕氏のお寒い精神構造

2009年2月16日日本放送「テリーとたい平 のってけラジオ」に麒麟・田村裕氏が登場した。
題して「1ヶ月のホームレス生活から印税2億円の結末は」なのだが、特集テーマは、「スペシャルプログラム『これで人生大逆転!幸せつかむ3つの魔法!』」
田村裕氏の「幸せつかむ3つの魔法」とは、
・ピンチはチャンス
・ノープライド
・笑顔
と言うのだが‥‥   
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
田村裕さんの幸せつかむ3つの魔法】
1.ピンチは、チャンス→
「何で俺が・・・」と嘆く前に、「こんな体験めったに出来ないぞ」と思えるように
2.ノープライド→
プライドを持たずに全てをさらけ出せば、道は開けると知った。
3.笑顔→
結局、楽観主義が大事。どんな状況でも笑っていられるようにと思っています。

「テリーとたい平 のってけラジオ」HP2009/02/16版より
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
麒麟・田村裕氏というのは、「ホームレス中学生」という自叙伝で有名になって、お笑い芸人としては、元々余り知られていなかったような人物だ。
それで「ホームレス中学生」から一躍時の人となって今に至る。
しかし、小生は「ホームレス中学生」を読んでいない。
なぜかと言えば、TVなどにで出て来た麒麟・田村裕氏と書評で大好評な「ホームレス中学生」の主人公とは違うのではないかと思うことだ。
そして、ラジオでその生き方などを聞いてみると益々違うと思わざる終えない気がする。
本の書評の95%のまでが、「高評」で「田村さんの優しさ、謙虚さ、人柄が感じられて好感が持てます。」と言うような事が大方一致する。
その他の少数が、どうも脚色しすぎではないかという実際の事柄との乖離を指摘する。
例えば、「破産」という事になって「差し押さえ」の紙が貼られたとする。
しかし、 実際に生活に必需品というのは差し押さえすることが出来ない。なぜなら、憲法で保障されているからである。例えお金があったとしても、「生活費」と言う名目ならこれも保障される。
だから、「ホームレス中学生」本人の学校の教科書などのものなど、差し押さえの対象にもならない。だから、何も持たずに野宿するというのは考えられない。
又、他の兄弟もしかりなのである。
して、もっとおかしいのは社民党党首「福島みずほ」氏が(子供が18歳になったら家族解散式をすると常々)主張するように、父親が「家族の解散式」をやって蒸発してしまうことだろう。
そんなことはともかくも、麒麟・田村裕氏と言うのが今時珍しい境遇で育った事は分かる。
そして、その境遇から学んだことが上述の3箇条なのかと思うとうら寂しいものがある。又「書評」にある通り、田村裕氏は「他人による施しによって」助けられたのであって、
そのような助けを受けられない、より過酷な境遇で成功している人物もいるからある意味幸運と言うべきなのではないだろうか。
考えてみれば、親戚は縁者はいないのかだろう。
実に不思議な家族なのだ。
TVでの印象で非常に妙だったのは、日テレ系の「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」で「相続」と言うことに関しての議論だった。
題材は、「相続」の禁止の否か。
田村裕氏は、森永卓郎氏も太田光氏と同じように「相続」禁止派に属し、子(孫)に残すものはないとか、子供は無一文で‥‥と言うような事を言っていたような気がする。
相手は、狂言師の和泉元彌。
伝統芸能だから、先祖伝来衣裳の継承など伝統芸能と「相続」とは切り離せないものがある。そこで衣裳などは、太田光の「和服を洗えばよい」という無知な発言に苦笑という馬鹿な場面もあった。
ここで、森永卓郎氏もオモチャ博物館のようなものを作って実際「相続」とは縁が切れそうもない人物だが、言行不一致の人物であるが故に無視する。
しかし、この田村裕氏は和泉元彌氏の意見を聞いて呆然としていた顔が忘れられないのである。
さて、「ピンチはチャンス」‥‥何か意味が違うのではないかと小生なら思う。本来この体験から何か別の「考え」が普通浮かぶはずなのではないか。
この言葉はよく言う事なので、多少軽薄感を覚えるというものだ。
2.ノープライド
これも微妙に違う。
ノープライド‥‥とは、本来「誇り、自尊心、矜持(きょうじ)」と言うものは、本来持っているからこそ一時的に捨てられるのであって、人はその「プライド」を取り戻そうと努力すると言うのが本来の姿だ。
そして、その「ブライド」が捨てられない、「馬鹿になりきれない」からろくな事にもならないと言うこともある。
しかし、「ノープライド」ではない。
そして、「テリーとたい平 のってけラジオ」のHPでは「プライドを持たずに全てをさらけ出せば、道は開けると知った。」と書いてあるが、実際はそんなことを言っていない。
言っているのは「プライドを持たない」「貧乏は怖くない」なのである。
別の言い方をすれば、「人に集って(たかって)生きる」と言うことである。
依存心が強く、「奴隷の平和」を享受するのを本望とすると思えてならない。

そして、3.笑顔。
これだけは良しとしよう。

ここので書いてくるとやはり妙だと思うのは、田村裕氏は多少嘘をついているか、つかされていると言うことだろう。
書評に戻れば「優しさ、謙虚さの人柄」なのだが、どう考えても決して「優しく」ない。
なぜなら、「相続」の場面でも見られたように、自分の子供にも辛い思いをさせても構わないと言うふしがある。
それは、「貧乏は怖くない」と主張することであって、本当は「怖い」に違いないのである。
そして、もし過去の自分と同じようなことが起きれば、自分を守るために容赦なく自分の父親と同じように「家族を捨てる」という事も想像させてしまう。
はっきり言って、田村裕氏の父親も「自分だけが可愛いエゴイスト」。
田村裕氏は、種々のインタビューを聞いてみても「感謝する」「恩返しをする」という言葉は聞こえなかった様な気がする。
そして、田村裕氏が言っていたのは、「ホームレス中学生」の印税で家を父親にプレゼントするという事だけである。
結局、田村裕氏というのは「身びいき」で、自分から何か貢献しようという感じが見られない。当然、世の中の役に立ちたいという「矜持」は見られない。
女性から見たら、こんな人物に将来を託すとは思わないだろう。
理由は、今まで述べてきた事で事足りるのである。

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2009年2月15日 (日)

AEON イオンの「地雷・クラスター爆弾をなくそう!キャンペーン」への疑問

AEON イオン「地雷・クラスター爆弾をなくそう!キャンペーン」への疑問

ここのところ、スーパーのイオンに行くと「地雷・クラスター爆弾をなくそう!キャンペーン」というのが、写真と共に大々的にやっている。
http://www.aeonretail.jp/kankyo/jirai/index.html
キャンペーン2月1日から3月31日まで‥‥‥‥

趣旨はHPによると
「現在 アジアやアフリカを中心とした約80の国と地域には、今なお推定一億個以上の地雷や不発弾が残り、戦争が終わって平和が訪れたあとでも、幼い子どもや女性を傷つけ続けています。
お客さまにご協力いただいた募金は、地雷や不発弾の除去作業、住民が新たに被害に遭わないようにする教育活動、被害者の社会復帰を目指した支援活動などに使用されます。」

‥‥と言うことでどうも日本の防衛というものと関係ないようだ。
地雷に関しては、ポルポト政権下のカンボジアやベトナム戦争のホーチミン群などの例が多く報告されているたが、大方内戦と言うヤツだ。
それにしても「キッヤチコピー」が非常に妙だ。
それは、「地雷・クラスター爆弾はいらない」というもの。
はっきり言って、かなり政治的な意味合いを持っている。
よくよく見れば、「毎日新聞」の資料提供やら、「TBS」の協賛のようだ。

こんな「ノーテンキ」に政治的なキャンペーンをやっている「イオン」の経営者は、余程「ナイーブ」でお寒い経済感覚を持っているに違いない。
なぜなら、「地雷・クラスター爆弾はいらない」と廃棄の条約に署名してしまったのは、極東では日本しかないからだ。
ウィキペディア(Wikipedia)によれば「中国、ロシア、北朝鮮、韓国、台湾といった東アジア周辺国は、クラスター弾禁止条約に参加していない。」のであって、核兵器も持たない「丸腰同然の日本」が真っ先に禁止した。
日本と言うのは如何に政治家、官僚というものが「軍事・防衛」と言うものに疎いのかが如実に分かる出来事だった。
かって、産経新聞社説で「【主張】クラスター爆弾 日本の安全が損なわれる2008.5.29 02:28」と警告がなされたが、政府は聞く耳を持たない状態である。
それでは、クラスター爆弾や「地雷」が無いときに「防衛する」としたらどうするのかと問われてもお寒い状態だ。
2008年秋の田母神俊雄・前航空幕僚長問題に対する現在の政府の対応を見てみれば、「防衛」と言うことなど何も考えていない事が良く分かる。
そして、事実軍事だけでなく、経済、国民に対する経済防衛という面でもなすすべがない。
だから今の麻生政権に対する支持が低迷する原因でもある。
要するに、国民の生活を守れない政権と言うことである。国民の生活を経済、軍事からも守れない政権というのは、本来存在する意味がない。こんな基本を麻生氏は分かっていない。
分かっているのは、自分が総理大臣と言うことしかあるまい。
そして、その地位にしがみつく軽蔑すべき人物と言うことだけだ。

その先棒を担ぐのがこのスーパー「イオン」と言うことなのだろうか。
もしそうなら、万が一日本が攻められたら「イオン」と言う会社が防波堤になって日本を守るのか‥‥‥などあるはずがない。
考えてみれば、「イオン」中国にも多くの店舗があって、言わば中国に人質を差し出している組織だ。
「地雷・クラスター爆弾はいらない」キャンペーンは、実際クラスター爆弾を廃棄もしない中国ではすることは出来ないだろう。
なぜなら、それは政治的な発言、政府批判であって即刻追放されるからだ。

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「春一番」で思うこと

「春一番」で思うこと

2009年2月13日関東地方では「春一番」が吹いたという。そのためか、今年は随分と早くより「眼が痒く」なった。
いわゆる花粉症なのだが、花粉症の症状は眼に一番早く来る。その後、鼻詰まりへ進行するのが通例で、徐徐に症状が重くなるというもの。
それで、早々と耳鼻科に行って薬をもらってきた。実際花粉症の薬というのは効き出すのに1週間ほどかかり酷くなってからだと、数日苦しい思いをしなければならない。
それにしても、最近マスクをしている人が多くなった。
実際、杉花粉というのは比較的大きい部類のようで、杉花粉が終わった後の「花粉症」には花粉用マスクの効果がなかったと感じることも多い。但し、ブタクサぐらいなら効果はありそうという気もする。
まあ、「フルナーゼ」系点鼻薬との相性が良くて、鼻詰まりに関しては何とかなっているのは有り難いものだと思う。

ここのところの報道では、パナソニックが従業員に10万円分の製品を買うようにというものがあった。
政治の世界では小泉元首相からも酷評されている「定額給付金」。
「各自治体はすでに給付金の支給に向けた準備を始めている。」と言うが、この交付手続きだけで800億円と言うから麻生政権の愚作として歴史に残るに違いない。
そ の上、「給付金9億円“上納金”に 警察ジレンマ」(産経新聞)に述べられている通り、「山口組など全国22の指定暴力団の構成員と準構成員は計約8万人 (警察庁調べ)。支給に暴力団排除の規定はなく、単純計算で約9億6000万円の税金が暴力団側へ流れることになり、警察幹部は『間接的に上納金になる可 能性もある』と指摘する。」
生活保護費については「『保護費を暴力団の資金源にしてはいけない』との理由から厚生労働省が平成18年3月、暴力団組員に支給しない方針を決定した。」と言うから、如何に出鱈目な「定額給付金」なのかというものである。
元々、「定額給付金」というのは経済対策としてのもの。
バラマキ人気取りの公明党が減税では税金を払っていない人に恩恵がないと言うことで、クレームをつけて広げたもの。
公明党の母胎である創価学会は、宗教法人だから消費税から、登録免許税、印紙税、~~税、税と名の付く税金は全て払わない。
そんな税金を払わないところが、税金を払っている国民の金をどうこうするというのは何やら妙なものだ。
そして、バラマキという「定額給付金」のシステムを役人が考えたから、減税ではなく給付金というものだ。
本来、車を買ったら「免税措置」とか、地デジ対応テレビなど、大型家電を買ったら年末調整か確定申告でいくらか払い戻すと言うことをすれば、経費などかからない。
その上、消費しなければ安く買えないから間違いなく消費に廻る筈なのだが、こういうことは役人が一番嫌がることらしい。
なぜなら、「税」が減る減税となるからなのだが、無駄な税金を使うより余程マシだ。
それにしても、麻生総理のメッキの剥げ方は酷すぎて、小泉元首相ではないが「怒るというより笑うほどあきれている」と言うのが、国民の感情によく似ている。
この様に政治感覚がない人物というのも珍しいもので、都合が悪くなれば○○大臣に聞いてくれと「責任逃れ」、上手く行けば「私の成果」というのは、人物として一番良くない種類のカス。
こんな人物が企業の社長なら直ぐに倒産するというのは常識だが、その場合には零細企業ならその社長は、「破産」という責任を取らされることがある。
しかし、一国の総理だと、責任を取らされて止めても「国会議員」だし、最終的にその責任の鉢が回ってくるのが国民だと言うことを考えると「冗談じゃないよ」なのである。

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2009年2月13日 (金)

第62回書道芸術院展 その2

第62回書道芸術院展も搬出が終わり、そろそろ表具屋に作品が戻っているところもある。
それで、改めて「図録」を見るとスライドとは大分違うと思うと思って、記録として展覧会場の写真を載せることにした。
それにしても、ブログの容量の制約によって大きな写真をアップロード出来ないのが時代遅れのブロクサイトである。
今無料でさえ、2GB程度は使えるのにMB単位だからね。
展覧会の入り口でもらった「図録?」。
昔は、赤い表紙に単に名前が印刷してあるものだったが、最近では写真入りの豪華な(?)ものとなった。
しかし、目障り‥‥と言っては失礼なのだが、財団役員の作品が並んで、お目当ての峰雲賞~~の作品に中々行きつかない。
作品鑑賞会も財団役員の作品説明を聞いてもあまり参考にならないというのが真実かもしれない。
なぜなら、毎年最低年二回(春と秋)に見ているし、又、実際展覧会場でも目に付くところにあるからである。

展覧会場の第1室は、こんな感じ。
特に、平日の午前中ともなるとゆっくり見られる。
ここでは、右手に大作の財団役員作品。
左手に審査会員以上の入賞作品、峰雲賞候補作品。「○○○○の眼」作品など注目すべき作品が並んでいる。

峰雲賞の坂本素雪先生の作品は、会場写真で見ると又違った趣がある。
そして、その廻りの4点は、最終選考に残った作品と言うことなのだそうな。
これは、スライド(プロジェクター)による説明があった。
但し、悲しいかな「最終選考候補作品」というのは、言わば「選外」であるために「無冠」というものである。
はっきり言って、「選外」は選外なのだ。
そのことを分かってもらわないと妙なことになるしね。

次に、審査会員候補に対する賞。

書道芸術院大賞を中心として、廻りは「準大賞」。
この10日は、大変良い日でしたねぇ。
外を歩いてみたら桜の花が咲いていた。


一転して、帝国ホテル・「富士の間」での表彰式。平成21年2月11日(水)

恩地春洋会長の挨拶。
そして、3番目の表彰。書道芸術院準大賞の表彰。

審査会員候補に対する賞としての書道芸術院大賞・準大賞というのは、実は別格の賞。
なぜ別格かというと、それだけで審査会員になれるからで、うちの社中でも「悲しいかな」精々「賞候補」止まりばかりである。
そして、その下に白雪紅梅賞(旧中村賞)という賞がある。
この白雪紅梅賞ですら「夢のような賞」で、何は兎も角「白雪紅梅賞」というものなのだが、ほとんど奇跡でも起きない限り貰えない。
ところが、白雪紅梅賞1回では審査会員になれない。秋季展での審査に応募して「秋季菊花賞」を貰うか、もう一度白雪紅梅賞を貰わないと、審査会員れないという「ガラスの天井」がある。
今年の準大賞受賞者には、4年前に白雪紅梅賞を貰っている先生もいて、冗談で、先に準大賞だったのなら、4年前だったのにと~~と。

それにしても、こんな写真を撮るのが小生だけとはね。
欲しいと、事務局長からメールが来れば即刻送付する立場なのだが、欲しくても撮っていなければ「無い」では困るから無理してでも撮る。

そして、そんな受賞者の記念写真。
女性は、何時も着物姿が良い、さすが日本人という感じがひしひしと感じる次第。

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2009年2月12日 (木)

世の中不況って‥‥本当と思わせる東京

この休みに、上京したついでに例のピックカメラやヨドバシカメラに寄ってみた。
平日となる10日昼間のヨドバシカメラ上野店は、何時も通りという感じだが、夕刻の新宿ヨドバンカメラでは、人が一杯だった。

かといって、商品を買っているかと思えば‥‥それは不明。
一転して、11日の有楽町ビックカメラは、入り口は芋洗い状態。
只、液晶テレビやデジカメの定点観測をしてみると、どうも購入している人を見かけなかった。
中には、パナソニックのカタログ片手に機種の横に値段を聞いて書き込むアランウンド40位の女性がいたりする。
うちあたりだと、部屋が狭いので液晶テレビでは32インチ程度がと思うのだが、32インチというのは今や「低レベル品」。
高性能のものだと最低37インチから。
今、32インチだと最新型でも通販で8万円台前半。
ヨドバシでも小規模店舗には、32インチは置いていない。
ビックカメラでもなぜか最新の高性能32インチはなかった。
いずれにせよ、常に販売店からのメールマガジンで通販価格をチェックしている今日、実店舗の家電製品、デジカメの高いことと言ったら「目が点になる」というものである。
デジカメは、カメラ専門店でも結構安いところはあるが、家電製品となるとそうもゆかない。
今日もパソコンソフトのアップグレードの通知でバージョンアップを申し込んだが、定価12,000円弱のものが4,000円を切る価格。
電気屋でパソコンソフトを買う事も少なくなったと言うものである。
その昔、秋葉原に家電製品やパソコン部品を買いに行く、ついでに寄って行くと言うこともあった。
しかし、最近は地方の店の方が安かったり、ネットで買った方が安かったりして「家電」の秋葉原もどうかと思う。
実際物が売れているのかと思うと、結構商品を買った箱をぶら下げていたりする。
小生も当然ビニールのヨトバシの袋を下げていた。
中身は、写真を配る100枚入り、250円はがきサイズの袋とカタログだけ。
ショボイものだな‥‥

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2009年2月11日 (水)

第62回書道芸術院展・表彰式  終了

第62回書道芸術院展表彰式  終了

平成21年2月6日から東京都美術館で開催されていた、第62回書道芸術院展が11日閉幕になった。
10日は、作品鑑賞会が東京都美術館講堂で午後2時より開催され、11日は、朝10時より帝国ホテル3Fの「富士の間」で表彰式が開催された。
こんな訳で10日、11日と上京し都美を回ったり、鑑賞会に出席したりして新宿の宿の帰ったのが夕方5時を大分回ったところ。
本来、新宿に荷物を置いて渋谷・東急まで行くつもりが、一旦休むと出るのが嫌になり、結局渋谷まで行くのは止めにした。
いろいろ予定外の今度の上京というのには、元々渋谷・東急へ行ってから作品鑑賞会に間に合うように都美に行く計画だったのをなぜか、当時前夜になって都美へ直通で行くことにしたことである。

そして、何やら気が重い雰囲気をもって都美の「第62回書道芸術院展」の受付に行ったのが今回の顛末の始まりとは気づかずにであった。
受付をやっている、見知っている先生の前まで行くと‥‥‥「おめでとうございます。」なんて言う。
正月も大分過ぎて、旧正月による新年かなと思ったりもするが、展覧会では何の気なしに良く「おめでとうございます。」なんて言う。
それが、どうも違うようなことであるらしいのが、「ここに載っていますよ」という言葉。
それは、書道評論家による選考で選ぶ「○○○○の眼」というものだった。
今回は、評論家の2人の選考だったが、小生は「青木利夫の眼」という方に載っていた。
部門で見ると、その部門では1人だけだった。


(赤○印は、峰雲賞選考候補の印。紙の緑は「役員」を示している。)

審査会員に対する賞としては、「峰雲賞」という香川峰雲先生を記念して名付けられた賞があって、1名だけが授賞する。
それは、名誉な事ではあるが、結構気が重い賞であると言うのも事実だ。
一方、「○○○○の眼」というのは、数年前から行われている「外部審査」というものである。
今まで、誰でも知っている有名な先生しか選ばれる事はなかった「○○○○の眼」なのだった気がする「○○○○の眼」である。
しかし、最近では他の先生も選ばれる事が多くなり、これに選ばれるというのは賞こそ貰えないが、「峰雲賞」に相当するというという解釈で良いのではないかという意見もある。
小生としては、今年は今までとは傾向を変え、気分一新して挑んだ作であったために、「吉と出るか凶と出るか」とい「気分が重い」作品であった事は確かだった。
結果、浜谷(芳仙)先生が今まで作品の中で「一番良い」と絶賛して頂いたのには、正に恐縮する思いでもあった。
いずれにせよ、「喜んでお言葉を頂いた。」
そして、多くの出会う先生から「素晴らしかった」というお世辞も、有り難く「頂いた。」
何やら、予期もしないことで「逆に今後どうしたらよいか」迷いが生じそうな気がする。
それは、祝賀会まで続くのであるが、それは後にして‥‥‥

恩地先生の説明で、作品鑑賞会が開催された。
鑑賞会というのは、主に財団役員の作品と峰雲賞、書道芸術院大賞、準大賞、峰雲賞最終選考候補の作品など。
薄暗い中での鑑賞会というのは、はっきり言って良く分からないところが多い。


(峰雲賞 坂本素雪先生の作)

何と言っても、作者本人に質問出来ないと言う欠点がある。
坂本先生の場合、祝賀会の席での壇上で長々と説明をなされていた。
しかし、宴会後半だったために、実際良く聞き取れなかったと言うのが真相である。

平成21年2月11日(水)の帝国ホテルでの表彰式は、富士の間。
書道芸術院大賞の富山の佐々木浩子先生(審査会員候補)は、昔の「振り袖」姿で登場した。
その振り袖の前が汚れているように見えたが、亡き師匠に書いてもらったものとか。

それにしても、佐々木先生は、第60回毎日書道展で毎日賞をもらったときより何やら「お痩せ」になった感があって、どうしたのでしょうかね。同じ富山の先生も言っていましたが、聞かず仕舞い。
祝賀会では、今年の春に子供が中学を卒業すると何やら言っていましたが、本人も「審査会員候補」を卒業して来年度から「審査会員」。
当番審査で一緒になったら、お手柔らかに願いますよホントに。

上位表彰者は、1人ずつの授与。
つけているリボンの花も立派。この辺は、「院賞」(無鑑査最高賞)あたりでしょうか。

それが段々下位の賞になるとばらけてきます。

最後に、謝辞にになりました。

謝辞は暗記したと、大昔の事を言ったら‥‥‥でしたが、結構短く端的に述べさすが「学校の先生?」です。

祝賀会は2階の「孔雀の間」   。

こんな感じで、盛大に行われました。

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2009年2月 9日 (月)

米国の深謀遠慮・2010年度農林中金破綻の筋道

米国の深謀遠慮2010年度農林中金破綻の筋道

米国がオバマ政権になって以降も米国経済において、抜本的な回復策というものは聞こえてこない。
この件に関して、以前のエントリー「強いアメリカ、強いドルを標榜するオバマ政権」その他で、いずれ「ゼロ金利政策」に見切りをつけ高金利へ移行すると述べた。
高金利へ移行すると言っても精々FF金利は4%以上にはならないと思う。
ところが、4%と言う数字が高金利に見えてしまうから今まで如何に低金利であったかと言うことがよく分かる。日本のバブル経済以前では、郵便貯金では複利で10%で運用できる本当の高金利時代があったことから見れば驚くに値しない。
そのブログエントリーに中で、米国政権が高金利政策に転換して、米国債を日本、中国などに買わせて経済を立ち直らせると言うシナリオの前提に
「米連邦住宅抵当公社(ファニーメイFNMA(Federal National Mortgage Association))と米連邦住宅貸付抵当公社(フレディマックFHLMC(Federal Home Loan Mortgage Corporation))など民間会社の政府保証を破棄する。」
要するに、この債権処理をしない限り立ち上がれないと述べた。
ついでに言えば、産経新聞編集委員 田村秀男氏が「推測するとおり」米国はドル安維持が望ましい。
なぜなら、ドル安ならばより多くの米国国債を買ってくれるからである。どうせ償還しない紙切れであるから多く買ってくれればそれだけ米国経済が助かるというものである。
しかし、債権を償却してしまうというのは中々難しい。
ところが、債権を限りなくゼロに近くする方法が別にあった事に気が付いた。

「ムーディーズ、米ローン証券格下げへ…金融機関にも打撃(読売新聞2009年2月8日02)」「【ニューヨーク=山本正実】米格付け会社のムーディーズ・インベスターズは6日、計3026億ドル(約28兆円)分の米国の商業用不動産ローン担保証券(CMBS)の格付けを下げる方向で見直すと発表した。
 金融危機の影響で金融機関などが都心部のオフィスビルから撤退、ビルの持ち主がローンを払いきれなくなり、CMBSが債務不履行に陥る可能性が高まっているためだ。格下げでCMBSの価値が一段と下落すれば、CMBSを多く保有する金融機関の経営にも打撃となりそうだ。
 格下げ検討の対象は、2006~08年に発行されたCMBSが中心とみられる。」

この記事にあるように、証券の格付を合法的に下げてしまうと言う手法がある。
確かに、債務不履行が多くなって価値が無くなれば格付は下げなければならない。
最終的には、ジャンク証券、債権と言うことになるかもしれない。
そして、その時前出の田村秀男氏が言うようにドル安が進めば、持っている債権者の外国金融機関の債権は限りなくゼロに近くなる。
そうなった時、時価会計を行っている金融機関はその資産を償却しなければならない事になるかもしれない。その時、米国は「金融危機の元凶になった証券化商品の償却が出来る。」ことになる。
さて、日本ではどうなのであろうかというとこんな記事がある。

「農林中金3月期増資、1.6兆円に 国内最大級(朝日新聞)」「‥‥‥に有価証券で運用しているため、金融危機が直撃。09年3月期は、大幅赤字に陥るのは必至とみられる。赤字になれば『住専』の処理に追われた96年3月期以来13年ぶりだ。元農林水産事務次官の上野博史理事長が3月末に引責辞任し、後任には河野良雄副理事長を軸に初めて生え抜きをあてる方向で調整している。
 すでに08年9月中間決算の時点で、証券化商品や投資信託などの含み損が1兆5737億円(単体)に膨らみ、自己資本が目減り。『09年3月期に含み損が倍増しても財務の健全性を示す自己資本比率10%を維持できる想定』(役員)で自己資本を厚くする。‥‥‥‥」

(産経新聞では、「上野博史理事長が退任する方向」であって「引責辞任ではない。」「上野理事長は、JAグループからの1兆数千億円規模の資本増強が3月末には完了、財務の健全性を高めるめどが付いたため、体制を一新する方針。」)

要するに、政府からの資本注入を避けて、今の天下り理事長は満額の退職金を貰って勇退し(?)、責任を取らされそうな天下りは来ずに、「後任には生え抜きの河野良雄副理事長」が就任するというわけだ。
予てから言われていたように、「政府からの資本注入」されると「退職金」の辞退というのは当然らしいから、早々と逃げたと言うところだ。
天下り官僚が逃げる、そして続いて天下り官僚がこないというのは、その組織が天下り官僚にとってもう甘い汁の組織ではないということ。

農林中金は、今年は何とか増資で乗り切ったが、「時価が簿価を下回る『含み損』は1兆5737億円(日経新聞)」とあるように、来期以降益々「含み損」が増える傾向にある。
その上、債権の格付が下がれば急速に進むはずだ。
間違いなく、平成21年度には同額以上の「含み損」が目に見えている。
その時は、政府による「資本注入」しかあり得ない。
要するに破綻と言うことになる。
その時、日本はどうするのか、今からでも考えておく必要がある。

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2009年2月 7日 (土)

改正薬事法 「資格」商法、特殊法人の金儲けだった??

改正薬事法 「資格」商法、特殊法人の金儲けだった??

平成21年6月1日施行される改正薬事法。
この法律で特徴的なのは、「大半の大衆薬のインターネット販売を禁止する一方、新たに設けた資格を持つ人材を配置すれば、薬剤師がいないコンビニなどでも販売が可能となる。」と言う事。
そして、その新たな試験というのが「登録販売者」資格というもの。
(医薬品の店舗販売業者等において、第二類および第三類一般用医薬品を販売する際に、2009年6月1日より必要(有効)となる都道府県実施試験資格。)
従来の「薬種商販売業認定試験」とは「開業の計画がある者だけに制限されており、個人に与えられる資格というよりも、店舗に与えられる許可という性質が強かった。(ウィキペディア(Wikipedia))」
今回の「登録販売者」は、「高等学校卒業かつ、1年間の実務経験のある者」で個人資格であるために、今まで事実上薬剤師常駐を余儀なくされたドラッグストアなどでは、第一類の調剤などを置かなければ必要なくなったという事だ。
これで、一時期の「薬剤師」資格ブームというのは過ぎ去ると言う事だろう。
そして、薬剤師資格ブームによって今後大量に生み出される薬剤師はどうするのかなどとゲスの勘ぐりを思ったりもする。

さて、「登録販売者」資格試験というものは、都道府県で行われるのであるが、「厚生労働省の検討会のとりまとめや薬事法施行規則改正案では、国の作成する「試験問題作成の手引き」等に準拠し、都道府県が問題を作成し試験を実施することとなっている。(ウィキペディア(Wikipedia))」
一応、「都道府県が問題を作成し試験を実施する」と言う事なのだか、現在では実施する都道府県によって合格率が84.5%から36.9%と難易度に差がありすぎる。(平均68%)
試験は住所に関係なくどの県でも受験可能だから、このままだと合格率の高い場所に集中する可能性がある。
これでは「登録販売者」資格試験と言うものの統一性が失われるというものだろう。
いずれ、この試験を行う特殊法人が設立されて統一問題又は、都道府県によって選べるサンプル試験問題というものが出来るはずだ。
場合によっては、その機関に一任すると言う事もあり得る。
今までの「薬種商販売業認定試験」とは違って、個人資格となる以上避けられないことだ。
こう考えてみると、規制の法律が一つ出来ると必ずその規制を満たす特殊法人が出来そうな事だ。しかも誰が見ても正当にだ。
「厚労省が、強硬な反対意見の中、当初方針通り、ネット販売を含む大衆薬の通信販売規制に踏み切ったのは、過去の薬害への反省から、利便性より安全性が重視されるべきだとの意識が働いたためです。(サンケイエクスプレス)」
という役人の一見まっとうそうな責任逃れは、実はあの「改正建築基準法」の考え方と全く同じなのである。
そして、「改正建築基準法」によって、建物構造が変わったのかと言えば全く建築に関して関係がなかった。原因となったのは、単なる悪質な手抜き工事会社だったにすぎない。そして、「改正建築基準法」、改正建築士法によって膨大で高額な更新講習収入、認定講習を生み出し、特殊法人の仕事を増やすのは、改正薬事法も基本的には同じ。

近年の規制強化という官僚の流れは、「一見反対出来ないような正当論」を振りかざして、知らず新たな利権を生み出す、規制緩和の流れに逆行するものである事を明記すべきだろう。

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経済に無知な指導者が牛耳る日本経済の不幸

経済に無知な指導者が牛耳る日本経済の不幸

報道によると、麻生総理は「郵政民営化見直し発言」などを言いだしている。
実際のところ麻生総理は、その場その場限りの思いつきで発言している様にも思える。
要するに、「明確な意図」をもって何をするというビジョンが見えない。
そして、今の不況をどう切り抜いて行くのかということも曖昧だ。都合が悪くなれば、官房長官に聞いてくれだとか、防衛相に聞いてくれでは総理の意味がない。
だからリーダーシップが足りないというのだろう。
ドラエモンの物語で言えば、前福田首相が「のび太」だとすれば、麻生総理は「スネ夫」という感じだ。
やはりどこかに「出来杉」くんか、「源静香・みなもとしずか」ちゃんがいないかと言うところだろう。
そして、小泉政権下での規制緩和から今は、一転して「規制強化」に動いている。
たとえば、「医薬品のネット販売規制、厚労省が薬事法施行規則改正の省令公布(2009/02/06)」
以前から、規制強化のよる官製不況の助長として挙げられたもので、大した議論もなくこんな政令を公布した。
規制されるものにはこんなものがあるという。

「具体的には、『ガスター10』などのH2ブロッカー含有薬や、『リアップ』などの発毛薬、『ウィンダム』などの水虫薬、『ルル』などの風邪薬、『コーラック』などの便秘薬、『ボラギノールA』などの痔薬はじめ、多数の一般医薬品が該当。」

建築基準法の無意味な厳格化による官製不況は、未だに解決していないのに、今度は本来自己責任の内に入るこんな医薬品の通信販売も規制するという。
実際、ロードサイドの薬局やスーパーへ行けば別に処方箋を持たなくても楽々買えるものだ。はっきり言って、こう言うのが官僚のお節介というものだ。
そしてなぜお節介な事をするかというと、「規制」には必ず特殊法人が絡む。そしてどこかに天下りが関係するというのか官庁の習わしだからだ。
そして、それが今までの日本をダメにしてきたのではないだろうか。
まあ、舛添要一大臣も随分とコケにされたものよな。

2009年2月5日朝の報道番組では、「政府紙幣の発行」「相続税免除条件付無利子国債の発行」という様な事の説明をしていた。
この二つは、「産経新聞」(2009/1/13)に田村秀男編集委員が言い出したことらしいが、雑誌「諸君3月号」でも、同氏が「中国経済『二月危機』は不可避である」の中で、同様な事を再掲している。
それを反映してか、政府は「政府紙幣の発行」に関しては、一笑に付したきらいがある。
称して、「政府紙幣は円天、マリファナのようなもの」としている。
田村秀男氏も「打ち出の小槌」を振るようなものと言っているのだが、何の裏付けのない紙幣が増えればインフレになる。
今デフレだからインフレをおこせと言う事らしいのだが、「政府紙幣の発行」すれば円ドル相場も円安になる。
しかし、インフレになって一番困るのはお年寄り、年金生活者、生活保護家庭だ。
しかも預金金利は、ほぼゼロ金利の上に目減りすると来ているから、生活破綻と言う事になる。
これでは、どう考えてもやれないというものだろう。
一方、「相続税免除条件付無利子国債の発行」

「与謝野馨経済財政担当相は6日の閣議後会見で、利子がつかないかわりに無税で相続できる『相続税免除条件付き無利子国債』の発行案について『金融・財政に詳しい方もそういうことを言っているので、勉強しようと思っている』と検討する考えを示した(産経新聞)」

相続税は、世界の趨勢は廃止する傾向にあるのに、日本だけが増税しようという妙な国だ。
日本が目指す増税国家がスウェーデンだとすると、その増税には政府への信頼が必要だという。そのためにかスウェーデンには相続税がない。
相続税が重税だとしたら、誰も国家など信頼しないものだというのは「共産主義」を見れば良く分かる事だ。
そして、相続税云々を言っている経済通と言われている人達というのは、どう考えても日本の「相続税」について分かっているとは思えない。
なぜなら、無利子国債を買うと言ってもこれは現金でしか買えないからだ。
要するに、相続税というものは金融資産を持っている人にしか懸からないと思っている様に思える。
しかし、相続税を払う人達というのは昔の「三反百姓」とか、零細中小企業という人達だからだ。
昔の大地主、お大尽など戦後の農地解放、財産税(税率90%)でほとんど破産して残っていない。残っているのは農地解放されなかった山持ち位だ。
そして、生み出されたのが小作人が農地解放によってタダ同然で手に入れた農地。
これが市街化地域に入って、今ではアパート経営、マンション経営というものだ。
相続となれば、この土地を売って‥‥ということなど今のような資産デフレでは不可能に近い。
要するに、今は不動産持ちは物納。
一方、零細中小企業経営者は、持っている株に税金がかかる。景気の良いところは銀行から借金でかもしれないが、場合によっいは会社整理して物納だ。
特に、土地を被相続人が会社に貸していればそれを物納しなければならない。
それでも『相続税免除条件付き無利子国債』があるのなら、銀行から借金して買う。
利子は、短期で3%内外。担保は当然「無利子国債」。
銀行は良い儲けになるが、払う方も結構大変だ。
そして、実際はかなりの課題がある。

そんな事をするよりは、本当は相続税を廃止してその分小金持ちには消費し貰う。
零細中小企業には、後の心配なく継承して貰うというのが国が一番安定すると言うものではないか。
富の再分配として、国が召し上げて今までどんな事に使ったのか。
国が行った「かんぽの宿」、「グリーピア」「私の仕事館」見て見てれば、とても国に金を預けられないという事が良く分かるものだ。

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2009年2月 6日 (金)

誤ったスパムコメント掲示による 関係者へのお詫び

2009/02/04付プログエントリー
「子供の進学と昔の勉強法との違いに戸惑う」の中で、コメントを紹介しました。
内容は、群馬県立中央中等教育学校に関するもので、内容が現状の合わないと思って調査しましたところ‥‥
「東京都品川区の中高一貫校、KR女学校の中学1年生」のものとほぼ判明しました。
従い、内容は事実無根で全く出鱈目です。

中央中等教育学校関係者の方々にはご迷惑をおかけしました。

近年、「【ブログ炎上】匿名でも本人特定 接続履歴から立件」(産経新聞)とあるように、「匿名性が高いネット社会」と言いながら、本人を特定出来てしまう事があります。
今回の場合、それこそ本人の背中まで迫る事が出来ましたが、相手が未成年と言うことだからでしょう。

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2009年2月 5日 (木)

FinePix F200EXR の驚異の作例

FinePix F200EXR の驚異の作例


今月、2月21日富士フイルムからFinePix F200EXRというFinePix F100fdの後継機が発売される。
富士フイルムのFinePix F200EXRのHPによれば、新開発「スーパーCCDハニカムEXR」搭載‥‥独自に新開発したカラーフィルター配列を採用。1つのCCDセンサーだけで、「高解像度」「ワイドダイナミックレンジ」「高感度・低ノイズ」の3つの撮像技術を実現しました。とあって、高解像度優先、ダイナミックレンジ優先、高感度・低ノイズ優先という機能を持つ。
メーカーでは、色々な機能というものを宣伝するのだが、実際のところ自分の環境で使ってみないと「あれ~~~れ」と言う事もある。
事実、FinePix F100fdでは、小生の環境ではアンダーに印刷されてしまう。
但し、最新のプリンターだとそうでないから環境によるというのは重要だ。
それでも、今回は「サンプル画像」をダウンロードして、印刷してみた。
プリンターは、数年前のCanonハイエンド機 ip8600。8色独立インクという今では存在しないもの。
用紙は、Canon純正、Professional Photo paper


(写真はFinePix F100fdを使っている。)

この様に印刷してみると、まるで一眼レフで撮影したような素晴らしいものになった。
特に、L版、2L番では肌の色合いの表現は素晴らしく、このPrinterでもこんな色が出るのかと驚くものだ。
大きいのは、A4でこれでもデジ一眼と思えるような画像なのだが、色が大分黄色みを帯びている。
デジ一眼では、L版ではくすんだ色で、A4程度だと明るい澄んだ色になる傾向がある。
これが逆なのは、コンパクトカメラの特徴なのか未だ検証はしていない。
但し、お店プリントなら2L版と同等な色合いになるのは間違いない。
次に、各社のハイエンド機のサンプル画像を印刷してみた。(L版)



小さく縮小してしまった写真なのでよく分からないかもしれない。
右端の上下二枚が、PowerShot G10
下段は、左からリコーGRDII、PanasonicLX3、リコーR10
実際は、もっと多くの写真を印刷したが、人物作例がないものもあった。
例えば、リコーのGX200などは風景中心で人物作例はなしというものもあり、作例がないカメラは、そう言うものは苦手と考えて良いかもしれない。
さて、この中でダントツなのがFinePix F200EXR。次に安定して良い「絵」を生み出すのがPowerShot G10 。
リコーGRDIIでは、ノイズと色調がもう一つ。PanasonicLX3は、Panasonic色という何やらぬりえの様な雰囲気とノイズの消しすぎ。
リコーR10は、リコーGRDIIと良く似た傾向と言いながら、解像度でGRDIIと比較にならないというもの。
そして非常に不思議なのは、ここに出していないFinePix F100fdの作例。
車の暗部にプリンターの筋が出ている。
ほぼ真っ暗と思えるPowerShot G10 のサンプル写真の花では余程拡大しない限り気が付かないと言うのにである。
これは、Printerの性能限界かもしれないが。
いずれにせよ、現時点ではFinePix F200EXRというのは、是非とも購入したいカメラのような気がする。
但し、今の価格¥42,800(価格コム)では手が出ない。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
それと、本日FinePix F100fdを起動したら、TranscendのSD4Gbがカードエラーになった。
一端電源を切って入れ直したら正常に使えたが、FinePix F100fdとTranscend SDとは相性が悪いのが実証出来た感じがする。
何せ1ヶ月間で2回もあった。
即刻東芝製に入れ替えたが、本当に不能だったら青ざめるところだった。

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西尾幹二先生に先を越された、保坂、北岡、半藤、五百旗氏批判

西尾幹二先生に先を越された、

保坂、北岡、半藤、五百旗氏  批判

保坂正康、北岡伸一、半藤一利、五百旗頭真、御厨真氏など堂々とした評論家、東大教授などの偏狭な歴史観に関して、
「時代に立ち止まる歴史・評論家の保身の真実」
と題して、一文を書こうと思って「案」を錬っているうちに年を越し、雑誌「諸君3月号」で
‥「米国覇権」と「東京裁判史観」が崩れ去るとき‥‥と題して西尾幹二先生が寄稿し、先を越されてしまった。
ここで、保坂正康、北岡伸一氏などついでに秦邦彦氏などを中心にしてそのメンタリティを暴いている。
以前から、保坂正康に関しては、同じ「諸君」に連載している「ナショナリズムの昭和」で違和感を持っていたものである。
酷いのは、あの元共産党員だったと暴露したナベツネか主導した読売新聞の「昭和戦後史」(保坂正康監修)だったような気がするが。
3月号で40回を数える長期連載なのだが、従来からの戦後の表面で捉える一般的な「欺瞞」に満ちた戦後史というのは腹立たしいというか、まだそんな事を言っているのかと思わせるものばかりである。
何故なら、占領下の吉田政権は、世界の常識で言えばGHQ(米国)の傀儡政権であったはずなのだが、これを民主主義政権の様に偽装している。
実際のところ、検閲があったから国民にはそのように思わせる言論統制であって、その言論統制下のことを真実の歴史と書くとおかしなものになる。
そして、社会党はソ連からの資金援助をされていたのが明らかであったし、自、社対立と言いながら事実上のデキレースであったことなど後年バラされている。
しかし、こういうことは一切書かない。
事実関係を朝日新聞の縮小版でも参考に書いているのだろうが、それだから今では常識である日本国憲法がGHQの翻訳であることなどはほとんど素通り。
日本国憲法に関しては、読売新聞が米国の公文書館で公開された文書によって米国製を暴露されるまで、自主憲法派とGHQ憲法派と産経新聞で論争があったくらいだ。
保坂正康歴史観では、日本国憲法に関してGHQ憲法とは決して書かない。
何故なら、検閲された新聞にはGHQ(MacArthur)憲法とは書かれていないからだ。
しかし、昔の学校の教科書には、GHQ(MacArthur)憲法と臭わせる記述が沢山あった。
それは、芦田修正という例の第9条の修正。
この部分のGHQから示された原文英文翻訳を芦田均憲法改正小委員会委員長がGHQと交渉して変更したという記述があった。

一方、北岡伸一氏は、時の政府にすり寄る達人で、東大教授から国連大使までやった人物で、過去ブログでその偏向した意見を暴露している。
特に面白いのは、読売新聞のコラムを書くのに「朝日新聞」の記事を使うなど、「朝日新聞論調」信奉者であることが良く分かる。しかも、大した内容がない。
その他、半藤一利氏に関しては、雑誌「正論3月号」で潮氏が滅多切りにしている。
題して「軽薄な進歩主義を掲げた凡庸な歴史家」。半藤氏は、元々朝日新聞の記者になりたかった人だったそうだから、こういう似非保守派というのには、「朝日新聞」信奉者が多い。

この様な「東京裁判史観」を持った人達が、マスコミに登場して書くのは昭和史だけ。
それも、総力戦という戦時体制を批判するばかり、それは南北戦争でリンカーンが事実上の独裁で戦争を勝ち抜いた後、リンカーンは独裁したと批判したのに似ている。
今では、リンカーンを偉大な大統領と評価しているが、それは南北戦争で勝ったからに過ぎない。
こんな単純な原理を無視して、歴史を書く。
西尾先生は、「世界を見ない自閉的自足的日本現代史を展開してきた‥‥それがほころびだした。‥‥中略‥‥『学問』とか『実証』とか『確かな史実』とかいって(従来からの歴史観という)信仰を押しつけてくるのは、枠組みが毀れだした不安の表現です。」
()内は、syuunの補足。
実際はもっと詳細に続くが、日本には国民の意識から遊離したマスコミ、学者、政治家などかなんと多い事かと今更に思う。
国民の意見が国政に反映されない。
それでは、民主主義国家ではない。
今の麻生政権を見ても分かるように、官僚統制国家であるというのが良く分かる。
福田政権も末期になって、民主主義の基本民意を感じたようである。最近、麻生政権も国民批判によって、民意を感じてきたのかも知れないが、それでは遅すぎると言うものだろう。

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2009年2月 4日 (水)

子供の進学と昔の勉強法との違いに戸惑う スパムコメント削除

子供の進学と昔の勉強法との違いに戸惑う

2月になって動き出した事の一つに子供の進学がある。
中学生となるとすると、もう学校訪問という案内が出回って、授業から部活までを見て中学校生活の予定を立てる。
こんなことは、自分の頃などにはなかった。
何故なら中学校へ行けば「進学、受験」ということばかりだったからだ。
戦後のベビーブーマー直下の世代としては、部活などやっていると「進学出来ないぞ」と脅されたものだった。
実際は、バレーボールの選手をやっていて学年(約540人中)で時として、成績一桁の人物(その後、工学博士)もいたから実際はどうなのか分からない。
今は、「部活」は必修での様で、それも目立った成績を残せないと良い内申書にならない‥‥高校に受からないと言うのだから困ったものだ。
しかし、それで矛盾するのは、そんな程度の部活では大学へ行くのには全く関係ないという事だ。
小生の兄の時代では、時代をもっと遡るからTV以前、ラジオの時代だ。
それで当時「電気部」というクラブがあって、十数人の弱小クラブは、兄(部長)が受験で退部する頃には50人超の大組織(最終的には掌握不可)になったという。
こんなものは、受験には関係無い時代だった。
昔を見れば、高校受験は内申書などあって無きがごとしの試験一本勝負だった。
それで、大方の受験合格範囲というものを決められて、最終的には滑り止めを受験合格して上で、本人の希望でトップ校を受けた生徒がいた。
だから純粋にトップ校不合格というのは、極めてまれだった。
それで、当時の我がクラスでは前高には5人受験で全員合格。前女は6人受けて4人合格。絶対受かると思われた1人が落ちて、落ちると思われた1人が合格。
その後は、トップの女子学生2人は医者と教師になったし、落ちて滑り止めで止まった1人は、当時の前女でも学年50番以内でないと入れないと言われた大学に入り今は教師をしている。要するに中学時代の成績そのままになった。
今ならはあり得ないだろう。
そんな部活の苦労をしなくても良いと言うのなら、中高一貫の公立校がある。
いわゆる実験校という部類で、来期で創立6年目‥要するに試験で受かった全生徒が揃う。
元になった高校というのは、今は廃校の憂き目だが理系進学が叫ばれていた頃に全国に理数科という特別進学クラス(昭和43年群馬県で初めての理数科を設置)が作られた県立高校(平成21年3月閉校)だった。
その第一期生は、前高、高高よりも偏差値(当時はなし)が高かったが、前橋から進学した話は聞かなかった。それが、石油ショックと共に理数系ブームが去ると閑古鳥が鳴き始め、普通科と変わらなくなって、実は前高、高高よりも完全にランク落ちの高校であるが故に事実上消滅した。
HPを見たら、18年度まで生徒を募集して、21年3月に卒業して廃校だった。
何やら英語教育を重視していた高校のようだが、歴史が浅くて(昭和38年創立)知名度が無い高校というのはあまり行きたくないものだ。
今年の四月から中央中等教育学校という実験校へ完全に生まれ変わるが、何やら難しい問題もあるのかなと思うものだ。
それは私立の中高一貫校とは全く違う成り立ちと組織構成というもの。
私立中高一貫校は、中学1年から高校の授業のようなカリキュラムを組んで、高校1年か2年で全授業終わらせるのがお決まりになっている。
ラサールみたいに成績順に席が決まるというえげつないところもあるからかなり厳しい。ところが、公立校はそうはいかない。
但し、受験がない分妙な勉強に強いられないが、結局予備校に通ってダブルスクールを強いられることになる。それでも普通の公立中学よりまだマシというものかも知れない。
一番の問題というのは、進学率というもの。
ここ3年の大学進学率の推移で、希望者が激減する可能性がある。
初期の適正試験は、小論文重視であったために、数学が特に弱いという噂がある。
そんな試験が3年続き、近年は突如一般の中高一貫校並程度の試験になった。
そして、小論文は今やオマケの順番づけというものだ。
多分採点は、適正試験I全問正解+αを予備合格ラインとして、それ以下は適正試験IIを採点しない可能性がある。要するに、適正試験I重視。
書道の審査でも、国家試験の審査でも数値という客観的なものが出ないものは、早めに合格と不合格を選別するというのは常識だ。
入試試験だから最終的には全部採点するとしても、適正試験I重視なら適正試験IIを採点してそちらが満点でも関係ないと言うものだろう。
それが試験の現実というものだ。

さて、その昔小生の頃は、群馬大学の附属中学が中学校から50人程度募集していたから、ここが「お受験」だった。
実際、東大合格者、有名大学医学部進学者の何人かは間違いなく附属中学出身者だった
しかし、ベビーブーマー世代が卒業していった後、優秀な子供ばかり集まり教育実習校として相応しくないという理由だか、小学校からのみの募集になった。
それで、現在前橋、高崎からの「お受験」は群馬県立中央中等教育学校と言う事になる。
今のところ、前橋、高崎の小学校から1人程度しか受からない高難度の学校(受験倍率約5倍‥開校時約10倍)なのだが、小学校の成績優秀者が全て受験しないところがミソ。

要するに、卒業すれば新設校であるし、母体となった群馬県立中央高校も2番手の高校であるからだ。
廃校‥‥又は発展的廃校もあり得るし、群馬県立中央中等教育学校のステータスは「元の中央高校ね」と言うものだからだ。
それで、高校は伝統高へと言う話しも聞く。

それにしても、「東大合格生のノートはかならず美しい」という本の話を聞いて、「なぜ」と思ったのは、大分古い人間だと言う事を思い知らされるものだった。
何故なら、昔は再び開いてみるノートなどあまりなかった。
高校時代、英語で100点しか取らなかった秀才のノートには落書きしか書いて無かったし(全て頭の中)、第一サブノートなど作っている暇がなかった。
それが、今の学生はノートを作る。
要するに予備校や塾で教えられた受験テクニックのノートというものだろう。
昔、前高ではまともに教える教師はいなくて、雑談で授業は終わり試験範囲は、開いてもいない教科書のページを言うだけ。
教えていないところは(全て教えていないが)、自分で勉強してくださいだ。
昔、今のような塾があったなら、楽だった。
その教師がその後高校の校長になった。
その下で、数学教師をしていたのが当時の同級生というのは皮肉なものだ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
中央中等教育学校の関係者と思われる 人から コメントをいただいたので紹介する。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
(一部修正してあります。)


公立中高一貫校も、バリバリ先取り学習(高3までの内容を高2までに終わらす)をします。
「中央中等」もそうですよ。
ちなみに、中央中等の一期生の模試の平均偏差値で、高高(高崎高校)をわずかながら上回り、前高(前橋高校)に次ぐ2位になっているようです。
進学実績も期待できそうです。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

この書き込みは、あるところからの調査の結果「香蘭女学校(東京都品川区・中高一貫校)」生徒と見られる「スパム書き込み」でした。
但し、香蘭女学校の生徒らしいと言う事にしておきます。
改めて、お詫びします。

結果は、来年分かると思いますけどね。

しかし、中央中等は今高二までで、今の高三は中央高校の生徒。
高二で大学の模試などやるのかなと思ったりもする。
そして、前高、高高も一学年は、320人程度で、昔から下位三分の一は「三流校並」と言われているところ。
それから見ると、中央中等は低すぎやしないか。
少なくとも、前高、高高よりもダントツに高くないと釣り合わない筈なのだが。
こんな疑問がある。
そして、中高一貫の私立高校並みの授業と言うが、私立校は「公然の秘密」としてやっているので、高校の授業を中学でしてはならないのが決まり。
別の言い方をすれば、中学でやる授業を終えて高校の授業を補講でする分には関係ないというもの。
公立校がどこまでやれるのかと言うものがあると同時に、受験校として「制度設計」されていないという部分があることは、群大の附属中学と同じ矛盾がある。

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2009年2月 2日 (月)

2月節分を前にして思う事

2月節分を前にして思う事

平成21年1月も何やら過ぎ、2月になってあと少しで節分を迎える。
世の中と言っても自分自身の廻りで起きている事に関しては、もう既に今年の春からの出来事が予測される。
‥‥と言うかもう既に多くの事が起きている。
節分を期に予想に反して大転換したもの、も不思議とあるのは今年は先が読めない年なのかも知れない。
今になって、1月下旬の「嵐の前の静けさ」は終わり、春先のことまで現れてきてしまったのには驚きを隠せない。
一月末(2009/01/24)には、市民展の搬入だった。
例年搬入当番をやっているのだが、今年は昨年まで使っていた公民館が廃止になり「前橋プラザ元気21」に移ったので別の公共施設を使った。
廃止になった公民館というのは、TVドラマ「ゴンゾウ~伝説の刑事」、「SF忍者」、「GacktPV」、「stoopyriderPV」、「斬KILL」のロケ地として使われているところで 、近年使いやすい建物として有名だ。(読売新聞)
それが、元の市立高校の跡地に作られた総合福祉会館(?)というところになった。
元々高校だったところだから駐車場は広く、車で行くのには困らないし裏通りに面していて混雑もさほどではない。
しかし、ここの施設というのは3階まで吹き抜けの体育館のような広いフロアが一回にあるものの、階段を利用しようとするとまともに上階まで上がれないという不思議な施設だ。二階に上がり、3階に上がろうとすると階段がない。
階段は、回廊の様に吹き抜けの周りを回る廊下の反対側なのである。
たまにいったら、エレベーダーでも利用しない限りどこにも行けないような施設。
そして、自動販売機で缶コーヒーでも飲もうと思うと、寄付金が付いて一般より10円高いと言うところ。
それは兎も角も、小生の関係する部門では出品点数は昨年から見て1点減だった。
書道部門は、全体で何点だのか今年は当番審査員ではないから詳細は分からない。
昨年通りとするならば、600点前後700点には届かずか。
県書道展の2,000点強には遠く及ばないが、群馬県で2番目に大きい公募展に違いがない。(但し、市民展の総出品点数は絵画、写真部門を含めるので遙かに多い。)
前橋市民展も今では審査も終わり、2月末の表彰式、祝賀会、陳列を待つのみ。
審査もどうなったのか、悲喜こもごもである。

2月になって変わった事。
下らぬことなら、申し込んでおいたCCカードが二枚届いた事。

その他は何やら言いたくない、がっかりする事ばかり。但し、書道とは関係なし。
本当は、がっかりしなかったら書こうと思っていたのだが、書く気が失せたと言うものだ。
だから何が変わったのかと言えば、元の軌道に戻ったまでなのだが。

CCカードは、ガソリンを入れるためのJOMO CCカード。これを使うと3円/L安くなる。
ガソリンが安くなるカードというのは、このJOMOカードの他にMIDOカードやその他NTT、UCSカードでも2円/L安くなるが、スタンドのカードの方が分かりやすくて良い気がする。

もう一つは、K-Power Cardという携帯電話料金を(5万円使うと凡そ1500円)割り引くというカード。
そもそもこれに乗り換えるというのは、P-oneという元サティブルーカードの特典(割引き上限1,500円まで)が悪くなったからに過ぎない。
こういう不景気だから、少しでもメリットを見つけようという試み。
みみっちいことかも知れないが、例え月額1,500円でも年間18,000円。
バカにならないのである。

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2009年2月 1日 (日)

日本の経済学者は旧帝国軍人並に応用効かず

日本の経済学者は旧帝国軍人並に応用効かず

最近の日本経済を論ずるビジネスコラムを読むと、一様に経済学者、経済評論家などなすすべがないという論調である。
2009/01/31の朝日新聞朝刊(13版)を見ると「日立、純損失7000億円」とあり、中身の経済、政治論調も何か「お先真っ暗」という雰囲気が臭う。
少しぐらい景気の良い良い記事を探して書けと言いたくなるような、新聞である。
日立などは、純損失7000億円と聞いても実はあまり驚かないという感じがある。
なぜなら、最近家電や民生用のパソコンその他において撤退や縮小、そしてどう考えても売れそうもない物ばかりが目立つからだ。
家電などは、同じく一面に「NECが2900億円」とあるかってのNEC家電の様な感じだ。
要するに、日立にしろNECにしろ日本国内への内需というのではなく「部品メーカー」に成り下がった結果であって、米国に品物が売れなくなれば売り上げが落ちるという米国に寄りかかった経営だったと言う事である。

ここで経済と言う事をもう一度見つめ直してみると、非常に妙な事に気づく。
それは、経済学者、経済評論家には、東大出が多くしかもほとんどが米国に留学しているか、MBAを取ったりしている人達であると言う事だ。
昔の陸軍で言えば、幼年学校、陸士、陸大を出て陸軍参謀、参謀本部、陸軍省に勤めるという人達に似ている。ちなみに、幼年学校出身でないと陸軍省に務められないらしいとどこかで読んだ。
その旧帝国陸軍参謀殿の応用力のなさというのは、数々の戦記物で暴露されているだけでなく、現実と希望を意識的に取り違えるという愚かな事をして大損害をも起こしている。帝国海軍も別に特別ではないとは以前書いた。
その様に見てくると、日本の経済(官僚)学者は米国で学んだ経済を日本に無理矢理当てはめようとしている。
そこでその手法が上手く行かないと「何故だ」と昔の軍人さんのように言う。
昔の戦争の時、蒋援ルートを攻撃するに当たって、英国軍と戦った。
この時「陸大」で教わった半分の軍隊を後ろに回して挟み撃ちする。即ち「武田信玄のキツツキ戦法」で成功したとする。しかし、2回目はこの戦法は「上杉謙信」流にやられて上手く行かない。
しかし、参謀が変わると又同じことを繰り返して、失敗して「何故だ」。
こういう馬鹿な事を繰り返しているのが、今の経済を司る為政者、評論家、学者という人達だ。
日経ネット・BizPlusのコラムに斎藤精一郎千葉商大大学院教授が「第81回『日本経済は新たな『5年不況』に入った!?――"過剰"問題の重圧を直視せよ』(2009/01/30)」と9ページに亘る大論文を書いている。
ところが、7ページまでは世界、日本の現状を述べたまでだ。
そ こで「03~07年の『牛に引かれた世界好況』において、日本もその『おこぼれ』にあずかり、いざなぎ越えの景気回復を享受したから、企業は設備投資を積 極化させるとともに、非正規を含め雇用増大を進めてもきた。」というのは、小生、筆者の考えるところと同じで、いみじくも与謝野経財相が「陽炎(かげろ う)景気」と名付けたのも良く分かる。但し、与謝野大臣は「実感のないままだらだら続き、かげろうのようにはかなく消えた」と言うようだ。
しかし、実態は慶應義塾大学経済学部准教授土居丈朗氏が言うように、「ア メリカのドルだけでなく、ユーロなど日本の主要な貿易相手国の通貨に対する円の価値を示した『実質実効為替レート指数』でみると‥‥中略‥‥2005年か ら2007年にかけての実質実効為替レート指数の値は、1985年のプラザ合意以前の水準(1ドル=約240円の時期)に相当します。実は、最近の急激な 円高が起こる直前までは、1980年代前半の時期に匹敵するほどの円安水準だったのです。」
と異常な円安であったことを述べている。
それは、以前述べたように「円キャリー取引」によって海外に出た円はドルに変えられ、回り回って日本を潤したということだった。
ここで、斉藤教授は「03~07年の2けたの高度成長は、『牛に引かれた世界好況』というバブル的僥倖(ぎょうこう)に負う面が大きく」と牽引した米国経済を「牛」に例えている。
そして、日本の現状を「日本版・2+1の過剰」と称している。
それは、企業の「過剰設備」、「過剰雇用」と政府の「過剰債務」と言うのだが、企業の「過剰設備」、「過剰雇用」とは日本国内ではなく、海外生産であると間違いなく言える。
何故なら、フジフィルム系は、ゼロックスも含めて全て中国生産にしているからである。
実際、トヨタ自動車では海外工場が50工場以上(26ヶ国、51社)(Wikipedia)もあると言われている。(国内直営12工場)
斉藤教授は、日本経済を維持するためには
1、「年間10~15兆円の巨額な財政出動が可能かである。」
2、「政治的ビッグバン」
またもや「最終兵器は大胆かつ異例な財政出動しかない。」
「『霞が関』の政策的呪縛(じゅばく)を打破する、新たな政治力であり、それは『政治ビックバン』によってのみ、可能となる。」
3、「輸出型産業構造の転換」‥‥ところが「この産業構造の転換は一筋縄にはいかない。だが、日本経済をめぐる環境は、ここ10年余りで様変わりしている。」
「80年代後半に内需型産業への転換をうたったが、人口減少・高齢化が進み、もはや内需市場をターゲットとする成長も至難だということ。」

それで結局
「今次世界危機がいつまでも続くわけではない。世界不況が終われば、日本企業も成長する海外市場をターゲットにすることが不可欠になる。ただ、それは輸出ではなく、海外投資によって拠点を海外に持ち、そこをベースに海外市場を攻略することだ。」
「ビジョンとしては、『先端製造業立国&海外投資立国モデル』である。」
要するに、米国の経済が立ち直らなければ、どうする事も出来ないという他の経済学者とおなじ結論に到達する。
そして、「巨額な財政出動」というのは、野村総合研究所主席研究員リチャード・クー氏と同じ意見である。
コラムでは、米国経済を論じているが、低金利なら国債の利払いが少なくて済むなどという何やら後ろ向きの議論には、何時ものクー氏の発言とも思われない。
かっての米国の大恐慌は、あのローズベルト大統領によるニューディール政策が有名なのだが、実際は二次大戦による巨大な財政出動の結果だと今では言われている。
しかし、続いてその後のことは不思議と述べない。
その巨大な財政出動は、大戦によるヨーロッパ、アジア諸国の生産基地崩壊から、その地域への輸出という形で元を取ったのである。
そして、大戦の影響から立ち直ったヨーロッパ、日本などで消費財が生産されると共に米国では、消費財の輸入国となり、赤字国になったと言う事である。
従って、「巨額な財政出動」による経済再建というものは、不可能に近い。
実例は、共産圏を見れば分かる通りである。

しかし、斎藤教授も実は、本当のことを知っていて言わないのではないかという事が以下の文章で良く分かる。
「金融政策で基準金利が1%以下の超低金利水準になった場合、金融当局が行える手段は、非伝統的金融政策の量的緩和策だけだ。
この場合、量的緩和策で経済主体の行動や市場に影響を与えうるのは『インフレ期待』を浸透させ、実質金利(名目ゼロ金利-期待インフレ率)をマイナスに誘導できるときである。」
「だが『インフレ期待』という心理効果が働かない、いわゆる『不況の極』の場合は、現在のバーナンキ米連邦準備理事会(FRB)議長のように、たとえ非伝統的な手法を全開させても、ほとんど効果は生まれない。
‥‥中略‥‥こうした『不況の極』では、いかなる異例かつ異常な金融政策をもってしても、需給ギャップは埋められない。」
『不況の極』とは、所謂「流動性の罠」に嵌ったときである。
「流動性の罠」になった場合、金利は意味をなさない。
そして、米国経済学では「ゼロ金利政策、低金利政策」では理論を構築されていないと言う事だ。
早く言えば、米国経済学では「ゼロ金利政策、低金利政策」では全く役に立たない。
何故なら、米国経済学ではおおむね5%前後の金利の時を想定していて、その程度の金利の時に経済が上手く回ると言うものだからだ。
お金が動く原動力というのは、「金利」である。
ゼロ金利なら動かなくなるというのは、米国経済ではなく経済の原則を知っていれば良く分かるはずだ。
日経ネットPlus「ニュース交差点・迷走 日本の政治」「民主党、マクロ経済政策は不十分(2009/01/29)」
で東洋大学教授のあの高橋洋一氏(小泉ブレーン)が「民主党の政権担当能力を考えた場合‥‥‥利上げ・円高」論では落第と称し、「借り入れに頼って経営する企業への影響という観点からの議論は抜け落ちている。」と述べている。
そうであるならば、「ゼロ金利・低金利下」で貸し渋りや貸し剥がしなど起きなかっただろう。
大企業は、今日銀がCPを買いまくっている通り直接金融に依存し、中小企業は高金利の時の借金の返済に追われ、滞れば直ぐに差し押さえ競売。
そして、そうでなくとも先の「貸し渋り、貸し剥がし」が行われてきたことを考えれば、詭弁であると言うのが良く分かるものである。
そして、リーマンショック以前、日本の大銀行は景気の良かった米国などの投資銀行に融資して日本には融資しなかった事を見れば、日本国内には金がなかった「陽炎(かげろう)景気」と言うのも頷かせるもだ。

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