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2009年3月22日 (日)

ほくほく線で行く富山

この彼岸の時期に、富山に用事があって約6年振りに特急「はくたか」に乗った。
「はくたか」は北越急行の「683系はくたか」「スノーラビット(エクスプレス)」 (SRE)で 6年前に乗った車両とは雲泥の差だった。
前回乗った車両がどんなものだったか覚えていないが、何やらスピード感があって又トンネル内に入ると衝撃音が奔ったものだった。
それが、683系ではまるで新幹線の様にスムーズかつスピード感がない。



ウィキペディアで調べてみたら485系という昔の東海道線を走っていた車両のようだった。2005年に681・683系に運用車両が統一とあって、やはり新型だった。
「681・683系は在来線最速の160km/h運転が可能であり、681系は長大トンネルでの高速運転に対応して気密性や戸閉め装置の強化が図られている編成の限定運用となっている。また683系は「はくたか」使用車以外は160km/h対応は準備工事にとどめてある。」(ウィキペディア)



越後湯沢はスキー場の筈なのだが、もう彼岸なので雪がないのかという感じだった。
実際、雪を見たのはほとんどこの辺くらいから山間程度。昔、直江津などは豪雪地帯と言われたものだったが、今回見るところ雪の影形もなかった。



直江津では、快速列車というのが入線していたのだが、関東ではあまり見た事がない車両。
昔の特急だったのかなと思わせた。



関東では、新特急という快速並みに遅い特急など随分安っぽい車両だった。
今回の連休の合間の土曜日。
ほくほく線「はくたか4号」は、結構空いていた。
昔の何やら緊張感漂う列車の旅と言うより新型車両になったために、余裕、リラックスしたものだった。
それにしてもこの「はくたか」というのはのんびりしている。
湯沢から車両に乗るときに別に機械にキップを通すわけでもなく、又車内検札に来るわけでもない。
高崎線の新特急「あかぎ」だと停車駅ごとに何回も検札に来る。但し、ほとんど自由席なのだが。
そして、車内販売もありきたりのもの。
駅での停車時間は直江津で2分停車他1分停車で下りるわけに行かないところだ。
以前は、昼飯はどうしたものだろうかと考えている内に富山に着いてしまった。
富山駅は何やら改修工事をやっているようで、駅ビルの二階へ行けばそのまま行けるのは帰りの時に分かったが、工事現場の様なところを通って改札を出た。
それにしても、関東の様に機械での改札がないから何やら妙な感じだった。
富山駅は、改札付近はあまり変わらない気がしたが、6年前では土産物が1階だった。



それにしても、富山には路面電車があったのだっけと今頃気づいた。



昔、都電が走っていた頃の電車の音は大きかったが、今では静かなものだ。
都電が走っていた頃、東京の親戚の家に泊まりに行き、始発の路面電車が走り出すと目が覚めたものだった。


EU仕様の車両もあるようで‥‥それにしても連休の合間で車が少なかった。
そして、帰りは2009年3月22日の13時50分富山発のはくたか15号。
JR西日本の681系0番台「ホワイトウイング」 (WW)



彼岸の連休帰りに当たって、大混雑だった。

乗った車両は5号車。
土日の5号車は、指定席なのだがそれが分からなかった乗客が結構乗り込んできた。
だから、指定席車両の通路には指定席券を持たない乗客。
そして、空いている席には乗客が乗ってくるまで勝手に座る状態だった。
それにしても酷かったのは、6号車が喫煙席の自由席。
通路、デッキに人が鈴なりだったから6号車の煙が5号車に流れ込む始末。
これでは、禁煙席の意味がないと言うものだ。
そして、丁度小生の隣の席が空席だった。
空席なのは途中の駅から乗ってくる乗客がいるからなのだが、大きな旅行バックを持った爺様が勝手に座った。
座っている本人も停車駅ごとに座席を外してという何やら居心地の悪いものだったが、隣の小生も気になって居心地が悪い。
その席も1時間ほどしての直江津から女子大学生風の女の子が、小さな鞄一つで乗り込んで来た。
座るや否や、イヤホンをしてニンテンドーDSをし始めた。
ケーム内容は何だったのか、良く分からない。
その内「ポン、ポン」という打撃音の変わったかと思ったら、卓球になっていた。



直江津から北越急行ほくほく線に入るのだが、線路の音が違った。
要するに新幹線の音。
詳細を見たら、その様な高規格になっているとのこと。
これで160km/hが出せるわけだ。
とにもかくも、夕方4時近くに越後湯沢着。
終点で大勢降りるから大混雑。案内では16時04分の新幹線かあったのだが、乗れるはずもなく16時08分の「MAXたにがわ418号」。
それにしても、「駅すばあと」だと04分は出で来ない。
始発だから、何とか1階席の自由席で帰路に。
ちょっと席を立ってデッキに出で見たら、先ほど隣の席に座っていた女子学生らしき若い女性が佇んでいた。
今風の「決まった身なり」で、一瞬分からなかった。
今から又東京へ戻るのか‥‥‥
別に小生は女ではなかったが、あんな頃があった。
若かった遠い昔。
今こうした毎日を過ごしているなど当時は想像も出来なかった。
いずれ、夢破れて郷里に戻るようなことがなければと祈るのみである。

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