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2009年3月 1日 (日)

西尾幹二氏、秦郁彦氏の偽善「歴史家」の素性を看破する

西尾幹二氏、秦郁彦氏の偽善「歴史家」の素性を看破する

雑誌「諸君」4月号に「田母神俊雄=真贋論争」を決着する / 秦 郁彦 西尾幹二 」と言う特集があった。
このページはなんと4ページ分まで「諸君」4月号のHPに掲載されている。

ここで、秦氏は田母神氏の論文の「ルーズベルト陰謀説」について一笑に付している。
それに対して、西尾氏は状況証拠を突きつけて行くのだが、秦氏は「開戦をあと1か月延期すれば、フリーハンドの日本はどんな選択もできたし、当分は日米不戦ですんだかもしれません。」という。
この歴史上のifに対して西尾氏は異議を唱えて、「最後にやらなくてもいい原爆投下まで敢行したことを思えば、アメリカの、破壊への衝動というのは猛烈、かつ比類のないものであることがわかります。」と反論する。
この点、秦氏と言うのは歴史から何も学ばないというか、国というものの普遍的な性格というものを何も学んでいないようだ。
なぜなら、その後の米国の政治としての戦争の歴史、そして今批判しているイラク戦争を見てみれば、秦氏のノーテンキさが良く分かると言うものである。
その無神経なノーテンキさが何に由来しているのかと言うことは、西尾氏の追求で次第に明らかになるが、単純に言えば「日本は攻撃的人種」、米国は「平和主義者の聖人」というもの。
正に、洗脳教育の賜が根幹をなしている。
だから、秦氏は「もし日本側、枢軸国が勝っていたら、東京裁判と似たような戦争裁判をやっていたでしょう。あるいは、日本人による恣意的な、人民裁判に近いような形になったかも知れない。」という。
続けて、「東京裁判の最中、これといった日本国民の反発は見られませんでした。」と言ってしまう。
西尾氏は、「日本人の方が不公正なことをすると決めつけるのはどうしてですか。」と反論するも反論記載はない。
秦氏と言うのは、歴史上の事実であっても自分の都合の悪いことは黙殺するという傾向があるようである。
なぜなら、東京裁判中の世論の反発がなかったというのは厳重な「言論統制」によるもので、特に東京裁判と憲法問題に関しては厳重に行われたことは教科書にも載っていたことである。
そして、それに反すれば学者と言えども更迭され、それが恐ろしくて憲法擁護の日本国憲法論や歴史学が構成され、戦後60年も経っても継承されてきたのは明らかだ。
そんなことを歴史家である秦氏が知らないはずはない。無視するのは都合が悪いからである。
同じように都合が悪いのは、日英同盟が結ばれた経緯だろう。
なぜなら、北京の55日で有名な義和団事件で各国軍隊、海兵隊が北京に進軍するが、進軍する時の略奪が酷い。
特に酷かったのがロシア軍で、軍隊が間に合わなかった。
その中で、略奪一つなく速やかに進軍して当然一番早く北京に到着したのが日本軍であった。その規律正しい日本軍の態度が日英同盟の基本にあった。

次に、西尾氏は、「ヴエノナ文書」による米国政府の内部に浸透した「コミンテルン」に言及するが、秦氏は「「ヴエノナ文書‥‥決定的な証拠は何もないのです。」と又言い切ってしまう。
そして、状況証拠を突きつけられると「歴史学の専門的見地からいえば‥‥‥ほとんど価値がない‥‥」と逃げる。
西尾氏は、「その歴史学的見地というものを私は信用していない」と反論する。
そして、「張作霖爆殺事件」について言及して関東軍特務機関河本大作大佐が真犯人だとはわかっていないという。
ところが、秦氏は「河本大作大佐が何者であるか、隅々までわかっていますよ。」と又断定する。
ここまで来ると、秦氏と言うのは歴史分析というものにダブルスタンダードを使っていることがわかる。
なぜなら、河本大作大佐が「張作霖爆殺事件」の犯人であるとは、本人が言っている訳でもなく、そうではないかという憶測だからだ。
この「張作霖爆殺事件」と言うものは、「満洲某重大事件」とか「張霖某事件」とか実際は呼ばれて、昭和40年代前半に何回もNHKで検証ドラマが行われた。
そして、初めはNHKでも張霖某重大事件の首謀者は不明とナレーションがあり、その後には関東軍特務機関の仕業と噂されているになり、最近では河本大作大佐の仕業と言い切っている。
簡単に言えば、東京オリンピック以降とはいえ「張作霖爆殺事件」当時の状況をよく知っている人達が生きているときは従来からの見解を踏襲しているのである。
又、「関東軍特務機関河本大作大佐真犯人説」は東京裁判から後の話である。そして、今現在に至っても真犯人は不明な事件であるはずだ。
それを「河本大作大佐が真犯人」と言い切ってしまうというのは、語るに落ちたとは秦氏のことだろうと言うことがわかる。
そして、この秦氏と言うのは、以下のようなきれい事を言って自己を正当化する偽善者であることが分かる。
「プロの歴史研究者は、史実として認定できないものは全て切り捨てて、取り得えず棚上げにしておきます。」
ここからは、西尾氏も腹を立てたようで‥‥
歴史に「善悪の判断」をしているとか、歴史の悪いところばかりを取り上げて、良い部分を無視するとか、‥‥ととどめを刺す。
後は、秦氏が全面逃げを打って、聞く耳持たずのいわゆる「戦後歴史観」の言いっぱなし。

結局、秦氏の馬脚が全部ばれてしまった顛末。
全くお粗末な秦氏でした。

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 先日新聞の社会面を見ていて、文藝春秋社の雑誌『諸君!』が休刊するということを知り、驚きました。創刊40年になる保守系のオピニオン誌で、かなり有名な雑誌ですから。更に、昨今の世相からすれば、『諸君!』の論調は世間に対する受けはむしろ良い(少なくとも逆風はない)はずなのでは、という疑問が浮かびました。  時事ドットコム「雑誌「諸君!」休刊へ=文芸春秋」によると、「最高部数は2006年の8万5000部、最近は6万4000部程度」だそうで、実売はもっと少ないにせよ、40年の歴史で比較的最近に最高記録を立... [続きを読む]

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