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2009年3月19日 (木)

凶悪殺人事件の厳罰主義は民主主義の成長過程か

凶悪殺人事件の厳罰主義は民主主義の成長過程か

近年凶悪な殺人事件が多発している。
そして、その裁判の結果というものはほとんどの場合「過去の最高裁判例の永山基準」、1人殺せば無期懲役、2人殺せば死刑と言うものだった。
しかし、その基準に従わない極悪な殺人事件で、2人殺したのに高裁まで無期懲役で最高裁で差し戻しされた例の母子殺人事件や、今回の「闇サイト事件殺人事件」などがある。近年の特に凶悪な殺人事件に関しては、世論では厳罰主義が主流になって来ている。
「闇サイト事件殺人事件」など死刑判決というのは、妥当であろうし裁判員制度になれば益々厳罰主義になってくると言うのは模擬裁判からでも明らかだ。
日本の刑法や少年法など欧米の刑法に比べて厳しくないと言われてきた。
以前に報道された英国での話。
詳細は忘れたが11歳の少年二人が幼児を連れ出して鉄道の線路にくくりつけて殺すという殺人事件があった。
日本では未成年と言うことで今でも、刑に服すことはなく名前すら変えて成人して社会復帰するが、英国では厳罰に処したという。
日本での、凶悪犯罪に対する厳罰主義というのは、従来からでは考えられない凶悪な犯罪が起きていると言う現実がある。
何の遺恨もなく、無関係な人を殺傷する人物が出るというのはどう考えても日本の国の劣化を思わざる終えない。
少なくとも昔の教育を受けた人物というのは、「行ってはいけないことの節度」というものはわきまえていた。
ならばその昔には「危険な人物」がいなかったのかと言えば、今と同じように存在していた。
子供時代でも、精神力の強い子供、腕力の強い子供は武器としての「刃物」などは持たなかった。
ところが、気が弱く、腕力の強くない子供は必ず「刃物」を持って突然振り回すと言うことをした。そんな子供が問題にならなかったのは、その子供を監視する子供がいて必ず押さえたからだ。
同様に、町内の「危険人物」は町内で監視され危険を未然に防いだ。
しかし、今の日本にはこんな「防波堤」はなくなった。
子供が減り、兄弟姉妹が切磋琢磨して人生勉強する機会はなくなった。よくよく見てみれば、凶悪事件の犯罪者はいわゆる戦後第二世代だ。
親自体が戦後教育として、「君が代」や国旗に反対したり、そして日本の歴史を暗黒の歴史と見て、日本と言う国を「守る」と言う愛国心を持たなくなった世代。
戦前の日本人は「悪人だ」。
日本人は悪かったと自分たちの祖先を誹謗する学者、識者、国会議員は後を絶たない。
だから、日本の国会を見てみれば、「田母神問題」で日本人としての「劣化」が極に来ていると言うことを思い知らされた。

今でも国民が支持する総理には、小泉元総理が挙がる。国民は、今でも官僚統制の打破と規制緩和というものを望んでいる。
そして、ルールを破ったものには厳罰を科すというのは自然な流れだろう。

一方で、小泉改革で権限を削減された官僚達は、その戦後第二世代が中央官庁の課長補佐などになって、今やより酷く日本に新たな規制をかけ続けている。
それは、日本人は「悪人だ」という日本人性悪説としか思えないことだ。
要するに、今の国民は「信用出来ない」。信用出来るのは「役人だけ」??
オヤこれでは、今のお役人さんがもっとも嫌いな「帝国軍人」と同じだ。
日本人というのは、神道を見れば分かるように「性善説」に立つ国民性がある。
欧米の「旧約聖書」から発する宗教観から見れば欧米人というのは「性悪説」だ。

フランスでは大革命(フランス革命)の時、ブルボン王朝やその王朝に係わる王族の墓を暴いて破壊した。だからルイ14世など肖像画でしか分からない。
同じように中国では、歴史上でも先の王朝の墓を暴いて破壊するなど言うのは珍しくなかった。
日本では、死ねば「神様」となって墓に線香や花を添えることがあっても、暴いて破壊すると言うことは聞いたことがない。

別の見方をすれば農耕民族は「性善説」、狩猟民族というのは「性悪説」であるようだ。
そこで、「旧約聖書」では「性悪説」の人間と神とが「契約」を結んで、「善」とする。
その契約を破ったの人間は、「塩」に変えられると言うのも聖書にあったはず。
だから民主主義国家として発展すれば「契約」の概念から「厳罰主義」になるのかも知れない。
一方で、社会主義化すると、人間は完全な「性悪説」「人間不信」の様なものだから、「悪」を起こさないように「規制」という網をかけて雁字搦めにする。
ここでの厳罰主義は、足を踏み外すような素振りをしただけで厳罰を科する。
よくよく見れば、現在の中国の言論規制と数々の制約、他国に対する挑発など正にその通りだ。
これから見れば日本の規制緩和というのは、民主主義の基本であることだ。
大きな政府は、必ず国民を身動き出来ないような統制を加えてくる。
なぜなら、政府官僚に反逆出来ないようにである。
あの「人権擁護法案」というのは正に国民を監視し、縛る国民への罠というものだ。
即ち、絶対主義的共産主義への道と言うことだ。

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