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2009年5月15日 (金)

民主党代表選・問題点を避ける曖昧討論のバカバカしさ

民主党代表選・問題点を避ける曖昧討論のバカバカしさ

民主党代表選の日本記者クラブ討論会を見ると、日本の国民が心配している問題点を避けているような気がする。
問題点というのは言うまでもなく、民主党のアキレス腱である防衛問題であり、憲法問題であり、外交問題である。
そして、岡田克也副代表には、「永住外国人の地方参政権の問題」などもある。
外交問題で心配なのは、鳩山氏の中国重視政策で
「私は価値の外交は嫌いです。価値ではなくて、価値の同じくする国々が外交関係、絆(きずな)を強めるのは当たり前の話であって、外交というのは、価値観の違う国々が、いかに共存共栄というか、自立をしながら共生をする。」
と言う。
こう言うのは学者がいうのならば良いとしても、一国の首相となるかもしれない政治家の感覚としてはどういうものだろうか。
言っているのは、理想論であるし「価値の同じくする国々が外交関係、絆を強めるのは当たり前の話」などと言うものではない。
そして、「価値観の違う国々が、いかに共存共栄というか、自立をしながら共生をする。」と言うのも間違いであるというのは誰だって分かる。
現実問題、鳩山氏が言う中国の関係は、「自立をしながら共生をする」関係ではないことは、現在も進行している日本の言論・行動統制を見れば良く分かるではないか。
そして、自身や元小沢代表が中国へ行ってどの様に振る舞ってきたかの言動を見れば、対等の関係とはどう見ても思えない。
その甘っちょろい考え方を表しているのが「友愛外交」「友愛財政」と言う言葉だ。
記者に「今時、女子学生でも使わない。教育の現場でもほとんど使われない死語に近い言葉を、おじいさんが言っていたということで持ち出されても、中身が見えてこない。」と言われている通り、「馬鹿馬鹿しい」限りなのである。
なぜならば、そんな「お坊ちゃま」の「友愛」など通用しない世界というのが今の日本を取り巻く環境であり、日本の経済状況であるからだ。

それにしても岡田克也氏の歴史に関して無知か故意かあまりのバカバカしさは、憲法改正問題で極まっている。
「私たちは60年前の戦争の反省に基づいて、自分の手を縛ったわけです。海外で自分たちの判断で武力行使をしない。」
‥‥と言う解釈であれば、日本国憲法は日本人で自ら作ったと言うことになる。しかし、実際はGHQの占領政策憲法であって、その憲法の上にGHQの条例があった。
その他岡田氏は、
「私は、憲法をイデオロギーで論じるべきではないと。たとえば、戦後レジーム(体制)の転換とかですね、そういうイデオロギーで論じるべきではないと思います。憲法というのは、戦後60年近く、国民の間に定着して参りました。それは、国民が認めたから、その憲法はあるわけで、しかし、時代の変化に応じて、変えなければいけないところは変えるということは当たり前のことだと思います。」

この様にも述べている通り、学校の勉強をよく学んで東大へ入ったのだなとよくよく思う。なぜなら、自分で物の本質というものを考えていない事が明らかであるからである。
先生に教えられたことが絶対であって、それが間違っている又は、変わってきていることにに気がつかない。
これが、昔の陸・海軍軍人・参謀の精神構造と全く酷似すると言うものではないか。
なぜなら、「日本国憲法」そのもののが占領政策という「イデオロギー」の塊であるのに、「そういうイデオロギーで論じるべきではないと思います。」というのは矛盾するからだ。
逆に言えば、「日本国憲法」そのもののをGHQが作ったと言う事を否定していると同じである。
だから「憲法というのは、戦後60年近く、国民の間に定着して参りました。それは、国民が認めたから、その憲法はあるわけで、」
という欺瞞に全く気づかないというよりわざと否定している。
これが日本の政治家なのだろうか。
多分、信条は無政府主義者なのかも知れない。
なぜなら、岡田克也副代表の「永住外国人の地方参政権の問題」は正に国家を否定する無政府主義の根幹であるからだ。
そして、その「イデオロギー」即ち思想傾向を主張しながら、「戦後レジームの転換とかですね、そういうイデオロギーで論じるべきではないと思います。」という。

この様に見てくると岡田氏、鳩山氏の日本を守るという原理原則というものが実は見えてこない。
日本の国をどの様にしたいのかと言う事である。
岡田氏の「無政府主義者」的に考え方は分かったとしても、鳩山氏は「友愛外交」「友愛財政」で結局日本の立場というものを明確に示していない。
それは、先に述べたように日本の国の何を守るかと言う事に敷衍するのだが、「私は価値の外交は嫌いです。」と言う通り、日本国民の価値観を守るとは当然思われない。
同様に、岡田氏の日本国憲法に対する歴史認識と、そのナイーブさにほとほとあきれる。

日本国憲法は、国民が認めたのではなくGHQが作ったというと言う事や、憲法に対する批判などは占領中では最大の検閲対象になってひた隠しにしたことである。
そして、そのことが定着するまでなんと7年間もの長い占領だった。
憲法が作られてからでも、約6年。
憲法の実際は、MacArthur条例の下にあるら言論の自由もなかったことなど、昔の歴史教科書にははっきり書かれていた。
そして、独立後その占領政策を推進した政治家、官僚、学者などは「言論統制」を良いことに、みんな口をつぐんで、言わば「しらばっくれた」のである。
普通の国なら、フランスのビシー政権ほどでなくとも占領政策に協力して国民を欺したり、圧力を加えた政治家、官僚、学者は更迭されるか批判の対象になったはずである。
しかし、日本では文化勲章を貰うか、勲一等を貰って生涯を全うした。
それだけでなく、自分の過ちを隠すことを続く学者、政治家に強要した。

「日本国憲法」が自主憲法であるかないかの議論は昭和が終わろうとする頃まで続き、読売新聞が米国の公開資料からGHQのMacArthur司令部が一週間で作ったことが暴露されて議論は収まった。

日本の民主党は、米国の民主党とは大違い。
分かりきった事だが、世界に珍しい日本の国を守らない愛国者がいない政党なのである。

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