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2009年10月24日 (土)

世界遺産登録延期・「平泉の文化遺産」とユネスコ

世界遺産登録延期・「平泉の文化遺産」とユネスコ

(高速で行くバス旅行・東北・中尊寺・達石窟の旅2)

10月15日からの日程で行ったバス旅行の第一日目の目玉は平泉の中尊寺だった。
中尊寺と言えば、藤原三代が築いた平泉文化と金色堂と言う事になる。しかし、最近賑わしてニュースになったのが昨年(2008)7月に審査された「平泉の文化遺産」(「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」)が登録が延期になった事。
理由は、「価値の証明が不十分」と言う事だった。要するに平泉の「浄土思想」と言うものが普遍的なものでないと言う事らしいのである。
詳細は(読売新聞Web)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/iwate/feature/morioka1211555143901_02/news/20080527-OYT8T00066.htm
詳細は、さておくとしても実際平泉中尊寺へ行ってみると何か拍子抜けしてしまうと言うところが多い。なぜなら、昭和38年に建てられた新覆堂によって何も外からでは見えないからである。

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覆堂に関しては、「金色堂覆堂」という移築された重要文化財の説明に「金色堂建立後50年ほどで簡素な覆屋根がかれられ」とあって「増改築を経て室町時代中期(16世紀)に現在の形になったものと見なされる。」
要するに、金色堂が建立された後から覆屋根、覆堂が作られ、時として修復を繰り返して現在にあると言う事。それで外から見えないというものである。
実際、金色堂に行ってみればガラスケースに入ったショールームの様なもので何やらインパクトがないと言うか、拍子抜けするものである。
ある程度事情を知っている小生などが見ても拍子抜けするくらいだから、何も知らない外国人なら何も感じないかも知れない。
浄土思想というのは、死後の極楽浄土を願うというものだからあのピラミットによく似ている思想であるとも言えるのだが、旧約聖書を元にするキリスト教やイスラム教から見れば良く分からないところだろう。

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そして、中尊寺自体が何やら地味な雰囲気の寺であると言う事ではないだろうか。
金色堂の次に必ず見ておくというのが本堂と言う事なのだろうが、これが格別珍しいと言うものでもない。要するに中尊寺自体としては、普通の大寺院と言うところなのである。

そして10月22日にユネスコ総会で退任式典があって、松浦事務局長が挨拶したという。
11月14日で任期満了、退任式に先立って21日日本人記者団と会見した記事が地方紙では、23日朝刊、Webでは22日に掲載された。(http://sankei.jp.msn.com/world/europe/091022/erp0910221952003-n1.htm
新聞記事では、1999年にユネスコ改革を実行するために松浦氏が就任したようで、「松浦改革」を断行して、「縁故人事」、「不透明な経理」を正常化した。
ユネスコなどという、どちらかと言えばどうでも良い国際組織というものは、徹底的に食い物にされてきたと言う象徴がこのユネスコであったと記憶する。
あのムボウ事務局長の時は、「1980年代には、放漫財政等のマネージメントの問題に加え、活動が「政治化」していることのほか、当時のムボウ事務局長が提唱した「新世界情報秩序」がジャーナリストの認可制を導入し報道の自由を制限するものだとして、アメリカ、イギリスなどの大国が相次いで脱退し、ユネスコの存続は危機に立たされた。」(提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)と書かれている。
しかし、当時の報道によればムボウ事務局長の親族などの関係者セネガル人などを大量に採用したり、重要ポストに就けたりしてユネスコ自体がムボウ事務局長の食い物になったという報道だった。そして、その情報を遮断するために報道規制をしようとしたのである。

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結果として、米国が脱退しユネスコの存亡の危機になったのは周知の事実。
その後、スペインの「フェデリコ・マヨール」氏が12年間事務局長を努めたというのだが、新聞報道によれば「ムボウ体制」というものは依然引き継がれ食い物になっていた事が明らかである。
そこには、「1999年当時は就任直前に20人が一斉に幹部に昇格するなど、不透明な人事や経理が横行。その正常化が任期当初の最重要課題になった。」とある。

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以前読んだ本に「『国連』という錯覚」‥日本人の知らない国際力学‥‥内海善雄著」いうものがあった。これは、「国際電気通信連合(ITU)の事務総局長を8年間務めた日本人」の記録であって、それはそのままユネスコと言う組織の力関係を想定することが出来る。書評には朝日新聞Webで‥「国連」という錯覚 [著]内海善雄
http://book.asahi.com/review/TKY200812020098.html
日本人の松浦事務局長が就任できたのも、ユネスコの運営費の四分の一を日本が出していたわけで、米英が脱退した後日本が抜けたらユネスコは消滅していたという事態だった筈である。

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こういう国連の組織というものは、一般には日本人が事務局長をすると真意味では「喜ぶ」と前出の本にも明確に書かれている。
要するに、日本人が来るとまともに仕事をバリバリやるし、金も日本から出るから存在意義が高まるというらしい。
ITUの話しでも、日本人の事務局長が退任した途端、日本式にバリバリ仕事をやっていた部門は解散させられたという。
国際機関で能力がある人達にバリバリ仕事をやられると困る人達がいると言うことらしいのである。

今回松浦事務局長が退任することになって、多分「平泉の文化遺産」(「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」)は、今後100%世界遺産に登録される事はないかも知れない。
なぜなら、日本人の事務局長の時に登録されなかったものが、他の事務局長の時に登録されるはずもないからである。
松浦事務局長は、真面目で公平で、母国日本に対しても厳しく仕事をバリバリやるタイプなのだろう。
しかし、それは日本人の常識として、最良であり公平に見ても最善であっても、世界の非常識かも知れないと言う事があるとは前出の本をよく読むと分かる。
だから、何のコネを使っても良いから「平泉の文化遺産」(「平泉―浄土思想を基調とする文化的景観」)は、事務局長権限で世界遺産に登録しておくべくたった。
それが、日本人の松浦事務局長としての置き土産にするべきだったかも知れないと思うものであった。
多分、他国、例えば中国あたりなら間違いなく松浦事務局長の様にはしなかったと思われてならない。

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