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2009年12月31日 (木)

反日プロパガンダと化したNHKスペシャルドラマ その5

小説「坂の上の雲」を読み直す・その5 詳細1

反日プロパガンダと化したNHKスペシャルドラマ

12月27日(日)放映第5回、留学生

第5回では、第4回の後半の続きとして第2巻「須磨の灯」の冒頭語から始まっている。それは、

「子規の従軍は、結局こどものあそびのようなものにおわった。」と言うものだが、
その次は
「こういう時期、軍艦『筑紫』が、呉のみなとに帰ってきた。塗料が剥げ、艦橋のあたりに弾痕が残っていて、いかにも戦場がえりといったすさまじい形相を示していた。」

日本軍の負の部分を強調するのナレーションは原文を使うというNHKの汚いやり方である。
このNHKスペシャルドラマでは、小説の「須磨の灯」の部分のあちこちから抜粋したりと、つまみ食いでどうも小説の流れにのっていない。
従って、あちこちの書かれている事を探すのが面倒である。
ここで、問題の部分について検討してみる。
子規は真之に戦争の詳細を聞き出すところで小説には
「ところでいくさのあいだどおしていたぞ、やったか、ときいた。」とある。
NHK版ではいきなり飛んで、この部分になる。

子規「日本軍は強かったのう」(方言込みだがほぼ原文通り)
真之「相手が弱すぎただけじゃ」(方言込みだがほぼ原文通り)
‥‥小説では会話中抜け
子規「清国兵はそんなに弱かったんか」(方言込みだがほぼ原文通り)
以下はも全て小説の表現を使っていない。‥‥‥‥
真之「まあ、今回は相手が負けてくれたようなもんぞえ」
    「なるほど、日本海軍の勇戦ぶりは見事じゃったが」
    「その技量はまだまだ劣悪じゃ」
子規「秋山真之の毒舌に掛かっては、日本海軍もかたなしじゃのう」
    身を乗り出して
    「どんな風なっとんじゃ」
    「淳さんの武勇伝をきかせいくれ」
    「敵の砲弾はくらったのか」
真之「一度だけじゃ」(方言込みだがほぼ原文通り)
    「乗っとたのは小さな砲艦でな、いつも後方をかけまわっていた
    ○原文では、砲艦ではなく巡洋艦、巡洋艦筑紫。
    ○この部分では、前ページの戻り変な構成になっている。
    「じゃがの一度だけ敵の砲台を攻撃する機会があったのじゃ」
子規「はあ」
真之「その時、巨弾が飛んできた」(小説の文章としてほぼある。)
    「弾は爆発せずに我が艦の左舷から中甲板をつらぬいて右舷側に飛び出し、そのまま海に落ちた」(小説の文章としてほぼある。)
着弾映像(小説に合わせた簡素な映像)以下NHK版だけの創作描写で小説にはない。
真之「わしの命令で、かわいがっとった部下を死なせてしもた」
    「あのとき坊主になろうと思った」
ここはNHK版の嘘、小説では「いおうとして、だまった」で発言していない
    「それ以来ずっと考えとる」
    「まだ答えはでとらんがのう」
子規「淳さんには時間があるんじゃけん、ずっと考えたらいいぞな」
    「わしも軍に従って旅順にいっとったが、いくさは見ることができんかった」
    「見たのは風じゃ」
    ○従軍映像
    ○俳句(本文中にない)
    「栄華を誇った支那も黄土の砂塵とともに滅びろうとしている」

    「一歩間違えば、日本も支那と同じようになるんじゃ」
    ○俳句(本文中にない)

こうしてみると、子規と真之の会話というのは湿りきった反戦一辺倒である。

しかし、小説「坂の上の雲」にこんなシーンはない。
小説では、勝ち戦で沸き立つ世論を背景に、子規が真之に戦争の様子を興奮して聞き、真之は、勝って兜の緒を締めよとばかり海軍の欠点を批評する具合。
なんと言っても、こんなしんみりした会話など当時の風景として似つかわしくない。
そして、NHK版では凱旋してきた真之を「少尉」と紹介しているが、中尉の誤りであることは「坂の上の雲」にしっかり書いてある。
直ぐ後に出で来るように、いきなり大尉に昇進するわけはないのである。
そして、小説では逢わなかった夏目漱石と真之が出会ってしまい、温泉につかるなどはどう考えても蛇足。
多分、脚本家は「坂の上の雲」の戦争の話は書きたくなかった、という感じがありありなのである。
そして、小説にない部分が延々と続く。
ここでは「二番町の家」という夏目漱石の借りている家の一階に子規は間借りしている。
子規は従軍後直ぐそのまま神戸の病院に入り、須磨の保養院で転地療養、そしてここで一人で居候をしていたのである。
NHK版では、小説に出で来ない妹の律が出てきて妙なことを言い出す。
当然、小説には記載がないNHKの創作。

律 「なんで結婚せんのですか」
真之「わしは軍人じゃ、お国に命をあづけちょる」
    「結婚はせん」
 「うちも同じじゃ」
    「うちは正岡子規の妹じゃけん」
    「兄さんが治るまで、結婚はせん」
    「子もつくらん」

延々とどうでも良いことに、なんとここまで17分51秒も掛かっている。
子規の妹律は、1回結婚して離縁され、前の4回のNHK版では又結婚をしたとあった。
そして、結婚していても子規のところに看病に来るとあった。
これは矛盾だ。
そして、真之自身「独身主義」とは書いていないし、本人も言っていない。
書いてあるのは、独身主義と兄の秋山好古が常々言っていたから同じと思われていたと言う事である。
しかし、その好古自身、日清戦争直前に結婚しているから律と真之の会話というのは整合性がない。
そして、このシーンが終わると突然、伊藤博文、陸奥宗光、井上馨が出てきて何やら深刻な話をするのだが、こんな部分は小説のどこにあったのか文脈の筋としては、「ト書き」で書かれているような部分で良く分からない。
ところが、突然に小説に記載がなく流れとして関係のない「閔妃暗殺」というものが写真入りで出で来る。
それが結構詳しいし、続いて抗日運動の旗と続く。
李朝がロシアと結ぶという状況を解説しているが、それが日露戦争の原因になったわけではない。
この部分を特に入れたのは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」には、朝鮮の抗日運動が書かれていないと批判する人達に配慮したかNHK版の本心だろう。
日本の悪辣さを強調し、日清日露戦争から日本は「侵略」を繰り返した「侵略戦争だった」とNHK版では思わせたい状況がありありなのである。

それに相対するのが司馬史観の「坂の上の雲」で、反日又は、酷い国日本の情景として使える部分は司馬の小説を文章を使う。
又、上り調子に国力を増していった日本というものは否定し続けている。
伊藤博文、陸奥宗光、井上馨のシーンも暗い陰気な部屋で、「臥薪嘗胆」などと言わせて「暗い明治時代」を想定させるなど全くいやらしい。
NHKは都合の良いところの小説のつまみ食いばかりをして、司馬史観とは全く対極にある思想のものは何回も言うとおり「坂の上の雲」ではない。

急成長、上り坂だった明治時代の背景と、明治人という今では想像も付かない活力のある人々を司馬遼太郎時代より後の現代の自虐史観の視点で描く。

NHK版「坂の上の雲」というのは、見ていて本当にやるせない、時としてチャンネルを切り替えたくなるほどの自虐に満ちたものであった。

次は、留学生。

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