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2009年12月 8日 (火)

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」を再考する

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」を再考する

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」、12月6日(日)放映の第2回「青雲」
第1回「少年の国」を見た後、どうも知っている原作と違うのではないかと思ってしまって原作をもう一度読み直してみた。
すると、第1回と第2回とは第一巻で第1回で描かれているものというのは本来ならばナレーションで済むような部分を映像化している。
NHK版の「坂の上の雲」の主人公は秋山真之とはいうものの、小説の冒頭で書かれている秋山好古の士官学校に入学する経緯がばっさりと切られているのは解せない。
そして、種々の幼年時代というものはどう考えても読み飛ばしてしまう部分ではないだろうか。簡単に言えば、長大な小説の中で本当の枝葉末節の部分である。
その枝葉末節の部分で本来なら述べておく必要がある部分は逆に無視されてしまうという部分もある。
それは、秋山真之という人物を本木雅弘という174㎝の身長のある俳優がやっていることである。なぜなら、秋山真之というのは原作ではっきり述べられているとおり色黒な小男だと言うことである。
そして、小説を読んでゆくと登場人物のうちの主人公のもう一人、正岡子規の部分は小説としては枝葉の部分であると理解するが、この部分をNHK版のように大きく扱うと別の話になる。
その他妙な部分というのは、原作では女性がほとんど出てこないし、子規の妹の律も大きく扱われていないし、真之が兵学校の休暇で帰ってきたときも会うシーンがない。
そして、好古自身が独身主義を主張し真之もそれに従っていたから、律の再婚には関わらなかったことが小説にはある。
この軍人の独身主義というか、晩婚主義というのは日清戦争から第一次大戦までの間では割合と多かった様に思える。
第一次大戦の塹壕戦を描いた、小説「鬼将軍」(The General・1936年・セシル・スコット・フォレスター(Cecil Scott Forester)の主人公も晩婚主義者で40歳前後で結婚している。
それにしても、小説で将来の好古の妻となる「多美」14歳の登場部分で馬に乗ってくるというのは変であるし、第2回で「鯛」を差し入れするというのも原作にはなく違和感がありすぎる。
なぜなら、明治維新後の旗本御家人というのは一番生活が苦しかった筈で、非常に経費のかかる馬など持ってといるはずもなく尾頭付きの鯛を食べる筈もない。その困窮からそのお姫(おひい)様のうちの数多くは芸者になって家計を支えた。
関ヶ原の戦い後、西軍のお姫様が生活のために花魁になった話は良く知られているところである。ちなみに、明治の元勲の夫人にはこの芸者上がりのお姫様が多かったと記憶している。
そして第2回「青雲」になってくると第1回と違って、割合と原作に忠実になって生きていると思いきや、海軍兵学校や陸軍大学の部分なると原作と違いすぎる。
まず、秋山好古は士官学校第3期生で、陸軍大学では第一期生であることはNHKスペシャルドラマでは述べられているが、入校生は10人と小説にある。
日本の陸軍大学というのは、確かドイツでは参謀学校でドラマではなんと約40人もいるのである。
第1期卒業 明治18年 10名
第2期卒業 明治19年 9名
第3期卒業 明治20年 7名
第4期卒業 明治21年 13名
第5期卒業 明治22年 10名
第6期卒業 明治23年 12名

第12期卒業 明治31年 17名
第13期卒業 明治32年 41名
陸大卒業者は明治後半から増大してくるが、草創期は少ないしはっきり分かっているのだから約40名というのはおかしい。

その陸軍大学でのメッケル(ドイツ参謀少佐)の授業で連隊の行進長さを聞くシーンがあるが、小説のどこかに書かれているかもしれないがこの部分で小説には書かれていない。
書かれているのは
「戦いは、出鼻で勝たなければならぬ」
「宣戦布告のあとで軍隊を動員するような愚はするな」である。
続けて、メッケルは、
「宣戦したときにもう敵を叩いている、というふうにせよ」
それと参謀旅行という実践に即したものをやったとある。
今で言えば模擬演習というものだろう。
一方、海軍兵学校の方のシーンでは、カッター競技になっているのだが、小説では「分隊単位の競争でマラソンをするという催し」とある。
この教育方針は英国のダートマス海軍兵学校の教育法そのままだったとある。
真之の足の速さ、敏捷さを書いている。
又、秋山真之は、2年次から首席のクラスヘッドで「秋山真之クラス」と小説にある。

第3回、国家鳴動12月13日(日)は、多分この続きだろうがどういうことになるのか、陸軍大学や兵学校のシーンで小説で書かれていることを取り入れていないからどうなることか。
第1回で入っていなかったシーンとして、秋山好古が小学校教員の検定試験を受けて、「五等助教」になって、月給7円。
すぐに本教員の検定試験を受けて月給9円。(17歳)
そして、年齢を2歳ごまかして、大阪師範学校(全国に7校)に入学し1年で卒業する。(三等訓導)
月給30円。愛知県立名古屋師範学校附属小学校奉職。
この頃、師範学校出だと普通の小学校の校長にいきなりなったと書かれている。
ちなみに、当時の30円というのは今の小学校の校長ぐらいの年俸以上だと考えられる。
その給料の高さについて説明書きが小説にあって、「明治25年、26歳で日本新聞社に入社したときの(正岡子規)給料が15円であった。」とある。

余談だか、陸大第1期首席卒業に東条英教中将(1855年11月8日に陸奥の盛岡藩士東條英俊の嫡男)というのがあった。
あの東条大将の父親である。
日露戦争での「抗命問題」フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「知識理論ともに当時日本軍人の最高レベルであったが、本来学究向きで実戦向きではなく、それに融通の聞かない彼の性格も有り不幸にも「実兵指揮能力不足」という最低の評価が下された。」
そして、第一期生、二期生を含めて大将になったのは秋山好古一人であった。

第4回、日清開戦12月20日(日)
第5回、留学生  12月27日(日)
第2部
第6回、日英同盟
第7回、子規、逝く
第8回、日露開戦
第9回、広瀬、死す

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