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2009年12月24日 (木)

反日プロパガンダと化したNHKスペシャルドラマ第4回日清開戦2

小説「坂の上の雲」を読み直す・その3
反日プロパガンダと化したNHKスペシャルドラマ第4回日清開戦

NHKスペシャルドラマ第4回日清開戦に関するブログを読むと、原作を読んでいる人と読んでいない人の差というものが如実に現れている。
原作を読んでいる人は100%NHKスペシャルドラマに憤慨しているが、読んでいない人はそのまま受け止めている人が多いようである。
そのまま受け止めているというのは、NHKの自虐史観に違和感を持たない洗脳されたような人達で、この作戦というものはNHKとしてはうまくいったのかも知れない。
一方、《NHK「坂の上の雲」批判》、として検索してみると《NHK版は司馬史観と違う》というものは出で来なくて、朝鮮問題を扱っていない司馬遼太郎の「坂の上の雲」はけしからぬというものばかり。
しかし、司馬遼太郎氏が戦前に於いて知っていた日本国の一部だった朝鮮と、戦後の朝鮮というものは180度違っているだけでなく、日清戦争時代の朝鮮というものは又大きく違う。
彼ら「日本が朝鮮に何をしたか語らず、抗日運動にも触れてない」と言うようなことを主張する人達というのは、過去の価値観を現在の価値観で批判するという歴史を考察する時本来あるまじき考え方の人達である。
不思議なことに、彼らは平均的日本人より高学歴、そしてかなりの(親方日の丸)高収入で安定した生活の人たち。だから下劣で、残虐で、無節操で、嘘つきの無学な日本人に自らが裁判官になったつもりで教えてやるというもの。
しかし、その裏には何やらチラチラ見えるものがあったりして不遜なものである。

元の小説「坂の上の雲」。
この小説における作者司馬遼太郎氏の意図と言うものは、歴史上の史実は史実として確実に伝え、文献に書いていない事や解釈は司馬遼太郎自身の経験で書くと言う事である。
一方、史実があっても日清日露戦争では重要人物だった森林太郎(軍医総監)など書かれていないかったり、司馬史観と呼ばれる昭和軍隊の感覚で断罪したり、評価する事への批判もある。
しかし、それは別の問題で司馬遼太郎原作「坂の上の雲」とする以上、史実を曲げると言う事は原作者の意図を挫き許されない筈なのである。

そして、この第4回日清開戦の放映を見る限り、NHK側の意図というものが推測されるのである。
第4回冒頭は、第3回の最後に続いての豊島沖海戦の筈なのだが、大砲の発射の映像にあわせて申し訳のような30秒のナレーション。それで豊島沖海戦が終わってしまっている。
その中に、「宣戦布告前の7月25日、日本海軍の第一遊撃隊、巡洋艦・吉野・秋津洲・浪速が豊島沖で、清国海軍の済遠、広乙と遭遇。3,000mのところから済遠が実弾発射。戦闘が開始される。」という様なナレーションはない。

あまりに短いナレーションのために、最初の攻撃は巡洋艦浪速の東郷艦長による商船撃沈と思えてしまう策略がある。
実際、原作を読んでいない人はそのように解釈したらしいことが散逸されるし、実は筆者もそう取った。
実に悪辣な工作ではないか。

そのナレーションを再現し見ると
「宣戦布告はまだ行われていない。」
「しかし海上では最初の砲煙が上がった」
‥‥砲弾の海中着弾
「この日早朝、朝鮮西岸の豊島沖で日本艦隊は清国艦隊と遭遇し戦闘の火蓋が切られた」
(ここまで30秒で豊島沖海戦は終わり)
「さらに午前10時、敵艦を追いかけていた巡洋艦浪速は別の目標を発見した。」
(原作と同じ)
「大型汽船であった」(原作と同じ)
‥‥イギリス国旗の拡大
「マストに英国旗を掲げているが、清国陸軍の将兵を満載していることが分かった。」
(ほぼ原作と同じ)
「浪速はこの英国汽船高陞(こうしょう)号にたいし本艦に続いて来たれと命じた」
「ところが事態は容易には進まなかった」
「浪速の艦長は、(大佐)東郷平八郎であった。」(ほぼ原作と同じ)
「浪速からボートが出、士官が派遣された。」(原作と同じ)

原作では、臨検のために停戦命令で
「ただちにとまれ。ただちに投錨せよ」と書かれている。
以下延々と高陞(こうしょう)号のことを描き、撃沈するところで終わる。
原作では単行本の1ページ少々。

その後NHKでは、東郷平八郎を海軍省へ召還したシーンがある。
しかし、召還されたとは小説に書ないし、宣戦布告直前の戦時下において特別不祥事でもないのに、巡洋艦の艦長を召還する海軍は考えられない。
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にも記載なし。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%B3%B6%E6%B2%96%E6%B5%B7%E6%88%A6
又、召還されて山本権兵衛が‥‥「高陞号」がイギリス船籍でイギリスの旗を掲げていたことを問題視しているが記載もないし国際法上関係もない。
同じく、山本権兵衛が1,000名の清国兵を救助しなかった事を非難したシーンも嘘。
実際は、実情をよく知らない伝聞をもって、英国海軍のフリーマンター中将が批判したもの。
但し、20世紀においては米英の戦闘機は、撃沈され波間に浮かぶ日本の輸送船の乗組員に機銃掃射を繰り返したことは歴史として残っている。

この様に見ると、NHKでは東郷平八郎を「悪の権化」の様に描いていることが分かる。
東郷神社という神社も出来て神様になった東郷平八郎をである。

この第4話を見て分かることは、先に述べたとおりNHKの自虐史観というのが透けて見える。
それは、日本が非常に鮮やかな戦争をして戦争に勝つと言うような史実、戦争賛美と取られそうな小説「坂の上の雲」の部分を排除する。
その代わり、日本が負けるシーン、勝っても戦争は悲惨であると描かれる「負」の部分のみ強調する。そのうえ「鉄のような強靱な神経を持つ」明治人を現代のひ弱な人間、ヒューマニズムで描く。
一方、中国(清朝)賛美を強調して事実を無視し、元々小説「坂の上の雲」で書かれている当時の清国実情を無視。

別の言い方をすれば、日清戦争で日本軍が勇敢に戦ったところは描かず、一見卑怯の様に見えるところは、海軍省の山本権兵衛まで出して批判。
当然、秋山好古も負け戦、威海衛海戦で1発(戦死3名)しか当たらなかった巡洋艦筑紫は、大損害と描き、弱虫の秋山真之は「軍人をやめたいとわめく」。
その上不思議にも最下級の少尉分隊士なのに、艦長のように演説したり、砲術長のまねごとをしたり、航海長の様に指示したりどう考えても逸脱。
海軍は「善」というNHKの思い込みか、戦時下に水兵が持ち場を離れて集まって雑談。
これではクラブ活動並の海軍で、月月火水木金金と訓練に励んだ明治海軍の面影なし。
それと砲撃中に水兵、将校が生身をさらしているという不思議さ。
普通なら爆風で飛ばされるはず。
勝ち戦の旅順要塞陥落では、只荒涼とした戦場を見せるだけ。
都合良いところは、小説「坂の上の雲」の原文で批判。

又、主人公の秋山真之は、軍艦の艦上で緊張すると豆をかじってこぼすような、だらしのない、弱虫。その上「かっぱえびせん」の様にいつも「豆」を食っている軟弱な士官として描かれている。(考えられない設定だか)
柳樹屯での日本軍の強制徴用シーンで日本軍の悪辣さをこれでもかと執拗に描く。
勝ち戦の原作で約14-5ページもある黄海海戦は都合が悪いのでパス。
これから今後予想されるのは、日本軍が活躍した「義和団事件・北清事変」はなし。
失敗した旅順口閉塞作戦は描く予定にはいっている。
旅順要塞攻撃、203高地攻撃は悲惨さを強調。
そして日本海海戦は、戦艦三笠以下回頭したところで続く戦艦に散々砲弾が当たると言うところを描くのだろう。
ここでは、三笠では吹きさらしの艦橋にいた東郷、加藤参謀長、安保砲術長、秋山参謀などは無事で、装甲に囲まれた司令塔で飯田参謀少佐、水雷長  管野少佐、副長松村中佐外は負傷なのである。
殿(しんがり)艦、6番艦日進では、前部主砲が吹き飛び松井参謀中佐戦死、その他17名死傷。司令官三須中将、航海長負傷‥‥‥と初期には散々だったのが日本海海戦である。
多分そんなシーンで終わると予測されるのが日本海海戦だろう。
その他妙なこととあげれば、
「真之が部下の花田(須田邦裕)に掲げ直すよう命じた直後『筑紫』は再び砲弾を浴び、花田は柱の下敷きとなって命を落とす。」という時の水兵花田。
明治23年の帆走蒸気海防艦「比叡」から秋山真之の分隊というのもおかしい。
詳細は、秋山真之の年譜のあるが、下士官水兵というのは余程のことがない限り軍艦を変わらない。
広瀬は、日清戦争中は「扶桑」という今で言う掃海艇に乗っていて、旅順口を掃海。
秋山真之とは横須賀水雷団第2水雷隊付になるまで会っていないし、同じ戦闘艦にも乗ってない。
後の広瀬中佐が、日清戦争中旅順口の掃海をやっていたと言う事から、旅順口閉塞作戦に関わる下地になる。
最後のシーンで海軍省で広瀬は大尉なにの、秋山は少尉のママ。
東郷平八郎が少将に昇進しているので秋山は既に大尉のはず。

秋山真之年譜
明治23年(1890年)、7月少尉候補生
帆走蒸気海防艦「比叡」(2,284t)乗り組み。
同年10月、同型練習艦「金剛」とともにオスマン帝国軍艦の生存者(エルトゥールル号遭難事件)をトルコへ送還。(11月1日シンガポール)

‥‥明治24年7月、 北洋艦隊司令官・丁汝唱提督が世界最強の戦艦・定遠、鎮遠(7,335t)他4隻、全6隻をもって来航。長崎、神戸、横浜。
‥‥東郷平八郎・1890(明治23)年5月13日~1891(明治24)年12月13日呉鎮守府参謀長

明治25年(1892年)、5月少尉任官。軍艦竜驤(りゅうじょう)分隊士。
明治26年5月、軍艦松島分隊士。
明治26年6月、巡洋艦吉野(4,160t)回航委員・分隊士・英国滞在。10月5日英国出発。
明治27年3月6日広島呉軍港着。
‥‥‥‥明治27年7月25日豊島沖海戦。日清戦争(宣戦布告8月1日)
明治27年、巡洋艦筑紫(1,350t)26サンチ砲2門。航海士。
日清戦争中は韓国牙山港入港で黄海海戦(9月17日)等参加せず。
‥‥‥‥明治27年11月21日第2軍旅順攻撃。日本軍戦死者・将校1名、下士官、兵卒229名。
明治28年1月、威海衛の戦い、秋山真之、決死隊の陸戦隊参加。白鉢巻き、白だすき。(中止)
明治28年2月、巡洋艦筑紫一回だけ砲撃を食らう。下士官1、兵2戦死、将校2、兵3が負傷。(海軍中尉?)
‥‥‥明治28年4月17日下関条約
明治28年、戦艦和泉分隊士
明治29年(1896年)1月、海軍水雷術練習所(海軍水雷学校)の学生(海軍大尉)
明治29年5月11日、横須賀水雷団第2水雷隊付(広瀬大尉先任着任・初)
(広瀬大尉は、日清戦争中は、掃海艇「扶桑」にて、旅順港口の掃海に従事。)
明治29年7月、報知艦「八重山」分隊長。(広瀬大尉・「盤城」航海長)
明治29年11月、軍令部出仕(勤務)
………広瀬大尉、明治30年3月盤城航海長より軍令部出仕(勤務)
明治30年6月26日米国留学と発令
明治33年5月20日帰朝命令
‥‥‥明治33年6月義和団事件・北清事変

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