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2010年2月20日 (土)

渡部昇一著「裸の総理たち32人の正体」‥吉田茂を擁護とは その1

渡部昇一著「裸の総理たち32人の正体」‥吉田茂を擁護とは その1

今月、期間限定楽天ポイントが余ってしまったので、本を買ってみた。

それは、表題の渡部昇一著「裸の総理たち32人の正体」と同著「日本の歴史7戦後編(戦後混迷の時代に)」
失敗したと思ったのは、どちらも同世代を書いているから内容が重複する部分があることである。
そして、「日本の歴史7戦後編」は第一回配本なので、ここから始まっているのかなと思う。
いずれの本の体制も、あの田母神論文の文体に似ているので、簡略した通史だと似てくるのかと思うものである。

日本の戦後史を見るときに思うのは、戦前から日本のために尽くした人達というのが徹底的に排除、追放され、その代わり日本を潰そうと努力した人達がその空席を襲ったことである。
そして、その日本を破壊しようとしたGHQの占領政策に協力した人達というのが、そのまま独立後も居座ったと言うのが日本であると言うこと。
だからGHQに協力して、日本を二度と立ち上がれないようにしようとした人達というのは「敗戦利得者」であって、彼らは日本が独立後は自らの権利を守る、又は補強するように延々と偽装は続けたと言うことである。
普通の国というのは外国によって占領され、その後独立したときは、破壊分子の「敗戦利得者」というのは排除され、占領下の法律はリセットされる。
ところが、日本は間接統治という形を取ったために独立後も偽装という形を取って、占領政策を続けたと言うのが真実であろう。
そして、その占領政策を継続させようとしたのが、GHQ憲法学者とそれに従った法曹界。
昔の師範学校出身の教員を止めさせて、共産党などの左翼が乗っ取った教育界。
米国追従とハンディキャップ国家を唱える小和田氏(皇太子外戚)などの日本封じ込めの外務省。
既得権維持と元々社会主義的な官僚組織の官僚。
そして、GHQに迎合した自民党官僚政治とコミンテルンの支配下にあった社会党などの左翼勢力。
本当に良くも国民を欺いてきたものだ。
しかし、教科書や歴史書などは、戦前からの人達がまだ健在のうちは出鱈目を書くことも出来なかっから、結構きわどい真実も断片的に書いてあった。
「日本の歴史7戦後編(戦後混迷の時代に)」は大方その線で、ある程度明確に書かれている。
しかし、一つ不思議なのは吉田茂元首相に関することで、「裸の総理たち32人の正体」ではさして吉田茂氏を持ち上げているわけではないが、「日本の歴史7戦後編(戦後混迷の時代に)」では結構擁護している。
たとえばこんなところである。

p171~「アメリカに泣きついた旧安保」
p172「吉 田茂首相は、戦前は外交官だったから、日本の独立を考えるのは当然のことだ。しかし、日本はアメリカの占領下で事実上、軍隊がない。もしもアメリカが撤退 すると言い出したら、日本はどうなるのかと吉田首相は考えた。軍隊もなく、愛国心もなくされた日本が独立を回復したところで丸裸状態だ。どうすればよいの か。
 そこで、極端に言えばアメリカに日本を防衛してくれと頼み込むような、泣きつくような形をとった。これが旧日米安保条約である。

この文面から読むと、旧日米安保条約というのは日本側から米国に頼んで自主的に結んでもらった様に取れる。
あたかもGHQによって1週間で作られた占領憲法だった日本国憲法が、自主憲法であると偽装したのと同じである。
このサンフランシスコ講和条約前後の情勢というのは、非常に欺瞞に満ちた歴史になっている。
昭和39年(1964)の頃の中学校の社会科教科書には、今で思うと実に妙なことばかり書かれていた。当時、戦後史は学校でもやらなかったし、試験にも出なかった。
それだから可なり思い切ったことが書けたと言うより、書いた教科書作者の経験したことであるからだったろうか。
そこには、講和条約の話が出てくるが、国会で主要問題として紛糾するのは吉田茂首相が講和条約締結後のことあった。

「裸の総理たち32人の正体」には、
吉 田茂の三女で、ファーストレディ的な立場で全権団に同行した麻生和子さんかっこ(麻生前首相の母)は『父 吉田茂』(光文社文庫)のなかで以下のような主 旨のことを書いています。『講和条約の方はともかく、安保条約に関しては、日露戦争後のポーツマス条約を結んだ小村寿太郎のように罵詈雑言をあびせられる ことを覚悟していたのに、羽田空港に着くと大歓迎だったので父はたいへん喜んでいました』と。

この事実は、一見すると日本国民が講和条約、安保条約の内容を予め知って容認していたように思えるが教科書にはそう書いていなかった。
簡単に言えば、歓迎というのは誤解に基づくもので、条約を締結してきたことは知られていなかったとあった。
そもそも講和条約締結にサンフランシスコへ出かけたこと自体秘密で、吉田首相以下主要な人物が行方不明になって大騒ぎしたことが書かれ、そして突然に羽田に現れ、その後講和条約について議論が開始されたとあった。
そこに至っても、まだ講和条約締結してきたことを国会で明かさず、議論が膠着したところで既に講和条約締結をしたと明かしたとあった。
「日本の歴史7戦後編(戦後混迷の時代に)」では、第8章「五五年体制と自民党」と言うところで、吉田茂首相について種々の疑問と辻褄の合わない事柄を何とか繕っている。
要するに、渡部昇一先生が従来型の保守本流の原点として吉田茂を挙げるとするならば、どうしても辻褄の合わない部分が多い。
辻褄の合わないと言うことは、どこかに嘘や誤魔化しがあることである。


片岡哲也著(フーバー研究所上席研究員)・英文原著「The Price of A Constitution」(Tailor&Francis New York,Inc)日本版「さらば吉田茂」(絶版)、復刻版「日本永久占領」(絶版)を読むとはっきり理由が書かれている。

渡部昇一先生がこの本を知らないはずはなく、微妙に参照したのではないかという感じがある記述もある。しかし「日本永久占領」を紹介していない。

そして、こういう米国側の資料から解明している戦後史の分析の名著が、早々と絶版になっていることは、未だに何かの雰囲気が払拭しきれないという感じが強い。

以下、その2へ

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