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2010年3月13日 (土)

没後400年 特別展 長谷川等伯 他を見る

没後400年 特別展 長谷川等伯 他を見る

2010/03/12東京国立博物館 平成館で開催されている「長谷川等伯特別展」を見た。
12日になってしまったのは、雪が降ったり交通機関の運休やら何やらで行けなかったからである。又一方、東京都美術館、上野の森美術館、国立新美術館などで開催されている書展、第59回奎星展、第46回創玄展が12日を最終日としていたからでもある。
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「長谷川等伯特別展」も週末では混雑するとしても、平日なら大した事はないだろうと高をくくっていたら朝10前で長蛇の列だった。
それでも、20分待ちで入場出来たというものの、入り口の「第1章・能登の絵仏師・長谷川信春」というところでは曼荼羅の作品にも近づけない有様。
こんな時はと言うより、音声ガイド(500円)を借りないと凡そ何も見ないで出てきてしまいそうだから、それを頼りに廻る始末。
結局第1室は、パスすることにした。
ところが第2室に行っても同じようというか、そのまま流れてきたような人達でこれまた寿司詰め状態。
音声ガイドもまだまだ2-3-4までしか行かない。しかし、どこの音声ガイドなのか目録を後から見て再度廻る始末なのだが、ようやく何とか見えてきたのが第3章(第3室)の等伯をめぐる人々-肖像画-。
みれば見た事があるような肖像画も出で来る。
まだこの辺は序の口というところ。
第4章桃山謳歌-金碧画-になって、国宝が二点展示されていた。
ここが前半の一つのメインで第一会場のトリという部分である。
音声ガイドのよいところは、こういう重要な部分ではキチンと解説してくれるところで、そうでなければそのまま単に見るだけで記憶に残らないところである。
しかも、金箔全面に「キンキン」貼ってある筈なのだが、照明が薄暗いからよく見えないのである。だから写真で見た方が余程綺麗で、細部まで判るというのは何やら割り切れないところがある。
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反対側の第2会場は、「仏涅槃図」の巨大な作品の続き水墨画。
国宝は、入場券の絵柄にもなった「松林図屏風」。
その国宝、解説によると元々の和紙の貼り合わせなどがあまり丁寧にやられていないのだそうな。
要するに、何か下書きのつもりで書き始めて出来上がったものが、あまりにも上手く書けてしまったと言うのかも知れない。
あの「永和九年‥‥」で始まるあの有名な蘭亭の序は、下書きのつもりで書いた「蘭亭の序」であるとかの話が伝わる。その後何度も書いたが、下書きの「蘭亭の序」を上回るできの物が出来なかったと言う話。色々諸説あるものの、そう言う類の話は間々あることである。
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東京国立博物館を出できたら、もう入館に80分待ちとアナウンスされていた。
その後、都美の第59回奎星展、第46回創玄展、その他書展、上野の森美術館の「'10奎星50人の書」を見てお昼時間を充分廻ってしまった。
今回、第59回奎星展では、「特別企画」として特別陳列 古鏡・文房清供展などか開かれていた。
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中でちょいと気を引かれたのが「硯」。
元々師匠の横堀艸風先生が硯を集めるのが趣味で、色々と触らせて頂いたり見たりもしたから、その比較で不思議と硯の善し悪しが判る気がするのである。
その硯の中で気になったのが、「澄泥硯」。
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一昨年の国立新美術館で展示された「澄泥硯」なるものが、全て石の「澄泥硯」でがっかりしたものだったが、今回のものは本物の「澄泥硯」、即ち焼き物であるような気がした。
実際手に取ってみないと何とも言えないが、間違いなくそうだろうと思う。
最近の傾向として澄泥硯は石だとするから、なぜなのだと不思議に思う。
奎星展の澄泥硯の説明にも不思議な記述がある。
「澄泥硯・江蘇省蘇州市郊外霊巖山からの産出。かっては焼成の硯とされてきた。」

こんなことは、大嘘なのである。
澄泥硯というのは、元々砂鉄の多い砂の焼き物の実用品で(安く)広く使われていた人気の硯である。それが、お宝ではなく実用品だったために後世に残らなかったと言う硯でもある。しかも、人気が薄れると共に製法技術も廃れてしまったため再選産は出来ない。
それで、砂鉄の元になっている岩石を澄泥硯と名前を付けて最近売っているだけのもの。
新端渓の硯を見てみれば色々な名前を付けて最もらしくしているように、中国人というのは商売人なのである。
その他、歙州硯の一部は新歙州硯だったよな。

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