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2010年3月

2010年3月30日 (火)

パソコンの入力機器、キーボードされどキーボード

パソコンの入力機器、キーボードされどキーボード

パソコンの入力機器、キーボードというのは中々奥の深いものがある。
キーボードを使うに当たって考えられることは、いかに早く正確に打てるか、又思考リズムを崩さないように入力の引っかかりなどがないか、又当然打ちやすさと言うものがある。
従来からのキーボードというのは、メンブレン式で元々はメーカー製のPCを買ったときについてきた代物。
NECや富士通のマークがあると言いながら、実際の出所はどこだか分からないもので同じものが秋葉原で1,480円位で売っていて良く買ったものである。
そういう一応メーカーロゴの付いたものというのは時たま高くて、コンパック印の見た目の良いものは3,800円もしたことがあった。
しかし、そういうものの外に実際は500円~980円というキーボードが結構使われている。
特に最近では使われなくなったPS2専用などはそうである。
元々USBのキーボードというのは、Win98頃からNECのデスクトップパソコンで使われ始めたものの、OSがUSB1.1をサポートしていない頃だったからサスペンド【suspend】状態になったらキーボードが使えないという笑えない話があった。
だから、「ブルースクリーン」になったら電源を切るしかないと言うのは、Win98seになって一時的にPS2のポートを廃止したころであった。
それから、NECもクレームに懲りて暫くPS2のキーボードに戻っていたが、最近ではUSBキーボードでも普通に使えるようになっている。
なんと言っても、USBメモリーを使ってBIOSアップデート出来るくらいだからキーボードなどは当たり前というものだ。
‥‥と言うことで、近年の高性能キーボードというのはUSB接続になってしまった。
本当のことを言うと、昔のUSBキーボードの失敗のトラウマがあってUSBタイプのものを忌避していたのが実態である。一方それでマウスは延々とUSBマウスを使っているからそれも妙だったのだが。
そんなわけで、昨年の7月にJust MyShopで「UAC メンブレン109日本語PS2キーボード UACC-6868/PS2」と言うものを買ってみた。これはアウトレットで500円。
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買ってみたのは、以前使っていたエレコムのキーボードがフルキーボードでなかったと言う理由だった。それが半年使ってみてEnterキーが引っかかるようになった。
これは、昔のタイプのもので良くあることで、キーストロークが大きいのと横へのキーの遊びが少しあるという理由である。
こういう風に、「Enter」を押して引っかかる、押しても押し込めない状態になったりするといっぺんに嫌になるものである。
実際は、ストロークが大きいとともに押下圧65-70 gある感じなのである。
特に最近は、ノート型パソコンが主流になっているからキーストロークが小さい「パタパタ」とした感じのものが多くなった。
それでPS2、USBでも使えて単純なやつというのが「Logicool® Ultra Flat Keyboard」と言うものだった。
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これは、今までのキーボードからしてみると結構パタパタしているのだが、ノート型パソコンのキーボードに近く、不思議とキーの大きさが大きい。そして、押下圧58 g と結構軽く中々優れもだった。
しかし、PS2だから単純で何も面白いところはなし、そしてコンパクトに作り過ぎてブラインドタッチだとキーの打ち間違いや、細かい部分で慣れが必要であった。
そして、一般のキーボードと違って良く使いそうな部分というものが独立したキーになっていたりである。
そのほか「Logicool® Access keyboard 600」という従来型のものがあって、これだと配置的にそれほど変わらない。
古いタイプの有線キーボードというのは恐ろしく多機能で、これだけで十分という感じはある。当然キーストロークは大きくそれとともに押下圧60g。
昔のキーボードに比べれば軽いが、「Logicool® diNovo Keyboard (ロジクール ディノボ キーボード)」を使ってしまったらもう戻れなくなってしまった。
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その理由というのは、パンタグラフ式と言うだけでなく押下圧55gと軽いタッチなのである。
キーストロークが小さくタッチが軽いというのは早く打てる必須のことだが、ロジクールキーボードの特徴としてDeleteのキーが大きくこれが使いやすい。
そして、同じく電卓機能はテンキーボードがそのまま電卓のキーになることである。
この辺は、ロジクールキーボードの特徴をそのまま表していると言える。
欠点というのは、いろいろな人が述べてるとおりファンクションキーが小さく、そして接していることである。
小生など、Fキーを多用する時はいちいち確認しないと打てないというのは、面倒と言えば面倒である。
それにしてもキーを打つ感触の良さはその欠点を補っているとも言える。
そして無線キーボードであるが故に、デスクトップPCの場合USBのレーシーバーを見えるところに置かないと時たま反応がしづらくなるのは何時もの通り。

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2010年3月29日 (月)

産経皇室担当記者「学習院初等科学級崩壊」の皇室批判と雅子妃バッシング

産経皇室担当記者「学習院初等科学級崩壊」

の皇室批判と雅子妃バッシング

敬宮(としのみや)愛子さまをめぐる問題は、もう週刊誌では取り上げられない様になったが、月刊誌では妙な形で取り上げられていた。
それは、今、雑誌「諸君」が休刊になって保守派に脚光を浴びつつある月刊「WiLL」という雑誌。
民主党支持者や社民党支持者なら手に取るのも汚らわしいと思われているのが、この月刊「WiLL」である。
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この5月号に「愛子さま不登校問題の核心」と題して産経新聞記者・大島真生氏の記事が掲載されている。
この大島真生(まなぶ)氏は、産経新聞社会部宮内庁担当記者(多分・遊軍)で「愛子さまと悠仁さま・本家のプリンセスと分家のプリンス・」愛子さまと悠仁さま (新潮新書・2007/09/18)という本を出している。

宮内庁担当記者であるから、皇室に対して寛容かと言えば決してそうではないらしい。
そのどちらかと言えば批判的であると感じるのは、昭和43年生まれという第二次ベビーブーマーの後、皇室を何とも思わない親に育てられた世代の様に感じる。
その妙な客観性というのは、そんなことは当たり前だろうと思われる皇室内の格差を「愛子さまと悠仁さま・本家のプリンセスと分家のプリンス」という本に表していることである。
いずれにせよ、その前段階はさしおくとして、記事を読んで行くと前段の3-4ページというのが共同通信の配信と思われる・2010/03/17の地方紙「東宮職発表 批判やまず」「止められなかったのか」とほぼ同じ趣旨なのである。
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そして、雅子妃に関しては週刊現代の「雅子妃はモンスターマザーなのか」と同じ様な記事になっている。
そして、3ページ目からは愛子さまの深刻に問題となっていることから目を離し、学習院の対応の事実を無視して、「いい意味でも悪い意味でも『プロの対応』だった」と評価しているのである。
実は、この大島氏は、皇室批判をするために論点から逃げている。
それはこんなところである。

「おつきや警備の人間を多く従えている愛子様がどんな存在なのか、天皇家というものがいったいどういう存在なのかは理解できなくとも、‥‥中略‥‥自分たちの母親や教師たちが、愛子様への対応がどこか違うことも、もう分かる年頃である。」

そうであれば、愛子様に対する「粗暴」というのは知っていてわざとやってる事になる。
そこには、天皇家に対する敬意や尊敬などみじんも教えていないと言うことが見て取れるではないのだろうか。
だから、本来なら学習院とその親の問題につきるというものである。
ところが、そんな分かりきったことを書いてしまうと批判にならないから、書くだけですらりと逃げている。
この辺まで読み進めて行くと、書いている記者が皇室という重要性や尊敬の念というものを一切持ち合わせていないというか、そう言う概念がないことが分かってくる。
なぜなら、本文の書き始めから「3月5日、宮内庁の野村一成東宮大夫が、定例会見で愛子さまの『不登校』を公表した。」と書き始めている。
元々題が「愛子さま不登校問題の核心」という敬称も一切つけない粗野な書きぶりから、その姿勢というものが推察されるのは分かりきったことでもある。
このどう考えても日本国憲法を間違って解釈し、皇室を敬う心を持っていない記者は、4ページ目の中盤にとうとう無知をさらけ出すというか、どうしようもない神経を暴露してしまう。
それは、‥‥‥

「すくなくとも、入学時、ご夫妻から『特別扱いはしないでほしい』と言われている以上、愛子様の『不安感』だけで、いきなり『問題児』とされた児童を叱責、処罰するといったことはすべきでない、とは考えて当然だろう。」

この文章は誰に対しているのか、これだけでは分からないと言うほど、敬称も何も略してある。普通の感覚なら「ご入学」とするし、皇太子、皇太子妃のことを「ご夫妻」とは宮内庁担当記者のみならず一般人でも絶対に言わない。
簡単に言えば、皇室の皇太子、皇太子妃も一般の庶民と変わらないと見ている感覚がありありと分かるのではないか。
そして、その文章の内容が「特別扱いはしないでほしい」と言うのを文字通り受け取るというのも産経新聞の記者ともあろう者が無知のほどがある。
なぜなら、「特別扱いはしないでほしい」と言う意味は、元々皇室を敬う神経が国民や周囲にあってという前提であり、本当に「特別扱いはしない」などと言うのは有り得ないことである。
だから次の見出しで「必要とされる『社会性』」という変な正義論を振りかざす。
分かりやすく言えば、皇室を庶民のところまで引きずり落すという感性であって、そうでないと理解できないというものである。
だから、皇室批判としてこんな部分が出で来る。

「学校側に大きな『落ち度』があったようには見えないが、結果的に学習院にとってこの『事件』は大きな打撃であり、『イメージダウン』となったことは間違いない。」

要約すれば、皇太子殿下妃殿下夫妻が東宮大夫を通して学習院に文句を言ったのが悪かった、泣き寝入りをすればよかったと言うことである。
だから続いて、雅子妃殿下に対するバッシングを始め、将来皇后になるのを不適と警戒して、説教を垂れている。
我々庶民でもこんなことを言われたら、「あんた何様だと思っているのか」と誰でも感じてしまうようなことを書き連ねている。
しかも、昔の事情すら知らないくせに、どこからか仕入れた小賢しい説教というのは次の部分である。

「皇后の社会性こそが、妻に選ばれた要素だったのだ。陛下は皇后によって、生まれ育った狭い世界から解放されたのである。美智子皇后は、陛下の輝きを引き出す名『助演女優』なのだ。
雅子妃と皇太子殿下にも同じことが言えよう。」

‥‥どこか左派系のアジビラのような文章にも、当然「妻」が出来た。
ここまで来て、この産経新聞記者大島真生氏の馬脚がとうとう見えてしまったのは、本人は気づいているのだろうか。
この大島真生氏と言うのは、皇室というのは単に有名俳優の夫婦ぐらいにしか思っていないと言うことなのである。そうでなければ、今までの皇室無視の言論というものが成り立たない。
それから最後まで雅子妃のバッシングが続くのだが、本来の敬宮愛子さま不登校問題と言う部分は一切触れていない。
そして、不登校問題の核心と言うものが雅子妃の社会性のなさ、皇后となるには不適格と烙印を押した上、「アドバイスできる人材を」と良く分からない事を言っている。
最後に、雅子妃に対して再び「したたかに皇太子殿下を支える、名『助演女優』になっていただきたいものだ。」と言い、以下の言葉で締めている。

はっきり言って、大島真生氏が長々と詭弁を弄して述べた主題である。

「宮内庁にも、心から皇室の未来を思い、身を挺しても『殿下、妃殿下、そうはおっしゃいますが‥‥‥』と、言える人材が配されることを願ってやまない。」

ここまで来ると笑ってしまうではないか。
なぜなら、この大島真生氏のような皇室を敬うことなどさらさら無く、精々有名俳優一族、有名人くらいに思っている人達が増えてくる以上、「殿下、妃殿下、そうはおっしゃいますが‥‥‥」と言われて泣き寝入りしていれば、皇室のノーブレス・オブリージェは失われてしまう。
今や、皇室を国民から金を貰って暮らしている有名人の一族くらいにしか思っておらず、皇室を敬う観念がない人々が増えているのが問題なのである。
特に今の民主党政権に至っては、天皇陛下さえ幹事長の下僕としか見ていない。
この大島真生記者もその例外ではないのは、著書で皇室の金の問題を扱っているから明白である。
そしてそう言う親たちが増え、子供に対して「皇室を敬う」と言うことを教えずに、単に勉強が出来ればよい程度で、本当のしつけがなされていない。
敬宮愛子さまをつかんで、下駄箱に頭を突っ込ませようとするなどの粗暴な「男の子」でさえ、しっかりと言い聞かせれば本来良く分かるはずなのである。
ところが、それが出来ないと言うのが親や学校の問題であるのは今も昔も変わらない。
事実、小生が小中学生の頃は、高学年になってもそんな陰で粗暴な振る舞いをする児童、生徒などがいて、学年一の美少女と謳われたM嬢や気になる女学生がしきりに狙われた。
その粗暴な行為を同級生の女子学生や男子学生などが守る日々が続き、最終的に担任教師に申し出た。
しかし、教師の叱責には最後まで「証拠がない」とその生徒・児童は認めず白を切っていたし、最後にはクラスの生徒たちの実力行使で止めさせることになった。

今、昔のように「剛」の児童、生徒というものは、少子化で一人っ子などが多く、極めて少ない。
そして、小生の子供が、もし敬宮愛子さまのようなことになったら、親として間違いなく学校に出かけて交渉するであろうというのは、時代が違ったからである。
戦後のベビーブーマーの頃の時代というのは、家族兄弟も多く、町内の空き地には必ず子供たちのテリトリーがあった。
そこでのガキ大将というのは、それなりに社会性と喧嘩の仕方というものを学んでいったが、今はそんなところはない。
昔なら、喧嘩や悪戯には常に手加減されたし、必ず何人かいた「アブナイ」直ぐ切れる児童生徒というのは、見張りが付いて「てなづけて」問題を起こさぬよう押さえていた。
実際、それでも問題は起きたが今は、小さな事件、喧嘩が大問題になる。
以前、転勤族の新聞記者の小学生の女児童が同級生に殺傷されて亡くなると言う事件があった。
犯人は、いわば「アブナイ」と思われた女児童ではあったが、防ぐことは出来なかったと言うのが今の世の中なのである。
大島真生氏の思想では、子供は社会や学校で「自由放任主義的」に育てると言うのかもしれないが、今の時代子供は実の親が身を呈して育てるのである。

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2010年3月27日 (土)

金澤魯水先生逝去を悼む(個人的な弔辞)

金澤魯水先生逝去を悼む(個人的な弔辞)

大澤雅休、最晩年の弟子の一人である金澤魯水先生が3月24日亡くなった。
「金澤魯水先生逝去を悼む」と題をつけたものの齢(よわい)85歳の長命で、大往生と言った方がふさわしいかも知れない。
小生の師、横堀艸風は同じく大沢雅休の弟子とはいうものの、中島邑水先生とほぼ同時期の高弟であって金澤魯水先生などとは、多少趣を異にする。
ちなみに、横堀艸風の逝去は群馬県書道協会会長現職の時であって、当然80歳に満たない。
逝去の年齢という部分で言えば、大澤雅休は手本執筆中の63歳の時、狭心症で逝去。
近代詩文の創設者と言えるかな作家の弟の大澤竹胎先生は、「今日は、兄雅休の告別式の日だったと、家人に語り、突如、心臓発作に逝去、時に55歳。」(上毛書家列伝(上)・昭和59年刊・みやま文庫)‥‥と言った具合であった。
大澤雅休が長命の書家の倣いとして、あと20年生きておれば書道界は大きく違ったと言われているものなのである。
実際、そんなことを言えば香川峰雲先生がもっと長生きしていれば、同じく書道界というものが違ったものになったと言うことになって、収拾が付かない、というより無駄な話なのである。
さて、金澤魯水先生の葬儀は高崎市の斎場で行われた。
近年公共施設の斎場などで葬儀が行われると言うのも珍しいのだが、高崎市の住民でない小生としては行くのが初めてである。
小高い岡と言うより山の上のあるここが本当に斎場なのかと、裏のお寺の横のくねくねとした急登の参道から入ったので特にそう思った。
それは兎も角も、会場の設営の思惑違いか多くの会葬者で溢れかえっていた。
金澤魯水先生とは、書道界に30年近く在籍していると当然のことながら良く見知っていると言うところなのだが、実は一度も話をしたことはない。
そしてその葬儀では、6本の弔辞が読まれた中で常に話題にあがったのが、2007年(平成19年)3月の末に亡くなった金子魯空先生であって、その魯空先生とはよく話した間柄でもあった。
この金澤魯水、金子魯空両先生というのは、同じ「魯」と言う文字を雅号に使っているだけに大澤雅休の弟子というだけでなく、いろいろな縁があって碧玉会という今でも続く書団を創設して活躍しておられた。
そんなことは、先刻承知なのは誰でも分かっているもので話す話題でもないが、葬儀に出ているといろいろと分かるものである。
ちなみに、弔辞は

  • 1、長寿会(?)
  • 2、(財)書道芸術院北関東総局長 西林乗宣(先生・元(社)群馬県書道協会会長)
  • 3、(社)群馬県書道協会副会長 大井美津江(先生)
  • 4、上毛書人会会長 関口虚想(先生・元(社)群馬県書道協会会長)
  • 5、高崎書道会会長 金澤子卿(先生・元(社)群馬県書道協会会長)(代読)
  • 6,碧玉会会長 大島桂水(題のみ)

の一応5プラス1という長大なものになった。
思い返してみれば金子魯空先生の時は、(社)群馬県書道協会とあと一つぐらいだったかあまり記憶にない。
しかし、葬儀会場に作品集や各種の賞状などが並べられ、金子先生の書家としての業績がそれとなく分かったものである。
それは、斎場と葬儀社の会場との違いと言ってしまえばそうなのであるが、そう言うものが一切無かったというのは寂しいものである。
この金子魯空先生に関しては、作品集も頂いていることだから機会があったら紹介しておこうと思う。
祭壇の献花は、正面右に(財)書道芸術院・辻元大雲常務理事と(財)毎日書道会北村理事長、左に(財)書道芸術院恩地理事長、(財)書道芸術院北関東総局とあり、右横には(社)群馬県書道協会、香川倫子((財)書道芸術院・馨香会)、大井美津江(邑門会・秀水会)など書道関係の献花がズラリと並んでいた。
金澤魯水先生のことはあまり良く知らないというのは、前掲で述べたことでその理由というのは、いわゆる師系が違うと言うことである。
その師系が違うと言う事がよく分かったのは、大井美津江先生の弔辞によるものであった。
それは何かと言えば、大澤雅休は思いの外早く亡くなった(急逝)ために、高弟である中島邑水先生師事したということである。
それで、中島邑水先生の弟子である大井美津江先生の弔辞によって、何センチもあるほどの稽古の書作を邑水先生のところに持ってきたと言う話になる。
それはあたかも大澤雅休が比田井天来先生に通うにあたり、50センチもの厚さの書作を毎週持っていったという逸話に繋がる。
そんなことで、金澤魯水先生というのは邑門会に繋がるというのであれば、なるほどと頷けるものがある。
そう言う部分では、横堀艸風というのは孤高の名人で、組織的に弟子を育てるというのは不得手であったようなのである。
それにしても、ほとんど関係のないと思われた高崎書道会会長 金澤子卿先生の弔辞というものは中々注目するところで、金澤魯水先生も書道史の一部だったことを思い起こさせるものであった。
金澤子卿先生の話というのは、高崎書道会の歴史を直前に読んでいたために、昭和24年(1949年)8月の東京都美術館で「日本総合書芸展」(毎日書道展の第2回に相当)の話が出て来たのには驚いた。
この時、金澤子卿先生というのは漢字部門入賞者20名という時に、その一員として褒状を貰ったとあった。
弔辞では、金澤子卿先生と金澤魯水先生は、その後群馬県書道展創設に係わることを述べられているが、金澤子卿先生は以後毎日書道展に拘わっていない。
金澤子卿先生は、昭和33年に日本では唯一の于右任先生の門人となって日本の書団との係わり合いを絶って今日に至っている。
それにしても小此木草卿先生(毎日・大字書部)によれば、黒澤春来先生に習いに行っていた時に、金澤子卿先生とその奥様が同門だったと言うから書の世界というのは本当に良く分からないことばかりである。

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週刊現代コラム「大橋巨泉・今週の遺言」の妄言

週刊現代コラム「大橋巨泉・今週の遺言」の妄言

大 橋巨泉氏のコラムに関しては、3月15日のエントリーで批判している。
それは週刊現代のコラム「大橋巨泉・今週の遺言」の「第69回は『永住外国 人の参政権反対よりも、日本を住みたくなるような国にしようよ』」である。
ここで「櫻井よしこ氏に『それは被害妄想の極致でしょう』と批判」して いた。
大橋巨泉氏の大言壮語、耳学問、見識の低さというものは、今に始まったことではないから、あえて巨泉氏の言葉を韓国風に「妄言」としてお く。
この69回は「永住外国人の参政権反対よりも、日本を住みたくなるような国にしようよ」に対して、週刊文春4月1日号で櫻井よしこ氏が 「私を『被害妄想の極致』と罵った大橋巨泉さんへ」と題して反論している。
大橋巨泉氏の不見識というのは、現実や事実を認めず本当は自らは嫌なこ とを他人には強要するという常に高みから物を言うことである。
しかも本人は、「自分に優しく、他人に厳しい」と日本にいる時は散々言っていたとお りである。本来なら「自分に厳しく、他人に優しく」と言うことで、自らを律して他人のために尽くすと言うのが日本人の本分であるが、そんなことはさらさら 無い。
事実として、大橋巨泉氏が慈善事業に私財を投げ打ったと言う話は聞いたことがない。
その大橋巨泉氏は、「自分に優しく」とばかり日 本、カナダ、オーストラリアと季節のよい時期に滞在して、日本国内、海外とあまり余る資産と永住権も持ちいわゆる特権階級を享受している。
櫻井よ しこ氏は、この大橋巨泉氏の妄言に対して現実直視と世界中の各地に溢れ上がる中国系住民の問題点を指摘している。
だから、日本、カナダ、オースト ラリアと在住するなら是非とも「中国にも住め!」と直言する。なぜなら、大橋巨泉氏は絶対に中国には住もうとはしないのは間違いないからだ。
多分 理由としてこう言うだろう「中国なんて、環境が悪くて住めたものではないだろう、がは‥は‥は‥‥‥」又は、「中国人の規律無視‥‥云々を言うかも知れな い。」
ところが、大橋巨泉氏と言うのは「永住外国人の参政権反対よりも、日本を住みたくなるような国にしようよ」では無邪気なものなのである。
な ぜならば、先に述べたように日本の冬の寒さが嫌いだからオーストラリアに住むと言う人物であるし、夏の暑さが嫌だからカナダに住むという人物である。
分 かりやすく言えば、日本が日本でなくなったとしても「日本が嫌なら海外」でお客さんとして政治に関わりなく住む事が出来る分けである。
だから日本 と言う国にドップリと浸かって逃げ出すことさえ出来ない庶民に取っては、大橋巨泉氏が常々言っている「馬鹿野郎」をそのまま巨泉氏に返してやりたいとは誰 でも思う。
そして、週刊現代4月3日号「大橋巨泉・今週の遺言」で は、例のイルカ漁批判映画「ザ・コーブ」を持ち出して、日本ではあんな事をやっているのかと聞かれて「絶句」したとある。その後は例によって個人的見解の 悪態をついているのは、もう読まなくても充分、「ゲップ」がでる反日論である。
ここで、これがもし中国人だったら猛烈な勢いで自国擁護するはずで ある。いやフランス人やその他の人達でも間違いなく、それなりの自国擁護というのは常識である。
なぜなら、彼らは愛国心というものを持っているか らである。
ところが、この大橋巨泉氏と言うのはどう考えても「愛国心」と言うものを持ち合わせているとは思えない。
そして、日本は批判す る一方他国に住みながら、他国の安全保障にはドップリと浸かってその現実を顧みない。なぜなら巨泉氏が常々言う様にその国の「お客さん」として暮らすから である。
そうなると、大橋巨泉氏のアイデンティティは日本無ければならないが、それも希薄となれば、もはや金儲けのための「大橋巨泉・今週の遺 言」など百害あって一利なしである。
なぜなら、愛国者でない国民というのは日本国内では問題にされなくとも、海外に出てそうと分かれば「信用され ない人物」として軽蔑の対象になる。
そうであるならば、今からでも遅くないから「大橋巨泉・今週の遺言」は「私の遺産は全て日本国民に捧げます」 に代えて懺悔すべきなのではないか。
しかし、「自分に優しく、他人に厳しい」と口にするほど、自己に甘い巨泉氏がそんなことをするはずがないのは 分かりきった事である。
それにしても、日本が嫌いで日本にも住んでいないで「日本を住みたくなるような国にしようよ」とはとんでも無い人物である ことよ。

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2010年3月25日 (木)

ロジクールのアウトレット更新されましたね

ロジクールのアウトレット更新されましたね

2010/03/25見てみたら、「ロジクールのアウトレット」が更新されていました。
MX Revolutionも再登場しています。(6480円)

このマウスは、カタログ落ちになっていますから流通在庫だけなのですが、多分メーカーへ返品されているものが多いのかも知れません。
Ultra-Flat Keyboard (ライトパール)なども出ていますが、前回ブラックが780円程度で出でいましたからどうなのでしょうか。
スピカーは大したものがありませんがCordless Numberpad for Notebooksが再度登場していました。
全体的には、前回の更新よりもあまりめぼしいものが出でいません。

【ロジクールストア】在庫限りのアウトレット商品!

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民主党の幼児性議員と反論に言論封殺で返す反民主主義

民主党の幼児性議員と反論に言論封殺で返す反民主主義

近年の民主党の妙な言論封殺と「自民 党時代は何でも反対」というのは、とうとう政党自体の幼児性を露呈しつつある様な気がする。
もう既に普天間問題では、「病膏肓(こうこう)にい る」という事態で、自民党時代に米国と合意した基地移設案(シュワブ沿岸部に移設する現行案)が、なぜ不適なのか説明出来ないで避けている感じがする。
他 の移設案を見てみても、取りあえず作ってみましたと言うような非現実的なものばかりで誰が見ても「バカじゃないか」と思わせるものである。
なぜな ら、基地の移設と言っても単に基地を作ればよいと言うのではなく、その有効性と種々の融合性を持たせない限り全く意味がない。
だから、県外国外な どと言っていた民主党の当初の考え方や社民党の考え方などは、歴史的な事実・経緯からして「無知」、即ち、歴史的、軍事的な非常識と言うものである。
こ の民主党や社民党というのは、歴史を歪曲して事実を無視したり、歴史的事実を何一つ理解することも出来ないと言う幼児性を持っているというのは、どう考え ても政治性が劣る。
その社民党の宗教的な一面は「23日の参院予算委員会集中審議」で明らかになっているが、こんな政党を抱えて普天間問題を解決 できない民主党というのは末期症状なのではないかと思えてならない。
その「23 日の参院予算委員会集中審議」とは読売新聞にこんな風に書かれている。

「米国の核抑止力を巡り、23日の参院予算委員会集中審議で、鳩山 首相が『日本に必要だ』とし、社民党党首の福島消費者相が『日本の最大の抑止力は憲法9条だ。(9条が核を)日本に撃ち込ませてこなかった』と主張して、 見解の相違が表面化した。」

社民党の「憲法9条」の言霊論は、この種の人達の宗教のようなもので、あの故加藤周一氏も「憲法9条」を世界遺産にと は言わなかったが、世界に広めるとか言っていた。
彼らが、マッカーサーの日本占領政策の一環としての日本国憲法を守ろうとしている根拠というの は、実は占領当時の政策をよく見てみると面白いことが分かる。
なぜなら、GHQによる占領体制による恩恵を多く受けたのが当時の社会党であって、 占領利得者であったことである。
そんなことから敷衍すると、GHQの占領体制の継続を意味する日本国憲法の擁護というのは、実に妙なことになって いるのである。
そして、社民党が主張する米国軍隊の基地問題というのは、日本国憲法によって制限されているという自衛と日本国軍という軍隊に関わ ることであるというのは、社民党が歴史を全く理解していないことを示している。
簡単に言えば、社民党というのは政治家でも政治屋でもなく、単なる 宗教団体と言うことである。
そして、ここで民主党の幼児性と言うことをネットで検索してみたら、

「幼児性に芯から寒くなる」
「幼 児性丸出しの政権・民主党」
「民主党の幼児性に、ほとほと呆れる」
「主党は視野狭窄の幼児性の脳みそを持った集団」‥‥‥といくらでも出 で来ると言うのにはあきれた。

そして、その幼児性の最たるものは、「週刊朝日 2010年4月2日号(言論封殺の「暗黒政治」批判者を更迭、提訴、封じ込め民主党の小さすぎる"ケツの穴")」に も出でいる
それは、「福 山哲郎(外務)副大臣が最近、文藝春秋とルポライター横田由美子氏を相手どり、損害賠償を求めて提訴したのだ。文藝春秋2月号の記事 「CO225%削減 『友愛』外交の敗北」が名誉を棄損したという」話。
‥‥‥‥‥


「記事の内容は、09年12月の国連気候変動 枠組み条約締約国会議(COP15)にまつわる論評をまとめたもの。横田氏は、鳩山首相が提唱した二酸化炭素(CO2)の25%削減という高いハードルに 伴う莫大なコストを懸念する産業界や経済官僚らの見解を紹介し、これを『失策』と評した。これまで民主党の環境政策の中心にいた福山氏にも、批判の矛先を 向けている。
 福山氏は訴状の中で、この記事が、『虚偽』に基づき、『(福山氏が)産業界、国民に対する配慮をせず、政府ないしは 民主党を取り仕切っているとの印象を強く与えた』と主張している。」
「ところが、何を虚偽と言っているかというと、首をかしげざ るを得ない。例えば、鳩山政権下の地球温暖化問題の会議が『福山氏の独壇場だと評判だ』と論評したこと、25%削減のために『多額の負担を強いられる国民 への配慮は見られない』と評したことなどを、『虚偽だ』としているのだ。
 ジャーナリストが取材に基づいて、国の政策や政治家に対す る自分の考えを表明したことが、なぜ虚偽だというのだろうか。しかも、与党政治家で副大臣の福山氏なら、記者会見をはじめ、反論の機会はいくらでもある。 それを言論ではなく、裁判に持ち込む。これでは、批判を封殺するための訴訟だと言われても仕方がない。」(週刊朝日)
‥‥‥‥‥‥


国家権力の一員である副大臣がマスコミに批判されたからと言って、訴訟に持ち込 むというのなら日本には言論の自由はないのかと言う事になる。
そして、そう言う批判に対して具体的に国民に分かるように反論すると言うのが、政治 家として求められるものだろう。
それが反論できないというのなら、その政策が間違っている、又はインチキである証拠であって、本来なら議員辞職し てしかるべきなのである。
本当に、民主党の議員一人一人にあきれてものが言えないと言うのも、議論になればほとんど反論が出来ない机上の空論ばか りと言うのが今の民主党の政策であるからである。

今の民主党が政策議論をさせないで、国会を通しその失敗には責任を取らず、国民に廻すと いうのは今の民主党の無責任体制から良く分かる。
そして、議論封殺で議論させないのは、その政策が議論に耐えられない愚作ばかりであるからと言う ことである。
何と言っても、議論に対し「名誉毀損だ」と提訴するというのは、その議論では負けと言う事がよく分かっているに相違ない。
し かし、それは国会議員としては失格だろう。
その環境に関する議論を見てみれば、国民負担を考えず「言 う事だけは簡単だよな」と、本当にナイーブな、と言うのより無邪気な考え方に馬鹿馬鹿しくなると言うものなのである。
物事を複眼的に見ら れないというのは、今の民主党議員の典型例というものの、こういう人物というのは政治家には向かないというより害であるとしか思えないものである。

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2010年3月22日 (月)

優れものその1・キューブ型スピーカーYAMAHA・NX-A01

優れものその1・キューブ型スピーカーYAMAHA・NX-A01

先日、 ある会員制の通販サイトで期間限定商品として激安で売られていたのが、「YAMAHAスピーカーシステム NX-A01」と言うものだった。
大き さ約9センチ(84mm)四方のキューブ型の小さな箱というのがこのスピーカー。
こんなものは役に立つのかとは思うものの、YAMAHA製ともな ればただ物ではない事は確か。

YAMAHA スピーカーシステム NX-A01(B) ブラック それで、アマゾンや価格comの口コミを見てみれば、驚く無かれ非常に評価が高い。
但し、価格コム(7,980円)は兎も角も、アマゾンで 12,000円弱というのでは、このデフレのご時世でおいそれと買えたものではない。
マウスやキーボード、その他パソコン用スピーカーなどの上級 品(?)を売っているロジクールなどは、製品自体が置いていない家電量販店がいくらでもあるくらいである。
家電量販店では、よく売られているマウ スは1,980円程度だし、パソコン用スピーカーだって980円とかで、元々パソコンとセットでついてきたものを使っているはずだから別に購入するという 感覚ではない。
そして、ロジクール製で別に購入すると言うのなら、マウスが5,000円から10,000円、パソコン用スピーカーだって 10,000円のレベルだったら誰だって躊躇する。
だからロジクールのアウトレットというのは大人気であった。 【ロジクールストア】在庫限りのアウトレット商品!
実は先週3月15日頃に商品が突然追加になって、気がついた時にはめぼしいものは売り切れ、見る間に無くなって行く。
但し6,480円の MX Revolutionというマウスは中々売り切れなかった。
価格的に高いとはいうものの、市販では12,800円していた高級品で、もう秋 葉ヨドバシなどには在庫が無く、価格高騰してマニアが2台目、3台目と買っているもの。
実は、小生も2台目まで買う勇気はなかったからそのままと したが、Mouse M500が2,480円(税込)で売られていたのは結構複雑な心境だった。
このMouse M500というのは、有線マウスとしては秀逸なもので2,480円なら充分納得の行くものなのである。(以前のエントリーで解説) 「MX1100 Cordless Laser Mouse」と「diNovo Keyboard」をセットにした、数量限定の特別セット
それにしても、「MX1100 Cordless Laser Mouse」と「diNovo Keyboard」をセットにした、特別セットと言うヤツは、ロジクールのウエブサイトトップからリンクされていないので、(バナー以外からは入れないの で)中々売り切れない。
そんなこんなで、今まで買えなかった高級品が半額程度で手に入るというのはやはりデフレの影響なのかというものである。

さ て、このYAMAHA・NX-A01。
こんなもの何に使うのかと思って、ヤマト運輸から届いた包みを開けながら考えたし、その小ささに唖然とする ものでもあった。
兎に角、接続と言うことで、どうも「モゴモゴ」と高音部がクリアーで無かったケンウッドのラジカセに繋いでみた。
出力は イヤホンジャックである。
‥‥と驚いたのは、非常に明瞭なクリアーな音、低音もそこそこで一瞬ラジカセの音とは思えないのである。
特に、 ボーカルのクリアさには驚くと言うものの、両脇の3センチのスピーカー2つで出す音の定位置の良さは当然として、中々お目書かれる音質ではない。
た だ、モーツアルトなどのクラシックの一部では、音の広がりに欠けるのはやむおおえないものの多少離れて聞けば問題なし。
FM放送の音楽でも結構臨 場感があったりして、アンプと音響効果の最新技術の冴えに驚くと言うものである。
だから、これでしばらくラジカセにつけたままになりそうである。
又、 最近の液晶テレビというのは液晶画面の裏にスピーカーがあったり、液晶の下に僅かばかりスピーカーを配したもので非常に音が悪い。
それで、これを 接続したところ出演者の声のトーンがクリアなこと。そして、当然液晶の前スピーカーが来るから音が前に出る。
ただ、DVDで映画を見ると言う時は 重低音が足りないから迫力不足かもしれない。
しかし、一寸いい音でTVを見たいと言う時に手軽につけられると言うのがよいところである。
実 は、このスピーカーというのは元々携帯電話やiPodを聞くもので、メーカーでも「音楽ケータイ、iPodなどのデジタルオーディオプレーヤーを接続す る」とあるのだが、パソコン用でも充分な性能を発揮する。
但し、据え置きであるならば、もっと安くて高性能のもの売られているから考えものでもあ る。

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民主党政権の半年を振り返りその宗教的本質を悟る

民主党政権の半年を振り返りその宗教的本質を悟る

先日民主党政権発足半年、経過しての評価というものは散々だった。
その上、民主党議員の不正、不公正は留まることを知らず尚かつ、民主党内での言論封殺という事実もますます顕在化して、国民の目を「顰(ひそ)ませる」ものとなった。
民主党という政党にあの夏の選挙で、国民は全面的に日本の運営を任せたのであろうか。民主党の鳩山、小沢の小鳩内閣と言われる面々は国民からの全面委任として、自民党が延々と行ってきた外交を含めた全ての事柄をひっくり返して悦に入ったのは選挙直後だった。
しかし、国民としては自らの生活を脅かすような、過激な変化というものを何時の時代でも望まないというのは歴史が示しているところである。
そして、本来の民主主義の本質としての政策は国民のあいだからの要求に従って、政治が実行すると言うのが基本である。だから、政策は国民の元々のコンセンサス(意見の一致)によってなされるために、大きな混乱や劇的な変化というものをもたらせない。
そこで、理想をもって上からの改革、政策実行というのが必要と唱えるものの、50年先に於いてその評価に耐えるものというのは希有であると言うことも事実である。
実際50年先の評価に耐えたものは、単独講和反対と叫んで社会党などの左派勢力の反対を受けたサンフランシスコ講和条約締結であり、安保反対(1960年・60年安保)と国会を取り巻いて気勢を上げた反対にも拘わらず、岸首相が政治生命を賭けて改訂した安保条約改訂ぐらいでしかない。
そして、不思議なことは日本の独立後、左派勢力という社会党などが反対したことを実行したものは粗方上手く機能し、左派勢力の口車に乗って実行されたものはほとんど破綻した。
今、金満財政を誇る東京都も美濃部都政の時は、大赤字で首も回らなかったくらいだ。
そう、東京都下の公務員の給食のおばさんも現業の用務員さんも退職金は4,000万円を楽々越え、という今で言えば夢のようなお話だった。
だからそんな左派勢力、労働貴族の支配する政党に国政を任せないというのが従来からの国民の選択だった。
しかし、この夏の選挙というものには、鳩山首相という鳩山一郎の子孫である大金持ち資産家が顔になり、元々自民党の幹事長だった小沢一郎民主党幹事長が指揮を執って選挙を戦った仮装自民党と自民党との戦いだった。
吉田茂の子孫である麻生氏の自民党と鳩山一郎の子孫である鳩山氏の対決の欺瞞というものは、なんと吉田茂氏の自由党と鳩山一郎氏を中心とする日本民主党の保守合同によって自由民主党が出来る以前に遡るようなのである。
しかし、そこにはマニフェストというバラマキ大衆迎合の左派思想と、表向きにはひた隠しにした左派政策である象徴の政策集。
そして、そのマニフェストや政策集と言うのも、あの「ゆとり教育」を実施した政策過程に酷似するかなりの後進性、政治性のなさを感じさせるものである。
なぜなら「ゆとり教育」は米国で提唱され実施して失敗し、見直しがされて廃止された後に日本は「ゆとり教育」を実行するという愚かさである。
その過程は、米国で「ゆとり教育」と言う思想を持って帰国し、時代の変化を無視したままに自らの思想を実行したと言うことであって、政治や政策ではなくある種の「宗教」であると言える。
その「宗教」と言う概念で民主党の政策を見れば社会主義という「宗教」によって、事を始めようとするようにしか見えない。
だからその宗教的なものというのは、国際性や社会性や種々の慣習との整合性をも相容れない。
よく見れば現在の民主党、社民党ともに外交という国際性や国際政治学には、不思議なことに歴史的にもほどんど無知である。ついでに言えば素人でも分かる事が分からない軍事音痴と言うより、軍事アレルギー。
実際の宗教というものが、発祥した地域の慣習を元にしているものの他の地域に伝搬した時に、その地域との整合性に欠けるというのは仕方がない。
しかし、民主党が主張する「宗教なるもの」には元々にして歴史的な整合性はない。

今、日本の政権党である民主党が今後の世論調査でますます評価を下げ、政権発足半年で危険水域に達するというのは、その点を踏まえればそもそも国民との意識の差としての読み違いがあったと言うことである。
確かに、小沢氏の自民党をぶっ潰すというのは確実に成功した。
なぜなら既に評価として定まっている「政権政党である以外、存在価値がなかった自民党」という自民党は、麻生氏の後に総裁を谷垣氏という「なんとなくリベラル」な人物を選んでしまったことである。
だから「なんとなくリベラル」は、リベラルの民主党との違いを示すことが出来ず、自民党の存在意義を示せなくなってきている。そして、自民党から民主党へ鞍替えしている議員がボツボツ出てきていることは、「金の切れ目は縁の切れ目」と自民党というのは政策集団ではないと言うことを、図らずも示してしまっているのである。
‥‥とはいうものの、自民党というのは長らく政権政党であっただけでなく、野党の追及の厳しさもあって民主党より金や不正、不公正に対しては自浄作用があったと言うことが国民に知れ渡ったのとは有意義であったかも知れない。

実際、民主党の政策というものは、国会での議論では常に問題点を指摘されて立ち往生するものの、審議せず後の「密室」で修正するとした国会軽視、議論無視が目立つ。
そして、数々の失政、不祥事が出ようとも民主党政権では「聞き置く」程度で実際の不正の排除や修正がなされる様子はない。しかも、その不祥事が産経新聞ぐらいしか報道されないことも多い。
安倍政権の時に安倍政権の責任でもなかったことや、大した事でもないのをかき立てた民主党の応援団の週刊誌は、当然民主党の不祥事には知らぬ振りである。
実際、ここ二週間週刊誌を買ってみたが、民主党の不祥事を追求した記事というものは一つもなかった。
このように見てみれば、本来国民が望んだ政権というのは自民党政権よりほんの少し「リベラル」なほとんど変わらない政治体制であって、今のようなパンドラの箱をひっくり返したような政権ではない筈である。
実際、バラマキの政策を全て撤廃し、事業仕分けに元々のシーリングを掛けておけば大きな国債増も避けられたかも知れない。国際的な合意取り決めの普天間基地問題を白紙に戻すという、子供じみたことは言語道断であるから日米合意のそのままとして、精々ガソリン税の暫定税率でも廃止していればそれなりの大きな違いを示せたと言うものではないか。

考えてみれば、米国が共和党から民主党のオバマに代わったからと言って、実質の大きなところは全く変わっていない。
日本の民主党は、オバマ大統領が核軍縮を唱えたと政権当初大絶賛していたものの、最近では米国の核軍縮の話し一つ出ていない。
現実問題としては、米国は核軍縮どころか新兵器による更新の核軍拡に入り始めており、元々核軍縮などと言うのは相手が減らせば減らすという程度の当たり前なもの。

それにしても、あまりの無邪気さにあきれるだけでなく、米国に民主党政権が出来て大喜びした民主党の興奮というのもが今では全く感じられない。
これは、今の民主党は内実を考査せず、単なるイメージ先行で評価しようとする実質が伴わないナイーブさを象徴していると言うものである。
そしてその延長線上に日本だけが突出して削減を求める、鳩山民主党の温暖化法案があると言って過言ではない。

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syuun の不思議な少年時代 その22 Episode 1 その2

syuun の不思議な少年時代 その22 Episode 1
その2

昭和31年、32年の頃の物価というものはどんなものだったのだろうか。これを考えないと月謝や寄付金の金額というものは良く分からない。
そして、月謝というものは毎月父母が直接幼稚園に持っていったものである。
今や幼稚園や保育園などに行かない就学前の子供などはいないが、その昔というのは幼稚園に行くと言うのは、言わば上層階級のまねごとだった。
だから、時として長屋の子供も人によっては無理して行ったのである。
又、公立の保育園というものには、特別な事情がない限り入園することはほとんど出来なかった時代でもある。逆に言えばコネで何とかなった時代でもある。
大学だって、例えば日大の紹介入学制度という(正規のルートとしての)裏口入学が無くなったのは、昭和44年なのである。
だから、昭和30年代の東京六大学では金を積めば正規の合格者として、入学できる大学がいくらでもあった。
日本が形式上独立してから10年、昭和30年代初頭というのは今から想像できないコネ社会でもあったと言うことでもある。
そして、当時は保育園も少なかったのは当然として、市の規模で幼稚園すら2つぐらいしかなかった。あっと言う間に増えたのは昭和30年代半ばになってからである。
当時の物価‥‥毎日道の交差点で売っていた自転車の納豆売りの価格は、一袋5~10円。
瓶入り牛乳(中身のみ・瓶の返還の条件)は、10円。ヨーグルトは15円だった。
結構乳製品というのは高くて、バターは細長い棒状の100gが80円後~100円くらいだったか?6pチーズの半欠け(高価なので半分に切って貰う)が15円、後に25円くらいだったか?
これは、たまに買いに行かされたから覚えているがその他は、あめ玉が2~3個で1円くらいだった。
黒砂糖をふくらし粉(重曹)で含ませて固めた大きな「かるめ焼き」、これが5円だった。
ちなみな小生の父親の給料が手取りで16,000~18,000円だった頃の話。
今の価格から考えると10倍にもなっていないものもあるとは言うものの、凡そ20~25倍の違いはある。ただバターなどの乳製品が驚くほど高かったと言う事が分かる。
理由は、電気冷蔵庫の無かった時代で、氷を使った冷蔵庫を利用するしか無く、冷蔵するのが難しかったという理由が大きいかもしれない。

幼稚園に入園したのが4月のいつ頃だったのかよく覚えていない。
だが、風の強い晴れた決められた日に、母に連れられて、入園料と、月謝を払いに行った。
そして、そのまま園舎の方に行って、脇の入り口から単に大広間・講堂で他のみんなと並ばされて、K園長先生の祝辞を聞いたらしい。
そして、クラス分け。
初めて母と別れて不安で一杯だった時、クラスの先生が「母親と同じ目」をしていたから、直ぐに不安が払拭されたというのは驚くべきものだった。
この先生には、本当に良くしてもらった。
ならばどんな風に、と言っても何も説明出来ない。要するに、母のようにと言うだけである。
幼い子供というのは、母親の目だけ見ていれば不安もなにも感じないというのは、本能のようなものだろう。
その母と最初に幼稚園に踏み入れたところとは、幼稚園の事務所兼昼間の園長の居間というところだった。実は、そこから園長の自宅へ通じるドアがあったものの、誰もそんなドアがあるなど知るよしもなかった。
その事務所兼園長室は、昔の商家の入り口ようなところで、広い土間に杉板のスノコが敷いてあって、その先に障子で仕切られた畳敷きの10帖くらいの部屋があった。

その入園のお金を払いに行った時、「月謝だけではないのですよ寄付を払ってください」と言い終えたところ、K園長は奥の園舎ら呼ばれてどこかに消えてしまった。
そこで、母はそこにいた事務を執っていた教師に「幾らぐらい払えばよいのですか?」と聞くと、困ったような顔をしながら、「月謝の半分くらいで」と言っていたような気がした。しかも、それが毎月のようなのだ。
要するに、月謝という帳簿に付ける金額の他に、簿外でなにがしかの金を払うと言うわけ。
そして夏休みまで4ヶ月は、月謝と寄付を一緒に母は持っていたと後に言っていた。

その時の幼稚園の授業とは、午前中は年中、年長組を講堂というか大広間に一同に集め、多くて3人程度の先生が指導して、お遊戯やら何やらの時間つぶし。
午後は、個別のクラスに分かれて絵を描くとかの自習だ。時として、絵本を読んでいなさいと渡されてそれだけと言う事もあった。
何と言っても、毎回同じものでは飽きてしまう。それで、誰もいないから騒いでいると言っても、話をしているくらいなもの。
そこにK園長がやってきて、「うるさい」とか注意に来るが先生は不在だ。
なぜなら、幼稚園の先生の半分は朝から園児そっちのけで事務をしているのである。
特に経理担当の先生などほとんど教室には顔を見せない。
分かりやすく言うと、園児を教える先生はいつも不足というのがこの幼稚園だった。
午前中は、少ない先生で全体を一まとめにし、午後のクラスに分かれてからは一人の先生が何組も掛け持ちという具合。
だからいつも先生はK園長を気にしていたし、園長が不在と言う時は先生も事務で拘束されないので、のびのびと何でもやれたというものであった。

この幼稚園というのは、後から知ったのだが夏休みや冬休みになった頃に、内緒の不思議なプログラムが組まれていた。
それが何であったのかは良く分からない。しかし、後から考えてみるとK園長がちらりと漏らすことがあって推察できるというものだった。
年中組の時、と言っても2年保育が基本の頃だったから、1年次の時の夏休み前だったか、あまりに自習が多いので母が苦情を先生に言ったことがあった。
そんなに絵でも描きたいのであれば、夏休み中の○月の○○日から絵の先生が来て教えていますから来てみてはどうですか‥‥但し、午後の2時くらいですが。

それでその時期に母が幼稚園に行って、聞いて見た。
それは、午後2時か2時半くらいだったら「絵の教室」に来てもよいとのこと。
後から聞いたら、午後1時から3時までだったそうな。
分かりやすく言えば、午後2時にでもなればK園長は帰ってしまうので誰が来ても分からないと言うものだった。
それで1日目は、2時半頃に行ったらもう終わりだった。
その時、以前から顔だけ知っていた「坊ちゃん風」の「いけ好かないような」男の子が、「ずいぶん遅く来たでじゃないか、もう1時からやっているんだぜ」。
「だから飽きちゃって、終わりにするところだよ」
「そう、やるなら、そこんとこ、塗っといて!」
2日目は、もう少し早く行くことにしたのだが、そこでこのプログラムの趣旨が分かると言う次第になった。

以下 その3へ

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2010年3月20日 (土)

syuun の不思議な少年時代 その21 Episode 1 その1

syuun の不思議な少年時代 その21 Episode 1
その1

私立学校の高額寄付者という話が出て、何やら昔の話が沸々と湧き出てきたような気がする。話といっても半世紀以上も前であって、成人した女性の髪型は、「サザエさん」の髪型みたいだった頃である。
実際、私立学校というのは幼稚園しか通ったことはなく、又小生の子どもが通った私立幼稚園では寄付の「キ」の字も出なかった。
その私立幼稚園とは、同名の幼稚園が全国のあることからミッション系の幼稚園であった。近年その私立幼稚園のウェブサイトには設立過程としてこんな風に書いてある。
「創立1895年(明治28年)、創立にかかわったアメリカ人宣教師が聖書『心の清い人は幸いである』の聖句から『清心』と命名。」
ところが、そんな説明などついぞ聞いたことがなかった。
何と言っても、戦前の「清心」とは全く断絶していたと言って間違いないと言うより、戦前からの係わり合いをわざと隠していたと言うのが本当だろう。
そして、通っていた頃から卒園して6年あたりまで、「寄付」という通知が毎年のように来たことがあった。
あこぎな幼稚園だと思いつつ案内書を見ても、当然そんなことは書かれていなかった。
だから知るよしもなかった。
そして入園していた頃、父母にK園長が説明していたこと。
父母に寄付理由を説明して、寄付集めに邁進してたことと「園の歩み」が矛盾していたりする。
今となっては証人も証拠も無いから正しようもないが、ほとんどどこからか持ってきた眉唾の園史が含まれているようなのである。
「清心幼稚園土地建物を買い取り」というのが昭和9年にある。
それなら昭和31年に園舎の土地建物を買うと、猛烈な寄付活動を展開したのは何だったのだろうか。
そして昭和32年に建物を買ったと言うのだが、買ったのは園舎の一部と自分の自宅部分の建物だった。
そして、またしても今度は園舎の土地を買うと言って、寄付集めを展開したものの前年轍があるので結局寄付が集まらず、不思議と道を挟んだ向こう側の土地を買った。
買った理由は、何か園庭に問題が生じたらしかったとの説明したが、単に売りに出でいたからであったのかも知れない
園舎の土地を買うと言って寄付集めをしたのに買わなかった批判を恐れて、園庭として暫時使ったが直ぐに閉められてしまった。
そして、結局無理な寄付集めも出来ず、残りの園舎の土地全部は銀行からの借り入れで買ったと言うとこが後に明らかになった。
そのK園長はとっくの昔に鬼籍に入っているし、その跡を継いだ同じくK先生‥‥初出勤というか、担当の組の園児だった。‥‥も御存命ならかなりの歳だと言うものだ。
そして、戦前の話が妙に詳しいと思ったら「創立時の精神と『魂の教育』」と言うところにもっともらしいことが書いてあった。
そして、その根拠となった資料が「『清心幼稚園の創立とその精神』(創立110周年記念誌「清心幼稚園の創立とその精神」(藤岡一雄)より抜粋)」と言うのもの。
だから設立の頃の話としては間違いはないと思うところである。
しかし、戦中後にK先生がどの様にやってきたのかなどは一切書かれていない。
察するところ、K園長は戦前幼稚園には係わっていたのは間違いないとしても、かなりの誇張がある。
第一の嘘というのは、先に述べたように園舎、園庭を昭和9年に買い取ったと言うことだろう。
戦前において、単なる使用人に過ぎない人が、広大な園舎や園庭を買えるはずもないのは誰が見ても分かりそうなものだ。
いずれにせよ妙な事は書かずに、寄付、寄付と連呼していたK園長の話を少しずつ思い出してみよう。
秀逸なのはクリスマス会という妙なイベントであったというのは、実に面白いものだった。

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2010年3月18日 (木)

学習院初等科の学級崩壊・愛子さまへの暴行暴露

学習院初等科の学級崩壊愛子さまへの暴行暴露
実はノーブレス・オブリージェ実行だった

学習院の学級崩壊に関しては、立場によって種々であることが明らかになった。
2010/03/17の地方紙には、「東宮職発表 批判やまず」「止められなかったのか」という記事があった。これは、地方紙に掲載されているが共同通信の配信記事だ。
それでその中身は何かと言えばかなり不確かなもので、問題そのものには一切迫っていない。
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内容は批判の典型的な、週刊朝日、週刊現代、週刊ポストと変わっていない。
簡単に言えば、「皇太子」にしろなんでも皇室は文句を言うな、言わせるなと言うことであって、別の言い方をすれば「問答無用の皇室封じ込め」というものである。
しかし、この考え方というのは国民が共有する一般論ではなく、粗方、岩波文化人あたりの二枚舌人間のものというものである。
分かりやすく言えば、日本の国や国歌、国旗を批判し天皇も軽視、軽蔑していながら、勲章でも頂く時はうやうやしく貰う、手合いである。
そんな考えを持つ人物というのは、言論界、官界、東大を中心とする学者に多いから、皇族というのは言論に対して我々庶民より100倍も慎み深いというか、我慢している。
その我慢の限界を超えたというのは、余程のことであるだけでなく皇室以外にも問題を及ぼすという場合に限られることが多い。
その点から見れば、今回の「東宮職発表」というのは、あえて火中の栗を拾ったとも言えなくはないだろうか。
皇室だけの問題であれば、それなりに密かに対処すればよいことであり、実際そうしていたのではないかと思う。
だから愛子さまの転校という話は、以前から検討されていた述べられていた。(新潮)
しかし、今度の学習院初等科の学級崩壊については、左傾の週刊誌、新聞社が批判するより根が深い。
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その詳細が書かれていたのが2010/03/18発売の3月25日号「週刊文春」
題は、「(学級崩壊)学習院よ、何サマのつもりだ」(友納尚子・署名記事)
この記事で明らかにされていることは、学習院初等科の学級崩壊があきらかになり、同じ二年生の父母達が不安がっているのに対して、学習院側では「皇室の特殊事情」としているのである。
簡単に言えば、事なかれ主義の様に学習院には責任はない、学級崩壊も存在しないという強弁をしているのである。
週刊朝日(3月19号)での学習院の波田野敬雄院長の発言が掲載されている。
○「わんぱく坊主を見て怖がっちゃうような環境で育てられているわけですから、それは学校が直すというよりも、ご家庭で直していただかないといけない。それに合わせて、愛子さまが登校できるようにこちらも協力していきます」
○「いろんな経験をなさるのは愛子さまにとって悪いことではない」

記事では、学習院では「問題は、乱暴な行為ではなく、愛子さまの敏感さにあると言わんばかりだ。しかし、愛子さまは恐怖感から腹痛や嘔吐まで起こしていたのだ。」とある。
小見出しで「多数の児童が被害を受けている」
そして、学習院の実態は「乱暴行為を受けたのは愛子さまだけではない。」として、実際恐怖のあまり欠席や転校を強いられている児童もいるし、週刊文春の前号に記載のように「乱暴な子たちに合わないように時間をずらして登校している」児童までいる始末である。
そして、友納氏は実際愛子さまに対して、暴行と言えるような行為も暴露している。
それは、「愛子さまは昇降口で突然後頭部を掴(つか)まれただけではない。そのまま下駄箱の中に頭を押し込められそうになったのである。」とのこと。

考えてみれば団塊世代華やかりし頃の大昔、ワルが一杯いた小学校では、そう言うことをするワルがいた。
男の小生でもやられそうになったが、同学年なら体格も違わないから逆に、何とかなるとはいうものの体格の大きい上級生にやられたら、怖くて学校などに行けなかったろうといまでも思う。
学習院では、いまでもそんな状態だと言う事なのである。
昔なら、先生に「言いつける」と、(軍隊帰りの)先生に怒られた上、そう言う「ワル」は廊下に立たされて「さらし者」にされたりするから、以後絶対にしなかったものだ。
しかし、学習院では見て見ぬ振りというヤツだ。

そんな状況だから宮内庁では
「愛子さまがどうして学校に不安感をお持ちなのかということを、何度も学習院幹部に伝えてきたといいます」という。
ところが、学習院ではなにもしなかったというのだ。
そして、東園基政常務理事に13日、取材したという。
それは木で鼻を括ったような発言であった。それは東宮職がいったから対応するが、「内親王さまが『これは困るから』で対応するわけではない」とか。
しかも、暴行行為が本当かどうかも分からないとまでいっている始末。

同時に発売された週刊新潮では、その「小二で身長140㎝の乱暴者」のA君の親が学習院初等科に転校を申し出たのだという。
ところが、A君に転校されたら学習院の責任になるから押さえて、転校させないのだという。

それにしてもこの学習院の爺様たちはというのは、戦後民主主義の申し子なのか、事なかれ主義と、自己保身ばかりをやっているような気がする。
分かりやすくいえば、皇室など問答無用で押し切れば向こうは結局黙ると言う考えなのだろうか。
そして、それに左派マスコミが増長して、皇室黙れ、「発言が不謹慎だ」と連呼する。
理不尽なことも皇室なら我慢、泣き寝入りするだろうというのはやはり間違っていないかと思うものである。

それにしても思うのは、A君の父親というのは高額寄付者なのかと思ったりもして。
小生の通った昔の私立幼稚園では、高額寄付者の園児は悪戯しても怒られなかったし、ふいといなくなったと思ったら、園長の居間でテレビを見ながら高価な菓子を、ほおばっていた。
その菓子。当然園長が園児の父母から貰ったものよ。
満州からの引き揚げ者のケチ婆は、一銭たりとも金などは出すはずは無かったのであるから。
そして、その悪ガキとは不思議と仲がよかったから、なんでも裏事情が聞けて変に納得したものだった。

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2010年3月17日 (水)

学習院の学級崩壊・実はノーブレス・オブリージェ実行だった

学習院の学級崩壊・実はノーブレス・オブリージェ実行だった

学習院の学級崩壊に関しては、立場によって種々であることが明らかになった。
しかし、実態を勘案してみれば皇太子のノーブレス・オブリージェ実行だったのではないかと思えてくる節がある。
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2010年3月16日 (火)

学習院初等科の学級崩壊・皇室批判の「週刊ポスト」の場合

学習院初等科の学級崩壊・皇室批判の「週刊ポスト」の場合

週刊現代では、主客逆転の皇室批判であったのは前回のエントリーで述べたところである。その基本的論調と同じなのが「週刊ポスト」の「『愛子さま登校拒否』で問われる父親・皇太子の役割」であるところと言うものの、雅子妃批判はほとんどない。
実は内容を見てみると、週刊新潮、週刊文春の後追い記事で主張しているのは、題と小見出しだけというお粗末なものだった。
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その小見出しとは
「『特別扱い』が生んだ『歪み』」、「一連の出来事は完全な失敗」、「4月は『要注意』の時期」、「常にやさしいことばかりではない」
それで何か特別なことが書いてあるかというと前述の通り何もないに等しい。
要するに、週刊誌が良くやる「見出し」だけ大仰に出して、中傷したり言いたいことを言うと言う手法になっている。
この見出しから読み取れるのは、皇太子批判と皇室を特別のものから引き下ろして庶民扱いしようという戦後民主主義的と言うより、共産主義的な思考が見え隠れする様なのである。
他誌でも述べられているように、「愛子さまをめぐる学校側のルール、『愛子さまシフト』について」も妙なことを述べている。
それは「子供たちも『どうして、愛子さまは自分たちと違うの!!』という疑問を保つようになり、特別扱いの措置は、‥‥」という部分。
この言葉は父母、児童が言っているのではなく週刊誌の記者が勝手に思ったことである。
こんなことを本当に言った、思ったのであれば、この年の児童が帰国子女で何も知らないならともかく、10倍の倍率で学習院初等科に入学する子供からは想像も付かない馬鹿さ加減でしかない。
それどころか、皇室の親王、内親王が通う学校だからこそ学習院があるようなもので、今回も愛子さまが別の小学校を選択すると言うことになれば大問題だったろう。
なぜなら、今後何十年も皇室関係者は学習院に通わないと言うことになるからである。
そして今現在の在校生の父母達も、愛子さまが通うと言うことで学習院初等科を選んでいるかも知れないのである。いずれにせよ、そんなことを思うようなら、学習院などに入学しないというのは当たり前である。
要するに、週刊ポストも思い込み、想像で何とか皇室批判をやりたいと思っただけなのだろう。だから、実は内容など書き尽くされた後で新味は何もないと言うものであるからである。
それにしても、この「週刊ポスト」にしろ「週刊現代」も本当に読むところはない。
政治面を見ても
「〈独裁者〉小沢一郎が消えたニッポン大図解」と言うのも要は現在の民主党の問題点、争点をぼかすと言うものであるし、「週刊現代」の「鳩山さん、それでも総理ですか」と言うのも、実は大した批判になっていない。
今の民主党は朝日新聞でさえ批判するのだから、応援団になりようがないと言うところだが、微妙なところで民主党の肩を持つという体制は改まっていない。

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2010年3月15日 (月)

学習院初等科の学級崩壊・主客転倒・皇室批判の「週刊現代」

学習院初等科の学級崩壊・

主客転倒・皇室批判の「週刊現代」

学習院初等科の学級崩壊問題を扱う週刊誌は先週からいろいろなのである。
ところがよく見ると微妙なことに気がつく。
それはその週刊誌の政治的なスタンスである。
その立場が如実に表れたと思ったのが、先週12日発売の週刊朝日からである。
週刊朝日は、「前期入試 北大 名大 阪大 九大……合格者高校ランキング」という何時もの特集だから、学習院問題に関しては取り扱いは少ない。
しかし、案の定というか簡単に言えば「皇室批判」、「東宮大夫発言批判」に終わっている。彼らの言うことは、「乱暴な子供がいるのは珍しくない」、「(敬称なしで)愛子さまを特別扱いするのがけしからぬ」、「子供のけんかに親が口出しするな」と言った類である。前回の週刊新潮、週刊文春では、事実関係を報道すると言うことが主であまり批判めいたことは書いていなかったが、今日発売の「週刊現代」では「大論争 雅子妃はモンスターマザーなのか」との大見出しである。
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又、「週刊ポスト」では「『愛子さま登校拒否』で問われる父親・皇太子の役割」となっている。
「週刊現代」と「週刊ポスト」の政治的なスタンスというのは安倍政権の時に、どのように安倍政権を批判するのかというリトマス紙から明らかになってしまっている。
それは、一見右派にも左派にも与しないセンターを偽装しながら、実は隠れ左派であったと言うことである。だから、憲法、皇室、家族制度、伝統など従来のからの保守思想に絡むと突然本性をむき出しにする。
そして、この「週刊現代」と「週刊ポスト」のうちでは、刺激的な大見出しを掲げる「週刊現代」の方がかなり反皇室、そして左翼的であるようなのである。
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その証拠に「大橋巨泉・今週の遺言」という「とんでもコラム」がある。
第69回は「永住外国人の参政権反対よりも、日本を住みたくなるような国にしようよ」でなんと外国人参政権の反対の櫻井よしこ氏に「それは被害妄想の極致でしょう」と批判する有様。
それが「中国人の永住資格保持者が14万人」、「1億2千万人に対する14万人と言えば、約一千分の一である。『政治』を動かすなんて、百年たってもあり得ない。」と豪語する。
大橋巨泉氏と言えば、20-30年前の古い感覚のままで参議院議員になって、社民党どころか旧社会党左派の言動を繰り返し、猛批判に反論できなくて議員を投げ出した人物。
こういう人物にコラムを書かせて、と言うのが週刊誌のスタンスをよく分からせるところである。
さて、週刊現代では、「雅子妃はモンスターマザーなのか」と大々的に見出しをつけ、東宮大夫の定例会見で「学習院初等科の学級崩壊」を言わせたのは「雅子妃が事実の公表にこだわった」と断定している。
これは、どこかの記者の推定であって、そのように会見で発表したわけではない。要するに雅子妃に悪意のある報道である。
しかも、「学習院初等科に子どもを通わせる母親の言葉」として言わせているが本当かどうかは怪しいものの、「宮様が転校されるという噂がありますが、本当にそうであるんなら、早く転校していただいたほうがいいかもしれません。」
続けて記事では雅子妃批判をこれでもかと繰り返す。
「東宮大夫に会見させ、学習院に頭を下げさせた雅子妃の対応に、疑問を感じる父母もいると言うことなのだ。」
その次に「東宮職が悪い」と題して、皇太子の頃の話を学習院名誉教授(元初等科科長)川島優氏の言葉をだすが、実は週刊誌記者が期待することを何も言わないから、その後皇室批判の人達に延々と東宮職批判を繰り返させる。
わかりやすく言えば、根拠がない雅子妃批判ができないからである。
しかもほとんどが、推定の域を出でいないにもかかわらず断定的なのはいかがなものか。
そして最後に雅子妃批判の仕上げとして「美智子皇后からの提案」と題して、実は大したことも書いててないものの、暗に雅子妃の母親としての能力欠如を指摘する。
皇太子も雅子妃ももうアラウンド50歳。
この年になっても父母に文句を言われるというのは、冗談じゃないと言うものだ。
なんと言っても、美智子皇后の話が出てくるのがおかしい。
誰だって思うのは、一番の問題というのは学習院初等科が学級崩壊を防げなかったことであり、そういう児童を試験で合格させたと言うことではないか。
だから、「週刊現代」の主張というのは主客逆転している。
元々学習院初等科の対応がしっかりしたものであれば問題も、東宮大夫の会見もなかったわけである。
そして、週刊誌の出てくる記者や教育関係者が口を揃えて「乱暴な子供がいるのは珍しくない」という。
地域として、そういう乱暴な子というのはいるところもあろうが、少なくとも小生の地域では聞いたことがない。
小生など県、市などから「青少年育成推進委員」というものを委嘱している。そこで出で来ることは、今の子どもは率直で良く先生や大人の事を聞くのである。
そして、公立の小学校であれば兎も角、試験で入学する私立の小学校での学級崩壊などは余程に目に余るもの、前代未聞なのではないだろうか。

それにしても、「週刊現代」というのは妙な皇室批判をするものである。

次回は、週刊ポスト‥‥‥

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2010年3月14日 (日)

3人の若手女流書道家のそれぞれと書道理論とその優劣の???

3人の若手女流書道家のそれぞれと書道理論

週刊新潮の「結婚」という欄に書道家「矢部澄翔」と言う記事が掲載されていた。この矢部澄翔氏も芸能人か文化人並かと改めて思う次第である。
最近耳にした話では、「秋、酒蔵にて」と言う部分で「群馬県前橋市にある山賀煉瓦倉庫‥‥」と前橋まで来橋したと言うことであった。
実際、群馬篆刻協会会長の阿部先生に案内状を見せて貰ったために、結構記憶にあるものである。
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この矢部澄翔氏というのは、プロフィールを見ると‥‥日本教育書道藝術院同人 審査会員とか、東京書作展(東京新聞主催) 委嘱とか全くメジャーではないところに所属する書道家である。
東京書作展が、毎日書道展の維持団体である「東京書道会」とは一切関係がないというのは、東京新聞主催と言うところからもよく分かるが紛らわしいものである。
又、東京書作展が今年で32回(2010)と言うところから見ると、読売書法展が27回目になることから戦後の書壇の歴史からはほとんど外れている団体であるらしい。
しかし、書作品を見てもある程度のレベルに達している事は間違いない。
それは、HP上の雅印を見てもよく分かることである。
兎も角、慶事なのでおめでとうは言っておこう。
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一方、上毛新聞3/9に「黒を撮る」と言う特集があった。
この中で「書道家・木村怜由(36)東京都」が「黒を語る」として一文を載せている。

「すべての感情 表現できる
人の心に響きわたる色だ。すべての色の要素を備え、どんな色にもたどり着く。情熱、静寂、光-
白と黒で成り立つ書の世界にも無限の色彩が存在する。
白は何ものにも染まらない、いわば神の色。そのように純粋でありたいと思っても、人はエゴや葛藤を抱える。誰もが持っている闇の部分をも許容するから、わたしたちは黒がいとおしかったりするのだろう。
人の心にスッと入り、すべての感情を表現することができる。「ことば」を届けるのは墨の黒がいい。
わたしは、この色ひとつで世界に行ける。」

この文章を読んで「なんだこりゃ」と思ったのは、散文詩的だったからである。
逆に言えば、全く文章になっていない。何か書いてあるのか今回新聞紙面から抜き出して初めて分かったというのは笑えない冗談である。
さて、書道家・木村怜由氏というのは、初見で全く知らなかったのだが、群馬県伊勢崎市出身などと新聞に書いてある。
プロフィールを見ると‥‥創玄書道展一科秀逸受賞とあって、創玄書道会準会員らしいことが分かる。毎日書道展 詩文書部 6回入選、プラス秀作入賞歴ありというところ。
だから、毎日展では会友にもう一歩、創玄展ではその上に審査会員、二科審査会員、一科審査会員、役員作家とまだまだ見透しが付かない状態でもある。
近代詩文作家だから、それなりの書作品は書けるようだが先日までの創玄展を見に行きながら、実際の作品を見損なったから何とも言えない。
しかし、あまり淡墨を使わない書作家に墨の話を聞いても繊なるかなと言うものである。なぜなら、近代詩文書作家のかなりの作家が、墨滴を使って固形墨のなんたるかを知らない事が多いのである。
但し、最近の墨滴というものはかなり良いものが多く、元々の古墨・固形墨をすり下ろした様なものまである。こんな場合では、近年の質の良くない固形墨より何倍もマシなのである。
いずれにせよ、このレベルの書道家に墨に関して書かせるというのも酷であろうと思う。実際、見てみると書の理論に通じてる先生というのは少なく、結構自らの感覚で書いている先生方が多い。
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だから感覚を伝授するというのはかなりの修行を必要とするというものである。
丁度、坂本龍馬が江戸に出て、北辰一刀流の千葉道場に入門した。この理由は、北辰一刀流ならば5年10年修行をしなければならないところが、3年足らずで修行を終えると言う当時の流行だったからである。
その理由というのは、今で言えば剣道の上手くなるマニュアルを作ったからに過ぎない。

さて、3人目とはあの「優れた書家とその作品をたたえるために創設された」手島右卿賞第5回受賞者である。
誰でも知っている「龍馬伝」の大作者、大書道家の紫舟氏である。
それで江戸東京博物館で開催される特別展「龍馬伝」のパンフを貼って置いたが、隣にある文は読めるだろうか。
2010/03/14研究会があって、うちの社中の人達が集まって見せたが読めなかった。

これは、読売新聞3月12日夕刊に掲載された「いま風」の言葉。
こういう漢字かな交じり文というのは、書の世界では「近代詩文」とか「調和体」という分野にあたる。ついでに言うと矢部澄翔、木村怜由氏などが得意とする分野でもある。
この分野の特徴というか、原則というのは先ず読めること。
読売書法展などては連綿などに関しても厳しい規定があるだけでなく、中学生でも読めるというような「可読性」を重視している。
先ず、 「ウかんむり」に心の文字。なんと読むのか分からない。
実は、こんな文字はない。ちなみに、わざわざ「書道字典」を調べてみても見つからなかった。その理由は、「関心」と二文字であると言う事だという。
ところが「関」の文字の門構えの略字と言うか、行草で使う「門」が違う。
大きな「ちょん」は本来なら「点(、)」なのである。
しかも門構えの中に入るものも、元はと言えば略字。
続く「心」と言う文字も心許ない。
続いて「尊」。
これも間違い字。なぜなら真ん中の酒に似た部分に一本棒がない。まさか草書でもあるまいにこんな程度の行書で省略しない。なぜなら、この棒も元々の省略型なのである。
そして、その尊の上の「ワ」なんじゃこれだが、察するところ横の文字の門構えに合わせた?? それとも人間の「和・輪(ワ)」を表現した??‥‥そんな馬鹿な‥‥なのである。
しかし、この人物の可笑しさは、「龍馬伝」の「伝の文字の最後の止め」から尻尾が出でいるところの説明で‥‥‥。
これは、今日教えて貰ったのだが、「坂本龍馬が人を一人も殺さなかったから、最後に筆を払わず、止めた」というのだそうな。
~~普通そんな説明を聞いたら「大笑いなのだが」‥‥「冗談じゃないの?!」というものである。だから、この詩文でもこんな説明文が添付されている。
「集まってきたやわらかい思いやりを書きました」‥‥なにそれ だろう!
一文字一文字が品が悪く、抑揚に掛ける展開。
そして、最後の行も全く読めない。
なぜなら、文字を読む法則を崩して、下から上に読み上げる。
はっきり言って、書の感覚、文字は中学生並というところなのである。
これを上記の女流書家・矢部澄翔、木村怜由の両氏とを同列に並べて、比べるのはいささか失礼に当たるとは、HPの作品を比べてみれば明らかなのである。
そして、文字を書くというのは、文字その物の「抑揚」と文字が書かれた全体の「抑揚」という二つの要素で組み合わさって、いわゆる近代詩文という日本的な書というものが完成する。
ところが、以前産経新聞で中国人の女性の書家に「今日の言葉」というものを書かせたことがあった。実はこれがほとんど読めなかった。
なぜなら、中国には「かな文字」が無いからで、「かな文字」が漢字になったり、又強弱、大小もないからよけい分からない。
そして何に付けても、単調で大陸的な「大雑把」というのは、中国人が書く墨絵と全く同じ雰囲気だったのである。
やはり何か国民性というものが、書画には現れるのではないかと言う気がする。
先日東京都美術館で「刻字展」も観覧してきたのだが、日本、中国、韓国という色分けでまとめてあったのを見ると、案の定「中国、韓国」というのは大陸的な感じが強い。
これから見ると、紫舟氏の書作というのは日本的と言うより、中国、韓国的な書作に近いと言うものであろう。
少なくとも日本人的な繊細な心遣いを思わせる書作ではないと言う事である。

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2010年3月13日 (土)

没後400年 特別展 長谷川等伯 他を見る

没後400年 特別展 長谷川等伯 他を見る

2010/03/12東京国立博物館 平成館で開催されている「長谷川等伯特別展」を見た。
12日になってしまったのは、雪が降ったり交通機関の運休やら何やらで行けなかったからである。又一方、東京都美術館、上野の森美術館、国立新美術館などで開催されている書展、第59回奎星展、第46回創玄展が12日を最終日としていたからでもある。
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「長谷川等伯特別展」も週末では混雑するとしても、平日なら大した事はないだろうと高をくくっていたら朝10前で長蛇の列だった。
それでも、20分待ちで入場出来たというものの、入り口の「第1章・能登の絵仏師・長谷川信春」というところでは曼荼羅の作品にも近づけない有様。
こんな時はと言うより、音声ガイド(500円)を借りないと凡そ何も見ないで出てきてしまいそうだから、それを頼りに廻る始末。
結局第1室は、パスすることにした。
ところが第2室に行っても同じようというか、そのまま流れてきたような人達でこれまた寿司詰め状態。
音声ガイドもまだまだ2-3-4までしか行かない。しかし、どこの音声ガイドなのか目録を後から見て再度廻る始末なのだが、ようやく何とか見えてきたのが第3章(第3室)の等伯をめぐる人々-肖像画-。
みれば見た事があるような肖像画も出で来る。
まだこの辺は序の口というところ。
第4章桃山謳歌-金碧画-になって、国宝が二点展示されていた。
ここが前半の一つのメインで第一会場のトリという部分である。
音声ガイドのよいところは、こういう重要な部分ではキチンと解説してくれるところで、そうでなければそのまま単に見るだけで記憶に残らないところである。
しかも、金箔全面に「キンキン」貼ってある筈なのだが、照明が薄暗いからよく見えないのである。だから写真で見た方が余程綺麗で、細部まで判るというのは何やら割り切れないところがある。
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反対側の第2会場は、「仏涅槃図」の巨大な作品の続き水墨画。
国宝は、入場券の絵柄にもなった「松林図屏風」。
その国宝、解説によると元々の和紙の貼り合わせなどがあまり丁寧にやられていないのだそうな。
要するに、何か下書きのつもりで書き始めて出来上がったものが、あまりにも上手く書けてしまったと言うのかも知れない。
あの「永和九年‥‥」で始まるあの有名な蘭亭の序は、下書きのつもりで書いた「蘭亭の序」であるとかの話が伝わる。その後何度も書いたが、下書きの「蘭亭の序」を上回るできの物が出来なかったと言う話。色々諸説あるものの、そう言う類の話は間々あることである。
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東京国立博物館を出できたら、もう入館に80分待ちとアナウンスされていた。
その後、都美の第59回奎星展、第46回創玄展、その他書展、上野の森美術館の「'10奎星50人の書」を見てお昼時間を充分廻ってしまった。
今回、第59回奎星展では、「特別企画」として特別陳列 古鏡・文房清供展などか開かれていた。
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中でちょいと気を引かれたのが「硯」。
元々師匠の横堀艸風先生が硯を集めるのが趣味で、色々と触らせて頂いたり見たりもしたから、その比較で不思議と硯の善し悪しが判る気がするのである。
その硯の中で気になったのが、「澄泥硯」。
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一昨年の国立新美術館で展示された「澄泥硯」なるものが、全て石の「澄泥硯」でがっかりしたものだったが、今回のものは本物の「澄泥硯」、即ち焼き物であるような気がした。
実際手に取ってみないと何とも言えないが、間違いなくそうだろうと思う。
最近の傾向として澄泥硯は石だとするから、なぜなのだと不思議に思う。
奎星展の澄泥硯の説明にも不思議な記述がある。
「澄泥硯・江蘇省蘇州市郊外霊巖山からの産出。かっては焼成の硯とされてきた。」

こんなことは、大嘘なのである。
澄泥硯というのは、元々砂鉄の多い砂の焼き物の実用品で(安く)広く使われていた人気の硯である。それが、お宝ではなく実用品だったために後世に残らなかったと言う硯でもある。しかも、人気が薄れると共に製法技術も廃れてしまったため再選産は出来ない。
それで、砂鉄の元になっている岩石を澄泥硯と名前を付けて最近売っているだけのもの。
新端渓の硯を見てみれば色々な名前を付けて最もらしくしているように、中国人というのは商売人なのである。
その他、歙州硯の一部は新歙州硯だったよな。

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2010年3月11日 (木)

学習院初等科の学級崩壊・なんとジャイアンとスネ夫がいた隣の北組院

学習院初等科の学級崩壊・

なんとジャイアンとスネ夫がいた隣の北組

学習院初等科の問題でどうせ週刊誌が書くだろうと思っていたら、2010/03/11発売の週刊新潮、週刊文春には「ワイド特集」、「深層スクープ」というトップ記事で扱われていた。
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とどのつまり、10倍の競争率を超えて入学した学習院といえども、金があって多少頭が良くても、元々の育ちが悪い(?)成り上がり(?)の子どもが入学してしまったと言うことである。
そして、そんな子どもにたいしてこの子にしてこの親有りで、親も当然「モンスターペアレント」だったということ。
その上に、この児童を指導しようとした主管(担任)にたいして、何かの反発の裏返しか父母会が反発する。父母会が科長(校長)にまで抗議するという父母の質の低下というのがあるとのことだった。
その父母とは、父母会で学校に来たとき、「主管の先生と廊下で会ってもガムを噛みながら挨拶もしない」とか、授業参観日の参観中に私語、携帯電話まで鳴るとか‥‥。
しかし、お受験の時は書面による願書の任意レポートに書く「志望理由、家柄、親戚も知人に初等科出身者がいるかどうか」であるし、試験は、受験生本人と父兄に対するものが同時進行で、別々にあると言う。
父母面接では「教育方針、出身校」なども聞かれるとも。
だから、そんな人達の子供を入学させたと言うのも学習院の責任というものだ。

そして、小生などが、中学生くらいの頃までは成績がよい子は例外なく人物的に「優等生」だったが、学校の成績がよいから「優等生」とは限らないとは高校に進学してからつくづく思ったものだ。
一方、子供を見てみれば、鳶が鷹を生むと言うこともたまにあるものの、蛙の子は蛙にもならないこともままあることである。
但し子供の生活態度や性質というものは、少なくとも親の四分の一程度は受け継ぐものだ。不思議なことに、悪いところばかり受け継ぐと親としては思えてならないのである。
さて、学習院初等科の学級崩壊に戻ると、敬宮愛子さまが入学するに当たって学校側では種々の対策をしたことが書かれている。
それはICチップ埋め込みの身分証を作ってそれを持たなければ校内に入れないようにしたり、1クラス44人で3クラスだったのを4クラス33人にした。又、初等科は東西南北の4クラスで愛子さまが所属される南組の教室に鍵をかけるなど。
それにたいして、父母会の母親から「愛子さまシフト」への反発があったようだ。
小さな子供というのは、親の感情を不思議なことに反映させることがある。要するに、親が思っていることなどを耳の端々に聞いて、それならやってやろうではないかと言うこともある。
しかも、今回北組にたとえばドラえもんの「ジャイアン」のような小二で身長140㎝の乱暴者がいて、「スネ夫」らしき子分を従えて暴れまくるというのが今回の騒動である。
元々1年生の時から問題行動を起こし、2年生になって顕在化したという。
父母から「騒ぐ児童がいて、授業ができていないようだ」とクレームが入ったそうだから、現実の学校側として問題がある。
そして、その「ジャイアン」。週刊誌ではA君としているが、以前のエントリーで述べた「成績優秀で先生に上手く取り入り、同級生を影で苛めるという手合い」だった。
そういう児童というのは、両親にとっても「成績良くてよい子」を偽装するから、ますます両親はモンスターペアレントになる。
しかし、そういう親というのは小生の経験上、賢くて、家柄が一見良さそうで、結構嫌みがあるタイプというのは間違いないようだ。

そういえば、今の皇太子が学習院初等科に入学したころ、何やら問題があって特別にご学友数人を選び守らせたと言うような記憶がある。
うろ覚えだから確かではないが、別に記者会見をしたわけではないから大した話題にもならなかったような気がする。

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渡部昇一著「裸の総理たち32人の正体」と吉田茂編 その2

渡部昇一著「裸の総理たち32人の正体」と吉田茂編 その2

前 回のその1で、片岡鉄哉著(スタンフォード大学・フーバー研究所上席研究員)・英文原著「The Price of A Constitution」(Tailor&Francis New York,Inc)、日本版「さらば吉田茂-虚構なき戦後政治史」1992年(絶版)、復刻改訂版「日本永久占領」1999年(絶版)を紹介した。
渡部昇一著「裸の総理たち32人の正体」と同著「日本の歴史7戦後編(戦後混迷の時代に)」は、この片岡鉄哉著「日本永久占領」を何やら参照したような記述が散逸される。
しかし、参考文献にも紹介されないように片岡論調には否定的と言うより、無視する非常に不思議なものになっている。
簡単に言えば、占領下の日本国憲法、講和条約と戦後の混乱期の謎に迫っていない。

一方、片岡鉄哉著「日本永久占領」1999年は、「さらば吉田茂」1992年版を改題と言う事になっている。しかし、「一部訂正・加筆の上文庫化」とあるとおり結構微妙な部分で大幅改訂されていた。
特に「訂正・加筆」がされていたのがサンフランシスコ講和条約前後の状況の描き方で、はっきり言って事実が大幅削除されていた。
似たようなことは「聞き書き・宮澤喜一・回顧録」御厨(みくりや)貴・中村隆英編(岩波書店、2005年)に書かれていて、この回顧録の方が生々しい部分がある。
但し、例によってほとんど参考にならない回顧録であることは間違いない。
なぜなら、肝心なことを御厨貴・中村隆英という元・現東大教授達が聞いていないからである。
本を読み進んで行くと、朝鮮戦争の部分で中村氏が妙な文献を紹介する。
それは、あの和田春樹「朝鮮戦争全史」(2002年・岩波書店)で、その紹介というのは‥‥「非常にバランスが取れた本だという気がしました。この人は六カ国語もできますし、アメリカ、ソ連あたりのドキュメントをずいぶん見ていまして、いい本のように思います。」
と紹介する。
見知っている人なら大体分かりそうなものだが、今や和田春樹氏の言動、著作というものはほとんど信用が無い。何と言っても北朝鮮による「拉致問題はない」と言い続けていた人物として有名であるからだ。
それを「いい本」と言い切ってしまうのは、そちらの方の範疇に入る人達、2005年になっても和田春樹氏を評価しているナイーブな岩波人と言う事だろうか。
なぜなら、ジャーナリスト萩原遼氏の和田春樹氏『朝鮮戦争全史』(『諸君!』二〇〇二年九月号)への反論などかあるからである。
そして、最近では以前のエントリーで述べたように
2009年12月07日(月)共同通信伝として
「日本、ロシア主戦派の同盟案黙殺 日露戦争直前、新史料発見」として、あのいわく付きの「和田春樹東大名誉教授が発見した。」と報じた。
その内容は、
「和 田名誉教授はロシア国立歴史文書館(サンクトペテルブルク)で、皇帝から信頼された大臣待遇の主戦派政治家ベゾブラーゾフの署名がある1904年1月10 日付の同盟案全文を発見。同盟案は『ロシアが遼東半島を越えて、朝鮮半島、中国深部に拡大することはまったく不必要であるばかりか、ロシアを弱化させるだ けだろう』と分析、『ロシアと日本はそれぞれ満州と朝鮮に国策開発会社をつくり、ロシアは満州、日本は朝鮮の天然資源を開発する』ことなどを提案してい た。」
と言うもの。
説明としては「日露戦争開戦1カ月前、ロシア側の主戦派の一人と考えられていた政治家が戦争を回避しようと日露同盟案を準備しているとの情報を得ながら、日本政府が黙殺していたことを示す新史料を、和田春樹東大名誉教授が7日までに発見した。」

これに関しては、エントリー「ベゾブラゾフ同盟案の眉唾文書・和田名誉教授の歴史的無知」として論破しているが、本当にこれに関して著書を出すのかと言うものなのである。

多少話は逸れたが、こんな風に岩波人が当たり障りのないように、宮澤喜一氏に聞いているから当然核心部分き何も書いていない。
なんとこの中村氏は、和田春樹「朝鮮戦争全史」を引いて「あれを見ましても、対日講和との関係ということになると和田さんも調べきれなくて、書いていないんです。」と‥‥冗談じゃないよ、都合の悪いところは書かなかっただけと言うものではないか。
そして、その部分の宮澤喜一氏の発言も回りくどいものの、「日本永久占領」に書かれている事実を補完するものとして参考にはなる。

そして、もう一人の御厨貴先生も妙なことを言っている。
「聞き書き・宮澤喜一・回顧録」p139
御 厨「私は昭和26(1951)年の生まれですから、まったく占領期は知りません。全部教科書的に習っただけです。やはり僕らは、戦前の軍部が悪かった、軍 国日本は悪かった、それにくらべたら民主化された占領というのは非常によかったんだ、というふうに、小学校の頃から対比させて習いました。」

この話、本当にそうなのかなと実は疑問なのである。正直言えば、小生は御厨氏とは同世代人であり、同じ頃の空気を吸っていたからである。
それは、小・中学校の頃から戦後の部分というのは、ほとんど習わなかったという記憶が鮮明なのである。
確かに教科書には書いてあった。しかし、書いてあることは矛盾ばかりだった。
なぜなら、占領中に日本国憲法の公布?、GHQの検閲。憲法には言論の自由があるはずなのにない。
これはオカシイと思わないのは、少々いかれている。
しかも、学校の教師は日本国憲法の公布くらいまででそれ以降は説明もしなかったのだ。
なぜなら、教師は戦前前後を過ごしてきた人達でり、戦争に行ってきた人、又軍隊に慰問に、軍事工場に勤労動員してきた人達だからだ。当然、回天などの特攻隊の生き残りの教師もいた。
中学では、数学教師は元陸軍大尉で中国戦線での戦い方を説明するし、英語教師も元陸軍中尉だった。国語教師は、師範学校時代に海軍軍人に憧れて~などなどの話しもあった。
当然、父は戦争へ行った世代だから、戦争時代の話というのは何度も聞いた。
多分、御厨貴先生というのは、よく教科書を読んで勉強をして、父母の話も先生の昔話にも耳を傾けず、小説も映画も見なかったに違いない。
高校の頃は、あの大江健三郎の著作を散々読まされたから、70年安保の頃には60年安保を題材にした大江氏の著作も読んだ。
「セブンティーン」(第一部)。‥‥第二部の「政治少年死す」は著作から消されて不明。
これでなんと70年安保の呪縛が溶けたと言うのも、面白いものである。
御厨先生は、多分高校生の頃に起きた中国の文革を絶賛し、赤い表紙の毛沢東費語録をむさぼるように読んだ人達の仲間なのではないか。
それにしても、未だに呪縛というかマインドコントロールが溶けていないと思われるのはどうしたことなのか不思議なものだ。

いずれにせよ、全ての著書で共通しているのは吉田茂氏は、講和条約締結と共に引退すべきだったということが書いてある。

「聞き書き・宮澤喜一・回顧録」
では、あの白州次郎氏の言葉として、宮澤喜一氏が紹介している。
他の著書でも宮澤喜一氏は、講和条約前後の吉田茂氏の言動に関して疑問を呈していることから同意見と見られる。
「帰りの飛行機の中で吉田さんに『あなた、これで辞めなさい。あなたの仕事は終わった。一番いい時期だから辞めなさい』というわけですね。それは吉田さんは気に入らないわけですよ。ずいぶんいろいろなときに、そう言うことはいっている。」

「日本の歴史7戦後編(戦後混迷の時代に)」
p190「吉田首相は日本の名誉を守り抜いた形でサンフランシスコ講和条約を結び、そこで辞めておけば、後々まで神のように語られただろうといわれているが、‥‥」

「日本永久占領」
p238「吉田は講和を花道に引退し、政局を一新して、後継首相による再軍備と憲法改正に道を開くべきであった。」

事実、サンフランシスコ講和条約後の吉田首相の行為というのは、小生が見ても不可解なところが目立つ。
次回、種々の検討をしてゆく。

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2010年3月10日 (水)

アカデミー賞「ザ・コーヴ」と舐められた日本の構図 その2

アカデミー賞「ザ・コーヴ」と舐められた日本の構図
  その2

その1では、舐められる日本という構図の一つトヨタ問題に言及した。
昨今の新聞報道では、非核三原則は実は非核二原則だったことが明らかになっているが、そもそも沖縄返還に当たり「非核三原則」など度言う訳の分からない言葉を導入したのがおかしなものだった。
実際、そんな非核三原則やGHQが「東洋のスイス」にと非武装中立国又は、軽武装中立国を目指すようなことをしていても、たいして舐められなかった。
核持ち込みの密約を暴露したというか、「核の持ち込みは核の傘にある限り当たり前である」という事を毎日新聞社の記者時代の古森義久氏のインタビューでライシャワー元大使が暴露した事実があった。
そのライシャワー元大使というのは、MacArthurの日本無力化と小和田氏のいう日本・ハンディキャップ国家を強く考えた人物でもあった。
要するに、日本という国は「本当に怒ると、怖い国だ」というイメージである。
怒らせると怖いという前の戦争の遺産というものは、ベビーブーマーが世界の指導者の位置に付く現代にあっては、消え失せて今や羊のような国というのが日本である。
あの調査捕鯨に対するグリーンピースの妨害の仕方をみても、日本だけを目標にしている事だけでよく分かるではないか。
そして、捕鯨船に乗り込んで捕まっても、待遇は客船に乗っているようなものだし旨いものだって幾らでも食べられる。
これがロシアや中国の船だったら、初めから妨害などするわけはないし、もししたとしたら命の保証はない。
日本の捕虜に対する扱いの寛大さというのは、第一次大戦のドイツ軍捕虜の扱いで有名になって、東南アジアでの英軍の捕虜が大量に出た事からでも明らかであった。
そんな記憶は、活動家にはとうになくなっている現状だから、「甘い日本・甘っちょろい日本」という印象が広まっている。
しかも、日本というのは米国のように本当に怒ると国際組織からでも脱退してしまうと言うことがない。IWCなどでも日本が脱退してしまえば、単なる鯨愛護団体になり、かつ資金の枯渇するために事実上空中分解というのが真実であるのにである。
だから、今の民主党のように日本の国を守るという気概のない政府が誕生してしまった以上、自ら守ると言うことしかない。
農林水産大臣が多少何か言ったところで、何の影響力がないものというのは無意味だろう。

結局対処としては、和歌山県太地町が米国で訴訟を起こすしかないだろう。
アカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞を貰ったいとうことで多少興行収入でも上回った所での提訴と言うのも有りだろうが、その辺の所は文殊の知恵である。
何せ、肖像権やら名誉毀損だとかいろいろと絡んでいる。
兎に角、一番悪いのは昔の日本のように、無視してそれでよいとする事だ。
それにしても、弱い国家、奴隷の平和や中国を宗主国とするような政府というものでは、国民は多いに苦労する。
そして戦後、軍事は軽装備でやってこられたのも、所詮前の大戦の遺産であって、これを食い潰した後だから、この日本というものの今後の構築に迫られている。
そんなことが分からないノー天気な民主党と、政権政党であることが目的だった自民党というのは、日本にとって害以外ではないというのが現実問題である。

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2010年3月 9日 (火)

アカデミー賞「ザ・コーヴ」と舐められた日本の構図 その1

アカデミー賞「ザ・コーヴ」と舐められた日本の構図  その1

アカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞の「ザ・コーヴ(入り江)」
これは和歌山県太地町のイルカ漁を批判した米映画であるが、これに関して2010/03/08のWebでは報道されていた。新聞では2010/03/09の朝刊に掲載されている。
「映画はスタッフが立ち入り禁止区域に侵入し、隠しカメラを設置して撮影された。漁師たちが入り江に追い込んだイルカの群れを鉄の棒で突いて海面が真っ赤に染まる場面などが映し出されている。」
「三 軒一高町長は『事実誤認が多い映画が受賞したことに驚いている。われわれの町は鯨類については貴重な食料資源として認識している。海外には私たちが食べな いものを食べる地域もあるが、その食文化を否定する気はない。今後も国内外に正当性を強く主張していく』と不快感をあらわにした。」(産経新聞)
又、「ザ・コーヴ(入り江)」の国内配給元の「アンプラグド」では「日本での上映には『ボカシ』などの修正が必要と判断している。」という。
そ の理由としては、「盗撮部分や漁師の顔が撮影された50~60か所にはボカシなどの修正に加え、作品の最後に示されているイルカの体内水銀濃度のデータに ついては『すべてのイルカにあてはまる数値ではない』と注釈を入れることを、製作側に打診している。」(スポーツ報知)
こういう事はいろいろと考えさせられるものである。
考えさせられるというのは、日本は「舐められいる」そういうことである。
日本の鳩山総理や防衛大臣の様子を見てみれば、どうしようもない顔つきだと諦めるしかないが、普天間基地問題を取っても日本政府の馬鹿さ加減と言うのは極に達する。
社民党の党首は特命担当大臣(消費者及び食品安全・少子化対策・男女共同参画担当)で有りながら、担当大臣での話などほとんど聞いたことがない。
いつから、外務大臣や防衛大臣に鞍替えしたのかと誰でも思うだろう。
だから、話が出て来るのは普天間基地問題の時ばかりばかり。それも歴史的な軍事音痴、外交音痴の上に、元々QHQのMacArthurに作って貰った社会党の末裔だから、GHQに甘える体質が直っていないという体たらく。
そんなことで、自民党の時に調査捕鯨に対する法律を整備するはずなのにそのままという有様。
今の民主党というのは、選挙の前だけは「国民の生活が第一」と言いながら、国民を絶対に守らない政権であるというのはあのトヨタのリコール問題を見ても明らかである。
自民党政権だったら事が大きくなる前に、政府首脳が対策を練ったり米国と折衝をするのは当たり前の筈だが、今の民主党はトヨタをそのまま見殺しだった。
既にトヨタに対する訴訟は起き始めているから、そのうちに100を超す集団訴訟になるかもしれない。
金が取れると分かれば、骨までむしり取られるというのが訴訟社会の米国の筈である。
多分、中国だったらとっくの昔に米国に圧力をかけているだろうし、中国の民間団体という中国の手先と米国人になっても心は中国人の中国系米国人が擁護するだろう。
しかし、日本ではいずれも聞いたことがない。


○鳩山由紀夫首相に至っては、2月9日の衆院予算委員会で、
「トヨタ自動車がハイブリッド車、プリウスなどのリコール(回収・無償回収)を届け出たことについて、『人の安全や命にかかわる事件、事故はたくさんある可能性がある。リコールに至らないケースでも、政府として情報公開を求めることは重要だ』と述べた。」
○「前原誠司国土交通相は、『顧客の立場に立った対応が必要だった』と指摘。トヨタ幹部がブレーキシステムの問題を『(利用者の)フィーリングの問題』と説明したことについて、『そういう言い方は極めて遺憾だ』と批判した。」


こんな発言を聞いていると何やら人ごとの様ではないか。
前原誠司国土交通相と言うのも、車を運転したことがあるのかと思う。
だからアンチスキットブレーキなどと言うものは、本来なかったもので昔はポンピングブレーキで対応すると言うのが普通なのだ。
要するに、米国での事故は本来なら運転ミスに由来するものなのではないか。車の安全を過信するというのは全てオートという米国ならではのこと。
見て見てれば、全世界に工場を持ち販売しているトヨタ車のリコール問題というのは、そもそもなど米国でしか起こっていない。
本当に問題があれば、日本でもEUでもどこでも起こるはずなのである。

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学習院初等科の学級崩壊・学校側「学級崩壊」否定

学習院初等科の学級崩壊・学校側「学級崩壊」否定
‥‥‥‥‥‥‥
(学習院)広報課長は、取材に対し、次のように話した。

「定義の問題もあると思いますが、こちらとしては学級崩壊があったとは認識しておりません。一般の人から『気にしないで頑張れ』『宮内庁の発表には違和感がある』との意見もいただいています。今回の件で、保護者からの反応も特にありません(J-cast news)

‥‥‥‥‥‥‥
何やらこの学習院初等科の学級崩壊に関しては、学校側と児童を供給する側の「塾関係者」では問題点の火消しに躍起になっている。
学習院初等科については、「お受験に詳しい学習塾関係者によると、共学の私立小学校では、ダントツ人気の慶応幼稚舎は別として、青山学院初等部などと並ぶ人気校だ
‥‥と言うことで利害関係のある供給側も妙な火消しに回っているのは不自然でもある。
‥‥‥‥‥‥‥

「確 かに、お受験できつくやり過ぎて、入学してタガ(箍)が緩むという話はあります。しかし、それも走り回って先生に飛びつく程度です。難関校だけに、しつけ を身につけて入ってくる子も多く、学級崩壊や不登校は少ないと聞きますよ。また、小学校1、2年生なら、お受験校であっても、男の子が走り回らないような 学校はないと思います。これが5、6年生なら話は別ですが、学級崩壊と言えるのでしょうか」
   また、愛子さまのケースについても疑問を呈す。
「発表の仕方に、問題があると思います。たかが10歳に満たない1、2年生の子どもに、犯人捜しはよくありません。児童同士のいたずらだと思いますし、初等科の父兄から話を聞くと、発表とは逆の情報もあるんですよ。騒ぎすぎだと思いますね」

‥‥‥‥‥‥
「小学校1、2年生なら、お受験校であっても、男の子が走り回らないような学校はないと思います。」と塾関係者は言う。
しかし、子どもが走り回るというのは一クラス55人もいた戦後ベビーブームの頃ならいざ知らず最近ではあまり見られない。そして、その戦後ベビーブーマーでさえ「授業中に騒ぎだし、勝手に立ち歩いたり廊下で走り回る児童」というのは皆無に近かった。
いずれにせよ我々庶民にとって全く関係ないことだから、どうでも良いと言うのが本心である。
別のことを言うのなら高円宮家、秋篠宮家が学習院を選ばす「学習院離れ」が進んでいると言うのも時代の流れであるし、他のお受験校であれば別の対応なり心構えなどが有ったかもしれないと言うことである。
だから安易に敬宮愛子さまを学習院に進学させてしまったと言うことが、いろいろ妙な結果に結びついしているのかもしれない。
逆に言えば学習院でなければ、多少学級崩壊があってもそんなものかと言うものであるし、そんなものは乗り越えてゆくのが本当だろうと思うのではないかと言う部分もある。

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2010年3月 8日 (月)

学習院初等科の学級崩壊・犯人捜し始まる

学習院初等科の学級崩壊・犯人捜し始まる

前エントリー「学習院初等科の学級崩壊・成り上がり者の正体見たり」にはブローチ版で3,255アクセス、他のもので 4,805 アクセスと単純計算で1日で8,060を達成した。
通常3,500程度と見ると倍以上のアクセス数があるのは異常である。それでいくらか調べてみたところ、学習院初等科の学級崩壊の犯人捜しが行われているのではないかと言うところに行き着いた。
学習院初等科の学級崩壊と言うものは、報道によれば1-2年生に広がっており特に「敬宮愛子さまが在籍する2年生」の学級崩壊が大きいようだということらしい。
「昨年7月から11月ごろまで学級崩壊が発生。」との報道も実は怪しいもので、夏休みを経てかなり酷くなったと想像出来るし、終焉したのは冬休みに入ってと言うのが本当かもしれない。
そうでなければ、敬宮愛子さまの「続けて欠席」という理由が理解出来ない。
学習院ではどんな対策を取ったのかというと「この事態に、複数の保護者が学校側に善処を申し入れ、同校は担任教諭のほかにサポーターの教職員を教室に配置した。」「補欠募集を中止した。」
早い話、落ち着かない子どもたちを教員がいちいち押さえていると言うことである。
しかし、押さえられるのは授業中でのことで放課後や休み時間の間では目が届かないし、子供というのは押さえられれば地下に潜るというか、見えないところで始める。
これは子供の抑圧された感情の発散であるかもしれない。
大人の世界では、60年安保の前哨戦として「勤務評定(勤評)闘争」(1957-58年)と言うものがあった。この勤評闘争では最終的に子供の父兄(保護者)を教員は動員して、勤評闘争に参加させると言う手段に出た。
実は、この勤評闘争の中期には小生の母も参加していて、偶然選挙カーの様な車に乗って演説していた母を見たことがある。その後に続く勤評闘争では担当教師(兄の)が運動を辞めてしまった関係もあって参加しなかったが、後日その理由を聞いたことがあった。
その理由とはなんと意外なことだった。
「教員に勤務評定を課すのは、公務員として当然のことで誤りではない。」
それでも参加したのは「嫁と姑の関係の鬱積がたまったから」という単なる憂さ晴らしだったと言うことである。
憂さ晴らしで騒ぎたかったからと言うのも、母も随分と若かった。
そして、勤評闘争も教員が直接に顔を出すと都合が悪いから、何の影響を受けない子供の母親を使うということだったのである。
こういう「単にそのときの雰囲気で騒ぎたかった」というのは、すぐ後の60年安保でもそうであった。
そして、その闘争に無邪気に参加して酷い目に遭うと言うのがノンポリ学生だったというのは後の、70年安保前後の事件、成田闘争もみな同じたった。
話は、多少それたが人間本性むき出しの子供というものは、やはり家庭環境をそのまま鬱積として出せるところでだすと言うものである。
一方、学習院ではその後どういう対策を採り続けるのだろうか。
今回の問題の様に、ことが大きくなってしまったからには一切箝口令が敷かれて、沈静化を図るに違いない。
初等科の選抜方法を考え直すという話も報道されたが、今年4月の新一年生は既に決まっているから平成23年度からと言うことになる。‥‥が、ほとんど見直しなどは行われないのは間違いない。
なぜなら、金に絡むこともあって変えようがないからである。
結局取る方法とは、くさいものにはふたをする。
学習院では、4月にクラス替えをすると言うから、問題児たちをまとめて離したクラスに配置するという措置をすることになる。
即ち映画「大脱走(TheGreatEscape)」の様に臭いものはまとめて隔離する。又は排除してしまうと言うことではないか。しかし、そんなことは無駄だと言うことは映画が証明しているもののどうなるのかなのである。
そして、既に関係者は種々のことを掌握しているであろうし、改善されなければ「犯人の特定」もいずれされるであろう。
もし流れているとすれば、情報は昨年末までに掌握されたことだと思うし、小生が保護者だったら絶対にネットなどに流さないから、週刊誌ネタに期待するしかない。

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2010年3月 6日 (土)

学習院初等科の学級崩壊・ 成り上がり者の正体見たり

学習院初等科の学級崩壊・

成り上がり者の正体見たり

2010/03/05「敬宮(としのみや)愛子さまが、同学年の児童たちから『乱暴』を受けていることを理由に、今週学校を続けて欠席されたことを明らかにした。」(産経新聞)
夕刊フジ(ZAKZAK)によると学習院初等科の学級崩壊というのは‥‥

「宮 内庁と学習院の話をまとめると、愛子さまが在籍する2年生の別のクラスで、昨年7月から11月ごろまで学級崩壊が発生。数人の男子児童が、(1)カバンを 投げあう(2)授業中に教室で縄跳びの縄を振り回す(3)廊下をすごい勢いで走り回る-などの乱暴行為を繰り返していた。」
「同校では、ほかにも授業中に騒ぎだし、勝手に立ち歩いたり廊下で走り回る児童が昨年から目立ちはじめ、1年生では男子児童が、後ろの席に座る女子児童の顔を鉛筆で傷つける事件も発生していたという。」

昔の記憶では、「カバンを投げあう」などと言うのは放課後ではあったように記憶するが、授業中では有り得なかった。昔の先生というのは結構怖かったのである。
何と言っても、特攻隊帰りの先生もいたから「デカイ声」で怒鳴られるとどんな「悪ガキ」でもシュンとなって以後絶対に悪さをしなかったものだ。
それなら最近はどうかというと、小学校では地域によって差がある。
地方都市の大方中心部の小学校では、割合と児童が大人しく学級崩壊などというのは聞いたことがない。
しかし、不思議なことに小生の子供時代から現在に至るまで、あまり芳しい噂を聞かない地域もあるらしい。
ただそれは、公立小学校という分野であるし、小中学校は全市から昨年まで自由に選べた。そして、当然のことながら試験で入る旧国立の附属小学校などでは、過去から現在まで絶対に有り得ないことであった。

ところが、この学習院初等科で学級崩壊と聞くと笑ってしまうと言う気がする。
なぜなら前述の夕刊フジ(ZAKZAK)にはこうも書かれているからである。

「学 習院初等科は、慶應義塾幼稚舎や青山学院初等科と並ぶ“お受験御三家”の1つで、競争率は常に10倍超の狭き門です。入学後も、毎年の授業料以外に『一口 15万円最低5口、平均10口』ともいわれる寄付金が存在するなど、経済的に裕福でないと通学させることは困難。学習院は、他の2校と違って全員が大学ま で推薦で進学できるわけではないが、生徒はみな上流階級に近い教育を受け、躾もしっかりしていることが圧倒的人気の理由だったのですが」

学習院が上流家庭とは関係ないとはとうの昔から言われてきたことだが、今回のことを見てみれば、入学する子どもの両親というのは子どもの幼児教育さえ出来ていない人達がいたと言うことである。
学習院に限らずこの手の入試には、両親共々面接を受けて、両親を見て入学させるというのは決まり切ったことで、中にはその場限りの俄・上流階級の成金がいたと言うとである。
世の中不思議なもので、金があるから、又事業で成功したから「大人物・大人」と言う事は無くて、成功は時の運みたいなことがある。
明治期の元勲は下級武士からの成り上がりとはいうものの、今の水準では信じられないほどの学問と武士階級としての規律をたたき込まれてきた人達だから今で言う「成り上がり」とは違うだろう。
その後の「成り上がり」の人達のことを、昔の人は「旭大尽(あさひだいじん)」と言ったようだが、今では死語で本当の意味は分からない。
多分あの「旭将軍(源義仲・木曾義仲)」から来た言葉だと思うが定かではない。
それで実際そう言う成り上がりの人達というのを、実は昔経験したことがあった。
それはある大企業の社長の娘婿一族が住んでいるマンションの部屋に絡んだことで、とんでも無いことばかり起こる毎日だった。
挙げ句の果ては、大学の教員をしていた奥様の「洗濯物を取り込んで」という電話に管理人と共に入った部屋は、泥棒にでも入られたような乱雑な有様。
保育園に行っていた子どもは、正に「絵に描いたような嘘」をつき、という表裏のある子供。

管理人共々、ああいう子どもが将来偉くなって‥‥と感慨に耽ったものだ。
但しこういう、すばしっこい子供というのは、表裏を上手く使い分けるのが上手いから目立つ様な学級崩壊などは起こさないのが普通である。
逆に言えば、成績優秀で先生に上手く取り入り、同級生を影で苛めるという手合いである。

その点、学習院の学級崩壊など可愛いものだろうが、公私のけじめが付けられないというのは、元々やはり両親に問題がある。

「成り上がり」、「旭大尽(あさひだいじん)」が本当の名家になるというには、どんなに考えても4-5代の年月がかかるというのは事実である。
逆に言えば4-5代(少なくとも100年)の年月まで、その家庭環境を維持して行くと言う永続性が求められる。
初代と2代目というのは、同じ世代に属するから2代目名家から妻を迎えても、孫はまだまだその要素をやっと受け継ぐ程度。だから初代が無くなって2代目の影響力の少なくなった4代目以降にやっと名家らしくなると言うものなのである。
ところが、相続というのも3代で何もなくなるという税制である事から分かるように、3代目で粗方潰れる。
4代以上続くと言うのが本当に希有であるから、やはり「仕来りの出来た名家」というものは中々生まれないものなのである。

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2010年3月 5日 (金)

木を見て森を見ずの高校授業料無償化と不思議な読売社説  その2 

木を見て森を見ずの高校授業料無償化と不思議な読売社説

 その2 

高校授業料無償化とはとのような意味があるのかと言えば、子ども手当が中学生で終わってしまうからと、その延長線上にある。それに元々高校の義務教育化を目指す人たちが乗ったと言うことではないだろうか。
しかし、今や高卒というのはその昔の中卒以下の状態になっているのは就職率を見てみればよくわかることである。
高校を義務教育化と言っていた人達は、高校まで義務教育にして教育費というものをすべて国が負担するという思想なのだろう。
その思想が今回の「高校授業料無償化」によって実現するのだが、この件ではいろいろと賛否があるところなのである。要するに理想と現実の違い。
今の民主党というのは、何でも現実を無視して理想に奔(はし)る。その理想というのが、国民へのバラマキであり、国民生活を悪化させる二酸化炭素削減だったりする。
このCO2削減問題も既に、米国などでは懐疑派の論調が大きくなっているのに日本ではほとんど出で来ることはない。
そのCO2削減問題というのは、元々政治であって環境問題ではないと言うのが実際は国民も分かっているのだが、声高に言えないという不思議さがある。
CO2削減のために電気を消しましょうなり、節電しましょうと言うのも、日本の電気というものは原発がほとんどであり、又電気は貯めることが出来ないから実は意味がない。
車を使うとガソリンを使い環境に悪いという。
以前、激安ガソリンスタンドが東南アジアから自動車用ガソリンを輸入したことがあった。
当時、自動車用ガソリンそのものの輸入は合法で制限出来なかったから、なんとGSへ融資している信用金庫に圧力をかけて石油会社に引き取らせた。
そして、法律を改正して今では基準以上の石油の精製設備のある企業、事実上の石油会社のみ輸入出来るようにした。
早い話、自動車用のガソリンというものは、原油換算出来ないという証拠のようなものなのである。
こういう石油や電気などの嘘が政府公報や企業広告で国民に垂れ流される。国民は嘘と分かっても反論するすべはない。

以上くだらないことを述べたのは、自民党政権だけでなく今の民主党政権も、と言うよりそれ以上国民に嘘をつき通していると言うことである。
沖縄の密約の嘘や憲法制定過程の嘘。
正直言ってもう飽き飽きしたと言うものである。
国民が自民党から民主党に政権交代させたのは、自民党の国民に対する裏切りを精算させるためであって、民主党が勝手に国民生活を破壊させるためではない。
要するに、国民は自民党政権の安定性から大きく外れることを望んでいない。
ところが、例の「朝三暮四」そのままに、参議院選挙で勝ちたいとバラマキの餌を国民にまき、完全に選挙で勝ったら後は増税でも、国民生活破壊でも何でもござれというのは国民は望んでいない。
今では、中国や韓国のみならず北朝鮮の影響下にもある民主党政権という馬脚が、そろそろ現れてきてこの問題で信を問うところにまで来てしまった。
朝鮮学校にもこの高校授業料無償化を適用せよとは、朝日新聞の論調で2010/03/05の読売新聞の社説では
「北朝鮮による核開発やミサイル発射、拉致問題への国民の反発はあるにせよ、今回の問題で朝鮮学校を他の外国人学校とことさら区別するのは、無理があろう。」と読売新聞が朝鮮学校に支給という立場を取った。
しかし、「北朝鮮による核開発やミサイル発射、拉致問題への国民の反発はある」と読売論説委員氏が言うのならなおさらおかしいではないか。
そもそも、日本の教育というものを忌避して、産経新聞社説(2010/03/05)で述べるとおり「故金日成主席・金正日総書記父子」という「独裁者への個人崇拝教育が、日本国内でも行われている。」学校である。
そうであるならば、国民の反発を排除してでまで支給するというのは異常だろう。
なんと言っても、「北の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』が無償化対象からの朝鮮学校除外を『無分別な民族教育弾圧行為』だと非難する論評を載せたことも、同校が北の強い政治的影響下にあることを物語っている。」 と書かれているとおり、朝鮮学校は政治と密着している。
しかも、「朝鮮学校に生徒1人当たり年額12万円の『就学支援金』」とは、単に朝鮮学校に支払われるもので生徒個人ではないと言うところが味噌ではないか。
そ して「朝鮮学校は全国に73校あるが、平成20年度だけで7億8,000万円もの補助金が各自治体から支払われている。この原資も税金だ。大阪府以外の自 治体も、朝鮮学校の教育の実態を改めて調査し直し、補助金のあり方を再検討すべきである。」(産経社説) とある様に日本というのは不思議な国なのである。
そして、あの朝鮮信組に1兆円という税金を投入(公的資金投入)した自民党政権というのも妙なものだったのが、それに絡んだ朝鮮総連と朝鮮学校。
その他北朝鮮に金が流れた不透明な関係。
要するに、朝鮮総連と朝鮮学校、北朝鮮というものはほぼ一体、即ち日本国内にある北朝鮮というのが朝鮮総連と朝鮮学校であると言うことだろう。
そして、その証明が「各教室に故金日成主席・金正日総書記父子の肖像画が掲げられる」と言うものである。

読売新聞社説に戻ると、おかしいのはまず「外国人学校の扱いは、各国で異なる。日本では、学校教育法で朝鮮学校などの外国人学校を各種学校とし、高校などの学校や専修学校とは区別している。」と言う部分ではないか。
米国などの例を見ても私立学校へ国の助成というのはないはずであり、日本でも
日本国憲法89条の「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」とある。

私立学校に憲法違反の助成金が与えられているのは、裁判判例で「私立学校について言えば、教育基本法、学校教育法、私立学校法等の教育関係法規により、その設置、廃止等についての法的規制を受けている場合には『公の支配』に属しているもの」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)であって、日本の国の「公の支配」に属さない朝鮮学校への補助、その他は全て憲法違反になる。

読売新聞も朝日新聞も憲法を読んでいるのか実に不思議なものなのである。

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木を見て森を見ずの高校授業料無償化と不思議な読売社説  その1

木を見て森を見ずの高校授業料無償化と不思議な読売社説 

その1

近年の民主党の政策というのは、いわゆるバラマキ中心になっている。そのばらまかれる税金というのは税収が足りずに国債という借金であるというのは周知の事実である。
借金というのはいずれ返さなければならず、そのために消費税の増税から、相続税の増税、所得税の増税、配偶子控除などの各種の控除廃止と増税一本槍の話が出ている。
そんなに増税して景気が良くなるわけはないと言うのは当たり前のことで、消費税の増税というのは消費社会という日本の構造を根本的から変えることになる。
だから、消費というのは米国か中国かという所に行く付くから、日本の企業というものは海外へ出る。
社会主義者が理想とするかのスウェーデンでは、企業の事業所などが軒並み国外で出て行く現象が止まらない。なぜなら、事業所は消費地に密着して設けるもので消費地でないところにおいても意味がないからである。
こんなことからわかるように、消費税の増税のみならず増税というのは国外から種々の企業や個人が出で行くことに繋がる。
簡単に言えば、国民とその企業が国を捨てる。日本の国に残るのは、国外脱出出来ないしがらみを持つ国民と元の中流と言われた貧乏人。
これというのは、どこかで見たことがある。それは中国に返還された香港の騒ぎであり、中国の大金持ちの海外逃避である。
だから「高校授業料無償化」や子ども手当、高速道路無料化というのは実は何に寄与するのかという所に行く付く。
短絡した考え方をしてみれば、人気取りのバラマキをしてそのためにスパイラルな増税になって、元々の職がなくなれば全く意味がないことと言うより弊害だろう。
こういうバラマキというのが、先の戦争で散々言われた「軍隊の逐次投入」の失敗というもので逐次投入によって、戦力や財源というのは砂に水か吸い込まれるように、あっという間に何もなくなる。
実際、いまの子供を持つ国民にとって高校授業料無償化なんぞではなく、大学の首都圏集中が問題なのである。
かっ ての駅弁大学と言われた地方国立大学は、かっては偏差値60以上だったのが、いまや偏差値50%以下と言う惨状である。だから、今駅弁大学というのはどこ へもゆけなかったから進学したという手合いばかり。そして、この駅弁大学が戦後の技術革新を支えた原動力だったがいまやその面影もない。
高度成長時代の駅弁その他地方の旧国立大学が活況を呈したの理由というのは、授業料が安かったからである。
その金額というのは、1971年まで入学金3,500円。月額1,000円(半年払6,000円)と言うものだった。
学生の家庭教師代が月額8,000円、学生アパート代月額5,500円の時代だから、奨学金を貰えば仕送りなしでも充分にやってゆけたというのが地方国立大学だった。
その地方大学の授業料が、倍々ゲームどころか初年度1972年度から3倍に、そして毎年増額されて私立大学と同程度まで値上げされたのは、国立大学の授業料が安すぎると自民党に詰め寄った私立大学関係者の知識人。
その後の共通1次試験、センター試験と国立大学潰しを推進したのはどういう神経だったろうか。実際、これによって旧国立大学というものは息を止められ同時に日本の技術力の低下の一因になった。

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2010年3月 3日 (水)

MSの更新プログラムで不具合Windows7 その2

MSの更新プログラムで不具合Windows7 その2

Microsoftの更新プログラムで不具合があったのは、「米Microsoftが2月9日に配布した月例セキュリティ更新プログラム」のころだった。
Windows7、32bit版、64bit版ではアプリケーションがちらつくという現象、又64bit版ではメール受信が極端に遅くなる現象が続いていた。
例年2月の更新プログラムというのはハグがあるものが多く、不思議と3月の修正プログラムで直ることが多い。
そして、案の定2010/03/02頃に導入された更新プログラムで、ちらついたアブリが嘘のように静かになった。
当然、64bit版のメール受信も普通に近くなってきたから不思議なものである。
32bit版では、PCを起動したときにアプリが立ちあがるのが遅いことがあった。
正確には画面が表示されたときは終了していなければならないカーネルが、まだ終了しなくて妙な表示が出て消える有様。
要するにプログラムが正常に起動するに当たって、邪魔するものがあると言うことである。

特に32bit版というのは、キャッシュの読み込みが多くて4-5GbぐらいもHDDを食っている気がする。
だからあるときには、突然HDDの空き容量が増えていたりして驚くものであった。
Windows7の起動が速いのは、何でもかんでもHDDのキャッシュに読み込むと言うことらしく、終了時のHDDの状態を読み込んでいて起動時にそれをロードする。
DVDやCDからプログラムをインストールするときなど、中々インストール画面がででこないと思ったらほとんどHDDに読み込んでいた。
だからインストールも速くなるが、そのあとキャッシュの解放が中々されないようである。

ところが64bit版はそうでもないようなのだが、CPUは用もないのに忙しく働いていて、こいつは高性能のPCでないとまともに動かない気がするものである。
兎に角、PCが正常に動くように戻ってきたのは良いこととしよう。

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2010年3月 1日 (月)

Syuun作品を騙し取られる

Syuun作品を騙し取られる

長年書道界にいると実に不思議なことが起きる。
書道界の常識というのは、最近軽佻の一般常識とは違って昔ながらのきっちりした礼儀作法を重んじられて何も言わなくても「何をする」と言うことは暗黙の了解がある。
ところが今回は作品を依頼されて、住所、氏名まで渡されながら葉書一枚しかこなかった。初めて会って隣に座ったというだけの縁で、作品制作を依頼され額、表具代送料併せての原価数万円のもの騙し取られた格好になった。
元々、縁もゆかりもない人に作品をくれてやる筋合いはないのである。
普通は、貰ってどうしましょうかと言うか、種々の先生に問い合わせて対処する筈だが結果は騙し取られた様に形になった。
ことの顛末は、2月11日書道展の帝国ホテルの祝賀会での席である。
隣の席の女性は、無鑑査で今回の展覧会で特選(平特選)をもらったとか、その隣にいたY先生(毎日書道展会員・院展審査員)の先生が紹介した。
‥‥なぜなのからからなかったが、後日名簿を見たら同じ社中だった。
それで今回特選を取ったから何か記念に作ってやってくれという。
院賞ならともかく、平特選でとも思ったが一人はそれぞれの思いがあるから‥‥
実際そんなものは、なぜ縁もゆかりもない小生などに言うのは筋違いだと思うが、Y先生というのはどうもそういうたちらしい。
だから、小生としては「買うと高いから止した方が良いよ」とアドバイスと同時に断りを入れたのだが、執拗に迫るY先生。
小さいものので良いから作品を‥‥と宴会中最後まで粘るだけではなく、隣の女性は祝賀会の席札に自分の住所、氏名などを細々と書き込んで、ここへ送ってくれという。
誰だって、作品をタダでくれというのは非常識きわまりないから作品依頼として、それなら考えてみますと受け取った。
作品制作依頼ならそれなりの対処の仕方もあると言うもので、種々頼まれている作品の順番を繰り上げて額装の上、作品題名、書歴賞歴の札等も作成。
日の良い日を選んで、約一週間後の大安に発送した。
作品は、「クロネコヤマト」の追跡からメールで19日10時32分着との報告。
請求書をあえて入れなかったのは、多少サービス価格で頒布しようと思った訳で、価格を入れるとそれなりの価格になってしまうためでもある。

これで何か言ってくるのかなぁと、反応を見ていたら2010/03/01一通の葉書が来た。
なんだこれは?

Img353
見て驚くなかれ、「この立派な書作品を本当にいただいて良いのでしょうか?‥‥‥」
こんなの良いわけないだろう、とは常識。
単なる葉書一通で数万円の代わりをするとは、随分の大先生であると、こちらでも目を疑うと言うものである。
何度も言うように縁もゆかりもない人である。
只Y先生が仲介をしたから作品を書いて差し上げたというだけのことで、見ず知らずの人に作品などを売るわけがない。
ましてタダで「プレゼントする」というのはあり得ない話である。

まあこちらとしても、一つどんな反応を示すか試してみたと言うところもあるが、ここまで無神経だとは思わなかった。
取りあえず、代金を払ってもらうか作品を返してもらうかの手立てを考えるが、これで今後Y先生とは関わり合いを持たなくても済むと言うことは事実である。
ついでに言えば、最新の名簿を見てY先生に電話をしたら「使われておりません」とねんの入ったものだった。
それにしても、随分と小生も甘く見られたものだ。

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