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2010年3月 5日 (金)

木を見て森を見ずの高校授業料無償化と不思議な読売社説  その1

木を見て森を見ずの高校授業料無償化と不思議な読売社説 

その1

近年の民主党の政策というのは、いわゆるバラマキ中心になっている。そのばらまかれる税金というのは税収が足りずに国債という借金であるというのは周知の事実である。
借金というのはいずれ返さなければならず、そのために消費税の増税から、相続税の増税、所得税の増税、配偶子控除などの各種の控除廃止と増税一本槍の話が出ている。
そんなに増税して景気が良くなるわけはないと言うのは当たり前のことで、消費税の増税というのは消費社会という日本の構造を根本的から変えることになる。
だから、消費というのは米国か中国かという所に行く付くから、日本の企業というものは海外へ出る。
社会主義者が理想とするかのスウェーデンでは、企業の事業所などが軒並み国外で出て行く現象が止まらない。なぜなら、事業所は消費地に密着して設けるもので消費地でないところにおいても意味がないからである。
こんなことからわかるように、消費税の増税のみならず増税というのは国外から種々の企業や個人が出で行くことに繋がる。
簡単に言えば、国民とその企業が国を捨てる。日本の国に残るのは、国外脱出出来ないしがらみを持つ国民と元の中流と言われた貧乏人。
これというのは、どこかで見たことがある。それは中国に返還された香港の騒ぎであり、中国の大金持ちの海外逃避である。
だから「高校授業料無償化」や子ども手当、高速道路無料化というのは実は何に寄与するのかという所に行く付く。
短絡した考え方をしてみれば、人気取りのバラマキをしてそのためにスパイラルな増税になって、元々の職がなくなれば全く意味がないことと言うより弊害だろう。
こういうバラマキというのが、先の戦争で散々言われた「軍隊の逐次投入」の失敗というもので逐次投入によって、戦力や財源というのは砂に水か吸い込まれるように、あっという間に何もなくなる。
実際、いまの子供を持つ国民にとって高校授業料無償化なんぞではなく、大学の首都圏集中が問題なのである。
かっ ての駅弁大学と言われた地方国立大学は、かっては偏差値60以上だったのが、いまや偏差値50%以下と言う惨状である。だから、今駅弁大学というのはどこ へもゆけなかったから進学したという手合いばかり。そして、この駅弁大学が戦後の技術革新を支えた原動力だったがいまやその面影もない。
高度成長時代の駅弁その他地方の旧国立大学が活況を呈したの理由というのは、授業料が安かったからである。
その金額というのは、1971年まで入学金3,500円。月額1,000円(半年払6,000円)と言うものだった。
学生の家庭教師代が月額8,000円、学生アパート代月額5,500円の時代だから、奨学金を貰えば仕送りなしでも充分にやってゆけたというのが地方国立大学だった。
その地方大学の授業料が、倍々ゲームどころか初年度1972年度から3倍に、そして毎年増額されて私立大学と同程度まで値上げされたのは、国立大学の授業料が安すぎると自民党に詰め寄った私立大学関係者の知識人。
その後の共通1次試験、センター試験と国立大学潰しを推進したのはどういう神経だったろうか。実際、これによって旧国立大学というものは息を止められ同時に日本の技術力の低下の一因になった。

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