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2010年3月22日 (月)

民主党政権の半年を振り返りその宗教的本質を悟る

民主党政権の半年を振り返りその宗教的本質を悟る

先日民主党政権発足半年、経過しての評価というものは散々だった。
その上、民主党議員の不正、不公正は留まることを知らず尚かつ、民主党内での言論封殺という事実もますます顕在化して、国民の目を「顰(ひそ)ませる」ものとなった。
民主党という政党にあの夏の選挙で、国民は全面的に日本の運営を任せたのであろうか。民主党の鳩山、小沢の小鳩内閣と言われる面々は国民からの全面委任として、自民党が延々と行ってきた外交を含めた全ての事柄をひっくり返して悦に入ったのは選挙直後だった。
しかし、国民としては自らの生活を脅かすような、過激な変化というものを何時の時代でも望まないというのは歴史が示しているところである。
そして、本来の民主主義の本質としての政策は国民のあいだからの要求に従って、政治が実行すると言うのが基本である。だから、政策は国民の元々のコンセンサス(意見の一致)によってなされるために、大きな混乱や劇的な変化というものをもたらせない。
そこで、理想をもって上からの改革、政策実行というのが必要と唱えるものの、50年先に於いてその評価に耐えるものというのは希有であると言うことも事実である。
実際50年先の評価に耐えたものは、単独講和反対と叫んで社会党などの左派勢力の反対を受けたサンフランシスコ講和条約締結であり、安保反対(1960年・60年安保)と国会を取り巻いて気勢を上げた反対にも拘わらず、岸首相が政治生命を賭けて改訂した安保条約改訂ぐらいでしかない。
そして、不思議なことは日本の独立後、左派勢力という社会党などが反対したことを実行したものは粗方上手く機能し、左派勢力の口車に乗って実行されたものはほとんど破綻した。
今、金満財政を誇る東京都も美濃部都政の時は、大赤字で首も回らなかったくらいだ。
そう、東京都下の公務員の給食のおばさんも現業の用務員さんも退職金は4,000万円を楽々越え、という今で言えば夢のようなお話だった。
だからそんな左派勢力、労働貴族の支配する政党に国政を任せないというのが従来からの国民の選択だった。
しかし、この夏の選挙というものには、鳩山首相という鳩山一郎の子孫である大金持ち資産家が顔になり、元々自民党の幹事長だった小沢一郎民主党幹事長が指揮を執って選挙を戦った仮装自民党と自民党との戦いだった。
吉田茂の子孫である麻生氏の自民党と鳩山一郎の子孫である鳩山氏の対決の欺瞞というものは、なんと吉田茂氏の自由党と鳩山一郎氏を中心とする日本民主党の保守合同によって自由民主党が出来る以前に遡るようなのである。
しかし、そこにはマニフェストというバラマキ大衆迎合の左派思想と、表向きにはひた隠しにした左派政策である象徴の政策集。
そして、そのマニフェストや政策集と言うのも、あの「ゆとり教育」を実施した政策過程に酷似するかなりの後進性、政治性のなさを感じさせるものである。
なぜなら「ゆとり教育」は米国で提唱され実施して失敗し、見直しがされて廃止された後に日本は「ゆとり教育」を実行するという愚かさである。
その過程は、米国で「ゆとり教育」と言う思想を持って帰国し、時代の変化を無視したままに自らの思想を実行したと言うことであって、政治や政策ではなくある種の「宗教」であると言える。
その「宗教」と言う概念で民主党の政策を見れば社会主義という「宗教」によって、事を始めようとするようにしか見えない。
だからその宗教的なものというのは、国際性や社会性や種々の慣習との整合性をも相容れない。
よく見れば現在の民主党、社民党ともに外交という国際性や国際政治学には、不思議なことに歴史的にもほどんど無知である。ついでに言えば素人でも分かる事が分からない軍事音痴と言うより、軍事アレルギー。
実際の宗教というものが、発祥した地域の慣習を元にしているものの他の地域に伝搬した時に、その地域との整合性に欠けるというのは仕方がない。
しかし、民主党が主張する「宗教なるもの」には元々にして歴史的な整合性はない。

今、日本の政権党である民主党が今後の世論調査でますます評価を下げ、政権発足半年で危険水域に達するというのは、その点を踏まえればそもそも国民との意識の差としての読み違いがあったと言うことである。
確かに、小沢氏の自民党をぶっ潰すというのは確実に成功した。
なぜなら既に評価として定まっている「政権政党である以外、存在価値がなかった自民党」という自民党は、麻生氏の後に総裁を谷垣氏という「なんとなくリベラル」な人物を選んでしまったことである。
だから「なんとなくリベラル」は、リベラルの民主党との違いを示すことが出来ず、自民党の存在意義を示せなくなってきている。そして、自民党から民主党へ鞍替えしている議員がボツボツ出てきていることは、「金の切れ目は縁の切れ目」と自民党というのは政策集団ではないと言うことを、図らずも示してしまっているのである。
‥‥とはいうものの、自民党というのは長らく政権政党であっただけでなく、野党の追及の厳しさもあって民主党より金や不正、不公正に対しては自浄作用があったと言うことが国民に知れ渡ったのとは有意義であったかも知れない。

実際、民主党の政策というものは、国会での議論では常に問題点を指摘されて立ち往生するものの、審議せず後の「密室」で修正するとした国会軽視、議論無視が目立つ。
そして、数々の失政、不祥事が出ようとも民主党政権では「聞き置く」程度で実際の不正の排除や修正がなされる様子はない。しかも、その不祥事が産経新聞ぐらいしか報道されないことも多い。
安倍政権の時に安倍政権の責任でもなかったことや、大した事でもないのをかき立てた民主党の応援団の週刊誌は、当然民主党の不祥事には知らぬ振りである。
実際、ここ二週間週刊誌を買ってみたが、民主党の不祥事を追求した記事というものは一つもなかった。
このように見てみれば、本来国民が望んだ政権というのは自民党政権よりほんの少し「リベラル」なほとんど変わらない政治体制であって、今のようなパンドラの箱をひっくり返したような政権ではない筈である。
実際、バラマキの政策を全て撤廃し、事業仕分けに元々のシーリングを掛けておけば大きな国債増も避けられたかも知れない。国際的な合意取り決めの普天間基地問題を白紙に戻すという、子供じみたことは言語道断であるから日米合意のそのままとして、精々ガソリン税の暫定税率でも廃止していればそれなりの大きな違いを示せたと言うものではないか。

考えてみれば、米国が共和党から民主党のオバマに代わったからと言って、実質の大きなところは全く変わっていない。
日本の民主党は、オバマ大統領が核軍縮を唱えたと政権当初大絶賛していたものの、最近では米国の核軍縮の話し一つ出ていない。
現実問題としては、米国は核軍縮どころか新兵器による更新の核軍拡に入り始めており、元々核軍縮などと言うのは相手が減らせば減らすという程度の当たり前なもの。

それにしても、あまりの無邪気さにあきれるだけでなく、米国に民主党政権が出来て大喜びした民主党の興奮というのもが今では全く感じられない。
これは、今の民主党は内実を考査せず、単なるイメージ先行で評価しようとする実質が伴わないナイーブさを象徴していると言うものである。
そしてその延長線上に日本だけが突出して削減を求める、鳩山民主党の温暖化法案があると言って過言ではない。

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