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2010年4月12日 (月)

人生の破綻者だった故「井上ひさし」氏

人生の破綻者だった故「井上ひさし」氏

故・ 井上ひさし氏と言えば、元社団法人日本ペンクラブ会長、文化功労者、日本藝術院会員であともう少しで文化勲章という人物だった。
しかし、 井上ひさし氏について思うのは、「吉里吉里人」(1981年)を発表して有名になった頃から過激な政治的な発言を繰り返してきたことである。
「ひょっ こりひょうたん島」(1964 ~1969 年)という人形劇は、NHKで朝と晩二回放映した上、再放送も何度も繰り返したのでよく見たが何か異常な物語だった。
そこで展開される物語は、家 族もなく国家もなく何も生産していない、そしてその存在意義も見いだせない海を漂流する島。
そしてそんなちっぽけな島の中で人間不信、裏切り、い がみ合い、喧嘩しあっての共同生活。
昔の米国TV映画‥‥宇宙人に拉致された人間が、限られた空間の村で共同生活する物語によく似た物語だった。
今 から思えば、その寂しい人間不信の共同生活そのものの実態が、井上ひさし氏その物であったことが分かるのである。
フ リー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、
「戦後民主主義を代表する平和主義者として知られるが、家庭面では元妻 西舘好子によってひさしによる家庭内暴力(DV)を曝露する本『修羅の棲む家』(はまの出版)が出版され芸能ニュースを騒がせたこともある。「肋骨と左の 鎖骨にひびが入り、鼓膜は破れ、全身打撲。顔はぶよぶよのゴムまりのよう。耳と鼻から血が吹き出て…」とひさしの暴力を克明に記している。」とある。
簡 単に言えば、家庭的には破綻者である。
こういう人物の行動様式というのは、外面がよくて内面が恐ろしく悪い。
そして、例外なくインテリは 戦後民主主義者というより共産主義者に近い。
あの北朝鮮を賛美絶賛していた社会主義者・元美濃部亮吉東京都都知事も見た目ソフトだったが、家族親 族からはソースカンだった。(長男・次男・三男をもうけたが、都知事就任前に離婚。子供三人は小坂家に引き取られた。フ リー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
それだけではなく、美濃部亮吉氏の実の妹は生活保護を受けていただけでなくその 後孤独死をしたと、かって新聞に書かれていた。
そう言う戦後民主主義者的文化人と言えば、あの評論家・故加藤周一氏。
この人物も家庭的に どう考えても正常とは思えない。
その著書「羊の歌」で、婚約者に「人でなし」とさんざん罵倒されたと平気で書いている。婚約者一人を振り、三回も 結婚した。
その典型的な戦後民主主義者である井上ひさし氏が新聞紙上(産経新聞)で論戦をしたのは、国鉄分割民営化反対論である。
井上ひ さし氏の論旨は、国民の視点に立つと言うことではなく、常に労働者、ゴネ得労働貴族の見方をする。
国鉄分割民営化反対ならばどうするのかと言え ば、選択枝は何も持ち合わせていないという非論理性というのがこういう人物の特徴だった。
突き詰めるところ、現実を無視しての感情論という展開で 論理を追求されると直ぐに破綻する。
これは、あの大橋巨泉氏の感覚と同じで、言葉では「立派げ」な事を言うものの行動はというと破綻する。だか ら、実際の行動というのは必ず言行不一致である。
この言行不一致というのは、井上ひさし氏にも当てはまることで、
「第二次世界大戦におけ る昭和天皇の戦争責任について、数々の戯曲で問題提起をし続けている。一方で今上天皇の園遊会に招待されて参加したこともある。左翼、元は反天皇制の立場 でありながら国家的褒章をためらいなく受け天皇の茶会に出席したことに対して批判もある。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」

そ して、政治は結果であると決まっている。その後の国鉄分割民営化、JRの成功を見てみれば、井上ひさし氏の反対議論というのは誤っていたことが明白であっ た。
それで、その誤った判断、議論と言うものに対して何か反省をするかと言えば、それもなく反日的な政治的言動を繰り返していたのは見苦しいもの だった。
そして「モッキンポット師の後始末」という小説がTVドラマ化された時、今で言えば泥棒、万引き‥‥強姦??‥などありとあらゆる悪さと 言うより犯罪を犯していた。
それを「モッキンポット師」が将来有為の青年であるからと、事件をもみ消していたと言う話である。
当然ここで も反省など一つもなく、毎回繰り返しているという話である。
何の反省もせず同じ過ちを繰り返す、これはやはり異常でしかない。
これは脚色 されていると言え事実だと言われている。

井上ひさし氏という人物は、社会的にも家庭的にも破綻していた人物であるが故に、平和に暮らして いる国民を憎悪しているような感覚があったのではないかと思えてならない。
「九条の会」の9人の1人であり、加藤周一氏に至っては「日本国憲法第 9条」を世界に広めようと言っていたくらいである。
ちなみに「九条の会」の9人・フ リー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
* 井上ひさし(作家)※
* 梅原猛(哲学者)
* 大江健三郎(作家)
* 奥平康弘(東大名誉教授・憲法学者)
* 小田実(作家)※
* 加藤周一(評論家)※
* 澤地久枝(作家)
* 鶴見俊輔(哲学者)
* 三木睦子(三木武夫元内閣総理大臣夫人)

良き家庭人、良き夫、良き父親でな い人が、国家、政治を論じるというのは非常に不自然である。
自らの家庭も満足に作れない人物が、国を形作ることなど出来はしないのは当たり前であ ろう。
なぜなら、国というものは家庭を基準単位として、地域、町、市、県と広がって国となる。
そうではなく、国民は全て国家に直接従属す るとなれば、全体国家でしかない。
だから井上ひさし氏などの戦後民主主義者の論理は直ぐに破綻する。
そして、元法政大学の教授でウーマン リブだった人物は、実は恐るべき我が儘かってな人物だったと、大竹まこと氏が述懐しているのである。

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