« ネット販売店のエイプリルフール | トップページ | 自民党の崩壊が止まらない・リベラル自民党 »

2010年4月 2日 (金)

syuun の不思議な少年時代 その23 Episode 1 その3

syuun の不思議な少年時代 その23 Episode 1
その3

ここで少し話の現実性を持たせるために、50年前の話ではなく幼稚園の代が2代も変わった今でも続いている事柄を説明しよう。
参考に出したのは、2004年7月の文書。
2004年で多少古いものになるとはいうものの今でも続いている証拠である。
それから少し後には何も送られてこなくなったのは、住所が変わたのと郵政グループになり配達員が転送してくれなくなったからである。
要するに、既に小生は名簿にあると言いながら住所不明者というわけである。
そんな顛末は兎も角、ここに秋からの年中行事がこの文書には書かれている。
昔は、「○○の集(つど)い」とかは良く分からないが、バザーとかスキーなどはなかった。
なぜなら、二十歳以上になって幼稚園から招待状など来るはずもなかったと言うのが本当だろう。多分来ているのは従来からの寄付者だったのかも知れない。
これはこの幼稚園の体質というもので、こういう案内状の本当の中身は不明なのである。
Img440 Img4402
そして、今現在もざっと50年前も変わらないのが「小学生のクリスマス」である。
昔は、小学生のクリスマスと言ったのかどうかは、はっきりしないが日時の日程はまるで同じである。
だからその昔は、これと同じような通知が個別に丁寧な形で郵送されてきた。
例えばクリスマスの集いである。
そんな通知が着始めたのは小学校の3-4年の頃で、封書には「寄付金一口○○円・何口以上」と言うものが同封されていた。
今で言えば数万円に相当する金額で、そんな金額を小学生が払えるものではない。
だから、一度も払ったためしはない。
その「クリスマスの集い」は当時県民会館や文化会館があるはずもなく、その頃集会施設として唯一の「群馬会館」で行われた。
日時は、12月24日の2時~。
考えてみれば妙な日程、時間であると思わないと察しがわるい。
その察しが悪いままに、小学校低学年の時に偵察に2時半ころ群馬会館に行ってみたら、実は何もやっていなかった。
その翌年は、1時半頃に行ってみたら多少そんな雰囲気が残っていたもののやはり何もなし。
3年目は、学校から帰ってきて直ぐに行ってみた。12時30分頃。
早く行けなかったのは、12月24日というのは公立小学校の終業式の日、午前中で終わりと言ってもそんな時間になるからである。
それで会場らしきところに行くと、まだざわざわしている雰囲気で、偶然昔の級友にあった。級友と言っても同じ小学校に通っているヤツ(C)。
C「おい、どうした!」
S「どこでやっているんだ!」
C「もう、終わったぜ!」
C「次の集まりがあるから、一緒に来ないか?」
‥‥‥‥‥
S「案内書には2時からって書いてあるぜ!」
C「え! それなら同封されていた寄付をしたかい?」
S「してない。」
C「バカだな、寄付をすると別の案内が来るんだよ。その時間ならクリスマス会は終わっているしね。その他いろいろ案内があるんだよ!」
S「そんなものだと思っていたよ。しかし、午前中は学校があるんだぜ!」
C「あ‥!それね、僕は早引きしてきた。附属(付属小)は今日から冬休みだしね。」
‥‥多少むっとした感じだったが‥‥
C「ちょっと行かないか、急いでいるんだ!」
‥‥と言うので、Cの後について行くと、何かの小部屋に何人か集まって帰り支度と言う雰囲気。当然クリスマスパーティだから女の子などは、相当めかし込んでいる。
急いで来た割には、手持ちぶさたなのはどういう事か。
Cのお目当ての女の子でもいるのか良く分からない。
そして、よく見回すと見ても見知っている人は誰もいないし、何やら場違いとは「絵に描いたよう」だった。
S「昼飯を食べていないから、かえるわ!」
C「お~!」‥‥
何やら気まずい雰囲気を後にして、そそくさと群馬会館を出てきた。

そう言えば、この幼稚園というのは群大付属小へ行くのが過半で、公立小学校へ行くのは劣等生と見られていたような雰囲気があった。
そして、その附属小学校が冬休みに入ったのに、公立の小学校の劣等生‥

  • ‥‥当時偏差値75程度以上、入試試験は満点以外入学出来なかった前橋高校へ行ける公立学校の生徒は、公立の(ナンバースクール)1、3中以外、皆無に近かった‥‥

‥‥には配慮しないのは当たり前だった。
群大学芸学部附属だと半分は前高、前女には入っていたから、附属小学校の児童というのは将来の前橋高生、前橋女高生‥‥優秀な「お坊ちゃま・お嬢ちゃま」と見る節というのは、特にこの幼稚園では強かったのである。
そして、そんなものであるから公立小学校の時間割に合わせるわけはなく、そもそも幼稚園のクリスマスパーティが午後から始まるわけでもない。
そんなことは当たり前である。
それで、「クリスマスの集い」12月24日、午後2時からというまやかしに釣られて、例え見物と言えども出かけていったのは、結果、種々の事実を確かめることになった。

そして、そんなインチキな案内というものが、四半世紀たっても行われている。
この体質というものは変わらないと改めて思ったものである。
ちなみに、この幼稚園には今でも園児バスがない。
送り迎えには両親の車に「○○幼稚園・園児送迎」というステッカーを貼ってある。
当然のことながら、母親のお買い物用軽自動車に貼ってあるのを見た事がない。
20年も前には、相も変わらずのこの体勢が噂に聞こえたのであるが、園児数100人程度と2005年頃の紹介文にあって、そうだとすると各年次30人そこそこという規模である。
小生の子供が通った幼稚園は、300人以上でこちらこそ、最近では附属小学校の予備校のようになっていて、うちの子の様に公立小学校へ進学する方が少数派になっている。

それにしても、当時の幼稚園の同期で附属小から前高へ進んだ級友は一人(東大へ進学)しか知らないし、Cも前橋高校では合わなかったような気がする。

|

« ネット販売店のエイプリルフール | トップページ | 自民党の崩壊が止まらない・リベラル自民党 »

syuun の不思議な少年時代」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: syuun の不思議な少年時代 その23 Episode 1 その3:

« ネット販売店のエイプリルフール | トップページ | 自民党の崩壊が止まらない・リベラル自民党 »