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2010年4月19日 (月)

syuun の不思議な少年時代 その25 Episode 1 その5

syuun の不思議な少年時代 その25 Episode 1
その5
【幼稚園の中のもう一つの幼稚園・年中時代1】

昭和31年の夏は終わった。
この頃の 夏は今とは何か違っているような気がする。それは何かと言えば、都市部でも今の郊外の田園地帯の雰囲気いっぱいであったことである。
まだ市の人口 も10万人であったし、市街地から外れれば一面桑畑ばかりだった。
幼稚園までの道筋には、小さな製糸工場がいくつかあって排水溝から湯気の立つ熱 湯が流れ出ていたし、蒸れたような「お飼い蚕(こ)」臭いが鼻を突いた。
雨が降れば水たまりばかりになる市道も車など通ってもたまにであるし、子 供ながらそんな車を見るのも楽しかったものなのである。
母の実家から帰ってきたときに、雨が降ると泥濘(ぬかるみ)ばかりだったから、駅からタク シーを乗ることがあった。その車はヒルマン(Hillman)という元々は英国製のクーペスタイルのツードアの車。多分これはいすゞ・ヒルマンだったのか も知れない。
乗客は助手席のイスを倒して狭い後部席に乗り込むというお笑いなものだった。
この昭和31年ころは、まだ国産車といえる自動 車はあまり走っていなかった。
なぜならトヨタの初代クラウンは1955年(昭和30年)1月発表で、タクシーがヒルマンからクラウンに変わるのは まだ先の話なのである。
ちなみに日産セドリックに至っては1960年(昭和35年)4月の発売である。
だから、昭和31年ではまだ占領下 の雰囲気は多少残していて、教会の前を通ると青い眼ではなく「緑の目」の外人神父さんをよく見かけたものである。
そう言う外人の神父さんなどその 後数年経ったら見ることもなくなり、こんな地方でも米国人と見られる人達もめっきり減った。
そして8月末、9月になると、いつもの通りのいつもの 幼稚園生活が始まった。
この幼稚園では、朝、園児が園庭に集まるとクラスごとに整列させ、K園長が何やら講釈をぶっていつもの「お祈り」をしてか らクラスごとに園舎に入る。
それは一応カトリック系だからお祈りをするわけである。しかし、そんな習慣がないSyuunなどは何が何だか分からな かったものだし、面倒なものだった。
但し、こんな講釈があるのは学期の始まりだけで、先生が暇な月の初めは時は並ばされることもあり、そうでない 月末には単に時間が来たから園舎に入りなさいという指示が来るだけであった。但し、園庭を走るのは禁止であったし、園舎に入ってから「お祈り」だけは必ず やらされた。
そんなものだから、園庭の遊具で遊べるのは朝早く来て、整列させられるか指示が来るまでである。
その園舎の入り口の下駄箱 (と言っても単なる棚)で靴を脱ぎ、荷物を置いて大広間という講堂に集まる。
そしてその講堂で厳しく言われていたのは又、「走るな」「騒ぐな」 そっと歩けであった。
別に走ったり騒いだりすることもなかったが、「お遊戯」で部屋の廻りを廻っていると床板を踏み外すこともあった。要するに、 講堂の床は傷んでボロボロの状態であった。
それで、翌年明けから講堂の修理と園舎の購入という名目で特別寄付が始まるのだがそれは後の話。
こ うして午前中、全園児を一同に集め円形に並べた椅子に座らせて、2~3人ぐらいの先生で半日歌ったりで、何かでSyuunとしては無駄な時間を過ごしたと いうわけである。

そして「三つ子の魂百までも」とは、3歳児までに子供の心の基本が出来るという意味でもあるという。しかし、TVもな かった時代、今とは違って初めて他の子供たちと接する「社会」を体験する5歳児の頃というのもそれなりに大きな心の変化をもたらした。
そして、そ んな5歳児が一番怖がっていたのは、母親から離れてそして、見捨てられてしまうと言うことだった。
最近の子ども虐待による死亡事例などを見ると、 本来守ってくれる親による危害は、子供にとってどんなに悲しく悲惨であったかと言うことか。
子供に還った心境を思い出してみるとヒシヒシと分かる ものである。

月の半分くらいまでくると午前中には、一人二人と講堂でのお遊戯を指導する先生が減り、月末頃になると朝、講堂に先生が誰も 来ないと言う時も頻発する。
そこでどうしているのかと輪番で園児の代表が先生を呼びに行くのだか、先生たちは決まって園長の居間で会議をしている か、事務をしているのである。
そんなときは、お昼のお弁当を食べ昼休みに講堂で積み木(木製の大きなものがあった)に乗って遊び、午後の時間が来 ても誰も呼びに来ないこともあった。
午後の時間、教室に入ると大方、お絵かきの時間か読み古した絵本を見ているかであるものの、2~3教室を一人 の先生が受け持っていたりして、いつも人手不足であった。

そして、もう毎日のお遊戯に飽きてきた秋の月曜日、講堂に移動式の黒板が置かれ ていたことがあった。そこには馬の絵などと「Horse」とかの文字。
園児はなんだこれはと見るが、何だか分からない。園児が先生に「なにこ れ!」と聞いても知らぬ振り。
時たま「園長先生のです。」とか「園長先生に聞いてください。」とかいうだけで後ろの方に片付けてしまう。
そ う言う黒板が月曜日ごとに出現するから、とうとう「園長先生に聞いてみよう」ということになった。
そして、ちょいとませた男の子がK園長先生に聞 く。
「これなんですか」
K園長「無言‥‥」
そして、そんなことが何回も繰り返すうちのある土曜日の昼。
本当は何時もなら もう帰る時間なのだが、迎えは家の近くで母が出迎えているだけで、この日は「少し遅れてきなさい」と言われて1時(13時)過ぎまで居残っていた。
す ると、講堂で園長先生が何かやっていると園児の声。
「それ‥‥」と居残っていた数人と駆けつけてみると、15人くらいの園児とともに園長先生と2 人ぐらいの先生が「Horse」と「馬」の札を取り上げて、「水道のホースじゃありません」とかやっている。
しかし、そんなことを聞いてもさっぱ りわからない。
「それはウマ!」などと言い出す園児もいる。
そこで「犬」の絵や「dog」という札を出すと一斉に「ドッグ」と園児が声を 張り上げる。
そうこうしているうちに、なぜか今日はここまでと止めてしまった。
そして、翌週の土曜日もわざと遅くまで残っていると同じよ うな事を始めたが、Syuunなどがいることが分かると、簡単に切り上げて止めてしまった。
あれは何だったのか、その後同じように居残ってみたが 同じ光景は二度と見なかった。
そして、最終的に11月の声を聞く頃には黒板は片付けられていた。
その後事情を知っていそうな園児に聞いて みると‥‥‥
「あ! それ! 時間が変わったのだよ」だった。

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