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2010年5月 2日 (日)

佐伯啓思・「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか・を読む1

佐伯啓思・「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか・を読む1

雑誌正論6月号、「佐伯啓思・『保守』が『戦後』を超克するすべはあるのか」という記事がある。
表紙に黄色い太文字で書かれていることから見て、この記事というものが6月号の目玉の一つであると言える。
その‥「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか‥という題目に付随する副題は「日米関係に含まれるディレンマの認識から始める以外に道なし」とある。
寄稿しているのは、京都大学大学院教授・佐伯啓思。
まずこういう文章で、嫌な印象を感じるのはこの京都大学教授とか、又は東京大学教授と名前がつく先生が書く文章である。
その文章の特徴というのは、一つの脈絡の中に全く別の脈絡の文章を挿入して行く手法である。又は、ある脈絡の文章で始まると思えば、今まで述べてきた前の前まで戻ったりする堂々巡り。サスガ小林秀雄流の主語がなかったり、主語述語をひっくり返したり、関係のない修飾語を入れるような文章は少なくはなってきている。
2007/02/03産経新聞掲載の
【正論】東京大学教授・松井孝典「納得する」仕組みをどう作るか‥‥という文章でも単に数行の説明で済むところを上述のようなやり方で、そこそこ長大な論文になっている。
そして、そう言う駄文を易しく解読すると言うのが面倒であって、この松井教授の策略通り「分かる」と言うことを放棄して「納得する」という方向へ行かされるというのは甚だ迷惑な話である。
従い、‥この「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか‥という文章の結論はこの題と副題の「日米関係に含まれるディレンマの認識から始める以外に道なし」と言う事になる。
しかし、「東大教授松井孝典『納得する』仕組みをどう作るか」をご要望により解読して公開したSyuunとしては、こんなことに欺されるようでは名が廃れるというものである。
以下、説明して行くことにする。

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