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2010年5月 4日 (火)

佐伯啓思・「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか・を読む3

佐伯啓思・「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか・を読む3

雑誌正論6月号、「佐伯啓思・『保守』が『戦後』を超克す るすべはあるのか」という記事がある。寄稿しているのは、京都大学大学院教授・佐伯啓思。
冒頭の中見出しは、「『保守』という立場の困難さ」で、 前回「2」で佐伯啓思流の保守の定義を紹介してきた。
‥‥‥‥

「この時代に『保守』を唱えることの困難さの第二の理由は、戦後日本という特異な空間に関わっている。もう少し時代をさかのぼっておけば明 治といってよいのだが、要するに、日本の近代化が、一方で『王政復古』のように伝統的日本(と思われるもの)へ回帰を意図し、‥‥」

と 言う部分からこの佐伯啓思先生の本音が出て来ると言うわけだ。
この文章がわかりにくくしているのは、本来冒頭に書かれる理由が中盤に来て、何の前 触れもなく前半の「保守」という定義の妙な部分を補強しているからである。
そして以下に述べるのは、佐伯啓思先生が避けて通る従来から言われてい る保守思想を問答無用と否定している妙な展開になっている。
この考え方というのは、本来の保守の立場に立ちながら便法として戦後民主主義的な思考 行動を模索すると言うものである。
その戦後民主主義的な学窓の世界というものは、MacArthur司令部による日本占領政策を継続することに よって、その思想に変節をした学者の変節を隠すことである。
この自己保身による占領政策の継続は、歴史に関してはその歴史家以外から破られつつあ る。だから、日本国憲法が自主憲法でないとそんなことは分かりきっていたのに、自主憲法と言い続け、それは米国の情報公開とそれを読売新聞が大々的に報じ たことから自主憲法の欺瞞は破れた。

この様に、日本占領政策の欺瞞、嘘の催眠から一番早く目覚めたのは、いわゆるネット族であり、元々戦 前の世代は欺瞞や、嘘などは信じていなかった。
‥‥と言うことで、佐伯啓思先生の本来の意味である「保守」の否定論を見てみよう。

「‥‥中略‥‥『アメリカ的なもの』、すなわち、個人的自由、民主主義、物的な豊かさ と経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考、市民社会などに寄りかかったことは間違いなく、その反動で、これと対立する(と見なされ た)もの、たとえば、家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威、そして、日本的自然観、美意識、仏教的・儒教的・神道的なものを背景とした宗教意識な どはいかにも『日本的なもの』として、ことごとく否定的に理解されたことは疑いようがない。ここに戦後日本における大きな精神的空洞が出来したのであ る。」

‥‥‥この部分は、佐伯啓思先生のGHQに占領された後の戦後感を表しているが、読んでみれば典型的なステレオタイプのもの ではないだろうか。
要するに、戦前は「個人的自由、民主主義、物的な豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考」はな く、戦後は戦前にあった「家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威、そして、日本的自然観、美意識、仏教的・儒教的・神道的なものを背景とした宗教意 識」が消失したと言っている。
別の言い方をすれば、「個人的自由、民主主義、物的な豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術 的な思考」が与えられて、「家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威、そして、日本的自然観、美意識、仏教的・儒教的・神道的なものを背景とした宗教 意識」は否定されたと言うことである。

しかし、戦前は暗黒の世界で自由も民主主義もなかったナチスドイツの様な全体主義国家だったと言う 認識だと、「個人的自由、民主主義、物的な豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考」などは存在しない事になるが、そう言っ ていたのは共産主義者でありGHQのウォー・ ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Program)「戦争への罪悪感に関するプログラム」である。
別の言い方をすれば共産主義者のコミンテルンによれば、「個人的自由、民主主義、 物的な豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考」は存在しなかったと言う事になる。
このコミンテルンによる「個人的 自由、民主主義、物的な豊かさと経済成長、人権思想、市場経済、合理的で科学的・技術的な思考」とは、民主主義社会における意味とは全く違うというのは、 共産圏の諸国が「民主主義共和国」と名のっていることからでも明白であろう。
そうすると、戦後はGHQのニューディーラーという共産主義者によっ て単に、従来からの日本の「家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威、そして、日本的自然観、美意識、仏教的・儒教的・神道的なものを背景とした宗教 意識」を否定しようとしたと言うことになる。
しかし、戦前世代が現役だった頃はその様な日本否定の政策は浸透しなかった。
ところが戦中世 代というGHQの洗脳を多く受けた世代の子供たちは、戦後の反日教育によって上述の従来の日本的なものが崩されてきたことは間違いない。
但し、そ れも前述のインターネットによる情報によって崩されつつあるのも事実。
だから、日本の国民は政治家や学者が日本的なものは破壊された、そして従来 からの戦後民主主義思想を継続すると主張しても国民の目線からは遊離するばかりである。
そして、中国、韓国、北朝鮮も良い国だと散々マスコミや日 教組系の教師が主張しても、サッカーの日韓ワールドカップでのフェアでない行為や中国でのサッカーの反日感情、そして数々の友好的でない事柄が出で来れば 日本の国民は欺されていたと気づく。
そして、国民へ催眠はかなり溶けてきたと言うのが真実であろう。
その証拠に、あの母神問題で麻生政権 が決定的に国民に見放されたというのは、今や常識のだが、政治家やいわゆるお偉い知識人は無視する、そして強弁して反論するしかないのである。
よっ て佐伯啓思先生は、続いてこう述べる。

「ところで『保守』とは、そ の国の歴史的文脈や文化的価値をとりわけ重視するものであるとすれば、以上の状況がいかに『保守』にとって由々しき事態であるかは明らかであろう。
と同時 に、『保守』という立場が戦後日本においていかに大きな困難をはらんでいたかも明らかであろう。‥‥中略‥‥公式的にいえば『保守』の居場所はないのであ る。日の当たる場所は、基本的にアメリカ的な『戦後思想』が占拠したのわけである。」

佐伯啓思先生の考え方というのは、お およそ30年前の日本、日本国民の姿を思い浮かべているように思える。
そして、実際今の政治の世界、官界、東大を中心とする学会も昭和の時代に終 わってしまった「戦後思想」の意識から脱却していない。
そして、もう少し突っ込むと本来の米国的な考え方には、佐伯啓思先生が言う「基本的にアメ リカ的な『戦後思想』」と反する。
なぜなら、米国が重要視する基本は「家族的紐帯、地域共同体、社会を構成する権威」であるからである。
そ うであるから、米国大統領は良き夫(或いは妻)であり、父(或いは母)でありよりよい家庭を育んでいることを強調する。
そして、地位が上がれば地 域のボランティアに精を出し、同様に企業も地域に尽くす。
その全く逆が、コミンテルンの思想であってGHQ民政局の思想である。

次 に、憲法問題に移りながら一つの結論を導き出すが、日本国憲法を「平和憲法」と言ってしまったところにこの佐伯啓思先生の馬脚が見えるような気がする。
そ して、政策面を見る限り自民党を保守政党であると見て論説しているところに、Syuunなどとの見解の相違がある。

以下4へ

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