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2010年8月15日 (日)

中国語を使いたがる書道界、意味不明な言葉の奇々怪々

中国語を使いたがる書道界、意味不明な言葉の奇々怪々

書道界に足を踏み入れるといろいろ不思議なことばかりが多い。
その不思議の最大のものが読めない文字、意味の分からない文字ではないか。
2010/08/13日の読売新聞朝刊の見開きには「読売書法展」という文字か踊っていた。
ここで「書法展」の書法とは何なのだろうか。
「書法」をWikipediaで探してみると「書法(しょほう)とは、文字を書く方法である。その三大要素として、筆法・間架結構法・布置章法がある。」とある。
一方、「書道」のWikipediaには「中国では書法(Shūfǎ しょほう)と呼ばれ、初等教育で指導される」要するに、中国語であると言うことだ。
しかし、よく見れば分かることのように中国での「書法」は、どちらかと言えば日本の「書写」に相当する。
‥‥と言うことで、日本語訳すると「読売書法展」は「読売書写展」というあまりパットしない書道展になる。
元々読売書道展というものを改組して「読売書法展」と言う形になったと言うのはその歴史に書かれていることであるが、中国語を使うというのは妙な話なのである。
何故なら、中国の書と日本の書道とは似て非なるものである。
端的に言えば、中国の「教養の書」と日本の「芸術としての書」の違いである。
しかし、その「芸術としての書」というのは日本の教育界ではあまり認められていない様なのである。
分かりやすく言えば、高校の芸術科(学科)に「書道」が含まれていないし、美術学校に書道科があるわけでもない。書道科は教育学部だったりすることがあるから所詮「教養」と言う事になる。
その教養の書であるならば、「一字書」や「少字数」などは「勉強が足りない」と言う事になる。事実、中国では書は「文字数か多ければ多いほどよい、よく勉強をしている」という事なのでそうな。
そして、単なる書家の文字より、肩書きがある偉い人の文字の方が価値があるという。何故ならそれは教養であるからである。
日本の国会議員、特に国務大臣の種々の署名が報道されることがある。それが、まともに書けている戦中後生まれの国会議員は1人としていない。
戦前生まれの大勲位の中曽根元首相などは、はずかしくない程度にそこそこ書けるというのはやはり戦前教育の賜なのだろう。
その他に、驚くのは書家がどこか海外に行くときに、○○団長次に「秘書長」と言う言葉を使う事である。これは読めるが意味が分からない。
それは、秘書長というのが日本語ではないからである。
中国は今では「簡体字」を使って従来からの文字を読めないようにしているが、元々日本と同じ文字を使う。
しかし、同じ文字を使うから同じ意味ではないのはよく知られたこと。
なぜそうなったかと言うことを、以前中国の漢字の変遷の講義を聴いたとき分かったことがある。
それは、日本に漢字が伝わったときの意味は日本では変わらないものの、中国自体では時代と伴に変遷しているという事らしかった。
それで「秘書長」とは何か調べてみたらこんな風に書いてあった。
【秘書長】/Mishuzhang
「織や団体の実務面の最高責任者。会長(huizhang)や主席(zhuxi)といったトップを補佐し、組織の円滑な運営を図ることが任務。ただし、組織により地位や権限は異なる。日本の組織の『事務局長』とほぼ同じ。
ちなみに国際連合の事務総長も、中国では「聯合国秘書長」と訳されている。」

しかし、感じといて「事務局長」という訳より上位の位置なのではないかと思う。
いずれにせよ、「秘書長」は中国語で日本語にも正確には訳せないものだった。
そして、日本人なら意味不明の中国語を使わずに日本語を使えと考えたくなる。
なぜなら、この秘書長と言う言葉を中国に行くときだけ使うのではなく、英語圏などへ行く時でも使うのである。
これってどういう事??と誰だって思う。
日本の書道界は、既に中国の冊封国扱いなのかと思われる一幕である。
中国大使館の芸術関係の参事官などが書道界のレセプションに現れる。
これは何かのとか思うものの、どう考えても書道界は中国の世話になっているようでもない。
巨大展覧会は出品者の出品料で成り立っていて、中国から協賛金をもらうような援助金が出るわけでもない。
それどころが、毎年(社)全日本書道連盟は、中国に寄付をしているのである。
今や中国がお金で困っているなどと言う話は聞かないではないか。
それでその寄付金の使い道が何であるのかというのは、あまり明らかになっていない。なぜなら金満家の中国から見れば端金であるからだ。

時代は年々変わっている。
読売書法展の様に、「本格の輝き」と自称するというものの、師匠と寸分違わずに書かないと入賞などおぼつかない書展では、時間が止まっていると思わざる終えないものであった。

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