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2010年8月27日 (金)

過去を封印して歴史から学ばない戦後民主主義的政治の蹉跌

過去を封印して歴史から学ばない戦後民主主義的政治の蹉跌

「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(加藤陽子東大教授)が第9回小林秀雄賞(新潮文芸振興会主催)になったという。つけられた題名があまり好ましくないというのは、時代背景を反映していないからかも知れない。
江戸時代に武士には、切腹という処刑方法があった。これは武士にだけ許された武士の自尊心を満たした処刑方法で、武士とも認めないと斬首という処刑方法で行われた。
あの赤穂浪士で有名な浅野内匠頭。
芝居では、浅野内匠頭は辞世の句を詠んで切腹するのだが、事実はそうでないという。
あらかた言われているのは、(田村右京大夫建顕の屋敷に)連れてこられて籠から出る時、籠から首を出したときに斬首されたというのである。なぜなら、松の廊下での浅野内匠頭などの刃傷沙汰はその場で(血の一滴も漏らさず)斬り殺さなければならない事になっているらしい。
事実、その前の事件ではその場で討ち取られている。(貞享元年(1684年)8月28日江戸城内で、大老堀田正俊が若年寄の稲葉正休に斬り殺された例など)
この赤穂浪士の最後は切腹も出来ないほど無残なものだったらしいが、もっと徳川幕府の成立直後に遡ると、武士は切腹する必要もないような出来事でも簡単に切腹をしたとある。
だから、過去のことを現代の基準で裁くことの愚かしさというのは余りあるというものだ。
1898年アメリカ合衆国、ハワイ共和国を併合。
1899年のパリ条約によりフィリピンがアメリカ合衆国の植民地になる。
こんな事から見ても、当時の日本は世界の潮流から一つも外れていない。
「百人斬り競争」と言うことが新聞社のプロパガンダで虚構だと言うのは、日本の兵士が三八式歩兵銃なのに国民党軍は、あのナチス親衛隊が使っていたシュマイザー(シュマイザーMP40)軽機関銃だったと言う事からでも良く分かることである。
日本の裁判官とか言う人達は、軍事的知識も常識も欠如している人達だから、「百人斬り競争」は間違いない事実だと認定している。

いずれにせよ、現代に生きる以上過去の歴史を云々言っても仕方がない。
過去の歴史、失敗から何を学びどう生かすかと言うのが課題なのではないだろうか。
それには、「日本 誰がどこで誤ったか」という事と共に、過去の歴史を単に暗黒の歴史として封印するというのはよろしくない。
日本の伝統は、死ねばどんな人でも神様と言うことで、過去を追求しないことが多い。
いやあの東京裁判のA級戦犯を追及しているではないかと言うかも知れないが、「A級戦犯」という事柄だけであって、その実態や業績は一切封印している。
なぜ封印しなければならないのかというと「A級戦犯」と追及する人達は、詳細を追及すると都合が悪いからである。
何と言っても、東条英機元首相が関東軍参謀長の時に、(満州国、日本外務省の反対を押し切って)ソ満国境で凍死寸前だったユダヤ人10,000人の満州国入国を許可して助けたという事は都合が悪い。
過去の失敗は何かと言えば、自民党の謝罪外交政策やそれをより推し進めようとする民主党の外交政策。それは、いわゆる事なかれ主義という外交には通用しないやり方である。歴史的には、1938年9月29日のミュンヘン協定で活躍した英国の外務大臣ネヴィル・チェンバレンの宥和政策の失敗というのが有名である。
ところが日本の場合、宥和政策でも何でもないと言うところに不可解なところがある。
戦前の中国状況はどうだったのだろうか、1900年の北清事変で結ばれた北京議定書。
これで列国の駐兵権。
最終的には、種々の事件を起こしてこの外国軍隊を追い出しにかかり、最終的に国民党八路軍が実権を握ると言うのが単純に見た構図である。
それから見ると、日中間の妙な関係というのはどう考えても理解出来ないだろう。
今日本では、中国が有望な消費市場だと考えているように、未だに中国に工場を進出させ、何年も前から工場は日本になく全部中国という企業も多い。
これは、元々中国側から工場の誘致を受けたとはいうものの、本来的なら進駐軍の様なものである。
今は、平穏を保っているもののもし中国バブルが弾けるようならば、一斉に外国資本の工場の追い出しにかかる事は過去の例を見てみれば明らかだろう。
何と言っても、中国は法治国家でもない国だからなんでもやり放題である。
その時日本の企業は、工場も設備も技術だけでなく資本投下したものまで全て持ち去られることになる。
しかも、それは突然にやられるとすれば対処のしようがない。
それで日本が抗議する?
原爆を持たぬ腰抜けの日本の言う事など聞く耳を持たないことは明らかである。
その時どうするのか、また全て65年前のように置いて撤退してくるのか。
ところがその時には、日本には撤退を受け入れる場所がないと言うのが現状ではないだろうか。
チャイナリスクはますます増大して、ノーテンキで事なかれ主義の日本はどうするのかとの課題は、菅総理の「朝鮮半島への謝罪文書」程度で蒸し返すしか頭のない政府では、対処出来ないと言うのが真実だろう。

そう言えば、中国に進出している韓国資本は危なくなると突然計画倒産して、夜逃げしてくる例があるとある本に書いてあった。

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