それでも、日本人は「戦争」を選んだ・加藤陽子著‥を読む1
それでも、日本人は「戦争」を選んだ・加藤陽子著‥を読む1
この本を読んで「いゃーな」気持ちになるか、ならないかで自身の「戦後民主主義・毒され度」というのが測れる本だとは気がつかなかった。
全部をひとくくりにして見れば、小中学性の歴史参考書の自虐史観を詳しく慇懃に述べたと言うことに近い。従って、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」という題とはほど遠い筋道であるのみならず、日清戦争から始まる負の部分のみを強調する。
その負の部分を強調するために、なぜ「日本は戦争を選ばざる終えなかったのか」という主題から横道にそれて、ゴミ箱を漁(あさ)るような論考はどう考えても納得出来ない部分が多い。
特に4章「満州事変と日中戦争」以降の戦時体制下になると顕著になる上に、筋道から必要でもない細かな事象や妙なキーワードからこの著者の政治的立ち位置(スタンス)というものが垣間見られる。
例えば「共産党が公然と活動を開始したことに対し危機感を強めた田中内閣が検挙を断行する。つまり、戦争に反対する勢力が治安維持法違反と言うことで、すべて監獄に入れられてしまったことですね。‥‥中略‥‥共産党の大検挙が行われている(検挙者1500人のうち461人起訴)。もう根こそぎ検挙という感じであります。」
この部分だけ見ても、共産党=平和勢力という妙な言い回しであることが分かる。
その他キーワードは「地主」、「資本家」、「ルソー」そして、「南原繁」という人物まで持ち出してしまう。
この「南原繁」に関して必要もない「短歌」を紹介しているだが、「南原繁」とは戦後に排除された人達の代わって東大総長になる人物。
あの吉田茂首相が「これは国際問題を知らぬ曲学阿世の徒、学者の空論に過ぎない」と言わしめた全面講和を主張した人物である。
この南原繁氏を崇拝しているような人物が解説する歴史にバイアスがかからない筈はない。
そう言う歴史の解説であるから、序章で「日本国憲法」肯定論が出て来してまう。
表題「なにが日本国憲法をつくったか」
「日本国憲法と言えば、GHQがつくったものだ、押しつけ憲法だとの議論がすぐに出できますが、そういうことはむしろ本筋ではない。ここで見ておくべき構造は、リンカーンのゲティスバーグでの演説と同じです。」
‥‥と言うことで(不要と言われる)憲法の前文の「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって‥‥」を引用している。
表題「戦争相手国の憲法を変える」
「日本国憲法というものは、別に、アメリカが理想主義に燃えていたからつくってしまったというレベルではない。結局、どの国が勝利者としてやってきても、第二次大戦の後には、勝利した国が敗れた国の憲法を書きかえるという事態が起こったろうと思われるのです。」
「戦争相手国の憲法を変える」というのは確か国際法違反で、MacArthurも自伝から日本国憲法を作ったことを書かなかったくらいである。
いずれにせよ、著者は日本国憲法という占領政策として一週間でつくられた憲法を「理想主義に燃えていた」と言い切ってしまうところに戦後民主主義としての一面を覗かせるものである。
そして、歴史を論ずるに当たって、過去を現在の感覚で判断するこれは禁じ手である。
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