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2010年10月 3日 (日)

人の顔が間抜けに見えるとき

人の顔が間抜けに見えるとき

人間歳を取るとその生き様が顔に出るという。
40歳になったら自分の顔に責任を持てとも言う。
その40歳過ぎの頃、大学卒業20周年記念同窓会というものがあった。
こういう同窓会というのも学部全体だったから学科だけだと幾人も集まらなかった。
それだけでなく、学生時代助手(助教)だった先生が教授になっていたりして昔の面影もない。現実としての今では学科自体統廃合でなくなってしまい根無し草みたいなものである。
そういう同窓会で、よく知っていた昔から癖のある人物。
その時逢ったら、とても話などしたくないような人物に変容していた。実際気持ちが悪かったから話しもしなかったがそんなに変わるものかと思うものなのである。
普通は、昔と余り変わらないと言うのか大方そうであるのだが、今頃になればどうなっているのかも分からない。
それで、以降の学科の幹事に名前だけ連ねたもののしばらくは参加したくないというのが偽らざるところだろう。
一方、クラブのOB会というのが10月、11月にあって、毎年お誘いが来るのだがこれもほとんど知らない人達ばかり。
だから行きたくとも行く気になれないというのも困りものなのである。
その人の顔、高校1年に入学した頃今でも印象に残っていることがある。
その頃中学から同じ英語塾に通っていて、高校生になると最難関校に進学出来た人達しか残らない‥男子5-6人、女子4人程度。
その最難関校の(前橋)高校、(前橋)女子校に入学するのには当時は入学試験は満点しか入学出来なかった。
そんな高校に入学する前の3月、英語の教科書を見て愕然としたことを思い出す。それでこれは大変と勉強を始めるという4月。
塾へ行くと、前女の女子生徒が何やらまだ興奮冷めやらぬ面持ちで前女高生を演じている。それが5月の連休を過ぎたあたりから顔が変わってくる。
それは、いつも「ボー」とした無表情の顔である。それでも何回か通ってきたかと思ったら突然来なくなって6月から止めたという、7月には2人になった。
そんなことは、他の塾へ行っていた人からも聞いた。
人は不思議な顔というものをすることがあるものだと思う。

そんな顔を見ていたら菅総理も何やらその時の女子高校生の顔に似てきたような気がする。何を話しても上の空だし、実行力が伴わないから上滑りして言葉が軽い。
そんな顔を見るとヴェネツィア共和国の元首ドージェの顔の変遷とよく似ていることに気づく。
ヴェネツィア共和国の元首ドージェの肖像画は「レオナルド・ロレダン (Leonardo Loredan」という厳しい顔をした人物が有名である。しかし、このヴェネツィア共和国は戦わずに1797年ナポレオンに降伏する。
ナポレオンの曲射砲は、ヴェネツィア共和国の隅々まで届く戦力には違いなかったが、実際のナポレオンはヴェネツィア共和国を相手にしている暇はなかった時である。
その心理作戦に敗れて「ヴェネツィア議会は降伏を決議」。
そしてナポレオンはヴェネツィア共和国を素通りしてオーストリア軍へと向かい、オーストリアに売り渡すという結末である。
その最後のドージェ・ルドヴィーコ・マニン Ludovico Manin の肖像画を見ると、腑抜けた様な、人の良いような顔をしている。
国難に当たっては、こういう人物は不向きだと歴史が示しているようなものである。
ヴェネツィア共和国の軍隊は市民の他は傭兵だったが、降伏したために一戦もせずに去った。

海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈上〉 (塩野七生ルネサンス著作集)

海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年〈下〉 (塩野七生ルネサンス著作集)

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