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2010年11月

2010年11月29日 (月)

SONYα55による第61回群馬県書道展 AVCHDフルハイビジョン撮影テスト

SONYα55による第61回群馬県書道展

AVCHDフルハイビジョン撮影テスト


今回、α55 でフルハイビジョン撮影をしてみました。
フルハイビジョン撮影だと驚くほどのものになります。
今回種々撮影してみて、結構拾う音がコンデジに比べ少し良いような気がします。未だ取説を読んでいない状態で使っているのですが、Cyber-Shot DSC-HX5V同様に見なくても使えます。
又、Adobe Premiere Elements 9の掲示板には、ネガティブな意見が多々あります。しかし、普通に使えていますね。尚、ビクチャーインピクチャーには、これしかなかったのでDSC-HX5Vの動画を使っています。




今回、α55と共に予備バッテリーを買って見ました。DSC-HX5Vを5か月使った感想では、動画撮影をすると急速に電池が終わります。
それでいつものROWA製バッテリーを買って見ました。
多少ROWA製の方が容量が大きいですが、純正と遜色なく使えます。
残量表示の%も出ます。
但し最近売り切れが多いですけどね。

NEX-3-5と同じ小型のリチュームイオン電池を搭載するα55では、必ず予備電池は必要というものです。
実際使って見るとやはり減りが早い。
只、DSC-HX5Vの様に問答無用で強力な手振れ補正を効かせて29分まで撮れると言うことはない。
手振れ補正を効かせると、20℃で連続約9分しか取れません。

実際やってみると、連続でなくとも小刻みに撮っても温度が上がるので、手振れ補正を切って撮影すると言う事になります。
だから、「VC」「OS」という手振れ補正レンズが欲しくなります。
いずれにせよ、α55を使っていると次のα77(仮称)の全容が見えてくる様な気がします。
なぜなら、α55の使い勝手というのがコニミノ時代のαSweetDそっくりの操作方法だからです。
要するにα77は、α700のフォルムを踏襲したマグネシュウム合金製でα55の欠点を全て解消したものになると言う事でしょう。
だからSONYα55というのは実験機という位置づけと言うわけで、安く売ってもその不具合情報のフィードバックというものは有益だと言うことかも知れません。
それにしても、CanonのEOS60Dは激安になりました。元々中級機の位置づけなのに、性能が中級機並ではないと言うことなのでしょうか。

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2010年11月27日 (土)

群馬県書道展始まる 群馬県立美術館

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群馬県書道展が始まった。
日程表では2010/11/27の9時のオープニング・開幕式というので、大急ぎで9時前に到着したら9時半からという。
多胡碑記念館でのオープニングというのは10時だったから、実は9時半でも早いほうではないかと思ったりもする。
特に、陸の孤島と言われる交通の便が悪い県民の森の県立美術館。
元々市街地から遠くて工場や原子力研究所という様な施設が隣接するあたり、余り健康的というイメージの少ない場所でもある。
今年は、評判の悪かった県庁昭和庁舎での展示をなくして、その分3期に分けて県立美術館で陳列する。その理由は開幕式での説明で、県書道展の後に企画展などがないために実現したと新井祥碩事業部長。
本当の理由は良く分からないものの、県立美術館に搬入された作品を審査後に半分を日通の美術専門の運送車で前橋まで搬送する。
これには、多大な費用と手間がかかって大変だったと言うことは、事業部に関係していたから良く分かることである。



正直言えば、二館に分けて陳列すると言うことを一つに纏めると言うことは悲願でもあった。但し、県庁昭和庁舎を使う前は県の美術館で全部行っていたのであるから、これも良く分からない部分である。
それはともかく、今年も群馬県書道展の時期が来たということである。
今回は、陳列が後になって自分の作品は取りあえず見ることが出来ない。
これは、ある意味自分の失敗作品を曝(さら)せずに、他人の作品の批評を大胆に出来ると言う事である。
別に、こんなことは自身で考えついたと言うのではなく、実は香川倫子先生が批評をするときに良くおっしゃっていたことで、自分もそう言う立場になったかと痛感させられるものである。
それと共に、自らの制作理論と相反する作品が並んでいると、誰かの言葉を借りて「なんだかな~~」という感慨に包まれることもある。
そして、今回は写真を撮ると言うことを余りせず、カメラの性能テストを兼ねて種々の操作をしていたからほとんど作者の名前が分からなかった。
多分のキャプションの文字が細かった印象があるから、老人目になりつつある現状ほとんど作品と作者名が一致しなかった。
そこで撮ってきた少ない写真を拡大して確かめてみたら、名票が書かれている紙が濃い灰色だったことである。
これだと明暗の差が少ない。
2010/11/27の昼過ぎに、Windows7・64bit-メモリー6GBのPCにソフト(Adobe Premiere Elements 9)をインストールしてAVCHD FH(フルハイビジョン)の動画を取り込んでみた。県展の様子、そして辛口批評等追い追いFH動画としてアップしてみたい。

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2010年11月24日 (水)

書道芸術院・俳人 片山由美子 講演会「言葉と出会う、俳句と出合う」

(財)書道芸術院創立記念日

俳人 片山由美子 講演会「言葉と出会う、俳句と出合う」の風景を作ってみました。

SONY ソニー Cyber-Shot DSC-HX5Vを使用。
編集はいつもの通りAdobe Premiere Elements 9です。

 

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2010年11月23日 (火)

11月の東京探訪(2010/11/23)と風景写真

11月の東京探訪(2010/11/23)と風景写真

例年通りの上京なのだが1ヶ月半も東京へ行かないと、いろいろと「アレ」と思うことが多い。‥‥とは言っても、連休の合間だとか休日に上京することは年間でも希でほとんど平日。
この23日は、例年だと日展に行って半日潰すというのが恒例だった。
しかし、日展は六本木だし、日展第5科というのはいつ見ても同じ。‥‥というか、一種の社中展のようなものだから見ても勉強にもならない。
それで日展といえば日本画‥‥と東山魁夷画伯が健在の時はそれだけを目当てにと言うか、何か一つピリッとしたところがあった気がするのだが‥
日本画も最近は、あまり見る気がしなくなっては来ている。
群馬では、23日まで群馬県美術展が開催中で無理して見に行ってきた。
洋画の県展と言われるだけあって、洋画は大したものだった。
それは、一見素人が出品しているように見えて、実は美大出のセミプロの人達であったりして普通一般人では太刀打ち出来ないという部分が多い。
一方、日本画は教える先生が少ないし、高校で日本画を習うわけではないから純然たる素人ばかり。
洋画は、二科展審査員クラス他がズラリと並ぶ中で日本画は、日展、院展にも毎回入選出来ない人達が審査員という感じだからレベルの差は仕方がないと言うものだろう。

それは兎も角も、今回は日展ではなくわざわざ銀座まで出向いたのは「怖いもの見たさ」と言うものである。
いずれにせよ駆け足になったが、何を見に行ったのかはご想像にお任せする。
そんな中で銀座などは、平日と休日で歩いている人が全く違うと言う現象は何時も何時も妙だと思うものである。
平日の銀座というのは歩いている人も大方地味で、正直言って振り返るような美女に出会うこともない。
普通のビジネス街の雰囲気なのだが、休日ともなるとどこからとも無く見た事もない人達が集まる。近年は、有楽町にビックカメラが出来るくらいだから、昔と違ってラフな格好をしている人も珍しくない。

いずれにせよ、ここのところの10年と言うものは地方都市のランチタイムより銀座などの方が安いという珍現象は続いている。
秋葉原もアトレが完成して多少雰囲気が変わった感がある。まあアトレの社長は昔の同級生(小・中・高と同じ)だったが、桐生市の苛め自殺の学校の校長は高校の名簿を見てみたら同期だったりする。
今回も、上野精養軒での講演会の後レセプションがあった。

今日なぜか、おかわり自由というので貧乏性が昂(こう)じてランチをたらふく食べて、精養軒の宴会料理が食べられなかった。
そして、いつものことだが腹が満腹だと美味しいものも旨くないというのは困りものでもある。

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俳人 片山由美子 講演会「言葉と出会う、俳句と出合う」

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俳人 片山由美子 講演会「言葉と出会う、俳句と出合う」

2010/11/23は例年の通りま講演会だったので、上野精養軒まで出かけて行きました。
俳句の話というものはどんなものなのか、多少未知の分野でどんな話なのかと思っていたら結構含蓄の多い講演会でした。
俳句というのは、単純に言葉を並べるというのではなく、結構難解な季語を入れたりと随分と言葉を大切にするのだということは再発見でした。
そして、その日本の奥深い言葉使いというものは、船のバラストに例えて日本語としての最後の砦。
その砦という言葉は使いませんでしたがそんな感じです。
片山先生は、「俳句を読む(詠む)」と言ったように思うのですが、いわゆる「現代俳句」の様な軽い俳句の方は「俳句を書く」と表現するのだそうな。
俳句の世界というものも、現代の俳句と、従来の文語調の俳句というものがあって、片山先生は当然文語調の俳句に属する。
そういえば、俵万智氏などの俳句というのは面白くともあまり味がない気がしてならない。

最後に「色の一句」という片山由美子先生が編集した365日分の句集を買ってサインを貰ってきた。
句集など性に合わないと思って目を通してみたら、これがなかなか良い。
俳句などの門外漢でも、時として目を洗われることもある。
尚、片山由美子先生は千葉の出身で、(財)書道芸術院辻本大雲理事長とは、教育実習の頃から知り合いだったとのこと‥‥

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2010年11月21日 (日)

「歴史ドラマの大ウソ」大野敏明著、他「歴史ドラマと時代考証」を読む

「歴史ドラマの大ウソ」大野敏明著、他「歴史ドラマと時代考証」を読む

この著書は「産経エクスプレス」に連載した記事が基礎になっているから、ある部分は読んだことがある記憶がある。
第1章は「NHK大河の嘘八百」で例の「龍馬伝」から始まっている。
福山雅治氏が演じる坂本龍馬がやけに「ニコニコ、ニヤニヤ、明るく元気」ということに驚かされると書き始めている。
武士は、「笑わない、泣かない」そして常に敵に対して用心を怠らないということが述べられている。「敵に対して用心を怠らない」というのは、米国の西部劇で見たガンマンの話の様なものである。
名前の知れた有名なガンマンは、椅子に座るときは壁を背にして座る。なぜなら後ろからいきなり撃たれないためと紹介されていた。事実有名なガンマンは後ろから撃たれて亡くなっているという。
それと同じように、武士は太平の世になればなるほどそう言う「平素の用心」という心遣いが重視されたという。
今の世の中を見ても「ニコニコ、ニヤニヤ、明るく元気」という性格を現す人物などいるわけはない。いるとすれば大方仕事の出来ない「カス」みたいに感じるだろう。
しかし、歌手という分野の人はどうも平素「ニコニコ、ニヤニヤ、明るく元気」というスタイルが身についているようだ。
その昔、歌手の河島英五が売れていなかった頃に大学祭のコンサートに来たことがあった。
そのコンサートは聴きに行かなかったがコンサートが始まる前、誰もいないところの河島英五が妙に「ニコニコ、ニヤニヤ、明るく元気」だったことが今でも目に焼き付いている。
だから、福山雅治の坂本龍馬というのはやはりミスキャストと言う事になる。
坂本龍馬は当時の水準で見なくとも、相当な教養人のお坊ちゃまである。そんじょそこらのチョイと器用で演技が出来る俳優とは訳が違う。
NHKでは「竜馬がゆく」の坂本龍馬がある。
やはり坂本龍馬を演じられる役者というのはそうはいまいと言うことだろう。
又、武士なら酒を飲んでいるときは危険なので衝立を立てて見えない様にするというのが基本だそうだ。
そう言われてみれば、昔のモノクロ時代時代劇というのは、妙に不気味な部分があった。女性は、女房となればお歯黒をして眉を擦り落とす。この顔というのは、結構不気味なのである。
しかし、このお歯黒というのはその昔では「高貴な身分(侍大将くらい)」だと武士でもお歯黒をしたという。(歴史ドラマと時代考証)
それで、戦国時代敵方の首を天守閣の集めて、女性達が首にお歯黒をさせいてたと言うから驚きである。要するに、身分の高い人物の首というわけである。
そして、「歴史ドラマの大ウソ」で常々述べているのは「上司を『名前』で呼ばない」ということである。
龍馬が言う言葉では、千葉道場を去るに当たって「定吉先生」、「重太郎先生」。これは現代でもこういうふうには言わない。「大先生」、「若先生」というという。
NHK「竜馬がゆく」では「大先生」、「若先生」のくちだったと記憶する。
脚本家がわざと「くだけた感じ」を演出したのだろうが、現代でも使わない言い回しを使うと言うのも妙なものだ。
NHKの「坂の上の雲」でも非常に現実味(げんじつみ)のないシーンが多くて、製作者の無神経なのか常識で考えても変な部分が多かった。
まずは「騎馬通学はNG」
ここで単なる騎兵中尉にすぎない秋山好古が「民間人の馬丁」付きで登場のシーン。
こんなシーンは小説にはあるはずもなくNHKの創作。
文面では、「乗馬本分」で決められていて、原則として少佐以上という。(勤務中の騎兵は別)
そう言えば、昔NHKの朝の番組で乗馬で現れた主人公がいたが大佐の階級だった。
その他、小生も一目見ておかしい思った元旗本「佐久間氏の屋敷の立派さ」。この点も同じように思ったらしい。詳しく分析している。
その他、海軍兵学校生徒の秋山真之が制服姿で短剣を吊っていないと指摘している。言われてみれば、昔の特攻隊の映画では間違いなく短剣を吊っていた。
その他おかしいのやはり東郷平八郎との邂逅(かいこう)。
呼びかけるのが「少将」である。
これもおかしいし、あり得ないと思ったら「閣下」が正しい。その他、子規が従軍したときの軍の徴用シーンもやはりおかしいし、軍艦の上で炒り豆の殻を甲板に投げ捨てるなど常識では考えられない部分。
広瀬武夫が裸で写真を撮るシーンも「ふんどし」ではなく「ブリーフ」だったとなんと証拠写真まで掲載している。
こんな風にNHKの「坂の上の雲」では、歴史常識から見ても突っ込みどころがある。
そして、そう言う突っ込みどころというのがことごとく小説には描かれていない部分である。
NHKの製作者は何を考えているか、意図的なのかと勘ぐりたくなる部分も多い。
一方、「歴史ドラマと時代考証」(小和田哲夫著)の方は、NHKの時代考証をしたときの裏話で、「秀吉」、「功名が辻」、「天地人」。
「歴史ドラマの大ウソ」でもこの「天地人」は取りあげられて、架空の人物「初音」の設定がかなり出鱈目と書かれているのだが、「歴史ドラマと時代考証」では一切書かれていないのは妙な話である。
実際の時代考証をした人が、人に指摘されるまでの失敗の話しを書かないのはどうせ何かの理由があるのだろう。
近年の「天地人」の文字から「龍馬伝」の文字まで品のない題字というのは、やはりその物語の質を現して真実やその中身を検証しない所作の表れだろう。

歴史ドラマと時代考証 (中経の文庫)

歴史ドラマの大ウソ

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その2映画ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1を見ての感想

その2映画ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1を見ての感想

映画ハリー・ポッターと死の秘宝パート1。これは小説のダイジェスト版の様な感じだと書いたのだが、小説から逸脱してしまっている部分も多い。
従って、映画を見る前にもう一度小説をお復習(おさら)いしておかないと「何だったけ」と展開が分からなくなるかも知れない。
たとえば第16章のGodric's Hollow(ゴドリックの谷)では、ハリーとハーマイオニーはマグルの夫婦に変身し、雪についた足跡さえ消して用心する。小説でも少しおどろおどろしい夜のシーン。ところがここで映画では変身させない。
しかし、変身させないと物語の辻褄が逢わない部分が出てくる。
ここで変身させなかったのは、どうしても変身させなければならなかった魔法省への潜入シーンのためだろう。
そこでは余りに早く簡単に進行しすぎた上に、変身してハリーとハーマイオニーとロンではなかったために物語が余計分かりにくくなったという結果が生じた。
丁寧に描写すれば問題はなかった様だが、こうも早く詳細を抜かれるとやはり分かりにくい。
後半の部分でも説明不足が顕著だから、前半の静の部分の文脈が大幅カットは余計に良く分からない展開になった。
テント生活でロンがラジオ放送を聞くシーンがある。
小説を読んでいればデスイーターに乗っ取られた魔法省に対するレジスタンスが結成されたことが分かる。
映画では、単純にこの説明がないからさっぱり分からない。
第21章 The Tail of the Three Brothersの部分では、映画では物語をアニメで示してこれは結構分かりやすい。
原書だとこの部分である。
以前エントリーで述べた様に‥‥
(英国版原書p331)
So the oldest brother who was a combative man,asked for a wand more powerful than any in existence: a wand that must always win duels for its owner,a wand worthy of a wizard who had conquered Death!So Death crossed to an elder tree on the banks of the river fashioned a wand from a branch that hung there,and gave it to the oldest brother.  ‥‥‥‥
分かりやすくするために、なるべく直訳で訳してみると‥‥‥
「それで、闘争的であった一番上の兄は、存在するどんな魔法の杖よりもいっそうパワフルな魔法の杖を求めた。
常に、その所有者のために決闘で勝たなくてはならない魔法の杖。
「死神」を征服した魔法使いにふさわしい魔法の杖!
それで、「死神」は川の土手のニワトコの木に行って、そこに下がっていた枝から魔法の杖を作って、最年長の兄に与えた。」

静山社の訳では相変わらず「Death」を「死」と訳していたが、やはり映画通り「死神」が正しい。

それにしてもジニー(ロンの妹)の部屋で、ジニーとハリーのラブシーンは映画では入れて欲しかった。
言葉だけでシーンが小説にないハーマイオニーとその両親との別れは映像で映されていた一方、ハリーの別れというのがない。
こういう伏線がないと絶望と不安の元、放浪するその後の展開が伝わってこない。

パート2では実際どこから始まるのか、簡単に第25章 Shell Cottage(シェル コッテージ)で説明して一挙に第26章Gringottsに進むしかないだろう。
何やら先が見えてきたような感じだが、又パート2が2時間10程度だったら映画は見るだろうが、大して期待出来そうもないと言うものである。

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2010年11月20日 (土)

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1を見ての感想1

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1を見ての感想1

ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1、今日が初日だったのと偶然今日が会員カード感謝デーと重なったので早速見てみた。
2時間26分という話なのだが、時計を見ながら大凡の計算では実2時間10分程度であった。
最後のエンドロールが長くて、そのエンドロールが終わってから何か別の映像が出て来たと言う初期のハリー・ポッターものとは違い、前回と同じ最近の監督はそんな粋なことはしていない。
だからエンドロールが始まったらそのまま出て来ても何の影響もない。
しかし、実際の劇場映像と予め言われていた映像が10分以上違うと言うのは、試写会の段階からカットされた部分があるのかも知れない。
事実昭和45年公開のカンヌグランプリ受賞の「MASH」は、試写会映像から10~15分カットされた。(淀川長治氏の長いという指摘?‥なぜか嫌悪していた。)
このハリー・ポッターと死の秘宝Halley potter and the deathly hallows は、元々原書(英国版)で読んでいるので、日本語版の翻訳のいい加減さには、ほとほとあきれる。
その日本語版の誤訳が映像で証明されてしまうと言うのも何とも不思議なものである。
今回のパートIの物語は、初めから第25章 Shell Cottage(シェル コッテージ)まで。
日本語版では「貝殻の家」と訳されているが、映像では海辺に建つ薄汚れた様な建物が見えるだけ。
「シネマビュー」では「今回も細部まで作り込まれた映像と軽快なテンポ、あっと驚く魔法の描写で楽しめる。」と好意的に書かれている。
ところが、小説を読んでないとさっぱり分からないというのが真実だろう。
だから、小説で読んだ部分を映像で確認するという具合になる。
そう言う具合に、詳細の説明を映像でしないばかりでなく、逆に小説でわざわざ書かれている説明部分を省き、しかも微妙な部分がはっきりと描かれていない。今後の展開としては重要な部分であるはずなのに妙な事である。
そして、7人のハリー・ポッターで本来壮絶な「死喰い人」との戦いも、簡単に終わってしまうので拍子抜けというかダイジェスト版の様な感じがある。
当然、7人のハリー・ポッターでdeatheaterと戦いの部分、これは大幅に違っている。
何と言っても本物のハリー・ポッターであると見分けられる部分が全然違っている。
そう言う原作と違う部分というのは、第一章「The Dark Lord Ascending」日本語版「闇の帝王動く」のルシウスの大豪邸(handsome manor house)から始まるはずが、バーノンおじさんの引っ越しシーンのダイジェスト(第3章ダーズリーの出発)から。
ここで幾分感動的なシーンがあるはずなのに、全てなし。
そんな風に余りに違いすぎて非常に分かりにくい。
違う部分、そのルシウスの大豪邸(城に近い)に到着の時、強力・有力な「死喰い人」イェックスレイとセルブス・スネープが出会うこれがない。
この説明がないと、魔法省に潜入したときのイェックスレイの怖さが分からない。
ついでに言うと、逆さ吊りされているチャリティ・バーベッジ教授を殺すのはスネープであって、映画の様に闇の帝王ではない。
その他、前半ほとんど抜けているシーンばかりなのだが、「第7章The Will of Albus Dumbledore」(アルバス・ダンブルドアの遺言)は、詰問が抜けているから妙な部分になった。
そして、前半の重要ポイントの「ハリーとジニーのラブシーン」が別な形に展開されてほとんどないというのは解せない。
そればかりかハリーの誕生日パーティがないから「Trace」が切れたのかどうかが台詞でしか確認出来ないというのは感心しない。

少なくとも確実に2時間30分くらいにしてもう少し説明画像を入れないと単なる小説のダイジェストと言うことになって、少しも面白くない。
前作、前々作も小説を読んでいないと分かり難いつまみ食いだったが、今度も同じようになった。

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2010年11月19日 (金)

「日韓がタブーにする半島の歴史」室谷 克実 (著) のおさらい

「日韓がタブーにする半島の歴史」室谷 克実 (著) のおさらい

「日中韓 歴史大論争」櫻井よしこ他著の部分。
櫻井よしこ氏が「日本人のルーツのひとつは紛れもなく韓国であり、そう言う意味では韓国が本家、日本が分家のようなものであると書きました」という行(くだり)をなぜ今になっても修正しなかったのか不思議な部分がある。
ここで、「日韓がタブーにする半島の歴史」室谷 克実 (著)をお復習(おさら)いしてみよう。
この本の序章で「文化、文明は朝鮮半島から来た」という主旨で、1994年3月韓国の金泳三大統領が来日したとき、天皇陛下が宮中晩餐会で述べたられた「お言葉」。
これは嘘だったというのが「日韓がタブーにする半島の歴史」の主題の一つである。
その証拠に中国の正史「随書」には、こんな一節があると紹介している。

新羅、百済皆以倭為大国、

多珍物、並敬仰之、恒通史往来

訳文を転記すると
「新羅も百済も倭国を大国と見ている。」‥新羅、百済、皆倭を以て大国と為す。
「優れた品々が多いためで、」‥珍物多し
「新羅も百済も倭国を敬仰し、」‥並びにこれを敬仰し、
「常に使節が往来している。」‥恒に通史、往来す。

従って、華夷秩序からいえば、日本が上で韓国などの朝鮮半島が下と言う事になる。
厳密には、朝鮮半島などは独立国でなかったから、華夷秩序が成り立つというのも疑問ではある。


日中韓 歴史大論争 (文春新書)
世の中意外に科学的
日韓がタブーにする半島の歴史 (新潮新書)

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2010年11月18日 (木)

その2「日中韓 歴史大論争」櫻井よしこ・田久保忠衛 他著を読む

その2「日中韓 歴史大論争」櫻井よしこ・田久保忠衛 他著を読む

近年の政府民主党は、言論統制を強化してあらゆるところでの政府批判を封殺しようとしている。今問題になっている「自衛隊施設での民間人による政権批判発言を封じる事務次官通達」などは憲法違反の最たるものだとは誰でも思うが、今の民主党政府はそうとは思わないらしい。
別の言い方をすれば、現在の政府と違う考え方を持った人達の言論は封殺して、政府の都合のよい言論のみを良しとする。
そうであれば、民主党に対する批判などはあり得ず違反すれば「銃殺刑だ(閣僚のオフレコ発言)」とは、今の政府はどこかの国とそっくりである。
この「日中韓 歴史大論争」では、チベット問題に入るのだが、劉(清華大教授)は「チベットの人権弾圧は一切ないと否定する。」(2008年9月版)
それに対して櫻井氏が詳細の反証・反論をし、そのために議論が続かない。そして、劉氏はチベットの領有の正当性の屁理屈をこねる。
このかみ合わない議論に田久保氏は、
「歴史的な正当性は、もう終わりにしませんか。」という。
その後に続いて
(田久保)「なぜ我々が幾度となく人権弾圧の有無について問いかけているかといえば、中国には言論、報道の自由がないからです。」
‥‥とすると、
金(中国人民大学国際関係学院副院長)
「‥‥つまり、報道の自由がないという事実認識は荒唐無稽でさえあります。そして中国メディアにおける報道の自由の度合いは、日本をはじめとする諸外国メディアと比較しても。大きな差はもはやありません。」
こんな風に、開いた口が塞がらないような話しなのである。
ここまで来ると、こういう言い回しが仙谷官房長官の言い回し、北澤防衛大臣の言い回しとそっくりであることに気づく。
端的にいえば、現実とは遊離してその場限りで乗り切ればよい、問答無用というものなのである。そしてこの項目の最後の方に妙な一文がある。

「‥‥現在の胡錦濤・温家宝体制は、中日関係がブレイクスルーを迎えるのに絶好のチャンスなのです。」
(Breakthrough(ブレイクスルー、ブレークスルー)とは、進歩、前進、また一般にそれまで障壁となっていた事象の突破を意味する英単語。・wikiによる)
2008年の時点で述べていることだが、現在全然そうなっていない。
逆にいえば、強圧的な中国の体制が強制的に日本に対して圧力をかける事態がブレイクスルーだと言うことになる。
そして、中国は変わるどころか余計に悪く、非協調性、覇権主義になっている。
これはやはり中国というのは2005年の時点、2008年の時点、そして現在でも変わっていない事を示す。
次に「竹島問題」(2005年8月)というのがあるのだが、読んでも、解説しても気分が悪くなるだけの平行線。
そこで櫻井氏の思い違いに相違ないという部分がある。(自虐的関係史観)
5年前の討論ということで、朝鮮半島についての詳しい歴史的論評は出ていなかったかも知れない。
櫻井氏
「歴史認識を克服するのは本当に難しい。ただ、私はどうしても韓国人の中に、文化、文明というものは我々が日本に教えてやったのだという抜きがたい優越感があるのだと感じてしまいます。‥‥中略‥‥韓国の教科書を見ると、日本に対してはそれこそ『何々してあげた』のオンパレードです。
私は、『世の中意外に科学的』という本で、日本人のルーツのひとつは紛れもなく韓国であり、そう言う意味では韓国が本家、日本が分家のようなものであると書きました。‥‥以下略‥‥」
「日韓がタブーにする半島の歴史」室谷 克実 (著) などを見ると、「日本人のルーツのひとつは紛れもなく韓国」でないことが分かる。
いわゆる歴史的な文化というのは、韓国などの朝鮮半島を伝わって日本に伝来したものでないことは、遣隋使、遣唐使の歴史を見ても明らかなのだが陸続きという錯覚に囚われてしまう。
よくよく考えてみれば、中国南岸から北へ大きく迂回し朝鮮半島を横断して今度は玄界灘を超えなければならない。これは時間も労力も膨大であって現実的ではない事が分かる。
そして、古代においては朝鮮半島の南岸は日本が支配して日本か執政権を握っていたことは、日本式の古墳が多くあることからも証明される。
そして決定的であると思われるのは、李朝になかった物が日本にはいくらでもあったと言う人につきる。
「日韓がタブーにする半島の歴史」の著書の第六章には
「『倭王の出自は半島』と思っている方へ」で「倭人は殆どあらゆることを半島の民から学んで‥‥」というのは、「自虐的関係史観」だと証明している。

そして「日中韓 歴史大論争」の2010年の書き下ろしに戻ると
こういうポイントが書かれている。
それは、中国、韓国の「強烈な被害者意識です。」と書かれていることである。
それは、近世中国がアヘン戦争から始まって、日清戦争、義和団事件、日中戦争と自助努力によって自国を守った歴史がない。
中国は二次大戦後、朝鮮戦争や周辺国との戦争には絶えず参戦してその勢力を拡大したといっても、経済力も技術も自助努力で自分の国で発明したものは無い。
一方、日本は自助努力によって開国から明治にかけておわされた不平等条約を解消し、敗戦後も自助努力によって主権回復し復興した。
そして、韓国も「小中華」という枠内から抜け出せない。
よくよく見れば、韓国というのも独立戦争を勝ち残ったわけではなく、独立国になったのが二次大戦後という自助努力のない国である事から見て、中国とよく似ていると言うものであろう。

日中韓 歴史大論争 (文春新書)
世の中意外に科学的
日韓がタブーにする半島の歴史 (新潮新書)

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2010年11月17日 (水)

書道芸術院 秋季展研究会・秋季菊花賞2  金井如水先生解説

書道芸術院 秋季展研究会・秋季菊花賞 2 金井如水先生解説

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2010年11月16日 (火)

「日中韓 歴史大論争」櫻井よしこ・田久保忠衛 他著を読む1

「日中韓 歴史大論争」櫻井よしこ・田久保忠衛 他著を読む1

この本は2005年8月号の文藝春秋に掲載されたものから、この2010年9月の座談会までの集約本である。
本を一読すると、本当に読むのも嫌になるほど歴史というものが、純粋な事実とはかけ離れた「政治」であることが浮かび上がる。
対談しているのは、中国の研究者とはいうものの「教授」だったり「所長」、「副学院長」というそれなりの要職の人物であり、韓国、北朝鮮側も何から曰わくのありそうな人達ばかりである。
いずれにせよ、中国に言論の自由があるわけでは無し、当然歴史観に関しても同じである。同様に、韓国などでも事対日本という事に関しては言論自由があると言う事にはならない。しかも、どちらの国も歴史教科書は国定教科書であって、1種類しかない。
そこで繰り広げられる珍問答というのは、2005年というものの現在の尖閣問題や中国のノーベル平和賞問題が話題になるとき、読んでみると正に冗談を言ってるのではないかと思わせるものである。
その一例では「靖国参拝の何が悪いと言うのだ」で引用してみると‥‥
歩(中国社会科学院近代史研究所長)
「日本がすぐれた民主主義の国家であって、中国は専制かつ独裁であるという認識は非常に高圧的であり、二十一世紀においては時代遅れの考え方です。‥‥以下略。(2005年8)」この論争から5年。
中国が民主化されたと言う話は聞かないではないか。
南京大虐殺や日中戦争での犠牲者数が当初より7倍になったり、何の説明もなく増えて行くのはおかしいと言う話。(櫻井氏)
これに対してこんな風に言う

「たとえば南京大虐殺の三十万人という数字について、当然、根拠はありますが、これはたんに一人ひとりの犠牲者を足していった結果ではありません。犠牲者の気持ちを考慮する必要もあります。」
この文章の前後で櫻井氏はかなり突っ込んだ論陣を張っているのだが、あの仙谷官房長官が今度の尖閣問題で気を鼻で括った様な言い回しをしている様にここでも議論がかみ合わない。
そして、それは歴史的事実ではなく中国の政治として都合のよい事実をでっち上げて、拡大して喧伝するという事が見て取れる。
これは現在起こっている尖閣問題も勝手に中国が領有権を主張したり、自国で法律を作ったりして、そう言う勝手な論理で事を起こすそう言う論理がまざまざと展開される。
そして次の小見出し「台湾、チベットには口出しするな」になると、中国の身勝手な言動というのが如実に表れてくる。
櫻井「‥‥朝鮮戦争では北朝鮮の侵略を援助しましたね。」
劉(精華大学教授)
「朝鮮戦争もベトナム戦争もアメリカによる侵略です。‥‥」
朝鮮戦争は、北朝鮮の侵略、ベトナム戦争は北ベトナムによる南ベトナム侵略と今では明らかになっているのにぬけぬけと言う。
続けて言う。
「中国には対外的に領土を拡張しようとか、侵略しようといった意図はさらさらありません。‥‥中略‥‥領有権をめぐる争いも、紛争であって決して戦争ではありません。‥‥中略‥‥チベットは昔から中国の一部であり、その解放は平和的に行われました。‥‥中略‥‥これは完全に中国の内政問題です。百二十万人の死亡説も捏造です。」
田久保
「それを言うなら、靖国、教科書問題こそ完全な日本の内政問題です。‥‥」

「靖国や教科書問題は日本の国内問題ではなく、法律的に言うところの『国際関心事』にあたります。ですから、これは外交問題であり、中国が発言することし何ら内政干渉に当たりません。」
田久保
「他国の問題は国際関心事であり、自国の問題は内政であると突っぱねるのなら、いくら議論しても実りがないではありませんか。‥‥‥」

こんな事馬鹿げた議論が延々と連なり、今回の尖閣問題を見ても中国との歴史問題や対応というのは2005年の時点と何一つ変わっていない。
今の民主党政権というのは、この5年間中国の何を見てきたのかあきれるものである。
だから、菅首相や仙谷官房長官そして谷垣自民党総裁の様な甘っちょろい善人ぶったお人好しには、子どもの手をひねる様だと言う事が分かる。
こういう菅、仙谷、谷垣氏の様に自国の国民を性悪説の信用のおけない人達と見て、「二二六事件」を連想し、一方中国を性善説と見て良い人達と勘違いするのが如何に馬鹿馬鹿しいのか。
そしてそう言う人達が日本の国を率いているのに腹立たしいものがある。つづく


日中韓 歴史大論争 (文春新書)

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2010年11月12日 (金)

Adobe Premiere Elements 9 Tutorialビデオ2 公開 

Adobe Premiere Elements 9  Tutorialビデオ2 公開 

ようやくAdobe Premiere Elements 9  Tutorial2になりました。

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Adobe Premiere Elements 9のTutorialビデオ2まもなく公開

Adobe Premiere Elements 9のTutorialビデオ2まもなく公開

今、Tutorialビデオ2の作成中である。
Tutorial 2では、シーンラインでのムービークリップの移動、入れ替え。ムービークリップの中途にムービーの挿入。
ピクチャーインビクチャーのムービー編と、静止画編。
Adobe Premiere Elements 付属の音声などについて編集している。この1-2までマスターすればYouTubeのアップする動画などは造作ない。
3以降では、スローモーション、音声導入編集そしてキャプション、DVD書き出しのための方法などを予定。
こういうTutorialビデオの作成は中々手間が懸かる。
実はPremiere Elementsなどの動画ソフトの操作編集というのは、お金を払って講習会に行くか、高価なTutorialヒデオを買うのが本当らしい。
だから、紀伊国屋で解説書を探してみて見ても知りたい部分は何も書いていないか、わざと分かりにくく解説してあったりというお粗末なものであった。
そして、Premiere Elements 9の解説書はまだ出でいない。
それをダダで公開してしまおうというのだから手間が懸かって当たり前だろう。
そして何より愕然とするのは自身の「滑舌の悪さ」。
聞き取れなかったりする部分は数知れず、最後にはどうでもいいやという心境になる。
特に、ソフトを操作しながらその時の思いつきで話したものはどうもまとまりがない。
いっそのこと、アフレコにしてしまえば世話がないものの、昔音楽レコーディングに使っていたマイクがどこに行ったのか探し出さないと使い物にならない。
只、それが今でも使えての話し。
Adobe Premiere Elements 9というのは、妙なところに踏み込まなければ造作ないものである。ある動画編集ソフトでこんなことも出来ると、ムービーの中にもう一つ二つ入れ込むなど得意がっているものがある。
そんなものは、Tutorial 2で紹介している様Premiere Elements 9では一瞬で出来てしまうから実は拍子抜けというものである。それは、スローモーションにするのも同じ。
問題点は、こういうふうに簡単に編集出来てしまってもどんな映像が出で来るのかということである。
DVDにして書き込む場合は、ハイビジョン映像そのままなので気にもならないが、この時静止画の品質が落ちる。
こういうところは又細かく分析して見ないと良く分からない部分である。
YouTube関連は、種々の形式でアップロードしてみて最適なものを選んでいる。
しかし、誘われるままに「CyberLink MediaEspresso 6」でアップロードしたものは、‥‥エントリーで比較している様に‥‥、折角ハイビジョンで撮影しているのにその映像を劣化させる様なひどいものであった。
現状撮影は、SONYのサイバーショットDSC-HX5Vというコンデジで、AVCHD HQモードで撮影している。
なぜかと言えばFHというフルハイビジョンだとWindows7 32bitでは編集出来ないだろうからである。
今、Windows7 64bit・メモリー6GBというPCもあるものの「Intel Core2 Quad プロセッサー8400 2.66GHz 」で「Intel G43 Express」のチップセット、「NVIDIA GeForce GT 220 1GB(ZOTAC製)」という低性能だからどこまで動くかである。
新しいデジ一眼を買い、「インテルCorei7」搭載で8-12GBのメモリーのPCが買える様になったら考えようと言うものでもある。

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2010年11月10日 (水)

Adobe Premiere Elements 9とCyberLink MediaEspresso 6のアップロード動画画質

Adobe Premiere Elements 9とCyberLink MediaEspresso 6のアップロード動画画質

以前CyberLink MediaEspresso 6という単に画像変換しかできないソフトのテストをしてみた。
この件について、Amazonの様に簡単なレビュー1本で済ませられればどうと言うこともない。
しかし、5回もエントリーを重ねるというのは常識を逸するものだろう。

ここで、Adobe Premiere Elements 9とCyberLink MediaEspresso 6で同じ動画をアップロードしてみたのでその動画画質を比べてみたい。
CyberLink MediaEspresso 6は、編集など出来るものではないからそのままで、Adobe Premiere Elements 9の方は、ピクチャーインビクチャーオーバーレイを参考のために入れてみた。
これは、他の編集ソフトで「どうだ」とその腕を自慢している(?)ものなのだが、こんなものは朝飯前である。
次回のTutorialでは、この動画内に動画、写真などを入れ込むことも紹介してみたい。
まずAdobe Premiere Elements 9でUP LoadしたYouTube対応HD 1440・1080。必ず480p以上で見てもらいたい。↓↓↓


次はYouTube対応Flash Video(ワイドスクリーン)
↓↓↓

最後はCyberLink MediaEspresso 6によるそのまま↓↓↓

CyberLink MediaEspresso 6でアップロードしたものは、木々が完全に潰れてしまっています
480pで見ても直りません。
Adobe Premiere Elements 9の方は、Flash Videoワイドスクリーンでは、「ギャザー」が多少見られます。
HDだとそういうことはありませんが、1440・1080だとフルスクリーンになりません。
液晶テレビだとそんなことはありませんが。

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2010年11月 9日 (火)

日本人なら外交現場で菅首相の顔なんか誰も見たくない

日本人なら外交現場で菅首相の顔なんか誰も見たくない

「日韓両政府は8日、日本政府が保管する朝鮮王朝ゆかりの『朝鮮王朝儀軌(ぎき)』などの図書1,205冊について、韓国側に引き渡すことで合意した。」(読売新聞Web)昨今の「尖閣漁船衝突ビデオ」騒ぎで注目を集めなかったと思ったら、裏でまたもや菅政権は変なことをしている。
雑誌「正論」で日本にある「朝鮮王朝儀軌」というのは写本であるとあった。
そうであるから韓国が無理して取り返すほどのことはないものだそうだ。
そして、その原本はなんとフランスにあるのだとか。
結局、菅内閣の外向的な無知、幼稚な外交感覚に対して、この際取れるものは取ってやろうという韓国の嫌らしさ狡猾さと言うものである。
その幼稚な外交感覚しかない菅総理がロシアのメドベージェフ大統領との会談が行われた場合「北方四島がわが国固有の領土であるという一貫した主張は明確に伝える」という。
それは、子どもが寝言を言う様なことに違いないと誰だって思う。
多分、言ったとしても「独り言」であるかも知れないのである。
現に、中国の温家宝首相との時はそうであったろう。
しかも、国民の支持は読売新聞では35%の支持だったが、共同通信では支持率32%である。この30%の支持率とは何かと言えば、ソ連の革命時のボルシェビキの支持率である。
十月革命(1917年)は、その支持率を持って時のケレンスキー臨時政府・穏健社会主義政府(閣僚は1918年に処刑)を冬宮で襲った。
要するに、32%の支持率を持った政権というのは、日本の政権としての正当性がない。
まともな外交がもし行えるのであれば、尖閣問題も「朝鮮王朝儀軌」の引き渡しもなかったに違いない。
「首相は今後の政権運営について、『どこまで頑張りきれるかわからないが、石にかじりついても頑張りたい』と述べ、引き続き政権運営にあたる意欲を強調した。民主党の近藤洋介氏の質問に答えた。」(読売新聞Web)
今となって菅首相や民主党の面々をみれば「石にかじりついても頑張りたい」というのは、日本を守るのではなく、首相や閣僚の地位に汲々とするということである。
こんどの「尖閣漁船衝突ビデオ」に関してのリトマス紙は、国民の敵と味方を著しく峻別した。
蓮舫大臣も所詮自分の地位に汲々として、尖閣漁船衝突ビデオを無視する態度だったのは、尖閣問題に関して前科があるだけに何かが透けて見えた感があったではないか。

尖閣漁船衝突ビデオ流出の直前、文化放送の大竹まこと氏は、北方領土に関して東郷氏の説を引用してもっと別のやり方があったという曖昧発言をしていた。
大竹まこと氏は知っているのかどうかは未知だが、東郷氏と例の佐藤優氏が組んで二島返還論を勝手に展開していたことを知っているだろうか。
そして、1997年11月橋本龍太郎総理とロシアのエリツィン大統領と日露首脳会談に際し、北方領土の返還の話しはないとロシア側に流し、唯一北方領土返還のチャンスを潰した。

http://www.iza.ne.jp/news/

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2010年11月 7日 (日)

尖閣漁船衝突ビデオ・媚中度を測る・菅・仙谷政権の自己保身の浅ましさ

尖閣漁船衝突ビデオ・媚中度を測る・菅・仙谷政権の自己保身の浅ましさ

文藝春秋2010年11月号に「菅直人だから中国がつけあがる徳岡孝夫/保阪正康」という記事がある。
これは文藝春秋の中吊り広告には載っていないもので本を読んでみないとの部分である。
ここで現首相・菅直人の政治家になった起源から掘り起こして述べている。この菅直人という人物に関しては、何の政治的な意見や信条、理念を感じない、いわゆるイメージ先行の市民運動家という部分を看破している。
要するに、ある程度みんなが集まったところでシュプレヒコールをあげると言うヤツである。
中には、Wikipediaと同じような言い回して「市川房枝の選挙事務所代表を務め、選挙参謀として尽力したことが政界入りのきっかけとなった」とある。
この市川房枝元日本の婦人運動家の参議院議員について、著書に関しては世話になった人物の羅列で何も書いていなかったとあった。
市川房枝氏が東京都知事選挙で「都職員その他に対するバラ捲き」で都政を大赤字にした美濃部亮吉を支持し、参議院選挙では全国区でトップ当選(87歳)をはたした頃どんな人物か調べたことがある。
調べた結果は何も分からないというより「何もなかった」。事実は政治家としても婦人運動家としても既に過去の人物。主張していた政策は粗方既に実現し、タダ気分だが「プロ市民」運動家という実態を現していたように思う。
だから、徳岡孝夫/保阪正康氏の指摘もなるほどと思わせるものがある。
従って、市民運動家出身の菅首相というのは主義主張のない人物というレッテルで間違いない。
以前のエントリーで菅首相というのが、「エリート名門校で5月の連休明けに勉強がさっぱり分からなくなってボーとした顔」の人物と同じ顔と表現した。
今TVで見るとますますその傾向が強くなって、目はうつろできょろきょろして、言葉はおざなりのぼそぼそであった。
「YouTube尖閣漁船衝突ビデオ」に関して、ルーピー氏こと民主党の鳩山由紀夫前首相は「情報流出によるクーデター」と表現しているようだ。
しかし、警察庁、警視庁の文書流出事件に関してこそ「情報流出によるクーデター」に間違いないがこれには言及していない。
常識として、直ぐに日本は「スパイ防止法」や情報の流出に対する処罰に対する法整備を急ぐと考えがちだが、その動きは小生の知る限り出でいない。
理由は、「スパイ防止法」に対しては、法案が出された当時社会党、公明党、共産党他の当時の野党が反対していたから現在の民主党は反対なのであろう。
今となってみれば、当時の社会党はソ連と繋がっていて資金をもらっていた。
そして、他にも中国、ソ連、北朝鮮に情報が流れていると米国から指摘され、細川政権の崩壊の一因を作ったとも言われている。
2010/11/05の「YouTube尖閣漁船衝突ビデオ」流出は、国民の大喝采の元に世界中を駆け巡ったのは6日の4,000人のデモを見ても明らかである。
前回の尖閣問題に関するデモは報道各社が無視した状態になったものの、今回は報道された。
一方、5日の新聞各社の社説その他での「尖閣漁船衝突ビデオ流出」に関しては、驚くほどその新聞社の立ち位置を鮮明にしたのは大笑いだった。
中国寄りの媚中を明らかにしたのは当然朝日新聞で以降、毎日、日経、読売、産経と続く。ここで国民の総意を理解して正常な神経と思われるのは読売新聞以降、精々日経までであろう。
そして、共同新聞の地方紙への配信「社説」では産経に近くなっているから、朝日の異常さは際立っている。
「朝日新聞記者を逮捕=タクシー運転手暴行容疑―警視庁(2010年11月6日朝日新聞)」という事件など朝日新聞の記者の事件が目立っている。

朝日新聞・社説「尖閣ビデオ流出―冷徹、慎重に対処せよ」2010/11/06
毎日新聞・社説「尖閣ビデオ流出 統治能力の欠如を憂う」
日経新聞・社説「迫られる尖閣ビデオの全面公開」
読売新聞・社説「尖閣ビデオ流出 一般公開避けた政府の責任だ」
産経新聞・社説「尖閣ビデオ流出 政府の対中弱腰が元凶だ」

それにしても、媚中度100%と見られる菅・仙谷政権は尖閣ビデオ流出が「菅政権の仕業でない」という証明のために犯人捜しに躍起になっている。
それこそ失態をしでかした小役人が自分の身分を守るために、何かのエスケープゴートを探して責任逃れしていると見られる。
その元々の尖閣ビデオを公開しないというのが、そもそもの誤りだったというのが今では明白に政治判断の誤りとして確定したのにその事を理解しようともしない。
情報を遮断して見せるべきものも見せないというのが、独裁国家の常である。
その情報遮断を実践したのが、元々情報公開を標榜していた革新政党というのは皮肉なものである。
日経その他の社説で、尖閣漁船衝突ビデオが流出してしまったのだから全面公開せよと主張する。当然国民も同じ立場であると思うが、菅政権は公開はしないだろう。
なぜなら、彼ら媚中の「小役人」の頭の中を見て見れば、尖閣漁船衝突ビデオ流出が菅政権の仕業ではないと中国に言い訳をするために公開出来ないはずである。
ここまで来て、全面公開しても体制には影響ないどころかAPECには中国は是非とも出席して日本と会談せざるおえないことになるはずだ。
なぜなら、APECに出席出来ないのなら世界の物笑いになるからである。
逆に言えば、菅政権が譲歩すればするほどAPECの出席の可否は切り札になる。
本当に、菅政権というのは子どもの外交、子どもと商店のやりとりのようだ。

それでいて、尖閣ビデオがこれだけ公開されたのに、犯人捜しを優先して国民の知る権利に対して無頓着どころが国民に対する「警戒」をする。
菅・仙谷政権は、国民を信用していないらしいことは従来からの状況証拠で明らかである。
そのため、民主主義国家でありながら国民の意見を取り入れず、批判には居直り、言い逃れをして責任を取らない。
民主主義国家において、国民から浮いた存在である政権は、既に政権としての存在意義は失われている。
自覚がないのは内向きで国民を見ない民主党という幼稚な政治ごっこということである。

それにしても2010/11/07の朝日新聞社説
「中国経済の課題―格差と不均衡を正さねば」には笑った。
なぜなら、朝日新聞が出来もしない中国の国内問題を論じても何も意味がないことであるからである。
なぜ意味のないことを社説になど書くのかと言えば、日本の国民に対しての中国擁護論である。
発展途上国!!?なのだから、尖閣問題では勘弁しろ‥とね。
しかし、今、朝日新聞に洗脳されるのは尖閣ビデオを見てショックを受けた媚中の人達しかあるまい。

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2010年11月 6日 (土)

net.USB機器 IODATA ETG-DS/USの「ワケあり品」

net.USB機器 IODATA ETG-DS/USの「ワケあり品」

net.USBという機器、機能をご存じの人も多かろう。
ブログでは「net.USBを手軽に使うLANDISK Home HDLP-G320その1その2」というエントリーでLANDISKにおまけに付いてきたnet.USBを紹介している。

LANDISK Home HDLP-G320というのは、小型のLANディスクの旧型製品でこれにnet.USBという機能が期間限定でバージョンアップされた。

このnet.USBの部分だけを切り離したのがIODATA ETG-DS/US。
実は、Silexのギガビット対応 USBデバイスサーバSX-3000GB(USB Virtual Link Technology・SX Virtual Link)のOEM品である様である。(仕様、形状、同じ)
但し、アプリケーションソフトウェアの「net.USBクライアント」はIODATAで改変しているようである。
実は今、LANDISK Home HDLP-G320を使っていない。
その理由は、発熱が大きいからである。LANDISK自体が発熱するだけでなく、net.USBもかなり発熱するようなのである。
ETG-DS/USの筐体を見てみれば、USBハブ特有の放熱を考えた作りになっている。
それで、多少本格的に使いたいと言うわけでIODATA ETG-DS/USを「ワケあり品(プレミアムアウトレット)」で購入してみた。

ETG-DS/USというのは、価格コムで見ると5,469円(Amazon・NTT-X)で、SilexSX-3000GBに至っては、10,647円(Amazon)と言う代物である。
使って見れば、普通の外付けHDDが全てLANディスクとなるから、今後LANディスクを買わなくても済むというものである。
又、プリンターサーバーにもなるはずなのだが、プリンターはUSB切り替え機という物理的なもので済ましている。

USBデバイスサーバー 「net.USB」機能搭載 ETG-DS/US 5,469円(税込)

icon icon
ワケあり品・USB機器共有ネットワークETG-DS/US  ¥3,980 icon

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2010年11月 5日 (金)

日本の国益を守ったYouTube尖閣漁船衝突ビデオ

日本の国益を守ったYouTube尖閣漁船衝突ビデオ

今朝からYouTubeの「尖閣衝突ビデオ」流出で大騒ぎだったが、朝7時半くらいのところではほとんど削除されて、丁度衝突している部分1つだけが残っていた。
あとの部分は、TVで全部公開されていたし何回もコピーされて今でも残っている。
このビデオ映像を見ると国会に提出された6分のビデオというのは、TVで再現された構成から見れば、作為的に編集されたものであることが良く分かる。
やはり検察と民主党内閣というのは不祥事で「手打ち」をしたのだと明らかに疑われるものである。そして、それは憲法を無視して自らを守るために民主党の軍門に下ったと、国民から見ての検察の国民不在の不信でもある。

この国会でのビデオを見て、社民党党首の福島瑞穂氏などは懐疑的な見方をしていた。
これは案の定、従来からの「社会党的」な親中国、親北朝鮮、「拉致問題を無視していた」という反日姿勢が変わっていないことを如述に表すなど踏み絵であった。
こんどのビデオを見れば誰が見ても「中国漁船が突っ込んできた」ということは明らかだが、
なんと中国は
「録画と言われるものは真相を変えることも、日本側の行為の不法性を覆い隠すこともできない」「日本側が釣魚島(尖閣諸島の中国名)海域で中国漁船を妨害、駆逐、包囲しようとしたことで衝突が起きた」というように白を黒という。(朝日新聞 他)
しかも中国漁船の実像が明らかになるにつれ、中国漁船が単なる民間の船でない「工作船」であることぐらい誰でも良く分かる。
だから仙谷官房長官などが、船員と船体を早々と中国に還した理由の説明が付く。
船員と船体をよく調べれば何かボロが出るのか出たのか、今となれば何が不都合だったに違いない。
それにしても今日のビデオ流出によって、今の菅、仙谷内閣という民主党政権は国民の意識から完全に浮いた末期症状の政権になりつつあるとは誰でも思ったろう。
国民の過半が「尖閣衝突ビデオ一般公開」の世論になっているときに、「中国を配慮して」と世論を無視する。
こういう世論を無視するというのは民主党では今や当たり前になって、世論を無視するから「密室政治」、「非公開」で事を進める。
「朝鮮学校無償化問題」では、反対論を無視して「非公開の場で各朝鮮学校が審査され、無償化が適用される方向。反日教育はどうなるのかはっきりないまま、『密室』で無償化が決まろうとしている。」(産経新聞)という具合である。
こういう「朝鮮学校無償化問題」というのは、朝のワイドショーでは余り取りあげられない。
しかし、2010/11/05の「尖閣衝突ビデオ」というのは映像ある上に、政府民主党は「中国を刺激しない」という理由で「柳腰!!!」で拒んできたものである。
国民にとって衝撃的な映像であったし、国民が知りたいという願望のものだった。
それを国民に見せないようにしたというのは、的確に今の菅、仙谷内閣というのが日本国民を保護する見方ではなく「敵である」といことを証明して見せた。
その上、その恥の上塗りを重ねるという「この人達は日本人ではないという異質さ」を感じさせた。
本来ならこのビデオ流出を奇貨として、日本の領土問題や中国関係を再検討すべきなのに新聞各社の報道に寄れば流出ビデオを犯人捜しに忙しい有様である。

朝日新聞Web‥‥尖閣ビデオ「故意の流出なら国家公務員法違反」官房長官
毎日新聞Web‥‥尖閣ビデオ:守秘義務違反で刑事訴追も 政府方針
日経新聞Web‥‥官房長官「調査から捜査に、数日で判断」尖閣映像流出
この報道が何を表すのかというと、菅、仙谷内閣は「犯人」を捕まえて「悪うございました」と中国に付き出そうという浅ましい魂胆が見え見えだからである。
ここまで菅、仙谷内閣というのは中国の走狗となってご機嫌取りをすると言うのは実に解せないものの、APECというのがキーワードだと「ばれて」しまっている。
事実として、APECに中国が出て来て何がありがたいのか既に中国はレアアースの輸出制限などをしているわけだから、どうでも良いことだろう。
単にAPECという事実上無意味なお祭りに無事に菅、仙谷内閣が参加したいという福田康夫元総理のような「馬鹿根性」。
こういう馬鹿根性で「河野談話」から「近隣諸国条項」‥‥‥どれだけ国益が損なわれてきたかである。

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Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル動画 1

Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル動画 1

Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル動画をYoutubeにアップロードしました。
キャプチャーからトリミング、トランジションまでです。
普通は、これに表題とエンディングロール、中にキャプションを入れれば完成です。
チュートリアル 2以降では、続けてスローモーションや音楽を入れたり、音のフェードイン、フェードアウト。
最後に、表題、エンディングロール。
そして、DVD書き出しのためのキーフレームの付け方などをしたいと思います。
その他、ピクチャーインピクチャーなど用途に応じて解説するつもりです。
尚、チュートリアル 1が早すぎて分からないことも考慮して、2以降も同様な動作を繰り返して説明します。
そして、こんな映像も例のSONYのサイバーショットDSC-HX5Vを使っています。


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Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル動画 1

Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル 1

Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル動画をYoutubeにアップロードしました。
キャプチャーからトリミング、トランジションまでです。
普通は、これに表題とエンディングロール、中にキャプションを入れれば完成です。
チュートリアル 2以降では、続けてスローモーションや音楽を入れたり、音のフェードイン、フェードアウト。
最後に、表題、エンディングロール。
そして、DVD書き出しのためのキーフレームの付け方などをしたいと思います。
その他、ピクチャーインピクチャーなど用途に応じて解説するつもりです。
尚、チュートリアル 1が早すぎて分からないことも考慮して、2以降も同様な動作を繰り返して説明します。
そして、こんな映像も例のSONYのサイバーショットDSC-HX5Vを使っています。





これだとTVでYouTubeが見られます。
YouTubeプレーヤー「RockTube」
** 各メディアの記事 **

●AV Watch
http://av.watch.impress.co.jp/docs/news/20100921_395280.html

●Internet Watch
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100921_395279.html

●ファイルWeb
http://www.phileweb.com/news/d-av/201009/21/26869.html

●ASCII.JP
http://ascii.jp/elem/000/000/554/554991/

●ITMedia
http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/1009/21/news110.html

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2010年11月 4日 (木)

Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル・ビデオは必要か

Adobe Premiere Elements 9のチュートリアル・ビデオは必要か

SONYのDSC-HX5Vを使い始めて、スチール写真というか所謂写真より「動画」の方に傾倒してしまった。
情報量は静止画より動画の方が何倍も多いから、動画にしてしまえば文章で書くことなど要らないようなものである。そして面白いことにYouTubeの動画だと印刷出来ないと言うのが最大のメリットであることは言うまでもない。
ネット環境があればYouTubeなど雑作もなく見ることは出来るものの、そう言うネットに繋がっていない時には、紙に印刷されて在らぬ中傷されると言うこともない。
ならば動画に出演して、いろいろ思ったことを批判してしまえばというのも素顔を晒すことになるから中々出来ることでもない。
そんな戯れ言はどうでも良いのだか、Adobe Premiere Elements 9を使いながら価格コムとかの掲示板やYouTubeを探してみるとVer9に対する書き込みは極端に少ない。
又、YouTubeではその使用法(Ver9)に関するものはないに等しいものである。
一方、比較的書き込みが多い画像編集ソフトというのは、CYBERLINK PowerDirector 8 Ultraだったり、もう少し高度なカノープスEDIUS Neo 2 Boosterだったりする。
この二つのソフトはもう発売されて1年経つPowerDirector 8 Ultraや、やはり一年経過しようとしてEDIUS Neo 3にバージョンアップするものもある。
しかし、PowerDirector 8 Ultraは安いバージョンが売られているものの、EDIUS Neo 3(無償アップグレード有り)ともなると結構いい値段のソフトと言う事になる。


そんな値段の高いものに対してAdobe Premiere Elements 9というのは、正に激安としか言えない。
「Adobe Photoshop Elements 9 & Adobe Premiere Elements 9 日本語版 乗換・アップグレード版 Windows/Macintosh版」なら単純に計算して6,620円である。
その激安のAdobe Premiere Elements 9に対して余り使っている人が見られないというのは妙である。
それは、このソフトを立ち上げて見てみれば「なるほど」と思わせるものがある。
Adobe Photoshop Elements 9の方は、この説明不足(Ver8)、わかりにくさのために細かい文字で使い方を説明するということになった。
一方、Adobe Premiere Elements9ではそれは、一切ない。
見た目がかなりシンプルで、操作をする人を寄せ付けない。
YouTubeを見るとVer2の頃は、結構見た目で分かりやすい感じではある。
この多少分かりやすそうに見えるのがCYBERLINK PowerDirector 8 Ultraである。
ところが、その分かりやすそうな部分からその先へ行こうとすると立ち往生しそうなという感じがする。
このAdobe Premiere Elements9は使う方から「アクション」を起こさない限り、とりつく島もないという風体のソフト。
パソコン初心者では立ち上げるときから「嫌な心境」になるはずだ。しかも、初心者が持つ低性能のPCでは中々編集もおぼつかない。
しかし、多少動画編集ソフトを使ったことがあって素性を知ってしまえば、こんなことが出来るはずだと大凡想像出来るものである。
実は、より高価なカノープスEDIUS Neo 2 Boosterの方が、タイムラインしかない(PowerDirector 8 Ultraも同)ので初心者には取っつきにくい代物ではないかと思われる。
いずれにせよ、インターフェースがシンプルすぎて何も見えないために、カノープスEDIUS Neo 2 Boosterより難しそうというのがAdobe Premiere Elements9である。
しかもAdobe Premiere Elements9は、細かい設定をすると妙な事も出来てしまうくらい高度な部分もある。
しかし、そう言う妙な設定というのは実際使わないし、又いろいろ検討してみたもののプリセットの方が良かったりする。
だから、細かい中身に余り入り込まないというのが「Elements」というソフトである。
動画編集では何をするのかといえば、
動画のつぎはぎである。
要らないところを切り取り、その他の動画を接続する。
その違った動画と動画の間に「トランジション」という「ページ移動などにビジュアルな効果を与える機能」の追加。
バックグラウンドミュージックの追加とその音量コントロール。
その他表題、キャプション(アニメーション)、エンドロール。
DVD書き出しの場合の、「クリップマーカーとタイムラインマーカー」の設置。
時として、スローモーションや動画上に写真の挿入(ピクチャーインピクチャー)とモザイクなど。
動画そのももに対するエフェクト。
こんなものなのであろう。
一見難しそうだが、Adobe Premiere Elements9だとPCにもよるが朝飯前なのである。
‥‥とは言っても、変更した部分を何度も見直す必要があるから朝飯前が昼飯前になってしまう事もあり得るかも知れない。

それでこれから少しずつAdobe Premiere Elements9の動画編集に関して自己流で紹介してみたいと考えている。
当然YouTubeの動画で‥‥
なぜ自己流かというと、説明本の「お気に入りVIDEOをプロデュース Premiere Elements 8」というVer9は出でいないし、読んでもいないからである。
そして、こういうTutorial動画を作るというのも一つの勉強だから、その動画制作に付き合ってもらうということである。

それはそうと、今日水曜日は「サービスデー」なのでガソリンを入れに行った。そのついでにカーショップに寄ってスタッドレスタイヤを見てきた。
日本仕様のDUNLOPのDSXとDSX2。
この二つが並べてあって、表面のざらざらを見比べるというのがあった。
確かにDSX2はでこぼこしているが、常時降雪地域ではないからここまで必要ない。
北海道の札幌市街地様に、道がスタッドレスで擦られて「ツルツル」になっているのなら絶対あった方が良いとも思うが、この辺では??。
もう一台のクルマのものは3年前の「ガッリットG4」。
これは225/55/17という乗用車としては巨大サイズで、普通のカーショップでは常時おいていない。昨シーズンは、多少雪が降って雪道は少し走ったものの、オーバースペックだった。

Adobe Photoshop Elements 9 & Adobe Premiere Elements 9 日本語版 乗換・アップグレード版 Windows/Macintosh版 EDIUS Neo 2 Booster

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2010年11月 2日 (火)

冬の準備 日本製海外モデル激安スタッドレスを買ってみた外モデル激安スタッドレスを買ってみた

冬の準備 日本製海外モデル激安スタッドレスを買ってみた

あっという間に11月ということで早々と冬の準備を考える時期になった。冬の準備と言っても、新たな冬物の衣料品を買うというようなことは男だからあまり必要がない。
背広など10年前どころか、子供のお宮参りの時に着て写真に写ったものを着て旅行に行ったくらいである。しかも近年は世代の風潮に倣(なら)ってかこんな背広も着なくなった。しかし、是非とも必要なのが車の冬タイヤと言うものである。
冬タイヤのスタッドレスというのは、常時降雪地では1~2シーズンどころか1年で履き潰すという話もある。
ところが空っ風で雪も降らない地域だとそうも言っていられないものの、ほとんど使わなくとも製造年数で使えなくなる。
大方山間部の雪道でも正常に使えるのが大凡3シーズン。
4シーズン目になると「里雪(型)」でも少し滑る。
5シーズン目だとなんとか雪道を走れる程度。
6シーズン目でもノーマルタイヤと比べれば雲泥の差とはいうものの、雪が降ったら出かけられない。だから山間部に出かけるとなれば8分山でも交換と言うことになる。
ところが、種々調べてみると今使っている車のタイヤサイズ(195-60-15)のものが少ないのと、結構値段が高い。

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それで185-65-15という一段細いもので間に合わせていた。
路面が凍ったところで滑らなければよい程度のものなら、豪華仕様のものでも良いわけ。そんなこんなで見つけたら日本製ダンロップの海外モデルGRASPIC DS-3(195-60-15)があった。
DUNLOPの日本仕様を見てみると、DSXとDSX2。

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GRASPIC DS-3は「グラスファイバーゴム仕様」であるという程度でどういうレベルなのかよく分からないところであるものの、値段の安さから何でも良いか!!!である。
価格は1本送料税込み6,680円。4本で26,720円。
DSXだと安くとも40,000円(税、送料込)程度するから、大分節約である。
後は、タイヤの入れ替えをしてくると頼んでおいた修理工場に持ち込むだけ。
交換料金は、4本で7,560円(廃棄料・含)プラスアルファで約10,000円といったところ。
交換が高いのは、カーショップで買ったのではないからなのだが、締めて36,720円程度を予定している。

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それで届いたのは、こういう簡単な「タイヤの梱包バンド」のもの。


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タイヤが変形するので到着したら直ぐに切っておいたが、製造年は2010年製だった。

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こういう安いものというのは、古い在庫のこともあるからこの点だけは注意が必要なのである。


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神の差配を感じる秋の夜長の不始末

神の差配を感じる秋の夜長の不始末

今年の秋は何か良い天気が続いたと言う印象がない。学生だった頃9月の末の「ほれぼれするような」良い天気の時は試験シーズンだった。
そして、試験が終わっての秋休み1週間。なんとここから連日の雨。
そんな雨模様が終わって、又秋晴れが戻ってくるのが10月の後半だった。
それが今年は9月は夏の余韻を残して熱かったし、10月中旬も同じく蒸し暑い日も続いた。それで後半は季節外れの台風だったりしての大雨。
思い起こせば10年ほど前、10月下旬に季節外れの雨台風が来たことがあった。
この時は、なんと子どもの誕生日祝いを兼ねて旅行に行っていた。
そして、今年は一転して真冬がやってきたりして大慌てで冬物を取りに行ったりする。
そうして、この10月末にいろいろと妙な事を感じた。
その一つは、10月30日(土)の「ぷららオフ会」に気まぐれで申し込んでおいたもの。これは、早々と抽選で「はずれ」という通知が来て行く事はなかったものの、「何かあるのか」と妙な勘ぐりが効いていた。
実際30日になってみれば、朝から土砂降りの雨、台風接近で東海地方のみならず横浜ぐらいでも列車は止まる。これだったらもし「当たっていても」とても行く気にはなれない。しかも、東京湾クルーズなのである。
台風の中の東京湾クルーズというのは本当に大丈夫なの‥‥である。
ぷららのWebサイトには、
「重要なお知らせ
2010年ぷららオフ会(東京会場)は、予定通り10月30日(土)に実施いたします。
会場でありますシンフォニー様にも、予定通り出港することを確認しております。
2010年10月29日9時52分 ぷらら公式オフ会事務局」
実際どういう案配(あんばい)になったのかは、未だに「2010年ぷららオフ会」のことが書かれているブログも見つからず全く不明。
こんな風に参加していない「方」が「2010年ぷららオフ会」の話を書くなど、「ぷららオフ会」というのは、ブログとして発信する人達が少ない人達の集まりの様な気がしてならない。
結果としては、来年の展覧会の作品の仕上げが間に合わず30日までずれ込んだ。
それで「はずれ」で幸運だったと言うものだが、妙な事もあるのである。

そのもう一つの「実は」、「妙な事」というのは幼なじみの「葬儀」に気がつかず出席しなかったことである。
近年、良く見知った「友人」の葬儀には、「押しかけで」弔辞を読むことにしている。
しかし、ピーちゃんと通称呼ばれていた「P」の葬儀はその翌日知ることになった。
言われて、旅行に行っていた時の地方新聞の慶弔欄、といっても慶はない部分を探しても見つからない。見つけたのは全国紙のお悔やみ欄。
葬儀の内容を聞くも、逆にPちゃんがよく今まで生きてこられたという別の感慨が起きたりして妙なものだった。
そうとは言っても昔のことが、ありきたりの言葉で言うと「走馬燈」の様に思い浮かぶ。‥‥とは言いながら、小中学の頃は単純に「ジャイアン」だったPちゃんの良い印象は残っていない。
その上年を経るにつれ、ジャイアンそのままの脳みそに「出来すぎ君」を移植したような秀才だったから実に始末が悪かった。
社会人になってからPちゃんの会ったのは2回。
京大の理学部を卒業して直ぐに国立大の医学部に入り直し、医者になった頃だったろうか。学生時代より多少スマートに思えたのだが、2回目の10年近く後に逢った時は又もとの大デブに戻っていた。
そればかりか、何やら身体的に「危ない」という雰囲気を身体全体から放出していて、見るに堪えない思いがあった。
その後直ぐに倒れたと言う話を今回聞くと、さもありなんなのであった。
そのPちゃんの通夜、どころか葬儀にも参列しなかったのは前出の通り。
こう言うのも何かの巡り合わせなのだろうというのは、ここまで生きているといつも感じることなのである。
人の行動というものは、意図しなくともそう出来ないこともある。又、逆にやりたくないことの「お鉢」が廻ってくることもある。
こんなところに何やら「神の差配」という迷信めいたものを感じることもある。
「神の声は小さい」だから心して聞けと言うのがある。
しかし、誰でも「神の声」が聞けるわけではないし、単に聞こえてくるものではない。
いずれにせよいろいろと妙なことがあるものである。

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2010年11月 1日 (月)

書道芸術院前衛書展 大作作家 紹介

書道芸術院前衛書展 大作作家 紹介

10月5日~10日まで開かれた(財)書道芸術院後援の書道芸術院前衛書展。
このうちの大作出品者、冒頭2先生の作品と作者の紹介。

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反日中国を中国の国内事情と欺す、ヴェネツィア崩壊と同列の言論の欺瞞

反日中国を中国の国内事情と欺す、ヴェネツィア崩壊と同列の言論の欺瞞

「日本経済新聞社とテレビ東京が10月29~31日に実施した世論調査で、菅内閣の支持率は40%」という報道がなされた。これは9月の代表選挙後「菅内閣では最も高い71%の支持率だった。1カ月あまりで31ポイント下落するのは過去最大だ。」とある。この外交問題に当たっての中国とのゴタゴタ「屈辱の『9・24』」と叫ばれている現実を見るとまだ40%も支持率があるのかと不思議なものである。
菅内閣の仕事ぶりを『評価しない』と回答したのは52%で『評価する』の32%を大きく上回った。理由で最も多いのが『外交・安全保障への取り組み』の28%」と未だに国民の認識が甘いのか不思議なところがある。
なぜなら、今回の中国への対応に関して「評価する」と言う話など聞いたことがない。あるブログでは周囲で聞いて見ると9割は「評価しない」だったという。
ネット世代のうちの方でも似たようなものだったから世代によって違うのだろう。
この世論調査によれば「世代別にみると、30歳代と50歳代の4割以上が中国との距離を置くよう求めている。」と書かれている。やはり60歳台以上の人など新聞やTVニュースしか読まない人などに情報格差があるようである。
なぜなら、NHKを中心とする親中国のTV、ラジオ、新聞はことさら中国擁護に傾いて、中々事実を報道しようとしていない。
それでも中国の「反日デモ」は報道せざる終えないから、この反日デモの理由をつけて日本国民を欺く作業に取りかかっているようである。
日本の左派人士や左派言論がどういう「中国擁護」の動きをしているのかというのは、不思議にもラジオで「エッセンス」として報道されるから実は分かり易い。
10月後半、東京の「親中国・反日放送局として名高い」文化放送。
中国に尻尾を振る人物なら「みそくそ」を厭(いと)わないから「小沢擁護」に邁進していたところ、「反日デモ」を何とかしなくてはならなくなった。
そこで野村邦丸アナウンサーに「中国の国内事情による」と必要もないのに言わせている。そこで「反日デモ」、「首脳会談拒否」、「日本に対する強硬措置」について書かれている社説を見てみてると「中国の国内事情」という言葉がヒットする。
○朝日新聞社説「日中外交―泥沼には入らなかったが」(2010/10/31)「中国内では反日デモが続いており、一部では共産党や政府への抗議も唱えられている。そんなおり、指導部は日本に弱腰と見られるのは避けたいし、党内にも根強い反日の空気に配慮しなければならないのだろう」
○読売新聞社説「日中首脳会談『中国異質論』強めた10分懇談」(10月31日付・読売社説)「首脳外交を取りやめるにしてはあまりにもお粗末な理由と言わざるを得ない。中国国内の対日強硬派の反発を恐れて、理由にならない理由を並べて会談を避けた、とみられても仕方あるまい。」
○日本経済新聞社説「日中関係の難しさ示した会談拒否」2010/10/30「これに対し日本政府高官は、中国側が会談を拒んだのは『中国の国内事情』による、との見方を示した。経緯を振り返ると、日本側の見方の方に説得力がある。」
「中国の内陸部では反日デモが頻発するが、背景には経済格差の拡大など社会矛盾への不満がある。政府が日本に対し弱腰と受け取られれば、反日に名を借りた政権批判が燎原(りょうげん)の火のように燃え広がりかねない。現政権を揺さぶろうとする勢力に付けいるスキを与えかねない、との懸念もあったろう。」
「中国が難しい国内事情を抱えているからこそ、日本は冷静な対応が必要だろう。原則では譲歩すべきではないが、感情的な対立を増幅させるような言動は慎むべきだ。」

○毎日社説「首脳会談拒否 中国は対話再開へ動け」2010/10/31「背景には対日政策をめぐる中国指導部内の対立があるようだ。5月の日中首脳会談で条約交渉開始を認めた温首相は苦しい立場にあるともいわれる。
 しかし、そうした事情があるにしても、今回の衝突事件はそもそも中国漁船によって引き起こされたものである。『日本側が首脳会談の雰囲気を壊した。責任は日本側が完全に負うべきだ』と言うのは全く筋が通らない。」

この中で、日経新聞が突出して「中国の国内事情」を強調する。その上、「感情的な対立を増幅させるような言動は慎むべきだ。」と領土問題や政治問題を感情論に転化している。日経新聞は、元々日本企業の中国進出を煽ったところ「事なかれ主義」に徹してそんなものだろうというところだ。
○朝日新聞は「党内にも根強い反日の空気に配慮しなければならないのだろう」と実は、領土問題と正論を唱える国民に対して、反日デモに対する「配慮」を要請し問題をそらしている。その上「『前原はずし』を望む声も聞かれる。」である。
○読売新聞も一旦中国となると腰が引けるようで最後に本音を漏らしている。
「日本は、いつでも対話に応じる姿勢を維持し、冷静に対処することが肝要だろう。」これは、日本に対して言う言葉ではないのは明らかである。
○毎日新聞はより踏み込んで
「日本側にも注文したい。民主党内で『首脳会談を日本側からお願いする必要はない』との声が出ている。しかし、感情的な発言は抑制すべきだ。自ら対話の窓を閉ざすような言動は日本にとって不利になることを認識すべきである。」

ここで日本に対してというより、国民に対して「対話」「冷静な対応」「感情的な発言は抑制」を言う。
人間怒るべきときと冷静になるべきときというのは自ずからある。
日本の新聞人というのはここ領土問題という国の根幹に関わる時に、「冷静な対応」という消極論というより、いつもの「事なかれ主義」に堕するというのは解せないものがある。

そして、「中国の国内事情」というものを許せ、許されると言うのなら、日本にも国内事情というものがある。
その理論で言うなら日本での「日本の国内事情」も100%許されるはずではないか。
ところが、菅、仙谷政権は「中国漁船との衝突ビデオ」さえ国民に公開出来ない。

とどのつまり「中国の国内事情」と中国を弁護するというのは、単に国民から中国の脅威を薄めるという偽善行為に過ぎない。
それは、あたかもヴェネツィア共和国の崩壊直前、フランスの文筆、図書を禁止した言論統制によく似ている。
結局、フランスのナポレオンが迫るときヴェネツィア共和国の国民は、フランスの実情も内情も知らぬまま臆病者、卑怯者のドージェ(元首)ら貴族の自己保身の犠牲にされたのである。

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