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2010年12月14日 (火)

がっかりする・塚本版「光武帝」上、中、下

がっかりする・塚本版「光武帝」上、中、下

読売新聞朝刊に「草原の風」と言う題で光武帝・劉秀の物語が宮城谷昌光氏の作で連載されている。これを毎日楽しんで読んでいるというもの新聞小説だから中々進まない。
それでいっそのことと塚本靑史の「光武帝」を読んでみた。
ところが、冒頭から劉秀が出で来ない。代わりに出で来るのが「遅昭平」(女性)と「力士都」(若者)という架空の人物。
古代中国の人名で三字名というのがあったかどうか忘れたが、珍しい方ではないだろうか。
結局物語は、ポイントポイントでこの二人「遅昭平」という曲馬団の擲箭(てきせん)の名手と赤眉の頭目になった「力士都」のたわいもない物語になる。
後半では、この赤眉の頭目は漢の偏将軍となって戦局を左右する連弩部隊の指揮官となる。ところが、こういう一人で操作出来る連弩を扱う部隊というのがこの頃で出来たのか?昔十八史略を読んだときの記憶にはない。
戦闘描写としては、火縄銃の相手に近代的な重機関銃を向けるような光景である。
弩という弓の強力な様な飛び道具というのは、中国戦国時代に斉の国、孟嘗君(田文)の食客だった孫臏が弱兵だった斉軍の武力補強の為に使った。
携帯出来る連弩というのは、ウィキペディアを見たら後年の三国の時代、蜀の諸葛亮孔明によるものとあった。諸葛亮孔明は名目上種々の器機を発明していると三国志には出ていた。
‥‥と言うことで、この塚本版「光武帝」というのは歴史考証無視の小説である。
そう思って見れみれば、中国人の商人がいつ頃かの日本のへなちょこ商人ににているし、言葉使いも「劉元様」、「劉秀様」とか「李軼か‥」とかフルネームで一々呼ぶなど現代の常識から考えてもおかしな物言いである。
普通は、官職を用いて呼ぶのが今でも当たり前だろう。
こういう呼び方の変なのは、NHK版「坂の上の雲」でも散逸されるところで、小説そのものの価値というものを著しく下げている。
そう言う宜い加減な小説だから最後の方で、真定王を策略に掛けて抹殺するのだが、そのトラップに瓶に入れた油という記述がある。
江戸時代でも高価だった油は、キリストと同世代の頃だとどんなものだったのか余りに想像出来ない。
そして、物語は好き合っている遅昭平と力士都が邯鄲陥落と共に姿を消し、光武帝の全国平定を待たずに物語は終わってしまう。
実際は、漢の皇帝に即位してから有力な反漢軍と戦い、有力武将を失うと共に中国の人口が激減するほどの殺戮が繰り返される。
そう言うところがない単なる光武帝を背景にした、三文恋愛小説にもならない中途半端なものという歴史小説は、読むに価しないかもしれない。

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