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2011年1月

2011年1月29日 (土)

エルヴィス・プレスリー映画・「闇に響く声」清楚なドロレス・ハート他

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「闇に響く声」という映画はエルヴィス・プレスリー全盛ときに作られた映画である。そして、プレスリー映画不評の中で評価が高いものとして知られている。
プレスリー映画というと、ストリーと関係ない場面で歌が出てきてしまうので映画にならないのだが、本作は元々歌手の映画なのでそういう違和感がない。

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それで原題にもなっている「キング・クレオール(King Creole)」と言うナイトクラブでプレスリーが歌う。そのために不自然さが見られないというのが最大評価の一つでもある。
DVDを見ると、リマスターされたようで非常に画質が良く‥‥と言ってもモノクロだが、5.1chにもなっている。
映画の内容は、Web版のストーリーを見て貰えばそんなところ。
そして、映画の中でやはり「一輪の花」として光るのがダニー・フィシャー(エルヴィス・プレスリー)の恋人役ネリーで演じるドロレス・ハートである。

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元々プレスリー映画の相手役として映画に登場しているから綺麗なのは当たり前だが、この20歳前後のドロレス・ハートは格別に美しく、清楚、真面目を絵に描いたようである。
しかも結婚願望が強くて、直ぐにでも教会に連れて行こうとするあたり、何かにのめり込むの直情性は「地」だろう。
但し、女性としての助演はロニー役のキャロリン・ジョーンズである。
その他、この映画ではダニーが万引きをする雑貨屋にいる客やナイトクラブの客、ちょい役のダンサー等みんな美人揃いである。


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昔の映画というのは、結構現実離れして面白いものである。
それとチンピラのシャーク役にヴィック・モローが出ていることである。
ヴィック・モローと言えばTV映画「コンバット」が有名で、不死身だったのだが確か映画撮影中の事故で亡くなった。
調べてみたら「1982年『トワイライトゾーン/超次元の体験』」だったが、TVでその事故シーンが放映されたのを見たことがある。(『ザ・ショックス 〜世界の目撃者〜』(日本テレビ製作)など)

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この映画の背景では、エルヴィス扮するダニーの家は父親が大成功して裕福な生活を送っていたが、事業に失敗して破産したと言う設定である。
だからダニーは「お坊ちゃま」の筈なのだが、どう見てもその様には見えない。映画の役柄としては、チンピラ一歩手前の落第生である。
それはエルヴィスが本物の俳優でもないし、俳優をやるための「役作り」をしているわけでもない上に実年齢22-3歳では無理というものだろう。

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こういう無理な配役というのには、近年歌手・福山雅治が「龍馬伝」で坂本龍馬役をやっと言うことにつきる。最近少なくなったが1月の雑誌の広告には福山・龍馬がしかめっ面をして睨(にら)んでいる写真があった。
別に、福山雅治が嫌いというわけではなくて、そんな龍馬はいないだろう思われるのである。そして、あんな顔をした坂本龍馬だったら誰も信用し無かったに違いないと思われてならないのである。
実際、坂本龍馬を演じられる役者はそう多くないかもしれないが、福山雅治くらいの年齢で役作りが出来る役者なら可能だったろうと思う。
役者で良く言われることは、30歳代半ば以降になると良い役が回ってくるという。
その理由というのは、20歳代では生まれ育ちという「生まれながら」の背景が抜けないからなのではないかと思う。
1960年代の加山雄三の「若大将シリーズ」。
これは元々加山雄三の生い立ちを物語に織り込んだ映画だったが、この「若大将」には加山雄三以外誰がやっても上手く行かなかった。

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そして青大将を演じた田中邦衛は、映画を見ているときはお金持ちのボンボンには見えなかった。
しかし、その後の人生経験から戦後急成長した成り上がりの会社の息子というのには、あんな風な人物も珍しくなかったから田中邦衛の演技力の凄さというものを後で知った。
この若大将シリーズで面白いのが「澄子」役の星由里子。
映画では抜群の存在感を示すのだが役所(やくどころ)は、社会人で「スーパーの店員や宝飾店、化粧品店の店員など」。年齢的(18歳~)には不足はない筈なのに、若大将を取り巻く女子大生役にはなったことがない。
実生活では、その女子大生役(エレキの若大将1965年)の女優(松本めぐみ)さんが加山雄三の夫人。
この星由里子は「1958年宝塚シンデレラに優勝」で女優になった人なのだが、生まれは東京の典型的な下町育ち。従兄弟がこの星由里子の小学校の同期でその生家をよく知っていた。端的に言えば八百屋の娘で、下町育ち、お嬢様の女子大生には向かなかったというわけだ。
そして、この頃は女性が大学や女子大に進学するというのは、極めて希で通常は高卒で必ず裁縫学校へ行った。
裁縫学校へ通うのは、今の既製服がなかったからである。
だから洋服を着るには自分で作るか、そうでなければ高いお金を出してオーダーするしかなかったと言う理由である。
昔の「主婦の友」とかを見れば婦人服の型紙や作り方があった。街の婦人服店は既製服を売っているのではなく、布地やボタンなどが売っていたのである。
少なくとも1960年代半ばまでの女性の写真が洋服ではなく、和服だったというのはそう言う理由によるものであった。
だから、洋服の女性はそれなりのお金持ちか、婦人服を自分で作れる器用な女性と言うことである。
加山雄三の「若大将シリーズ」‥‥‥の後に、いろいろな俳優が演じようとしたが上手く行かずシリーズはなくなった。それに続く「シリーズ」として、三浦友和と吉沢京子のコンビで売り出そうとしたが上手く行かなかった。
だから三浦友和は夫人の山口百恵との共演で有名だが、元々は年齢的にも近い吉沢京子の筈だったのである。
三浦友和は今では、何でも出来る俳優として多くの賞を取るほど評価が高いが、二十代では自分の分を超えて(自分にないもの)の演技は出来ないと言うのは自然だったろう。

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2011年1月27日 (木)

映像で見る往年の美人女優ダナ・ウィンター「あの日あのとき」

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前のエントリーの「ビスマルク号を撃沈せよ1960でダナ・ウィンターという1950年代の美人女優が助演という形で出演していた。
このときのダナ・ウィンターは、おおよそ29歳。
映画でもそんな年齢という感じで等身大の婦人部隊士官を演じている。

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このダナ・ウィンターと言う女優さんが主演しているという作品は少なく、「あの日あのとき」1955というノルマンディー上陸作戦を背景にした映画ぐらいしかない。
実は、この原題は「D-Day the Sixth of June(米)」なのだが、事実上戦争映画ではない恋愛もので、筋が単純すぎて「B級映画」として見られる代物である。

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だから、映画としてはつまらないものなのだが、24歳ころのダナ・ウィンターの輝くばかりの美しさには目を見張るところがある。
グリース・ケリーの引退作「上流社会」が、既にモナコ王妃になることが決まっていいたために、主演と言いながらどうと言うこともないB級映画になった様なものである。

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この「あの日あのとき」でも、同年齢の女性を演じているのだが、ダナ・ウィンターという女優さんはミリタリールックが実によく似合う。
物語では米国の赤十字に勤めるということのようだが、軍属の制服らしいものを来ている。
英国軍の階級章や軍服というのはなかなかよく分からないものがある。アイクの専属運転手(女性・ケイ・サマーズビー)は、英国のボランティア。

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「ハノーバー・ストリート」(主演ハリソン・フォード/レスリー・アン・ダウン)などに出で来る軍看護婦は又違う紺の制服だったりしてする。
ここで、ダナ・ウィンターの制服の記章を見ると銅色だから軍人ではない。それにしても紛らわしいものである。

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「バブル経済崩壊」の策動は日本版文化大革命だった

「バブル経済崩壊」の策動は日本版文化大革命だった

【from Editor】「情」が「理」をしのぐとき
産経新聞で時々掲載される【from Editor】という編集長の言葉。

今回は、「春闘では、給与総額の1%増を求める連合と、景気の先行き不透明感から、これに難色を示す日本経団連が対立している。」と書かれている。
しかし、所詮労働貴族という国民のほんの一部の人達での話し。大多数の国民にはあずかり知らぬと言うものだろう。
その上、近々ほとんどゼロ金利なのに消費税増税がされて、市中の金が国に吸い上げられデフレ進行と言う事になれば、労働貴族達には早期リストラということしか待ち受けていない。
それで、編集者はバブル崩壊の蹉跌を二度と起こしてはならないと述べる。
その上、「そして当時は私自身、バブル潰しを最優先にすべきだと感じていたことは言っておかねばならない。」と述べている。
ところがそのバブル経済の内容を正確に掌握していないどころか、出鱈目なのにはまたもや驚愕である。
この「バブル潰し」政策が、戦後の日本経済における大失敗であったというのはもはや歴史になってしまっている。そして、その日本のような失敗を犯さないように米国でも、中国でもソフトランディングを目差している現実問題である。
そのバブル潰しによる経済不況を警告したのは、竹村健一氏のみであったというのは何度も書くことだ。
そして、バブルが潰れて景気循環の輪が切れても「景気循環論」を主張して、不動産融資規制を強めていったのがその後である。
今から考えれば、日本の経済学者ものものが日本経済どころか「経済の原則」すら理解していなかったことが露呈した事実だった。
しかも、「バブル潰し」を「快(こころよ)し」と喜んだのは、バブル経済によって恩恵を受けなかった官僚、東大を中心とする御用学者、左派マスコミである。
ここで編集者はバブル経済についてこう述べている。
約20年前のバブル時代、土地や株式などの価格が高騰した。大都市圏の庶民は持ち家をあきらめ、家賃の2~3割アップをいきなり通告する家主は珍しくなかった。相続税が払えずに都心を離れる人も続出した。それでも金融機関の不動産取引融資は止まらず、それに後押しされた業者は土地を買い続けた。」

こういう一方的な言いぐさというのはどういうものか。
「土地や株式などの価格が高騰した。」というのは結果であって原因ではない。
「大都市圏の庶民は持ち家をあきらめ」というのは、今でもそうである。
家賃の2~3割アップをいきなり通告する家主は珍しくなかった」と言っても、借地借家法に守られているから、通告されても払う必要はない。むしろ新規の賃貸物件は高騰した。
「相続税が払えずに都心を離れる人も続出した。」これは全くの嘘。
相続税の評価額(路線価)が最大になったのは、バブル崩壊後の平成4年であって最高税率65%。平成6年から控除額が増えたから、平成4-5年が一番高い。
むしろバブルの時なら、少しの土地を売ることによって簡単に相続税が払えた。そして、相続破産が増えたのはバブル崩壊後である。
ちなみに、前橋市の市役所周辺の住宅の路線価から算出される平成5年時の相続税の坪単価は、坪約165万円。その土地がその後実際に売れた平成8年の価額が何と坪50万円以下。
これなら相続破産はいくらでも起こりうるというものである。

それでも金融機関の不動産取引融資は止まらず、それに後押しされた業者は土地を買い続けた。」土地の評価が高まり、収益が上がれば貸し出しは増えるのが経済の原則である。それを「悪」と言うのなら自由主義経済は成り立たない。
そして、日本の土地税制によってほとんどの利益が税金によって毟(むし)り取られるとするならば、買い換えによって税の繰り延べをするのが有利だった。
要するに、当時香港のように譲渡税が5%であれば価格高騰はしなかったはずである。
米国経済の指標にない不動産という日本国民が一番持っている資産を、共産主義思想から不動産の所有者は「悪」と見なして課税強化して攻撃した。
バブル崩壊、ハードランディングというのは、共産主義思想による「土地所有者=貴族」という思想の元に国民への攻撃だった。(マルクス経済学の時代、貴族とは土地所有者であった。)
日本における「文化大革命」と言うのが「バブル経済の崩壊」である。
国民の70%が不動産を資産を持つ故、不動産価値が下がれば国民の資産が減り不況になると言うのは当たり前のことである。
しかも、ゼロ金利政策によって金融資産からも利益がでないようにすると言うのは、国民を貧乏にして二度と経済大国として立ち上がれないようにする陰謀としか思えない。
編集者は
企業が好業績を維持する一方で、雇用や賃金を抑制する状況が続けば、再び『情』が『理』をしのぐときが来るかもしれない。冷静な議論とは『理』のみを訴え、『情』を無視することではない。そこを見誤ると、誰の利益にもならない。」
とたわけたことを言っている。
「バブル崩壊」は、「情」即ち感情ではない。
共産主義的な階級闘争という「理」が、米国経済しか知らない「鸚鵡」経済学者を欺して、経済の原則という「理」を押しつぶしたのである。

そして、今同じ状況が経済再生を無視した状況下で消費税増税が議論され、低金利政策によるデフレ不況という有様を無視し続けるという惨状が生じている。
共産主義思想による日本崩壊というのは、社会主義政策というの名の下に益々その強度を増して行くと言うのが現在の危機なのである。

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2011年1月25日 (火)

毎日新聞「風知草」山田孝男専門編集委員の詭弁を笑う

毎日新聞「風知草」山田孝男専門編集委員の詭弁を笑う

毎週月曜日掲載という「風知草」、2011/01/24の題は「『問責』が壊すもの」である。この文章の言わんとしていることは、参議院の「問責決議案」を批判しているものの民主党が野党だったときの「問責決議案」にはではなく、予想される与謝野馨・経済財政担当相に対する「問責決議案」である。
「問責乱発の現状は議会政治の履き違えだ。国会というしくみの根本に立ち返り、健全な常識を取り戻さなければならない。」
‥‥と冒頭に述べている。
そうであるなら、今の菅内閣が「健全な常識」を持っているのかと問わなくてはならない。なぜなら、「国会というしくみの根本」以前の問題、即ち国民主権や民主主義、言論の自由、国土防衛など諸々の問題が露呈した菅政権。
本来なら解散総選挙をしても良さそうな低支持率の政権というのは、民主主義の根幹である国民からの信頼を欠如している。
そして、そう言う国民感情を考慮して「問責決議案」という事柄が出で来るのであって、単に政局のために問責決議案を連発するわけではないと言うことである。
それは当然野党時代の民主党でさえそうであって、不当な問責決議案を連発すれば国民支持を失って、次回選挙には負ける。
だから問責決議案というのは、「国会というしくみの根本」の一つと言えるかも知れない。それで、リベラルで名誉欲旺盛の北岡伸一東大教授にお伺いを立ているのだが、お伺いを立てるほどのことはない。
なぜなら日本の参議院の仕組みを変えるのなら、憲法を変えなければならないのだから山田編集委員の言いぐさはご都合主義である。
それで、元々の与謝野馨・経済財政担当相に対する「問責決議案」に収斂(しゅうれん)して行くのだが、そこでまた妙な事を書く。
「与謝野は民主党を批判してきた。その議席は自民党の比例代表で得たものだ。変節、背信という批判には理由があるけれども、国政のあらゆる課題に優先し、国会を挙げて糾弾すべき背徳とまでは思わない。」
与謝野馨氏と言うのは、選挙で海江田万里経済産業大臣に選挙で負け、自民党の比例復活で衆議院議員になった人物である。それを「その議席は自民党の比例代表で得たものだ。」と簡単に片付けて良いものかなのである。
それこそ「国会というしくみの根本」、「議会政治」の基本から見れば、自民党が言っているとおり議員を一旦辞職して、再度選挙で当選すべき事柄だろう。
そしてどうしても菅政権は、経済財政担当相にしたければ議員辞職した民間人の資格ですればよいことなのである。
だから問責決議案の対象になるのであって、「国政のあらゆる課題に優先し、国会を挙げて糾弾すべき背徳とまでは思わない。」というのは民主主義の基本を踏まえない詭弁というものだ。
本来、そう言う禁じ手を使った民主党政権というものを糾弾すべきなのではないだろうか。そして、内閣改造に絡んで北岡教授に近い人達は、仙谷元官房長官らに対する問責決議案を内心不当と見ている発言もある。
よって、この「風知草」の意見というのは、単なる民主党への応援と言うことに過ぎない。

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2011年1月24日 (月)

「ビスマルク号を撃沈せよ」DVD版を見る・紅一点ダナ・ウィンター

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映画「ビスマルク号を撃沈せよ」DVD版を見た。 1960年制作のモノクロ映画だが実は3回目である。その内の二回は昔のTVであって、今16-9サイズで見ると又違った印象になる。
この映画というのはついつい引き込まれるのだが、モノクロだから実写フイルムを各所に入れて本物の様に見せている。

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Web検索してみると実際の戦艦ビスマルク (Bismarck)の戦闘と映画とは細かい部分で違うところがあるようだ。しかし、人物描写では異論があるようなものの、大筋ではそんなようなものなのではないかと思う。
時は、1941年5月で日本の真珠湾攻撃の半年以上前の話である。当時の日本海軍はマハンの思想に影響されたのか艦隊決戦論であった。

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通商破壊戦は貨物船改造の仮装巡洋艦2隻を持って、インド洋で展開されたものの例外中の例外というものである。
この当時のヨーロッパ戦線というのは、海軍力に関して英国が圧倒的に強くドイツは組織的な機動部隊を作ることもなかった。そして、マハンの思想の影響もなかったから通商破壊戦である。
よって、この戦艦ビスマルクの艦隊海戦自体珍しいものであったはずで、大艦巨砲主義の最後の決戦というものかも知れない。

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そして、1941年の時点に於いて海軍力、海軍航空力というものは当時の日本軍が最強だったと思わせるものがある。
映画の内容や戦艦ビスマルクに関してはウィキペディアを参照してほしい。又、当時英国で最強の軍艦の一つとして上げられ、この戦艦ビスマルク追跡戦にも参加した戦艦プリンス・オブ・ウェールズ。
1941年12月10日マレー沖海戦において、日本海軍の航空部隊(一式陸攻、九六式陸攻)に撃沈され、大艦巨砲主義が終焉した。

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この映画は、見始めるとなぜか目が離せないうちに見入ってしまうのであるが、昔の映画の特徴で相手側をわざと悪そうに描くという欠点は残っている。
今ではそう言う視点で描かないから多少違和感があるが、それは時代というものだろう。

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この映画に登場する紅一点の女優さんというのは、ダナ・ウィンター(Dana Wynter)という非常に綺麗な女優さんで、英国海軍婦人部隊士官(大尉)アン・ディヴィス役をキリリと演じている。
久々、二次大戦を背景にした映画を見たが、英国海軍の階級章というのは変わっている。それは正規の現役兵科将校は変わらないものの、婦人部隊などの実戦部隊でない階級章は銀線に◇リボン。予備役や元商船からの将校は波線と言う具合である。

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日本海軍では、予備役将校に軍艦の艦長などはさせなかった。
日本との戦争前夜を描いた米国小説「戦争の嵐」(全3巻)を読むと、予備役でも開戦時に現役任務に就いていると「現役」と同じ扱いになるという。

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小型艦艇(魚雷艇)では、予備役の将校が艇長、艦長だからいろいろと国の違いがあるというものである。


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2011年1月21日 (金)

心に残る・往年の美人女優ドロレス・ハート・グレース・ケリー

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近年昔の名画のDVDをだいぶ手に入れた。
さしあたって、グレース・ケリーの「喝采」、「泥棒成金」あたりを買って見た。
1956年の引退作に当たる「上流社会」というビング・クロスビーとフランク・シナトラが出る作品は、以前格安のDVDを買って置いたから3作である。
グレース・ケリーの出演作品というのは、1951年からの6年間(1956)の11作しかない。この作品のうちのいくつかは、その昔のTV(日曜映画劇場)でグレース・ケリー特集で放映した。特に解説者の淀川長治氏がグレース・ケリーが好きだった様なのだが、「上流社会」は放映しなかった。
淀川長治氏は、「上流社会」のグレース・ケリーは余り好きでなかった様だし、実際の映画を見ると今で言えば藤原紀香みたいで、何やら取っつきにくい感じがする。
主役のはずなのだが、全然主役でないというのが「上流社会」。
それで、「喝采」、「泥棒成金」のグレース・ケリーを見てみると、こんな顔をしていたかのかと昔の小さいテレビで見た印象とは結構違う。
いろいろな発見があるものである。
このグレース・ケリーというのは、調べてみたらオードリー・ヘップバーンと同じ年だった。

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そんな関係から、種々の映画を探している内に映画「ボーイハント」(Where the Boys Are)がDVD化されていないのかと思って探し見たものの見つからなかった。
この「ボーイハント」の主演が、ドロレス・ハートという女優。
このドロレス・ハートを調べてみたらエルビスプレスリーの相手役として映画デビューしたという。
それなら、可愛い美人女優さんは当たり前というもので、映画の中の一輪挿しというものである。

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作品は、こんなもの
1957「さまよう青春」エルヴィス・プレスリー主演・歌手のスーザン・ジェサップ役
1957「野生の息吹き」端役・娘のアンジー役
1958「闇に響く声」エルヴィス・プレスリー主演・安酒場のウェイトレス役ネリー
1959「Lonelyhearts」(日本非公開)
1960「掠奪者」端役・娘のエリー役
以下主役級
1960「ボーイハント」主演・メリット・アンドリュース役
1961「剣と十字架」助演・貴族令嬢クレア姫(聖クララ)役
1962「Sail a Crooked Ship」(日本非公開)
1962「脱走」主演。アウシュビッツナチの捕虜収容所にいたユダヤ人のリーサ・ヘルド役
1963「翼のリズム」主演(共演)・スチュアーデス駈け出しのドナ役
 

このうち見ているのは、「ボーイハント」と「剣と十字架」。

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共にTVの映画劇場で見たものだが、昔はモノクロTVだったから「ボーイハント」がカラーだとは思わなかった。
その後「ボーイハント」は何回か放映されたと思う。ところが、映画を見る前に散々耳に付いていたのがコニー・フランシスの歌でボーイハントの主題歌(デビュー)なのである。
この大ヒットした歌が映画の主題歌とは知らなかったのである。
だから、当時のNHKラジオからこの コニー・フランシスの歌が何回も聞かれたものだった。
それで映画の方を見たら、ドロレス・ハートが良い役柄をしていたのである。
但し、ドロレス・ハートが演ずるキリリとして聡明な女子大生メリットが活躍し始めるのは中盤から。
ジョージ・ハミルトン分するライダー・スミスという、アイビーリーグの大金持ちの大学生にナンパされる。「砂に書く?印でナンパとは‥‥‥」
ライダーの持っているヨットの中でIQを聞くというシーンがあって、メリットはIQ135?だったか、そしてライダーは138?
この数値は何を意味するのかというと、大学時代になって職業指導という授業で知ることになった。それはIQ130以上というのが大学院修士・博士課程レベルなのだとか。
IQが本当に確かなのかどうかは分からないが、1960年代にはIQブームがあった反映だろう。
そして「剣と十字架」(Francis of Assisi)。‥‥聖フランシスの話。
多分ドロレス・ハートの代表作というのが、この2作を含めたいくつかになるのではないかと思う。
考えてみたら、引退作の「翼のリズム」も見たかもしれない。
喜劇の様なB級映画で、余りドロレス・ハートの印象はなかった気がする。

 

いずれにせよこの「剣と十字架」だけは、DVDで見つかった。
しかし、改めてDVDで見るとドロレス・ハートというのは、こんなタヌキ顔だったとは思わなかった。グレース・ケリーも昔のTVで見た印象とは違うから、昔のTVだと全体が多少細くなっていたのかも知れない。
このドロレス・ハート、「剣と十字架」の解説の淀川長治氏が映画と同じように修道院に入ったと述べていた。
そして今調べてみると、年老いた写真も出て来るものの「Reverend Mother 女子修道院長
」という肩書きと言うから驚いたものだ。
ついでに同世代の女優さんを見てみると、ナタリー・ウッド、ミレーユ・ダルク(仏)、クラウディア・カルディナーレ(名誉と栄光のためでなく Lost Command (1966)など )と同じ年。当然コニー・フランシスとも同じ。
一つ年上に、スザンヌ・プレシェット(「恋愛専科 (1962)、鳥 -The Birds (1963)など」)二つ年上に、ミレーヌ・ドモンジョなどがいる。
ミレーヌ・ドモンジョという女優さんは映画賞を受賞するような大女優なのだが、「ファントマ」シリーズの・危機脱出・電光石火などで少々お馬鹿で色っぽい美女エレーヌ役を演じていた。
「ファントマ」シリーズというのは、下らなくて面白かったものだがな。

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2011年1月19日 (水)

SONYα55 SLT-A55Vの高速連写で見る高岡駅

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雪降る高岡、高岡大仏ぐらいは見てきたのだが、前日の「高岡なべ祭り」のテントが乱立して、あまり見る風情がない。
傘を差しての写真撮影ほど上手く行かないものはない。
その上、雪、逆光。
高岡大仏というのはどういうわけか北向き、鎌倉の大仏は南向きだったと思うし奈良東大寺の大仏も北向きではなかったはず。この辺はよく分からない。

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いずにせよ、前日の晴れ間が時々見えるなべ祭りと違って17日は雪模様。
寒さという点では、間違いなく前橋の方が寒い。
それで雪が降っているから寒いと覚悟してきたら「おや」と思う気もする。
そんなこんなで列車を2本早めに高岡を出発して、越後湯沢に向かうことにした。
結果としては、列車「はくたか」は、約30分遅れ、また例のJR東日本のPCシステム故障で大分待たされることになったから早出は良かったのかも知れない。

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そして、多少時間かあったので高岡駅で写真を撮ってみた。
ほくほく線「はくたか」が入線してきたので、10枚連写をしてみるものの、スピードを落としているからあっけなく撮れてしまう。

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昔の、デジカメとは大違いというのはさすがSONYα55 SLT-A55Vと言うところだろう。


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2011年1月17日 (月)

大寒波の中を行く富山・高岡行き

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この16日に富山県の高岡に行くことになった。
用事は単純にH先生の文部科学大臣賞受賞記念パーティに招かれたものである。
高岡というと大学時代に高岡出身の友人がいて、高岡というところはどんなところなのか興味を持ったまでである。その友人は、早世して今では何の縁もないものだが種々気になるというのはどういうわけなのか分からない。
そして、単純に「ほくほく線」という列車の旅が何か好きで、この冬の一時(いっとき)の列車の旅を楽しんでみるかという気分もあったからである。

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それで、何か予感でもしたのかある程度早い便で切符を取ってあった。
かなりの寒波が来ている、大雪という報道から多少心配してはいたが3時間の余裕を取った。
高崎から新幹線でいつも上京する方向とは違う方向に乗る。何か変な気分というものの、突然トンネルに入り出れば全面銀世界である。
但し、天気は青空だからまだまだ水上まで来ていない。その水上の手前の上毛高原駅くらいから何やら怪しくなって、越後湯沢では大雪だった。


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そしてアナウンスが言うのは、指定券を取ってある「はくたか6号」は運休していますと言うのだ。ほくほく線の改札で聞くと、そのまま大幅遅れている4号の自由席に乗って行ってくださいという。
はくたか4号‥‥あまり乗客がついていないなあ、これでよいのかという思いで2両に減っている自由席を探すと不思議と空いている。
「乗車次第発車します」というアナウンスがあるものの、なかなか出発しない。
‥‥すると次第に乗客が増え、後ろを見たら立錐の余地がないほどである。
こののろのろと進む特急は「はくたか6号」と同じ時間に出発した。
各駅停車の様な感じだったから、直江津までが遠かったこと。
そして、直江津あたりが相当の吹雪だった。

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高岡に着いたのは13時45分。
予定より48分多く掛かったというものの、特急が魚津くらいまで普通列車並に各駅に止まったから仕方がない。
高岡駅で掲示板を見たら、後続の10号、12号も運休と言うことで危なく行き損なうところであった。

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大凡聞くところによると次は、はくたか8号で二時間遅れの13時34分発だったらしい。これだったら16時30分ぐらいの高岡着らしかったので、間に合わなかったと言うものである。
この「ほくほく線」が大混雑だったのは、新潟から金沢へ行く列車が運休して、越後湯沢に回った人がいたという。動いているのは「ほくほく線」だけだったと言うことらしい。
それでも、予定時間を48分オーバーでも充分間に合ったから、3時30分開場というのに3時前には到着していた。
そこで聞いたのは、長野から、東京からなどの参加者が軒並み、間に合わない、行けないという連絡が入って参加を取りやめたことである。

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越後湯沢ではくたか運休を見て諦めて帰ってしまった先生方。
そして新潟までの新幹線が一部運休したので、越後湯沢どころか新幹線にも乗らなかった先生。
それでも、I先生、A先生は2時間待って、その「はくたか8号」に乗って、4時開会の後宴会が始まった5時には間に合った。
しかし、大阪からのO会長は、雪を心配して早めに出たと言うので4時前に充分到着していたから流石である。
それにして、この冬に日帰りという考えの先生もいたそうだか、いろいろなのである。


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2011年1月13日 (木)

群馬県立前橋高校同窓会・書家作品展Syuun作品解説

群馬県立前橋高校同窓会・書家作品展Syuun作品解説

平成21年の年末の忙しいときに行われた、「前中・前高同窓会創立100周年事業」の内の書家作品展を紹介します。
同窓会設立は100周年と言うことなのですが、創立は明治10年なので学校創立の方は133年になります。
今回の解説は、同窓書家作品展に出品した作品についてになります。
解説はpart3です。但し、細長作品の特殊例というのが2回続けてになります。
特殊例というのは、作品を作る上でのポイントの取り方が違うというもので前回part2では一般的な方法からのボイントの取り方。
そして、今回は従来型のポイントを敢えて使ったという、多少難しい設定になっています。このポイント。
それは、どの位置から書き始めて、どの位置で終了するのかという大原則と共に、見学者(作品を見る人)の目線をどのように意識するかという点を考慮することです。
書作品というものは、毎日見て、毎日新しい発見があって「厭きない」という作品である必要があります。
考えても見てください、漢字の条幅などは戦前教育を受けた人は100%漢文は読めましたから、その「漢字」作品を毎日見て読んで、そして文字のすばらしさを再確認します。
それは、「かな」作品でもしかり、「近代詩文(調和体)」では読めないとダメですが必ず読めます。
そういう可読性というものは、二次元の文字作品が「読む」と言う作業によって三次元化されるというものです。
しかし、可読性のない「読めない書」という前衛書・墨象であれば、作品そのものだけで見る人にたいして「三次元化」感じさせるものでなければなりません。
そして、そうでなければ作品とは言えません。
そうでなければ、単なる悪戯書きです。
そういう作品を作るにはどうするかというのが、作品解説と意図というものです。

この「書家作品展」では、嘘かホントか分かりませんが、嫌がらせを受けました。
一方、あまり自慢はしたくないのですが、誹謗中傷という話が出たので書くと昔の同窓生から絶賛を浴びました。年賀状にも記載がありました。
そういう風に全く書を知らない人でも、評価してくれる人もいる。
実はこの「画家・書家作品展」はだいぶ顰蹙ものの展覧会でした。
絵画の方に間借りした書家作品展はそれなりに好評だったのですが、「画家作品展」は酷いものでした。
それは、意図的に物故作家を中心にして、現役の画家、彫刻家、美術家の大家を排除したもので同窓画家作品展ではなかったということからです。
しかも、展示された作品のほとんどが「パン画」という売り絵で、作者の代表作などではなかったという点でもあります。
この「パン画」と言うものは、油彩では元々の作品を見ながら同時に10点程度模写した作品です。
だから、画廊の展示即売会などに行くと、全く同じ作品が大小中とあってそれを選べるという妙なものがあります。
小生だったら、そんなものを作者の代表作と展覧会に出されたらたら赤面すると言うものでしょう。
そして、売り絵を展示即売会として出すならともかく、画家の作品展には出品しないと言うのが、絵を良く知るものとしては常識です。
そういう常識を欠いた展覧会が「絵の方‥‥画家作品展」でしたから、画家のお弟子さんも憤慨したことだと思います。

いずれにせよ、小生の作品解説を見て今後の展覧会の評価の参考にでもしてもらえればと考えています。

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図説・イングランド海軍の歴史を読む その2

図説・イングランド海軍の歴史を読む その2

この本は「図説」もとある様に、イングランド海軍のナポレオン戦争までの海戦史である。そして、その海戦史を見る限りに於いて海戦での軍艦は単縦陣同士で戦闘に入る。
時は帆船の時代だから風上側、風下側という有利不利というものがあるものの、海戦に入る場合の基本と言うのは「単縦陣」である。
そう言うことから考えて、日露戦争での日本海海戦でバルチック艦隊が戦闘地域を前にして二列縦陣と言うことは考えられない。ロジェストウエンスキー提督が弁明するのもさもありなんというものだろう。
ところで、その1で帆船小説‥‥海洋冒険小説を紹介した。
その中で、どう考えても「嘘だろう」という「時代考証」無視の設定が見られると言うのはどういうものなのか不思議でならない。
たとえば、アダム・ハーディ「海の風雲児FOX」では、主人公のフォックスは水兵から第一レフテナント(副長)になる。二次大戦ものだがフィリップ・マカッチャン「キャメロンの海戦」でも水兵から成り上がって、最後には最新鋭の戦艦の艦長(大佐)になる。
「坂の上の雲」でマカロフ中将が水兵からのたたき上げと書く。
この様なことは、現代でもあり得ないことだから18~19世紀当時の階級はっきりしていた時代では青天の霹靂である。
簡単に言えば、教育レベル違いとでも言うか、オフィサー(ミジップマン・レフテナント)と水兵の大きな違いというのは、水兵がほとんど文盲だったと言うことである。
小学校低学年程度教育というのは、シャーロット・ブロンテの「ジェーン・エア」を見ても分かるように家庭教師によって為される。
これは元々ヨーロッパ貴族の伝統であって、この家庭教師による基礎教育の上に士官学校や神学校、英国ではパブリックスクールがあると言う次第なのである。
だから、第二次大戦においても英軍などでは文盲も不思議ではなかったはずなのである。そう言う理由で、ある程度事業に成功して金銭的な余裕があるときに、その基礎教育をして士官学校へ入ったと言うケースは小説にはある。
たとえば、セシル・スコット・フォレスターの「ホーンブロワー・シリーズ」であり、「鬼将軍」もそうである。
アレグサンダー・ケント「ボライソー」シリーズ のボライソーは、海軍一族で代々キャプテンであって、サーの称号をもつ先祖もいる。ダドリー・ポープ「ラミジ艦長物語」のラミジ艦長は伯爵と言う次第。
そう言う日本では考えられない教育格差というものがヨーロッパには、つい最近まで存在していたと言うことである。
従って、基礎教育を経た者は水兵で海軍に入隊すると言う事はなく、特に海軍にコネでもあれば支度金を払ってミジップマン(士官候補生)になれた。
尚、本書では「海軍ぐるみの勅令違反」として、年齢詐称や名簿上だけの乗員など種々のインチキがあったことが書かれている。
あのネルソン提督は、極めて若くアドミラルになるが、その秘密が如何に早く「艦長名簿」の上位に載るかによる。
従って、ネルソン提督は、「13歳ルール(1731年制定)」を違反して、12歳で軍艦に乗った。レフテナントへの昇任試験は21歳のところネルソンは19歳で昇任。
提督サー・ジョージ・エリオットは16歳で昇任したという。
「父親が息子の名前を乗員名簿に登録して、実際には乗せないやり方」と言う紹介があり「ダンドナルド伯爵トマス・コクレーンという猛将」の場合、「本人が18歳で海軍に入ったとき、‥‥艦長に昇任していた」と言うのがある。
その様な例を使って、小説になっているのがアダム・ハーディ「海の風雲児FOX」である。
貴族で親の七光りで軍艦の艦長になった人物は、(まともに操艦も出来ないから)自身の安全と保身の為に優秀なフリゲート艦副長として、主人公フォックスを選ぶというものである。
小説ではわざわざ貧相な小男、外見ではとても優秀とは思えない人物として描かれている。
そして、数々の拿捕船を獲得したり、戦績を上げるという物語である。
小説としては、全巻出版されなかったからどういう事になるのかは分からない。
話の筋としては、艦長が実績を上げてフリゲート艦から戦列艦へ。
そして旗艦艦長に出世して、戦績を上げれば戦列艦の旗艦副長は功績(艦長としての名誉)として艦長へ昇進させるという話がある。
小説では、筋として「ボライソー」シリーズでは、レフテナント時代の同僚を副長として戦績を上げ、艦長に昇進させている。

いずれにせよ「図説・イングランド海軍の歴史」では、詳細なイングランド海軍の内部の話しはなく、基本的に海戦史なので部分拍子抜けする。
そして、その海戦史が前述の様にナポレオン戦争までなのに、階級章が19世紀末から20世紀なのはどういう事なのかと言うものである。

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2011年1月10日 (月)

防衛大学校長・五百旗頭真氏、北岡伸一東大教授などに見るリベラル思考とは

防衛大学校長・五百旗頭真氏、北岡伸一東大教授などに見るリベラル思考とは

読売新聞 連載「日本の改革」の北岡伸一東大教授、毎日新聞Web版「時代の風」の防衛大学校長・五百旗頭真氏、2011/01/10の連載「日本の改革」・劇作家・大阪大学名誉教授山崎正和氏。
これらの先生方というのは、誰もが知っているリベラルを絵に描いたような人達である。
そろいも揃って、零細企業の社長にでもなったら半年も経たずに倒産してしまいそうな感じ‥‥と言うより、それ以前で、露天店での値段交渉も出来そうもない人達のように見える。
そうしてこの人達の言うことというのは、不思議と型にはまった議論。
言い換えれば「判」を押したように全く同じで、それに対して「なぜ」「どうして」という「謎解きの」発展がない。
Webで公開されているので、防衛大学校長・五百旗頭真の「時代の風」(二〇一〇年代・日本再生戦略・安保確立と消費増税を)を見てみる。五百旗頭真先生(1943・昭和18年)はGHQの洗脳教育を小学校低学年でまともに受けて、しかも優等生だった筈だから‥‥‥
「中国は孔子、道教の国」、「中国は二千年の歴史を持つ大国」、一方「日本は侵略国」、「軍国主義国だった国」、「日本人性悪説」、「日本国民は信頼出来ない」という人物である。
正に、仙谷官房長官(1946年昭和21年)そっくりの洗脳され方なのは驚くべきで、こういう人物が防衛大学校長というのも妙なものである。
それ故に、「時代の風」の文面ではさすが「尖閣諸島問題」に触れなければならないと述べ始める。それは、政府の対応に対して8割が不適切と思われているから防衛大学校長として述べなければ失格というものだろう。
しかし、五百旗頭先生の基本は、「日本人性悪説」、「日本国民は信頼出来ない」であるから次の文面では「翻訳」が必要になる。

昨年はその危険性を衝撃的に感じさせられた瞬間であった。何をなすべきか。
「大軍拡中の近隣国に負けじと軍拡を競う必要はない。」
「たとえ日本が単独で防衛費を3倍に増やしても、日米同盟下の安全度には遠く及ばない。」
‥‥‥何だか良く分からない。続けて‥‥
「こうした努力の上で最重要なのが、中国を敵にしないこと、相互利益を土台に一定の協力関係を維持することである。中国から見て、いまいましいが手を出せない、そういう存在になることが日本として偉大なことである。」
「安全を全うした上で日本再生のための本丸は経済浮上である。」
しかし、安全をどの様に全うするのかは事実上書かれていない。

これを翻訳してみると‥‥‥
「大軍拡中の近隣国に負けじと軍拡を競う必要はない。」
「たとえ日本が単独で防衛費を3倍に増やしても、日米同盟下の安全度には遠く及ばない。」
このことは、「日本国民は信頼出来ない」だから中国に対抗して軍拡を競うな。
競えば軍国主義国となる。侵略国に舞い戻る。そんなところであろう。
ところが、もう少し若い世代の佐藤優氏は今やアジアは「帝国主義」の時代に戻ったと解釈している。
それは、現実の中国が軍事力で東シナ海の強引な囲い込む所行を見れば、五百旗頭先生の様に「中国は孔子の国、礼節の国」という勘違いは起きようがない。
ところがそう言うところは敢えて見ず、五百旗頭先生の考え方にはバイアスが掛かっている。
続けて、「たとえ日本が単独で防衛費を3倍に増やしても、日米同盟下の安全度には遠く及ばない。」と言うのも例の「田母神軍」を見る限りに於いて不可能ではないかもしれない。但し、五百旗頭先生を初めとして民主党、自民党のリベラル派や一国平和主義カルト政党を全部排除しないと難しい。
だから、単に中国に合わせて対抗上の軍拡をせず、中国に従えと言っているにすぎない。
そう言う過程であるから、次の論が繋がる。

「相互利益を土台に一定の協力関係を維持することである。」と、日本は中国の言いなりになって譲歩する。
なぜなら「相互利益」が共通しない。
「中国から見て、いまいましいが手を出せない」、即ち属国になれば「手が出せない」。
‥‥でなければ、強力な軍事力を背景にする(これは否定されている)。
「そういう存在になることが日本として偉大なことである。」‥‥そういう中国属国になればアジアに対して「虎の威」を借りることで「偉大なのか」と読めてしまう。

翻訳すると全く妙な事になる。
最後言いたかったことは次の全文。
「歳入が少な過ぎるのである。日本の消費税は先進国にまれな低さである。赤字膨張の継続は疑いもなく日本の死をもたらすのだから、消費税を国際的に普通の水準に上げるべきである。この国家的死活問題を政争の具にしてはならない。超党派で増税を決め同時に高齢化社会の福祉のあり方につきビジョンを示すべきである。」

翻訳してみると
「歳入が少な過ぎるのである。」‥‥政府の失敗によるデフレで景気が悪い。
「日本の消費税は先進国にまれな低さである。」‥‥日本の消費税は「死の商人を本業とする消費国でないEUなど」の「共産主義(社会主義)」先進国より低い。
ちなみに、日本は「消費国」で又、ヨドバシカメラやヤマダ電機なとの量販店が存在しないEUには資産課税をしないところもあるので税制が違う。
「消費税を国際的に普通の水準に上げるべきである。」‥‥消費税をEU並に上げるべきである。
「この国家的死活問題を政争の具にしてはならない。超党派で増税を決め同時に高齢化社会の福祉のあり方につきビジョンを示すべきである。」‥‥民主党と自民党が大連立を組んで、日本を社会主義国にしよう。

そして、日本を消費国でない社会主義国にしてその後の日本はどうなるのか、何も言及していないのはいつものリベラル人士と同じ。
消費国でない日本というのはどういう国なのだろうか。
この先生方は「大釜の飯」の口だし、デジカメを毎年買い換えると言うような消費者でも無かろう。
そうであれば、不況でデフレなら手取りは増えるし、消費もしないので消費税の増税も関係がないという穿った見方も出来る。

そして、先ず考えられるのは、EUの社会主義先進国の様に企業や工場、営業所が脱出、撤退する。工場などの生産拠点や営業所は消費地に近くに作られるのは、今中国に工場、営業所、販売店が出来ていることからも明らか。
EUが法人税を下げ始めたのは、撤退する企業対策であって、いろいろと裏があるものである。
いずれにせよ、企業倒産や失業率が増大して消費税を上げても税収が落ち込む。デフレは進行して、にっちもさっちも行かなくなると言うのが通り相場である。
そして、最後に国民は「年金だけは保証されるから」国を捨てて海外に脱出する??
これは、亡国の議論と言うことになってしまう。
結局、消費拡大して景気を上げなければ消費税を上げても何の意味がないと言うことなのだろう。

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2011年1月 9日 (日)

SONYα55 SLT-A55Vとサイバーショット DSC-HX5Vを比べてみる

SONYα55 SLT-A55Vとサイバーショット DSC-HX5Vを比べてみる

2011/01/09は、前橋市の初市であった。
通称「だるま市」と呼ばれて、高崎だるまが売られる。
そして朝の10時から「お炊きあげ」(11時30分まで)があって、10時30分くらいから賑やかなパレードが始まる。
だるま市で売られる「だるま」は、今年は値上がりしたと言うのだが従来30cmぐらいの高さだと3,000~4,000円以上はしていたはずである。

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このように初市での価格が分からないのは、ここ10年以上高崎の知り合いに頼んで「名入れ」の特注するからである。
たまに、注文するのを忘れて初市で買うとびっくりしたりすることもある。
なぜかというと、時間帯や人によって価格が違ったりするからでもある。その昔ある会社に「とびっきり」の美女の事務員さんがいて、○○○○円だったですよ!
‥‥と言われて、買いに行ったら1,000円以上違っていたりするのは当たり前である。
そして、前橋の後に伊勢崎や太田でもだるま市が行われるそうで、だんだん値段が安くなるとそうである。‥‥と言うことは、高崎少林山が一番高いと言うことになる。

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こういうだるま市、今日は日曜日と重なったのと割合暖かかったので朝10時の時点で、人手が多かった。
子どもの頃は、今のように露天商が多いと言うよりだるまを売る店が多くて、前橋駅前からだるまが並んでいた。但し、この休み明けに必ず実力試験があってなかなかゆっくりした気分で行ったことはなかった。
大人になって、ゆっくり行けるようになった頃には昔の三分の一程度になっていて、いつもそのときにしか体感できないものである。
そうして、ここで数年カメラテストをしてみたりするのだが、思ったように撮れないと言うのが今までの感想でもある。
今回は、昨年買ったSONYα55 SLT-A55Vと風景写真が「ダメ」と酷評のサイバーショット DSC-HX5Vを同じようなアングルで撮影してみた。


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α55 SLT-A55V↑↑↑↑↑↑↑

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DSC-HX5Vはプログラムで-0.7でした。

撮影条件は、カメラ任せと言うことでα55 SLT-A55Vでは「AUTO+」、DSC-HX5Vは「おまかせオート撮影」を選択した。
これで日陰の陸橋から撮影したが、α55では風景の筈なのにストロボが発光したりしてどうも調子が悪い。背面液晶で確認すると、α55ではそれなりなのだがDSC-HX5Vでは「明るい」液晶設定なので真っ白である。
モニターで見ると、DSC-HX5Vの方が多少明るい感じなのだがL版に印刷してみるとほとんど分からないレベルである。よく見ればα55の圧倒的な解像力と言うところなのだが、やはり同じメーカーなので似たような色合いである。

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2011年1月 8日 (土)

図説・イングランド海軍の歴史を読む その1

図説・イングランド海軍の歴史を読む その1

この著書は、索引まで入れると500ページを超す大書である。しかし、その大半の369ページあまりが「第2部イングランド海軍の戦い」である。
それは、イングランド王国成立からナポレオン戦争の終了後1817年までである。1861年まで言及するのはエピローグである。
従って、話はガレー船から大型帆船による戦争であって、クリミヤ戦争で活躍した蒸気船や同時期に「ティークリッパー」として活躍したクリッパー型高速帆船ではない。
その昔、帆船小説ブームというのがあった。
多少古くはセシル・スコット・フォレスター(Cecil Scott Forester)の海の男/ホーンブロワー・シリーズ(『海軍士官候補生』Mr. Midshipman Hornblower (1950年)~未完・海軍中将・子爵まで出世)と言うのが有名である。
このホーンブロワー・シリーズというのは実は映画(B級?)にもなっているのだが、映画をTVで見たときは原作を知らなかった。
これ以外の読んだ本というのは、
アレグサンダー・ケント「ボライソー」シリーズ (海軍中将で戦死)
パトリック・オブライアン「オーブリー&マチュリンシリーズ」シリーズ
(『マスター・アンド・コマンダー』(Master and Commander: The Far Side of the World)原作)
ダドリー・ポープ「ラミジ艦長物語」(1789年前後からのフリゲート艦艦長(貴族)の話 )
ポーター・ヒル「艦長アダム・ホーン・シリーズ」(ボンベイ・マリーン)
アダム・ハーディ「海の風雲児FOX」(下層階級出身の小男レフテナント(士官))
C・N・パーキンソン「リチャード・デランシー」(無名無縁のレフテナントがコマンダー〈少佐相当レフテナントコマンダーとは別〉としてナイトの称号を得る)
帆船以外
「無頼船長トラップ」シリーズ(第二次大戦)、「海の異端児エバラード」・シリーズ(第二次大戦) 、フィリップ・マカッチャン「キャメロンの海戦」(二次大戦)、同「荒海の英雄ハーフハイド」同など。
その他は蒸気船か第一次大戦~の頃になって、最後にはあり得ない部分で日本(海軍)が登場したりして、そして余りに 出鱈目だったりして止めてしまった。
帆船小説(海洋冒険小説)という分野になる背景は、大方ナポレオン戦争前夜からナポレオン戦争が終わって英国が制海権を取得する頃までの話である。
それ以降は、蒸気帆船になりクリミヤ戦争を背景にした話くらいしかない。
いずれにせよ、そう言う帆船小説を読んだものとしてはその背景として、マルティニク島の海戦(1780年)くらいからナポレオン戦争のトラファルガー沖海戦くらいまでである。
もっとも、ナポレオン戦争の大海戦を背景にしている小説はほとんど無い。
ホーンブロワーは常に、ネルソンのいないところで戦い、ラミジ艦長はフランス革命(大革命)前後に私掠船討伐と敵商船の拿捕という賞金稼ぎを主としていた。

この本を読むと第1部イングランド海軍の形態の部分で、おやおやと言うか大分抜けている部分が多い。
それは何かというと、第2部でナポレオン戦争までの海戦史を説明しているのに、その時代の海軍の序列、階級章、服装が抜けている。
それどころが、海兵隊に関する記述が皆無である。海兵隊というのは、筆者が海上自衛隊出身だから思いつかないかも知れない。
しかし、艦隊の旗艦(戦列艦・戦艦)には大隊長資格の中佐(艦長〈大佐〉以下の階級)と中隊長の中尉が乗船して中隊規模。フリゲート艦(中型艦)でも、最低中尉が乗船して2小隊程度はいたはず。
そして、軍艦から下りて単独行動する(事実上の別の軍隊創設)というのは、ボーア戦争で陸軍を派遣出来なかった義和団事件(1900年)の時である。

又「坂の上の雲」でマカロフ中将を平民出身と間違っている部分で、ウィキペディアには海軍准士官(航海士)の家庭に生まれるとある。
この海軍の航海士はイギリス海軍では1843年に「コミッション・オフィサー」(スタッフ・コマンダー/スタッフ・キャプテン)に、さらに1867年には「ナヴィゲイティング・レフテナント」になっている。
こういうことは当時、瞬時に世界中の海軍に適応されるのが常であるから、マカロフが生まれた頃には、航海士(マスター)は准士官ではなく士官(貴族)になっていると言う事である。

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2011年1月 7日 (金)

読売新聞正月の連載「日本の改革」第1部識者に聞く5

読売新聞正月の連載「日本の改革」第1部識者に聞く5

「消費税増税しかない」というお題目に戦前の参謀よろしく戦略がない憂鬱

読売新聞正月の連載「日本の改革」。
第1部識者に聞く5‥‥伊藤隆敏先生 表題は「消費税増税しかない」
冒頭の書き出しは
「日本経済の低迷は、中長期的には少子高齢化による人口減が大きな要因だ。働きながら子育てができ、安心して子どもが産めるような環境にしていく国の努力が足りなかった。」
こんな書き出しは、何度もお経のように聞かされたお題目だが、それが本当にそうなのかと言うことはあまり聞いたことがない。
要するに、そういう要素もあると言うことであるかもしれないが、そうであるという検証はされていないのがそのお題目というものではないか。
「中長期的には少子高齢化による人口減」は将来的にはそうかも知れないが、少なくとも大正時代に生まれた人達が高齢化していたバブル時代は、今のベビーブーマーの高齢者が「湯水のごとく」金を使っていたはずではなかったか。
少子化だから、子どもが少ないから「金を使わない」、「消費が伸びない」という一つの固定観念というのも教科書的に判を押したようなもの。

こんな言いぐさは東大教授でなくともという井戸端会議で充分である。
「働きながら子育てができ、安心して子どもが産める」という話も、実は「卵か先か鶏が先か」というくだらない議論である。
以前、結婚しない女性がその理由として言っていたことは「結婚しても働らける環境がないから結婚できない」と主張していたのだが、所詮相手が見つからないからであった。
そして、結婚した女性は「働きながら子育てができ、安心して子どもが産めるような環境」が出来たら子どもを産むと言う例は少なくとも周辺ではあまり聞いたことがない。
こんな風に見て行くと、冒頭のお題目以外に原因があると誰でも気づく。
そして、この高名な大学教授でなくとも井戸端会議では、「金詰まり、金がない」という議論に行き着くはずなのである。
そこで、伊藤隆敏先生は「デフレを克服できないことも大きい。」と続けるのだが、それは話が逆さまである。日本経済の低迷は「デフレを克服できない」ことではないか。
そして「日本銀行の金融政策の誤りが最大の原因」と述べるものの、そんなことは誰だって分かっている。
その誤りというものが、またまた「鸚鵡・米国流・経済学者」のようないわゆる金融緩和のやり方が間違っているという論点になる。
「過去の手法にとらわれない金融緩和や、物価上昇率に目標を設けて‥‥」という例の「インフレターゲット」論だが、誰もそんな妙なインフレなど望んでいない。
そもそも低金利時代により金融緩和をしたから景気が良くなるという「過去の手法」どころか教科書はない。
実態は、日本は「ゼロ金利政策」、そして限りなく「ゼロ金利政策」でデフレから抜け出せないと言うのが実態ではないのか。
その日本の「ゼロ金利政策」をまねした米国は、正に日本と同じようなデフレに陥りつつある。それどころか、低金利にした世界中がデフレに陥りつつあると言うのが実態ではないか。
そういう中で、手持ちの資金がないのに「物価が上がっていく」というのは、デフレ経済の中で最悪の状態である。
こんな一見出口のない議論を堂々巡りに展開していると考えると、昨今散々読みふけった日清日露戦争から大戦前夜の歴史に酷似しているように見える。
それは何かと言えば「消費税増税しかない」と主張するものの、その結果や影響を予測し
多方面に検討するという概念がない。
それと、陸大、海大で学んだことを「バイブル」として、間違っていても何度も間違いを繰り替えす。戦闘で米英軍は一回は引っかかっても、二回目はダメなのに何回も同じ轍を繰り返す。そして失敗すると「おかしい」敵が間違っていると参謀殿は主張する!!
ついでに言えば、失敗しても参謀は責任は問われないと言うことである。
そもそも「ゼロ金利政策」という緩和策もその結果と影響について充分に検討はされたという話は聞かない。
しかも、「ゼロ金利政策」によってデフレになったのに、又デフレになったから「包括緩和」と同じ轍を踏む。
そして、最後にはこの伊藤隆敏先生、EU型のブランド志向と言うべき「医療サービス」のアジア・ブランド化や子育ての「保育所待機児童の問題」などを上げている。
画餅を幾ら書いても食えないのは当たり前である。
又、「保育所待機児童の問題」と言うのも東京などの一極集中の場所は兎も角、通常はパート主婦のための保育所問題だったりする。
そうして、突き詰めて行くと「ない袖は振れぬ」と言うところまで来る。
消費社会の日本において、高度成長期は金利利回りも高く税収が多くて、EU型の社会保障も楽々やれたのが異常だった。
その高度成長が終わり、バブル経済と言われる好景気を「やっかみ」から潰して低成長、デフレになり、そのデフレの原因も「責任を問われるから」何も追及しないまま来たのが現在である。
低所得者への負担軽減も、国民がみんな低所得者になってしまえばそれこそ社会保障を諦めるしかない。
消費社会でないEUがその社会保障を維持するために、消費税を上げるだけでなく軍事産業という「消費」という部分と関係ないところで収益を図っていることを見れば、社会保障というものには限界があるというものではないか。

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2011年1月 6日 (木)

「日本の改革」の第一歩は、北岡先生などに退陣してもらうこと

「日本の改革」の第一歩は、北岡先生などに退陣してもらうこと

読売新聞正月の連載「日本の改革」。
第1部識者に効く4‥‥北岡伸一氏
またいやーな顔を見ることになったのだが、この北岡東大教授は読売新聞のお気に入りらしく良く登場するのである。ところが、この北岡先生の愛読紙がなんと朝日新聞のようで読売新聞に朝日新聞記事を取り上げて一筆書くと言うような離れ業を演じる。
この北岡先生は、「西尾幹二のブログ論壇」でも取り上げられている通りリベラル人士である。「こちらが一歩引けば、相手も譲歩する」という極めて日本人的な感覚で外交も行い、露天商との商売取引でさえまともに出来そうもない。
こういう人物に政治や外交を語っていただくと、批判に対しては逆ギレして収拾がつかなくなるのではないかという危惧さえ抱く。
あの元安倍総理が退陣したとき、自民党政権に食い込んでいたにもかかわらず、この北岡先生は驚くほど厳しく安倍総理を批難しておられた。
しかし、民主党政権になってから民主党政権に対する厳しい「ご意見」というのはあまり目にしたことがない。

それで2011/01/06の「税制、安保、開国が急務」という題にたいして何を述べているかというとたいして新しさはない。
国家安全保障会議(NSC)に言及しているものの、安倍内閣時代のものでリベラルの福田政権になってから廃案になっている。その日本版NSC、これの代表・議長に北岡氏がまさか収まろうと思っているのではないかという疑惑でさえ思えてしまうのが北岡先生でもある。
元々、軍事音痴、歴史音痴の上、憲法前文を信条とするような北岡氏に勤まるかどうかは定かではないが、リベラルの民主党政権としては無意味なNSCとして適任かも知れない。
ここで実は北岡先生は題として出ている「税制、安保、開国が急務」という表向き誰でもそうだと思っていことを述べているわけではない。
「民主党と自民党が連立、または提携すべきだ。」
「意見の極めて違う政党と数あわせで組むのは国民への背信行為で民主党は自民党か公明党と組むのが筋だ。」
‥‥と言うような大連立を構想している。
「2大政党は割合、意見が似てくるもので、実際そうなっているが……略」と言うのがその理由らしい。
この北岡先生というのは、国の安全保障にはNSC創設を主張しながら無頓着な人物だから、「意見が似てくる」と思うのかも知れないが、安全保障では大きな違いがあるだろう。
ここが米国などの二大政党制の大きな違いで、世界の政治家はどんなにリベラルでも愛国者だが、民主党は「愛国者」の集まりではないことである。
ここで国民新党や社民党という既に現実路線から離れて夢想するような政党、通称カルト政党と言うらしいが、こういう政党と組むというのは民主党の自殺行為であることなど分かりきったことである。
それで民主党と自民党、公明党が似ているのかというと、自民党のリベラルな人達というのは、民主党と同じかもしれない。そして、公明党という宗教政党は諸外国ではカルト政党と呼ぶようで、リベラルであることに間違いはない。
しかし、こういうリベラル路線というものにたいして現在は国民の支持がない。
現に公明党が選挙区では当選議員を得られていない。
そしてリベラル路線、言い換えれば大きな政府、バラマキ福祉の国民負担の大きい政府というものにそろそろ国民は嫌気をなしている。
その国民負担というものは、無意味な高速道路無料化や子ども手当、高校授業料無償化、農家の個別保証などを実施するために、扶養者控除など減らして事実上増税になる。
その道筋が消費税の増税と言うことになる。
そして、日本は、ゼロ金利政策、低金利政策というものが導入されて10年以上になる。諸外国では、こんな低金利政策を続けていたら暴動になるというのだが日本人は大人しいものであるといわれる。
この限りなくゼロ金利政策で、経済が良くなったという話は聞かないし、又ゼロ金利政策によって景気が良くなるという「予測」もされているとは見えない。
常に行き当たりばったりであると言うのが現在の日本の政策ではないか。
この北岡氏は、マスコミや経済界などが消費税増税を叫んで「財政赤字解消」を叫んでいるのに同調してる。ところが消費税増税によってどういう経済的な影響があるのかと言うことは、北岡氏を含めて誰も口をつぐんで言う人はいない。
これもやってみなければ分からないと言うことなのか。それで先を見る日本企業は日本での消費を諦めて海外へ、消費地に近い海外工場建設ということになる。
福祉も、スウェーデン型福祉を吹聴する向きもある。ところが、所詮福祉のためのスウェーデン型ではなく、増税のためのスウェーデン型であることなどは分かりきったことである。
なぜなら、スウェーデンの福祉は社民党の福島瑞穂党首流に言わせれば「死の商人」によって自国の福祉をまかなっていることになる。
それで、近年武器三原則解除という良い話が現実味を帯びてくるという妙な雲行きなのである。
ところで、北岡氏は例の読売新聞社主のナベツネ氏よろしく「大連立」を夢想して、「大連立は大政翼賛会になるという批判はあるが、これは間違いだ。‥‥中略‥‥かつ、言論弾圧とセットだった。今は連立でも政党は残るし、言論弾圧もない。」
と言う。
今「言論弾圧もない」と言い切ってしまうのは、今の民主党と自民党の大連立に限り極めて危うい状況である。
なぜなら、あの人権擁護法やら、人権委員会やらの法案が出されれば、自民党のリベラル議員は賛成だから反対論を封印して簡単に可決されるだろう。
その他、3悪と呼ばれる夫婦選択的別姓制や外国人参政権すら成立はかなり有効だろう。
このように大連立は大きな「国民にとって危ない橋」を含んでいる。
それだけではない、その大連立は国民にとっての背信行為であることである。
なぜなら、誰も大連立を前提に選挙で投票していないからである。
そして最後に北岡先生は、中選挙区を主張している。
もういい加減にしてくれと言うのがこちらの言い分だろう。

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2011年1月 5日 (水)

ブルーレイお試しパック『パットン大戦車軍団』を買う

ブルーレイお試しパック『パットン大戦車軍団』を買う

ブルーレイお試しパック『パットン大戦車軍団』(初回生産限定) [Blu-ray]

新年も5日になってしまった。
朝TVを見ると初売りの福袋の映像が飛び込んできたが、地方都市だと福袋を売るデパートそれ自体が存在しなくなっていたりする。
映像には、リズリザ(LIZ LISA)の福袋を買いに茨城から朝5時に出てきたという映像があった。ふぅ~む。
1月1日、高崎イオンに夕方6時頃行ったらLIZ LISAの福袋は若干余っていたけどな!
昨年は、お昼頃行ったら未だ沢山あったから、こういうのは結構地方の方が狙い目なのかも知れない。
そういう福袋というのは娘が小さかった頃、2日の朝6時半からデパートの前に並んだ。
それが娘が大きくなるに連れ、買いに行かなくなったと共に、そういうデパートのテナントのブランドショップが撤退して福袋自体がなくなってしまった。
特に前橋は、イトーヨーカドーもイオン・サティも昨年の秋に撤退してどこにも買いに行くところがない。ユニーグループのアピタだと商品が二ランクぐらい下がって、ベイシアの所属不明の衣料品と同じようなもの。
結局ユニクロしかないのかというと、今は年寄り向けはなくて若者向けのスリム系だから買いようがない。

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そんなこんなで、今年も始まってしまったのだが「パットン大戦車軍団」のブルーレイが992円だったから購入してみた。
「ブルーレイお試しパック『パットン大戦車軍団』(初回生産限定)」は、DVDを買えばブルーレイが付いてくると言うのではなく、ブルーレイにおまけのDVDが付いてくるというものだった。


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なぜなら、DVDはドルビー対応の「ニューマスター版」ではなくて昔の映像、音も悪い普通のDVDだった。
ケースを開けて見たら、びっくり昔のDVDと同じ版が出てきたから~~~そうだと思ったら同じものだった。
こんなものは見ないだろうという昔のDVDはさておいて、ブルーレイ版は映像もなめらかで色も鮮明。
ついつい見入ってしまうほどである。
それならば、結構値段の高かった「ニューマスター版」の二枚組アルティメット・エディション(究極版)。
これと比べてみたら、DVDでは最高の映像というわけでブルーレイの色とほとんど同じ。但し、DVDだから絹のようななめらかさはない。
そんなことで、992円で買ったブルーレイ版「パットン大戦車軍団」はなかなかよろしい。

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但し、このDVDもブルーレイ版も劇場公開そのままではない。
どういうことがと言うと、意図的にあるシーンを全てカットしてある代物である。
こういう風に1970年代の戦争映画は、劇場公開した作品がDVDになるときに明らかに意図的なカットがあるものが時々ある。
それが特に1970年アカデミー賞 作品賞を取ったこの作品やら、特に同年のカンヌ映画祭「グランプリ」を取った「ズタズタにされた」MASHなど、作品自体の主題を不明確にするほどのものまである。
このDVD版「パットン大戦車軍団」では、このカットによってパットン将軍は単なる猛将という印象しか得られないようになっている。
しかし、劇場版ではもう一つの一面として、強烈な反共主義者として描かれている。
それは要所要所に「反ソ連」の言動があふれ、それによってアイク(Eisenhower)に呼ばれ譴責された上、罷免されそうになる(2回)。
ソ連は同盟国だから批判するなと!
当然そういうシーンは全てカットされているからDVDにはない。

ちなみに、カットされたシーンを再掲してみると
○新たな筆頭(主席)副官が着任する。(中佐 後大佐)
この副官は、パットン将軍の失言を防ぐために特別に目付役としてアイク(アイゼンハワー)から派遣された人物である。…この辺の事情カット
○アイクは冷戦について明確な判断は示していないが、パットン将軍は映画の中でもそれに対抗しようとした。
○管轄内のドイツ軍捕虜の待遇を改善しその上軍事教練を課し、自前(パットン専属)の反共軍団を作り上げていた。
○後半に冷戦体制が決まりつつあった場面では全て「反共政策」に傾倒していったパットン将軍の姿のシーンは一切カット。
こんな具合である。

尚、コメディの「反戦映画」でもあるMASH(移動野戦病院もの)では、朝鮮戦争なのに韓国がらみの事柄は全てカットされている。
1966年制作のロスト・コマンド「名誉と栄光のためでなく」は、残虐シーン以外ほとんどカットされていない。
だから「パットン大戦車軍団」や「MASH」などは異常としか思えないだけでなく、全てが見られないのが残念でならない。

ブルーレイお試しパック『パットン大戦車軍団』(初回生産限定) [Blu-ray]

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2011年1月 4日 (火)

日本海海戦100年目の真実・バルチック艦隊かくて敗れたり

日本海海戦100年目の真実・バルチック艦隊かくて敗れたり

                              菊田愼典著
この本は、2004年発刊という多少古い本である。
日露戦争に関しては、NHKが「坂の上の雲」を始めた関係から再度注目されているのが現在である。
この「日本海海戦100年目の真実・バルチック艦隊かくて敗れたり」は、日本側ではなくロシア側からの視点でバルチック艦隊をリバウの出港時から時系列で記している。
そして、この本のあとがきに一つの主旨が記してある。
それは、対馬沖海戦に突入したとき、ロシア艦隊戦艦12隻は「単縦陣」で突入したと言うことである。「ロジェストウエンスキー提督の弁明」
日本海海戦の秋山真之中佐が起案した「聯合艦隊戦闘詳報」には、「二列縦陣」とあるが間違いであるという。
この問題は、もう随分前からロシア艦隊戦艦は「単縦陣」で突入と言うことで、歴史的に修正されているのでこの本で述べることでもない気がする。
しかし、ウィキペディアの「日本海海戦」では、「二列縦陣」の様になっているから一部修正されていないのかも知れない。
「神の国に殉ず」の日露戦争偏では、
「バルチック艦隊は単縦陣でも二列縦陣でもない奇妙な陣形をしていた。二列を一列に変えかけたときわが艦隊と出会ったのだ。」
これは、「神の国に殉ず(平成22年11月10日発行)」という小説の歴史部分を「坂の上の雲」を参考にして書かれたどうしようもない記述である。
実は「坂の上の雲」で書かれた「二列縦陣」の説明で「単縦陣に変えようとしてあわただしく信号をあげたり速力の調整していたりしているうちに合戦の時間と場所へ突入してしまったのである。」(「坂の上の雲」・第8巻・「運命の海」)とある。
この記述を要約していると思われる。
しかし、もし「坂の上の雲」の通りだとすると「T字戦法」で三笠が回頭しいたとき、数十発の命中弾を浴びていることの証明が出来ない。
「坂の上の雲」などの記述によればロシア艦隊は、不意に現れた日本艦隊に慌てたように記載されている。しかし、ロシア艦隊は無線の状況からだけでなく、既に日本軍艦に補足されていることは分かっていたから、「不意打ち的」に遭遇というのはあり得るはずがない。
又、「坂の上の雲」では、ロジェストウエンスキー提督は実戦経験が無く、「元来遠距離射撃に長じていない」という勝手な推論を述べているが、「日本海海戦100年目の真実」を見る限り当て外れだろう。
日本海海戦では、艦隊決戦という帆船時代の海戦のような戦いである。
しかも、もしロシア側の大砲の威力がもう少し強く、不発弾も少なければ「T字戦法」で回頭した途端に日本海軍は間違いなく全滅であった。
勝負は時の運であると言うことをしみじみ見せつけられたのが、日本海海戦ではなかったか。
ロシア側の鉄鋼弾は戦艦三笠に50発近い命中弾を浴びせながら、沈没にはならなかった。万が一、火薬庫に命中弾が当たれば一瞬にうちに沈没したはずである。
二次大戦の初期デンマーク海峡海戦(1941年5月24日)、「イギリス戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦フッドは、通商破壊作戦のために北大西洋に出撃しようとするドイツ戦艦ビスマルクおよび重巡洋艦プリンツ・オイゲンをデンマーク海峡に迎撃した。
イギリス艦隊が砲撃を開始して10分足らずのときに、ビスマルクの砲弾がフッドの後部弾薬庫付近に命中した。フッドは爆発(轟沈)し、3分もかからずに沈没した。生存者はわずか3人だった。」(ウィキペディア)
ここでも、プリンス・オブ・ウェールズは喫水線下に命中弾を浴びたものの不発弾であったり、運不運を分けたものであった。

そして、普通砲弾では戦艦は沈まないのが普通である。
撃沈されるのは誘爆などによって火薬庫が爆発するか、喫水線下に砲弾が当たるかである。

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2011年1月 3日 (月)

神の国に殉ず 上 阿部牧郎 著 の続き

神の国に殉ず 上 阿部牧郎 著 の続き

神の国に殉ず 上 は、東条英機と米内光政の伝記に移るのが100ページから459ページまで。
だから、話は日清戦争が少し絡み日露戦争の情景が時を追って行くように解説される。
この日露戦争で、東条英機の父親東条英教(少将)が登場する。この東条英教というのは、秋山好古(その他、井口省吾、長岡外史)と同じ陸大1期生で首席卒業をした。
ところが、「坂の上の雲」でも散々書かれているとおり、第8旅団長として参加した日露戦争の初戦で実践部隊の指揮官としては無能であることが露見してしまった。
「岫巌分水嶺攻略戦」の不始末。瓢箪山追撃戦の不活発の不始末。
こんなことで、東条英教少将は第8旅団長を罷免されて帰国。
本書(神の国に殉ず)では、「脚気を理由に更迭された」と書かれている。
そして、第8旅団長を更迭された理由を「薩長閥でないから」と責任の所在を明らかにしてない東条英教と言う人物は、息子の東条英機そっくりでもある。
実際、閑職ながら中将にまで昇進して退役しているから本当に妙な事になる。

本書から逸れるが、二次大戦の映画を見ると米国などでは司令官不適格と言うことで「少佐」に格下げして本国召還であった。
Ddayというノルマンディ上陸作戦では、酔って上陸作戦決行日を話してしまった少将はも即刻本国召還だった。但し、映画ではアイク(Eisenhower)が気の毒と思って、少佐ではなく大佐で本国召還となっていた。
そういう風に、命令に従わなかったり、司令官不適格という場合には米英国などは階級を格下げして予備役にする。しかし、日本の陸海軍ではそう言う人事というのは行われた例がない。
陸軍も酷かったが、海軍なども将官以上は順送り人事で司令官として失敗したのに昇進するという馬鹿馬鹿しい人事が行われたのは先の戦争の結末を見ると驚くものである。
ここで、東条英機は日露戦争の時、士官学校を卒業したが実戦部隊には加わらなかった。
一方、米内光政は、駆逐艦の水雷長として日本海海戦に参戦して敵艦を沈め、功五級金鵄勲章、勲五等隻光章を貰っている。
米内光政は、海大卒業後参謀になって順調に出世して小型艦の艦長から新鋭戦艦の艦長、司令官、連合艦隊司令官と地道に実績を積む。
一方、東条英機の方は実践経験もなく、参謀本部の副官、陸大の教官とか平時の連隊長、関東軍参謀長など規則一点張りの統制派の将軍になる。
背景に、5.15事件や2.26事件が絡むが東条英機、米内光政の伝記ではないからある程度通りいっぺんなところがある。
ここまでで来ると、どうも従来の歴史的な事実の羅列で今更という部分がある。

実は、その日露戦争の部分於いて、「坂の上の雲」の歴史観に準拠しているのかとあきれる部分が散逸される。
「坂の上の雲」というのはあくまでも小説で、その中身なりが正しい歴史観なのかどうかは別問題である。
その変な部分を特に例として取りあげると、日露戦争の初戦の内の「マカロフ中将」の部分である。
本書では、
ロシア軍の高官にはめずらしくマカロフは平民出身で、貴族ではなかった。」他にも類似な部分がある。
「坂の上の雲」第3巻
かれは正真正銘のスラブ人で、しかもロシア海軍にとって例外的な存在であることは、貴族の出身でなく、平民の出身であることだ。帆船時代からの水夫からたたきあげ‥‥」

ウィキペディアを見てみると「海軍准士官の家庭に生まれる」とあるばかりでなく、「ニコラエフスク航海士学校首席卒業」「海軍士官候補生となる。」であって、水夫からたたき上げたのではなく初めから士官である。
もう少し正確に言うと、ウィキペディアで「海軍準士官」と言うが正確には「海軍士官」であって、海軍軍人家庭である。
ロシア貴族の決まりは「士官は貴族である」と言う規定があって、貴族でない限り士官にはなれない。
そしてマカロフは、士官(貴族)の家庭に生まれたから士官になったと言うことである。
こんな風に、「坂の上の雲」をそのまま信じて書いてしまうあたり、この歴史小説の底が知れてしまうと言うものだろう。
だから、今頃にもなって「坂の上の雲」の通りに広瀬少佐の閉塞作戦を書いてしまう。
「脱出のさい部下の杉野孫七上等兵曹がいないのに気づき、沈没寸前の船内を三度さがしまわったエピソードはのちに文部省唱歌『広瀬中佐』により全国にしられることになった。」又、「広瀬はロシア駐在が長く、ペテルスブルグの社交界の花形となった逸材だった。彼をこの作戦に参加させたのは、上層部が『情報』の価値をまだ認識していなかったせいである。」
事実は、杉野孫七上等兵曹は生きて生還した。(ボートに乗っていた。)
即ち、広瀬少佐の乗った閉塞船は完全に沈没すらしなかった。そして、ソ連崩壊後の資料に寄ればその閉塞船の船上で戦死した広瀬少佐の遺体写真がある。
完全な閉塞作戦失敗だった。
又、司馬史観による広瀬中佐(死後昇進)賛美は、当時の軍神物語をそのまま引用したものでいろいろと妙なものがあったはずだ。
後の敵弾三勇士などインチキものが数多くある。
ここで司馬史観から離れて、貴族を研究してい関係から私見を述べると広瀬少佐は、余り役に立たなかった存在ではないかと考えられる。
なぜなら、日露戦争直前のロシア帰りなら少なくとも艦隊の参謀になるはずが、単なる水雷長である。いわば洋行帰りとしては閑職である。
理由は、ロシア社交界、貴族社会に溶け込めなかったのとハニートラップ疑惑であろう。
だから、日本に帰ってきて女性関係は一切封印して女性嫌いで通したし、汚名挽回と危険な閉塞作戦に志願した。
「ロシア社交界、貴族社会に溶け込めなかった」というのは、貴族の公用語のフランス語を話さず、広瀬はロシア語を話したことである。
ロシア貴族の間ではロシア語というのは庶民が使う下等な言葉として蔑まれていたはずなのである。
フランス語を話さない日本人将校は、貴族の嗜みすら分からない変人か下品な人物と言うのが当たり前であるはずなのである。詳細は別のところで書いたので略。
だから、ロシア語が分からなかったという貴族もいたと言う。
それで貴族が軍務に差し支えるのかというと、兵隊は征服した異民族だから元々言葉は通じないから問題がないというものである。(督戦隊は当然あり)
だから、フランス語が堪能な秋山好古は同類の貴族と見なされて歓待された言うのは、「坂の上の雲」にも記載があるところである。

その他、本書「神の国に殉ず」の酷い記述は日英同盟の破棄の項目である。
日英同盟は、日米英仏の四国条約の締結により解消されたが、日英同盟の破棄は、英国のチャーチルも反対であり、当然日本の首脳のその意志はなかった。
それを米国の尻馬に乗って事なかれ主義なのか勝手に「四国条約」を締結したのは、(米国派の)幣原喜重郎全権大使の一存であって、日英同盟廃棄可否の訓電すら発していない。

このことに対してどう書いてあるかというと
「おかげてイギリスは対日関係を悪化させることなく日英同盟を解消できた。日本も異存なくうけいれた。」
これは随分とあっさりしたものだろう。

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2011年1月 2日 (日)

SONYα55の高速連写を試す

SONYα55の高速連写を試す

ニューイャー駅伝のスタート直後の約1分。この映像を毎年撮影してカメラの性能を試すという感じになるのは前回述べた。
特に冬の朝であるから斜光が多くてなかなか難しいことも多い。
PentaxK10Dの時、スタート地点を望遠レンズで撮影すると評価測光が上手く効かず、中央の明るさに引っ張られこともあったがK-7、そして今回連写を試したSONYα55ではそんなことはなかった。

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3枚目の写真
SONYα55では、秒間10枚連写と言うモードで撮影した。シャッターレリーズを押したままにしたら、10枚ではなく29枚約3秒も撮れてしまった。

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撮り始めの1枚目 9時10分56秒

こういう初めて使う機能というのは、いろいろと妙な発見があるものである。

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10枚目の写真  57秒
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20枚目の写真  58秒
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29枚目の写真  59秒
やはりマラソンというのは、速いです。
SONYα700だとこのようには行きません。
但し、望遠レンズのどの域で撮るのか一瞬なので迷って上手い構図が作れませんでした。
又、Dレンジオプチマイザーはどのくらい効くのか、逆光で撮ってみました。
肉眼では、太陽光が直接目に入って眩しくほとんどよく見えない状態でした。

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完全に逆光が補正されているのに驚きです。

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それでこれは、ストロボは炊いていません。


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2011年1月 1日 (土)

新春記念・実業団ニューイャー駅伝Tutorial 3公開・Adobe Premiere Elements 9

新春記念・Tutorial 3公開・Adobe Premiere Elements 9

1月1日は、実業団ニューイャー駅伝である。
この駅伝の出発点、終着点が群馬県庁であることは、TBS TVなどを見れば良く分かることで、毎年何とか出かけている。

この出かける理由というのが、なんとカメラテストなのである。
今年は、例のSONYα55とPentaxK-7を持ち込んで撮影してみた。実際の連写テストはSONYα55を用いたが、昨年使ったK10Dに比べてK-7の性能がかなり上がっているのが良く分かる感じであった。
SONYα55の10枚連写の結果は、後日報告するとして10枚撮ったつもりがなんと32枚も撮っていた。
これは、従来の連写の癖というものである。シャッターを押し続けると10枚連写以上撮れるというのは今回初めて分かった。

又、Adobe Premiere Elements 9のチュートリアルビデオ 第3弾「スローモーションとキャプションの挿入」をアップロードした。今まではフルハイビョンでなかったのが、今回からフルハイビジョンになった。
編集は、Win7 64bit のPCに変更して行っているので、結構重い映像もそれほど苦にならない。但し、ビデオカードの性能が良くないようである程度不便は否めない。

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