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2011年1月 3日 (月)

神の国に殉ず 上 阿部牧郎 著 の続き

神の国に殉ず 上 阿部牧郎 著 の続き

神の国に殉ず 上 は、東条英機と米内光政の伝記に移るのが100ページから459ページまで。
だから、話は日清戦争が少し絡み日露戦争の情景が時を追って行くように解説される。
この日露戦争で、東条英機の父親東条英教(少将)が登場する。この東条英教というのは、秋山好古(その他、井口省吾、長岡外史)と同じ陸大1期生で首席卒業をした。
ところが、「坂の上の雲」でも散々書かれているとおり、第8旅団長として参加した日露戦争の初戦で実践部隊の指揮官としては無能であることが露見してしまった。
「岫巌分水嶺攻略戦」の不始末。瓢箪山追撃戦の不活発の不始末。
こんなことで、東条英教少将は第8旅団長を罷免されて帰国。
本書(神の国に殉ず)では、「脚気を理由に更迭された」と書かれている。
そして、第8旅団長を更迭された理由を「薩長閥でないから」と責任の所在を明らかにしてない東条英教と言う人物は、息子の東条英機そっくりでもある。
実際、閑職ながら中将にまで昇進して退役しているから本当に妙な事になる。

本書から逸れるが、二次大戦の映画を見ると米国などでは司令官不適格と言うことで「少佐」に格下げして本国召還であった。
Ddayというノルマンディ上陸作戦では、酔って上陸作戦決行日を話してしまった少将はも即刻本国召還だった。但し、映画ではアイク(Eisenhower)が気の毒と思って、少佐ではなく大佐で本国召還となっていた。
そういう風に、命令に従わなかったり、司令官不適格という場合には米英国などは階級を格下げして予備役にする。しかし、日本の陸海軍ではそう言う人事というのは行われた例がない。
陸軍も酷かったが、海軍なども将官以上は順送り人事で司令官として失敗したのに昇進するという馬鹿馬鹿しい人事が行われたのは先の戦争の結末を見ると驚くものである。
ここで、東条英機は日露戦争の時、士官学校を卒業したが実戦部隊には加わらなかった。
一方、米内光政は、駆逐艦の水雷長として日本海海戦に参戦して敵艦を沈め、功五級金鵄勲章、勲五等隻光章を貰っている。
米内光政は、海大卒業後参謀になって順調に出世して小型艦の艦長から新鋭戦艦の艦長、司令官、連合艦隊司令官と地道に実績を積む。
一方、東条英機の方は実践経験もなく、参謀本部の副官、陸大の教官とか平時の連隊長、関東軍参謀長など規則一点張りの統制派の将軍になる。
背景に、5.15事件や2.26事件が絡むが東条英機、米内光政の伝記ではないからある程度通りいっぺんなところがある。
ここまでで来ると、どうも従来の歴史的な事実の羅列で今更という部分がある。

実は、その日露戦争の部分於いて、「坂の上の雲」の歴史観に準拠しているのかとあきれる部分が散逸される。
「坂の上の雲」というのはあくまでも小説で、その中身なりが正しい歴史観なのかどうかは別問題である。
その変な部分を特に例として取りあげると、日露戦争の初戦の内の「マカロフ中将」の部分である。
本書では、
ロシア軍の高官にはめずらしくマカロフは平民出身で、貴族ではなかった。」他にも類似な部分がある。
「坂の上の雲」第3巻
かれは正真正銘のスラブ人で、しかもロシア海軍にとって例外的な存在であることは、貴族の出身でなく、平民の出身であることだ。帆船時代からの水夫からたたきあげ‥‥」

ウィキペディアを見てみると「海軍准士官の家庭に生まれる」とあるばかりでなく、「ニコラエフスク航海士学校首席卒業」「海軍士官候補生となる。」であって、水夫からたたき上げたのではなく初めから士官である。
もう少し正確に言うと、ウィキペディアで「海軍準士官」と言うが正確には「海軍士官」であって、海軍軍人家庭である。
ロシア貴族の決まりは「士官は貴族である」と言う規定があって、貴族でない限り士官にはなれない。
そしてマカロフは、士官(貴族)の家庭に生まれたから士官になったと言うことである。
こんな風に、「坂の上の雲」をそのまま信じて書いてしまうあたり、この歴史小説の底が知れてしまうと言うものだろう。
だから、今頃にもなって「坂の上の雲」の通りに広瀬少佐の閉塞作戦を書いてしまう。
「脱出のさい部下の杉野孫七上等兵曹がいないのに気づき、沈没寸前の船内を三度さがしまわったエピソードはのちに文部省唱歌『広瀬中佐』により全国にしられることになった。」又、「広瀬はロシア駐在が長く、ペテルスブルグの社交界の花形となった逸材だった。彼をこの作戦に参加させたのは、上層部が『情報』の価値をまだ認識していなかったせいである。」
事実は、杉野孫七上等兵曹は生きて生還した。(ボートに乗っていた。)
即ち、広瀬少佐の乗った閉塞船は完全に沈没すらしなかった。そして、ソ連崩壊後の資料に寄ればその閉塞船の船上で戦死した広瀬少佐の遺体写真がある。
完全な閉塞作戦失敗だった。
又、司馬史観による広瀬中佐(死後昇進)賛美は、当時の軍神物語をそのまま引用したものでいろいろと妙なものがあったはずだ。
後の敵弾三勇士などインチキものが数多くある。
ここで司馬史観から離れて、貴族を研究してい関係から私見を述べると広瀬少佐は、余り役に立たなかった存在ではないかと考えられる。
なぜなら、日露戦争直前のロシア帰りなら少なくとも艦隊の参謀になるはずが、単なる水雷長である。いわば洋行帰りとしては閑職である。
理由は、ロシア社交界、貴族社会に溶け込めなかったのとハニートラップ疑惑であろう。
だから、日本に帰ってきて女性関係は一切封印して女性嫌いで通したし、汚名挽回と危険な閉塞作戦に志願した。
「ロシア社交界、貴族社会に溶け込めなかった」というのは、貴族の公用語のフランス語を話さず、広瀬はロシア語を話したことである。
ロシア貴族の間ではロシア語というのは庶民が使う下等な言葉として蔑まれていたはずなのである。
フランス語を話さない日本人将校は、貴族の嗜みすら分からない変人か下品な人物と言うのが当たり前であるはずなのである。詳細は別のところで書いたので略。
だから、ロシア語が分からなかったという貴族もいたと言う。
それで貴族が軍務に差し支えるのかというと、兵隊は征服した異民族だから元々言葉は通じないから問題がないというものである。(督戦隊は当然あり)
だから、フランス語が堪能な秋山好古は同類の貴族と見なされて歓待された言うのは、「坂の上の雲」にも記載があるところである。

その他、本書「神の国に殉ず」の酷い記述は日英同盟の破棄の項目である。
日英同盟は、日米英仏の四国条約の締結により解消されたが、日英同盟の破棄は、英国のチャーチルも反対であり、当然日本の首脳のその意志はなかった。
それを米国の尻馬に乗って事なかれ主義なのか勝手に「四国条約」を締結したのは、(米国派の)幣原喜重郎全権大使の一存であって、日英同盟廃棄可否の訓電すら発していない。

このことに対してどう書いてあるかというと
「おかげてイギリスは対日関係を悪化させることなく日英同盟を解消できた。日本も異存なくうけいれた。」
これは随分とあっさりしたものだろう。

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