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2011年2月

2011年2月28日 (月)

NZ大地震で「九死に一生を得る」幸不幸の不思議さ

NZ大地震で「九死に一生を得る」幸不幸の不思議さ

運命分けた昼食 ビル倒壊10分前に外出」(産経新聞・共同通信)と言う記事があった。
この記事では「ニュージーランド大地震で、崩壊したクライストチャーチ市の語学学校『キングズ・エデュケーション』から、発生10分前に昼食のため外出、難を逃れた生徒がいた。京都外国語専門学校の持田知穂さん(19)=滋賀県。」と書かれている。
ところが、この記事と同じようなことは、読売新聞2月26日朝刊には「初めて校外での昼食、その日に‥‥」別の女子学生の話として読売新聞独自取材として掲載されていた。こちらは、滋賀大学2年生の女性(大津市)。
共同通信伝で「地震前日の21日夜、友人女性から、学校の外で翌日の昼食を食べようと誘われた。」とあるのだが、実は4人で昼食を食べに学校を出たらしいことが読売報道でわかる。その後の状況や行動が同じなので間違いないだろう。
こういうふうに、ほんの少しのところで生死を分けると言う事は事件を見ると良くある様である。
考えれば、あの御巣鷹山で遭難した日航ジャンボ機でも満席でキャンセル待ちで搭乗して遭難した人もいれば、搭乗キャンセルして難を逃れた人もいると言うことである。
そう言うことは以前どこかで書いたかも知れないが、従兄弟のことで昔聞いたのもそうであった。
それは、まだ沖縄が返還されるずっと前の話。
沖縄の学術調査団の一行に学生の分際で加わっていた従兄弟。どこからか(どうと言うことがない)電報が来て急遽1日早く帰国(返還前なので)することになった。その一日早い飛行機で帰って来て何ともなかったのだが、翌日の予定で乗るはずだった飛行機は遭難したという話。
しかし、その遭難記事は結構大きな取り扱いだったから覚えているものの、ネットで飛行機の遭難記事を調べても良く分からなかった。
いずれにせよ、そう言う生死を分けそうな「難」を避けるのも運がよいとも言えるが、種々調べてみると実そうとも言えないことが多い気がする。
そう言う「九死に一生を得る」様な人というのは、長い人生で何故か3度くらいは大小はあろうとも「九死に一生を得る」様なことがある。
そして4度目はアウトというか、本当ならこんなことで何故と言うところで亡くなったりする。
事実「九死に一生を得た」様な人というのは、そんなことが多い。
考えれば、あの不死身のオーディー・マーフィー(Audie Murphy・第二次世界大戦で24個の勲章を受けた映画俳優・監督)も亡くなったのは単純な飛行機事故であった。
ここからは運命論みたいなものになるのだが‥‥‥こういう「九死に一生を得る」様な人というのは、実は普通の人と違って運勢が逆転していると考えている。
「九死に一生を得る」訳だから、ほとんど助からないのに運勢が逆転しているために自分1人だけ助かると言うわけである。
そう言うわけだから、普通の占いで「今年は良い年」と言うときは「悪い年」。そして「悪い年」と言うときは「良い年」になる。
しかし、その「良い年」が元々「悪い年」なのだから単純によい年になるわけではないところが悩みが多い運勢になる。
「九死に一生を得る」と言うことのために、その何倍も不運に悩まされる一方で、死地を数回脱するというのはやはり運勢は「ゼロサム」であると言うことである。
誰でも人生に一度は大金を手にすると言うのも嘘ではないから、宝くじで大金を当てると言うことだってありうる。
しかし、そう言う人はやはり不思議とその他では大金を手にすることはない。宝くじの当選というのも運勢的には何か問題がありそうである。
そうして、その運勢が逆転している人は「九死に一生を得る」時は「生」に振れ、誰もがそんなことで亡くなるものかという事柄で簡単に亡くなる。

いずれにせよ、そういう「九死に一生を得る」と言う様な経験は出来ればしないほうがよい。しかし、そんなことは運命づけられているから逃れようがない。
その上「運勢が逆転している人」の占いというのは、占いの枠外にあると言うものである。そう言う占いが全く当たらない人というのが世の中にいるのである。
そして、「運勢が逆転している人」かどうか調べることはある程度の経験則から推測出来るだけであると言うのも紛れもない事実である。

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2011年2月27日 (日)

官尊民卑が露出した民主党政権と雑誌「正論」論調

官尊民卑が露出した民主党政権と雑誌「正論」論調

雑誌「正論」が金曜日(25日)にも配達されてきたので「さっさ」と一通り読んでみた。
近年こういう雑誌が売れなくなってきたという話は良く聞くもので、ついぞ「諸君」は廃刊になった。
雑誌「諸君」が廃刊になったのは、本が売れなくなったと言うより出版社の事情によるのではないかと実は思っている。なぜなら廃刊の近く1年くらいは買おうと思っても書店で売っていないことが多かった。
書店で売っていなければ売れるはずもないから、部数が減るのは当たり前である。
そして、雑誌「諸君」というのはいわゆる似非「保守派」という人達が巣くっていた雑誌でもあった。その似非保守派本人達の立場は戦後余り変わらなかったかも知れないが、日本の国民世論が戦後教育・プロパガンダの呪縛からいち早く解け、振り子の振りが元に戻ったと言うことである。
そう言う振り子の揺り戻しが元々保守派の雑誌であったはずの「文藝春秋」が左傾していると見られ、その同じ出版社の「諸君」は目障りだったのかも知れない。
振り返って雑誌「正論」を読むと近年では「オオカミの遠声」の様な感じがしてならない。
国民の目から見れば、今の菅民主党政権というのは国民が意見として何を言ってもまともに答えず、やりたいことをそのまま押し通す。国会論戦を見ても野党の質問にまともに答えず、言い逃れをして結局聞く耳を持たない。
こんな様であれば雑誌で何やら騒いでも「煩いことを言っている」と何も影響されない。
単なる不満のガス抜きでしかないという気がしてならない。
だからそんなガス抜きでいくら議論しても、自民党時代とは違って何も影響されないし取り上げることはない。
意見が採り上げられたとしても、例によって「気を鼻で括る」答弁や質問趣意書の答えでは意味をなさない。
しかも国民や野党はたまた、民主党内部からの意見が煩いからと「ゲハイム・シュターポリツァイ(Gestapo)」(ラスヒス国家保安本部)まがいの民主党(軍)兵として自衛隊を使ったりしている。その言論統制のみならず「民主党執行部が所属全議員に対し、テレビやラジオに出演する際、番組名やテーマをあらかじめ届け出る。(産経新聞・共同通信)」という末期症状である。
ここで菅首相は予算が上手く成立しなくても何としても首相の座にかじりついて、何らかの成果を残そうとしている。
こういうことが何故なのかと思っていたら正論「『8月15日』は解放記念 日罷り通る自虐教科書」と言うところにこんな風に書いてあった。
「‥‥『共産主義的人間』ほど、一度権力を握ったら、それを乱用しがちなものである。‥‥」
分かりやすく言えば、彼らは日本の国益や国民のためと言うのではなく全て「個人のため」という独善的な自己愛に基づくものだと言うことである。
だから民主党を批判する者に対しては、国家権力を動員して弾圧もするし制限もする。これでは、今の日本は民主主義国家ではないと言う事になる。
そう言うことで、今や日本は経済的な閉塞感どころが政治的な閉塞感さえ出始めている。
だから、明日はどうなるのかと国民は不安がるのだが民主党というのは危機管理は、民主党内部だけの危機管理であって、国民と国家に対する危機管理は欠如してしまっている。
国は、民主党のためだけのものだと思っている様な国会対策委員長が存在する現在、国民としては早く民主党という醜態な政府か去ってくれることを首を潜めて待っているのである。
この菅政権の「聞く耳」持たずと言う民主主義国家としてあるまじき行為というのは、直接国民に係わる事としては国土交通省などの国の機関が正にそうである。
例の八ッ場ダムの問題を見ても現地の言い分を全く聞かなかった。
たとえば道路拡幅という単純な説明会でも、本来なら住民の意見を聞いてそれを幾分か反映させると言うような事は一切無い。
いわゆる説明会というのは、民主主義国家として「国民の意見を聞いた」という形式的なものである。
その論戦が、今の国会での有様と重複して見えるというのは、日本の国は末端の国家公務員からして意識を入れ替えさせなければならないと言うことかも知れない。
特に国土交通省などの人間は、公共工事で土建業者に絶対権限を行使して威張るから、関係ない住民に対しても同じ態度を取る。
おまえら、我々の税金で喰っているのだろうと腹が立つ。
未だに官尊民卑どころか国民を「クソ」と思っているのが、中央官庁の役人だけでなく地方事務所小役人までそうだから始末が悪い。

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亡医師のお通夜と甘い物(通販)のお話。

亡医師のお通夜と甘い物(通販)のお話。

今日(2011/02/25)は、昔お世話になったお医者さん(K医師)のお通夜だった。享年89歳。
こういう高齢の老人が亡くなると最近では参列者が多くないことが多い。特に、最近では隣近所でも通夜、葬儀にも出ないという人が多くなった。
特に仕事を持っていなかった女性だと、親戚の他に本当に数人と言うことさえある。
このK先生は医者の跡継ぎがいなくて医院は閉鎖した一方で、家族が調剤薬局をしている。その関係のあってそれなりの人が集まった。
昔お世話になったとはいうものの、一番お世話になったのは亡父の方である。
父は、いつどこかで占ってもらったのかは分からないが「50歳で死ぬ」と言っていた。その50歳を前にして吐血などをしたりして死期が迫ったと思ったらしい。それが胃潰瘍が見つかって手術をして九死に一生を得た。
その後占ってもらったら「長生きすると」出たという。
これもどこで占ってもらったかは言わなかった。
父は戦争を経験した世代で、徴兵されて集まった召集兵の新兵の内で、戦後まで生き残ったわずか3人のうちの1人だったと言うから命強かった。
その際どさというのは、南方に送られる無防備な輸送船に乗って東京湾を出港したとき。
東京湾のあの岬を回ったら外洋で無線封鎖して引き返さない‥‥という岬を回り始めたところで「サイパン陥落」の通報。
それで引き返して、命拾いをした。命拾いしたというのは、東京湾を出たら米国の潜水艦が待ち構えていて間違いなく撃沈というのは常識だったからである。
次の命拾いは、軍隊勤務で広島にいて原爆投下の一週間前に横浜に転勤。それで原爆にも合わなかった。
そうして、三回目だか四回目だかの命拾いが胃潰瘍の手術だった。
ところが、その手術の時に大量の輸血をして(後に分かる)C型肝炎に感染して30年後に決められた期日が来た様に亡くなった。
その30年後にC型肝炎から来る肝臓癌を即座に見破ったのが老齢だったK医師だった。そんなもので、K医師には父と母の二回葬儀に来てもらっている。
それで今回は、貰った香典二回分を一つにまとめて香典とした。
但し、その二回分が一般にお包みする常識的な金額だから「古い金銭感覚」であったのは間違いない。
こういう葬式というのはここのところ2件ぐらい見逃している。
その一つは以前のエントリーで書いたとおり、旅行中の新聞に載った訃報。もう一つは、同級生に道で会って知らされるまで全く知らなかったもう一件。
そんなことで、心を入れ替えて参列したという次第。
そのお通夜も久々の「神葬祭」だった。例のお線香ではなく榊をあげるもの。
近年曹洞宗などの葬儀が多くて、余りお経らしくないものに接する。神葬祭だと神様だから「○○の命」と言うわけである。
それにしても近年は、葬儀が出来る会館を持つ葬儀社で行われることが多くそれに連れて「お返し」が貧弱になった。
いずれにせよ、昔通常行われた自宅葬や通夜というのものはついぞ見なくなった。
早世した兄の告別式は大昔だから自宅葬だったが、参列者には会葬礼状と葉書が二枚ほど入った封筒を渡し、香典を持ってきた人には後から香典返しを送った様に記憶する。
それが今は、葬儀社によってパターン化して親族が「慣例として行わない」と言ったことでさえ「葬儀社」の都合でやらせる様なあくどいこともある。
そして、大昔は何やら葬儀の時は甘いお菓子の臭いか、酒饅頭の臭いがした様に思う。
なぜなら、そういう人が集まるときは必ずと言って良いほど当時の名物だった「薄皮の」酒饅頭(片原饅頭)が配られたからだ。
そう言う食い物をネットで探すと言う事になると、PC用品や家電製品と違って規格がないからこの前のグルーポンの「おせち」騒動の様に中々難しいものがある。
特に、楽天の期間限定ポイントが溜まってると「楽天」の策術に嵌って何か買おうという衝動に駆られることが多い。
食い物なら消えてしまうから何でも良いかと思うが、コメントが少ないサイトというのは要注意サイトである。
この前、お米を同じ大潟村の「あきたこまち」だからと、初めてのサイトの産直で買ったら美味しくなかったというのは大失敗だった。
このサイトは、商品レビューが3年間で5件しかないそれも半年に一件程度のもの。
新しいサイトと勘違いして少ないのかと思ったら、そうではなかったと言うのが真相だろう。そして旨くなかったから、当然自分もレビューを書かないわけである。
こういう食べ物のうち楽天広告に出でいたスイーツあたりだと逆に、落胆させられるコメントが多いことがある。
しかも概して食べ物は割高だったりするから用心である。
そんなことを言いながら、ディノスでこの夏場の1,000円割引感謝券で梅干しを大量に買い、冬の1,000円感謝券で今度は「干し芋」を買った。
届くに一週間も掛かったが、女房殿がそう言うのは「賞味期限が短いのよ」と言われてみてみたら約1ヶ月だった。
この干し芋、レビューが多くて間違いなかったが、こんな干し芋にしては結構高価。
旨いものは高いのは仕方がない。
お茶請けには最適だが。芋だから腹持ちが良くて少量にしておかないとあとがきつい。
今では、期限内に食べきるのか心配になっているダイエット中の欲張りである。

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2011年2月23日 (水)

ニュージーランド地震を考えて思うこと

ニュージーランド地震を考えて思うこと

ニュージーランド地震では、国際緊急援助隊67人が23日成田から出発した。
この政府専用機に関しては、外務省から「被災した学生の家族について、政府専用機には乗せられないと政府から連絡」とあって混乱した状況であった。
前原外相が22日夜、緊急援助隊を被災地に輸送するための政府専用機に被災者の家族を同乗させる考えを表明しながら、政府専用機を管理・運用する防衛省との具体的な調整も行われないまま、見送られたことだ。」 (読売新聞)と言う風にある。
しかし、産経新聞に「援助隊に立ちはだかる“72時間の壁”」と言う記事があって、家族を待って1日遅らせるわけには行かないと言うものだろう。

Building01
安否不明者が集中している学校「キングス・エデュケーション」。
例の完全に倒壊してしまっている建物の写真や映像が出で来る現場。
その元の建物の姿というのは、読売新聞などでは「キングス・エデュケーション」の紹介Webサイトからの写真が出ている。
その写真から見ると、なんと6階建で一見して柱が細いハワイなどによるある建物である。二つ目の写真は3階建のでこれは残った方なのかも知れない。
しかし、被災写真を見ると完全に倒壊している建物の横にガラス一枚も割れていないビルが見える。

Kingsbuilding
こういうのは阪神大震災の時と同じで、たまたま古い母屋に泊まったために圧死してしまった婚約者という痛ましいこともあった。
そう言うことでもないのだか、ハワイ(地震がない)の建物の様なところへ行くと地震国なら倒壊しているなと密かに思ったりもしていた。
だから、日本でも地震が来たら直ぐにでも倒壊してしまいそうな建物には近づかない様にしているのである。
そして、断層のある地震国のニュージーランドなら怖くて仕方がない。
そんなことは、語学研修の人達は気づかないだろうし大変痛ましいことになった。
それにしても、今最近日本の調査捕鯨の中止にニュージーランドやオーストラリアが「シー・シェパードSS」のバックについて擁護しているという報道があった。
そう言う政治問題に関しては、こういう語学学校に通う人達というのはどういう思いだったのかと考えれば、何も気にしなかったに違いない。
そして、ニュージーランドと言えばオーストラリアやカナダが中国人ばかりになって、そのためか逃げたしてきて、移住したのが例の大橋巨泉氏。
以前の週刊誌で大橋巨泉氏が述べている。
リーマンショック後ニュージーランドは大不況で、土地建物が暴落したから安く手に入ったと自慢していた。
その巨泉氏がこの地震でレポートでもするかと思えば、何もない。日本はまだ冬だから、日本には帰って来ていないだろう。
そんな大惨事が出現していたのに、東京の上野では例の「超」金の掛かるレンタル珍獣で大騒ぎだった。
このレンタル珍獣別名パンダは、元々チベットの動物で本来中国とは関係ない。他人から奪ったものを高額で貸して、「パンダ恩」を着せるというのは中国流としては良い商売である。
それにしても、パンダの名前なぜ中国風なのか不思議なものだ。
諸外国ではその国にあった名前をつけている筈なのだか。

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2011年2月19日 (土)

調査捕鯨中止問題に見る屈曲した日本の言論

調査捕鯨中止問題に見る屈曲した日本の言論

南極海での今季の調査捕鯨は反捕鯨団体「シー・シェパード」の度重なる妨害行為によって中止になった。
この問題について社説で述べているのは、日経、読売、毎日新聞である。
ここで日経新聞社説と読売新聞社説は事実上瓜二つの様でまずは
1987年に始まった日本の調査捕鯨は、国際捕鯨取締条約に基づく正当な活動である。それを暴力的手段で封じようとするシー・シェパードの行為は、決して許されるものではない。シー・シェパードの妨害行為に対しては、国際捕鯨委員会(IWC)が、全会一致で強く非難する決議を採択している。」(読売新聞)

「日本の調査捕鯨は、国際捕鯨委員会(IWC)が認めた合法的な権利である。話し合いで決めた国際ルールに沿った活動だ。これを無法な暴力行為によって妨げる反捕鯨団体の仕業は許されることではない。」(日経新聞)

‥‥‥と書くのだかこの「シー・シェパードの妨害行為」は「暴力的手段」、「無法な暴力行為」と及び腰の書き方をする。
毎日新聞ではもっと及び腰で妨害行為とも書くが基本は「抗議活動」である。
なぜ事実上のテロ行為を「抗議活動」とか精々「暴力的手段」とするのかは、こういう新聞人というのが「平和呆け」しているに違いない。
ロープをスクリューに巻き付けようとしたり、発火性の照明弾や酪酸を投げたり体当たりしたりするのがこの単なる「抗議活動」なのか疑問なところだ。
これを以てして、単なる「無法な暴力行為」で済ませるというのも妙な言い回しである。本来なら警察権を持って「海賊行為」として「臨検」すべき事柄だろう。
こんなことをしても、安全なのは「日本と言う腑抜け国家」だからと言うことである。
考えてみても、あの尖閣問題というのはあの「大東亜戦争」での遺産を完全に日本は食い潰してしまったことをまざまざと思い起こさせるのである。
その「大東亜戦争の遺産」とは、米・民主党系のライシャワー米駐日元大使が「日本は白人と戦争も出来る国」だからと、日本封じ込めを画策したことである。
それが敷衍して「ハンディキャップ国家」と例の小和田氏が日本を封じ込めようとしたことと同じである。
日経新聞では
「横車も強く押せば日本は引き下がると、国際社会に受け取られかねない対応は望ましくない。国際的な約束事を実力行使で踏みにじる行為を見過ごせば日本の国益を損なうだけでなく、話し合いによる解決を重んじる国際ルールを軽んじることにつながる。この団体はマグロ漁にも不法な妨害を加えており、図に乗らせてはならない。」
という正論を示すのだが、読売新聞では「豪政府に厳重な取り締まりを求めるべきだ。」と実は他力本願になっている。
それよりもっと酷いのが毎日新聞で
「多くの日本人が『外圧』によって調査捕鯨をやめることを不愉快に思い調査捕鯨の継続を支持している。しかし、現実にはクジラ肉を食べなくなっており、調査継続の意義を掘り崩している。SSよりも日本人の食の変化の方が調査捕鯨にとって難問なのである。」
と別の問題にすり替える。
しかし、捕鯨は日本だけが行っているわけではない。IWCに加盟していない国は野放し状態であり、米国では「伝統」としてあの貴重な白長須鯨(シロナガスクジラ)を取らせているのである。

ここまで「シー・シェパード」のテロ活動が拡大し、しかもその後ろにオーストラリアやニュージーランドという国が控えている以上、この調査捕鯨というのは「代理戦争」に様相を呈しているのである。
だから以前日本の捕鯨船の位置が不明なとき、オーストラリアだかニュージーランドで嘘の救難信号を出して日本の捕鯨船に応答させたということがあった。
そうであるから本来ならそのバックを引っ張り出すと言うのが本筋なのである。
未だに「ハンディキャップ国家論」を引きずる時代錯誤の毎日社説氏は論外というものである。
日経新聞は
「団体の活動拠点があるオーストラリアや本部がある米国などはいずれも反捕鯨を掲げる国だが、船舶襲撃の刑事事件として厳格な処理と再発防止を日本政府は粘り強く求めていくべきだ。」
と書くのだが、米国は二重基準の国であることと、あくまで自国のことは自国で守るという「自己責任」と言うものがあるはずだ。
日本政府はこの「南極海の調査捕鯨」に対して対策法案を出していた筈だか、廃案なって成立していない。
要するに、日本政府の国防に対する「平和呆け」が原因である。
あの民主党の鳩山元首相の発言を見ても、現在の政府というのは国を守ると言うことに対して幼稚すぎる。
今東洋は、新帝国主義の時代に入ったと言われている。
民主党政権は自党の批判を恐れる余り、現役自衛菅のみならずそのOBなどに対する言論統制を施したり、民主党の本部周辺のかなりの部分の抗議行動を規制するなどになった。国民を恐れて、国民を規制して中国などの他国に媚びへつらうというのは、亡国の政府としか思えない。

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2011年2月18日 (金)

Sony α55にたどり着くまでの変遷とDT 16-105mm SAL16105

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一眼レフカメラの履歴としては、銀塩のオリンパスOM-1MDから始まる。しかし、オリンパスは一眼レフカメラのAF化をしなかったために、オリンパスユーザーのカメラ遍歴が始まってしまった。
AFカメラは、ペンタックスのZ-10pというパワーズームの付いたカメラから再度一眼レフに参入した。
しかし、サードパティ製の交換レンズがなかったというのは今と似ている。
結局、キャノンのEOS100Pという静音カメラに移行した。
これは高性能だったが、シャッター幕の自己融着(加水分解)という欠陥品で消滅。
それでカメラ雑誌に欺されてEOS7を購入するも、暗部に弱くAFが聞かないのでシャッターが切れないことが多出。
その上悪いことにロムが新しくなって、旧型レンズが使えなくなった。
そんなキャノン不信からミノルタへ移行。
新型が出て生産中止になったミノルタのα707Siへ。それからα-7へと進化して迎えたのが銀塩カメラの終焉。

ここでミノルタはデジ一眼を中々出さなくてまたまたPentaxに移りist*D。
ist*Dはかなりお金が掛かったモデルだったが、かなり難題な暗く写る初期モデル。
使いこなすのには、相当手間が懸かった。
その後コニカミノルタからα7Dを購入するもAF不良の上にこれも暗く写る旧世代の代物。
αSweetDでコニカミノルタはSONYへ売られ消滅。
そうして、またもやPentaxへ移りK100D、K10Dへ。
ここで手の届かなかったSONYα700がなぜか激安となり購入。
SONYはα700で止まってしまったために、又PentaxでK-7。
そうして、普及機のα55と言うわけである。
考えてみれば、キャノンかニコンに統一していれば種々迷走しなくても良かったと思う。しかし、ニコンというのは今でこそ値引きもあるが、昔は値引きなしの商品だった。
そして、キャノンはカメラ雑誌の提灯記事に欺されて性能の良くないものをつかまされた恨みから、キャノンのカメラというのは信用出来ないものとして違和感を持っている。
オリンパスは、デジ一眼レフから参入した。
しかし、ユーザーを裏切って、AFカメラを出さずデジ一眼レフとなって4/3でマウンドを買えてしまったオリンパス。こういうメーカーの製品は二度と買わない。

そう言うわけで、標準ズームというものは新旧といろいろと持つ羽目になった。
但し、ミノルタα7や、SONYα700と同時に発売された24-105mmF3.5-4.5(D)やDT 16-105mm F3.5-5.6 SAL16105は同時には買っていない。
24-105mmF3.5-4.5(D)は、はα7が発売されたときにセットレンズ。その後も年間2,000-3,000本程度生産されていたようだ。…製造番号から
定価60,000円もする当時としては高価なズームレンズで発売当初「CAPA年間ベストレンズ」に選ばれたほどのものである。
こんなレンズもコニカミノルタが撤退発表する直前には、半値以下だった。
しかし、24-105mmF3.5-4.5(D)というのはかなりクリアーな描写をするレンズであった故に、SONY移行後もブランド名を代えてしばらく生き残った。

これも600万画素のα7DやαSweetDくらいまでなら充分使えたのだが、α700で限界に近くなりシグマ18-50mm F2.8 EX DC (旧型)へ移行。
結局、α55と共に24-105mmF3.5-4.5(D)というのは完全に引退に追い込まれたと言うものである。
このα700と共に発売されたDT 16-105mm F3.5-5.6 SAL16105。
これは元々24-105mmF3.5-4.5(D)を元にデジタルAPS化したもので、かなり力が入ったレンズである。
一般には、上級のフルサイズVario-Sonnar T*とAPSでは同等の写りと言われている。
当然、SAL16105はどこでも確実に良い絵を出してくれるものなのだが、やはり設計が古いことがある。
それは、α55が動画も快適に撮影出来ることにつきる。
要するに、SAL16105でAFをするとその動作音が動画に入ってしまう。しかも手振れ補正のOSなども付いていないから、本体の手振れ補正ONだと熱の関係で5分しか動画は撮影出来ない。

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結局、ズーム範囲ではDT16-105mmF3.5-5.6の範囲に入ってしまうシグマの17-70mm F2.8-4 DC MACRO OS HSM を購入と言うことになった。
17-70mm F2.8-4 DCは、この性能からすればかなり安いレンズである。
背面液晶で比べると以前述べた様にDT16-105mmに落ちるが、実際の写真では区別が付かないというもの。
HSMでモーターの音はせず、OSだから手持ちの時は本体の手振れ補正は切り、マクロも使える。
強いて言えばこれで昔の「タムロンのSP24-135mmF3.5」の様に135mmまであればと言うものだが、それでは3万円半ばで買えそうもない。


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2011年2月16日 (水)

高崎市の自治基本条例の外国人地方参政権容認の不思議な光景

高崎市の自治基本条例の外国人地方参政権容認の不思議な光景

群馬県高崎市の市政運営の理念を定める「自治基本条例(仮称)」(まちづくり基本条例)で、外国人地方参政権容認する動きとして注目されている。
近年では産経新聞Web地方版で詳しく書かれている。
特に「高崎新聞」という「特定非営利活動法人メディア高崎」が運営する「高崎の都市力を発信するWebニュースサイト」ではより詳しく書かれている。
それによると「自治基本条例は、高崎市のまちづくりの最高規範となるもので、21人の市民委員と高崎市の職員によるプロジェクトチームによって、昨年(平成21年)8月から盛り込む内容の検討が行われてきた。」 という。
15日の報道では「最高規範」の削除されたが、高崎市市企画調整課は「市内に外国人は4,300人もおり、無視した街づくりは考えられない」という。(読売新聞地方版・Web共)

その「市自治基本条例検討市民委員会」の市民委員長が池田貴明という(写真で見る限り)若手の弁護士である
「高崎新聞」では「高崎市自治基本条例/素案公表で反響」として
住民投票について、素案では投票資格については何も記述されていないにもかかわらず、外国人参政権を認めるのは反対とする論調の意見が多くあった。この条例案では、外国人も高崎市のまちづくりを進める主役の一人として理解され、住民投票の投票資格については書き及んでいないことは明らかだ。条例中に投票資格が記述されていないことが、不安材料となったことも考えられる。」と言う様に高崎市の言い分を代弁している。

しかし、産経新聞による池田貴明市民委員長、嶋菊好市長公室長、松浦市長へのインタビューでは高崎新聞が書いているニュアンスとは全く違う。間違いないところでは、「市民」を国籍を問わないとしていることである。
条例素案を要約してある産経新聞Webを引用すると‥‥‥
「市が昨年12月に作成した条例素案では『市民』について外国人も念頭に『市内在住、在勤・在学者』と明記。市から条例作りを諮問された市民代表者も外国人を『市民』と認める提言書を市に提出済み」

そうして、高崎市側では「素案を住民に示した上で意見を求める『パブリックコメント』」を実施した結果批判が寄せられた途端に、委員会名簿をWeb上から削除したり種々非公開にしている。
こういう「自治基本条例(仮称)」というのは、長年松浦市政が続き今度引退するに当たっての花道の条例というのかと思ったりもする。
戦後の市政は石井市長による前橋市が断然リードして、それを真似るという高崎市というのが慣例だった。
その後前橋市が20年にも亘る石井市長であったために低迷し始め、その後助役から市長になった官僚市政、箱物市政が長く続いた。
続いて、市街地を空洞化させる新市街出身の市長市政が続き前橋市はとどめを刺された。
一方、元々松浦パンの社長から高崎市の市長になり、前橋市を反面教師として高崎は大発展した。その松浦市政も20年(?)続きもう引退らしい。
こういう多選市長の時には、いろいろと妙な事が起きるものである。
それにしても、高崎市というのは妙な官僚臭がする。
実はこの高崎市役所と前橋市役所の市民課を覗いてみると、前橋市がサービス業に徹した庶民的なのに対して、高崎市は官僚的である。
特に、今の高層ビルが出来る前の高崎市役所では、受付(インフォメーション)の厚化粧をしたオバサンからして非常に高圧的だった。その上学校でもあるまいし、何かのスローガンを掲げた張り紙がしてあったり妙なものでもあったと記憶する。
今の高層ビルの高崎市役所はではそんなことは無いが、高崎人というのは集団になると何か妙な雰囲気になるのである。
‥‥とは言っても、前橋市も市民課ではなく上層階に行けば打って変わって、県庁ほど酷くはないが官僚臭はする。
いずれにせよ、前橋なら「自治基本条例(仮称)」と言う様な条例は作らないかもしれない。作ったとしても、あの「平和都市宣言」みたいなものだ。
元々、高崎市では「最高規範との位置づけは、あくまでも理念的なもの。」という構想であったらしい。そして、「さかのぼっての条例書き換えや、今後制定される条例が縛られることは現時点ではない。条例はいずれも並列の立場で、住民投票条例も同じ。個別に定める」とWeb版では説明している。しかし、修正されたのは「前文の記述」であって、条文は残っている。

第10章 条例の位置付け

■ 条例の位置付け

市は、他の条例、規則等の制定改廃、解釈及び運用、総合計画等の策定及び運用その他市政運営に当たっては、この条例を最大限尊重し、及び遵守するものとする。」


‥‥と言う様に、今後制定される条例はこの「自治基本条例(まちづくり基本条例)」に制約される。
いくら市当局は「外国人地方参政権」を曖昧にして言及しなくても、条例が成立すれば条例の条文が生きる。
旧帝国憲法解釈が、明治の元勲が亡くなった以降に条文だけの解釈が行われたのは歴史が証明している。

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2011年2月14日 (月)

デフレ下の増税という実験と学校秀才が日本を再び破壊する

デフレ下の増税という実験と学校秀才が日本を再び破壊する

日本のGDP3位転落という報道があった。既に日本企業は日本国内での工場生産を止めて中国へシフトしたところが多くなっている。
それどころか中小企業の場合、親会社が中国に行ってしまって「5年先には仕事はない」と言われ、リスクも何も無視して中国に進出する企業がある。
そんな風に日本で物作りをしなくなった部分が多ければ、GDPは中国の方が大きくなるのは当たり前である。以前は中国で作れば人件費が安いからと言う理由が主だった。ところが、今や消費地に近いところに工場、営業所などを作るという理由になった。
日本は消費国ではなくなった、又は将来消費国ではなくなるという理由のために5年10年先を見て工場や販売店が中国進出もする。
5年先には、日本は「消費国ではなくなる」と言うのが何なのかと言えば、安直に言えば民主主義・自由経済国ではなくなると言うことである。
思えば、自民党は保守・資本主義自由経済の被り物をしながら、内部では社会(共産)主義をどのように滑り込ませるかという命題を追及してきた。だから、田母神問題などでは化けの皮が剥がれ、結果として下野することになった。‥‥が、しかし昔の陸海軍の様に失敗の反省はしていない。
一方民主党の方は、政権を取った途端に旧自民党のシャッポ(chapeau)を被ったナンチャッテ社会主義をかなぐり捨てて、一挙に社会主義へと驀進する。
それだけでなく、例の尖閣問題が民主党の命取りになっていることに関して、不思議と何かの反省や検証をしたという話は聞かない。
戦後の日本の問題というのは、政治や政策の失敗をしても何の責任を取らないと言うことである。責任を取らないというのは、戦時体制になった後の旧陸軍の参謀に散逸されるが、実は軍人はほとんど責任を取らされている。
一方、GHQに迎合した戦後利得者は文化勲章まで貰って既に逃げ切っている状態でもある。
正確には、 戦後利得者の後継者が未だにGHQ占領下のままに日本を扱い、しかも言論統制まで敷いていると言うことである。
但し、その戦後利得者と戦後利得者の後継者は既に国民の3割に満たない筈である。
その人達が民主党の支持者でもある。しかし、共同通信の世論調査で民主党政権支持率は19.9 %であるというのは、民主党政権というのがそのリベラルの人達の思想以前と言うことである。
あの恐怖政治を行ったボルシェビキでさえ、政権を取る前で30%の支持があった。それ故約20%の支持というのは、そのほとんど誰からも支持されない政党、政府である。
その政府が増税による財政再建という歴史上どんな国も成し遂げたことがない政策をするという。もし、その政策で国が立て直せたらその理論は「ノーベル経済学賞もの」と以前書いた。
その経済学に関しては、バブル崩壊から教科書に書かれていない経済状況を経済学の教科書に当てはめる政策を延々としてきた。
これは、戦争中に陸大、海大卒の陸海軍の優秀な士官が犯した間違いと全く変わらない。
端的に言えば、条件が違えば教科書は当てはまらない。
何度も書いている旧海軍の潜水艦の話。
日本海軍の潜水艦は高性能で優秀だったが、ほとんど戦果を上げられ無かっただけでなく、夜間戦闘機に簡単に撃沈された。夜間戦闘機にほとんど撃沈されたのは、昼間潜行して夜間に浮上していたからである。月夜に浮上しているとほとんど丸見えであり、夜間戦闘機を見つけたときは遅い。
唯一撃沈されなかったのは、逆に昼間浮上して夜間潜行していた教科書に書かれていない操艦の潜水艦だったという。
消費税の増税は、「消費国ではなくなる」という一里塚であると共に、日本が第3か第4の敗戦という事態となる。そもそも資本主義の基本というのは「自助努力」であり、結果としてのアメリカンドリームというのがある。その対になるのが「結果の平等」を希求する社会共産主義であることは分かりきったことだろう。
考えてみても分かる様に、増税して年金や社会福祉、生活保護を厚くすれば財源が必要である。中東の産油国であれば、国民に高額な金をばらまくということも出来ようが日本には石油はない。そして、経済活動の足しにならない増税は消費経済を破壊して、企業は北欧のように国外から脱出する。結果、経済そのものを萎縮させると共に年金や、生活保護を頼りにする国民が増大する。
このイタチごっこを停止しなければ、資本主義社会の中で社会主義的実験をする消費税増税は何も良いことを生み出さない。
それでは何が今の閉塞感とデフレを招いているのかというと、「ゼロ金利政策(限りなく)」の弊害である。
米国では、日本と同じように「ゼロ金利政策」を実施したら景気が上向いてきたという。しかし、日本ではそうならない。
なぜなら日本が「ゼロ金利政策」を続けていたとき「円キャリートレード」が起きたように日本以外は高金利だった。借金嫌いの日本に対して、欧米の国民は借金漬けだった。
読売新聞社説(日銀議事録 ゼロ金利解除の失敗に学べ・2月6日付・読売社説) を見ると日本の経済を見る人達が前出の「陸海軍軍人」そのままの思考であることがよく分かる。 「その後の展開は懸念された通りで、ゼロ金利解除のツケは大きかった。」と書くのだが、ゼロ金利解除後にどれだけ金利が上がったのかというと
「0%に抑えていた短期市場金利(無担保コール翌日物金利)を0.25%」
「『補完貸付制度の基準金利』(公定歩合)年0.1%から0.4%」。
要するに、コンマ以下である。
その後の経済状況に関して「ゼロ金利解除のツケは大きかった。」と言うのもどう考えても納得の行かないものである。

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2011年2月12日 (土)

YouTube動画で見る第45回前橋市民展・書道部門の作品解説

YouTube動画で見る第45回前橋市民展・書道部門の作品解説

第45回前橋市民展・書道部門の作品解説を自身の作品を含めて動画で解説をしてみた。
書作品の構成パターンというのは種々ある。‥‥とはいうもののある程度の類型化が可能である。従って、ある一定の法則によって考えられる構成を基本とし、配置するポイントをどの様に扱うのかは作者の腕の見せどころと言って良いかも知れない。
それは、見る人の目線をどの様に引きつけて作品の中に引きずり込むのかと言うことにつきる。
特に前衛作品と呼ばれる可読性の無いものに至っては、可読性という観覧者との意思の疎通が無い故に、どの様にして感性を呼び覚ますのかという試みが大切である。
それと同時に、二次元の作品をどうやって三次元的な作品に近づけるのかという課題もある。
こんな思いというのは、書を単に書写として学ぶところでは考えつかないことである。
多少考えつく時期になると言うのは、お手本をもらわずに条幅作品を創作するという頃であろう。
但し、伝統書と呼ばれる師匠の作風と寸分違わず書くという、カーボンコピーではそんなことはあり得ない。
いずれにせよ、ある程度筆や、書く線に慣れたところでやっと前衛書が書けるというのは、前衛書を書いてみれば直ぐに分かることである。

又、動画の撮影にはCyber-Shot DSC-HX5Vを補助的に使ったが、今でも中々見捨てたものでない。そしてそれはSONYα55・DSC-HX5Vより大部勝っているところもある。
それにしても、編集に使用したAdobe Premiere Elements 9も安定した性能と使いやすさを感じるものである。
Adobe Premiere Elements 9では、カスタマーレビューなどの不評というのはパソコンがかなり低性能なのか、どこかの不具合なのではないかと思われる。
Windows7であっても32bit版だと不安定であるのは、PowerDirector9 Ultra64というソフトが64bit版を対象としたソフトがあることでも分かることである。

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2011年2月11日 (金)

第45回(記念)前橋市民展・書道部門の作品解説当番

第45回(記念)前橋市民展・書道部門の作品解説当番

第45回前橋市民展がグリーンドーム前橋で開かれている。表題部に記念展の文字がなかったから今回からから止めたのかと思ったら、中身は記念展で最高賞に「第45回記念賞」があった。

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前橋市民展というのは、群馬県の美術展では最大級のもので公募出品点数951点を数える。そうとは言っても、郡部を合併したにもかかわらず一時期の半分に満たない。
これも若い人が芸術文化に関心を持たないという気がして、文化の衰退には目を覆うばかりである。
特に、日本画は出品点数23点と消えてしまいそうな点数である。

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県美術展でも入選が4-50点という有様だから、日本画を描いている人自体の人口が少ないと言うことである。
事実日本画を始めて、出したい色が出せるまで10年近く掛かるというのだから気が遠い話だ。
この展覧会の出品点数の内の過半459点が書道部門である。この書道部門でさえ、一時期に比べ約300点程度は減少している。その半分がかな部門(2部)の様な気がする。

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この市民展というのは、3部門に分かれその部門ごとに3部門ずつに分かれるから実質9部門である。
そしてその特別賞の賞割と言うものは書道、美術、写真には公平に割り当てられるが、その部門の中では持ち回りである。
だから、今年の書道の場合、漢字で「第45回記念賞」、かなでは「市民展賞」、新傾向では「知事賞」と言う風にその部門最高賞の賞が違う。
記念展でないときは、市民展賞、知事賞、市長賞が部門最高賞となる。


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さて、今年は「作品解説当番」と言うものに当たった。
これは「展示会場において適宜来場者にたいして作品解説を行う」(市民展委員会)というもの。
実際は、指導者が「作品解説当番」の時、社中の人達を呼んで作品の批評会をするそんなことになったようだ。
そして今日雪が降る中、朝から昼過ぎまで会場当番と同じように待機しての「作品解説当番」であった。但し、会場当番と違って交通費さえ出ない完全なボランティアである。
それにしても選りに選って、雪が降る中会場に出かけるとは。
そうして、小生のところでは、別の日に研究会を行うことになってるから特に作品解説を行うことはなかった。
そんな風ではどうしようもないので、自主的に自身の作も含めて作品解説ビデオを作っておいた。(後に公開予定・全3点)
ビデオの解説にもある様に、会場のグリーンドーム前橋・サブイベントエリアで展覧会をするというのは初めてである。そして、サブイベントエリアの展示会場正面から入ると正に迷路で、新傾向室まで中々にたどり着けない。
それで奥の方は廊下に出られる部分かあって、そこから出入りすることになる。

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このグリーンドーム前橋と言えば、知る人ぞ知る全天候型競輪場である。
ここで、競輪が行われないときはイベントが行われることもある。しかし、移動できない競輪バンクや音響効果が最低なのが欠点で悪評が立ち、音楽関係イベントはほとんど行われたことがない。
‥‥と言うわけで、昼過ぎまでの当番なのでお昼を食べようと言うことになってどこへ行ったらよいのか分からなかった。
結局、2階の競輪場へ入ってフードコーナーへ行くことになった。
後からよく調べたら5店舗あったが営業しているのは2階で2店舗。3階の立食カレーコーナーが1店舗だった。
500円カレー‥‥昔の学食(学校生協)の様な感じのカレーだから味も推して知るべし。
但し、生協のカレーというのは業務用のカレー缶詰だったが。

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2011年2月 9日 (水)

第64回書道芸術院展・ダイジェスト静止画版 その1

第64回書道芸術院展・ダイジェスト静止画版 その1

毎年この2月というのは展覧会シーズン真っ直中である。一時は群馬県展も重なって、何が何やら分からないときもあった。今年はそんなことにはなっていない。それでも2011/02/09は市民展の陳列だった。
県展が2月にずれ込んだのは、2年間。県立近代美術館が改装中だったからで、同じように前橋市では市民文化会館が改装中である。

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銀座セントラル美術館5階

そして、東京都美術館も改装中だから第64回書道芸術院展も中央展は、東京・銀座セントラル美術館になった。
当然、銀座セントラル美術館や銀座画廊美術館では全点展示などは出来る筈もない。
それで西日本展は、奈良県文化会館。東日本展は、せんだいメディアテークで行われる。
従って、小生の作品もこの中央展が終わると宮城県の仙台まで送られる。

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いずれにせよ、銀座5階には財団役員と院展役員の常任総務、総務選抜と審査会員選抜。
そして、上位賞・審査会員に贈られる峰雲賞、審査会員候補に贈られる書道芸術院大賞・準大賞、白雪紅梅賞までである。

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銀座画廊美術館

8階の銀座画廊美術館には、無鑑査上位賞の院賞、毎日賞。公募最高賞の準特選が展示されている。
上京したのは5日。この日は作品鑑賞会、表彰式、レセプションが有楽町の帝国ホテルで行われた。この行事に出るだけなら造作ないところだが、当然銀座セントラル美術館や銀座画廊美術館に寄り、あわよくば渋谷東急まで足を伸ばして展覧会を見る有様‥‥??。
セントラル美術館には9時45分くらいに到着したのだが、もう既に観覧者がみるみると入ってくる。10時を回る頃になれば、ビデオを回していることも出来ない状況であった。
それで、後から考えてみると余りよく展覧会を見ていないという感じになっている。

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作品鑑賞会・後藤大峰先生の作。

午後1時30分から、表彰式の会場で作品鑑賞会があった。
冒頭は、恩地春洋書道芸術院会長の説明。
その説明の内の長さ約17分が名誉顧問の村野大仙先生の作品解説だった。プロジェクターで映し出される映像というのがモノクロであったから感じがつかめない。

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恩地先生が解説した、左・村野大仙先生の作

丁度写真を撮っておいたので、なるほどと言う感じがする。

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峰雲賞・尾形澄神先生。
この後副賞として、香川家から香川峰雲先生の印の額が贈られた。

この作品鑑賞会は、先生方の解説が長く結果、表彰式はレセプション(祝賀会)の15分前まで掛かった。
作品鑑賞会の映像は、その後「動画編」で紹介する。
又、第64回書道芸術院展の峰雲賞は尾形澄神先生(宮城・現代詩文書部)、候補最高賞の大賞には上田多恵子先生(大阪・漢字部)であった。


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書道芸術院大賞・上田多恵子先生。受賞者を代表しての謝辞。

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祝賀会、上位賞の壇上での一言。

この表彰式、レセプションその他の映像も「動画編」を予定している。


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レセプションお開き、JR有楽町駅までの路が遠い。

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2011年2月 8日 (火)

改めて感心する Cyber-Shot DSC-HX5V 手ブレ補正アクティブモード

改めて感心する Cyber-Shot DSC-HX5V 手ブレ補正アクティブモード

SonyのCyber-Shot DSC-HX5Vも新型が発売されるので、今更という部分があるものの「光学式手ブレ補正/アクティブモード」は秀逸である。
α55 (SLT-A55V)を使うと「さすが」という動画は出来る。
しかし、アクティブ手ブレ補正というものには対応していないために「歩きながら」などの撮影には適していない。
それで「歩きながら」というシーンでは、なんとα55の代わりにDSC-HX5Vを使わなくてはならないことも多い。

DSC-HX5Vの後継機はDSC-HX9Vと言うことなのだろうが、DSC-HX5Vの動画の欠点だった低輝度での改善が図られている。(暗いシーンでの画質が大幅に向上)
「前後のフレーム情報からノイズを判断することで、動画撮影中の低照度での画質を大幅に改善。ノイズが多く発生しやすい暗い室内でも、鮮明な動画を撮影できます。(Sony Web)」
しかも、「『おまかせシーン認識』が動画撮影にも対応」とDSC-HX9Vと下位のDSC-HX7Vには追加された。
この辺も使ってみないと分からないという部分であるし、「風の音を低減し、クリアな音を記録」と言うのも「設定」だから、効果のほどはよく分からない。(DSC-HX9VとDSC-HX7V)
元々DSC-HX5Vの音は、α55 (SLT-A55V)に比べてかなり悪いので多少改善されたかと言うものかも知れない。
その他「動画撮影中に写真も記録できる」と言うのも他社製品にあった機能が追加されている。(DSC-HX9VとDSC-HX7V)
そういうわけで、新型のDSC-HX9Vなら暗いところも少しは彩度が上がった動画が撮れるらしいが、α55 (SLT-A55V)までは行かないだろうと当然思う。
しかし、3月発売のDSC-HX9Vは当面40,000円弱、DSC-HX7Vは35,000円弱の価格であって、旧型となるDSC-HX5Vの倍以上である。
機能的には、そんな価格差ほどはないというのはCyber-Shot DSC-HX5V の歩きながらの撮影サンプル動画で明らかである。
サンプル動画では、風切り音も入っていてこれがどれだけ気になるのかと言うところでもある。
明るいところから、薄暗い室内へという部分もあるので参考にしてもらえればと思う。
今では激安になってしまったDSC-HX5Vと言うのも結構価値のある旧型製品である。


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2011年2月 4日 (金)

節分に思う・クーポンサイトその他

節分に思う・クーポンサイトその他

2011/02/03は節分だった。だから4日からは旧暦では新年と言う事になる。
いわゆる占いの世界では、この節分を以て年の切り替わりとしているものがある。実際のところ種々の現象が現れてくるのがこの時期である。
今回の相撲協会の八百長も実に不思議なことに、節分を前にして発覚した。だから節分を過ぎると運勢が変わって、今まで順調だったことが突然ダメになり、又は良くなることなども多い。
バレンタインデーも昭和40年代初頭のこと、意味を意図的に取り違えてチョコレートの日にした。当時としては、そんなお菓子メーカーの策略に乗るかと言っていたものの20年も経つとそのまま策略に乗せられるようになった。
しかし、この時期が2月というのがミソで、年末年始まで上手くいっていたカップルも節分と共に寒い風が吹くと言うのもあり得ない事ではない。
だから、悪いことは節分までに終わらせてと言うのが本筋であろう。
ところが、今回の相撲協会の件は2月になってから発覚したから今年いっぱいは混乱が続くはずである。
一転して、周囲を見回してみると何やら静まりかえった節分と言うことにつきる。1月中旬に行った北陸などは大雪に見舞われている報道も、ここ関東は雨一つ降らないからっ風の乾燥地帯。
その上、インフルエンザ予防にと加湿器をフル稼働させておくと、思ったより寒くないから今年は快適なのである。
そして今度何か欲しいものはあるのかと考えると、消費税値上げに備えて昨年買えるものは何でも買ったから今は何もなくなってしまった。
日進月歩のデジカメでさえ、SONY(SLT-A55V・Cyber-Shot DSC-HX5V)にして、他社はまだ追いついてきていない。
パソコン廻りは、全部ロジクール(旧型を含む・3年保証)だからこれもしばらくは持ちこたえられる。強いて言えば、動画編集にもっと強力なパソコンが欲しいと言うくらい。
そして、限りなくゼロ金利政策で金が増えないと多少の金に目が眩んで、またまた強欲に引っ張られて「クーポンサイト」になどに首を突っ込むとろくなことが起きない。
先日問題になっていたグルーポン「おせち騒動」。
この顛末というかクーポンサイトの問題点が日経新聞Webに出ていた。(「ソーシャル革命」の裏側・クーポンサイト、隆盛の陰にひそむ危うさ・グルーポン「おせち騒動」は氷山の一角 )
これを見ると「クーポン共同購入サイト」の手数料というのは50%なのだそうな。
例の「おせち騒動」では、21,000円相当が50%Offで10,500円というのは、5,250円の手数料を引かれるから21,000円相当のおせちを5,250円で売らなくてはならないと言うものである。
記事によると、クーポンサイトではクーポンを売れば売るほど儲かる。だから、サイト側で期間限定と言いながら、勝手に期間を延長したり限定数を増やしたりもすると言う。
そして、店側(飲食店)としてもほとんど儲けなしどころか、宣伝料だと思って赤字で提供しているとも言う。
それで、お店側としては「リピーター」を期待するが、「バーゲンハンター」ばかりでほとんどそれはない。
実際そういうリピーターを取るというのは、かなり難しい気がする。
一時期、文化放送でフードコーディネーターという人物が番組に出演して、「料理の鉄人」などに絡んだ有名レストランのランチタイム限定メニューを格安で出していた。
これは宣伝とリピーター狙いというもので、直ぐに予約が入ってと言う話だったが、最近はほとんどやっていない。
今東京銀座界隈でランチタイムには1,000円以下で食べられるから、限定メニューとはいうもののランチメニューコースで3,000円程度というのは高い。
しかし、こういうレストランだと普通ならコースで20,000円はする。
これもお客は、バーゲン品しか買わない「バーゲンハンター」だったろうから、お店が損しただけだったかも知れない。

どんな世界にも、安く売られる、提供されるにはにはワケがある。
種々の商品だと、季節外れだったり、旧型商品、アウトレット(返品商品など)、売れ残り品、売れ行きが不振なものなど。
カメラやPC用のプリンターは、レンズやインクで元を取るというビジネスモデルが確立している一方、カメラのサイクルが早いので直ぐに旧型商品になる。
そんなわけで、食品やレストランなどのサービスと違って、妙なオークションに引っかからなければ安いものにもある一定の価値がある。
一方、クーポンサイトと言うものは難しいものである。
いずれにせよ、クーポンサイトなどでは営業社員を毎月大量採用していると言うからなるほどと思うことがある。

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2011年2月 1日 (火)

この冬買った「簡単お手入れ」アロマ加湿器VICKS V105CM

この冬買った「簡単お手入れ」アロマ加湿器VICKS V105CM

今頃加湿器を買った。
買ったと言っても実はこの物は2台目である。
その他の加湿器は10年以上前に購入したもので、容量が小さいのか半日と少しで水が無くなるし、後のお手入れが面倒。


それでなるべく安いもので、お手入れ簡単なものが無いかと見つけたのがこのVICKSのV105CM。見た目には何これという代物だから、知らないとまずは手を出さないだろうと言うのがこの加湿器。
実は、アロマ加湿器でもあるというのがミソ。
大きさは8畳用という小型のものと、その上にV165CMという大型のものがある。
上位機種との差は、実際の大きさを比べたワケでないのでよく分からないが、1,000円の差というのは水タンクの違いだけのように見える。


元々米国のメーカー製(メキシコ製造)なのでアバウトなところがあって、アロマを入れるところは単に乗せるだけ。だから、小さい子がそのアロマのオイルに触るとベタベタになる。
そういう簡単で、水が足りなくなれば上から入れ、水量も目で見て分かるというもの。
そういう単純な構造で、水を沸騰させるから容器そのものが熱くなって、床に直に置いたりすることは出来ない。それで余っていた木の台に置いている。
又、アロマというのも余り強すぎないのが良くて、外から帰ってくれば仄(ほの)かに臭う程度。
実際使って見ると、多少臭いの強い固形石けんの方が臭う気がする。
この加湿器は、塩を入れることによって水か沸騰して稼働する。


前の一台は、家族が塩を入れたものだからどの程度「塩」を入れたのがよいのか分からなかったから、必要な量をもらって入れて見ることにした。
これだと沸騰してしまうかも‥‥と言われる量の塩を貰ってきて、半分入れると半日経っても水が熱くならない。
三分の二にしてもだめ。結局貰った全部を入れて多少湯気が出て来たかなであった。
その塩の量というのが0.2~0.5g塩一つかみというのだが、Webで調べたら「米粒3つ」位というらしい。
それで、少しずつ塩を追加。
結局その後3回少しずつパラパラと追加して「そこそこ」かという感じである。
中には、結構沸騰させている人もいるようで、蒸気の加減というのは好みかもしれない。

ネット上の種々の販売店、2月になった途端に1月末までのバーゲンが終了して種々のリンクが切れてしまったものがある。
NTT-Xなどは、割引きクーポンが軒並み消えていたりして、3月から4月への切り替え時期のようである。‥‥アイオープラザも同じようなものだが。
しかし、1月31日までの筈がWebサイトが生きていて購入出来そうなところや、期限が無くてしばらくそのままリンクされているところなどいろいろである。
取りあえずそんなところは再掲してみた。


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