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2011年6月20日 (月)

さっぱり何を言っているのか分からない加藤陽子東京大教授の言論

さっぱり何を言っているのか分からない加藤陽子東京大教授の言論

多少古い話になるのだが、「毎日新聞 2011年6月12日 東京朝刊」に
「時代の風:原発事故、失敗生かすには=東京大教授・加藤陽子」というコラムがある。
この記事・コラムは、原発事故「検証委員会」の件についてであって、冒頭「委員長が畑村洋太郎氏だと聞いて、少しだけ明るい気分になった。」とある。
我々庶民から見れば、またも東大名誉教授という言わば政治とは関係ない学究の人たちばかり菅総理は選ぶのだなと思う。
ついでに言えば、またしても70歳の老人だ。
加藤教授から見れば、自分たちの「お仲間」が委員長だからある意味「ほっとする」というのは言われなくとも分かるものである。
そこで「お仲間」と言ってしまえばそこで終わりだから、「畑村氏は知る人ぞ知る『失敗学』の創始者」でと擁護する。
その擁護する前段で「(畑村洋太郎)氏が『原因究明を優先するため責任追及はしない』と語ったことで、早くも不安を抱いた方もいるかもしれない。」との話からである。

まあその「失敗学」を否定するものではないが、実際の話は失敗学とは全く関係ないところにあるのではないかと言うことである。
実は、この原発事故に関してはナポレオン三世の普仏戦争におけるナポレオン三世と、ナポレオン三世が捕虜になったあと、その皇后であるウジェニー皇后の戦争指導によく似ているのである。
要するに、原発事故の検討委員会というのは本来政治検証であると言うことなのである。
政治とその政策であるから失敗と共に責任という物がついて回る。
しかし、その責任追及というのは戦前のノモンハン事件以降、まともにやられてないというのは動かさざる事実である。

何度も書くように、あのバブル潰しによる経済衰退の検討だけでなく責任追及も当然されていない。分かりやすく言えば「みんなほおかむりして」しらばっくれてしまったのである。
なぜしらを切ったのかと言えば、NHKから経済評論家、経済紙、経済学者、日刊紙、官僚、政治家まで全て、バブル潰しを良しとした言論を流布したからである。
分かりやすく言えば、政治、経済の中枢がバブル潰しが日本にとって正しい選択である判断したからである。
我々から見ればそれこそ責任者出でこいなのだが、時の橋本蔵相は責任追及さえされずに総理になり、第2の消費税増税という失敗を繰り返す。
正に、昭和の陸海軍の生き残った将軍そのままの構造というのは、変わっていない。

丁度、今消費税増税とか復興増税とか散々推奨する日刊紙や政府の委員会など。
かれらはその通りに実行して、日本がそれこそ経済的廃墟になったとしても全く知らぬ存ぜぬで責任すら取らないと言うのは知れたことである。

こんな風に書いてくると、加藤教授が延々と畑村洋太郎東大名誉教授の「失敗学」を説明しても無意味であると言う事がよく分かる。
そういう観点から言うと、
そこには人間の関与と、入力と出力をつなぐ仕組みやカラクリがあったはずなのだ。要因と結果をつなぐカラクリ。それを浮かび上がらせる失敗学は、タフで優れた手法だといえるだろう。」というのは、今追及されている原発事故とは直接関係ないことが分かる。

なぜなら、一番の問題点として原発事故に関して政治が絡み、そしてそもそもその原因が「核アレルギー」から来た安全神話を崩さないための不用心にあることである。
そして安全に原発を運用しようとしたら、より安全を強固にしなければならない。しかし、安全を強固にする工事をすれば「安全神話」が崩れるというジレンマが生じるというものである。
少なくともあの福井県知事の原発再開を認めないと言う態度を見ても「核アレルギー」が如何に強いのか明白である。
そして「原発事故は起こらない」ということを主張すれば起こらないと思い込む一種の狂信的考え方と言うものにも警告をしなければならないはずだ。

ところがこの加藤教授は「原因究明の前には責任追及も後回しにされるゆえんを説明してきた。それは、最も有効に知識化しうるよう情報を取り出すためだった。」と書くのだが、どうも視点がずれている。
それは、原発事故に対する純粋な作業にのみ係わる事ならばその通りだろうが、実際そんなことは追及されていない。
現場は、出てきた状況に対するモグラ叩き、トライアンドエラー(試行錯誤)で延々と作業をしているだけである。
そして最後に「主観的な情報こそが、実のところ将来起こりうる事故や失敗を未然に防ぐワクチンとなりうる。失敗学の勘所は、実のところ歴史学のめざすところと同じだ。」と言い放つのだが「嘘つくな」である。
なぜなら、加藤先生が延々と実際の現場とは関係のない失敗学を述べているのは単に菅総理の擁護論でしかない。
そして、「歴史学」の失敗は政治による失敗で有り、責任追及をされない限りその失敗というのは明らかにされないというのは文字通り歴史が証明している。

前出のナポレオン3世とウジェニー皇后はイギリスに亡命し、3世は二年後に死去。
英国の士官学校にいたその息子ナポレオン・ウジェーヌ・ルイ・ボナパルト(ナポレオン4世)は、ウジェニー皇后の反対を押し切ってアフリカの植民地に渡り、簡単なパトロールで現地人に殺された。
要するに、ナポレオン3世一族は歴史によって、十分責任をとらされた。

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