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2012年5月21日 (月)

真実の中国史【1840-1949】宮脇淳子・著を読む

真実の中国史【1840-1949】宮脇淳子・著を読む

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●この本を一口に言うと、今まで学校で習ってきた中国の歴史感のもやもやを払拭させる書である。
ここでの中国史の意味とは序章の前の「はじめに」に興味深いことが書かれている。
それは日本の歴史観から見た中国ではなく、「中国の立場から見た中国の歴史」と言うことである。
その一つの構図として取り上げられるのが「日本と世界という二項対立の図式が間違い」だと言うこと。そしてその日本という国が「天皇がずっと守られてきたという」世界の歴史の中で非常に特異な存在であると言うことである。

そして序章の「『真実の中国史【1840-1949】 』を知る前に」で中国史を考える上での基本を述べている。
これを踏まえて第一章「中国の反植民地化は『アヘン戦争』からではない・1840~1860」という記述になる。

●「中国の歴史感のもやもや」というと、小生も書道家の端くれなので中国史や書道史は多少知っている。
そして、三国志(吉川、宮城谷昌光その他の小説版の何種類か)、史記、十八史略(何種類か)その他の翻訳物で目についたのはほとんど読んでいる。
いずれにせよ、昔学校で習ったときに中国史では漢民族の南宋がモンゴルの元によって滅び、1271年元朝によって完全に征服された。
これで感覚としては、中国(支那)はなくなっていると解釈するのが自然だったのだが不思議と中国王朝になってしまっていた。
正確には、元王朝のそれだけでなくその前に遼(916~1125・契丹人)・金(1115~1234女真族)という満州地域に異民族国家が存在した。
この元では南宋の漢人を皆殺しにし、文化を軒並み破壊したというのは元王朝に関する本に書かれていたように思う。
そして、この元王朝では漢文は分からず、言葉も通じなかったはずだからここで中国は終わっているはずなのである。
実を言えば、この元に迫害されて多くの文化人が日本に亡命したということがあった。
確か漢人の高官が登用されるまで、虐殺と文化破壊が終わらなかったはずであった。

この「真実の中国史【1840-1949】 」の感覚で見れば、元朝以降の中国というのは全く別の国であって中国でない。そして、満州族に征服されていた清朝は従来からの中国ではないことが考えられる。
要するに支那中国というのは、日本のように何千年と延々と続いている国でもないと言うことである。
だから北京オリンピックで何千年という歴史があると言うのは全く嘘だと言うことである。
こういう一国が永遠と続いた歴史ではないという観点を踏まえないと大きな過ちを犯すと言うのがこの「真実の中国史【1840-1949】 」の趣旨でもある。
●だから近代中国の歴史は「日清戦争から始まったという説を取る」と主張する。これは小生も指示する。
小説「阿片戦争」陳 舜臣 (著)1973 阿片戦争(上) 滄海編 (講談社文庫 ち 1-1) と言うのを昔読んだことがある。
陳 舜臣氏が言うアヘンと、宮脇淳子氏が言う当時のアヘンに関しては時代の違いで宮脇淳子氏が言う説の方が説得力がある。
それは、アヘンが通貨の代わりになり、軍隊もアヘンで給料をもらっていたとある。
そもそも中国では、統一の言葉があったわけではなく漢文が読める人は科挙試験を途中まで受かったような地方の名門の一族ぐらいなもの。
その中に郷紳という人達がいて「科挙試験を途中まで受かったような地方の名門の一族」が地方の小役人になるか、商人になった。
中国では共通の言葉がなかったから、漢字が読めないと商売も出来なかった訳である。
それで明治時代には、漢文の筆談で日本人が支那人と話が出来たと言うのがよく分かる気がする。
●そして、中国の歴史というのは毛沢東が自分に都合が良いように書き直したという事実を明らかにしている。
この本の後半に「張作霖爆殺事件はコミンテルンのでっちあげだ」と言う項目がある。
この件に関して、犯人だと言われている河本大作の現場写真やイギリス公文書館にある「内田五郎奉天総領事の見取り図」から河本大作の橋の脇の爆薬で列車の屋根が吹き飛んだものではないことが書かれている。
謎解き「張作霖爆殺事件」 (PHP新書) 参考

「西尾幹二氏、秦郁彦氏の偽善『歴史家』の素性を看破する」のエントリーではこの部分をこう書いている。
(西尾幹二のブログ論壇 ・収録)
なぜなら、河本大作大佐が『張作霖爆殺事件』の犯人であるとは、本人が言っている訳でもなく、そうではないかという憶測だからだ。
この『張作霖爆殺事件』と言うものは、『満洲某重大事件』とか『張霖某事件』とか実際は呼ばれて、昭和40年代前半に何回もNHKで検証ドラマが行われた。
そして、初めはNHKでも張霖某重大事件の首謀者は不明とナレーションがあり、その後には関東軍特務機関の仕業と噂されているになり、最近では河本大作大佐の仕業と言い切っている。
簡単に言えば、東京オリンピック以降とはいえ『張作霖爆殺事件』当時の状況をよく知っている人達が生きているときは従来からの見解を踏襲しているのである。
又、『関東軍特務機関河本大作大佐真犯人説』は東京裁判から後の話である。そして、今現在に至っても真犯人は不明な事件であるはずだ。
それを『河本大作大佐が真犯人』と言い切ってしまうというのは、語るに落ちたとは秦氏のことだろうと言うことがわかる。
そして、この秦氏と言うのは、以下のようなきれい事を言って自己を正当化する偽善者であることが分かる。
『プロの歴史研究者は、史実として認定できないものは全て切り捨てて、取り得えず棚上げにしておきます。』

●この「真実の中国史【1840-1949】 」を読むと、ここで宮脇淳子氏は「昭和史をやっている保阪さんも半藤さんも秦さんもみんなダメだと分かりました。」と書かれている。
小生から見れば、既にこの三人というのはある意味戦後民主主義に毒された人達か、何かしら意図を持って日本の歴史を書き換えている人達であると思っている。
こういう事から見て、「河本大作大佐が真犯人」説というのは明らかに中国が歴史を書き換えた又は、書き換えるように意図をくんだ人達によるものと言うことがよく分かるものである。

●実を言えば宮脇淳子氏と小生syuunは同世代人である。
その意味は歴史教科書というのが日本の独立直後に作られ、学校では1933年以降の歴史はあまり習わなかった。なぜなら日本の大東亜戦争というのはまだ歴史ではなかった。
教師は、戦争に行ってその後将校のパージが解けて、元特攻隊員だったり中国戦線で中隊長をしていたという人が教師になっていた。
父親は、戦争に行った世代であり母親も「満洲某重大事件」はしっかり覚えていたくらいである。
その感覚から見て現在の歴史観は違いすぎる。そして、単純な歴史思考と言うものに違和感を覚えたというところがある。

それでも高校時代の文革が始まった頃、紅衛兵手帳という赤い表紙の赤尾の豆単に似た「毛沢東語録」を紅衛兵なみにかざして「これは凄い」と言った同級生がいた。
当時変人と馬鹿にされた人物だったが、その後本当に○○になってしまった。

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