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2012年5月

2012年5月31日 (木)

SONYα77(SLT-A77VQ)実写レポート・その1

SONYα77(SLT-A77VQ)実写レポート・その1

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●SONYα77 レンズキット (SLT-A77VQ) を買って、ようやくその全貌がつかめてきたので徐々にその使用感を考えてみたい。
SONYα77というのは、元々のミノルタα7D、そしてSONYα-700という系譜になり、その操作性というのは大凡踏襲している感じがする。
従って、SONYα700を持っているSyuunとしてはその操作性を踏襲するのでボタンが多くても何ら違和感がない。もう一台持っているSONYα55というのは、ミノルタαSweetDの操作性を踏襲していて、αSweetDを思い浮かべると何やら安っぽさを否めない。
いずれにせよ、SONYの中級機のSONYα77の質感というものはある意味所有感を満足させるものである。
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SONYα77の仕様の主なものというのは

■高精度なフォーカスを実現する新開発11点クロス19点AFセンサー、
*最高約12枚/秒の高速連写
■有効画素約2430万画素APS-Cサイズ(23.5 x 15.6mm)、原色フィルター付"Exmor"APS HD CMOSセンサー
■高精度なフォーカスを実現する新開発11点クロス19点AFセンサー
■有機ELファインダー「XGA OLED Tru-Finder(トゥルーファインダー)」搭載
■ソニー独自の透過ミラー採用「トランスルーセントミラー・テクノロジー」
■ファインダーでのピント確認を容易にする「ピーキング」機能
■進化したフルハイビジョン動画撮影機能(AVCHDプログレッシブ対応の60p動画記録)*アクティブモード対応動画撮影時の手ブレを軽減する電子式手ブレ補正機能
■ワンプッシュでズームするスマートテレコンバーター
■高速SDバス規格UHS-Iにも対応
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こういう事で入門機とは多少違うというものである。
それでいわゆるJPEG(DCF Ver.2.0、Exif Ver.2.3、MPF Baseline 準拠)で撮って出しという「高度に進化した画像処理エンジンBIONZ(ビオンズ)」を使って、写真を撮ると何か満足出来ないという掲示板の書き込みが多い。
その理由というのも徐々に考えて行くのだが、基本的に入門機というのはCMOSセンサーの情報をなるべく加工して見栄えの良い写真が得られるようになっている。
従って、同じセンサーを使うSONYミラーレスカメラα NEX-7では、画像の不満というのはあまり聞かれない。
いずれにせよAPSサイズというフルサイズに比べて小さいセンサーに、約2430万画素という銀塩カメラ時代のフィルムに匹敵するぐらいの画素を搭載したので薄暗いところに弱いと言う評価になっている。
しかし、SONYα700(DSLR-A700)は1220万画素CMOSセンサーでISO800が限度であったから間違いなく進歩している。
銀塩時代では、そもそもISO800のカラーネガフィルムというのは特殊なものであり、画像もそれなりに粗かったものである。
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●このSONYα77の操作性とかの直接的な話は、カメラ屋で実機を触ってもらうとかで考えてもらうとして、実写ではどうなのか?
その答えを出す前に、RAW+JPEGで撮影してみてその画質を比べる。
ここでこのRAW画像とJPEG画像を見比べられるSONYの付属ハンドルソフトPlayMemories Homeで見てみると実を言えばほとんど分からないくらい変わらない。

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カメラメーカー: SONY
カメラモデル: SLT-A77V
レンズ: DT 16-50mm F2.8 SSM
焦点距離: 20mm (35mm 換算焦点距離: 30mm)
絞り値: f/4.0
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 4.0 (Windows)
によるRAW現像

要するにα77は、CMOSセンサーから入った映像を単にJPEGに変換しているだけの様に見える。
数年前のCMOSセンサーは、白飛びを押さえるためにかなりアンダー気味の映像であった。(ミノルタα7Dではほとんど真っ暗)
それを正常に見る又は、印刷するために必ずRAWで撮ったり、又は画像編集ソフトが必要であった。
それが最近ではどちらかと言うと、見たままに撮れる様になったのであるからCMOSセンサーが進歩したと言うわけであろう。
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Adobe Photoshop Lightroom 4.0 (Windows)
によるRAW現像
オリジナルホワイトバランス補正
のみ実施

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カメラメーカー: SONY
カメラモデル: SLT-A77V
レンズ: DT 16-50mm F2.8 SSM
焦点距離: 35mm (35mm 換算焦点距離: 52mm)
絞り値: f/4.5
露出時間: 0.013 秒 (1/80)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 4.0 (Windows)

によるJPEG現像・オリジナルホワイトバランス補正
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ここで問題になってくるのが、実際の写っている画像と記憶画像というものが違っていることである。実のところは、入門機では記憶画像より見栄えの良い写真が撮れ、中級機では記憶画像そのままのパットしない画像が出で来ると言うものである。

そしてつくづく考えさせられるのは、このSONYα77クラスでは撮影者の腕前が失敗をリカバリーすることなくある程度そのまま出ることである。
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実際撮るのを失敗したら画像編集ソフトで現像し直せば良いというのは、実のところ中級機では必須かも知れない。

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2012年5月23日 (水)

A3インクジェットFAX複合機 JUSTIO MFC-J6710CDW長期使用レポート2

A3インクジェットFAX複合機 JUSTIO MFC-J6710CDW長期使用レポート2

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JUSTIO MFC-J6710CDWというブラザー製複合機を使って、半年ぐらいになった。
それでこの半年間に感じた使用レポートをしてみたい。
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このJUSTIO MFC-J6710CDWというのは、A3インクジェットFAX複合機である。
接続の仕方は、「USB2.0ハイスピード、有線LAN(10/100BASE-TX)、無線LAN(IEEE802.11b/ g/ n)」とある。
そこで、普通はあまり問題のない有線LANでネットワークに参加させて、ネットワークプリンターとして使うのが基本である。そもそも複合機をUSBで繋ぐと言う人も余りいないと思う。
古いネットワークプリンターだと新しいプリンタードライバーを使ってもファイヤーウォールで弾かれて繋げないと言うこともある。これはそもそもそんなことは無くて、無線LANでネットワークに参加していたノート型パソコンもすんなり使える。
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●FAX編
FAXは、自作機にモデムを追加して結構高価なFAX専用ソフトを導入しPC・FAXとして使っていた。このPC・FAXは市販の専用ソフトであるからかなり使いやすい物である。
但しその問題は、
1)複数のパソコンからFAXが出来ない。(実際にはその必要はないが、使っているPCが故障したときなど。)
2)パソコンが起動していないとPC・FAXが使えない。
3)受信したFAXのデーターがFAXソフト専用ファイルなので、FAXソフトが入ったパソコンでしか見られない、保存できない。

こう言う部分においては、JUSTIO MFC-J6710CDWは全て解決である。
1)、2)は、PCに依存しない独立した物なので影響なし。
3)は、PrestoPageManager・FAX画像はjpg画像なのでソフトに依存しない。

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その他、A3までの送受信が出来、送られてきたFAXを液晶画面で確認してから印刷とかの有無を決める事が出来る。
「みるだけ受信」
「PCファックス受信」、「本体でも印刷する」ON/OFF
「ファクス転送」
などいろいろある。
以前は「PCファックス受信」で「本体でも印刷する」にしていたところ、宣伝のFAXが多いので、PC・FAXでは当たり前の「本体では印刷しない」に設定にしている。

★問題点は、PC・FAXに関してPCからFAXをすると市販の専用ソフトに比べて「非常に分かりにくい」というところである。
ある意味多機能の部分と、そうでないところなどが混在してこれなら本体からFAXした方が簡単と思わせる部分がある。

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●A3スキャナーとコピー機能
A3をスキャンできる安いフラットスキャナーというものは無いので、新聞のスクラップやカタログなどをスキャンして保存するというのは便利である。
コピー機能では、単に用紙の大きさ、カラー、モノクロを選んで、コピーすれば良くコンビニのコピーと全く変わらない。
それで簡易的なコピー機としては充分に使えるレベルになっている。

★ところがより使い込むには、「ブックコピー」や「原稿の傾き補正」、「スタック・ソートコピー」、「両面コピー」、「裏移り軽減コピー」とか多機能な部分がある。
実のところこれはマニュアルを読まないと実は使えないレベルである。

★パソコンからのA3スキャナーというのは、新聞のスクラップや特に画像を気にしないレベルでは問題がない。
しかし、写真の取り込み、コピーというとお話にならないレベルである。
その上、PrestoPageManagerというソフトは非常に簡易的なものであまり微調整が出来ずおまかせ取り込みである。
従って、写真や細かいものをスキャンする場合は、A4の写真専用にもなるフラットスキャナーが必要になる。
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ブラザーダイレクトクラブ

●印刷機能
印刷機能は、キャノンip8900の様な写真専用に特化したモデルに比べると、その1で述べたように色が薄く、彩度が低い。
従って、写真印刷というところでは期待できない。
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印刷機としては、パソコンから多少離すことが出来、印刷の振動もないので両面印刷などの多用が出来る。
ビジネス用としては、インクが多少滲むのでレーザープリンター(ページプリンター)に比べ大分性能が落ち、それほど精度を望まないレベルであれば問題はない。

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●★総括
JUSTIO MFC-J6710CDWは、備わっているそれぞれの機能という部分では、単独のFAX    機としては合格である。
しかし、PC-FAXにしてはソフトの詰めが甘く使いにくい。

コピー機能は、簡易コピーとしては充分で、元がインクジェット出力レベルだと時として分からないレベル。
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スキャナーは、簡易ビジネス用止まりでプロ、写真には通用しない。
そして、最後に印刷という部分では、写真など彩度の高いものは無理で、モノクロはレーザープリンターには全く及ばないだけでなく、顔料インクを使ったA4プリンターにも全く及ばないレベル。

こういう風に、JUSTIO MFC-J6710CDWは専用機にはほとんど及ばない。
しかし、全ての印刷やスキャン、コピーが最良のものである必要がないことの方が多い。

写真のスキャン、印刷その他レーベル印刷などの細かいものは、専用機に任せて取りあえずビジネスライクに使うと言う点では、価格からいってCPが高いと考えられる。

ブラザーダイレクトクラブ

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2012年5月21日 (月)

真実の中国史【1840-1949】宮脇淳子・著を読む

真実の中国史【1840-1949】宮脇淳子・著を読む

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●この本を一口に言うと、今まで学校で習ってきた中国の歴史感のもやもやを払拭させる書である。
ここでの中国史の意味とは序章の前の「はじめに」に興味深いことが書かれている。
それは日本の歴史観から見た中国ではなく、「中国の立場から見た中国の歴史」と言うことである。
その一つの構図として取り上げられるのが「日本と世界という二項対立の図式が間違い」だと言うこと。そしてその日本という国が「天皇がずっと守られてきたという」世界の歴史の中で非常に特異な存在であると言うことである。

そして序章の「『真実の中国史【1840-1949】 』を知る前に」で中国史を考える上での基本を述べている。
これを踏まえて第一章「中国の反植民地化は『アヘン戦争』からではない・1840~1860」という記述になる。

●「中国の歴史感のもやもや」というと、小生も書道家の端くれなので中国史や書道史は多少知っている。
そして、三国志(吉川、宮城谷昌光その他の小説版の何種類か)、史記、十八史略(何種類か)その他の翻訳物で目についたのはほとんど読んでいる。
いずれにせよ、昔学校で習ったときに中国史では漢民族の南宋がモンゴルの元によって滅び、1271年元朝によって完全に征服された。
これで感覚としては、中国(支那)はなくなっていると解釈するのが自然だったのだが不思議と中国王朝になってしまっていた。
正確には、元王朝のそれだけでなくその前に遼(916~1125・契丹人)・金(1115~1234女真族)という満州地域に異民族国家が存在した。
この元では南宋の漢人を皆殺しにし、文化を軒並み破壊したというのは元王朝に関する本に書かれていたように思う。
そして、この元王朝では漢文は分からず、言葉も通じなかったはずだからここで中国は終わっているはずなのである。
実を言えば、この元に迫害されて多くの文化人が日本に亡命したということがあった。
確か漢人の高官が登用されるまで、虐殺と文化破壊が終わらなかったはずであった。

この「真実の中国史【1840-1949】 」の感覚で見れば、元朝以降の中国というのは全く別の国であって中国でない。そして、満州族に征服されていた清朝は従来からの中国ではないことが考えられる。
要するに支那中国というのは、日本のように何千年と延々と続いている国でもないと言うことである。
だから北京オリンピックで何千年という歴史があると言うのは全く嘘だと言うことである。
こういう一国が永遠と続いた歴史ではないという観点を踏まえないと大きな過ちを犯すと言うのがこの「真実の中国史【1840-1949】 」の趣旨でもある。
●だから近代中国の歴史は「日清戦争から始まったという説を取る」と主張する。これは小生も指示する。
小説「阿片戦争」陳 舜臣 (著)1973 阿片戦争(上) 滄海編 (講談社文庫 ち 1-1) と言うのを昔読んだことがある。
陳 舜臣氏が言うアヘンと、宮脇淳子氏が言う当時のアヘンに関しては時代の違いで宮脇淳子氏が言う説の方が説得力がある。
それは、アヘンが通貨の代わりになり、軍隊もアヘンで給料をもらっていたとある。
そもそも中国では、統一の言葉があったわけではなく漢文が読める人は科挙試験を途中まで受かったような地方の名門の一族ぐらいなもの。
その中に郷紳という人達がいて「科挙試験を途中まで受かったような地方の名門の一族」が地方の小役人になるか、商人になった。
中国では共通の言葉がなかったから、漢字が読めないと商売も出来なかった訳である。
それで明治時代には、漢文の筆談で日本人が支那人と話が出来たと言うのがよく分かる気がする。
●そして、中国の歴史というのは毛沢東が自分に都合が良いように書き直したという事実を明らかにしている。
この本の後半に「張作霖爆殺事件はコミンテルンのでっちあげだ」と言う項目がある。
この件に関して、犯人だと言われている河本大作の現場写真やイギリス公文書館にある「内田五郎奉天総領事の見取り図」から河本大作の橋の脇の爆薬で列車の屋根が吹き飛んだものではないことが書かれている。
謎解き「張作霖爆殺事件」 (PHP新書) 参考

「西尾幹二氏、秦郁彦氏の偽善『歴史家』の素性を看破する」のエントリーではこの部分をこう書いている。
(西尾幹二のブログ論壇 ・収録)
なぜなら、河本大作大佐が『張作霖爆殺事件』の犯人であるとは、本人が言っている訳でもなく、そうではないかという憶測だからだ。
この『張作霖爆殺事件』と言うものは、『満洲某重大事件』とか『張霖某事件』とか実際は呼ばれて、昭和40年代前半に何回もNHKで検証ドラマが行われた。
そして、初めはNHKでも張霖某重大事件の首謀者は不明とナレーションがあり、その後には関東軍特務機関の仕業と噂されているになり、最近では河本大作大佐の仕業と言い切っている。
簡単に言えば、東京オリンピック以降とはいえ『張作霖爆殺事件』当時の状況をよく知っている人達が生きているときは従来からの見解を踏襲しているのである。
又、『関東軍特務機関河本大作大佐真犯人説』は東京裁判から後の話である。そして、今現在に至っても真犯人は不明な事件であるはずだ。
それを『河本大作大佐が真犯人』と言い切ってしまうというのは、語るに落ちたとは秦氏のことだろうと言うことがわかる。
そして、この秦氏と言うのは、以下のようなきれい事を言って自己を正当化する偽善者であることが分かる。
『プロの歴史研究者は、史実として認定できないものは全て切り捨てて、取り得えず棚上げにしておきます。』

●この「真実の中国史【1840-1949】 」を読むと、ここで宮脇淳子氏は「昭和史をやっている保阪さんも半藤さんも秦さんもみんなダメだと分かりました。」と書かれている。
小生から見れば、既にこの三人というのはある意味戦後民主主義に毒された人達か、何かしら意図を持って日本の歴史を書き換えている人達であると思っている。
こういう事から見て、「河本大作大佐が真犯人」説というのは明らかに中国が歴史を書き換えた又は、書き換えるように意図をくんだ人達によるものと言うことがよく分かるものである。

●実を言えば宮脇淳子氏と小生syuunは同世代人である。
その意味は歴史教科書というのが日本の独立直後に作られ、学校では1933年以降の歴史はあまり習わなかった。なぜなら日本の大東亜戦争というのはまだ歴史ではなかった。
教師は、戦争に行ってその後将校のパージが解けて、元特攻隊員だったり中国戦線で中隊長をしていたという人が教師になっていた。
父親は、戦争に行った世代であり母親も「満洲某重大事件」はしっかり覚えていたくらいである。
その感覚から見て現在の歴史観は違いすぎる。そして、単純な歴史思考と言うものに違和感を覚えたというところがある。

それでも高校時代の文革が始まった頃、紅衛兵手帳という赤い表紙の赤尾の豆単に似た「毛沢東語録」を紅衛兵なみにかざして「これは凄い」と言った同級生がいた。
当時変人と馬鹿にされた人物だったが、その後本当に○○になってしまった。

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