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2014年1月

2014年1月31日 (金)

<アーカイブ>syuun の不思議な少年時代 その31 【昭和39年、1964年春】

syuun の不思議な少年時代 その31

【昭和39年、1964年春】

昭和39年と言えば何を思い浮かべるのであろうか?
思い付かなければ1964年と言うことで、東京オリンピックの年である。この東京オリンピックを前にしてうちでもテレビをようやく買った。
テレビが普及したのが今上天皇の御成婚の年、昭和34年前後とも言われる。しかし、昭和34年にテレビを買ったという家はそれほど多くない。
それどころか、まだ電話も普及していなくて電話を入れるのには抽選だとか、債権を買うとかなどの種々の手続きが必要だった。
電話が急速に普及するのは、申し込みさえすれば入れることが出来たその翌年(昭和40年)くらいからである。
そして、その昭和39年という年が、小生(Syuun)のとって絶対に忘れられない年になるとは思いもよらなかった。

その昭和39年の4月。
朝八時前に家を出て、約1キロ先の中学校へ向かった。
その中学校とは、前橋市立第一中学校といって前橋刑務所の直ぐ隣にあった。
その中学へ行く道も中学を通り越して少し行くと行き止まりで、見渡す限り水田か桑畑のどちらかだった。
遠くに見える森が神社でその一画だけに人家があった。
そんな面影は、今ではとても思いもよらないもので、元々郊外に在ったはずの中学は今では市街地の真ん中になっている。
そして、真新しいダブダブの学生服を着て、今でも変わらない正門をくぐったもののどこへ行ったら良いのかうろうろする始末だった。
通学途中の上級生は新一年生か!と声をかけきて、「入学式はもっとあとだせ」と言うことらしかった。
考えてみれば、入学式の時間などを確認してこなかったし聞いた覚えもなかった。

兄がいれば多少なりとも助言を得るところであった。しかし、兄はその年北海道大学(当時の一期校)に合格して札幌に行ってしまった後だった。
母に言われたのは、「兄ちゃんもダブダブの学生服だったわよ!!」
と、ダブダブの学生服を怪訝に思う小生に言われたことぐらいであった。

多少雨が降り出し、9時を過ぎ誰いなくなった正面玄関の屋根のある通路で待ちくたびれていると一人の新入生と思われる男子学生が来た。
それは、同じように身体に合わない学生服を着ていて、お互いに制服を見せ合って何やらホットした気分だった。
さすが9時半になると玄関の通路は、新入生で一杯になってきた。
するとどこからともなく、先生が出て来て
「クラス分けを発表します。体育館の横に貼るので、それを見てクラスに集まるように!!」
‥‥と通路に集まった新入生は一斉に雨の中校庭を走って体育館の前まで行った。
黒山の人だかりを見ていても中々名前が出で来ない。
やっと見つけたと思ったら1年10組だった。
一クラス48人から49人、全11クラス、学年人数約535人。
この人数は、今では市街地の小学校に全校生徒よりも多い。
しかし、全校生徒となると約2,000人にもなるのである。
概算で大まかな人数を上げておくと、2年生13クラス約640人。3年生15クラス約780人。
こんな数値というのは今ではとても考えられない。今の第一中学校の全校生徒でも500人に満たない。

そんなわけで、1年10組約50人の名前は覚えきるうちに2年に進級してしまったというわけである。
ここから普通高校へ進学すると言うのがいかに困難を伴うのかと言うことを説明する。
当時の高校の通学区域というのは、前橋市、伊勢崎市とそれに隣接する郡部であった。
そして女子校を別として前橋市の唯一の公立普通高校とは、最難関校の県立前橋高校しかなかったのである。
その前橋高校には、おおむね伊勢崎とその周辺から約200人、前橋とその周辺から約200人という構成である。
ベビーブーマーの時期に合わせて定員が450人になったために増えたと言ってもSyuunなどが入学したときの定員が約432人。
そして「前橋とその周辺から約230人」という感じであった。
その約230人の構成とはどんなものだったのだろうか。
当時の中学校は、一中から七中までのナンバースクールのほかに7校、郡部に4校、群馬大学学芸学部付属中学校で全19中学校であった。
その内で付属中が概算で65人、一中が63人、三中が40人の4校で7割以上の入学者を占め残りの約60人が15中学からと越境入学者に占められると言うものであった。
だから、上位4校以外では、学年で5人程度入学出来れば良い方で、1人という中学も珍しくないのが現状であった。

そんな状況下で、「兄ちゃんが進学出来たのだから僕だって進学出来るさ!」という甘い気持ちだけしかなかった。
あとから考えてみれば、兄の時代というのはベビーブーマー世代の直前でかなり人数が少なかった時代であったと言うことだった。

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<アーカイブ>syuun の不思議な少年時代 その30 Episode 1 その8 【幼稚園の中のもう一つの幼稚園・年中時代3】

syuun の不思議な少年時代 その30 Episode 1
               その8

【幼稚園の中のもう一つの幼稚園・年中時代3】

そんなリンゴ狩り。
実は、知らされていなくて行かなかった人が沢山いた。
あとでリンゴ狩りの話しをしたら知らなかったという人達ばかりだった。
K園長は言う
「リンゴ狩りは、寄付金を納めた人達だけの個人的な遠足です。」
こんなことも問題になって、父母から抗議が出て、翌年からは園児全員がリンゴ狩りに行くことになった。
いずれにせよこのあと、母は相当腹立たしかったらしく、11月、12月分の寄付金は払わなかった。
その寄付金。
寄付金というのは規定はなくて暗黙の了解だった。
だから当然その額は、決まっていない。
入園当初に月謝を払った後に、会計担当の先生に「あと寄付金を納めてください」と言われたのだか、その寄付金を母は知らなくて金を持ってこなかった。
寄付金‥‥金額はというと「寄付金だから幾らでも構いません」とその先生は言う。
それでは分からないから「ふつう幾らぐらい払っているのですか?」と聞いたところ‥‥
困ったような顔をしながら「月謝の1ヶ月分の人が多いです」というものの、「(月謝の)半分の人もいます」という。
「寄付金ですので、払える金額で結構ですし、払える時で結構です」とも言っていた。
実際、その後色々な人に聞いて見たところほとんどの人達が「月謝の半分」だったようだ。

秋の深まる11月。
突然今までの単なる童謡からクリスマスソングに変わった。
毎日ジングルベルである。
そして、良く分からない聖書の話し。
そのうちに何やら年長組の混じって「劇のまねごと」に参加する様になった。
参加するといても、年長組が何かやるのを見ているようなその他大勢、台詞一言である。
その劇とは、クリスマスパーティに向けてのキリスト誕生の劇であることはその後分かった。
昼食の前に「天にまします我らが神よ‥‥」「アーメン」などとお祈りをしてから食事をすることさえ何だか分かりはしない時である。
ましてキリストというのは誰というのが当時の感覚であった。

そのクリスマスの観劇のリハーサルは、通常の園の授業を全く無視して延々と毎日続いた。
要するに、先生は観劇の準備に余念がなかった。
そして劇では、その背景や被り物などは既に作られていて、園児はその中に単に入れられるだけのことである。
今でこそ12月24日はクリスマスイブとして誰も知らない事はないのだが、昭和31年の冬ことである。
当然園児としては何も知らない。
そんなときには物知り顔の園児というのが何時もいて、キリストの馬屋での誕生秘話をとうとうと話してくれた。
しかし、それが何なのかは当時は知るよしもなかった。
12月中旬になると突然観劇のリハーサルの見学もその劇中に入ることもなくなり、園舎の教室で幾人かと延々と自習する日々か続く。
そしてリハーサルが済むと何時もの悪ガキが戻ってくると共に閉園時間が近づく。
そしてその24日が近づくと突然クリスマス会の観劇のリハーサルがなくなった。
別の日にする事になったのか、行われなくなったのかははっきりしない。
それで講堂を覗いてみると何やら雑然とした趣になっている。
そして、幼稚園の終業式というのは12月23日であった。

講堂は、既にクリスマス会の飾り付けは終え最終点検を先生がしているところである。
それでクリスマス会はどうなっているのかと先生に聞くと、「聞いてきます」と主任の先生に聞きに行くと午後の1時だったか2時だったかの時間であった。

12月24日の寒い一日。
午後の1時、2時ではおかしいと思って母に言うとそれなら12時頃に行ったらという。
それでも遅すぎると11時20分頃に幼稚園につくと講堂の椅子の半分はガラガラでクリスマス会は終盤にさしかかっている。
そしてなぜか休憩に入って、ざわざわとし始めているではないか。
良く見知っている悪ガキの後ろに行くと、
「おう、こっちへ来いよ」
「ずいぶん遅いじゃねーか、もう終わりだぜ」
という。
その悪ガキは、フサの付いた銀色の三角の帽子を被って、靴の形をした小さな菓子を持っている。
しばらくすると、先生が
「お菓子をもらっていない人はいませんか」という。
悪ガキ
「この子がもらっていません」と言うのだが、先生は嫌な顔をして無視する。
「なんで休憩に入ったの?」と悪ガキに聞くと‥‥
悪ガキ
「あ!、それは付属の卒業生が来るのが11時半なんだよ」
「なぜ?」
「付属(群馬大学学芸学部附属小学校)は今日が終業式なんだ」
そんなふうに話している間に、ゾロゾロと冬なのに半ズボンの制服を着た小学生が集まって一杯になってしまった。
それを見計らって、クリスマス会が再開されて園児の名前が呼ばれる。
園児は、呼ばれると前に出で行って今までもらった小さな「銀の靴の菓子」ではなく、より大きな「靴」か又は何かのものをもらう。
その悪ガキも呼ばれて、一抱えもある特別大きな「菓子の入った銀の靴」をもらってきた。
それから、後ろの小学生もゾロゾロと前に呼ばれて菓子のプレゼントをもらいそのまま帰ってしまう児童もいた。
それで終わる頃にはだんだん閑散として来て12時には終了。
帰り際に悪ガキは
「こちらがあるから、これはやるよ」
「見た目だけだからね‥」と
小さな「靴型の菓子の詰まった網」を寄こした。
うちへ帰ってこの「靴型の菓子」を開けてみると駄菓子屋で買うような「あめ玉2-3個」と「チョコ味のビスケット菓子」という有様。
それは確かに見た目だけのクリスマスプレゼントだった。

家に帰って、母に事情は話すと良く理解したようで
「来年はクリスマス会に参加出来るようにします」と言い切った。

昭和32年の12月。
前年のクリスマス会と同じようにリハーサルが始まり、役どころとしては一言だが前年に見たキリスト誕生秘話の部分ではない。
何を演じていたのかは今でも分かっていない。
しかし、前年のように「園舎の教室で幾人かと延々と自習する」という事はなくなった。
それでも数人自習していたのだが、昨年のことを園児に伝えると翌日から一緒に劇に加わるようになって、自習している園児はいなくなった。
昭和32年12月24日のクリスマス会。
小生が来る時間は10時だった。
それは、観劇に出る時間だと教えられたのだが‥‥

それで当日10時に行くと当然クリスマス会は始まっている。
既に、大きなクリスマスプレゼントの包みがあちこちに配られているのが見て取れた。
自分たちが座る席はガラガラで、まだ後から園児が来る様子だった。

しばらくすると自分の出番が廻ってきて壇上から降りてくると前年より多少大きい「銀の靴の菓子」をもらった。

そして、例の悪ガキに会うとこう言う
「僕は9時半だった」と昨年より多少小さい菓子の袋を上げて見せた。
クリスマス会は、9時から始まっていたらしかった。

何のことはない、寄付によって「クリスマスプレゼント」をもらう時間が異なり、もらう大きさも違うと言うわけだ。
「付属の卒業生は?」と悪ガキに聞くと
「今年から終業式が23日になったんだ」
「よく見ろ、後ろにいるだろ」
と言うような事を話しているうちに終了してしまった。
そして時間はなんと11時だったのである。

syuun の不思議な少年時代 その27 Episode 1 その7 【幼稚園の中のもう一つの幼稚園・年中時代2】

syuun の不思議な少年時代 その26 Episode 1 その6 【幼稚園の中のもう一つの幼稚園・年中時代2】

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<アーカイブ>syuun の不思議な少年時代 その29 Episode 2

syuun の不思議な少年時代 その29 Episode 2

その2 同窓会に出てこない人たち

syuun の不思議な少年時代 その28 Episode 2

syuun の不思議な少年時代 その27 Episode 1 その7

そのYとは連続して隣の席になったが、実に妙な人物だった。
試験のあるとき、ささっと答案を書き上げてほとんどの時間を残してボーッとしている。見ると、分からない問題は飛ばして空欄であった。小生は、当然全問解答していたからそんなに早くは終わらない。終わってから見直しと確認で時間は余す事はない。
そしてちらりと見れば、直ぐに分かる明らかに違っている解答がある。
密かに「それ書き間違いだそ」と指摘すると、ちらりと答案をみて「いいんだ」とそのままで提出した。
試験の点数ではYはそれほど悪くはなかったが、実力から言えば小生と大差ないと言うのが良く分かった一幕だがその後聞いたことがある。
S「どうして間違い解答を直さないのか」
Y「勉強が嫌いなんだよう!!!」
S「しかし、今そんなことを言っている暇はないのでは???」
Y「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

事実として、大凡偏差値75以上あった前橋高校へ進学するには至難であった。
群馬県中からこの中学へ編入が絶えない時期であった当時、前橋市どころか群馬県の公立中学校でこの中学以上の進学率と「凄い中学生」が集まった場所はなかった。
結果で言うと、前橋高校へ進学した人数が一番多かったのがこの学年で、以後も以前もその記録は破られたことはない。しかも、その卒業生の中に数々の名前を知られた人物が散見するのも注目するところである。
そんな迫力のある人達の中で「勉強が嫌いなんだよう!」で済むものなのか。
そんな風な時代においては、能力があるのに「頑張らない」というのは親に対する親不孝であるし、結果として大きな禍根を残す気がするとは当時思ったものだが、自分の頭の蝿を追うのが関の山だった。
その後Yは小生の視界から消えてしまった。
そして、なぜそうなったのか今親になって良く分かるような気がするし、実の子どもも似たような感じがある。
女房殿は子育ての失敗と言い切ってしまって、あとは自己責任で大失敗すればと開き直ってしまったが、それは時代の違いである。

実際Yは「勉強が嫌いなんだよう!」で、創立4年目くらいの私立校に進学してその後どうなったのかは、その同期生の幼なじみが鬼籍に入ってしまったので良く分からない。
少なくとも、その後のYは親の後を継いで高額所得者・納税者の常連として新聞に載っていた。
そして、あるときは日本に3つしかない業種の大会社の社長として新聞に載っていた。
近年は、何回目かの独禁法違反で摘発されたという話が新聞に載った。

このYは、20歳の頃の同窓会にもその後何回か開催した同窓会にも一回も出で来なかった。
実は、同じように出で来なかった人物は幼稚園から知っていた幼なじみの女性であったが、人生の悪戯というのは、神様が人を試すように常に奇妙なところに人々を置く。

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2014年1月30日 (木)

面白味のない映像も編集で楽しく・前橋初市まつり渡御行列をCyberLink PowerDirector 12 で編集

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最近のデジタルカメラは写真と共に動画が撮れるのは当たり前になっている。それで簡単に動画を撮ることができる。
しかしながら、うまく撮れるというのは別問題で手ぶれなどは当たり前である。
そんなわけで今まで気軽に撮影してきた。ところが、音だけは「風切り音」が酷いとなんだか分からないので昨年の暮れから専用マイクを使っている。

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日本全国送料無料!更に代引き手数料無料!オーディオテクニカ ステレオマイクロホン AT9941

専用マイク(オーディオテクニカ ステレオマイクロホン AT9941)は、かなり安い代物である。
これを使うと遠くても良く音を拾うし、込み入ったところではいかにも撮影しているという「格好付け」ができるので意外と邪魔をされないという効果もある。
今回の初市は、前回と同じNikon1 V1という小型のミラーレス。NikonやCanonのミラーレスだとマイク端子があるので非常に助かる。
その一方いつもいうようだが、マイクロフォーサーズ系にはないものが多い。

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【当店限定!ポイント2倍UP祭!!】【送料無料】オーディオテクニカ AT9945CM バックエレクトレッ...

今回は、渡御(とぎょ)なのだが撮影してみると思ったより面白くない。特に坂道を下ったところで止まってしまったので余計である。
それでこういう面白くない映像をどうしたらよいかと考えて、バックグランドミュージックで補完してみた。
単に資料映像なのと、9日の午前中にこの場に行っていないと見られないので・・・・というところでもある。

尚、使っている音源は市販の商用音源なので、どこかの動画で同じ音が聞こえることがあるかもしれない。



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<アーカイブ>syuun の不思議な少年時代 その28 Episode 2 その1 同窓会に出てこない人たち

syuun の不思議な少年時代 その28 Episode 2
その1 同窓会に出てこない人たち
Episode 1の続きはそのうち書き進めるとして、2に入る。

小学校の同窓会に出で来ない人たちは、「卒業アルバムと共に保存する一区切りのフォトブック」で多少触れている。その続きと言うのが中学校の同窓会に出で来ない人たちである。
中学の卒業が15歳と言うことであるから、いわゆるアイデンティティの確立以降のことで、小学校の場合とはより深刻な要素が漂う様な気がする。
小生などの時代は、ベビーブーマーの直下に位置してその煽りを食って大変だった時代である。今の菅総理などのベビーブーマー以前の人たちには、小生の兄などもいて弟としては常に兄を目標として何とか兄を超えたいと思うものが常であった。
その兄に対して、その組織力とカリスマ性には遠く及ばず、学業に対しても最終的には及ばなかった。兄は年齢において19歳で止まってしまったから、追い越したのは単に年齢だけでしかない。
しかし、勉強は兄の二倍はやったと言う自負はあっても時代の違いと言うのはいかんともし難い。
そんな将来的に不安を持ったまま中学2年になってクラス編成がなされた。
中学1年の時の成績は、クラス順位からして何とか前橋高校にすれすれと言ったところだったが、既にクラス格差というものが顕在した。
隣のクラスのCは、「俺、810点を超しているのに4番なんだぜ。」と愚痴る有様であった。810点というのは当時9科目だったから平均点90点以上と言うことである。
学年全部で550人程度の在籍だったが、平均点90点以上なら間違いなく学年で10番以内である。
そんなところで、小生も2年の最初の中間試験で驚くほどクラス順位が上がった。
それは一年の時、同じクラスのKも同じで、Kとは中学卒業まで順位争いをすることになる。
そんな中学二年の2学期に座席替えがあった。この座席替えである人物と隣り合わせになった。
その後こういう座席替えも中学3年では一つ一つ別の今の形式の新しい机になったから、こういう並んで座ると言うことは無くなった。
その人物のYは、一年の時も同じクラスだったかどうかは良く分からない。しかし、小学校の成績でクラス委員を選んだときに選ばれたことがあるのか、又は担任の教師が何か言っていたのか少々曰わく因縁のある人物だった。
何と言っても顔は役者面だし、何時も身綺麗でなにか高そうなものを持っていた。
その上、何やらピアノも弾けるらしい。
それから見れば小生など、楽器としてはギターやウクレレを持っていたものの正式に習うことはなく、絵を多少習っていたのに拘わらず図工で絵を描いて応募しても参加賞だけ。
流行っていた算盤塾のソロバンは、なぜソロバンが出来る様になるのか不思議に思うだけで全く身につかず。
そんなわけで、小中学では書道の書き初め大会でクラスで金賞を取ったくらいで何か成果を残したという記憶はない。
そういうことから言えば、Yというのは何やら数々の勲章を持っていたらしい。

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2014年1月29日 (水)

<アーカイブ>「読む年表 中国の歴史」・岡田英弘著を読む

1338834349 ●この本は、あとがきにあるとおり岡田英弘の著書(「中国文明の歴史」など)を参考に、その中から歴史的事実と推考を年表としてワック出版が編集したものである。
この大きな命題は、本の帯にあるとおり「『中国5千年』のウソ」である。
その冒頭で「『中国』という『国家』も、20世紀にいたるまで存在しなかった。」と書かれている。
●この本の中では、日本との関わりも多く書かれていて
57「倭奴国王が後漢に朝貢」
107「倭国王帥升の朝貢」
239「倭の女王卑弥呼の使節団が来訪」
608「倭王多利思比狐が隋の煬帝に朝貢」
663「白村江の戦い」
その他である。
この本は、基本的に中国の歴史書を読み解き解説してくれる。実のところこの著書を読んでしまえば膨大な著述を読まなくて済むというものである。
しかし、その詳細というのがもっと知りたくなりもっと読んでしまうというのは出版社の罠かも知れない。


その中国の歴史書を読み解き解説とは、歴史書が常に中国皇帝の正統性を記録する王朝の「公式の史書」と言うことである。そういう文脈で見ることによってたとえば日本(倭国)と古代中国というものの関係が分かり、又あまたの謎と言うものが分かってくる。
なんと言っても当時辺境のまだ統一国家でもなかった倭国が「倭奴国王」や「親魏倭王」という辺境国として最高位の勲爵を得ている疑問というのも氷解する。
又、日本との関わり合いのことから日本書紀の疑問点を導き出している。
608年「倭王多利思比狐が隋の煬帝に朝貢」の倭王・多利思比狐(たらしひひこ)、姓は、阿毎(あま)、字(あざな)は多利思比狐、号は阿輩雞弥(おほきみ)、王の妻の号を雞弥(きみ)、太子は、利歌弥多弗利(りかみたふつり)であるという。

この部分から「推古天皇と聖徳太子が実在したかどうかは、極めて疑わしい」という結論になっている。
この部分は、「日本史の誕生」という岡田氏の多くの論文を集めた本に詳しい。
実のところ日本書紀も史記に見習って、天武天皇がその正統性と日本国の建国事業の一環として書かれているわけである。
事実としては、天皇家の王朝としては「王系の切れ目」断絶がある。
1 23代 顕宗天皇
2  26代 継体天皇
3 34代 舒明天皇(629年)
この舒明天皇の子が天智、天武天皇と言うことになる。

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●中国の歴史で「漢民族」という言葉がある。
しかし、この漢民族というのは事実上後漢後期に消滅したという事実を史書から調べ上げている。
*「漢書・地理志」より、前漢の平帝の元始2年(紀元2年)、帝国の総人口は約6,000万人。
*王莽の末年の内乱後は、20%(約1,200万人)に減少したという。
*後漢の光武帝が崩御したときの人口は約2,100万人(日本史の誕生・より)
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*後漢の中国の総人口は140年の統計で、約5,000万人
三国時代の魏の人口は、約250万人、呉は約150万人、蜀は約100万人と言われ合計で500万人という。
これで、黄巾の乱(後漢末期)から三国鼎立の時代には、中国の人口は10分の一に減少して漢族の事実上の絶滅と述べられている。
●それでこの本を読んでそうだったかとあらためて確認したのは、隋王朝、唐王朝の成立過程である。
十八史略を読んでいて、この三国鼎立の時代までは割合とその成立過程というものが分かりやすい。しかし、隋王朝、唐王朝となると突然登場するのが中々理解出来ないところであった。
実を言えば、この三国鼎立から晋の時代、南北朝の時代に書道の著名人がでている。
*有名人で東晋     王羲之、王献之、 北魏 鄭道昭など多数。

隋と唐の帝室は、元々遊牧民の鮮卑人・西魏の宇文泰の「八柱国」とその下の「大将軍」からなっている。
八柱国の一人、隴西郡開国公李虎--李虎の孫が李淵(唐・高祖)
大将軍の一人、陳留郡開国公楊忠--楊忠の息子が楊堅(隋・高祖)
そして、この時期に秦、漢時代の中国人が絶滅した証拠に漢字の読み方が「アルタイ語族」の訛りで発音することになったと鮮卑人の陸法言が編纂した字典「切韻」から証明している。
*楊貴妃の姉と従者が馬に乗っている唐代の絵では、皆馬にまたがっている。(遊牧民である証拠)


●中国文化は、その後の漢人の王朝であった南宋の滅亡をで終わったと思っている、
なぜならモンゴル帝国の元王朝というのは、中国文化を徹底的に破壊し、殺戮したからである。
元王朝の実態が書かれた書物を見ると、とても従来からの中国感とは相容れない。
そもそも元王朝は、有力部族の集合体であって直轄領は散在していた。

●その他、儒教というのが中国の歴代皇帝に嫌われて、儒教で統治した政治というのがほとんど破綻した事実がある。
漢の宣帝は法家を重用し、厳格主義を持って統治した。それを批難して儒教を推進しようとした皇太子(元帝)は叱責され、事実として元帝の時代になって衰えた。
王莽は儒教を持って政治をしたが失敗したのは有名。

いずれにせよ、中国の歴史というのは中国が喧伝するような連綿としたものではなく、その孔子や孟子、その他の思想家が排出した漢族自体が消滅してしまっている。
そして、王朝が代わってもいずれ漢人の文化に洗脳されるというのはウソであることも分かる。
そもそもチャイナドレスが満州族の衣装で、特権階級の満州人でしか着ることは出来ず(漢人は二級市民)、
第一公用語は、満州語
第二公用語は、モンゴル語
第三公用語は、漢文
で公式文書はこの三つのことばで書くとあって清朝は満州人の国であったことがよく分かるものであった。

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2013年度・レビューコンテスト入賞記事の紹介

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平成26年1月28日に【NECパソコン レビューコンテスト】の結果が発表になった。
このコンテストは「2013年11月1日~12月23日の期間で、個人アフィリエイトパートナーを対象にNECパソコンに関するレビューコンテストを実施」という風に実施されたものである。

http://www.linkshare.ne.jp/info/ls/2014/01/nec-review0128.html

結果は、キャプチャーのとおり「特別賞」で喜ばしい限りであった
こういうレビューはなかなか難しく、特にパソコン専用のレビューサイトでない種々雑多なブログでは曖昧になってしまう傾向が強い。

今回のようなコンテストでは「2013年6月15日(土)に開催された、リンクシェア・フェア2013にて、コンテスト参加出展広告主のサイトを対象とした『リンクシェア・フェア2013 サイト★コンテスト』」があり「HP Directplus賞」も受賞している。

http://www.linkshare.ne.jp/info/ls/2013/09/lsf-contestresults.html

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こちらの方は、激戦だったのだが今確認してみると今回のレビューコンテストと同じサイトが受賞していたりしている。

パソコン関係レビュー記事の執筆者は、割合とお知り合いの人が多くてこういう記事を書くと何となく顔が浮かぶサイトもある。

いずれにせよ、今後何となく不安を抱える2014年でもある。

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<アーカイブ>syuun の不思議な少年時代 その27 Episode 1 その7

syuun の不思議な少年時代 その27 Episode 1
その7
【幼稚園の中のもう一つの幼稚園・年中時代2】

窓口で料金を払い、その横の狭い入り口から園内に入ると、ふじ棚があって先のりんご園は閑散としていた。
昨日の秋晴れとはうって変わっての曇りの一日。
だから見回しても、そのりんご園には、まだ園児父母は2~3組しか到着していなかった。
後ろを振り返ると一緒のバスに乗ってきたような園児もいた。
しかし、ほとんど知らない人達ばかりだった。
少し経つとS幼稚園の先生が、人数確認のために顔を見せ、怪訝(けげん)な顔をしていたが、K園長は都合で来ていなかったようだ。
そんなことを無視して、その先のりんご園の園内を廻っているうちに雨が降ってきた。
だから再び、入り口付近の軒の下に待避する羽目になった。
こんな雨宿りというものはどんなときも嫌である。
そして、S幼稚園の人達とはあまり会わないようにしていたのに、入り口付近に集まっていたのではどうしても目が合う感じがある。
しかし、母はこういう雰囲気には慣れているようで、「もう少し待ちましょう」という。
そうこうしているうちに、幾人かの園児が新しく入ってきたのと同じく、幾人かのS幼稚園の先生の姿も見える頃には昼近くになってしまった。
無駄な時間を過ごしても仕方がなかったから、お昼にしましょうという声が掛かったのにつれて、ふじ棚の下でお弁当を広げる園児家族が出てきた。
Syuunもふじ棚の下で何か昼食にしているうちに雨も上がってきていた。
知らない人達ばかりの中、こんな時というのは何となく子供ながらも場が悪い気がしてならない。
~~とはいうものの、幼稚園のグループとして来たわけではないし、勝手にりんご園に自己負担で来たのだから関係ないと言えば関係ないのである。
昼食後になって、雨が少し上がり他の園児と離れてリンゴ狩りを再開したというものの、リンゴ狩りには少し早かった。
それでリンゴが大きくなっているところを探すか、咲いている草花を探す様な感じになった。
午後のどのくらい時間が経ったのだろうか、ある可愛い女の子の園児とその父母と、なぜか一緒にいろいろと園を廻るようになった。
母、「午前中にはいなかったですね?」
女の子の父親、「少し仕事があって午後から来たものですから‥‥」
その女の子の母親は、何か同意を与えるような顔をしていたが、「雨が降っていましたので、あがったから来てみました。」と言う。
Syuunは、ほとんど顔を見ていなかったから記憶では霞んだままだ。
こういう外の世界に出た時、幼児というのはいかにして自分を守るかという動物本能しか持ち合わせていないのだろう。
子供はいつも母親の顔、正確には「目」しか見ていないのである。
だから、その女の子の顔もその父母の顔も輪郭しか分からないし、認識していない。
そして、その女の子の顔も覚えていないものの、母親に甘えるふうを見せて中々母親が指さす草花を見ることをしない。
りんご園の中、もう既にどちらの親もが楯になって、危害を与えてくる筈もない。
こうなると、子供も安心して遊べるとは言うものの大して興味がないというのがこの頃だったのだろうか。
その間には、雨が強くなってふじ棚の下に待避したり、又園内に出かけていったりの繰り返しをしているうちに夕方になってきた。
‥‥と見るとS幼稚園の先生などは帰ってしまって居(お)らず、半分くらいに減った園児は徐々にみんな帰り支度である。
その園児の中の見知っていた園児に聞けば、「S幼稚園の先生」は午前中で帰ってしまったとか。
雨は、止んでいた。
しかし、今にもまた雨が降りそうなどんよりした雰囲気が強くあった。
それだから今のうちに早く帰ろう、とそそくさと園を後にした。
国道は真ん中だけ舗装してあったが、反対側は桑畑。
街の郊外と言っても実に殺風景なところだった。
今考えてみれば、そんなところはその後50年で拡大市街地の中心になっている。
そして、今は渋川まで車を走らせても昔の風景を残しているところなど皆無である。

バス停は今朝来た国道の南に下がった桑畑の前。
国道とは言え、狭い道だから向かってくる「今で言う」ボンネットバスは多少進路を変えて向かってくる。
それで車の途切れるのを待って道を渡りバス停に行こうと‥‥南の方向を見ると、何やら茶の幌をかぶったジープが国道にはみ出して止まっていた。
朝にはそんな車はなかったはずだ。
後からりんご園を出た先ほどの女の子の(若い)父親(H氏としておく)が
「どちらへ帰えられるのですか」という。
母は、「○○町です」
父親(H氏)「○○町はどこですか?」
母「○○番地、○○の隣の‥‥」と言うと。
父親(H氏)は、「うちは○○番地だから、帰り道なので良かったら送って行きますよ」という。
丁度、雨が降り始めて来た‥それで‥‥
母は、一瞬躊躇したものの「それではお願いします‥」と‥‥
父親(H氏)は、運転席に座り込んでから、助手席の扉を開けて女の子とその母親が後ろの席に乗り、その後から傘をたたんで助手席に母と乗った。
既に、雨は本降りになり始めていて危ないところだった。
ここでも狭くて少し居心地が悪い感じがしたが、綿布が貼ってある扉を閉めてジープは走り始めた。
ジープは走り出したものの、綿布の縫い目から雨が少し落ちてくる。
妙な車だと思ったものだ。
結局このリンゴ狩りは雨の一日になった。そして、家に着く頃には本降りの雨になった。
この雨音の激しさを聞いて、子供ながら車で良かったと思ったものだ。
しかし、幌だから多少雨漏りがするのは当たり前だが、子供には奇異に思えたものである。

車に乗り込んで直ぐ後ろの座席を見ると‥‥
何やら「異物」でも見るような目をした小さな女の子と、にこにこした顔をした、驚くほどの若くそして、輝くような美女の母親(H)の顔があった。
母は、何やら相当若いと思ったのかも知れない様子で、
「お幾つなんですか?」と聞く。
その若い母親は、子供の年齢を聞かれたのかと思って「5歳」とか言う。
それに対して、母は苦笑して言う。
「私は、○○年生まれなんですけど‥‥‥」
その若い美女の母親(H)は、ようやく理解したようで‥
「私は、○○年生まれなんですよ。良く凄く若く見られまして‥ね‥」
「○○さんは、私より少し上が同じくらいかと思っていました‥‥」
母は、「そうすると、25~26歳くらいと言う訳ね‥‥、充分お若いですよ~~。」
母親(H)「ええ、子供がいるなんて見られませんし‥‥二十歳頃の子供ですからね‥‥」

綿布の屋根から少し雨が滴り落ちるくらい雨音が激しくなった頃、真っ暗になった街路の一画で止まった。
家に帰ってきたのである。
母、「今日は、どうもありがとうございました。」
母(H)、「また、幼稚園では宜しくお願いします。今まであまり通園していないのですけれどね!」
家の門の前で、後ろを振り向くと車は、直ぐ先の交差点を左に曲がって消えていった。
Syuun「どこへ行ったの?」
母「そこを曲がった直ぐそこ!」
Syuun「ふ~ん」といっても良く分からないのが実情だった。

しかし、この小さな女の子の幼稚園児は、やはりS幼稚園では見かけたことがなかった。
だから多分あまり通園していなかったのは間違いなかったかもしれない。

それにしても、古い記憶というものは「リンゴ狩り」とノートの真っ白な表紙に書くと、いつの間にか真っ黒に白いページが埋まってゆく。
そんなことは一切忘れていたのに、今では本当に昨日のことのように思い出すというのは不思議なものなのである。
人の記憶というものは、一瞬忘れたとは言うものの決して忘れていないと言うことを改めて思うものだった。

このH氏の家族とは、年長になった翌年春から夏にかけて行き来するようになり結構往来もした。
そして、どういう運命の悪戯か、もう一人の因縁のあるYと共に、このH家族の一人娘のH・Eとは中学2~3年で同じクラスになり、そして同じクラス委員にもなり、受験勉強でも競うことになる。
但し、縁はそこまで‥‥

幼い頃に、その女の子の本質というものを掴んでしまうと、どんなに美女に成長しても不思議と恋愛感情など湧かないものである。
そして、そのH・Eは当然成人してその母親と変わらないほどの美女に成長したが、今は10年に一度同窓会で会うか会わないかの関係にしか過ぎない。

それにして、H・Eの若い頃の母親は、フランス人形のように綺麗で驚くほどの美女だった。但し、それに気がついたのは、6歳になった春の頃である。
だから、そのとき覚えていたのは、一瞬の顔とおぼろげな輪郭だけである。

小学校の卒業式の時のモノクロ写真がある。
それには、その時のPTA役員の写真も入っていた。
その写真に写っている母親たちは、ほとんど和服であるのに、学年副代表のSyuunの母と、このH夫人ともう一人だけがスーツだった。

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2014年1月28日 (火)

<アーカイブ>真実の中国史【1840-1949】宮脇淳子・著を読む

1337604387 ●この本を一口に言うと、今まで学校で習ってきた中国の歴史感のもやもやを払拭させる書である。
ここでの中国史の意味とは序章の前の「はじめに」に興味深いことが書かれている。
それは日本の歴史観から見た中国ではなく、「中国の立場から見た中国の歴史」と言うことである。
その一つの構図として取り上げられるのが「日本と世界という二項対立の図式が間違い」だと言うこと。そしてその日本という国が「天皇がずっと守られてきたという」世界の歴史の中で非常に特異な存在であると言うことである。

そして序章の「『真実の中国史【1840-1949】 』を知る前に」で中国史を考える上での基本を述べている。
これを踏まえて第一章「中国の反植民地化は『アヘン戦争』からではない・1840~1860」という記述になる。

●「中国の歴史感のもやもや」というと、小生も書道家の端くれなので中国史や書道史は多少知っている。
そして、三国志(吉川、宮城谷昌光その他の小説版の何種類か)、史記、十八史略(何種類か)その他の翻訳物で目についたのはほとんど読んでいる。
いずれにせよ、昔学校で習ったときに中国史では漢民族の南宋がモンゴルの元によって滅び、1271年元朝によって完全に征服された。
これで感覚としては、中国(支那)はなくなっていると解釈するのが自然だったのだが不思議と中国王朝になってしまっていた。
正確には、元王朝のそれだけでなくその前に遼(916~1125・契丹人)・金(1115~1234女真族)という満州地域に異民族国家が存在した。
この元では南宋の漢人を皆殺しにし、文化を軒並み破壊したというのは元王朝に関する本に書かれていたように思う。
そして、この元王朝では漢文は分からず、言葉も通じなかったはずだからここで中国は終わっているはずなのである。
実を言えば、この元に迫害されて多くの文化人が日本に亡命したということがあった。
確か漢人の高官が登用されるまで、虐殺と文化破壊が終わらなかったはずであった。

この「真実の中国史【1840-1949】 」の感覚で見れば、元朝以降の中国というのは全く別の国であって中国でない。そして、満州族に征服されていた清朝は従来からの中国ではないことが考えられる。
要するに支那中国というのは、日本のように何千年と延々と続いている国でもないと言うことである。
だから北京オリンピックで何千年という歴史があると言うのは全く嘘だと言うことである。
こういう一国が永遠と続いた歴史ではないという観点を踏まえないと大きな過ちを犯すと言うのがこの「真実の中国史【1840-1949】 」の趣旨でもある。
●だから近代中国の歴史は「日清戦争から始まったという説を取る」と主張する。これは小生も指示する。
小説「阿片戦争」陳 舜臣 (著)1973 阿片戦争(上) 滄海編 (講談社文庫 ち 1-1) と言うのを昔読んだことがある。
陳 舜臣氏が言うアヘンと、宮脇淳子氏が言う当時のアヘンに関しては時代の違いで宮脇淳子氏が言う説の方が説得力がある。
それは、アヘンが通貨の代わりになり、軍隊もアヘンで給料をもらっていたとある。
そもそも中国では、統一の言葉があったわけではなく漢文が読める人は科挙試験を途中まで受かったような地方の名門の一族ぐらいなもの。
その中に郷紳という人達がいて「科挙試験を途中まで受かったような地方の名門の一族」が地方の小役人になるか、商人になった。
中国では共通の言葉がなかったから、漢字が読めないと商売も出来なかった訳である。
それで明治時代には、漢文の筆談で日本人が支那人と話が出来たと言うのがよく分かる気がする。
●そして、中国の歴史というのは毛沢東が自分に都合が良いように書き直したという事実を明らかにしている。
この本の後半に「張作霖爆殺事件はコミンテルンのでっちあげだ」と言う項目がある。
この件に関して、犯人だと言われている河本大作の現場写真やイギリス公文書館にある「内田五郎奉天総領事の見取り図」から河本大作の橋の脇の爆薬で列車の屋根が吹き飛んだものではないことが書かれている。
謎解き「張作霖爆殺事件」 (PHP新書) 参考

「西尾幹二氏、秦郁彦氏の偽善『歴史家』の素性を看破する」のエントリーではこの部分をこう書いている。
(西尾幹二のブログ論壇 ・収録)
なぜなら、河本大作大佐が『張作霖爆殺事件』の犯人であるとは、本人が言っている訳でもなく、そうではないかという憶測だからだ。
この『張作霖爆殺事件』と言うものは、『満洲某重大事件』とか『張霖某事件』とか実際は呼ばれて、昭和40年代前半に何回もNHKで検証ドラマが行われた。
そして、初めはNHKでも張霖某重大事件の首謀者は不明とナレーションがあり、その後には関東軍特務機関の仕業と噂されているになり、最近では河本大作大佐の仕業と言い切っている。
簡単に言えば、東京オリンピック以降とはいえ『張作霖爆殺事件』当時の状況をよく知っている人達が生きているときは従来からの見解を踏襲しているのである。
又、『関東軍特務機関河本大作大佐真犯人説』は東京裁判から後の話である。そして、今現在に至っても真犯人は不明な事件であるはずだ。
それを『河本大作大佐が真犯人』と言い切ってしまうというのは、語るに落ちたとは秦氏のことだろうと言うことがわかる。
そして、この秦氏と言うのは、以下のようなきれい事を言って自己を正当化する偽善者であることが分かる。
『プロの歴史研究者は、史実として認定できないものは全て切り捨てて、取り得えず棚上げにしておきます。』

●この「真実の中国史【1840-1949】 」を読むと、ここで宮脇淳子氏は「昭和史をやっている保阪さんも半藤さんも秦さんもみんなダメだと分かりました。」と書かれている。
小生から見れば、既にこの三人というのはある意味戦後民主主義に毒された人達か、何かしら意図を持って日本の歴史を書き換えている人達であると思っている。
こういう事から見て、「河本大作大佐が真犯人」説というのは明らかに中国が歴史を書き換えた又は、書き換えるように意図をくんだ人達によるものと言うことがよく分かるものである。

●実を言えば宮脇淳子氏と小生syuunは同世代人である。
その意味は歴史教科書というのが日本の独立直後に作られ、学校では1933年以降の歴史はあまり習わなかった。なぜなら日本の大東亜戦争というのはまだ歴史ではなかった。
教師は、戦争に行ってその後将校のパージが解けて、元特攻隊員だったり中国戦線で中隊長をしていたという人が教師になっていた。
父親は、戦争に行った世代であり母親も「満洲某重大事件」はしっかり覚えていたくらいである。
その感覚から見て現在の歴史観は違いすぎる。そして、単純な歴史思考と言うものに違和感を覚えたというところがある。

それでも高校時代の文革が始まった頃、紅衛兵手帳という赤い表紙の赤尾の豆単に似た「毛沢東語録」を紅衛兵なみにかざして「これは凄い」と言った同級生がいた。
当時変人と馬鹿にされた人物だったが、その後本当に○○になってしまった。


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2014年1月26日 (日)

2013年に買ったコンパクトデジカメ、ミラーレスデジタル一眼レフカメラに関しての感想のまとめ

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今年一年間に買ったカメラは、コンパクトデジカメ2台。ミラーレスデジタル一眼レフカメラ2台。フルサイズデジタル一眼レフカメラ1台であった。
この中でカシオEXILIMだけが衝動買い、Nikon、FUJIFILMはカタログ落ち製品。
OLYMPUS PENは現行商品、SONY α7 ILCE-7Kは新商品という具合だった。

購入順
●カシオEXILIM 10th Anniversary EX-ZR1000BSA
●Nikon 1 V1
●FUJIFILM X10
●OLYMPUS PEN mini E-PM2
●SONY α7ILCE-7K
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EXILIM 10th Anniversary EX-ZR1000BSA
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「カシオEXILIM 10th Anniversary EX-ZR1000BSA」はかなり癖のあるカメラであった。
現実には、3か月ほど使って今はお蔵入りになっている。
このお蔵入りになっているのは、その後買ったカメラがみんな高性能だったからである。
問題点は、高感度になると途端に画質が悪くなることである。
ISO 感度80のときは、設定を変更することで今の水準の画像になる。
動画は、室内では彩度が低くなって「1/2.3型裏面照射型CMOS」の影響が大きい。
その一方で高感度が強く夜景を撮っても以前にテストしてみたPowerShot S100(初期型)に近い感じがある。
又、このEX-ZR1000BSAは「本革ケース」が特徴であるものの「物撮り」にはケースが邪魔になって使いにくい。

やはりカシオはカシオだなと思うコンデジだった。
但し、起動動作はきびきびしていた。

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Nikon 1 V1(生産終了品)
1 NIKKOR 10mm f/2.8(薄型レンズキット)
1 NIKKOR 11-27.5mm f/3.5-5.6
スピードライト SB-N5(生産終了品)
1 NIKKOR VR 10-100mm f/4.5-5.6 PD-ZOOM
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Nikon 1 V1は、V2が発売されたあとの在庫処分でダメ元で購入したもの。
発売当初から見れば2年前の機種。
実を言えばこのシリーズは、前から注目していたものの「Nikon 1 J1」が何か貧弱でためらっていたものであった。
それが購入して目から鱗によく写るというのがこのV1。
Panasonicの「LUMIX DMC-GX1X レンズキット」がどうしても撮りたいという時に、うまく写っていなかったりという不安定な部分がない。
そして、小型なうえにNikonらしく手抜きなしで動画用のマイク端子も存在。
「ボディーの外装素材に高級感のあるマグネシウム合金を採用。」でかなり高級感がある。
★初めて作った製品は、驚くほど開発費用と製品にお金をかけている。

問題点は、いつもあまりうまく撮れすぎて面白くなかったりすることでもある。
又、現行商品のNikon 1 V2とは別物と考えるのが良いかもしれない。
★現状ほとんど正常に手に入らなくなった製品。

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FUJIFILM X10
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このFUJIFILM X10もカタログ落ち品。今でも売られているところもある。
一言で言って、単純にマイクロフォーサーズくらいまでならデジ一眼と渡り合える性能。動画も同様にデジイチ並に撮れる優れもの。どんなカメラを持って行って良いか分からないときにはこれで良い。しかし、電池はF100fdや200EXRなどのコンデジ電池。
古くからあるので汎用品も豊富で、予備電池が必須。
コンデジなので、たまに分割測光の詰めが甘く妙な描写をすることもあるとはいえ、普通は問題なしで優秀。
このカメラを使うことによって、FUJIFILMのミラーレスデジイチを買おうかと思ったくらいである。

★カメラのキタムラのネットショップで購入可(2013/12/26)

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OLYMPUS PEN mini E-PM2
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激安になっていたので、コンデジ感覚で購入。
このOLYMPUS PEN miniは小さくコンデジの様な感じでシャッターを切って、出てくる画像が「デジイチ」だと驚くもの。
ミラーレスデジイチだと良く認識してカメラを操作すればかなりの線ので画像を追い込める性能がある。
マイクロフォーサーズなので、キットレンズではなくやはりレンズが欲しくなる。

α7については割愛。

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結論的なもの
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カメラを買うのは時によって、今年はコンデジばかりとか、又はミラーレスばかりとかということがある。
今年は、ミラーレス一眼カメラばかりとなった。
近年のカメラは圧倒的に性能が上がった。そして、コンデジでは飽き足らなくなった部分もある。
それではコンデジを使わないのかというと未だにPanasonic LX5を常用している。
これはCCDの最後ものでやはりCMOSとは色合いが違う。

今年買って良かったものは、やはりNikon 1 V1とFUJIFILM X10である。
この二つは、フルオートに近い撮影ができてまず「撮れてない」ということがない。

OLYMPUS PEN mini E-PM2などのマイクロフォーサーズは、やはりNikonなどには及ばないところがある気がする。
それならFUJIFILMはどうかというと、デジイチはNikonのボディーを使って作っていたこともあり、銀塩時代は特異なカメラを作っていた。
だから絵作りという部分ではかなりNikonに近い気がする。

そして、カシオEXILIM。
デジイチと比べるというのは申し訳ないが、Nikon、FUJIFILM、Canonなどに比べて画像、動画でやはり周回遅れの感がある。







デル株式会社

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2014年1月25日 (土)

SEO対策とDell・「Inspiron 14 7000シリーズ」などのレビュー記事の裏側

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平成26年1月24日(金)「Inspiron 14 7000シリーズ」のレビュー記事をエントリーにあげた。記事は、6月末頃まで使える「書道家の日々つれづれ」サイトでいずれこちらに移植する予定でもある。
レビュー記事は、Google検索では翌日にもかかわらず14位(2ページ目中位)に位置している。(平成26年1月25日(土)現在)


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パソコンなどのレビュー記事
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こういうパソコンなどのレビュー記事を書けるというのは、ブログ運営者としてはそこそこ喜ばしいことである。しかし、それも現行商品を貸してくれるときであって、販売していない旧型製品を貸してくれる場合などは困りものである。
女性がブログ運営者の場合、化粧品のサンプルその他金額的に易(やす)いので多品目の提供があったりするように思われる。(直接聞いたことはないが、サンプルは展示会でも配られる。)
その一方で、パソコンなどは短期に貸してくれることになる。
日本で何人かは、パソコンやタブレットなど日本では未発売の高価なサンプル品(英語仕様・日本語仕様化可能)を貰えることもあるようだが、ほとんど神の世界である。

そこでたとえばどんなパソコンの機種を貸してくれるのか、貸してくれるのが何番目かと言うところにいろいろと思ったりすることがある。
端的に言えば、貸してくれる販売店の覚えがめでたくないと貸してくれる順番が遅くなるのは良いとしても、貸し出すと言いながら貸し出しをしてくれなかったりすることも非常に多い。
貸し出す順番の目安は発売とともに、まずメディア・プレス(マイナビ・ITmediaその他諸々)。
その次に神BloggerやプロWeb運営サイトなどのパソコン専門サイト。その次がSyuunなどの普通のブログサイトと言うことになる。
ここで、この順番は販売店サイトによっては「神BloggerやWeb運営サイト」はプレス扱いの時もあり、そうでないことも多い。

それで運良く貸出機種の順番が回ってきて、パソコンなどが届いたりするとこれが大変。なぜなら、貸出期間が短いもので3~4日。要するに販売店サイトは返送まで含めて7日間のサイクルで回してゆく。
しかも、取り扱い説明書などは一切なくてパソコンだけと言うことも当然あり得る・・・と言うより元々DellやHPなどではもともと付いていないことが多い。


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Recoveryという作業の問題点
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使っているパソコンを出荷状態に戻すことをRecoveryと言ったりする。
普通にパソコンを使っていて、Recoveryをするというのはほとんど稀(まれ)である。しかし、パソコンのレビューをするときにはRecoveryをすると言うことが多い。
それは、ノート型パソコンなどで貸出機種が回ってきたときに時として初めから起動しなかったり、又は数回起動させたら故障してしまったというパソコンが時としてあるからである。
特に、ある一定のメーカー製で旧型製品に近くなって散々使われた製品なとは、Windows7のころは初めからRecovery前提だったものもある。


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危ないBTOデスクトップパソコンのRecovery
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デスクトップパソコンなどでは、このWindows7の頃にRecoveryメデイアが付いてくるBTOメーカー製のパソコンがあったりした。
(ここ1年以上、どんなものでも貸し出しますと言いながら、順番が回らないと1機種のパソコン貸してくれないメーカーなので現在はどうだか分からない。)
このBTOメーカーのRecoveryメディアは、メーカ独自のもので完全クーロンになってそのままで完全Recovery出来るものとそうでないものがあった。

「そうでないもの」とはWindows7だけが入っていて、マザーボード、ビデオカードその他のドライバーは既存のHDD上に保存してあるというもの。
これをうっかり削除してしまうと「マザーボード、ビデオカードその他のドライバー」をWeb上から探してきてインストールしなければならない。
マザーボードは、市販のOEM品であるし、ビデオカードのドライバーも自作パソコンを作っていれば容易に探すことも出来る。
しかし、こういうメーカー製のパソコンにかぎってRecoveryの取説がない。



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Windows8になって、リカバリの安全に
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今では、Windows8になったのでRecoveryはWindows8の動作の一つとして作動して妙なことになるとは思われない。しかしながら、DellやHP以外のBTOパソコンではパソコンの実機が来た場合でないと正確な実体は不明なことが多い。

ところが、Windows8のパソコンだとストアからWindows8.1にアップデートを促すものとそうでないものとがあったりする。
ここでうっかりWindows8.1にアップデートしてしまうとリカバリメディア、その他一切使えなくなるので注意が必要である。

自作パソコンでは、HDDやSSD上にWindows8.1リカバリイメージを早めに作って対処するしかないのが現状である。(既にWindows8.1になって出荷されているものは問題なし。)



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SEO(Search Engine Optimization)
検索エンジン最適化
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SEOというのは、ブログを始めたときに何だこれはと思ったものである。
要するに折角ブログを書いても誰にも読まれないものでは全く意味がない。少なくとも探して検索にかからないと存在していないのと同じである。

5年前にSEO対策をするにはどうするかというようなことをセミナーで教わったことがある。ところがそのときの印象は、いかにして検索エンジンを騙(だま)すかということであって「それは違うな」と思ったものであった。
そして時は過ぎ、2012~13年に検索エンジンのアップデートが数回あって5年前の「SEO対策」はすべて無効になるか「違反」対象になった。
それは検索エンジンを騙すやり方なので、検索エンジンが高性能になれば当たり前のことである。そして、検索エンジンの高機能化はますます進むと思って間違いない。

こういう経過で、かっては大盛況だったサイトが検索エンジンにかからなくなったところがある。
それは、そういうサイトが検索エンジンの目的と合致しなくなった記事をエントリーしていることに過ぎない。

それで「SEO対策」は何かと言えば、まず「5年前のSEO対策」は無効、違反なので即刻削除。
次にどうするか・・・・
それは、毎回サイト記事の作り方を研究するしかない。
なぜなら、検索エンジンは毎度徐々にアップグレードして中身のない記事を検索サイトから除外しているからでもある。


Inspiron 14 7000シリーズ実機レビュー「コードレスパソコン」は本当に9時間バッテリー駆動するか
http://pub.ne.jp/Indianinkworld/?entry_id=5184678


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レビュー記事の裏側の問題点
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パソコンのレビュー記事を書くというのは、時としてリスクを伴うことがある。
このリスクを回避するために取り扱うと言うこともレビューアーの技量であり、多くのパソコンをレビューすることでスキルがあがることもある。

そして、パソコンに限ってはノート型パソコンを専門とする人とデスクトップ型パソコンを得意とする人。又は、ゲーマーパソコンを得意とするレビューアーなどがある。
ここでレビューアーとしては、パソコンの仕様を見るだけで8割方その性能を予測できることが多い。
そこで他のメディアやレビューアーと同じことを書いても仕方がないので、どういうふうな特色を出すかと言うことを主眼としてレビューを書く。
それがSEO対策にもなるわけである。
一応参考にするメディアやレビューアー記事を見ても、概略だけで何が書いてあるのか分からないと言うものもある。
レビューアーとしては、あくまで自分が使う気になって「辛口批評」をする必要があると思われる。

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2014年1月24日 (金)

Inspiron 14 7000シリーズ実機レビュー「コードレスパソコン」は本当に9時間バッテリー駆動するか

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Dellでは、「9時間のバッテリー駆動で丸一日コードレス」として、「これからはコードにしばられない『コードレスパソコン』」を発売している。
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概要及びレビューの目的
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Dellのノート型パソコンは、2013モデルから今までのレガシーな筐体から脱皮してメタリック感の強い薄型のパソコンに変身している。
そしてもう一つの特徴というのがエントリーノート以外に「コードレスパソコン」という分野が出来たことであろう。
今回レビューをするInspiron 14 7000シリーズは、この「コードレスパソコン」の中でも薄型でよりスタイリッシュな製品である。
レビューをするInspiron 14 7000は、プレミアム・フルHDタッチパネル/プレミアム・タッチパネル/ベーシックと3つのグレードに分かれている。このうちで「タッチパネル」も「mSATA SSD」も付かない一番廉価なモデル・ベーシックをここではレビューする。
このスタイリッシュというのは、ステンレスと思わせるアルミ素材を使っていることである。その厚みは、Dellの仕様では「高さ: 0.6インチ(15.3 mm)」と書かれている。
実測では15mmであって、多分底面の棒状の出っ張りを計るかどうかの違いかもしれない。

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ベーシックモデルというのは、多機能高性能モデルに対して余分な電力を使わない傾向があるので本当に9時間バッテリー駆動するかを検討した。
この検討には、「Microsoft Assessment Console・Battery run down with energy efficiency diagnostics( エネルギー効率診断を含むバッテリーの寿命テスト) 」を実施してみた。

その他メモリーはオンボードであり、ビデオカードも当然CPUチップ内蔵の「インテル® HD グラフィックス 4400」になっている。
このためにゲーム用のBenchmarkテストは、敢えて不必要と思われるので実施していない。

今回は、このInspiron 14 7000シリーズのベーシックモデルは販売店からの借用品である。但し、レビュー機は現行のDellのWeb販売モデルとは違ってOSが「Windows 8 (64ビット) 日本語版」になっているものである。(Web販売品は「Windows 8.1 (64ビット) 日本語版」)


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Inspiron 14 7000シリーズ
ベーシックモデルの仕様
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●OS--Windows 8 64ビット(Web販売品は「Windows 8.1 (64ビット) 日本語版」)
■CPU--第4世代インテル® Core™ i3-4010U プロセッサー (3M キャッシュ、 1.70GHz・ 2コア/4スレッド)(Launched)Haswell
■マザーボード-:
●メモリ-4GB DDR3L メモリ (1600MHz) (On Board)(実機はMicron製)
■HDD-500GB SATA HDD(5400回転)(Seagate ST500LT032-1E9142)
●ドライブ--なし
●グラフィックカード;内蔵・インテル® HD グラフィックス 4400
■ディスプレイ;4.0 インチ Truelife HDパネルディスプレイ (LEDバックライト採用) (1366 x 768)
●カードリーダー : マルチメディアカードリーダーデジタル(SD)メモリカード
セキュアデジタルカードHigh Capacity(SDHC)、SD拡張容量(SDXC)、UHS(50 MB/秒)対応
●LAN;インテル® デュアルバンドワイヤレス-N 7260 2x2 AGN + Bluetooth 4.0
■電源;58 WHr, 4 セルバッテリ (内蔵)
●マカフィー®リブセーフ (12ヶ月間更新サービス)
■USB 3.0×2(1個はPowerShare対応)、HDMI(v1.4a)出力×1、ヘッドフォン/マイク入力ジャックコンビネーション、Noble Securityロック、AC電源入力、1.0 MPワイドスクリーンHD Webカメラ
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■Aluminum液晶バックカバー (シルバー, 非タッチ構成用)
●寸法(仕様書による)345×15.3×240mm
※オプションのタッチディスプレイを含めた最小重量(2.02 kg)

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その他の詳しい情報はこちらりPDF(Dell Webサイト)を参照。

デル株式会社
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Inspiron 14 7000ベーシックモデルの外観
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Inspiron 14 7000シリーズの外観は、上位機種と何ら変わらないような印象である。しかし、重量となると仕様書の約2kgから大幅に減少して1.66Kgであった。
モバイル用パソコンだと1.5kg以下というのが普通である。

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このInspiron 14 7000ベーシックモデルではACアダプタを持ち歩く必要がないのでモバイルでも使えそうである。
しかしながら、液晶は値段相応でそれほど見やすいという感じてはなかった。

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キーボードは、浮き石型という最近多く使われてるものでバックライトキーボードになっている。このバックライトキーボードを昼間の明るいところで付けておくと、アルミ光沢のキーボードと同色になって文字が非常に見づらい。

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その一方で、最近のキーボードに搭載され始めているWindows8対応の「Charmキー」がショートカットキーとして設置されている。
タッチディスプレイであるとそれほど必要ないかもしれないが、このCharmキーの「Settings Charm(設定チャーム)」キーを使うことによって、Windows8に慣れない人でもかなり便利に使える。

又、Inspiron 14 7000は、厚み15mmを実現するためか左右側面にUSB3.0を1基ずつ装備している。

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このUSB3.0の端子にUSBメモリーなどを挿す場合、構造的に平行に入れないと刺さらない。それでUSBハブなどを利用すると、非常に便利が良い。

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Inspiron 14 7000ベーシックモデルの
基本性能
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Inspiron 14 7000ベーシックモデルは、インテル® Core™ i3-4010U プロセッサー(省電力型・インテル® ターボ・ブースト・テクノロジー不可)と500GB SATA HDD(5400回転)(Seagate ST500LT032-1E9142)というハードディスクが使われている。
このSeagateのハードディスクは、仕様書によれば厚みは5mmであり転送速度が100 MB/s maxになっている。(Sustained data transfer rate OD 100 MB/s max)

参考

http://www.seagate.com/files/www-content/product-content/seagate-laptop-fam/laptop-ultrathin-hdd/en-us/docs/100715053a.pdf

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従って、何となく遅いような感じを受ける。
その結果は、以下に述べる起動時間などに表れているように思える。
しかし、それは高性能のUltrabookなどと比べるからであって実用的には問題ない。

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SDカードリーダーは、新しい筐体から高速なカートリーダーになった。
(セキュアデジタルカードHigh Capacity(SDHC)、SD拡張容量(SDXC)、UHS(50 MB/秒)対応)
そのデーターは、UHS-IのSDHCカードで測定してみて明らかである。

グラフィックスが「内蔵・インテル® HD グラフィックス 4400」であることから分かるとおり、ゲーマーパソコンではない。
従って、ゲーム用のBenchmarkを取るというのは意味がなく、メモリーも4GBで充分である。



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Microsoft Assessment Consoleによる
★Boot performance(Fast Startup)
★Battery run down with energy efficiency diagnostics
( エネルギー効率診断を含む
バッテリーの寿命テスト)
*************************************


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Boot performance(Fast Startup)は、測定の結果8.979秒でUltrabookの2-3秒、通常のノート型パソコンの5-6秒に比べて遅めである。

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そのInspiron 14 7000ベーシックの起動時間は、コールドスタートだと、写真のように21.4秒であった。
又、Suspendサスペンド状態からの起動は、3.873秒になっている。
(サスペンド---スリープ状態からの復帰)

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**************************************************
★本当に9時間バッテリー駆動するか
★Battery run down with energy efficiency diagnostics
( エネルギー効率診断を含むバッテリーの寿命テスト)

**************************************************

今回のテストの主眼である「本当に9時間バッテリー駆動するか」を検証する。
Microsoft Assessment Console・Battery run down with energy efficiency diagnosticsのテストでは、動画再生などを含めたテストを行っている。従って、スリープ状態になることはない。

そのテストは、バッテリの満充電状態になっていることをソフトが自動的に確認した上で、バッテリー残量が5%に減少するところで測定終了する設定である。
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Battery run down with energy efficiency diagnosticsの結果では、2つの測定結果が出ている。
そのうちの右側(12:09)からの測定が測定結果である。
エラーになっている左側(20:45)というのは、バッテリー残量が「残量5%」になった時点で再度測定が始まったということである。
従い、バッテリー残量が「残量5%」の時点の時間をしめしている。
これから、バッテリーは8時間36分連続して使用できたことを示している。

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又、バッテリーのエネルギー効率は、97%で非常に優秀である。

従って、「9時間バッテリー駆動するか」の回答は、ほぼ間違いなく9時間連続起動する。


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Inspiron 14 7000シリーズ
ベーシックモデルを使ってみての感想
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Inspiron 14 7000シリーズ・ベーシックモデルは、驚くなかれ「約9時間完全にバッテリー駆動」した。
これは、新CPU・Haswellの省電力性能と相まって、種々の要因があるように思える。
単純に言えば、タッチディスプレイや上位のCPU、mSATA SSD、メモリーの増など多少でも高性能を追うとなれば消費電力は劇的に増して9時間はバッテリが持たない。
従って、純粋に『コードレスパソコン』というものなら、このベーシックモデルが相当する。その上、上位機に比べて1.66Kgとモバイルパソコン並の重さであり、厚みも15mmであるからモバイルとして実用になるかもしれない。
軽量のモバイルパソコンがこのInspiron 14 7000シリーズ・ベーシックモデルの倍以上の値段であるのに対して、外観などは全く劣っていない質感がある。
モバイルとして使うのであれば、タッチディスプレイが便利である。しかしながら重さの増加と消費電力の増というマイナス効果がある。

このInspiron 14 7000シリーズは省電力型CPUが使われていて、インテル® ターボ・ブースト・テクノロジーにも対応しない。従い当然ゲーマー向けパソコンではない。
より高性能を求めるのであれば、『コードレスパソコン』は不向きである。


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デル株式会社 デル株式会社 デル株式会社

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2014年1月23日 (木)

OLYMPUS STYLUS XZ-2の互換電池・充電器ROWA製を買う

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OLYMPUS STYLUS XZ-2を買って3週間になった。これはPanasonic LUMIX DMC-LX5の代替えとして「もの撮り用」であることは以前に説明した。
撮影は、ほとんどマクロ撮影を行う。このXZ-2で他のコンデジと大きく違うのは、マニュアルフォーカス(MF)がレバー一つで出来るようになっていることである。(レバー機能MF)
撮影待機でレバーを動かしオンにして、コントロールリングでピントを合わせる。ここで突然画面がクローズアップされるのでフォーカスを合わせ易い。
SONYやPentaxK01にあるキーピングというAFが合ったところだけ色が変わるというデジ一眼レフと同等な効果を現す。
これでこのMFを使わないと、スーパーマクロでかなりAFを外すことが多いので注意が必要かもしれない。

そんなこんなで、写真を撮っていると電池がかなり速く消耗する。
要するにこのOLYMPUS STYLUS XZ-2に使われている「LI-90B」という電池は、カメラの大きさからいって小さめである。そしてカメラセットには、今のコスト削減の影響で充電器が付属していない。
従い、予備電池と充電器が必要である。


Btt1 カメラメーカー: Canon
カメラモデル: Canon PowerShot S100
レンズ: 5.2-26.0 mm
焦点距離: 5.2mm
絞り値: f/2.0
露出時間: 0.033 秒 (1/30)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)


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すべて純正品だと「OLYMPUS リチウムイオン充電池と充電器のセット LI-90B+UC-90 SET」と言うものがあって、買値8,000円弱。
「Nikon 1 V1リチャージャブルバッテリー EN-EL15半年で劣化・互換電池で乗り切る」のエントリで書いたとおり、純正品でも数回使っただけで劣化してしまうこともあるので汎用品を購入した。
ROWA製のリチウムイオン充電池と充電器を別々にAmazonでセット購入したので2,460円であった。
買った電池はROWAのものではなく、OEM品のようだったので実際はROWAで買わなくとも良かったかもしれない。そうであればセット品はもう少し安い。


Btt5
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いずれにせよ、形状はほとんど同じで互換電池の方は「容量:1030mAh」で純正品の「1270mAh」より多少少ない。
しかし、使って見るとそれほど差異は感じられない。
充電器は、汎用電源にリチウムイオンの種類に合わせてアダプターをはめ込むという最近みられるもの。
電池に比べて、多少大きくて見た目があまり良くないが、普通に充電できる。

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この手のカメラは、携帯電話用のモバイルバッテリーでも充電出来るので、予備電池は当面1個で間に合いそうでもある。


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2014年1月22日 (水)

Nikon 1 V1リチャージャブルバッテリー EN-EL15半年で劣化・互換電池で乗り切る

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デジタルカメラを使っていて困るのは、使われているLi-ionの電池が早く終わってしまうことである。この電池は、カメラによって容量の大きい小さいがあって電池をよく使うから大きいというわけではない。
一般には、カメラのデザインのしわ寄せが電池の大きさになると思われる。
そして、このLi-ion電池というのはかなり高価である。最近SONYα7を買ったのは以前に紹介済みである。このα7の電池は実のところα55の電池を予備に使い付属の充電器で充電している。
だから、SONYα7では取りあえず充電器も予備のLi-ion電池も買わなくて済んだ。
こんなふうに従来のカメラの電池が使えると非常に便利である。
同じようなことが、以前ではRICOH GRD IIIやFUJIFILM X10でもあって便利にしている。
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しかしながら、いつもそんなふうに具合が良いわけではない。それで互換電池を買ったりする。
なぜなら純正電池で半年も使わないうちに劣化してしまうものもあるからである。

ニコン D800 D800E D600 D7000 の EN-EL15 互換 バッテリー 【残量表示&純正充電器対応】

ニコン D800 D800E D600 D7000 の EN-EL15 互換 バッテリー 【残量表示&純正充電器対応】

ハッキリ言えば数回使っただけで「50%に劣化」してしまったことである。

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こういう純正電池には、使われている電池は「日本製」と書かれていることがある。FUJIFILMの電池などは「made in China」しか書かれていない。
今回のNikon 1 V1・Li-ion リチャージャブルバッテリー EN-EL15は、使用セルは日本製とある。しかし、写真を見るとおり数回使っただけで劣化してしまっている。
これは、2013年の5-6月にキットとして買ったNikon 1 V1のセット品。
普通本体の保証は1年ある。しかし、こういうリチャージャブルバッテリーの場合消耗品とみられて保証対象外であることが多い。

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カメラメーカー: Canon
カメラモデル: Canon PowerShot S100
レンズ: 5.2-26.0 mm
焦点距離: 5.2mm
絞り値: f/2.0
露出時間: 0.033 秒 (1/30)
ISO 感度: 250
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

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それだから、純正品といえども安心できないわけである。
それならばどこの互換電池が良いのかといえば経験上ROWA製である。
しかし、ROWAといっても何処かの既製品にROWAにブランドを付けるOEM品もあるので詳細は不明。

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それで、OLYMPUS STYLUS XZ-2の充電器と予備電池はROWA製を購入した。

詳細は、「書道家・荒井柊雲(Syuun)のデジモノレビュー」で紹介。
http://syuun.way-nifty.com/blog/2014/01/olympus-stylus-.html

EN-EL15の予備電池は、純正が不良品だったので、ROWA製を購入している。
予備電池は、以前からSONY、FUJIFILM、Nikon、RICOH、Canon(一部デジ一だと互換電池として登録するものもあり)、OLYMPUS、Panasonicと購入してみた。
このうちでPanasonicだけが認識しなくなり、電源を入れると今では起動停止になる。
Panasonicも中国製でどこが違うのだというところだが、こういうところがPanasonicのカメラを忌避する理由の一つでもある。


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<アーカイブ>忍城の南、持田口に位置する小宮家の謎

「のぼうの城」の舞台・忍城攻防戦の秘密を探る

1590年・小説「水の城」「のぼうの城」の舞台・忍城攻防戦4

忍城の南、持田口に位置する小宮家の謎
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●小宮家の初代は小宮忠昌(源左衛門)と小宮家に伝わる家系図にある。
ここで寛文12年壬子9月3日卒というメモをもらったのだが、寛文12年とは1672年でこれではあまりにも長生き過ぎる。忠昌の妻は慶安2年(1649)の卒と記されているので、寛文ではなく寛永の間違いではないかと思っている。
その一方で二代目の義明(勘右衛門)が寛永元年(1624)卒で、こちらが寛文の間違いでこの二つを入れ替えると整合性がとれる。
そこで初代は小宮忠昌(源左衛門)の卒を寛永12年(1635年)として考える。
いずれにせよ小宮忠昌(源左衛門)、元の名、小宮山忠昌(源左衛門)は家系図から忍城城主成田氏長を主君とする成田氏の家中の人物であることが分かる。

●この小宮山忠昌の父親は誰かというと家系図から小宮山忠孝(弾正介)である。
この小宮山忠孝(弾正介)とは、行田市史・上巻・成田家分限帳にあるとおり、武州足利郡戸塚の戸塚城(小宮山城ともいう・川口市東戸塚)主である。
この小宮山忠孝(弾正介)は元和元年丁巳8月8日卒(法号・宝持院金峯道剛大弾門)と言うことで大阪夏の陣以後に亡くなっている。

この小宮山忠孝(弾正介)は、武州足利郡箕田郷に居住し、忍城主成田氏の旗下として200貫の知行(石高500石)として足立郡戸塚を領地としたとある。

●この小宮山氏によって築城された戸塚城は、小田原城攻めのときは全て忍城へ引き上げ空城になっていたという。
そうであるとすると、小宮山忠孝(弾正介)は旗本として城主成田氏長について行かない限り忍城攻防戦に参加したはずである。
現実問題として、戸塚城の守備隊が豊臣軍との開戦前に城主成田氏長について小田原城籠城戦に参加する可能性は無い。
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●そして小宮山忠孝(弾正介)は、戸塚城を築造するにあたりかなりの軍勢を持っていたはずであり、持っていなければ城を築ける分けは無い。
又、なぜ武州へ来たのかと言えば、この小宮山忠孝(弾正介)の父親は、小宮山友晴(内膳正)であるからである。
小宮山友晴(内膳正)は、武田勝頼の「使番十二人衆の一人」の侍大将で武田一門である。
即ち、天正10年に甲州天目山へ永蟄居の身ながら単騎で武田勝頼にはせ参じ、討ち死にした事が知られている。

その際に、内膳正以外の一門をいち早く甲州街道から(織田の勢力範囲以外の)関東へ落ち延びさせ、元々厚誼のあった成田氏を頼ったと言うことである。
この小宮山氏というのは後の武田武士狩りを思えばかなり慧眼であったと言わざる終えない。
武田氏が滅んだあとに甲州では武田系の武士や一門の武田狩りが厳しく行われて根絶やしにされたというのは有名な話。
事実元々新田源氏の系譜のSyuunの一族も、蜘蛛の子を散らすように遠い昔に甲州街道を通って、織田の勢力範囲から逃れ今の埼玉県の山側に避難したことが名字の分布から分かる。
北へ逃げた方は、善光寺あたりで止まった人と富山まで逃げた人というのも同じく氏名分布から分かる。(既に書いたことがある。)

従って、元の甲州に代々住んでいると称する武田一門、武田武士というのは事実上あり得ないと言うのが真相である。
根絶やしにされた武田武士の文物を受け継いだとか、ということが真相であろう。

●「忍城の南、持田口に位置する小宮家の謎」
この小宮家が位置するのは、行田市の「忍城今昔地図」にも載っていない忍城の城外である。正確には忍城のほぼ南に位置し「忍城今昔地図」に丁度書かれていない部分に当たる。
そして、それは持田口の外あたりである。
この小宮家から戦後まもなくまで関東一円を見渡すことが出来たというし、外へ通じる道は小宮家の前しかなかったらしい。
記憶を辿れば、その道幅は東京オリンピック以前までは小型タクシーがやっと通れるような道幅しかなかった。

●この小宮家の母屋が作られる前には敷石から城郭があったらしいと言うことを書いた。
ここでもし、この小宮家が忍城を守るための出城としての役目をしていたら忍城の持田口というのは非常に強固な防衛戦を敷いていたことになる。
石田三成は、持田口を封鎖しないで三方を囲んだ。
この意味は、持田口の防備が特に堅いとみたのではないかと考えられなくもない。
そうであるから、真田軍の突撃隊が攻めてきても跳ね返されたと言うのが真実ではないか。

そしてそういうことが良く分かっていた石田三成というのは、決して城攻めが下手な武将ではないと考えられるものである。


小宮姓の元になった忍城攻防戦の真実

「のぼうの城」の舞台・忍城攻防戦の秘密を探る

1590年・小説「水の城」「のぼうの城」の舞台・忍城攻防戦5


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中央の女性二人のうち左が母、右が祖母。(撮影は、Syuun RICOHオートハーフ)


●忍城攻防戦というのは後世の伝えられる事柄には非常に秘密が多く、明らかに嘘とわかる分かるデタラメなども散逸される。
そのいい加減な話というのも、当時の人たちにしては当然あり得ないことであったから「与太話」として笑って済ませられたものも、時が経ってあたかも真実のようになる。

●この小宮家に関して書いている小生(Syuun)との関係は、母がこの小宮家の出と言うことである。
そして小さい頃に、祖母や伯父などに種々のことを聞いて見たりまたは、子どもだと思って無視されて聞きかじったことが沢山あるからである。
それだけでなく、時代は移り母も含めて伯父叔母の全ては鬼籍に入り、小宮家の話を知る人もほとんどいなくなってしまっている。
それで、多少は残しておこうと言うのがこの「忍城攻防戦の真実」である。

その中には「おまじない」という小生には良く分からない何百年も伝承されてきた病気を治す術があって、このことも多分親族では誰も知る人はいない。

祖母の晩年にこの「おまじない」の術を母に伝えようとしたのだが、「教えても良いというお告げ」が一回だけあり、それを当時迷信嫌いの母が拒否した。
それでその「おまじない」の術は(小宮家では)絶えてしまった。

●この忍城攻防戦において、今まで述べてきたように忍城の事実上総大将は、戸塚(別名・小宮山城)城々主、小宮山弾正介・忠孝。
実行部隊の指揮官は、小宮山(小宮)源左衛門・忠昌である。
この後の小宮源左衛門に似た人物が小説にも現れるというのは偶然ではないだろう。

●この忍城攻防戦の結果というのは、関ヶ原の戦いの直前において種々の影響をもたらし、その影響だけが現在に伝えられているという妙なことである。
そして、この忍城攻防戦では主力としては小宮山弾正介・忠孝旗下の戸塚城兵という元武田武士団であることは間違いない。
そして当時の農民というのは兵農分離されているわけではなく、槍や鉄砲なども持っている人達である。この武器などが国民から取り上げられた本当の刀狩りは、時々「拳銃などが倉から見つかったと言うように」実は戦後になってからである。

こういうふうに、農民というのを単に畑仕事をしている人たちだと考えると言うのは平和ボケしてしまった今の日本人なのかも知れない。
実を言えば江戸時代の農民や農村というものを学校の教科書でさえまともに教えられていない。
教えられているのは搾取される「かわいそうな農民」という共産主義思想でしかない。
だから江戸時代の「士農工商」という言葉の意味も歪曲して教えられているような気がする。
ここで断っておくと、「士農工商」の農とは「名主・庄屋・郷士・地侍」と呼ばれる元々の豪族のことである。
そして、そのほとんどが江戸初期のではどこかの大名に仕えた侍でもあった。

●この忍城攻防戦の結果としてどう言う事が起こったのかというと、この戦いに参加した元の武田武士団の仕官が決まったと言うことである。
この関ヶ原の戦い前の於いて、武田武士に人気が出で多くの家中に召し抱えられたという史実は有名である。
小説「水の城」にも
「徳川家康は、攻め手側にいた家臣からもその話を聞き、強く望み、実際、多くの忍城の武将たちは一族郎党、足軽らとともに徳川家に雇われるようになった。」
と書いてある。
*成田氏長も福井城1万石(会津若松)、そして野州烏山3万7千石の城主になっている。
そして「甲斐姫」はその武勇伝によって秀吉の側室になったのではなく、当然その「忍城攻防戦」の勇姿にあやかったと言うものである。

こう言う話というのは、あの忠臣蔵の直ぐ後の「仕官の話しが多くあった」話とよく似ているように、「武勇」と言うのが一つのステータスである。
武士というのは、常に心は戦場にあるという心構えを持つというのは、江戸時代をも通じて幕末でもそうであった。
NHKの「龍馬伝」で主演した福山雅治氏の坂本龍馬の様には「へらへら」と笑うというのは「常に心は戦場にあり」という心構えからは正にあり得ない。

そして、この成田氏家中ではあまりに当主成田氏長が不在の時に勝ちすぎてしまったからその内部でも粛正が密かに行われた節がある。
だからその後当時の城代、成田長親はいらない嫌疑をかけられて放逐され、小宮山源左衛門・忠昌は、「山を捨て」小宮になったと言われる。
即ち、成田氏家中には「小宮山」という人物はいなかったと言うことになったのである。

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又、持田口を守った出城が後の小宮家の屋敷になるのだが、当時の大戦(いくさ)名人と謳われた真田昌幸がここを攻めた。
この先攻隊が真田幸村であった。
ここで真田幸村はかなりの苦戦をすることになるのは事実の通り。
そしてこれが大阪冬の陣の「真田丸」に繋がるとは誰も予想はしていないのだが真実である。
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そして、小宮源左衛門・忠昌が帰農する事になり、その元の出城を屋敷とする。
その縁者は、その武勇を羨望して「小宮姓」を名乗ったと言うのが、関東での小宮姓の元である。

そして、この小宮氏に対して代々敬意を払うと言うのが暗黙の了解であった実例がある。それは小宮家の菩提寺「真言宗 智山派 医王山 遍照院」と言うのが鍵である。
この遍照院「慶長9年(1604年)徳川家康により薬師堂領として25石の御朱印を賜」とあり徳川家康も敬意を払っているだけではない。

この遍照院の隣の「臨済宗 妙心寺派 鷲峰山 大蔵寺」は、「文政6年(1823年)子孫の松平忠堯(タダタカ)は忍(行田)に移封された際、駒形の遍照院の南隅に寺を移し、現在に至る。」とある様にわざわざ隣に移している。

これはなぜかと以前小宮家の当主に尋ねたところ「小宮家に敬意を払って」という答えが返ってきた。

ちなみに、成田氏は水上公園北の「曹洞宗 平田山 清善寺」であって、遍照院に対して城の反対側である。

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2014年1月21日 (火)

<アーカイブ>前橋市県庁所在地秘話・敷島公園の沿革秘話と荒井甚次郎

前橋市・敷島公園の沿革秘話

県庁所在地秘話


2009/06/01地方紙の上毛新聞に敷島公園の事が書いてあった。
敷島公園とは、前橋市にある広大な公園である。
公式HPによると「敷島公園は、利根川と広瀬川に挟まれた場所に約37haの広大な面積を有しています。」とある。

しかし、その沿革は単に「前橋市街地の北側、利根川の左岸に位置する敷島公園は、大正11年に官有地の払い下げをうけて公園となりました。」とあるだけでその実態は書かれていない。
元々の敷島公園というのは、今現在ある姿になるまで結構紆余曲折がある。
なぜなら、「園内は、約2,700本の松林があり、平地の松林としては全国有数の規模です。」(前橋まるこどガイド・HP)とあるのだが、小生が子供時代はボート乗り場からずく先には、ロープで仕切りがあって松林の過半は私有地だった。
そのうちに、そのロープの位置が北に移動して行き、最後に木の冊で出来た松林の一画まてになった。その頃とは、昭和30年代半ばだったと思う。
最終的には前橋市が周囲を買収し、区画整理と一貫して整備して今の状態になった。
それは、まだ戦後のことで大正時代はどうだったのだろうか。

そのヒントは「大正11年に官有地の払い下げ」と言うところにある。
実際、前橋市はまだ原型だった敷島公園を市有の公園にする意義を感じてていたものの実は資金がなかった、「金」が無かった。
そこで、頼みにしたのは前橋市の中の有志。特に、県庁所在地を前橋市に持ってくる時に中心的な資金集めをした人物に依頼した。

県庁を持ってくるのに当時の金で100,000円必要と聞いて、10,000円を用立てるからと言い出したのは、もちろん初代前橋市長下村善太郎氏。
「当 時、生糸の輸出で財を成していた前橋では、生糸商人と後の初代市長・下村善太郎により、県庁を前橋城跡に誘致する事を明治政府に提案し、各部署が分散配置 されていることに不便を感じた明治政府はこの案を了承し、県庁は前橋に移転した。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)」(明治 14年)

当時の10,000円とは、今で言えば2億とも3億円とも言える額であったのだか、そこで資金集めを相談したのが荒井甚次郎氏だったという。
荒井甚次郎翁は、埼玉・川越藩の出で明治維新の時に、時の城主(松平氏)に付き従って前橋(厩橋)に入橋した。
甚次郎翁は、廃藩置県と共に県庁職員となり地方行政を担当したが、その後民間に移り事業を興した。
そして、その事業が順調になると番頭に譲って、新しい事業、運送、土木、建設業を興し続けた。
それだけでなく、その事業で得た大金を利用して当時流行した生糸、米などの相場に進出してその資産を莫大なものにした。
子供には、「楽になったから」らく。
「千金の金を持てるようになったから」泉太郎と名付けたぐらいである。
その居宅‥‥前橋市の中心部にあった1,500坪の大邸宅には、お客が引きも切らなかったという。
そんな風に前橋でも指折りの大金持ちがこの荒井甚次郎翁であり、慈善事業にも精を出した人物でもあった。
だから、下村善太郎氏が頼みとするのは当たり前で、当然甚次郎翁は、自らは5,000円出すからと応諾した。
そして、当時の前橋の有志に勝手に請求書を送りつけたという。
ランクは5,000円、3,000円、2,000円というものだったという。
最高ランクの5,000円を請求された数人も快諾し、50,000円前後までは集まったが100,000円まではほど遠い。
中には、2,000円を請求されながら、説得にもかかわらず最後まで支払いを拒否した人物もいたという。
それで仕方なく下村善太郎氏は、集まった金の金額を以て交渉した結果、政府から快諾を得たというのが本当の話なのだという。

そう言う経緯であったので、またも資金繰りと言うところでは甚次郎翁のところに話が舞い込んだ。
多少病魔に冒されて具合が悪かった甚次郎翁ではあったが、依頼を受けて払い下げの資金を出し、即刻前橋市に寄付をするという手筈をとった。
その後、甚次郎翁が前橋市の求めに応じて交渉の上買い増しを続けたものの、甚次郎翁の病状が悪化してその後の買い増しは頓挫した。
ただそれは、今で言うなら敷島公園のほんの一部であって、今の松林はほとんど含まれていない。
実は、その後も実際は同じく有志を募っての買い増しを続け、戦後まで続いた。
しかし、終戦後農地には「農地解放」があったと同じように、宅地には「財産税」と言うものがあった。
その税率90%という高額のために当時の高額納税者、土地持ちと言われた人達は、物納によるしか納付できず、いわゆる前橋市の有志という人達はほとんど破産した。

不思議なことに、「支払いを拒否した人物」は戦後大地主として残ったはずだが、今は良く分からない。
こんな話は、歴史の中に消えてしまって残っていない。
当時郷土を発展させようとした人達は、名前を残そうとはしなかった。
理由は、郷土に尽くすのは当たり前であったのと、石碑などに名前を残さずとも当時は誰でも知っていたことだからである。

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2014年1月20日 (月)

キャッシュバック便届く・α7R/α7とマウントアダプターLA-EA4キャンペーン完全終了

Camp4
SONYのマウントアダプターLA-EA4キャンペーンが本日1月20日をもって完全終了した。 思えば、このキャンペーンがあってα7を買うきっかけになったのは事実。
もしそうでなかったら、カメラとしてはFUJIFILMの「Xシリーズお年玉キャンペーン」でX-E2を買っていたかもしれない。(キャッシュバック10,000円)
同じようなキャンペーンをしていた「PENTAX K-3デビューキャンペン」は、キャッシュバックではなくて「抽選で当たる」だから全く魅力なし。しかもK-3は使用目的からみて先進性がなく興味が全く湧かなかった。


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それにしても近年FUJIFILMのXシリーズは、非常に良く出来たカメラで、小生(SyuunがX-E2~X-A1など欲しかったくらいだから)持っている人が増えてきた感じがする。
いずれにせよAPSサイズだと、何となくフルサイズに敵(かな)わないところがある。
そして、APSサイズのデジ一画像でも良いかと思うときには、ミラーレスのNikon1シリーズの1クラスが良かったりする。
そして場合によっては、コンデジのOLYMPUS STYLUS XZ-2で充分なことも多い。
だから最近はSONYα77の出番がめっきり減っている。いずれPENTAXシリーズの出番もなくなるかもしれないというのが予測でもある。

この「SONYのマウントアダプターLA-EA4キャンペーン」は、「α900、α99、α77、NEX-7、ツァイスレンズ(35mmフルサイズ対応レンズ)またはGレンズの製品登録をされているお客様に限定」というように、SONYから特別のメールが来ない限りキャンペーンに登録できないようなものだった。(抜け道は不明)

運良く「Gレンズ」も「α77」も買って持っていて、製品登録してあったので参加できたわけである。

そのキャンペーンのキャッシュバックも続々届いているようだ。
当然小生のところにも届いて、明日にでも換金しようと思っている。
****************************************
Camp1


マウントアダプターLA-EA4は、このアダプターを使うことによってFEマウンドのSONYα7がAマウンドのα99に変身してしまうというもの。
しかも、画像処理エンジンが新しいのでα99より画質が良いという。
コニカミノルタ時代のα7キットレンズ17-35mmF2.8(多分タムロンのSPシリーズOEM)をこのマウントアダプターを利用してつかってみた。しかし、良否はハッキリわからないものだった。
ツァイス「ゾナーT*」レンズなどを使ったことがないので、精々Gレンズか単焦点で確かめるくらいなものである。

実際、PC画面で見ても、フルサイズレンズだと分からないくらいである。

Camp3

それにしてもフルサイズのAレンズは、急激に値段が下がっている。
ものによっては流通在庫のみというものも多く、多分早晩ツァイスレンズなどに置き換えてゆこうというのかもしれない。

そうとはいえ、SONYのマイク、アダプターなどの小物など種々の部品まで、なぜか品薄だったりしてよく分からないところでもある。

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2014年1月19日 (日)

AT9945CM・オーディオテクニカ・ステレオマイクロホンを買ってみた

Maike5_2
SONYα7を買い込んだついでに動画用のステレオマイクロホンを買うことになった。
まず最初に買ったのは、SONYのECM-ALST1という旧ミノルタ系のオートロックアクセサリーシューのついたもの。
これをSONYα7に着装するには「シューアダプター ADP-MAA」が必要でセットで購入すると結構金額的に高いものになる。
しかし、ミノルタ時代の「オートロックアクセサリーシュー対応」ストロボもα7で使うとすれば、シューアダプターは必須だったので購入。

Maike7


次に買ったのが、audio-technica ステレオマイクロホンAT9941(プラグインパワー方式/LR44電池の切り換え操作不要(自動電源切換回路内蔵))。これは延長コード、マイクスタンドもついていて実にお買い得品であった。
使用感は、静かな会場で使うと「ノイズ」もそれほど問題ないと思われた。しかしながら、野外で使用すると、微妙にノイズが多いかと思って今回、AT9945CMを購入した。

Maike1
Maike2 カメラメーカー: OLYMPUS IMAGING CORP.
カメラモデル: XZ-2
撮影日時: 2014-01-18
焦点距離: 6mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: f/1.8
露出時間: 0.025 秒 (1/40)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
キャプション: OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

Maike3

それではこのAT9941は無駄になるのかと言えば、AT9945CMは「プラグインパワー方式」なので使えないカメラも多くあるからやはり必要でもある。


取りあえず今回は、この
SONY製 ECM-ALST1
audio-technica製 AT9941
そして今回購入した
audio-technica製 AT9945CM
を比べてみることにした。


取りあえず手っ取り早く、FM放送を録画して聞き比べてみることにした。
(使用カメラはプラグインパワー方式のSONYα7)


Maike8 カメラメーカー: OLYMPUS IMAGING CORP.
カメラモデル: XZ-2
撮影日時: 2014-01-18
焦点距離: 6mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: f/1.8
露出時間: 0.033 秒 (1/30)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
キャプション: OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)



****************************
SONY製 ECM-ALST1
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これは何回か録画しているので、その印象も含めて述べてみる。
このECM-ALST1というのは、どちらかというとマイク感度が低い製品である。
要するに、ある程度の音量にならないとなかなか録音されない。
つまり、不必要な音を拾わないので録音された音は非常にクリアであった。
だからFM音源程度のそれほど大きな音でないものは、audio-technica製に比べれば多少小さく録音される。

又、「カメラやレンズ駆動音などの音声ノイズを抑えるインシュレーター搭載」なのでカメラ動作音を拾わないので助かる。


Maike6

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audio-technica AT9941
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非常に安く買えるマイクロフォンで、ECM-ALST1や AT9945CMの半値以下で買える。
高感度で小さな音も拾え静かなところでは、余り問題が起きない気がする。
しかし、多少ざわついているような雰囲気だと、高感度が災いして不必要な音を拾ってしまうようである。
FM音源で聞き比べると、ECM-ALST1やAT9945CMに比べて、高音部のノイズが感じられた。要するに音源が「尖(とが)った」ように聞こえる。


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audio-technica AT9945CM
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マイク自体の価格は、実売でも一番高価。このAT9945CMを手にしてみれば、なるほど実売程度の質感で価格相応だと思われる。

FM音源を聞いた感じは、録音される音量はAT9941と変わらない。しかし、高音部のノイズが消え非常にクリアになっている。
又、妙な雑音がないために非常にマイルドで中音をよく拾うような感じがある。
但し、音だけに限定してみれば、音楽専用(ミュージックビデオレコーダー)の「デジタルHDビデオカメラレコーダーHDR-MV1(120°X-Yステレオ方式マイク)」のほうがよいかもしれない。(未確認)

このAT9945CMも「X-Yステレオ方式マイク(指向角度90°)」である。
SONYのECM-ALST1も音量を上げれば、AT9945CMに近づくかもしれないと思われる。

この製品は2013年11月に発売されたばかりで、多分ECM-ALST1の音質なども参考に作られているのかもしれない。

取りあえず、価格相応の価値はありそうである。

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2014年1月18日 (土)

実機検証Win8.1で登場・HP水冷ゲーミングマシン・HP ENVY Phoenix 810-180jp/CT

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HPでは、水冷CPUクーラーを搭載した最高峰のハイスペック・ゲーミングシリーズとして、HP ENVY Phoenix 810-180jpを発売している。
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概 要
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HP ENVY Phoenix 810-180jpというのは、Ivy Bridge-Eなどハイエンドなものではなく、リーズナブルでハイコストパフォーマンスを求める自作PCと同様な感覚で使えるマシンである。
従って、CPUには水冷CPUクーラー(レッド・イルミネーション付)を取り付けたHaswell搭載。マザーボードには、インテル® Z87 Express チップセットと保証外になるがオーバークロックにも対応している。
だから、このHP ENVY Phoenix 810-180jpは、BTO(CTO)によって、CPUやグラフィックスカードを上位のものと変えることができ、正にハイエンドマシンにも変身する。

このHP ENVY Phoenix 810-180jpは、以前に小生(Syuun)が工場見学したHP昭島工場で組み立てられている。だから「東京生産フルカスタマイズ対応」である。
今回のレビューの目的は、このハイエンドマシンにも変身するHP ENVY Phoenix 810-180jpの基本性能とHPのパソコンを作る思想を考えてみたい。

今回販売店から借り出したHP ENVY Phoenix 810-180jp/CTは、種々のカスタマイズされた仕様でこの製品の一例である。


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外観とゲーマーマシン
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このHP ENVY Phoenix 810-180jpは、以前のモデルのケースを一部デザイン変更して正面の顔つきが多少変わっている。
しかしながら、横のフタやケース内は変更がないようであり、フロントの「メディアカードリーダー」は、UHS-I 【 Ultra-High Speed I 】に対応していない。
又、ケース内の配置は一般的な自作パソコンを逆転したような形も変わっていない。

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この冷却性能の良さもBenchmarkソフトOCCTによって再度確認したい。

その他、このHP ENVY Phoenixシリーズは、今回はOSがWindows8.1になった。
それに従って、「トラックパッド」がオプションで選べるようになっている。その一方で標準で付属するキーボードには「チャーム機能に直接アクセスできる Windows ファンクション機能」が付いた特別なものになっている。

このキーボードは、パソコン終了させるときなどキーボードからチャーム「設定」を呼び出せるので非常に便利であった。
又、従来のWindows8マシンに比べて多少インストールされているソフトも変わったりしている。当然BIOSも更新されている。

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HP ENVY Phoenix 810-180jp/CTによる実機の構成概略
(品番などは、この実機の場合、生産時に変更のこともある。)
尚、OS、CPU、グラフィックカードは上位機に変更可能。
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●OS--Windows 8.1 64ビット
■CPU--インテル® Core™ i7-4770 プロセッサー(3.40GHz-3.90GHz, インテル®スマート・キャッシュ8MB, 4コア/8スレッド) (Hyper Threading Technology)Haswell
■マザーボード-:MicroATX・インテル® Z87 Express チップセット
●CPUクーラー水冷式クーリングシステム(レッドイルミネーション付)
●メモリ-8GB(4GB×2)(PC3-12800 DDR3 SDRAM)(実機はMicron製)
■HDD-1TB ハードドライブ (SATA, 7200回転) + 16GB SSD キャッシュ (mSATA)
●1TB(7200rpm)(実機Seagate ST1000DM003)×2
●ドライブ--DVDスーパーマルチドライブ
●グラフィックカード-NVIDIA® GeForce® GTX760 (1.5GB)(HP original)
●カードリーダー : 15in1メディアスロット
●有線LAN:10/100/1000 Mbps オンボードネットワークコネクション
■電源・600W電源 【ATX電源、Active PFC搭載】
●マカフィー® リブセーフ (30日版)
*************
■ワイヤレス日本語(109A)キーボード & ワイヤレス光学スクロールマウス
●縦置き : 約175×430×415mm / 約10.0kg
*********************************************************
その他の詳しい情報はこちらりPDF(HP Webサイト)を参照。

http://h50146.www5.hp.com/lib/products/desktops/personal/spec_pdf/envy_phoenix_810-180jp_dp.pdf icon

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Windows8.1におけるメモリー使用量
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Windows8では、8GBのメモリーを積んでいてもメモリーは4GBぐらいまでしか使用されていないようだった。
それがWindows8.1になって6GBくらいまで使われるようになったようである。
(OCCTで検証)

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HP ENVY Phoenix 810-180jp/CTの起動時間測定
Microsoft Assessment Consoleによる・BIOSの検証
Startup and Shutdown Experience・Boot performance(Fast Startup)
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HP ENVY Phoenix 810-180jp/CTの起動時間はコールドスタートであると30秒程度掛かるようである。
特に室温が18℃を切っている場合、HDDの(保護)速度制限のために異常に遅くなったりしている。(32.7秒)
しばらく起動させて、HDDの温度が20℃以上になったところで再度コールドスタートさせたところ18.4秒であった。(キャッシュドライブの影響??)
Startup and Shutdown ExperienceのBoot performance(Fast Startup)を見てみると12.074秒かかっている。
これから見ると起動に30秒というのもあながちウソでもないようだ。

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参考・Boot performance(Fast Startup)
当サイトで購入したPC又は、レビュー機での実測値
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(全て初期状態)
HP ENVY dv7-7200/CT・・・・4.743秒・15.3秒
(OP・インテルCore i7-3720QMプロセッサー搭載)
HP ENVY TouchSmart 15-j000・6.445秒・16.8秒
HP Pavilion g6-2200(AMD)・・4.027秒・起動25~26秒
(2GB搭載メモリー不足)
HP ENVY Ultrabook 4-1100・・2.339秒・起動11.3秒
HP ENVY 17-j000/CT・・・・4.633秒・起動12.4秒
HP 1000-1402TU・・・・・・4.960秒・起動29.8秒
HP ENVY17-j100 Leap Motion SE・・5.658秒・起動17.8~29.5秒

********************************************
デスクトップ機
HP ENVY h8-1560jp・・・・・14.79秒・22.4秒(SSD)
HP ENVY Phoenix h9-1490jp・・・11.327秒・20.3秒(SSD)
************(レビュー機)
HP ENVY Phoenix 810-180jp/CT・・12.074秒・18.4秒(HDD+キャッシュドライブ)


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HP ENVY Phoenix 810-180jp/CT
NVIDIA® GeForce® GTX760・グラフィックカード性能
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このパソコンは「ファイナルファンタジーXIV:新生エオルゼア推奨パソコン」でもある。この「ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア ベンチマーク キャラクター編」のBenchmarkが以前のWebサイトには示されていた。
今回のテストでは、HPが公開していたBenchmark数値より少し悪いものになっている。
しかし、この冬の寒いときなので誤差範囲と考えて良いと思われる。
又、数値としては7,000以上であれば「非常に快適」であってBenchmarkマニア以外は余り関係がない。
つまりファイナルファンタジーXIVで快適ならば、他のほとんどゲームでは快適に使える。

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尚、このHP ENVY Phoenix 810-180jp/CTに使われているNVIDIA® GeForce® GTX760の性能というのは、メモリーが1.5GBである。このことから分かるように、小生(Syuun)自作機のグラフィックNVIDIA® GeForce® GTX660(2GB OC版)のBenchmark数値より落ちる。

その一方で、他社製の「NVIDIA® GeForce® GTX760(メモリー2GB~4GB)」がBenchmark時に80℃~程度になるのに対して、68℃と非常に発熱が少なく一日中ゲームをしていても安心して使えると思われる。
**********************************
HeavenBenchmarkでは、この「NVIDIA® GeForce® GTX760」がNVIDIA GeForce GTX 660並であることを示している。
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29heaven4temp16002

以下にHeavenBenchmarkVer4.0の計測参考値を示す。

*****************************************************
HeavenBenchmark4 FPS(当サイトでの測定結果)
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・・・・NVIDIA® GeForce®GTX680(44.3~46.7)

(神の世界****)
40*****

30****重いゲームでも快適
↓‥‥‥‥NVIDIA GeForce GTX 660(29.1~30.5)※

25‥‥‥‥ELSA GLADIAC GTX 560 Ti mini(24.9)
↓‥‥……玄人志向・GF-GTX560-E1GHD/SHORT(22.0)

20****軽いゲームなら快適‥‥玄人志向・RD-HD6870/OC(20.8)※
↓‥‥‥‥SAPPHIRE VAPOR-X HD7770 GHZ EDITION(19.4)

15‥‥‥‥玄人志向・GF-GTX650-E1GHD(14.9)

10・・・・NVIDIA GeForce GT 750M(10)
↓・・・・NVIDIA GeForce GT 740M(6.4)


30occt001
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OCCTによる
HP ENVY Phoenix 810-180jp/CTの筐体冷却性能
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OCCTによる負荷テストをオートで1時間行った。
結果は、CPUの場合最大64℃でありデータを見る通り50℃代で推移した。これは、やはり水冷クーラーの効き目が大であると共に筐体の冷却性能が高いことを示している。
(但し、冬で室温が低いことを考慮する必要がある。)

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又、使われているCPUは「K」の付かない無印の「インテル® Core™ i7-4770 プロセッサー」であるために、Ivy BridgeのCPUと違い少しでも自動的にオーバークロックしない。

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メモリーの消費は、Windows8.1になって今までより多少多く使えるようになったことを示しているが、実体は不明。

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SDカードスロット
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高速UHS-Iに非対応

35sdhcspeed


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HP ENVY Phoenix 810-180jp/CTを使ってみての感想
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HP ENVY Phoenix 810-180jpの特徴は、まずその高性能の冷却を可能にした特殊な筐体冷却性能がある。こういう作り方というのは自作PCでは真似が出来ない。
又、マザーボードに・インテル® Z87 Express チップセットを使ってオーバークロック(OC・保証外)を可能にしている。
一般的なBTOパソコンがOC非対応である安いIntel® H87 Express Chipsetのマザーボードを使っているのに対して、高性能マシンのベースともなるので対照的である。

実機で使われているグラフィックカード-NVIDIA® GeForce® GTX760 (1.5GB)は、多分性能を落としたディ・チューン版ではないだろうかとBenchmarkから思われる。
より高性能のBenchmarkを望むのであればCTOでNVIDIA® GeForce® GTX 770を選択できる。但し、差額は同様なグラフィックカードが買える金額の追加になるのはBTO、CTOの常である。
その他、デスクトップパソコンで便利なのが「内蔵無線LAN 」である。
CTOで追加できるのが「IEEE 802.11a/b/g/n + Bluetooth 4.0 / IEEE 802.11a/b/g/n/ac (Draft) + Bluetooth 4.0」この2種である。

(小生の自作パソコンでは、わざわざ内蔵無線LANを使えるマザーボードを選択して使っている通り今や有線LANは特殊な場合であろう。)


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自作パソコンとメーカー製パソコンとの違いの感想
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2014年の正月に昨年秋に組み上げていた自作パソコンに、OSをインストールして使えるように完成させた。
自作パソコンというのは、すべてのリスクは自己責任であってパソコンがうまく起動しなかったりしても自己解決しなければならない。
特に部品を購入して1週間以内にPCを組み上げて、部品のエラーが出ないかどうかを確かめないと不良部品の交換もままならないことが多い。
不良品が出たら泣き寝入りになったりすることを考えれば、組み込みの物理的な問題は別としてOSをインストールして正常に動くまでは冷や冷やものである。
実際にどんな自作パソコンを組み立てても必ず何かの不具合又は、手順ミスがあってまともに動くようになるというのには時間がかかる。
正月に完成させた自作PCの場合、マザーボードのBIOSの初期エラーとキーボードの選択間違いで、BIOSに入れずにOSをインストールして事実上失敗している。

こんなふうな心配をしなくて済むと言うのがHPなどのメーカー製パソコンである。
自作パソコンの場合、無理して部品を飛ばしても自己解決しなければならないのは上述の通り。
しかし、メーカー製パソコンは3年間保証を付けることもできる関係から、何年かは異常なく使えるという前提に立っている。
そんなところが違うと言えば違う。

従って、こういうふうに小綺麗(ぎれい)につくられて、多少高性能を犠牲にしても安定性を求める向きには最適かもしれない。

尚、ショップブランドのBTOパソコンもBIOSやドライバーが独自BIOSだったりして、事実上改変はできない仕組みであることは忘れてはならない。


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前橋市残照・前橋二十五人衆とは誰?? 広報まえばし 感!!

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広報まえばし平成26年1月1日号(みんなと未来をつなぐ前橋情報紙 広報まえばし 2014.1.1 No.1499) という前橋市の広報誌がある。


この中で「楫取県令と前橋二十五人衆」と言う記事があり、25人の名前が列挙されていた。ここでの問題は以下の部分
「下村善太郎を中心とした前橋の有力者25名は、県庁を誘致し、前橋を関東の大都市とするためには、いかなる犠牲をも払う覚悟で楫取に協力を約束した。楫取はその至誠に感動し、県庁を前橋に移す決心を固めた。前橋二十五人衆とは、次の方々である。
下 村善太郎・勝山源三郎・勝山宗三郎・須田傳吉・大島喜六・江原芳平・市村良平・竹内勝蔵・横川重七・松井林吉・鈴木久太郎・荒井友七・荒井久七・深町代五 郎・八木原三代吉・筒井勝次郎・中島政五郎・田部井惣助・武田友七郎・横川吉次郎・生方八郎・桑原壽平・太田利喜蔵・久野幸人・串田宗三郎」
(前橋市・広報まえばし・広報まえばし平成26年1月1日号テキストデータより抜粋)


この文章での曖昧さは、前橋から高崎に県庁が移ってしまったと言う前提が正確に述べられていないこと。
そして、高崎から前橋に県庁を戻すにはどうしたらよいかで、当時費用として10万円(一般的な給与が月額10円の頃の話)必要だったことなどがない。
その10万円を集めるに当たって、前橋の雄志からの寄付として1万円を出資すると言い出したのが冒頭の「下村善太郎」翁で初代前橋市長になる。
それでこの25人は、このときに寄付として出資したのかと言うことになると甚だ疑問である。
何故かと言えば、この10万円というのが明治初頭当時としては途方もない金額だからである。
下村善太郎翁が寄付した1万円とは実際の貨幣換算ではなく今の感覚として考えればおよそ10億円という感じである。
なんと言っても、あの安田財閥の安田商店(銀行)の総資産が5,000円だったというのだから。
要するに生糸商人で莫大な利益を一気に儲けた一発屋や生糸相場で当てた人物なのではなかろうか。
ちなみに、あの山種証券を創設した山﨑種二翁は、高崎から東京に出て米相場で当てたという話は有名。
小生などのみみっちい感覚で言えば、宝くじで7億円でも当てれば、1,000万円くらいは寄付も出来るかな???なのである。
このことから寄付できる人物というのは当時としても、自ずと決まってくるのではないだろうか。
少なくとも最近までは、その一族というのは終戦直後の財産税(税率90%・農地解放に対する市街地での課税)でほとんど破産したとはいえ、前橋の町に痕跡を残していると思われる。

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(記事と写真は関係がありません)


実を言うと、小生は青少年育成委員を嘱託されているために毎年1月に新年会に出る。
それでこの「前橋二十五人衆」を聞いてみれば、ほとんど知らない人ばかりなのである。
名字から今でも残っていて少なくとも資産家と評されるあの家の先祖かと思われる人物もいる。
しかしながら、下村善太郎翁に継ぐ大口寄付をした人物は載っていないし、戦後まで少なくとも名を知られた人達もその25人に入っていない。
その新年会で聞けば、我が家の先祖も寄付したはずだが・・・という意見も合った。

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(記事と写真は関係がありません)


この「前橋二十五人衆」を調べてみれば、幾人かは分からないではないが事実上ほとんど分からない。
ちなみに、小生の祖祖父の荒井甚次郎は、明治維新の時に松平氏(前橋・厩橋城主)の入橋について入橋し、その後相場で財を残し前橋のかなりの部分を所有したという。
この荒井甚次郎が当時寄付の中心になった関係から5,000円の出資をしている。

そして当然この「前橋二十五人衆」には含まれていない。
その一方で寄付できる資産家だったのに渋って最後まで出資しなかったとして有名だった人物がこの「前橋二十五人衆」に含まれている。

極めて高額の寄付だったので、出し渋るというのは理解できるとしても、出資したように記録されるというのは草葉の陰の本人としてもばつが悪かろうと思うものでもある。

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2014年1月14日 (火)

もの撮り用カメラのあれこれ・買って驚いたOLYMPUS STYLUS XZ-2

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今年の正月休みから前橋市民展に忙殺されている。それは自身の作品制作から表具、張り込みまで含めるので手間と言えば手間である。
自分で表具をするというのは、端的には表具屋に持って行く時間がないからである。
その一方での表具の技術を忘れないためでもある。しかし、昔は全紙まで表具をやっていたのに今はそこまではやらない。毎年表具が下手になったとつくづく感じるものである。
そして先週金曜日には搬入当番、1月14日は審査とこの連休前後に集中した。
その市民展の本番は、今度は書道芸術院展と重なってくるからまたまた厄介なのである。

それにしても昨年末から今年にかけて「物を買い込む」ということが続いている。どうせ消費税が上がるときには買え控えるのでという思惑もあり、買えるときに買っておこうという心境でもある。
その一方でアベノミックスも今年の夏ぐらいから息切れした。
ものが売れないというのは、ひしひしと感じる。
そんなわけで売れ残った品物を早く売ってしまうとか、今のうちに多少安売りしても売り切って利益確保を狙うのか、物が異常に安く売っている。
そんなわけで、正月元旦からAmazonでOLYMPUS STYLUS XZ-2を買ってしまった。

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カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-LX5
撮影日時: 2014-01-14
焦点距離: 5.1mm (35mm 換算焦点距離: 24mm)
絞り値: f/2.0
露出時間: 0.025 秒 (1/40)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

物撮りカメラ、通称「ブツドリ」カメラとも言う、商品やパソコンなどのレビュー用の用途に使うカメラがある。
この「物撮りカメラ」というのは、デジ一眼のマクロレンズ付きで良さそうなものだがそうは行かない。
なぜなら、マクロレンズは被写体深度が浅くて商品の一部だけをクローズアップして、その他はボケてしまうからである。
コンデジでもFUJIFILM X10で良さそうなものの、「もの」を撮るとなると何となく色が浅く、ビシリと撮れない。やはりFUJIFILM X10というのは、デジイチのサブカメラである。
ここのところカメラばかり買っているとはいえ、「ブツドリカメラ」としてはPanasonic LUMIX DMC-LX5を使っている。このLX5というのは、CCD搭載の最後のもので発色が良く、ホワイトバランスも正確で長年使っている。
しかし、どことなく古くなってきているのも事実であり、Panasonic LUMIX DMC-LX5の後継機を探していたのである。
同じPanasonicならばLUMIX DMC-LX7という選択肢もある。
しかし、価格が気に入らなかったのともう一つ、Panasonicのリチュウム電池が気に入らなかったので手控えていた。

Bot1

カメラメーカー: NIKON CORPORATION
カメラモデル: NIKON 1 V1
レンズ: 1 NIKKOR 11-27.5mm f/3.5-5.6
撮影日時: 2014-01-14
焦点距離: 11mm (35mm 換算焦点距離: 29mm)
絞り値: f/3.5
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 2200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

「ブツドリカメラ」には、以前はRICOHのCX-4を使っていた。
このカメラは、こういう目的には最適だったのだが、初期型の1/2.3型CMOS(裏面)-SONY HX-5Vと同じ---を使っていて、白が黄色みを帯び、ホワイトバランスも悪かったので使わなくなった。
CanonのPowerShot G10やPowerShot S100は何となく物撮り用としては使いにくい。
特にPowerShot G10は、古い思想のカメラなので少し暗くなるとストロボが発光するというタイプでもある。

こんな訳で、STYLUS XZ-2は発売当初60,000円弱という高級コンデジで、1年経過してOLYMPUS STYLUS 1というカメラが発売された影響なのか昨年末になって暴落した。
その昔は、XZ-1という旧タイプを一時期買おうかと散々迷ったこともあった。
しかし、やっとこの後継機のSTYLUS XZ-2を格安で手にすることが出来た。

Bot3

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-LX5
撮影日時: 2014-01-14
焦点距離: 5.1mm (35mm 換算焦点距離: 24mm)
絞り値: f/2.0
露出時間: 0.025 秒 (1/40)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

だからなんだというものだが、このSTYLUS XZ-2というのは非常に妙なカメラであった。
それは、カメラの操作などがOLYMPUS PEN mini E-PM2とそっくり。
逆に言えば、OLYMPUSのデジ一を持っていれば隠れた操作性機能を容易に呼び出すことができる。(マニュアルに詳しく書かれていない事柄もある。)

画質は、OLYMPUS PEN mini E-PM2のマイクロフォーサーズには劣るとはいえ、単純にコンデジの方が良いこともある。

質感の良さ、デジイチと同じ凝った操作性、60,000円弱のカメラだと思えば驚かない。しかし、今激安の安いコンデジなみだとすると驚異であった。

画質は、Panasonic LUMIX DMC-LX5より少しシャープで、色乗りも悪くない。
ホワイトバランスも蛍光灯を良く補正するので、LX5より多少よい感じ。
それだけPanasonic LUMIX DMC-LX5は性能が良かったということだろう。

動画は、OLYMPUSの傾向で室内や日陰では多少アンダーであった。
これで動画を撮ろうとは思わないが、緊急用には使えそうである。
動画に関しては、フルハイビジョン映像が撮れないPanasonic LX5にも劣ってしまうのは仕方がない。



FUJIFILM デジタルカメラ X10 光学4倍 F FX-X10




デル株式会社



OLYMPUS デジタルカメラ STYLUS XZ-2 1200万画素 裏面照射型CMOS F1.8-2.5レンズ

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2014年1月12日 (日)

失敗映像、写真を有効に使い、前橋初市まつり 古だるま供養神事をCyberLink PowerDirector 12 で編集

011389544153

今回は、前橋初市まつり 古だるま供養・神事をCyberLink PowerDirector 12 で編集してみた。動画編集で重要なのは、まず映像、画像があることである。従って、どうでも良いような写真や失敗映像でも動画編集によって生きたりする。
今回平成26年1月9日の初市まつりだが、どうでも良いような全体風景を冒頭に入れてみた。それで結構雰囲気が分かったりする。
そして、動画編集では不要な部分をどれだけカットするかがポイントである。
又、妙に凝った編集をするとかえってわかりづらかったりする。
映像では、お炊きあげなので延々と神主の映像が流れている。これは、神事なので無用にカットできなかったのと全体像を示したものである。
動画編集というのは、とにかく映像があれば何とかなるものである。

021389544163

又、前橋祭りでは外部マイクが無かったので、風切り音が酷く耳障りだった。
今回は、安いマイクを購入したのでこれを使っている。このマイクは感度が良いので必要とする「音」がないときは何やら不要な音を拾ってうるさいことがある。
こういう場合に動画編集で音を絞るか、別の音で多少かき消すと言うことが出来る。

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041389544179

今回は、音や画像の編集は敢えて行っていない。
順光の光の下だとコンデジ映像でもそのまま使えること言うことも多い。
それでもと言う場合は、やはり「ColorDirector 2、AudioDirector 4、PhotoDirector 5」という連携ソフトを総動員することになる。
この連携については、前エントリーまでに説明してきたので敢えて今回は撮影したままの映像を使っている。


051389544187





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2014年1月 9日 (木)

前橋初市「だるま市」をSONYα7で切り取る?

Daruma1

2014年1月9日は、前橋初市である。通称だるま市と言われて「高崎だるま」が売られる。前日の天気予報では「雨」だったのが、午前中は晴れて良い天気になった。
但し、当然だがかなり風が強い。しかし、前日に降った雨(?)のためにほこりが立たなくて良かった。
このだるま市は、午前10時から八幡宮で行われた古だるま供養の「お焚(た)きあげ」から始まる。そして、「渡御行列」となり「市神様」の渡御が出発して、仮宮まで行進する。
実は、この「市神様」の中に入っているのが前高時代の同級生で今年は目が合ってしまった。
去年はこの「だるま市」で何をしていたのかと調べてみたら「smc PENTAX-DA 18-270mmF3.5-6.3ED SDM 」という望遠レンズを買ってそのテストをしていた。
(使用カメラはPENTAX K-01、K-5である。)

Daruma2

Daruma3
カメラメーカー: NIKON CORPORATION
カメラモデル: NIKON 1 V1
レンズ: 1 NIKKOR VR PD-Zoom 10-100mm f/4.5-5.6
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 12.8mm (35mm 換算焦点距離: 34mm)
絞り値: f/4.8
露出時間: 0.0040 秒 (1/250)
ISO 感度: 125
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

今回の撮影機材は、α7の他にFUJIFILM X10、OLYMPUS PEN mini E-PM2(キットレンズ使用) 、Nikon1 V1(1 NIKKOR VR 10-100mm f/4.5-5.6 PD-ZOOM)その他である。
特にNikon1 V1は、ステレオマイクロホンAT9941(オーディオテクニカ)の(ウインドマフのテストを兼ね)テストの為に動画を撮影している。(後日 編集して公開)

Daruma5
カメラメーカー: OLYMPUS IMAGING CORP.
カメラモデル: XZ-2
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 6mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: f/2.8
露出時間: 0.0031 秒 (1/320)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
キャプション: OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

Daruma6

又、α7で使用しているレンズは、コニカミノルタAF17-35mm(D)、SONY 50mm F1.4 SAL50F14を使用している。

Daruma7
カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: 50mm F1.4
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 50mm (35mm 換算焦点距離: 50mm)
絞り値: f/5.0
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

Daruma8

カメラメーカー: OLYMPUS IMAGING CORP.
カメラモデル: E-PM2
レンズ: OLYMPUS M.14-42mm F3.5-5.6 II R
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 14mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: f/5.6
露出時間: 0.0063 秒 (1/160)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
キャプション: OLYMPUS DIGITAL CAMERA
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

Daruma9

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X10
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 7.1mm
絞り値: f/2.5
露出時間: 0.0033 秒 (1/300)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

Daruma16
カメラメーカー: NIKON CORPORATION
カメラモデル: NIKON 1 V1
レンズ: 1 NIKKOR VR PD-Zoom 10-100mm f/4.5-5.6
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 10mm (35mm 換算焦点距離: 27mm)
絞り値: f/5.0
露出時間: 0.0031 秒 (1/320)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

今回撮影して思うのは、SONYは非常に色のりが良くて派手であったことである。

Daruma11

Daruma12

カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: 50mm F1.4
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 50mm (35mm 換算焦点距離: 50mm)
絞り値: f/4.5
露出時間: 0.013 秒 (1/80)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

画質に関してはフルサイズのSONYは別格としても、NikonV1、FUJIFILM X10、OLYMPUS PEN miniも大して変わらないことであった。
但し、OLYMPUS PEN miniの場合、「Vivit」にしていないためにそのままでは多少地味であった。
それにしてもFUJIFILM X10というのは、こんなうまく写りにくい場面でもしっかり描写するのには驚いた。そして、OLYMPUSは多少現像が必要なことはいつも通り。
NikonV1はいつも通りに予測したようによく写る。しかし、何となく味けないというか、よく撮れすぎて面白くない。

Daruma10_2
カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X10
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 28.4mm
絞り値: f/2.8
露出時間: 0.0045 秒 (1/220)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

それにしても最近のミラーレスデジ一眼、高級コンデジというのはAPSサイズのまで、それほど大きく違わない写りをするようになった。

しかし、やはりフルサイズというのは何となく違うというのは間違いない。

Daruma13
カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: 17-35mm F2.8-4
撮影日時: 2014-01-09
焦点距離: 17mm (35mm 換算焦点距離: 17mm)
絞り値: f/5.0
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

そして、個人的に良かったことはこのフルサイズのα7のお陰で死蔵してあったAマウンドのレンズが使えるようになったことである。 (マウントアダプターLA-EA4の使用 )

Daruma14

Daruma15

Daruma4


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2014年1月 8日 (水)

2014年冒頭、レガシーに固執して散々汗をかいた毎日

1389206057

カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS
撮影日時: 2014-01-01
焦点距離: 28mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: f/9.0
露出時間: 0.0050 秒 (1/200)
ISO 感度: 100
露出補正値: +0.30 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)



1月も始動し始めている。2014年の特徴というのはどういうわけかカレンダーが例年より多く手に入ったことである。
昨年は、カレンダーが少なく1月になってから、半額になったカレンダーを買った記憶がある。
そしてそのカレンダーには必ずバイオリズムを書き込むことになっている。
このバイオリズムは、若い頃だと「知性リズム」や「感情リズム」などに注意した。
しかし、歳(とし)をとってくると「身体リズム」の影響が強い。危険日という「ゼロ」の日は本当に体が動かなくなるか、怠(だる)くて仕方がない。
そういうときは、諦めて休むしかないと思っている。
******************
このバイオリズムは、今ではPCでもスマホでも瞬時に調べることが出来る。しかし30年以上前、パソコンというよりまだワープロ全盛時代には、バイオリズム計算尺のようなものがあった。それで計算していた時代もあった。その後カシオでバイオリズムが出るデジタル時計(腕時計)があって、それを使ってカレンダーに記載していた。
そのデジタル時計の電池が切れで使えない。
この時計の電池はどこで入れるのか実際は困ってしまった。昨年までブランドショップが車で10分ぐらいのところにあって、そこで対処して貰っていた。
しかし、この不景気で閉店。時計のベルトのコマ落としぐらいは時計用のキットを買ったので難なく出来るが、電池となると電池そのものを手に入れないと出来ない。

街の中の「時計屋」に聞いてみたら「カシオは取り扱わない」とのこと。それでこういう安物時計は、ホームセンターなどに行って時間がかかっても「メーカーで交換」して貰うのが一番良いらしい。
時代が変わって、街の時計屋みたいなところもなくなって、こんなところにもいろいろな変化が出ている。

先のバイオリズムは、スマホに「バイオリズム」のアプリを入れて「バイオリズム時計」の代わりにしたから、結果として時計は必要なくなった。

*************************
考えてみれば、パソコンもWindowsXPでは遅く(ハード的にも時代遅れ)て使い物にならないし、壊れたらもう部品もない。
パソコンやデジカメばかり見ていたら他の事の変化に気がつかなかった部分も多い。

パソコン関連で言えば、ブローバンドルーター(無線LANルータ)を更新した。
昨年の夏にNECのAterm WR7870Sという54Mbps(実測10Mbps程度)が熱暴走したために、買い置きの同じAterm WR7870Sに取り替えた。
これでも問題なかったが、不思議なことにこのAterm WR7870Sを認識しない機器が出た。
その製品自体が安物なので仕方がないのだが、無線LANルータも安いので更新した。
(以前のエントリで記載済み・NEC 無線LANルータ親機「AtermWG600HP」 11n/a・11n/g/b Giga対応 PA-WG600HP)
結果、規格上300Mbpsなので無線LANで50Mbps~25Mbps出るようになった。(インターネット接続が100Mbps、その時の回線状況による変化がある。)
接続も楽になったし、ビジネスホテルで無線LANをするための安物の「何故か???」繋がらないルーターとは違った。

**************************
その他、領収書を作って貰(もら)おうと思ったら、印刷屋さんでは「ノーカーボン用紙」の種類が少なくなって今までの用紙では出来ないという。
そういえば、領収書を貰(もら)うときに領収書はパソコンから出てきて会計ソフトと一緒になっている。
こういうレガシーな部分というのはどんどんなくなっていく。

そういうことから見れば「書道」などは10年一日の如くである。
日展では、その「10年一日」の様なことがそうではなくなったと暴露された。
日展第三者委員会報告で述べているように「書道展」を営業でやっているようなところは未だにそのままである。
だから、日展のように「公益○○法人」とはついていなかったり、そもそも法人ですらない書道展などざらである。

前橋市民展・・・多分(官展として)全国一クラスの大展覧会の搬入が始まる。
書道部門の搬入は、1月10日で開催はなんと2月の12日~16日という大分先の話。
その間に祝賀会と表彰式が1日。書道芸術院の祝賀会と表彰式も陳列期間に重複するので小生としては何と3日間という社中展並のものになってしまっている。

前橋市民展は、前橋市から今は「前橋市民展覧会委員会」の主催になっているとはいえ、「官展」の部類なのでこういう事情なのだろう。
そんなわけで荒井柊雲は、前橋市民展覧会委員会、運営委員、当番審査員なので14日には、審査しなければならない。

それにしても自分の作品は、本日8日にやっと額に張り込んで出品準備が出来たというていたらくである。

自分で表具する理由というのは、表具の感覚を失わないためと群馬県書道展、書道芸術院展などの作品搬入、市民展公募作品のとりまとめなど、自分の作品まで手が回らないからでもある。

いずれにせよ、作品が出来たのはヤレヤレである。
作品は、後に公開する。


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2014年1月 6日 (月)

自作パソコンを作る・・マザーボードASUS Z87-Pro、OSなどについて考える

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もう自作パソコンを組み立てるのは、難しくなりつつあるのか

暫くぶりにパソコンをセットアップしたら失敗の連続だった。
やはりパソコンを組んだときに続けてOSインストールまでやっていたら難なく過ぎたかもしれない。
今回、多少トラブルが発生したのはUEFI  BIOSに入れないという妙ものだった。原因はUSBキーボードを使ったという単純なミスであった。
以前はOSセットアップまでは必ずPS2キーボードを使っていた。
しかし、今回に限ってUSBキーボードが使えていたので、「USBキーボードではUEFI  BIOSに入れない」という(ASUS Z87-Pro)初期BIOS(1007)のハグに気がつかなかった。
それと何かと準備不足で、正月休みのあと少しと焦って実行したのがいけなかった。
そんなわけで、OSインストール後から2日目で種々の事情が分かってきたという案配。
とにかく、BIOSは最新版へアップデートしてこれで妙なことは起きないだろうという感じになった。
又、ドライバーは別途最新版をUSBメモリーに保管することにして、再セットアップに備えることにした。


********************************
こんな感じでやっと自作パソコンの感覚が戻ってきた。
自作パソコンはトラブルが楽しいと言う。しかしながら大変な金額をつぎ込んでパソコンを作っているから、解決策が見つからなかったりするのは悩みの元である。
しかし、ネットで調べてゆくとマザーボードやOSその他の何かの不具合報告があって、思い当たることも多い。

自作パソコンを作る容易さは、毎回同じマザーボード、OSを使っているのなら何も考えることはない。
しかし、小生も毎回CPUクーラーは変えているし、その他ストレージを変えていたりと同じではない。
OSに関しては、今までWindows7だったので皆同じだった。
マザーボードも今はマザーボードでファンコンができるので実のところファンコントローラーは要らなくなっている。(今回も使っている)
自作パソコンというのは、毎年新CPUとマザーボードを買って組み立てることにしているので、毎回初心の気持ちである。
又、Windows8も8.1になってしまったので、実験としては8.1にしなければならないと思っている。
ところがWindows8.1をMicrosoftから無料でアップグレードするとインストール用のDVDがない。
その場合、コマンドプロンプトでWindows8.1のイメージをリカバリ用として作る必要がある。
こんなのであればDSP版のWindows8.1を買ってしまえば良いという考え方もある。

しかしながら、OSは又4つインストール出来るものがあるし、新たにOSを買うと言うのも考え物なのである。
何と言っても自作パソコンだけにそんなにお金を掛けられない。


icon icon
**************************

Windows8、8.1になって思うのは、今までのように自作パソコンを作るというのが徐々に難しくなってくるということではないかと思う。
春先にCPU・Haswellになったときに、今までと違って部品の組み合わせで相性問題が起きると言われていた。ここのところエージング中だが、まだそういう不具合は出ていない。

この一年、自作パソコンではなくHPなどの(本格的なゲーマー用)CTO(BTO)デスクトップ型パソコンを多少借り出している。
こういうメーカー製のパソコンというのは、非常に安定性があってWindows8 で頻繁に発生したWindows アップデートの失敗も未然に防いだりしていた。
こういうメーカー製のパソコンだとOSを入れ替えるとかのことは、出来ない場合が多い。

その一方で市販のマザーボードを使ってBTOしているマウスコンピュータやドスパラ、ツクモなどだと(マザーボードのドライバーがメーカーから公開されている。)多少の汎用性はある。
しかし、このドライバーの更新はマザーボードの新製品が出れば止まることが多く、どれだけ対応するかは疑問である。
要するに自作パソコンも自由自在にセットアップできると言うのも精々2年くらいのものである。
自作パソコンを作る人は、大方種々の部品などを更新してゆくのと、トラブルに対して強いので自在にできるように見えるだけである。

こんな訳で、今後は自作パソコンは勧めないような気になりつつある。
そんなときは、自作代行の「サイコム」と言うところもあるので高性能のパソコンを組みたいときは良いかもしれない。
少なくともお金を掛けただけ普通に動くからである。





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2014年1月 5日 (日)

UEFIネイティブモードOSインストール失敗・ASUS Z87-PROで作る自作パソコン

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この自作パソコンを組み立てたのが2013年9月下旬。そのままの勢いでOSを入れてしまえば良かったのだがついつい面倒でこの正月になってしまった。
今回のCoolerMasterのケースを使って組むというのはさほど難しくもないし、OSを入れるというのも本来難しくない。
しかし、多少躊躇したのはWindows8になったからで、今までのWindows7のようにインストールDVDをそのまま入れて待っていれば良いというものではなくなった。
マザーボードは、ASUS Z87-PROで無線LAN(IEEE802.11a/b/g/n)、Bluetooth 4.0/3.0+HSまで対応する優れものだったのだが・・・・。


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*******************************************
自作パソコンの構成・ ASUS  Z87-PRO
*******************************************

●OS--Windows8  Pro 64ビット
●CPU--
Intel CPU Core i7 4770K 3.50GHz 8Mキャッシュ LGA1150 Haswell UnLocked BX80646I74770K 【BOX】
●マザーボード;ASUS  Z87-PRO
●メモリ-8GB (4GB×2) W3U1600HQ-4G (PC3-12800-4GBx2)
●HDD/SSD;シー・エフ・デー販売 TOSHIBA製SSD採用 2.5inch 内蔵型 SATA6Gbps 512GB CSSD-S6T512NHG5Q
★データー用・予定
●CPUクーラー:クーラーマスターHyper 412 RR-H412+Arctic Cooling 絶縁タイプ熱伝導グリース
●ドライブ--SonyOptiarc  DVDドライブ AD-7280S+S
●グラフィックカード-GIGABYTE Geforce GTX660 2GB PCI-E GV-N660OC-2GD/A
●電源--オウルテック 【80PLUS SILVER取得】電源ユニット FSP RAIDER 750W RA-750認証取得電源
●PCケース・CoolerMaster・CM Storm Scout 2 Gun Metal
●その他、追加ケースファン、
■フロント★120mm赤色LEDファン追加。(AeroCool Shark120)
■上部★120mm赤色LEDファンx2追加(AeroCool Shark120)
■左側面★120mm赤色LEDファンx1追加(ENERMAX PCケースファン TBアポリッシュ) マザーボード用スピーカー
■ファンコントローラ・風マスターPRO
**********************************************


03002

04asus2


05ssdspeed

06
07001

*****************************************
CoolerMaster・CM Storm Scout 2 Gun Metal
とエージング
******************************************

UEFI BIOSを見たりしてエージングしていたときは、異音などは全く問題なし。
ファンコントローラの温度センサーが剥がれたので、PCケースを寝かしてセンサーを張り直してから起動してみた。すると、今まで問題がなかった「クーラーマスターHyper 412 RR-H412」のファンが唸りだしてしまう。

この空冷ファンを取り付け直して音が鳴らなくなったが、原因はよく分からず。
OSインストール後にケースごと移動させると起動せず。
原因は、CPUクーラーのファン回転不足。(BIOSが立ち上がり警告)
それで、又CPUファンを取り付け直して普通に起動。
未だに原因は不明だが、配線が混み入っているので何かに干渉しているのではないかと思われる。
その他、ファンコンの配線が複雑になったので完成の場合に再点検が必要であろう。
その他、取りあえず大きな問題はなさそう。
無線LANも調子が良い。
尚、無線LANルーターも最新の「NEC AtermWG600HP PA-WG600HP」に更新している

*******************
小生が使っているメインのパソコンは、Windows7(Home32bit)。作業用はWindows7Pro(64bit)。
サブのパソコンがWindows8(64bit)のノート型パソコン。
テストマシンがSSD RAIDのWindows7Pro(64bit)という具合である。

そして今度のパソコンもテストマシンでSSD Windows8Pro(64bit)になる。

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***************************************
UEFIネイティブモードインストール
OSインストールの失敗
***************************************

OSのインストールは、DVDを入れて起動すれば始まるのだが、これだと「UEFIネイティブモードインストール」は出来ない。
実は、「Boot Option」のところで「UEFI-- SonyOptiarcAD-7280S」を最優先にしてWindows8 のOSをインストールをすればよかった。
しかし、そのままインストールしたために「UEFIネイティブモードインストール」は失敗してしまった。
それで起動にはコールドスタートで約30秒かかってしまっている。
UEFIなら15秒以内だったろうにと残念。

それで、使い勝手はというと起動に10秒ほど時間が余計にかかるが、30秒なら苦にならない程度。
それで、取りあえずPCのテストをすることにした。

但し、今後OSを再インストールして、UEFIネイティブモードインストールをしてみることにしている。
そして、Windows8.1にアップグレードするときには、「UEFIネイティブモードインストール」でないとうまく行かないかもしれないからでもある。

10asus5



***********************************
グラフッイクスカードの性能
***********************************

GIGABYTE Geforce GTX660
GTX660の性能は、コストパフォーマンスが良くて全く問題ないレベル。

11cpuz003

12ff198010808167max
*******************************************************


13ff1280780max


14asus1

15cpuz001

16cpuz002


****************************************
自作パソコン
OSインストールの感想など
****************************************


今回、UEFIネイティブモードインストール出来なかったので、再度やり直すことにしている。
それでこのままでも特に問題はない。しかし、作ったPCはテストマシンなのでOSをWindows7に戻すかもしれない。
Windows8になるとUEFI BIOSに簡単にはいることが出来ない。
(UEFIネイティブモードインストールだとWindows8から可能)
この場合、「Fast Boot」を止め、再起動したときに「Delete」を押すと入れることもある。しかし、ASUS  Z87-PROの場合、「DirectKey」というものがあってそこからBIOSに入れることになっている。
いすれにせよ、自作パソコンでは結構面倒なことになった。


★ASUS  Z87-PROの初期BIOSのハグでUSBキーボードからUEFI BIOS(1007)に入れなかった。

最新(Z87-PRO BIOS 1707)

17_1007

BIOS update
18mobios1707

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今自作パソコン離れが激しくなっているという。Windows7の頃には簡単にできたことがWindows8では出来ないというのは、初めて自作する人は無理なのではないかと思われる。特に、最新のマザーボードは最新のOSに最適化されていてOSにWindows7をインストールすると時として不具合がでることもある。

こんな感じで、必要なパソコンを作って使おうという自作パソコン時代は終わりつつあるように思える。


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2014年1月 4日 (土)

<アーカイブ>「知っていますか、任那日本府」を読む

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任那日本府という歴史の史実は、ベビーブーマーの頃には義務教育の教科書にも載っていた。しかし、その後の反日歴史教科書になって今の30代くらいの人たちは知らないというらしい。

本書は、その任那日本府についての概略と滅亡、その後の新羅、百済、任那の調という朝貢までを現地調査までして記している。
従って、任那日本府に関しては知りうるにはそれなりの資料となりうると思われる。
筆者が言っているように日本書紀にハッキリと任那という記述があるのに歴史書から抹殺されているのは実に不思議なことである。

本書では、任那だけに限定しているためにその後の6-7世紀の大和朝廷の不思議というものは書かれていない。
しかし、この任那、任那日本府の影響は聖徳太子などの政策に非常に大きく影響しているように思える。

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この任那日本府が滅亡した後の百済救援、奪回の白村江(ハクスキノエ)の戦いはなぜか「ハクソンコウ」と呼ばれるようになっている。
★この部分は、既に任那日本府は滅亡し、任那の調も大化2年(646年)に終了しているので本書では書かれていない。
但し、この白村江の戦いだけで本が書けると思われるのでしかたがない。
*****白村江が「ハクスキノエ」と呼ばれるのは、日本書紀にふりがなが振ってあるからで、最近の歴史文献で「ハクソンコウ」と呼ばれるのはなぜかわからない。*******

「広開土王碑」の碑文は、教科書に写真とその説明の載っていたと記憶する。
その解釈及び歴史説明は「序章」に述べられている。

この「広開土王碑」の碑文については、「日韓がタブーにする半島の歴史 (新潮新書) (室谷克実 著)」や「日本書紀の虚構と史実 (歴史新書y) (遠山美都男 著)」などの著書を補完するところがある。

室谷克実 著の「広開土王碑」の碑文について室谷克実氏が推測している部分は明確に述べられている。
たとえばこんなところ
○新羅救援の高句麗の広開土王軍は、倭軍を「任那加羅」に向けて敗走させる。
(ここで倭軍は、半島から追い落とされそうになる)ときに、「安羅の軍」に攻撃され安羅軍が慶州(新羅の首都)を占領してしまった。(要約・概略)
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ここで室谷氏は、「安羅」を[倭人の国]と述べている。
この詳細が書かれ、任那(安羅、加羅)としているのが本書でもある。
この本の地図による「安羅」は任那の中心的な位置にある。

日本書紀の虚構と史実 (歴史新書y)
日韓がタブーにする半島の歴史 (新潮新書)
知っていますか、任那日本府
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当時の大陸の中国、朝鮮半島は都市国家である。
そして任那も安羅や加羅、多羅、多々羅・・・などの都市国家の集合体でその都市国家の中心的役割が任那日本府であると言ってよいだろう。
倭人は、3世紀から朝鮮半島に進出して百済も新羅も元々も倭人系の国家であったと「日韓がタブーにする半島の歴史」には書かれている。
その中で、百済はより倭人国家の意味合いが強く、筑紫(九州政権と思われる・筆者)から百済に関する指示が出ている。

任那というのは、今で言う合衆国(連邦)のようなもので、「倭人系(今で言う日系)人」の国家全体を統括する中心が日本府であった。
この任那日本府が滅亡してしまう原因というのが百済に大和政権が配慮しすぎて、連合政権の任那のバランスを崩してしまうという外交的失敗であった。

任那日本府が滅亡後は、百済、新羅に日本に朝貢させ、その中で任那の調という任那分も負担させていた。
7世紀まで極東アジアでは倭軍(筑紫、大和政権)の軍隊は最強で、本書には書かれていないが「白村江の戦い」の前哨戦である陸戦では唐軍も歯が立たなかった。
しかし、ここでは百済救援で城外に対陣して城を守っていた倭軍に対して、城内の百済を裏切らせ唐軍につかせたために全滅する。(663年天智2年3月に「百済の都、州柔(つぬ)城」の陸戦(8月27日~9月7日))
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<白村江の戦いの前哨戦>(以前のエントリーから抜粋)
第二派:2万7千人。軍主力。
指揮官は上毛野君稚子、巨勢神前臣譯語、阿倍比羅夫(阿倍引田比羅夫)。662年3月出発。(Wikipediaより)
(日本書紀・天智紀)
正確には
前将軍
上毛野君稚子(かみつけのきみ わかこ)
間人連大蓋(はしのひとのむらじおほふた)

中将軍
巨勢神前臣譯語(こせのかむさきのおみをさ)
三輪君根麻呂

後将軍
阿倍引田比羅夫(あべひけたおみひらふ)
大宅臣鎌柄(おほやけのおみかまつか)
この総司令官は「明日香皇子」(筑紫の君)と考えられている。

※上毛野君稚子とは、上州・群馬県の蝦夷討伐軍の最精鋭軍の強兵を率いた。

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当時の倭軍は、直接対決では圧倒的に強かったらしいが策略や作戦という部分では唐軍に全く歯が立たなかった。

この飛鳥時代前後から壬申の乱後までが、古代史ファンの間では謎が多い。

朝鮮半島を中心に任那を運営してた「継体天皇」の系列は任那日本府滅亡後、推古天皇を最後にして絶え、ここで事実上の王朝交代がおきて舒明天皇になる。
(聖徳太子系統も山背大兄王が攻められて滅亡。)

そして、その継体天皇系に深く入り込んだ蘇我氏を蘇我氏系統に育てられた中大兄皇子が討つという不思議さ。(大化の改新・乙巳(いっし)の変645)

そして、中大兄皇子よりも4歳年上ではないかという「弟」の大海人皇子と壬申(じんしん)の乱。
この辺は、日本書紀が何かを隠していると言われ万葉集から解析している文献が多い。

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壬申の乱はそのうちにまた考えてみよう。



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2014年1月 3日 (金)

PowerDirector 12 Ultraで編集?ニューイヤー駅伝(第58回全日本実業団対抗駅伝競走大会)

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ニューイヤー駅伝を今年も撮影した。群馬県庁あたりで良い撮影場所があればと思ったところが、見当たらず今年も昨年と同じ場所。
この駅伝の走者は、普通の人が全力疾走しても追いつかないくらいの早さなので、普通に写真や動画にとってもなかなか絵にならない。それで毎年同じ所になってしまうことになる。
今年と昨年の違いというのは、α77からα7へカメラが更新されたと言うところである。この時期の朝9時と言えば結構遅いくらいなのだが、元旦の9時というのは何故(なぜ)か早朝のような気がする。
それは車が官庁街を走っていないからという理由なのかもしれない。
それでもこのニューイヤー駅伝があるために元旦からヘリの音を加えて騒がしい。

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カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS
撮影日時: 2014-01-01
焦点距離: 44mm (35mm 換算焦点距離: 44mm)
絞り値: f/7.1
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 100
露出補正値: +0.70 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

それにしても元旦から買い物に出かけたり、外食だったりと元旦気分というものは過去のものになってしまったかの印象がある。

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今年もサイバーリンクPowerDirector 12 Ultraで編集してみた。
冬の朝の画像というのは、「青かぶり」が強く、写真が青っぽくなっている。
使ったカメラのα7は、電球色などは完全に補正してしまうタイプである。しかし、こういう風景では余り補正しない。
そのときはホワイトバランスを変える必要がある。しかし、急いでいる時にはあとから編集すると言うことが多い。

今回の「ニューイヤー駅伝」では、PhotorDirector 5で朝の青かぶりを修正してある。
Adobe Photoshop Lightroomで補正したのと多少色合いが違ってくるのは仕方がない。



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カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS
撮影日時: 2014-01-01
焦点距離: 70mm (35mm 換算焦点距離: 70mm)
絞り値: f/5.6
露出時間: 0.0050 秒 (1/200)
ISO 感度: 125
露出補正値: +0.70 EV
測光方式: マトリックス
露出: シャッター優先 (セミオート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)

051388776770

カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS
撮影日時: 2014-01-01
焦点距離: 46mm (35mm 換算焦点距離: 46mm)
絞り値: f/8.0
露出時間: 0.0080 秒 (1/125)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)


icon icon サイバーリンク公式 PhotoDirector 4 ページ サイバーリンク公式オンラインストア PhotoDirector 5 Ultra サイバーリンク公式オンラインストア PowerDirector 12 Ultra サイバーリンク Media Suite

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2014年1月 2日 (木)

<アーカイブ>小宮山忠孝(弾正介)・小説「のぼうの城」、「水の城」の舞台・忍城攻防戦の謎の人物の真実

●小説「のぼうの城」、「水の城」は、天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原攻めに端を発し、関東の北条方の城を豊臣方が攻略するという舞台での出来事である。
その中の武州の忍城(埼玉県行田市)は、城主成田氏長。この成田氏長は約500の手勢を連れて小田原城攻防戦に参加して小田原城に籠城中で留守にしている。
時の情勢は、既に太閤秀吉に帰して関東の北条方の城は瞬く間に落ち、残るは小田原城と忍城と言うことになった。
この忍城は、豊臣秀吉が石田三成に北関東の上州・館林城、武州・忍城を攻略するように命じられた。
この中で石田三成は、大谷吉継、長束正家の軍勢を加えて約20,000の軍勢で上州・館林城(軍勢約5,000)を2日で落城。
残すは武州・忍城という小さな城を落とすだけになった攻防戦である。
この忍城というのは、周囲を沼などの湖沼で取り囲まれた「浮き城」の異名を持つ難攻不落の名城である。
ここで石田三成は、忍城の籠城戦にたいして「水攻め」を行うように指示されてその水攻めを実行する。
この攻防戦で城主成田氏長とその旗本の主力部隊は小田原へ出かけて不在、忍城城代の成田長親はボンクラで役立たずというのが「のぼうの城」の「のぼう」‥でくのぼうの城である。
ところが実際の忍城攻防戦では、少人数の戦闘部隊しかいないはずの忍城に農民軍が入り約2,600の戦闘部隊を結成し統制の取れた強力な戦闘を繰り返す。
水攻めは、この忍城守備隊によって破られ湖沼地帯の戦闘では大部隊の展開ができない。
最後には、八王子城攻防戦に参加していた真田軍が投入され、約50,000の大軍で力攻めにする。それでも忍城は落ちず、強力な真田軍の持田口の戦闘では互いに大損害を出すも攻撃軍は攻めきれない。

こう言う状況で忍城よりも先に小田原城が落ちてしまうと言う事態になった。
その小田原城落城によって忍城が開城して攻防戦が終わる。

●この二つの小説もそうだが、忍城攻防戦に関しての郷土史にもなぜ忍城に強力な守備隊が存在したのか?
そして、「水の城」でも石田三成の言葉として書かれている様に
「あの城には誰がおるのだ。城兵たちが頼りにし、その人の顔を見るだけで心強くなる男は誰なのだ。‥‥」
小説「水の城」では、短期間に農民を訓練して実戦部隊にしたと言うことにしている。しかし、ほんの僅かな期間に、常備軍である豊臣軍のプロ軍団に対抗しうる農民軍を作ることは不可能である。
何と言っても、弓矢、鉄砲、槍その他が使えなくてはならないし、集団行動を行うのにはやはり実戦経験を積んだプロ集団の農民軍である必要がある。
そして、その農民軍には有力な指導者と参謀、実戦指揮官がいる。

ところが、小説で出てくる様に成田一族は実戦ではほとんど無能。そして当然留守部隊の重臣にもそんな力がない。

●要するに歴史から意図的に消された人物がいると言うことである。
実のところ、その人物というのはこの忍城の持田口と小説「水の城」に出てくる吹上(JR吹上駅がある)の清右衛門という百姓と偶然に重なる部分がある。
小説では、清右衛門は百姓を訓練して短期間に実戦部隊にして、その侍大将となって一軍を指揮する。そして、持田口での真田軍との戦いで戦死することになっている。

しかし、実際の指導者が戦死したら忍城は総崩れになって即刻開城になったはず。
ところが、その意図的に名前を消された人物は当然戦死もしていない。
その後の、関ヶ原、大阪冬の陣、夏の陣にも参戦している。

その人物は誰かというのは、今の行田市の古民家を調べその菩提寺の墓の戒名を見てみれば明らかだというのに誰も言いだしていない。
その理由というのも次回検討することにして、その重要人物の家の見取り図(明治時代)や古民家の写真などを偶然?持っていたので次回公開してあきらかにしたい。

●尚、この「のぼうの城」は映画化されてるが当然謎の人物は出ていない。


1590年・小説「水の城」「のぼうの城」の舞台・忍城攻防戦 2


小説「水の城」を読むと時代考証的におかしなところがいくつも出てくる。それは、分かり易く現代解釈をするということなのかも知れないが解ない部分が多い。
●先ず、「次の村長は、自然に清右衛門ということでみなが了解しているのだ。」という部分。
場所的に村長(むらおさ)という制度がないところに村長というのもおかしなものだし、後の江戸時代でも「村長」は存在しない。又、元々「清右衛門」という名前の百姓なども存在しない。
なぜなら例えばこの「清右衛門」とは、元々門構えの家を持つ人物が名乗る。
その門構えとは、今のうさぎ小屋の人が通れる門構えではない。鴨居と屋根が付いた門である。しかもその門を通るのは騎馬でそのまま通れるほどの門である。
簡単に言えば上士、それも馬に乗れるくらいの武士階級に許された名前である。江戸時代には、改易で浪人する武士も多かったからその辺に掃いて捨てるほど◯右衛門という人はいたかも知れない。しかし、安土桃山末期ではあまり考えられない事である。

●次ぎに城主成田氏政が「手勢三百五十騎とほぼ同数の足軽を率いて出陣する日であった。」という記述。

この時代に三百五十騎と言えば、単純に実兵力約1,500以上、総数では2,000以上の軍団を意味する。なぜなら、騎乗の武士には最低左右に徒の武士・足軽が付き同じく後ろにも1人又は2人の徒の武士が付く。
これは単純に見て、馬がやられれば騎乗の武士は簡単に落馬して討ち取られるからである。
そのほかに、直接の戦闘部隊でない武器や食料を運ぶ人たちその他が同行する。
実際の城主成田氏政の手勢というのは500と言われていて、この小説「水の城」でも500という表現がある。
これから見れば小説の十分の一、精々三十~四十騎程度であるはずである。
そしてこの手勢500というのは実のところ成田氏程度の城主としては、常時動員出来る最大限の兵力、事実上の旗本全軍であろうと思われる。
豊臣政権下とは違って、兵農分離していない地方のこの頃としては、事実上の全軍は農閑期でしか出すことが出来ない。
たとえば川中島の合戦、関ヶ原の戦い、大坂冬の陣も10月、長篠の戦いは今の歴では7月、大坂夏の陣は3月ということからしても大量動員をする時期というのが大方決まっている。
こんな風に見ると小説「水の城」というのはかなり突っ込みどころがある。

●その上前橋城と厩橋城を別の城としているところなどはどうしたものかである。実際は前橋城というものはなく「厩橋城」と呼んでいた。
その他、この辺の百姓の表現として「○○べ」とか「‥‥本当だべか」という「べえ、べえ」言葉を用いている。
しかし、この地域は元々江戸弁の元になった地域に近く「べえ」言葉は使わない。ここで「○○べ(伸ばさない)」は、前橋市だけの方言である。(最近は使わない人が多い)
実のところ、もう少し北の羽生くらいになると昔はかなり言葉が違った。

●以上のことから忍城攻防戦には、忍城城下の事実上の実践部隊全軍が参加したことが分かる。(小説でもそういうことになっている)
そしてその全軍とは武士が農民もしていた、兵農分離していないこの時期には、その軍団の長は農業を指導して成田氏の経済を支えていたはずである。
その軍団の長が事実上の「村長」であり、そのままの軍を構成していたと思われる。

● 多少蛇足になるが、忍城攻防戦などのような湖沼地帯での戦いは激戦になる例が多い。たとえば後年の1667年のフランス・ルイ14世下のネーデルラント継 承戦争。その後のオランダ戦争でもテュレンヌ子爵(元帥)というフランス史上名将の一人と言われた将軍でも苦戦を強いられている。
1914年の第一次大戦では、イーペルの戦い(第一次)という塹壕戦では「フランス軍は1914年、半年にも満たない期間に約120万人の戦傷・行方不明者と約50万人の戦死者を出した。」と言われている。
翌年の第二次イーペル戦では、湖沼地帯で戦車投入も制限されイギリス軍が大損害を被り、---このときに日本に増援部隊を要請したと思われる。
実際は、イギリス連邦軍(カナダ軍を中心とした)は50万人の犠牲者を出した。

このイーペル戦などによって、第一次大戦後の戦争観が違ったとも言われている。

第二次大戦では、1944年9月のマーケット・ガーデン作戦。映画「遠すぎた橋」A Bridge Too Far 1977年で描かれているとおり、失敗した作戦として有名である。

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アンチウィルスソフトをマカフィーへ変更と「マカフィー オールアクセス2014」期間限定クーポン

Mac

2013年12月末までの「Norton AntiVirus」からマカフィーへ変更した。
理由は契約の有効期間が来たのと、ノートンのクッキー警告がうるさくなったからである。
今回取りあえず「マカフィー トータルプロテクション2014」(表示画面)をインストールした。
インストールして初めは検索を繰り返すので多少起動に時間が掛かるが、その内に元に戻る。
この「マカフィー トータルプロテクション 2014」は「マカフィー オールアクセス2014」の機能限定版の様なところがあって見た目はほとんど変わらない。

Mac2

動作は、アンチウィルスソフトが動いているかどうかは分からない程度。
ここでメールでは(メールソフトはShuriken2012を使用)
Norton AntiVirusでは、
「Norton AntiSpam」とメールの表題に表示されるものがあった。
その一方でマカフィーでは、
「SPAM」とメールサーバー上でメールに表示されるものがある。
この「SPAM」はどういう場合に表示されるのかは不明だが、AmazonのメールはHTMLメールなので頻度が高いような気がする。

尚、マカフィー オールアクセス2014の60%OFFクーポンが当サイト向けに発行されている。

 

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対象商品:マカフィー オールアクセス 2014
割引率 :60%
適用期間: 1月1日~7日 
※終了後、無効。

クーポンコード:jan08

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マカフィー オールアクセス 2014は、節分を待って(2月から)他のPCにインストールしようと思っているのでレポートはその後にしたい。

Mac3


マカフィー・ストア マカフィー・ストア

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2014年1月 1日 (水)

2014年の年頭に思うこと・元旦にOLYMPUS・STYLUS XZ-2 を買う

Book2 2013年は、2月の節分とともに今までの「匿名ブログ」から「実名ブログ」へと変更した。
この変更というのは、ある意味世の中の流れを感じたからであった。
そして、不思議なことに多くの効用ももたらしたような気がする。この匿名ブログからの変更というのはひとえに「著作権」という問題につきる。
端的には、「著作権」を明確にすると言うことである。

例えばYouTubeの動画を公開した場合、小生の書作品が動画の中に登場した場合でも著作権を持っているのかと言うことを問われることが多い。
この点、名前を公表するとか自身の作品であると著作権を入れ込むことによって、こういう妙な勘ぐりは避けられることも多い。
その他当然として、書作自体を公開しておくと言うこともある。

カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-7
レンズ: FE 28-70mm F3.5-5.6 OSS
撮影日時: 2014-01-01
焦点距離: 70mm (35mm 換算焦点距離: 70mm)
絞り値: f/7.1
露出時間: 0.0080 秒 (1/125)
ISO 感度: 100
露出補正値: +0.30 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.3 (Windows)


かっては匿名ブログゆえに、著作権侵害に対して対策がとれなかった。それで実害がなかったのであれば問題ないのだが、今でも実害が続いているというのは困りものである。

いずれにせよ「実名ブログ」になったお陰で種々のオファーがあったりもした。
その一方で、昨年のゴールデンウィークから足が痛くて歩けなくなってしまった。これは歩きすぎるとその内に疲れて「内股」になると言うのが原因と分かった。しかし、完治するまで4~5か月掛かった。
昨年は、毎日書道展(東京展・国立新美術館)の陳列委員に選ばれなかったのが幸いした。
いずれにせよ慌ただしく過ぎた1年であり、この年になって毎日宿題を出されている心境になったものであった。

書道芸術院秋季展もかっては、秋季展委員を毎年のように委嘱されて10月の冒頭は銀座に毎日のように通うこともあった。
しかし、こんなことも数年前からなくなったし、当然出品依頼と言うこともないから他の用事に没頭できたのは有り難かった。

ここのところの10年と言わず5年くらいの間でも、意図しない軌道修正を迫られることがあった。それで軌道修正して始めたことが不思議と「当たって」一歩後退二歩前進ではなく三歩も四歩も前進したような気がする。

ある目標に向かって走り出し、まわりを見回せば一緒に走っている人ばかり。みんな「凄そうなスタイル」をしているなと思うも、脇目を振らず走り続けて振り向いたら周りに誰もいなかった。(皆と違う方向へ進んだ可能性もあり!!!!!!)
こんな経験は、軌道修正したときに必ず経験することである。

そんな感じで昨年は脇目も振らずに走り続けてきた。
今年は、思ったこともできなかった反省から、4月の消費税増税もあって少し疲れたかなという予想である。

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昨年の10月の日展第5科(書道部門・篆刻)の「審査を巡る不正」の内部告発から始まった日展問題。
この件に関しては「第三者委員会」(公益社団法人日展第三者委員会)報告が平成25年12月5日付けで発表され、12日付けで日展のWebサイトに掲載されている。
このWeb上の第三者委員会報告は、既に報道されて判明している書道関係者の実名を黒塗りしてある不完全なものである。
しかし、その他の詳しい日展5科の実態が手に取るように分かる。これはやはり日展に渦巻く内部の批判というものがかなり大きいものであることが想像される。

日展騒動では、入選者が予(あらかじ)め決まっているではないかと「出品料」を返せということが数多くあったということも報道されている。
この「入選者が予め決まっている」と言うようなことを小生が「寝言」でも言うと、「それ!!!!御注進」と滅私奉公の腰巾着がいて、違法行為でも何でも犯す世界でもある。(日展とは関わっていないのでたとえ話)
日展騒動は、内部告発によって始まったが、実はこの第三者委員会報告にはその告発者の名前までしっかりと載っている。

その一方で1科~5科までの実態はほとんど分からない。
美術部門では、作品の写真が送られてきても受け取らないとか、金品も受け取らないとかということが書いてあったように思われる。
しかし、「日展、審査員が事前指導 洋画・工芸、自会派の多数入選 正副理事長会派も」(朝日新聞Web版2013年11月20日05時00分)
で報道されているとおり、「公募展の日展2科・洋画の分野で、審査員長の寺坂理事長を含む数人が所属会派の約30人に対して、作品を事前指導をしていた」。
「このうちの20人が入選、1人が特選だった」という。
しかも、この事前指導には謝礼を払うのだそうで、一説には10万円とのことだそうだ。
(報道で知る限り)

日展の5科の長老支配は言語道断であると思われるし、会員になるシステムも非常に不透明である。
しかもすべてに金銭が絡むとなると公益法人ではなく、完全な「日展ビジネス」ではないかと思わざる終えない。(報告でも指摘がある。)
今から30年前に師承の横堀艸風先生から聞いたところによれば(横堀先生が日展会員から聞いた実話を話した。)、日展で特選を取るのに一財産、審査員になるのに一財産と言われていた。
その一財産とは何かと詳しく聞いたら、「家の一軒分」だと聞いて驚いたものであった。それなら日展で会員になるには、特選2回、審査員1回で「3財産」。
この点は「第三者委員会報告」の「日展における書の問題」で取り上げている。

この報告では、「入選後・特選選定後の審査員への謝礼の禁止」。
その他「審査員資格」についてこんなことが書かれている。
「審査員資格について、書道会等芸術家団体の代表の地位を兼有している者が審査員を務めることは、社会通念に照らし審査の公正な実施を妨げる事情になると考える。
特に書において顕著なように、入選や特選の受賞が会派の価値を高め会派の入会者を増やしていくような経営(ビジネス)に直結する構造になっている場合には、およそ、審査員が芸術家団体の代表を兼していることは社会常識から判断して理解しうるものではない。
会派の代表を審査員に選ぶことをやめるべきである。」

日展は第三者委員会で提言されたから改正するとしても、日展は出直し的な大改革が必要であろう。


STYLUS XZ-2 (ブラック) 1200万画素 光学4倍ズーム(XZ-2BLK)ドスパラ通販特価(税込):22,980円

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いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ ・古森義久 (著)を読む

Book1_2

「いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ」と古森氏がアメリカのオバマ政権に対して警告する。古森氏と言えば、米国在住で「アメポチ」として米国を非難しないので有名だった。
しかし、ここでこの古森氏が米国に対して「注意を促す」というのは余程のことであろう。
この著書では、民主党政権のオバマ大統領のリベラル姿勢が、二期目に入って上院議員時代に逆戻りしはじめていると警告している。
米国のリベラルと日本のリベラルとの違いは、米国のリベラルというのが「大きな政府」、「社会主義化傾向」を示すものである。
「社会主義化傾向」であるから当然従来の事柄に対して種々の規制を行うのに対して、「同性愛」や「避妊中絶」には自由を主張する。
そして、オバマ政権では高所得層への増税を主張している。これで年間所得25万ドル以上の世帯への所得税を33%から38%・・・と引き上げる措置を就任早々の2009年1月に予算案に盛り込んだという。
年間所得25万ドルというのは、日本では大会社の社長でも年収数億円ということは希であるから高いように思われる。
しかし、日産のゴーン社長やSONYの元外人社長など軽く億単位の年収をもらっていることから見れば、米国での成功者の年間所得25万ドルは安いかもしれない。
米国の場合、元々「アメリカン・ドリーム」という思想があって、成功すれば高額な所得と豊かな暮らしが保証された。

「オバマケア」という国民皆保険制度やおよそ年収2500万円の収入に対する所得税などは、日本から見れば、既に行われている。(日本1,800万円超-40%)
すると日本というのは既に米国から見れば「社会主義国」なみと言うわけである。

こういうリベラルという面に対して、米国の古き良き時代「アメリカン・ドリーム」や「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」と小さな政府、規制のない社会を標榜するのが保守派である。
そして、保守派というのは共和党系であって、既に米国下院では共和党に過半を占められてしまっている。(2011年の中間選挙)
第二期目の選挙では、民主党と共和党とは得票率で実は僅差で、小生の考えでは既に拮抗していると思われる。

要するに米国では、オバマ大統領の政策は米国民の半分が指示していないか無関心であることであろう。

ここで表題の「いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ」というのは、オバマ政権というのが完全に内向きになっていると言うことである。
そしてその影響は軍事費の削減に現れていて、海外展開している米軍の規模を縮小している。
(4年間で800億ドル国防予算削減)
これによって、日本の防衛や安全保障は米国に任せておけば良いという時代は曲がり角に来ていると主張する。
オバマ大統領の「アメリカらしさ」の放棄はこういう安全保障にまで波及している。
(第3章 日米同盟が変わる)

こういうことで、オバマ大統領は直接には言及していないけれど、尖閣諸島で軍事衝突が起きても米国は手出しをしないというスタンスを取っていると思われる。
それは、中国寄りとも言えるし「パンダハガー」という、中国に米国製品を買ってもらうという市場としての価値を求めている。

こんなことから見ると「太平洋戦争」前夜のルーズベルト大統領の民主党、今の米国民主党とは全く変わっていないと言うことがよく分かる。

そうであるならば、未だに先の戦争の戦後体制と日本は「悪い国」という概念の固定を押しつけてくることは間違いない。
ところが日米同盟を強固にして、尖閣諸島防衛もしっかり守ると言うものでないことが弱いところでもある。

米国が守ってくれないのに、米国の言うことを逐次聞いていては国が守れないというのは当たり前のことで、先の「安倍首相の靖国参拝」と言うことが絡んでくる。


いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ (幻冬舎新書) [新書] 古森 義久 (著)

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こういうふうにオバマ政権というのは、米国の意見の半分を代弁しているというだけ。
それでいて、日本の防衛に関しては及び腰であるなら日本としてもそれなりの立場を取らなければならない。
そして、小生が考えるところに寄れば「安倍首相の靖国参拝」は、米国政府に関する踏み絵だったのではないかと思う。

米国大使にキャロライン・ケネディ氏を任命して、ついこの前まで新聞雑誌、テレビなどが人気を煽っていたりしていた。
中には「ケネディ・ファション」が流行るかもしれないと「アメポチ」ぶりを表すマスコミもあった。
しかし、公式行事でのドレスコードも守れないだけでなく「靖国問題」での無能さを露呈してしまった。

その一方で、この「いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ (幻冬舎新書) 」に見るマスコミ問題を見ると、米国は間違いなく日本国民の民意を見誤ったのではないかと思う。
それは、駐日アメリカ合衆国大使館のFacebookが抗議で炎上していると言うことからも明らかである。
そして、日本のマスコミは、米国の報道機関などを引用したりしているのだが、この米マスコミは、完全に民主党寄りで米国の実情を伝えていない。

こんなふうにして、米国が核の傘どころか日本そのものも守ってくれないのではないかと言う疑惑を警告したと言うのが、この「安倍首相の靖国参拝」の意義なのではないかと思われる。


★米国は、日本の国民世論を読み違えたことに気づいて、既に「靖国問題」での報道を修正している。
それと共に、日本は有力な同盟国であると言うことも再度強調している。
(2014/01/01現在)

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