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2014年1月31日 (金)

<アーカイブ>syuun の不思議な少年時代 その31 【昭和39年、1964年春】

syuun の不思議な少年時代 その31

【昭和39年、1964年春】

昭和39年と言えば何を思い浮かべるのであろうか?
思い付かなければ1964年と言うことで、東京オリンピックの年である。この東京オリンピックを前にしてうちでもテレビをようやく買った。
テレビが普及したのが今上天皇の御成婚の年、昭和34年前後とも言われる。しかし、昭和34年にテレビを買ったという家はそれほど多くない。
それどころか、まだ電話も普及していなくて電話を入れるのには抽選だとか、債権を買うとかなどの種々の手続きが必要だった。
電話が急速に普及するのは、申し込みさえすれば入れることが出来たその翌年(昭和40年)くらいからである。
そして、その昭和39年という年が、小生(Syuun)のとって絶対に忘れられない年になるとは思いもよらなかった。

その昭和39年の4月。
朝八時前に家を出て、約1キロ先の中学校へ向かった。
その中学校とは、前橋市立第一中学校といって前橋刑務所の直ぐ隣にあった。
その中学へ行く道も中学を通り越して少し行くと行き止まりで、見渡す限り水田か桑畑のどちらかだった。
遠くに見える森が神社でその一画だけに人家があった。
そんな面影は、今ではとても思いもよらないもので、元々郊外に在ったはずの中学は今では市街地の真ん中になっている。
そして、真新しいダブダブの学生服を着て、今でも変わらない正門をくぐったもののどこへ行ったら良いのかうろうろする始末だった。
通学途中の上級生は新一年生か!と声をかけきて、「入学式はもっとあとだせ」と言うことらしかった。
考えてみれば、入学式の時間などを確認してこなかったし聞いた覚えもなかった。

兄がいれば多少なりとも助言を得るところであった。しかし、兄はその年北海道大学(当時の一期校)に合格して札幌に行ってしまった後だった。
母に言われたのは、「兄ちゃんもダブダブの学生服だったわよ!!」
と、ダブダブの学生服を怪訝に思う小生に言われたことぐらいであった。

多少雨が降り出し、9時を過ぎ誰いなくなった正面玄関の屋根のある通路で待ちくたびれていると一人の新入生と思われる男子学生が来た。
それは、同じように身体に合わない学生服を着ていて、お互いに制服を見せ合って何やらホットした気分だった。
さすが9時半になると玄関の通路は、新入生で一杯になってきた。
するとどこからともなく、先生が出て来て
「クラス分けを発表します。体育館の横に貼るので、それを見てクラスに集まるように!!」
‥‥と通路に集まった新入生は一斉に雨の中校庭を走って体育館の前まで行った。
黒山の人だかりを見ていても中々名前が出で来ない。
やっと見つけたと思ったら1年10組だった。
一クラス48人から49人、全11クラス、学年人数約535人。
この人数は、今では市街地の小学校に全校生徒よりも多い。
しかし、全校生徒となると約2,000人にもなるのである。
概算で大まかな人数を上げておくと、2年生13クラス約640人。3年生15クラス約780人。
こんな数値というのは今ではとても考えられない。今の第一中学校の全校生徒でも500人に満たない。

そんなわけで、1年10組約50人の名前は覚えきるうちに2年に進級してしまったというわけである。
ここから普通高校へ進学すると言うのがいかに困難を伴うのかと言うことを説明する。
当時の高校の通学区域というのは、前橋市、伊勢崎市とそれに隣接する郡部であった。
そして女子校を別として前橋市の唯一の公立普通高校とは、最難関校の県立前橋高校しかなかったのである。
その前橋高校には、おおむね伊勢崎とその周辺から約200人、前橋とその周辺から約200人という構成である。
ベビーブーマーの時期に合わせて定員が450人になったために増えたと言ってもSyuunなどが入学したときの定員が約432人。
そして「前橋とその周辺から約230人」という感じであった。
その約230人の構成とはどんなものだったのだろうか。
当時の中学校は、一中から七中までのナンバースクールのほかに7校、郡部に4校、群馬大学学芸学部付属中学校で全19中学校であった。
その内で付属中が概算で65人、一中が63人、三中が40人の4校で7割以上の入学者を占め残りの約60人が15中学からと越境入学者に占められると言うものであった。
だから、上位4校以外では、学年で5人程度入学出来れば良い方で、1人という中学も珍しくないのが現状であった。

そんな状況下で、「兄ちゃんが進学出来たのだから僕だって進学出来るさ!」という甘い気持ちだけしかなかった。
あとから考えてみれば、兄の時代というのはベビーブーマー世代の直前でかなり人数が少なかった時代であったと言うことだった。

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