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2015年5月24日 (日)

小説Syuun の不思議な少年時代 その38 (昭和47年1972)

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1972年6月1日開学祭・模擬店・
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5月の連休明けは、真夏の様な日々が続いた。
特に静岡市は周囲を山に囲まれているため余り風が吹かない。そんなわけで真夏では午後からのわずかな海風で凌(しの)ぐ。
しかし、梅雨が近くなり開学祭の6月1日の天気はどうなるか、天気が持つのかはその年によって当然違う。
その6月1日の朝は、それなりの晴天であった。
朝、アパートで回し読みする新聞が回ってこなかったので、天気予報は分からない。
2年で引っ越しをする予定だから、かさばるテレビは持っていなかったし、どうせNHKとSBS(静岡放送)、テレビ静岡(UHS)の2社しかなかった。
1972年の段階では、やっとテンキー電卓が出始めたころであった。但し今、100円ショップで売っている電卓より性能が悪くても、二万円近くした。

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車の調達
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中古車を買う予定を早めて、自動車販売店のシステム部に勤めていた自動車部のOBに電話して、
「中古車を買いたいから試乗させてくれ」
と頼んだ。
「今 これしかないから」とやむなく日産ブルーバード(二代目411型系)を借りてきた。

以前にも自動車部の先輩が数日借り出したことがある車体で、どうもシンクロ(ミッション)に問題がありそうな曰くつきのものではあった。

6月1日、片山寮午後1時。
コラムシフトのブルーバード1300は、大学本部棟の急登での山登りでは多少非力。
そこは何とか乗り切って、運搬とメッセンジャー係という役目になった。

山の上の片山寮と大学の外、すなわち日本平の山から下りて大学の外に広がる学生アパート群までの往復はかなりの標高差と距離とがある。
そもそも片山寮から大学の入り口という東名高速道路をくぐるトンネルまで1キロはある。

しかも模擬店をするサッカー場は、その中間地点の山の中腹。
これは、とても歩いて往復すると言うわけには行かない。

大学の坂下の学生アパート高山荘では、共同炊事場で女子学生二人と加藤が何やらやっていた。

「もう、あとはできあがるのを見ているだけだから~」

「浜田くんと加藤くんを模擬店まで送っていって!!」という。

午後3時過ぎたころ、片山寮、高山荘その他のアパートを回って材料をとりまとめて模擬店に運ぶ。
これでやっと始まるかなという頃には、何やら雨が落ちてきた。

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「開学祭」・6月1日、サッカーグラウンド午後6時。
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時間になると人がどこからともなく湧いてきて、模擬店にも多少人垣ができた。

「夕食は?」
「まだ」
「じゃこれで」
と夕食の「焼きそば」が回ってくる。
何やら多少冷えた焼きそばをパクついていると・・

「『焼きそば』がなくなってしまうから、早く食べてね」と・・・声が聞こえる

模擬店を始めたのだが、ぽちぽちしか客が来ない。

それでも、例の「焼きそば」は、もともと大して売るほどではないので終了。

夜も更けてきて、人が多くなってきた。
「豚汁終了!」
「豚汁なんかあったの?」

「少し作っただけ」という。

夜が深くなるにつれて、雨も少し強くなり、急速に気温が下がってきた。
「おでん あと少しで終了」
と担当の佐藤嬢が叫んだ。

「おでん あと少しですよ!!!」と誰かが絶叫する。
と人だかりができて、

「おでん 終了」
「あ! これで赤字でなくなったね」

まだ
「焼き芋が売れ残っているぞ」
「ちょっと宣伝してこい!!」と誰かが言うと・・

「焼き芋あります」

「焼き芋あります」
とのかけ声。
とまだ人だかりが少しできて、と見れば
気温は、ますます下がって白い息が見えるようになる。

「焼き芋あります」

「ちょっと待って!!」
「焼き芋が売り切れそう!!」と担当の佐伯嬢。

・・・・・・・・・・・・・・・・
「焼き芋が売り切れた!」
「追加の芋を持ってきて!」

「今までの芋は、元々蒸(ふ)かしてあったから温めるだけで良かったけど」
「こんどのものは時間が掛かりそう」
「でも、これで黒字になった。」
「何とか反省会の飲み代が出せそうだわね!!」
と佐伯嬢。

「焼き芋ある??」

「焼き芋はまだ焼けてないのですけど・・・」
と断る。

「焼き芋があると聞いたんだけど」
とジーンズ姿の背が高い学生。

「まだ焼けてないのですけど・・・」

「焼けてなくともいい、寒いから カイロ代わりにするだけだから」
という声がした。

・・・・・・・・・
裸電球にてらされた、背の高い男は誰かと思ったら理学部2年の伊藤だった。
しかし、少しも見ないうちに随分と雰囲気が変わったものだと思う。

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1年前の1971年4月末。
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大学に入学して、キャンパスから1キロ近く離れた学生アパートに入居した。
学生アパートは、70年に大学が移転した時に農家の広い庭先に乱立するようにできたものである。
作りは、外壁がトタン、内側にベニヤ板を張ったもので、今で言えば納屋のような作りである。
それに付属して共同炊事場、共同トイレ、風呂と言うのが一般的だった。

海から近く、潮のにおいがする海沿いの学生アパート。
山育ちとしては、地震や台風が来たらという不安もよぎる。

それでも大学から遠い内山荘に入居したのは、食事2食が当面出たからである。
この内山荘には9部屋あり理学部3人、工学部4人、教育学部2人でその内5人が1年生だった。
そのアパートの先着住民、2階の一番良い部屋の新入生が横浜翠嵐出身の理学部物理学科の伊藤紀行の部屋だった。

この伊藤の部屋に結構みんなが集まったのは、唯一テレビがあったからでもある。
但し男ばかりで色気がないところで、見るのは精々「11PM(イレブンPM)」というお色気番組ぐらいであった。

その他の新入生は、徳島から来た理学部数学科の桑内、茨城からの工学部情報工学科(J科)の茂木、奈良からの電子工学科(D科)、宮地というメンバーである。

国立二期校というのは理学部、人文学部は京大失敗組が多いが、伊藤は元々医学部志望であった。
一方、工学部は阪大(大阪大学)失敗組が多く、当然、茂木、宮地も阪大組で浪人するのが嫌で、何となく静大に進学してしまったという連中でもあった。

駅弁大学の一期校を蹴って入学した京都洛北高校の浜田(C科)のような人物もいたが、大方この教養部時代というのは、何となく退廃感が漂う雰囲気でもあった。

こんなことで学科をS科としか言えなかった一番ダメ組だったのが、自分だった。

しかし、日本史で静大工学部を受験すると数学以外全問正解を基本とするのに、できない問題があるので絶対に受からないというところで、合格したのだからよしとするべきだろう。
あとで分かったことは、日本史選択で合格した人数は全体の10%に満たず、J科、D科で日本史を選択した受験生はいなかったということだ。

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4月の最後のガイダンスが迫った日曜日の夕刻

「ちょっと ちょっと」と伊藤に深刻そうな顔で呼ばれた。

「ちょっと 占ってもらいたいんだけど・・・」

「なにを占うの」
と疑問をもって二階の階段の奥の部屋に向かったところ

「かわいい娘(こ)を見つけたんだ」という。

「かわいい娘ってだれよ??」
「工学部には一人しかいないし・・・・」

「教育学部はガイダンスも講義場所のちがうしな」
「C棟だったっけ」

テレビを見ていた理学部の桑内に
「理学部に目立った娘はいるか」ときくと
「うんにゃ!!」
「平常運転だよ」
桑内は阿波弁だというが、よく分からない言いぐちである。

「どこなんだい伊藤」
「みんな知らないというぜ!」

「人文学部だ」と伊藤

「え~~人文学部?」

「そんなとこに女の子いたっけ」と突然入ってきた宮地が分かりづらい奈良弁でいう。

「人文学部のガイダンスは教育と同じ日程のはずなんだが」

すると人ごとのように伊藤はすらすらと言う。
「人文学部の人文学科だ」

「人文学科の女の子は全部で3人だけなんだせ」
~と知ったかぶりの茂木。
「いや 書道部に人文がいるんでね~」
「情報元は、」とにやりと言う。

「ミス人文の宇津見か!」

「いや違う」と伊藤。

「名前はわかるんか?」
「名前がわかんねぇと占いようがないぜ!」と俺。

「名前はわかる」
「岸山まりえ~」

「岸山?」
「聞いたことないなぁ」
「ノーマークだな」と茂木。


「きしやま まりえ」
「いとう のりゆき」
と紙に書いて占いだす・・・・

「こういう恋愛感情を占うというのは簡単なんだ」

「このこは自宅通学か?」と聞くと、
「多分そうだろうと思う」と伊藤。

「あんな可愛いこ」
「まだ 誰も手を付けないうちに先鞭をつけないと」
と伊藤は急に深刻なおも持ち

「明日の最後のガイダンスがチャンスだから告白してみたいんだ」

***********(占い)*******************

「まあ お互いに『一目惚れ運』かな」

「告白してもきっと うまく行くと思うよ」

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「で 俺は?」と自分の名前を書き入れて

「ダメだな 無視されているわ」
「桑内は・・・」
「無理だな」
「宮地、茂木も問題外!」

「安心しろよ、ここにいる皆は関係ねぇや!」

「俺たち『みとって』やるからな」と桑内。

「まりえ・・ちゃんとの関係はなぁ」
「長く続くかどうかは、生年月日を調べてもっと詳しく占わないと分かんねぇけどな」と俺

「いや それでいい」と伊藤。

「安心してやってこいや!」とだめ押しで言う。

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1971年4月末のある月曜日。
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どんより曇った日で雨が降りそうである。

今日は多少早めに登校して、その「岸山まりえ」が現れるのをみんなで待つことにした。
伊藤は、教養部B棟の少し高い位置から広場の入り口を見渡して、教養棟に登ってくる学生を監視。

「見ていてやるけど、俺たち 顔わかんねぇんだからな」と桑内。

「分かってる」という顔の伊藤。

「『静大行き(のバス)』だと本部棟だから上の道から来るぜ」と俺。

「下から来るのは確認してんだ」
「一応、上の道も見ておく」と伊藤。

朝も8時30分になると教養部A棟とB棟の間にある掲示板の前の広場は、人だかりで一杯である。
それは、今日の各学部のガイダンスの日程が掲示板に張り出されているからでもあり、殺風景な教室に入るのが嫌だからでもある。
「岸山まりえ」らしい女子学生はいるかと見渡すも、男の中に多少それらしき形は見えない。
すると伊藤が広場の端から離れてこちらにやってくる。

「きた」という顔だ。

伊藤に
「彼女きたか?」
と聞くと、
「いま道を昇ってきたところだから」
「そこにいるよ」

「どこにいる」
と見回しても相変わらず無彩色の世界が広がるだけ。
まして、女の子らしい華やかな色合いの服などない。

「(広場の)入り口のところだ」
「いま誰かと話している、後ろを向いている・・・」と伊藤。

と見ると確かに女子学生らしき人影が2-3人みえる。
しかし、顔はなかなか見えない。

「あの小顔の、髪の毛の長い娘(こ)か??」と近くにいた桑内がめざとく聞くと

そうだと伊藤は、頷く
よく見れば、灰色のニット系の地味なワンピースに同色のピンストライプの上着を羽織っている。
身長は、160センチを少し切るぐらいか、静岡なら平均的なものだ。
しかし、横を向いていて顔は判別できない。

「良く顔を見たか」と桑内に聞くと

「みたよ」という表情。

さっぱり判別ができないうちに、何となくミス自動車部(SUAC)の北原裕子を思い浮かべた。
北原裕子は、一年生なのに「バッチリメイク」だった。

ガイダンスの時間が迫り・・・

「今やるか」とせっつくと

「完全に一人になったら」と伊藤が押さえる。

伊藤の回りに遠巻きに、遠藤先輩、桑内、宮地、茂木と俺。

そのうちにますます始業時間が迫り人並みが動き、「岸山まりえ」の周辺が空いた。

~と「岸山まりえ」が振り向いて、一人B棟の入り口に一歩近づこうと動いた。

岸山の前にいたはずなのに、いつの間にか俺は、後ろ姿を見ている。

伊藤が突然彼女の前に進み出て
「これを読んでください」とメモを渡した。

その瞬間なぜか二人の周りに空間ができて、この出来事には誰も気がつかなかっただろうという一瞬だった。

岸山まりえは、突然のことで驚いたように立ち尽くして伊藤を見上げたが、メモを手提げバックにしまい。
何事もなかったように、その他大勢の学生の波に消えてしまった。

見たところ「岸山まりえ」のそぶりから、結果がどうなるかは見当がつかない。

いずれにせよ、人生の不思議というのを考えるきっかけにはなった。

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まりえ

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