秀吉を討て 武内 涼 (著)を読む
本書は2013年に単行本が出て、文庫版になったのを読んだので「ネタ」バレで書いてみる。
主人公はイケメンの根来忍者、林空。
小説の題名は「秀吉を討て」なのだが、史実上の豊臣秀吉は忍者に暗殺されているわけではないから、この秀吉襲撃は成功しなかったというが結論である。
それで忍者林空は、実は不死身なスーパーマンで襲撃自体いろいろと突っ込みが入れられる展開である。
だから、林空は忍び小屋を出たところで甲賀忍者の鉄砲隊に待ち伏せされて、完全に狙われているのに鉄砲でかすり傷さえ負わない。
甲賀忍者の精鋭が射かけた矢は、全く当たらない。
腹に銃弾を受けても大したダメージを受けず、頭に銃弾が当たってもいつの間にか「脳外科手術」を受けて常人と同様どころかスーパーマンのように戦う。
だから、根来忍者2人は村雲忍者15人をあっという間に切り倒し、秀吉に迫るとか、林空の投げる手投げ弾は第二次大戦の手りゅう弾並の威力があるとか。
その上、食べるものがなくてヨレヨレなのに、元気いっぱいに何人もの甲賀忍者を倒し、使う武器は無限。
あげくのうちに追っ手の首領である甲賀忍者のかっての最高術者、使い手の一人の乱屋小平次を作術に掛けて一刀両断に斬り殺すとかあり得ない状況。
その一方で、甲賀忍者の首領・山中長俊の探索や防御が甘く、そこにつけ込まれ襲撃されるというあり得ないだろうと言うシーンが続く。
秀吉の軍団の真っ只中なのに、反撃もろくにされずに逃げるとか。
東山道の秀吉が進軍するのが分かっている道の怪しげな檜の大木に、秀吉軍の甲賀忍者も警戒するはずの先鋒隊も全く無警戒。
しかも火縄銃を2発撃っているのだが、2発目の用意するにのに火縄銃では3分かかる。
そうであれば2丁火縄銃を用意して、瞬時に撃つのが普通だがそうではない。
3分もあれば、下から矢に射かけられるはずだがそう言うシーンはない。
甲賀忍者の精鋭が140人も守っていて何の反撃もなく、その場は逃げおおせてしまうと言う不思議。
その後に40人もの甲賀忍者に追われるも林空はかすり傷も負わず振り切る。
その他、突っ込みどころがある多い。
どこかでまともな防御や反撃があったら成立しない小説の粗雑さであった。
その一方で気になったのが、解説でも書かれている「作者の思想と理想が示されている」とある。
それは、秀吉の行為を21世紀の基準で批判しているという歴史に対する偏見である。
ルイス・フロイスの秀吉に対する非難をそのまま引用して解説したりもしている。
フロイスは、イエズス会の宣教師であり秀吉は奴隷商売をする宣教師などを嫌悪して伴天連追放令を出している。
こういう人物の記述がどう言う視点で書かれているのか、歴史を見るときには注意すべきだろう。
その他、秀吉の紀州攻めについて後の朝鮮征伐を引き合いに出して非難している。
しかし、紀州は秀吉の暗殺団を組織したり、数々の籠城戦で戦ったりと秀吉に対して反旗を翻していた。
秀吉が皆殺しにするとは言うが、戦っている相手である。
しかも16世紀である。
フランスの宗教戦争は、16世紀であり「サン・バルテルミの虐殺(1572年~1573年)」ではプロテスタントやカルヴァン派が皆殺しにあった時代である。
「ブラッディ・メアリー」 (Bloody Mary) の異名をもつメアリー1世 (イングランド女王)(在位:1553年7月19日~1558年11月17日)も16世紀。
むしろ秀吉の時代にあって、世界水準から見ても無辜の国民を勝手に虐殺するということはなかったから、まだマシだったのではないかとも思われる。
実際に宗教戦争としては島原の乱で、江戸時代初期である。
このときは、世界水準と同じでほぼ全員を処刑している。
実際には、今でもアフリカやウイグル、チベットなどで虐殺は続けられていて筆者が、豊臣秀吉を非難する資格はない。
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