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2017年5月31日 (水)

第69回毎日書道展役員作品出品完了

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毎日書道展の作品が完成して、表具屋に持っていった。

これで出品者としては完了である。

あとは表具屋さんがまとめて6月20日までに出品票、26-27日作品本体を国立新美術館に搬入する。

今年の作品は、今までの作品とは違った趣旨で作成したので思いのほか難しかった。

・・・・というのは、飯島俊城先生に瓦の雅印を作っていただいたのでこれを使って見ようという「印」から出発したからである。

その印は、大きさ27mm角の白文(文字が白く出る)というかなり大きめで目立つもの。

その印を押せる作品というのはどんなものかと思ったのだが、頭が混沌として何も浮かばない。

それだけでなく、墨の状態はどんなものかという要素もある。

その印に負けないだけの墨の強さも必要とはいえ、今年はうっかりして墨作りが遅れてまだ出来ていない。

それで昨年作った墨と2年前に作って失敗してしまった墨を混ぜ合わせて強さを出すことにした。

しかし、墨を混ぜ合わせても実際は大量の墨を使って見ないと全くどんな結果になるか分からない部分がある。

ここは、ある程度の許容範囲を設定して予測する。

作品の構想・・・・???

いつもは漠然としたイメージが浮かんできて、文字を選ぶとそのまま自然と図案が決まる。

そして頭の中に描かれている作品をそのまま書くだけで良い。

そう考えても全く構想が浮かばない。

こんな時は作品集を開いてみる。

近くにあったのが創立65周年記念書道芸術院展作品集。

みればもう鬼籍に入ってしまった先生や書を止めてしまった先生などの作品が並び、書の世界の変遷に驚く。

毎年の毎日書道展作品集を見ると、会員賞、「わたし素敵でしょ」と主張している作品が並ぶ。

そう言う「とり澄ました作品」は参考にはならない。

そうかといって、捲ってみれば自分の作品の失敗作が目に付くから「どん引き」になってしまう。

自分の作品で気に入って額に入れてとってある作品や、賞を取った記念の作品などを思い起こしてみれば「みんな傍観者」の様な作品である。


そこには何も感じられないから記憶に残るという作品でもない。

そうかと言って「気持ち」を込めれば重い作品になるから、「エイヤ」と気持ちを遠くに飛ばすような分身として放つ。

だから現実味がない。

その重い作品というのは、一見何の変哲のないような作品だったりするものの暫くすると「ズシン」という重いものを投げかけてくる。




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青森県八戸の故名久井裕三先生の作品(前衛部門)は、いつも「真っ黒」であった。

時々赤い点があることもあるが、紙が破れたり、墨で縮んだり、寄れたりしていても全て真っ黒。

これは一体何だろう。

「書」が書いてないではないかと何時も観覧者から訝る声が聞こえるようであった。

それであるとき書道芸術院前衛書部の「泊まりがけの研究会」で特別に揮毫してもらったことがあった。

すると作品作りは、何かの言葉を延々と書いて行く。

文字を書いては書いて、塗りつぶして行くわけなので微妙な濃淡が出る。

それでも何回も書いて行く。

だから真っ黒になる。

「なぜ 真っ黒なのですか?」

という質問に
「まだ明かりが見えてこないから」
と。

こんなのが重い作品である。

要するに作品の中に作者の「重たい思い」が込められている。

日展の説明会で
「書は、見て感じて欲しい」、「作者の思いを感じて欲しい」と説明を受けたことがある。

しかし、そういう作品というのはそうそう書けるものではない。

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参考
 名久井裕三遺作展 前衛の根源的な思考
https://mainichi.jp/articles/20160324/dde/014/040/020000c
2016年3月24日

履歴引用
「名久井裕三さんは1924年、八戸市生まれ。和井田要さんに師事。黒潮書道会を創設。2000年、八戸市功労者表彰受賞。毎日書道展名誉会員、書道芸術院参与会員。13年、死去。遺作展が初めての個展となった。約70点。」

 

作品の概要も引用

「紙面のほとんどが真っ黒。白く小さな穴や線、黒いしわ。赤い落款印。「黒の線に白の余白」といった書の常識を真正面から覆す作品群である。」

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実は、身近にその「作者の『重たい思い』」を感じさせる作品を書く先生がいる。

それはさらりと書かれている作品なのだが、絶対に忘れられない。

その「作者の思い」は何かと言えば「作者の泣き笑い」である。

別に言えば、作者の「人生の一ページ」である。

そういえば、故恩地春洋先生の師匠である川崎白雲先生の遺墨展の作品はやはり「ズシン」と重たい感じがした。

それも重くて立ち上がれないくらいもの。

そんなことを考えてと思うが、体重は重いが人間が軽いのでそんなものは書けそうもない。

それで先ず「題」から考える。

なぜか頭に浮かんだのが「蜂」。

それで「蜂」の篆書と偏(へん)と旁(つくり)を考慮して種々展開して行くのだが、やはり「頭が混沌」としてくる。

図案を描いているとますます混沌とした図案になる。

そういえば、蜂が飛んできて追い回されて「混沌」として気になったと考えれば・・・
で作品を書く。

それで題名は「混沌」いや元々「蜂」だから似ても似つかぬ「蜂」になった。

そして、そもそもが「大きさ27mm角の白文の印」のためだから何とか収まった。

たとえどんなに良くできたと自負しても、どうせ会員賞の候補にもならない。

毎日書道展関連の推薦作家も既に次世代になったから、群馬県展では今でも「若造」の扱いなのに書道芸術院では、「老人」の扱い。

しかし、よく見れば小生などより上の後期高齢者が中心になって大活躍している。




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