« 2017年4月 | トップページ | 2017年6月 »

2017年5月

2017年5月31日 (水)

第69回毎日書道展役員作品出品完了

11


毎日書道展の作品が完成して、表具屋に持っていった。

これで出品者としては完了である。

あとは表具屋さんがまとめて6月20日までに出品票、26-27日作品本体を国立新美術館に搬入する。

今年の作品は、今までの作品とは違った趣旨で作成したので思いのほか難しかった。

・・・・というのは、飯島俊城先生に瓦の雅印を作っていただいたのでこれを使って見ようという「印」から出発したからである。

その印は、大きさ27mm角の白文(文字が白く出る)というかなり大きめで目立つもの。

その印を押せる作品というのはどんなものかと思ったのだが、頭が混沌として何も浮かばない。

それだけでなく、墨の状態はどんなものかという要素もある。

その印に負けないだけの墨の強さも必要とはいえ、今年はうっかりして墨作りが遅れてまだ出来ていない。

それで昨年作った墨と2年前に作って失敗してしまった墨を混ぜ合わせて強さを出すことにした。

しかし、墨を混ぜ合わせても実際は大量の墨を使って見ないと全くどんな結果になるか分からない部分がある。

ここは、ある程度の許容範囲を設定して予測する。

作品の構想・・・・???

いつもは漠然としたイメージが浮かんできて、文字を選ぶとそのまま自然と図案が決まる。

そして頭の中に描かれている作品をそのまま書くだけで良い。

そう考えても全く構想が浮かばない。

こんな時は作品集を開いてみる。

近くにあったのが創立65周年記念書道芸術院展作品集。

みればもう鬼籍に入ってしまった先生や書を止めてしまった先生などの作品が並び、書の世界の変遷に驚く。

毎年の毎日書道展作品集を見ると、会員賞、「わたし素敵でしょ」と主張している作品が並ぶ。

そう言う「とり澄ました作品」は参考にはならない。

そうかといって、捲ってみれば自分の作品の失敗作が目に付くから「どん引き」になってしまう。

自分の作品で気に入って額に入れてとってある作品や、賞を取った記念の作品などを思い起こしてみれば「みんな傍観者」の様な作品である。


そこには何も感じられないから記憶に残るという作品でもない。

そうかと言って「気持ち」を込めれば重い作品になるから、「エイヤ」と気持ちを遠くに飛ばすような分身として放つ。

だから現実味がない。

その重い作品というのは、一見何の変哲のないような作品だったりするものの暫くすると「ズシン」という重いものを投げかけてくる。




******************************
青森県八戸の故名久井裕三先生の作品(前衛部門)は、いつも「真っ黒」であった。

時々赤い点があることもあるが、紙が破れたり、墨で縮んだり、寄れたりしていても全て真っ黒。

これは一体何だろう。

「書」が書いてないではないかと何時も観覧者から訝る声が聞こえるようであった。

それであるとき書道芸術院前衛書部の「泊まりがけの研究会」で特別に揮毫してもらったことがあった。

すると作品作りは、何かの言葉を延々と書いて行く。

文字を書いては書いて、塗りつぶして行くわけなので微妙な濃淡が出る。

それでも何回も書いて行く。

だから真っ黒になる。

「なぜ 真っ黒なのですか?」

という質問に
「まだ明かりが見えてこないから」
と。

こんなのが重い作品である。

要するに作品の中に作者の「重たい思い」が込められている。

日展の説明会で
「書は、見て感じて欲しい」、「作者の思いを感じて欲しい」と説明を受けたことがある。

しかし、そういう作品というのはそうそう書けるものではない。

*************************************************
参考
 名久井裕三遺作展 前衛の根源的な思考
https://mainichi.jp/articles/20160324/dde/014/040/020000c
2016年3月24日

履歴引用
「名久井裕三さんは1924年、八戸市生まれ。和井田要さんに師事。黒潮書道会を創設。2000年、八戸市功労者表彰受賞。毎日書道展名誉会員、書道芸術院参与会員。13年、死去。遺作展が初めての個展となった。約70点。」

 

作品の概要も引用

「紙面のほとんどが真っ黒。白く小さな穴や線、黒いしわ。赤い落款印。「黒の線に白の余白」といった書の常識を真正面から覆す作品群である。」

****************************************************

 

実は、身近にその「作者の『重たい思い』」を感じさせる作品を書く先生がいる。

それはさらりと書かれている作品なのだが、絶対に忘れられない。

その「作者の思い」は何かと言えば「作者の泣き笑い」である。

別に言えば、作者の「人生の一ページ」である。

そういえば、故恩地春洋先生の師匠である川崎白雲先生の遺墨展の作品はやはり「ズシン」と重たい感じがした。

それも重くて立ち上がれないくらいもの。

そんなことを考えてと思うが、体重は重いが人間が軽いのでそんなものは書けそうもない。

それで先ず「題」から考える。

なぜか頭に浮かんだのが「蜂」。

それで「蜂」の篆書と偏(へん)と旁(つくり)を考慮して種々展開して行くのだが、やはり「頭が混沌」としてくる。

図案を描いているとますます混沌とした図案になる。

そういえば、蜂が飛んできて追い回されて「混沌」として気になったと考えれば・・・
で作品を書く。

それで題名は「混沌」いや元々「蜂」だから似ても似つかぬ「蜂」になった。

そして、そもそもが「大きさ27mm角の白文の印」のためだから何とか収まった。

たとえどんなに良くできたと自負しても、どうせ会員賞の候補にもならない。

毎日書道展関連の推薦作家も既に次世代になったから、群馬県展では今でも「若造」の扱いなのに書道芸術院では、「老人」の扱い。

しかし、よく見れば小生などより上の後期高齢者が中心になって大活躍している。




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月29日 (月)

お寒い限りの書道を始めて35年経って思うこと

10


公募の書道展に出品してもう35年くらいにはなる。

書歴には学生時代の「書写」の時代は入れないが、関わりと考えれば40年以上になる。

それで師承が亡くなってから25年位経っていることに気づいて愕然とする。

明治の時代に生まれ育った師承の時代と、昭和の高度成長期にギリギリ間に合わなかった世代。

そして平成の今の子供たちを見ると、それこそ隔世の感がある。

1980年代、公共のカルチャースクールなどは大盛況で、書道も絵画も応募を断る方だった。

それが5-6年で閑古鳥が鳴くようになり、やがて講座そのものがなくなった。

今となっては笑えるが、FAXが最先端で業務用FAXが50万円もした頃である。

その頃から「ワープロ」が流行し始め、あっという間にパソコンになり平成の時代の子供はスマホになった。

パソコンが流行る前、漢字を覚えるのが難しいから「減らそう」と言う動きもあった。

しかし、パソコンになるに当たって「漢字」というのは非常に読み書きに便利でますます難しい漢字も使われるようになった。

こういう変遷で、書道(書写)というのが学校の現場から徐々に排除され特にパソコン時代に教育を受けた人は、書道(書写)に忌避感が多い様である。

・・・と言うより書が書けない。

***************************

また世間一般でも(芸術としての)書道と(学校で教える)書写との区別が付かない情報弱者の前橋高校のOBがいて、6年前の展覧会で散々非難を浴びた。

こういう人物に何を話しても「問答無用」と全く理解しようとしないのは、どこか「某国」に人間そっくりであると最近の読んだ本からそう思う。

そういうことに関して米倉大謙先生(筆心会書展に展示あり*当時は群馬大学学芸学部助教授)はどんなものだったかと50年以上前を思い出してみる。

それは現在の群馬教育書道展(一般社団法人 群馬県書道協会)という、小生も審査員(会員)に名を連ねる展覧会を見に行ったときのことである。

その時は公立の中学生か小学生の頃。

階段付近で、小柄なハンチング帽子の男の人と、いかにも附属小学校(群馬大学学芸学部)の児童と思われる制服とバッチの小賢しいグループに会った。

この附属小学校児童というのは、かなり生意気で俺たちは「附属だ」という顔と態度をしているので嫌いだった。

附属中学の生徒も、公立中学の生徒を見下した態度で「この野郎」と思ったこともあったが逢わないようにしていた。

それが前橋高校の制服を着るようになったら、この附属中学の生徒も何か「コソコソ」した態度になったから制服の威力は面白い。

ちなみに、群馬大学教育学部附属高校はない。

その「小柄なハンチング帽子の男の人」とは、後に付いていったら米倉大謙先生と知った。

その小賢しい(こざかしい)児童は、「先生これはなんですか?」と「推薦」という賞名の作品を指さして叫ぶ。

児童「これは何ですか? 先生」

米倉大謙先生「横堀先生のところかな?」「あっ違うか!」

児童「こんなのもあるのですか?」

米倉大謙先生「そういうのもある。」

そしてその半紙作品がどんなものだったかは、全く覚えていない。

しかし、当時の自分でも「書写」の文字ではなかった位しか分からなかった。

中学一年の正月の競書大会。

会場に行くと、回り中は手本を出して何かの文字一生懸命練習をしている。

それが何か知らないのは一緒に行った小林孝君と見知った生徒。

それで書く「題」が出されて、手本を仕舞いなさいという試験管の声で、手本が「題」そのものだったことに気がついて、それ以降興味が薄れてしまった。

「題」が分からないはずの書道の競書の世界にも不合理がある。

***********************************************************

近年は、スマホ時代になったから書道人口の減少が収まらない。

明治時代、かなの故大沢竹胎先生は弟子が1,000人いて、人力車を教場の外に待たせて何件かの教場を毎日廻って教えていたという。

それが何か身体を悪くしたか、突然止めしてしまったという話を師承の横堀艸風先生から聞いたことがある。

大沢竹胎先生は、書家としては早死にの方で余り弟子が残っていない。

残っているのは、今で言う「近代詩文」で少数である。

特に、「カリスマ」の書家の大先生が亡くなると「どさっと」展覧会に出品しなくなるというか書道を止めてしまう人が多い。

東北の方でこの「カリスマの書家の大先生」が亡くなって、いつも年賀状が届いていた先生に年賀を出すと、返事に「書道は止めました」とあったりする。

書家も高齢になれば亡くなるのは当たり前としても、その先生に次ぐNo2の先生に同じカリスマ性がないと危機的な状況になる。

うちの横堀艸風門下・艸玄会は、先生が亡くなったあと何とか半数の脱落で済んだ。

後に大島佳水先生から、艸玄会は県展(審査)委員が沢山(10人程度)いたから持ったがうちは大変だったと言われたことがある。

それでも県展(審査)委員のほとんどが既に鬼籍に入ったり引退したりして、新たに委員になったひとを入れて多少残っている程度になった。

時は移って横堀艸風門下の直弟子は全て県展(審査)委員にはなったが、当番審査員が廻ってくるかは定かではない。

既に弱小社中になってるので、当番審査員も「会長を無視して」直接会員に接触してくると言う「手」が入ってしまっている。

これで先が見えたとはお寒い限りである。




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

詳しくはこちらを参照 icon

2017_5_25


詳しくはこちらを参照 icon ---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月28日 (日)

第69回毎日書道展・公募鑑別審査始まる

4


平成29年5月26日より毎日書道展公募鑑別審査が始まった。

この鑑別とは、入落であって審査員の半分以上の手が上がらないと「落選」という厳しい審査である。

中には誰も押す人がいなくて「0」点という事例も多々あると言うから心して作品を作らなくてはなるまい。

その初日、書道芸術院の「第69回毎日書道展当番審査員及び事務局役員」懇親会が六本木で開催された。

毎日書道展事務局役員も5年ぶりで、昨年まで毎年春から夏にかけて足が痛くて歩けなかったから役が回ってこなくて丁度良かった。

それで10年くらい事務局役員をやっていて、こういう懇親会というのは初めてである。

東京都美術館で毎日書道展が開催された頃は、陳列の時に都美のレストランで毎回宴会(無料)があった。

国立新美術館に移ってからも、2-3年は陳列終了後に近くのホテルで宴会があった。

その後には懇親会と言っても、会費制の自腹で段々ショボくなった。

これもご時世で、20年以上前に書道芸術院の事務局委員になっていたときは、結構豪華なものだった。

それが年々寂しくなって、10年以上経ったら呼ばれなくなったので今はどうしているのかは分からない。

1


3



それは兎も角も、今回の懇親会には事務局役員の末席ながら4,000円会費を払って参加してみた。
席の前は名越蒼竹先生、牧 泰濤先生で、全く話していることが見えてこない。

山陰支局?

名越蒼竹先生は、鳥取県。

牧 泰濤先生は、大分県だから。

出席者は、おおよそ30人。

当番審査員、事務局役員を入れると50人くらいとは言え全員26日に在京しているわけではない。

当番審査員の先生でも出席していない先生もいるというより、翌日27日も審査があるわけで、通いできていれば参加できないわけだ。

5


何となく話が見えてこない居心地悪い中を耐えて20時。

慌てて、六本木ヒルズの隣の地下鉄日比谷線六本木駅に駆け込んで東京駅へ。

そして、予定どおりの新幹線に乗り込んで帰ってきた。

6


2

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-26 16:33:19 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 14mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: ƒ/3.5
露出時間: 0.0080 秒 (1/125)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

それでも六本木の富士フィルムスクウェアに行って、カメラの操作方法やレンズについて説明を受けてきたから多少成果はあった。

7

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-26 16:39:27 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 17mm (35mm 換算焦点距離: 34mm)
絞り値: ƒ/3.7
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

それにしても富士フィルムスクウェアのブースにいた、お化粧で真っ白のコンパニオンの様な担当者。

単なる案内係かと思ったら、カメラの詳細に説明をしてくれて驚いた。






1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

詳しくはこちらを参照 icon

2017_5_25


詳しくはこちらを参照 icon ---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月27日 (土)

第30回筆心会書展 を観覧

1


前橋市民文化会館大展示ホールで標記の第30回筆心会書展(米倉謙心会長)が開催されている。
会期は、平成29年5月27日(土)~29日(月)まで、10時~17時(16時)。
筆心会は、故米倉大謙(元群馬大学名誉教授)を祖とする書団である。
東京銀座で開催された秀華書展(第52回日本書道美術院)に久保田香林先生が顧問の資格で出品されているように、毎日書道展系、日本書道美術院の系譜である。

23



2


従って、展覧会会場には「かな」の作品も数多くありもバラエティに富んだ展覧会であった。
また、米倉大謙先生の遺墨、米倉謙心、久保田香林、栗原江葉、桑原推昂先生など群馬を代表するような作家の作品が展示されている。

3


4


5


7

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-27 14:30:52 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 26mm (35mm 換算焦点距離: 52mm)
絞り値: ƒ/4.2
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 1250
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

8


9


11



10


12


14


16

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
撮影日時: 2017-05-27 14:41:07 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 18mm (35mm 換算焦点距離: 27mm)
絞り値: ƒ/2.8
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


13

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-G7
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-27 14:38:42 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 55mm (35mm 換算焦点距離: 110mm)
絞り値: ƒ/5.1
露出時間: 0.013 秒 (1/80)
ISO 感度: 3200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

6


15


17


18


19


21


22


20


24





1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

詳しくはこちらを参照 icon

2017_5_25


詳しくはこちらを参照 icon ---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年5月26日 (金)

大江健三郎「セヴンティーン」の時代

Jomo5_252


************************************************
「セヴンティーン」、大江健三郎の鏡に映った対極の姿
************************************************

地方新聞に「『禁断の作品』書籍化」という記事があった。

 

その禁断の作品とは、「セヴンティーン」(1961)の続編で「政治少年死す」である。

 

大学に入ったき、まだ70年安保の余韻も残って1970年では東北大学で学期末定期試験がロックアウトで出来なくなった。

 

その時、大学側が取った措置は全員留年、翌年の入学試験は中止だった。

 

そう言う中で学生運動に関わらなかったのは、大江健三郎の「セヴンティーン」のお陰である。

*************************************
当時の大学のクラスメイトに「セヴンティーン」を読んだかと聞くと、聞いた学生は一様に読んだという回答を得た。

しかも、大江健三郎の唯一の代表作という話もあった。

その続編は?

「政治少年死す」は、元の大江健三郎に戻ったから「読む価値はない」という結論だった。

***************************************

 

大江健三郎の「セヴンティーン」を読んだのは高校二年の17歳の頃である。

 

時は1968年、70年安保で大学がそろそろ荒れ始めその影響が高校レベルまでヒタヒタと迫ってきたのが肌で感じる時代。

 

東京都立竹早高等学校に機動隊が導入され、占拠していた生徒を排除するというWikipediaにも載っていない事柄が有名になったころである。

 

その中で17歳の自分としてはどう言う位置づけに置けば良いかと言うことの模索をしていた。

 

大江健三郎の著作は、大学受験に向けて担任教師(鎧塚)にどう言う本を読んだら良いのかと問うたらこの名前が出てきた。

 

それで「死者の奢り」・「飼育」・「芽むしり仔撃ち」などを読んだが、「悪文」の代表のようなものでセンテンスが何行にも及ぶ。

 

この書き方で小論文を書いたら間違いなく良い点数は付かない。

 

国語教師の先生(東大卒)は、小林秀雄の文体が好きだとのたまっていた。

 

しかし、小林秀雄は東大卒だったからのではないかと訝っていた。

 

なぜなら、小林秀雄の文章も悪文で主語述語などをあちこちにひっくり返して、単に分かりにくくしているだけ。

 

こういうものも入試対策として読んでいるのだから全く無意味であった。

そう言う中で日本文学全集にあった、「セヴンティーン」。

今は単行本の中に収録されているが、当時は見つからなかった。

この「セヴンティーン」という小説は、本当に大江健三郎が書いたのであろうかと思うほど平易で大江健三郎らしくない小説であった。

端的には、文体から登場人物まで大江健三郎とは対極にいる。

だから大江健三郎を鏡に映して、全く正反対の人物を表現したのかもしれない。


小説の時代は1960年安保のころとはいえ、1970年のいわゆる新左翼のいう日本には自衛権はない、自衛隊は違憲だから解体しろとか。

北朝鮮賛美もまだあった。

在日朝鮮人の帰還事業が1967年第155次の帰還船を最後に中断とWikipediaにあり、
すでに北朝鮮の実態が明らかになった時でもある。

新聞マスコミは、共産主義を賛美して自衛隊への嫌悪か、自衛隊の活躍を一切報じない姿勢を徹底的に貫いていた時代。

小説「セヴンティーン」の主人公が言う現実は至極まっとうで、何かに浮かされたような当時の学生運動家とは対極であった。

これで密かに心の中で思っていたことは間違いなかったと確信したものである。

大江健三郎氏は、当時の北朝鮮を賛美していたような人物である。

(1965年、「北朝鮮賛美」大江健三郎『厳粛な綱渡り』(文藝春秋新社)が刊行)

その鏡を通した姿というのが、今で見れば正に正しかった。


Jomo5_253


このことは今でも延々と違いはなく、彼らが言っている「民主主義」も「言論弾圧」も「自由」も全て言葉の意味が違う。

その言葉をそのまま鏡に映して、その鏡に映った言葉が我々に正しい意味を教えると言うことがわかる。

「共謀罪」と騒いでいる人たちを「市民」と新聞は書くのだが、なぜ国民と書かないのか

要するに「市民」とは「市民団体」であって、ある特定の政治団体である。

通称「プロ市民」と言うらしいが、普通の市居の国民とは違う。

先日「昭和46年に東京・渋谷で警察官を殺害したなどとして指名手配されている男」らしいという中核派の活動家が捕まった。

40年以上も潜伏していたと言うことは、その支援組織がある蓮でこういう支援組織は「普通の市居の国民」ではない蓮である。






1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

詳しくはこちらを参照 icon

2017_5_25


詳しくはこちらを参照 icon ---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月24日 (水)

Panasonic LUMIX DMC GX8の設定の一例

7classic45


**********************************
LUMIX DMC GX8概要と目的
**********************************

LUMIX DMC GX8は、LUMIX DC-GH4と並ぶLUMIX系の2トップのハイエンドカメラである。

今はLUMIX DC-GH4は、GH5という高価なカメラになっているとはいえ、GX系はGX8の上位機が発売されていないからトップということになる。

それで前回は、「背面液晶やEVFの調整」について書いた。

しかし、それでは思ったような写真は撮れない。

その思ったような写真というのは、記憶色によるものである。

実際の風景や情景などは実のところくすんで暗い。

それが記憶色になると明るく鮮やかなものになる。

実際に室内の情景をホワイトバランスを調整して撮影して、その後にモニターで見ると実に暗くて写りが悪く見える。

それをAWB(オートホワイトバランス)で撮ると、実際の情景より明るいがモニター上では正常に見える。

これが昼間の炎天下だったりするとまた違ってきたりする。

ここでPanasonic系は、屋外の順光では正確なAWBになったりするのだが一端くらい場所、室内になると極端に彩度が落ちる。

これは実際にそうなのだから正確と言えば正確である。

しかし、記憶色というところから見ると「汚い」色になる。

こういうところはCanon製品が上手く、多くのユーザーの支持するところである。

また、FUJIFILM系は、紙に印刷するという元々のフィルムの考え方からか、室内でも「明るく」なるようなホワイトバランスになる。

但し、カメラの傾向は、初心者用からある程度のハイエンドになるにつれてかなり違う。

端的には、初心者用カメラの方が彩度か高い。

FUJIFILM系だとXA-1(3)とかのEVFのないものは彩度が高く、X-T2になると多少低くなる。
また、X-T1とX-T2系でもCMOSの違いから多少異なる。

今回は、LUMIX DMC GX8設定の一助として、GX8の画質についてどの様にするのが良いのかを検討してみる。

***************************
LUMIX DMC GX8設定目次
***************************

1)LUMIX DMC GX8のAWB(オートホワイトバランス) の違い

LUMIX DMC G7、LX100などと比べる。

2)LUMIX DMC GX8の画質設定で「FUJIFILM X-T20/レンズ: XF23mmF2 R WR」
と比べる。

●X-T20-Auto設定
●X-T20-画質設定・ベルビア+

3)LUMIX DMC GX8設定の考察

**************************************
LUMIX DMC GX8設定
1)LUMIX DMC GX8のAWB
**************************************


AWB(オートホワイトバランス)を見るに当たって、屋外では分かりにくいのでカメラの設定では「太陽光」の設定になる道具を選んだ。

室内写真用の用紙と写真用照明で擬似的に太陽光のような配色になり、カメラも普通は「太陽光」のホワイトバランスになるもの。


Gx8awb7

★DMC-LX100の作例を見ると雀の「白」が白く描写されていることが分かる。

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-LX100
焦点距離: 21.3mm (35mm 換算焦点距離: 47mm)
絞り値: ƒ/2.6
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


Gx8awb1

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 28mm (35mm 換算焦点距離: 56mm)
絞り値: ƒ/4.3
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 800
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


★LUMIX DMC GX8のAWBでは、モデルの雀が「黄色く」バックの用紙の色は正確な色が出ている。

Gx8awb2

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 55mm (35mm 換算焦点距離: 110mm)
絞り値: ƒ/5.1
露出時間: 0.0080 秒 (1/125)
ISO 感度: 2000
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: マニュアル
光源: 晴天

ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

★LUMIX DMC GX8でホワイトバランスを「太陽光」に設定するとLX100と同じようになる。

Gx8awb5

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-G7
レンズ: LUMIX G VARIO 14-
140/F3.5-5.6
焦点距離: 46mm (35mm 換算焦点距離: 92mm)
絞り値: ƒ/4.9
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 1600
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

★LUMIX DMC G7のAWBは、LX100のAWB、GX8の太陽光に似ている。

Gx8awb4


これによってLUMIX DMC GX8のAWBは、多少独特で他の機種に比べて若干彩度が低いのではないかという感じがある。

この中でDMC-LX100が一番彩度が高いので調整が必要であろう。       

**********************************************
2)LUMIX DMC GX8の画質設定で「FUJIFILM X-T20/レンズ: XF23mmF2 R WR」
と比べる。
●X-T20-Auto設定
●X-T20-プログラムP+画質設定・ベルビア+
***********************************************


★★画質は、Lightroom 5.7.1で縮小するために多少現像しているのでご容赦。

またも全く同じ条件ではなく、その時の最適な設定をしている。

 

LUMIX DMC GX8の画質設定は、

Gx8awb3


ヴィヴィット
コントラスト+1
シャープネス+1
NR ノイズリダクション0
彩度+2

●ほとんど同じようになったが、X-T20-Auto設定は彩度が低い。シルビア

7classic2

カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 15mm (35mm 換算焦点距離: 30mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.0040 秒 (1/250)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート

7classic5

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0056 秒 (1/180)
ISO 感度: 400
露出補正値: +0.33 EV
測光方式: マトリックス
露出: 風景
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


 

●X-T20では、赤の色がよく出なかった。

7classic19

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 15mm (35mm 換算焦点距離: 30mm)
絞り値: ƒ/7.1
露出時間: 0.0031 秒 (1/320)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.33 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


7classic24

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0040 秒 (1/250)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: 風景
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

●X-T20では、黄色の色が違う。測光が違う。


7classic27

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 19mm (35mm 換算焦点距離: 38mm)
絞り値: ƒ/10.0
露出時間: 0.0016 秒 (1/640)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic28

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.0008 秒 (1/1250)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

●X-T2では表面の白に惑わされる????。カルマンギア

7classic9

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 19mm (35mm 換算焦点距離: 38mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0020 秒 (1/500)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic14

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0016 秒 (1/640)
ISO 感度: 400
露出補正値: -0.33 EV(失敗)
測光方式: マトリックス
露出: 風景
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


************************

●X-T20-画質設定・ベルビア+
カルマンギア X-T20は鮮やか。

7classic32

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 19mm (35mm 換算焦点距離: 38mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0025 秒 (1/400)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic35

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.0018 秒 (1/550)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


 

●あまり変わらないものも MG 

7classic25

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
焦点距離: 14mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.0031 秒 (1/320)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic26

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.0040 秒 (1/250)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

*****************************
3)LUMIX DMC GX8設定の考察
*****************************

被写体が車の場合、デジタルカメラだと上手く行かないことが多い。

 

今回は、クラシックカーでアーケードの中なので余りそう言うことはない。
(昔の銀塩カメラでは写らないこともあった。)

 

LUMIX DMC GX8Hと「FUJIFILM X-T20/レンズ: XF23mmF2 R WR」では、X-T20がAuto設定であった。

 

それで同じ条件では撮っていない。

 

それというのは、それぞれのカメラでその時最適と思われた設定で露出補正をしている。

その理由は、Panasonic系はアンダー気味で、FUJIFILM系はオーバー気味であることから多少合わせたということもある。

これもEVFなどの調整の賜物である。

 

それでもキットレンズを使ったLUMIX DMC GX8の方が良かった。

これはGX8が独特なAWBであるということも影響があるかもしれない。

 

後半にプログラムに切り替えたところ、妙なことはなくなったので「Auto設定」の弊害だろう。

 

今回の場合、クラシックカーと言うことで派手に再塗装してあったりしてLUMIX DMC GX8の派手目の設定(お祭り仕様)が良かった感じがある。

これはシーンによって、ナチュラルを使ったりするのが良いかもしれない。




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月23日 (火)

群馬書道大賞受賞者作家・亀井祥齋・柳井和翠二人展

1


一般社団法人・群馬県書道協会・相談役の亀井祥齋、柳井和翠先生の二人展が高崎信用金庫本店ギャラリーで開催されている。

会期は平成29年5月23日(火)~6月23日(金)まで。
午前9時30分~16時の高崎信用金庫本店営業時間内

亀井祥齋先生は、平成9年群馬書道大賞受賞

柳井和翠先生は、平成14年群馬書道大賞受賞

と言うことで、20年の時の経つのも早い。

それで妙義山麓美術館で亀井祥齋先生が群馬書道大賞受賞記念の個展をしたときに行ったような気がするものの良く覚えていない。

Pdvd557



亀井祥齋先生は、平成9年群馬書道大賞受賞

2


3


4


5


6


7


8


9

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
撮影日時: 2017-05-23 15:17:42 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 23.3mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/3.2
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 500
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: はい (オート, リターン検出)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

10


11

カメラメーカー: SONY
カメラモデル: ILCE-6000
レンズ: E PZ 18-105mm F4 G OSS
撮影日時: 2017-05-23 15:19:03 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 25mm (35mm 換算焦点距離: 37mm)
絞り値: ƒ/4.0
露出時間: 0.017 秒 (1/60)
ISO 感度: 320
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: はい (オート, リターン検出)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


柳井和翠先生は、平成14年群馬書道大賞受賞

1_2


2_2


3_2


11_2


4_2


5_2


6_2


7_2


8_2


9_2


10_2








1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

詳しくはこちらを参照 icon

2017_5_25


詳しくはこちらを参照 icon ---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月21日 (日)

前橋クラシックカーフェスティバル2017を観覧

7classic29


前橋市の広報で告知されていた標記のクラシックカーフェスティバルが2017年5月21日(日)11時より開催された。
場所は、「前橋市通りアーケード商店街・弁天通りアーケード・中央イベント広場」。

クラシックカーフェスティバルは、2016年も開催されて昨年も写真を撮ってきている。

今年は、カメラテストを兼ねて2台のカメラで撮影してみた。

特に4月末に中古で購入したPanasonic LUMIX DMC GX8Hの試写が中々できていなくてカメラの調整に手間取っている。

そもそもLUMIX系は動画を主にしていて、静止画は時々撮ると言うものだから実を言えば余り使っていないのが実情である。

それでも折角LUMIX系の2トップのハイエンドカメラを買ったのだから、どうしても使って見ようという○○根性である。

7classic1


背面液晶やEVFの調整は前回書いた通りだが、画質の設定ができていなかった。

古い機種のLUMIX G6を調べたら何か調整してあったらしいのだが、調整の仕方すら忘れていた。

だからLUMIX系の調整は、全てやり直さなければならない羽目になった。

この画質調整は「紙の取扱説明書」には載っていなくてPDF版の「取扱説明書・活用ガイド」なので結構見落とすことが多い。

詳しくは、Panasonic LUMIX GX8の試写で説明するとして、例えばLUMIX GX8の「ビビッド」はLUMIX G7やLX100に比べて彩度が低く調整は多少異なってくるようである。


LUMIX系で、彩度を強めに設定するというのは低輝度になると極端に彩度が落ちる傾向にあって、この点はCanonやFUJIFILMに比べて大きく劣る点である。


雨上がりなどが大得意なCanonや薄曇りでも発色がよいFUJIFILMと言うようには行かない。


SONYは、これはどこでも画質補正をするので必ず撮れているというカメラである。

それでもこういう晴れた日は、LUMIX系は得意なので画質調整の具合を点検してみたというわけ。

しかし、気合いを入れて

7classic7


7classic8


7classic15

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
撮影日時: 2017-05-21 11:31:02 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0029 秒 (1/350)
ISO 感度: 400
露出補正値: -0.33 EV
測光方式: マトリックス
露出: 風景
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)


7classic9

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-21 11:27:46 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 19mm (35mm 換算焦点距離: 38mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0020 秒 (1/500)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic24

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
撮影日時: 2017-05-21 11:36:39 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0040 秒 (1/250)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: 風景
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

FUJIFILM X-T20+XF23mmF2 R WRを持っていたのだが、電源スイッチとAutoのスイッチを間違えて操作した。

7classic17


7classic23

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
撮影日時: 2017-05-21 11:35:59 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0020 秒 (1/500)
ISO 感度: 400
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: 風景
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)



そのために半分Auto(ランドスケープモード)、要するにフィルムシミュレーションを使っていなかった。

7classic26


7classic20


7classic21

7classic43


それでPanasonic LUMIX GX8Hに勝てるはずだったのだが、ランク負けした。

レンズもF8.0位だと折角のF2でも差というものも付かないので、無理せずズームにすれば良かったという感じであった。


7classic30


7classic31


7classic22


7classic38


7classic39

カメラメーカー: FUJIFILM
カメラモデル: X-T20
レンズ: XF23mmF2 R WR
撮影日時: 2017-05-21 12:10:13 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 23mm (35mm 換算焦点距離: 35mm)
絞り値: ƒ/5.6
露出時間: 0.0045 秒 (1/220)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic42

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-21 11:54:50 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 24mm (35mm 換算焦点距離: 48mm)
絞り値: ƒ/6.3
露出時間: 0.0050 秒 (1/200)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

7classic41





1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月19日 (金)

第12回 書峰会展を観覧

Shoho20177


標記の第12回書峰会展がベイシア文化ホール展示室で開催されている。
会長・都丸鵞峰先生
会期は平成29年5月19日~21日。
書峰会は、故荒井徳峰先生が会長で競書誌「赤城書の友会」などで有名で、旧富士見村を中心にする書団体である。

Shoho201713



今回の展覧会では、前会長の故荒井徳峰先生の遺墨や旧富士見村の鈴木せつ子(慧雪)先生、星野紫山先生、片貝幸信先生の作品などの賛助作品も展示されている。
出品者は遺墨、賛助作品等を含めて46名、一人3点以上の出品で凡そ155点であった。

Shoho201715


Shoho201714


Shoho20171


Shoho20179

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-19 14:58:21 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 17mm (35mm 換算焦点距離: 34mm)
絞り値: ƒ/3.7
露出時間: 0.010 秒 (1/100)
ISO 感度: 200
露出補正値: +0.66 EV
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

Shoho201716


Shoho20174

カメラメーカー: Canon
カメラモデル: Canon EOS M3
レンズ: EF-M18-55mm f/3.5-5.6 IS STM
撮影日時: 2017-05-19 14:27:58 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 55mm
絞り値: ƒ/9.0
露出時間: 0.0013 秒 (1/800)
ISO 感度: 100
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
色空間: sRGB
GPS 位置: undefined, undefined
クリエイター: syuun
著作権: arai_don
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

Shoho201718


Shoho20176


Shoho20175


Shoho20178


Shoho201710


Shoho201711


Shoho201712


Shoho201717


Shoho20172

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-19 15:08:41 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 14mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0016 秒 (1/640)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)

Shoho20173

カメラメーカー: Panasonic
カメラモデル: DMC-GX8
レンズ: LUMIX G VARIO 14-140/F3.5-5.6
撮影日時: 2017-05-19 15:09:31 (タイムゾーン情報なし)
焦点距離: 14mm (35mm 換算焦点距離: 28mm)
絞り値: ƒ/8.0
露出時間: 0.0020 秒 (1/500)
ISO 感度: 200
露出補正値: なし
測光方式: マトリックス
露出: プログラム (オート)
ホワイトバランス: オート
フラッシュ使用: いいえ (強制)
ソフトウェア: Adobe Photoshop Lightroom 5.7.1 (Windows)




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月18日 (木)

「大学入試センター試験」はいっそのこと全面廃止にしては

Tago2


平成32年度に大学入試センター試験から「大学入学共通テスト(仮称)」に衣替えするという。
2016年3月には「高等学校基礎学力テスト」とか言って結果は複数段階で表示し、年数回受けられるという事実上の大学入試センター試験が廃止される筈であった。
読売新聞から引用
「従来のマークシート式のほか、国語と数学で記述式問題を取り入れる。

英語は実用英語技能検定(英検)など民間の資格・検定試験を導入するが、20年度からの全面導入案と、23年度まではセンター作成の問題と併存させる2案を示した。

大学、高校関係者や一般の意見を聞いた上で6月にも実施方針を確定させる。」

「新テストは、知識重視から、思考力、判断力、表現力重視に転換し、答えのない課題に取り組んで解決を図ることができる人材を育成するのが狙い。」

と言うわけで、大学入試センター試験のマイナーチェンジと囁かれている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20170516-OYT1T50021.html

「2015年度名古屋大学学生論文コンテスト 佳作」
なぜセンター試験は廃止されるのか 大学入試改革について」


について読むと
「1979年に始まった共通第1次学力試験から名称を変え、大学入試センター試験は1990年に始まった。」とあって、「共通一次試験」がどの様に始まったのかは全く理解していないようだ。

この「共通一次試験」という下地があって「大学入試センター試験」になるのであって、センター試験から述べて行くと非常に曖昧な結論になる。
だからこの論文を読んで「結論は何」ということで起承転結の結論が曖昧なのである。

「大学共通第1次学力試験」のウィキペディアを見ると「入試問題の難問・奇問の出題をなくし『入試地獄』を緩和するという目的で導入が決定された。」としか書いていない。

既に「大学入試センター試験」でも「奇問」や間違い、「思想的な偏向問題」など昔の大学入試に見られる問題点も少しずつ出て来た。
確かに小生が大学を受験した頃は、「難問」と言うのが多かった。
それは問題を作る教授が専門の教科の大学で勉強するレベルの問題を高校レベルに置き換えて入試問題にしたり、問題を作る7-8月に発見された全国紙の新聞にも載っていない事柄を試験に出すということがあったからである。

しかし、共通科目の難問は出来る人が少ないから実際の大学入試には影響がないことがある一方、選択科目だと合否に関わる。
事実小生も危なく落ちるところだったが、不思議なことに数学の難問が出来たので何とか合格したということがあった。
今は、選択科目は偏差値法によるので今は問題なくなっている。

すると、難問・奇問の問題は事実上解決しているし1970年代の「受験地獄」という「一浪」を「ひとなみ」と読んで現役学生より浪人生の方が多かった時代は過ぎた。

このことから考えると、当時の「共通一次試験」を導入する意味がなくなったと言うことである。

その後に「共通一次試験」の意味合いとして、「高校で学ぶ基礎的な学力試験」で二次試験で「小論文」や面接などを課すという受験生の負担軽減を述べられていた。

ところが実態として、導入された1979年にはベビーブーマーという「団塊の世代」は既に大学を卒業し、「石油ショック」による高度成長が終わりをとげたあとの不況。

結局制度として始まったが、始まった途端に必要なくなった制度である。

しかも、二次試験に学力試験を行わないという趣旨に対して、国立大学協会の座長であった東大が「共通一次試験」を従来からあった足きりの東大一次試験に置き換えてしまった。

こういう掟破りから始まった「共通一次試験」が、本来の趣旨を変えて「大学入試センター試験」なったというわけである。

「2015年度名古屋大学学生論文コンテスト」の論文では、「大学入試センター試験」は一発勝負ということを盛んに言っている。

これはなぜかというと、書いている本人が国立の名古屋大学ということもあるかもしれないが、「大学入試センター試験」をメインにすると私立大学が受験し難くなるからである。

私立大学でも、「大学入試センター試験」だけで合否を判定してくれるところも多い。
しかし、有名大学だとその得点割合が高く、わざわざ私立大学に大学入試センター試験を使って行く必要もない。

結局「大学入試センター試験」というのは、二次試験の勉強や全く別の私立大学の受験に関する勉強など受験生の負担軽減になっていない。

結果として、国公立大学か私立大学かの一本に絞ることになり不用意に両方をかけることによって進学校で30%の浪人が出たり、女子学生では不本意な大学に進学しなければならないという結果になる。

「共通一次試験」が導入されて、受験勉強の負担から国公立大学が不人気になりしかも大学の序列化が進んでいわゆる「駅弁大学」が没落した。

その昔、受験生が来ないと文部科学省に泣きついた私立大学の全面勝利になった訳である。私立大学の偏差値は、偏差値操作でどのようにでもなるから一様に偏差値が上昇して今に至っている。


Tago4


 

************************************
今後の大学入試の予測
************************************

大学に進学する生徒は、「2018年問題」で明らかになるように激減する予測である。

大学に入りたい人なら誰でも入学させれば良いというのは暴論で、入学者の多様性ということは重視するとしても、ある一定レベル以上の学力の学生の確保が課題である。

私立大学では、学校経営というものに腐心しているので常に対策は打っている。
それは附属高校からの入学者を増やすことで、2015年度くらいからかなり顕著になった。
附属高校がない大学は、高校との連携協定で指定校推薦の枠を増やす囲い込みが顕著になった。

要するに一般入試での募集枠が少なくなると伴に、一般入試で受験する学生が少なくなる。
実を言えば、音大受験に関してはすでに「2018年問題」以降の受験を先取りにしている感がある。
今は音大の倍率は良くて1.1倍、2.0倍以上というのは特殊な大学の特殊な学科のみである。
要するに音大受験の場合、音大に入れるレベルの学生は極めて限定されて、およそ全国で2,000~3,000人くらいだろうか(当てずっぽうで)。
というのは、地方の一つの県から音大に進むという生徒は、10人に満たない。
その多くは、東京周辺、名古屋周辺、大阪、京都周辺と言ったところで特に東京が多い。

それで「音大に入れるレベルの学生」が全て音大に行くわけではなく、教育学部他に流れるからいかに確保するかにかかる。
それで音大といえども音楽だけでなく映像、バレーなど音楽と関係ない分野まで分野を伸ばしている。

こういうことから考えると、新しい「大学入学共通テスト(仮称)」は確実に国公立大学に進む足かせになる。

この大学進学者が激減する中でまたもや私立大学が勝ったということになるであろう。

そうすれば、国公立大学も推薦入試などの充実で青田刈りをしなければならなくなるのだが、経営の才のない大学というのはどうしたものか。




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月16日 (火)

日本のマスコミは、明治時代は反政府、戦後は親GHQ

7classic48



ここのところ何か忙しくて、地方紙を数日分読んでいなかったのをまとめて読んでみた。

一般的に地方紙と言えば、3面記事という社会面から読むもので地域の出来事からお悔やみ欄、地域のイベントの情報、書道展の模様、そして「声」とかいう投稿欄を読んで終わりである。

2-3ページ目の政治欄というのは、共同通信の配信丸写しなのでいわゆる左翼の言論とはどんなものかを知るだけである。

しかし、「共同通信の配信」というのも、聞くところによると「右よりから極左まで」の種々な社説などを配信しているということで紙面の(左右の)傾向は使う新聞社によるという。

そうすれば、こういう地方紙は朝日新聞に近い社論らしいことが分かる。

新聞というのは、通常時の政府の公報という役目が多く中国の新華社通信などもろに政府公報である。


それをもっとも活用したのが第7代アメリカ合衆国大統領アンドリュー・ジャクソン(Andrew Jackson, 1767年3月15日 - 1845年6月8日)であるという。

アンドリュー・ジャクソンと言えば、インディアン狩りと民族の徹底虐殺で悪名の高いアメリカ合衆国の軍人でそれで大統領になった人物である。

--------------------------------------------------
「アンドリュー・ジャクソンは、学歴がなかったので『all collect』を『Oll Korrect』と書いた。それで『OK』という英語が出来たと言う伝説がある。」

「このジャクソン(大統領)は、各社の新聞記者を抱き込んで、彼らを政権ポストに就けた。それによって、新聞による政治をやった。」

「大統領が新聞を握れば、こんな強いものはない。すでに第3代大統領だったトーマス・ジェファーソンが新聞をつかうという政治手法を最初にやっている。これを組織的にやったのがジャクソンです。」

「世論は全部政権側の味方となる。だから、最高裁がこれは憲法違反だと問題にしたが、そんな批判はいっさい無視した。・・・・・最高裁の主張を無視できるくらい、世論は強い・・・」




(アメリカと中国が世界をぶっ壊す・ 福島香織 (著), 高山正之 (著)より引用)

 

--------------------------------------

この点「第7代大統領 アンドリュー・ジャクソンの「功罪」から読み解くトランプ政権」という全くトランプ大統領批判の逆な記事もあるから面白い。

https://nikkan-spa.jp/1282404/3

この記事では

「『猟官制』といって、官僚機構を民衆化したという点も大きな転換点だと思います。実際には一期目のときに2割程度の官僚を入れ替えたにすぎないのですが、アメリカでは官僚はヨーロッパの君主を支える「悪の根源」という見方があり、それを民衆化したという意味では、アメリカの基礎を築いたと言っていい。」


「猟官制とは、選挙に勝利した政党が「戦利品」を収奪するように、官職のポストを地滑り的に手に入れる政治慣行のことを指す。」

筆者注--猟官制度(スポイルズ・システム)

スパでは、猟官制度(スポイルズ・システム) によって、入れ替わったのがトランプ大統領の時とは違い新聞記者、マスコミだったとは書いていない。

---------------------------

大部引用が多くなってしまった。

要するに世界中のマスコミというのは、政府の公報、政府よりであるということである。

しかし、日本のマスコミが明治時代に「反政府」だったのは、政府が「足軽上がり」の下級武士だったのに、上士といわれる上級武士は精々巡卒(警官)位にしかなれなかった。

それで新聞記者になって、足軽上がりの政府を批判したというわけである。

戦後になってGHQのあら探しをやって、逆に統制をくらいGHQの統制下に置かれたままと言うのが今の新聞である。

その良い例が上毛新聞5月15日付け社会面

「鈴木貫太郎元首相の孫、道子さん」「平和を脅かす『共謀罪』」と言う記事である。



Pdvd5461_2



すでに85歳で、朝日新聞しか読まない世代というのは差し引いても、今となっては「哀れ」としか思えない情報弱者ぶりを見せている。

だから一つの項目を取っても突っ込まれれば反論できない趣旨のものである。

この記事は、GHQに頭を下げた「鈴木貫太郎元首相の子孫」という「偉い」人が言っているのだから、それに従えという「お達し」の意味なのかもしれない。
少なくとも、新聞社の姿勢だろう。

Pdvd5451_2



それともう一つ「笑える」記事がある。
原道子「原発訴訟の原裁判長」というもの。

有名な「とんでも」判決で、反論されたらどう答えるのか不思議なという種類のもの。
週刊誌記事にはこんなものがあった。


「巨大津波を“予見可能”と断言…女裁判長が原発賠償訴訟で引き起こした激震」
(週刊新潮 2017年5月18日菖蒲月特大号)



以下引用すると

https://www.dailyshincho.jp/article/2017/04030555/?all=1&page=2
*******************************************

「また、国の責任についても、判決は「2007年8月、国は東電から耐震性確認の中間報告を受けた。その際、津波対策が入っていなかったのに、規制権限を行使しなかった」として、賠償を命じている。

 

 しかし、先の升田教授は、

 

「冷静さを欠いた“辛い”判断。過去、最高裁が国賠請求訴訟について述べてきた枠組みから外れている」

 

 東海大学の池田良彦客員教授(刑事過失論)も、

 

「ひとつのデータであっても、危険を予知するキッカケにしなさいという議論は一般的には成り立つ。しかし、法的な賠償責任となると、根拠に乏しすぎます。このような形で認定基準を下げてしまうと、何でも訴訟を起こして国家に要求できる事態が発生してしまうかもしれません」

 

 6年にして訴訟がなお乱発する状態が本当の意味での“復興”に繋がるのかどうか。甚だ疑問が浮かんでくるのだ。

 

 この“問題判決”を下した原裁判長は、慶大法学部の出身である。卒業の2年後、司法試験に合格し、浦和、長野、千葉、名古屋、東京、宇都宮の各地裁を回り、4年前、前橋に赴任した。齢59。退官まで残り6年だ。

 

 法曹関係者によれば、

 

「出世のぺースとしては人並み。ちなみに、国賠訴訟の担当となる法務省の訟務局長は原さんと同期で、エースをやりこめたと話題となっています」

 

 稲田防衛大臣や西村眞悟元代議士も同期と、“個性派”揃いの年のようだが、

 

「原さんも知る人ぞ知る存在でした」

 

 と、先の関係者が続ける。

 

「7年前、桐生市で女子小学生がイジメに遭い、自殺した事件がありました。この時、被害者の母が加害者サイドを訴えた裁判で裁判長を務めたのが原さん。彼女は、加害者が位牌の前で手を合わせ、頭を下げることを条件に和解を成立させ、裁判官もそれに立ち会ったのです。通常の訴訟手続きを逸脱したもので、大きな話題となりました。官僚的でない、人情味ある裁判官との評価も成り立ちますが、逆に言えば、目立ちたがり屋とも言える。今回の訴訟も結論ありきで、ただ全国で初めて国の責任を認める判決を出したかっただけとの声もあります」(同)

 

 結果、

 

「各地で起こされている集団訴訟は、互いに連携していて、証拠や証人を共有している。ゆえに、ドミノ倒しのように、今後、国の賠償責任を認定する方向の判決が相次ぐこともある」

 

 と、前出の司法記者。

 

 激震の連鎖が続く場合、われわれはどんな未来を“予見可能”か。そしてその時、「女裁判長」は、どんな“責任”を取れるのだろうか。」
***********************************



それで、原道子で検索すると、朝日新聞の記事が出ていて、
「原発避難訴訟、裁判長はどんな人 原告の自宅を見て回る」と同じような記事だった。
http://www.asahi.com/articles/ASK3G0FF7K3FUHNB010.html


何だ、地方紙も朝日新聞になったかと妙な部分を見て驚いた。

 


詳しくはこちらを参照 icon


2017_5_13




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月15日 (月)

サイバー攻撃、-更新-トロイの木馬型ランサムウェアてホント実はバックドア

2017_05_061


昨日から「WannaCryはトロイの木馬型ランサムウェアで主にメールを通じて感染が広がっている。」 と新聞記事にあった。
TVでは昨日から報道されて、朝の報道番組では何か「したり顔」で「メールを開かないで」を連呼していた。
そう言うトロイの木馬型のウィルスは、昨年末小生のメールアドレスに毎日50通も来ていた。
この記事は、以前にウィルスの削除のエントリーで書いておいた。

Norton「ノートンセキュリティデラックス」で「トロイの木馬」Virusを防御


そう言うウィルスメールがいくらあっても、アンチウィルスソフトがインストールされているから影響はない。

2017_05_011

2017_05_021



そのために、メールをそのウィルスを含めてメールサーバーからメールソフトに一括ダウンロードしてもソフトによっても「駆除されました」という表示が出る程度。
例え、Web画面がウィルスに汚染されていて、うっかり開いても同様に「駆除されました」と言うバルーンが出る程度。

2017_05_051


ここでNortonの場合だと何も言ってこない。
ESETだと、普段軽くて全く分からないので、ここぞとばかり「吹き出し」が出る。

こんなふうに「アンチウィルスソフト」がパソコンに入っていれば、ウィルスメールは自動的に削除されるので添付ファイルを開けるなと言うような警告は要らない。

だから日本では2件しか確認されていないとか。

最新のWindowsセキュリティ更新プログラムが適用されているコンピュータなら感染のすることはないという。」と言われているがよく分からないものである。

それでうちのメールサーバーには、待って隊のにウィルスメールは来ていなかった。

*****************************************

昨日テレビでの解説がよく分からないと思ったら、Windowsのバックドアの方だった。

ここは何回も狙われているので、最新版のWindows10(8.1、7)などはある程度防御が進んでいる。

人騒がせなものだった。

シマンテックストア


詳しくはこちらを参照 icon


2017_5_13




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月14日 (日)

上野三碑(ユネスコ世界遺産登録をめざす)について考える。

Tago1



平成29年5月9日の地方紙に「三碑が語るもの-朝鮮半島に源流」という記事があった。



記事では、上野三碑と朝鮮半島とのことについては詳しく載っていない。

とはいえ歴史上絶対に無視できない「朝鮮半島には有名な広開土王碑(推定414年)」について言及している。

しかし、広開土王碑は、朝鮮半島ではなく中国吉林省で旧満州である。

その前段で見過ごせないのは以下のくだりである。

----------------------------------------

「律令制や仏教--この頃の東アジアは中国大陸の唐が主導、朝鮮半島には唐と外交関係にあった新羅があった。日本は唐や新羅に使節を派遣し、律令制や漢字、仏教など『最先端』の政治体制や文化を積極的に取り入れた。」

-----------------------------------------

確かに660年百済が滅亡しその復興のために、663年「百済の都、州柔(つぬ)城」の陸戦や、663年に白村江で唐軍によって朝鮮半島から完全に撤退することになった。
それで新羅が唐王朝を背景に朝鮮半島を統一はした。


しかし、「日本は唐や新羅に使節を派遣し、律令制や漢字、仏教など『最先端』の政治体制や文化を積極的に取り入れた。」という文章はいかにも「律令制や漢字、仏教」が新羅を通して入ってきたように読めるしその意味だろう。
なぜなら続く文章で
「新羅の石碑は、山上碑や金沢碑のように自然石をそのまま使ったものが多い」次に「新羅の影響」の題字がある。


 

Ginza201715



これは日本の文化は、新羅などの「朝鮮半島の人民から、稲作をはじめとする様々な先進文化」(「日韓がタブーにする半島の歴史」室田克美著)を教えて貰ったという話に基づくのだろう。

稲作は、DNAから朝鮮半島経由ではないことが証明されているし、古事記、日本書紀、随書、三国史記(朝鮮半島の歴史書)にもそのようなことは書いていない。

先の広開土王碑に、書かれていることをわざと無視している。

「百殘新羅舊是屬民由來朝貢而倭以耒卯年來渡[海]破百殘■■新羅以為臣民

〈そもそも新羅・百残(百済の蔑称)は(高句麗の)属民であり、朝貢していた。しかし、倭が辛卯年(391年)に[海]を渡り百残・■■(「百残を■■し」と訓む説や、「加羅」(任那)と読む説などもある)・新羅を破り、臣民となしてしまった。〉」
(ウィキペディアより)

*****************************
年表を見てみると
*****************************

362年 新羅征討とあって、新羅が降伏している。

369年 南加羅、安羅、多羅、加羅、卓淳など7か国と周辺諸国を平定。

370年 百済が朝貢

438年 使持使 都督倭 百済 新羅 任那 秦韓 慕韓六国諸軍事・安東大将軍・倭国王と称すも詔して安東将軍・倭国王に除す。

451年 使持使 都督倭 百済 新羅 任那 秦韓 慕韓六国諸軍事・安東将軍・倭国王に除す。

462年 安東将軍・倭国王に除す。

478年 使持使 都督倭 百済 新羅 任那 秦韓 慕韓六国諸軍事・安東大将軍・倭国王に除す。 

479年 加羅国王荷知、南斉へ朝貢し高帝より輔国将軍・本国王の号をうける。

この様に見てみると4-5世紀の倭軍というのは強力な軍隊で、随書に見られるように「倭国に優れて品々が多いため、新羅も百済も倭国を敬仰し、常に使節が往来している。(前出)」とある。

新羅から先進文化がもたらせられているわけではない。
軍隊というのも文化が高い方が強いと言うのも常識である。
(日本書紀・任那には、10国・加羅国、安羅国、斯二岐国、多羅国、卒麻国、古瑳国、子他国、散半下国、乞湌国、稔礼国)

512年任那4県を百済に割譲

513年任那 全羅南道4県に加え2県を百済に割譲したことに端を発して、任那の加羅諸国は倭国に反発

522年加羅諸国、新羅へ傾斜

527年~529年倭国の内政問題と失政のため任那劣勢となる。

列島国家というのは、英国の例を見ても分かるように大陸から駆逐されると言うのが常である。
任那の政策では、百済にかなり優遇して加羅諸国の要望を無視した結果で任那を失うことになる。
任那滅亡562年(日本書紀)

ここで確認しておくのは、新羅が唐に朝貢したのは
621,622、625、626、627、629、631、633年・・・と任那滅亡の後である。

又、572年敏達3年から「任那の調」が始まっている。

 

すなわち新羅が倭国に「任那の調」として朝貢して646年頃まで続いている。

 

これは、倭国が再三にわたって新羅討伐軍を派遣して任那復興を画策していた結果といえる。

この「調」とは「租庸調」の調であって、配下が納めなくてはならない税金である。
(知っていますか 任那日本府・大平裕著)

********************************
さて、ここで長々と書いてきたのだが、新聞に書かれている

「律令制や仏教--この頃の東アジアは中国大陸の唐が主導、朝鮮半島には唐と外交関係にあった新羅があった。日本は唐や新羅に使節を派遣し、律令制や漢字、仏教など『最先端』の政治体制や文化を積極的に取り入れた。」

とは大幅に違うことが分かる。

倭国は、370年に中国に朝貢し438年に「安東将軍・倭国王」の称号を得ている。

さらに、
451年には、都督倭 百済 新羅 任那 秦韓 慕韓六国諸軍事・安東将軍・倭国王に。除す。

478年には、都督倭 百済 新羅 任那 秦韓 慕韓六国諸軍事・安東大将軍・倭国王の称号をえている。

百済は、487年南斉へ朝貢して「王候号」に除せられることを願うが避けられている。

607年遣唐使(小野妹子)

新羅は、649年に「唐の衣冠」を着ることになるが称号は与えられていない。

倭国は、607年に遣唐使を派遣しているのだが、新羅は621年に唐に朝貢しているのである。

そもそも倭国は、370年には朝貢をして称号を得ているから新羅から『最先端』の政治体制や文化が入るはずはない。

 

*****************************


なぜこんな風に歴史を書いてきたかというと、「上野三碑」は朝鮮半島との縁が深いと言われているからで、これを新羅との関係で語られると辻褄が合わなくなる。

そもそも古代新羅と現代韓国とは全く関係なく、韓国自体新羅を継承している訳でもない。
事実としては、古代から6世紀中版までは朝鮮半島の南半分は倭国又は倭国の勢力範囲だったということである。

その中心は九州にあり、任那滅亡によって居場所がなくなった人たちが群馬に住み着いたと言うのが本来であろう。

ここでは、直接上野三碑には触れないが、

726年に建てられた上野三碑の一つである「金井沢碑」には、物部牛足という人物が刻まれている。
物部氏とは、本来軍事と物流兵站を司る氏族でいかにも任那に関わったようにみえる。



多胡碑は、「羊」こと羌族(別名を羊族)の代表が、多胡郡を貰った記念碑と見て取ればこれも任那の軍事組織に関わる。
鍛冶屋という羌族の専門の組織で、当時のハイテク集団。
はっきり言えば、武器製造者である。



一つだけ違うのが「金井沢碑」、
三家氏という豪族が自分の家系を記したもので、三家氏の元に「他田君(おさだのきみ)目頬刀自(めづらとじ)」とあることである。
刀自とは、正妻で一族を束ねる立場であって、「大和政権」の中にも出てくる。

しかしよく見ると「他田君」の「君」という九州の政権特有も貴族の称号をもつ。

*******************************

以前に高崎で行われた上野三碑に関する講演会なとでは、この朝鮮半島のことに関して奥歯なものが挟まった様なもどかしいことが多く核心に迫っていない。

 

又、この「上野三碑」の碑文を中心としての論証は「日本語誕生の時代」熊倉浩靖著に詳しい。

ここで「日本語誕生の時代」にも「なぜ日本と新羅は統一国家になりえたのか」という不思議な章があって、言語の立場から論説している。

 

この著書で、多少前後で論理矛盾があるのは無視して、「新羅は統一国家になりえたのか」とい章があるものの歴史を見ると違和感がある。

 

この「日本語誕生の時代」では、広開土王碑、日本書紀、三国史記なども引き合いに出しているとは言え、広開土王碑の倭(日本)に関する部分は「議論が分かれる」として無視している。

議論?・・・それは韓国による異説でしかない。

上野三碑を見てゆく上で、4-5世紀の任那を考えないと無意味であると同時に「律令制や漢字、仏教など『最先端』の政治体制や文化」は新羅から伝わったという虚構を廃しないとさっぱり分からないものである

朝鮮半島南部には、日本特有の墓制である前方後円墳が14基発見されている。
その中の副葬品から倭人と思われる品々が出土していたという新聞記事を見たことがある。
文献だけでなく、実際の事実としての物証が出ていることを無視することは出来ない。


詳しくはこちらを参照 icon


2017_5_13




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月13日 (土)

壬申の乱の虚構性を検討する序章

Ginza201713


日本書紀に書かれている「壬申の乱」。

日本書紀というのは、天武天皇の正当性を中国の史書になぞらえて漢文で書かれたものである。

この天武天皇こと大海人皇子は、もともと皇位継承権がなかったという説がありその諡(おくりな)を見ても天智天皇とは雲泥の差がある。

「壬申の乱」については、その大海人皇子軍の行軍の記述が地図に照らすと全く合わないという著書を紹介したことがある。

それで「壬申の乱」について、詳細な時系列で検証している「日本書紀の虚構と史実」という著書を読んでみるとどう考えてもやはり辻褄が合わないところが多い。

単純な疑問は

●671年10月19日、天智天皇に背いて、大海人皇子が突然出家して吉野に向かったときに
「蘇我赤兄や中臣金といった重臣たちが宇治橋まで大海人を見送りにきた。彼らは機会を窺って大海人皇子を亡き者にしようと計画していたが、ついに果たせなかった。」

この部分はおかしい。
確かに重臣が途中まで送りにくるというのはある。
その場合当然のことながら護衛の軍勢がいるわけで、その後の歴史を見れば追っ手を差し向けて殺害している例は多い。
要するになぜ大海人皇子に手が出なかったのか、単純には大海人皇子を迎えに来た護衛がいたとしか思えない。

そうでなくとも吉野なら大友皇子側から吉野宮に軍勢を差し向けても不思議はない。


●672年5月、大海人皇子は吉野で戦争準備をするわけだが、本来少人数で吉野宮に行ったはずなのに多数の舎人を動かしている。
都から近い吉野では無理である。

●672年6月24日、吉野を40人程度の従者女官とともに出発。

6月26-7日、美濃において3,000の軍勢の動員に成功。

 

尾張の国司 小子部氏が20,000の軍勢を率いて大海人皇子に帰属。

これも不思議なことである。

この時点で大友皇子は、天智天皇崩御と供に動員令を出して数万の精鋭軍を招集し、将軍に山部王、蘇我果安などが指揮をする。
圧倒的な軍勢、軍団の前に国司が反逆すると言うのも不自然である。

しかも、大海人皇子は東国の蝦夷討伐軍である最強と言われた上野の軍まで投入している。

663年「百済の都、州柔(つぬ)城」の陸戦での敗戦によって、前将軍・上毛野君稚子(かみつけのきみ わかこ)が唐軍の捕虜(?)になっていたとは言え余力はあったであろう。

●大友軍の将軍、蘇我果安が山部王を内通の疑いで惨殺。

その後、蘇我果安も自害。
これも変な話。

●大友軍は、軍隊を増員出来ないのに大海人皇子軍は、東国の軍隊までも続々と動員して圧倒的な精鋭をもって完全に殲滅してしまうこれも解さない話。

その他、663年に白村江で唐軍(新羅軍はその武将)に完敗して、九州に都督府が置かれ約2,000の唐軍が駐屯していた(日本書紀)。

この「壬申の乱」以降になって、唐の捕虜になっていた主要な人物が返される。

その他多くの疑問があるのだが、いま読み込んでいるの最中で上野三碑の話が出てきてしまったのでもう少し整理して考えてみる。


詳しくはこちらを参照 icon


2017_5_13




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月10日 (水)

朝鮮半島有事に新聞投書欄に見る新聞の姿勢

Ginza201712


新聞の投書欄のある特定の位置にある投書は、その新聞の主義主張を表すことが多い。

今は読まなくなってしまった朝日新聞では、新聞記事では書けない意見を本文の論説を書いても良さそうな大学教授が「公務員」とか名乗って書いていたことがあった。

有名な活動家は「主婦」だったり、「会社員」だったり「自営業」だったりとその職種を言い換えると言うこともあった。

そういう投書欄、意見欄というのは大方新聞の主張と異なることは掲載されない。

地方紙ではそれほど極端ではないとはいえ、特定の位置には地方紙の記者によく知られている人物などの寄稿が載ることも多い。

しかし、そう言う投書欄に寄稿するというのは65歳以上の高齢者がほとんどで、寄稿しても採用されることはない小生などはこういうブログを書くわけである。




それで5月9日の上毛新聞「みんなのひろば」では、その指定席に憲法論議が書かれていた。

こういう投書欄では、「平和国家」とか「平和憲法」と書いてあると全て同じ内容なので読まない。

しかし、韓国で「親北」という大統領が誕生して韓国と北朝鮮の連合国が誕生しそうな勢いである。

 

こうして名目上でも朝鮮半島が統一されれば、38度線は竹島の位置まで南下する。

 

元々韓国軍は、不思議なことに日本を仮想敵国にしていて日本が装備を調えるとそれに対抗する傾向があると言われる。

 

そして、統一なら国連軍という在韓米軍は不要になり在韓米軍の存在意義がなくなり撤退
する。

 

しかも財閥解体や親日派の財閥解体を政策方針にしているから、経済も破綻する可能性も高まる。

 

そんなときに日本はどうするかという問題である。

その投書欄はこんな風に書かれている。

ただし、冒頭のみを紹介引用する。


Pdvd542000_2

**********************************

「憲法は平和国家の指針

1947(昭和22)年5月3日に日本国憲法が施行されてから70年。今も改憲、護憲に向けた行事や集会が全国各地で行われている。日本国憲法は太平洋戦争の当事者としての反省の上に立って、平和、人権、民主主義を基調とし、争いのない世界を作る国家の指針として定めたのである。
その基本が憲法9条の戦争放棄、軍隊不保持ではないだろうか。・・・・以下意味がないので省略。」(73歳)

**********************************************

 

この文章は、いわゆる護憲派の憲法9条信者と思われる投稿で、書かれている位置からして新聞社の意向にあった投稿と推定できる。

こういう護憲投稿の突っ込みどころが多いのは、先ず「平和」と述べる平和の定義とそれに続く「平和国家」の定義だろう。

実を言えば「平和国家」という意味はない。

平和とは、単純には「戦争をしていない状態」を表すもので「停戦状態」に近いし、そう言う「戦争と戦争との間の期間」と定義されることもある。

すると「平和国家」とは、戦争をしていない国家になる。

戦争をしていない国家とは、スイスとか北欧の中立国になるが、ここは武装中立国で主要な武器輸出国でもある。

スイスは、国民皆兵で24時間で20万の軍隊を動員できるという軍事大国で、各家庭に武器庫があり、日本の街の津々浦々にある「山車」のように町内に戦車や装甲車がある。

要するに平和国家を定義することが出来ない妄想である。

次に、「1947(昭和22)年5月3日」と言えばGHQの占領下で、検閲があって言論の自由はなかった時。

だからこの文章に「国家の指針として定めたのである。」の主語はない。


なぜなら国民によって制定されていない。

今では、GHQによる「日本国憲法の英語の原文」も確認され、しかも起草した人物もおおよそ特定されている。

そして日本国憲法の上にマッカーサー条例があり、日本国憲法にたいする批判は検閲によって封殺されていたという事実が分かっている。

ところが今から30年ほど前に、産経新聞誌上で当時の上智大学教授、故渡部昇一先生が日本国憲法は米国(GHQ)から押しつけられたという記事を書いた。

そうしたら大阪大学の教授だったか「日本国憲法は自主憲法」でGHQはアドバイスに乗っただけという反論をした。

ここで驚くのは「GHQによる占領憲法」であると言うことが延々と隠されていたという事実であった。

これが2-3回も論争として掲載されたのだが、それから暫くして米国の公文書館の情報公開によって日本国憲法はGHQが作ったことが明らかになった。

この記事は読売新聞一面に掲載されたと思う。

ところが、中学校時代の社会科教科書に芦田修正と原文の英語が載っていて今更という感があった。

それで当然渡部昇一先生の話が正しく、自主憲法と言っていた某教授が赤っ恥をかいたわけで今では笑い話である。
こういう投稿を見るとその時点から全く変わっていないと思える。

そう言うことをこういう護憲派の人にぶつけると、「良いものは良いのだから」という返事が必ず帰ってくる気がする。

また、日本人が「認知してきたのだから」ともいうかもしれないが、これは先に述べたとおり自主憲法であると思わされてきたという事実がある。

そう言うと「紀元前73年の起きた『スパルタクスの反乱』」を思い出すものである。

これは映画にもなった。

必ず死ななければならない奴隷の剣闘士スパルタクスが反乱を起こしたもので、その反乱軍に奴隷の身分ながら貴族の「家族同然」という人物も参加した。
映画ではそう言うところも描写されていたが、「奴隷」という身分に嫌悪したとあった。

このことから思えるのは、紀元前73年の奴隷においても名目を重視する。


今では国民の意思ではない国際法に違反した占領憲法は、改憲すべきと思うがパソコンをも見ない時代になると思考停止するのか不思議なものである。


詳しくはこちらを参照 icon


2017_5_13





1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 9日 (火)

地方国立大学、駅弁大学潰しを延々としてきたつけが回る

Ginza201710


日曜日の地方紙を見ていたら、韓国大統領選の候補者の写真が並んで出ていた。
何となくみんな似ているというのは、韓国らしいと言えばそうなのだろうが、日本の政治家やコメンテーターにいそうな顔でもある。
テレビを見ていると、どこの候補か分からないが人形などが出てきているものがあった。
こういう偶像的なものが出てくるのは、余り感心しないと昔の美濃部都知事の再選の頃を思いおこす。
確か美濃部都知事の再選の時は、美濃部顔の羊か犬の縫いぐるみのようなものが出てきた気がする。


(これは古すぎる。文在寅前代表(64)が当確。)


いずれにせよ、日本との関係は良くならないと言うので、無視することにしよう。

「23区の大学、定員規制へ…東京集中の是正狙う」という記事があった。(読売新聞)

紙面上では、夕刊第1面である。

----------------------------------------
記事では「昨年度は国公立私立の93校で計52万5987人と、全国に占める割合は18.2%に上がった。23区に住む人口の割合(2015年)は7.2%で、これを大幅に上回る。」
「大学に進学する高卒者に対する大学定員の各県の割合」
1、京都 208.4%
2、東京 198.3%
3、福岡 111.8%
-------
45、三重  37.5%
46、長野  37.2%
47、和歌山 36.2%
(読売新聞 夕刊から引用)

--------------------------------------

 

これは大学の定員増を認めないという方針を示したもので、実のところ既に規制は始まっている。
***********
というのは


「文科省は2016年度から、入学定員超過による私立大学等経常費補助金の不交付の基準を厳しくする。さらに、2017年度以降の学部等の新設を認可しない基準となる入学定員超過率も厳しくする。」(2015年)

収容定員8000人以上の大規模大学は、入学定員充足率が1.2倍以上で補助金の不交付。
2016年度 1.17倍
2017年度 1.14倍
2018年度 1.10倍
(http://between.shinken-ad.co.jp/univ/2015/09/post-6.html)

 

記事によると、この時点で「学部を新設することも規制」という話が出ている。
大学の状況を見れば、実際のところ「入学定員充足率」から大幅に入学者を減らしている。
2018年問題という受験生が減る対策から、付属校や推薦という特別入試を大幅に増やしている大学も多い。

新聞の記事は、従来からの地方創生の立場で東京に学生が集まらないようにと言うことらしい。
しかし、実のところ東京に有名大学が集中しているのが事実であり、全国の学生の約2割が東京に集中していると言うことは東京の大学が全国区であることを示している。

逆に言えば、地方の大学はあくまでも地域の大学にすぎず本社が東京にある大企業に就職したければ、やはり東京の知名度のある大学と言うことになる。
しかも、受験生が減る中で定員が絞り込まれるわけで、志願者の数に対しての入り口は狭くなりつつあり偏差値は維持されることになる。

その全く逆が地方大学になって、ますます定員割れと偏差値低下が懸念されることである。

Ginza201711


大昔を思い起こすと、東京の私立大学に学生が集まらなかったことがあった。
今の75歳以上なら予備校が名付けたMarchという大学ランク、明治、青山、立教、中央、法政・・・あたりでも入学希望者がいなくて寄付金を納めれば入れた時代があった。

その後に国立大学の授業料(1970年当時12,000円、入学金3,500円)が安すぎるという議論が、この私立大学から起きて、1972年入学者から徐々に値上げしておおよそ今の年額535,800円(入学金282,000円)になった。

それと並行して、難問奇問を廃するという理由で一期校、二期校の制度が廃止されて共通一次試験(後のセンター試験)になったと同時に、予備校は私立大学と結託して国立大学の偏差値を下げた。


単純には、旧一期校の旧帝大は偏差値60~70以上、二期校は大まか偏差値50である。
その一方で、早慶を旧帝大並偏差値60~70以上、今のMarchクラスを偏差値60以上と大幅に引き上げた。


この時点で、共通一次試験を推奨した東大は、この趣旨を無視して単に東大の一次試験を共通一次試験に置き換えるという掟破りを始めにやった。

これで地方国立の駅弁大学は、事実上潰されて大学は東京一極集中になった。

地方の大学の評価が低下する中で、文化、経済も東京一極集中になってしまっているために、大学もそこに集まるというのは今となっては仕方がないかもしれない。

しかし、今地方から東京の大学に行くのには膨大な費用がかかる。
私立理系大学なら学費、生活費、諸費用を含めて400万円もかかる。
文系で出切り詰めても300万円。
国公立でも学費の差50万円だけである。


要するに、地方から東京の私立大学にはほとんど進学させられない状況に来ている。

結局、駅弁大学という地方の国立大学の学費というのは、事実上タダにしなければ解決しないだろうという部分がある。


これも地方の国立大学潰しを延々とやって来たつけであろう。





1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 8日 (月)

5月の連休明けで無駄な多忙

Ginza20171


朝のテレビで全国的に黄砂が降ったが、関東では前橋というようなことを言っていた。
それで連休中に、ガソリンスタンドの洗車機に掛けておいた車が「真っ黄色」だった。
これで雨でも降られたら、折角600円でツルピカ洗車が掛けられたのが無駄になるところだった。
これは朝から羽根はたきで丁寧に落とした。

・・・・とは言っても今日出かけたのはバイクである。
バイクシーズンなど年に何度もないから、乗れるときに乗っておかないと一年中埃を被ることになる。
とは言っても、この連休中バイクツーリングでどこにも行っていない。
とかく格好だけで安いバイクというのは、高速用のETCをつけるだけで買った値段の1割以上かかってしまう。
そんなに使わないETCだから、遠乗りはしないと言うわけである。


とにかく、連休明けというのはいそがしい。
毎日書道展の公募作品も直ぐにまとめて送らなくてはならないし、その他研修会やら宴会やらの申込み、連絡もある。

やり残している「書道芸術院創立70周年記念役員作家巡回展併設北関東総局展」のDVDも動画の構成を考えている段階で、まだ始まっていない。

Ginza20172



それにしても昨日Panasonicのミラーレスカメラのモニター調整に時間を潰して、何とかLUMIXGX8も使えるようになったと言う感じになった。
これから後は、使わないカメラを下取りに出して整理するかを考えている。
しかし、新しいカメラは中古も新品もほとんど値段が変わらないので、新品だと下取りを出しても中々手が届く範囲にならない。
中古価格の値下がりと新品の値段の値下がりとの相関関係を見ながら考えようと思っている。
6月中旬には、又いつもの中古カメラ市があるので不足部品はここで仕入れることにする。
いずれにせよ手持ち資金との兼ね合いだが、2-3月の帳簿と領収書を点検していたら領収書は食料品しかなかった。


2月からあっという間に5月の連休明けになった気がするところ、よく考えたら今年の2-3月は書道の展覧会が数多くあって結構いそがしかった。
それで多少疲れて4月はゆっくりとしたと言うわけで今になっているわけだ。
だから、仕事がたまっている。

この前も書いたけれど、10年一日、同じような日は来ない。

あそこの家には人がいたはずなのに空き家になっていたり、お店があったはずなのに普通の住宅になっている。

それどころか立派な店舗ビルが建っていたのに更地になっているとか、自分は歳をとっていないような感覚なのだが回りはやはり年月が過ぎている。

たまに訃報欄に昔の同級生が載るようになると、自分も歳をとっているはずで端から見ればいい加減にジジイなのだろうと思う。





1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 7日 (日)

LUMIX限定 背面液晶、EVF、LVFのGX8_G7_LX100設定

Lcd11_2


デジタル一眼、ミラーレスカメラというのは、買ってきてそのままでは思ったような写真が撮れないと以前に述べた。

実はそれだけでなく、カメラ雑誌でモニターとしてテストしてレビューを書いているカメラと実際に購入するカメラとは全く違うこともある。

最近ではカメラに関するブロガーミーティングに参加しなくなったので、メーカーから直で借りたのはCanonのPowerShot S100(コンデジ)、Panasonic LUMIX GX1、PENTAX K-3位しかない。

そしてこの3機種は、その後に全て購入した。

しかし、購入して実際に使って見ると全て借りたカメラと出て来る画像が違う。

S100は、発売前の貸出1号で全くの新品。(Canon本社で受取)

LUMIX GX1は、発売当日で設定された六本木のブロガーミーティング会場での貸出。

PENTAX K-3は、かなり使い込まれた上で廻ってきたもの。


S100は、発売して直ぐに不具合があったので大分経ったから購入して撮影してみた。
これが借り出した(約50日)S100と同じように写らない。
色合いや写真のコントラストなど、購入したものは何となく眠い画像だった。


LUMIX GX1は、撮影会場ではライティングがしっかりしていたのもあいまって、薄暗いところでもよく撮れたし、背面液晶で見えた画像そのままであった。
それが買った製品は、薄暗くなると全くよく撮れない。
内蔵ストロボもPanasonic製品は駄目なので、室内撮影では使えなかった。


PENTAX K-3は、借りてきたデモ機では初めから思ったような写真が撮れなかった。
購入したK-3は、Pentaxなので詳細設定が出来るために何とか気に入った設定まで追い込んだ。
この記事は、以前に書いたことがある。

そんなふうに雑誌記事で書かれているレビュー記事は、詳細なメンテナンスされた特殊なカメラで市販品とは違うことが多い。

今では買ってきて、そのままでよく撮れるのはFUJIFILMのカメラしかないと思えるほどである。


***********************************
LUMIX限定 背面液晶、LVFの設定
***********************************

Lcd3


Panasonicのカメラの詳細設定というのは、UIが全て同じなので統一して設定が出来ると言うのが利点である。

実のところ、細かい画像のコントラストや彩度などの設定は元々カメラメーカーでないのですることが出来ない。

その他の操作性では、設定しても大して変わらなかったりするところが多い。
小生としては、従来からあるカメラの設定を参考にして出来るだけ多く設定をする。
しかし、他社のカメラと違って実のところ撮影に影響がないことの方が多い。
その一方で家電メーカーらしく、背面の液晶モニターとLVFの詳細設定が出来るようになっている。

この場合、買ってきてそのままだと背面の液晶モニターでは非常に綺麗に写っている様に見える。
それが、パソコンに写してみると全てアンダーで、何となくがっかりすることが多い。


この設定は、PanasonicLUMIX系で背面の液晶モニターの調整が出来る機種は共通しているので、ほぼどんな機種でも同じ設定である。

Lcd4



***********************************
★背面の液晶モニター設定。
***********************************

 

----------------------------------------------------------
この設定は、雑誌カメラマン2014/5の記事でPanasonicLUMIX GX7を例に取った豊田慶記氏の設定を参考にしている。
---------------------------------------------------------



★セットアップメニュー「モニター調整/LVF調整」

Panasonic11


設定
明るさ 0 そのまま

Lcd9



コントラスト-1


Lcd10


彩度 -1

Lcd11_3


赤み -1

Lcd12


青み -2

Lcd13

★モニター輝度
AUTOから MODE2へ変更。


Lcd14



調整しているG6、G7 、LX100では、MODE2は標準。
AUTO
MODE1明るい
MODE2標準
MODE2暗い

Lcd6


-------------------------------
GX8は、
AUTO
MODE1明るい
MODE2暗い

Lcd7




の2種類しかなく、MODE2暗いにすると他の機種の(MODE2標準)より多少暗い気がするものの実のところ良く分からない。

★LVF調整の方は、LVF(EVF電子ビューファインダー)を覗くことによって、自動的にLVFの設定セットアップメニューに変わるので、同様に設定する。

********************************************

Lcd21



この設定によってカメラが違うカメラになったように生き返るから不思議なものである。


また、先に述べたとおり、G6、G7、LX100、GX8を一括同様に設定してカメラの違いも明確になった。

ホワイトバランスは、GX8が一番正確だが彩度が低く、G7、LX100のホワイトバランスはよく似ているがLX100の方が彩度が高い。

Lcd51


Lcd81


それとコンデジのLX100というのは、評判ほどは良くないと思っていたのだが比べてみてかなり良くできていると再発見した。

以上の設定は、設定の一例であって個人個人で試してみると言うのが最良でもある。




2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 6日 (土)

「グローバリズム」、「グローバル化」と「英語」

Chemi1


最近本を読んでいると「グローバリズム」と「グローバル化」と言う言葉が沢山出てくる。

そして、実のところ10年くらい前から「看護婦」が「看護師」に代わったりその他色々な言葉狩りで昔からある言葉が変わってきている。

特に最近では、ヘイトとかの法律やLGBTとかいずれにせよ日本語でない言葉が入り込んできている。

歴史では、白村江の読み方がなぜか昔教わった「ハクスキノエ」ではなく「ハクソンコウ」になった。
この「ハクスキノエ」の呼び方は日本書紀にわざわざフリガナがふってあるところから来ている。
こういう昔の歴史書にある読み方を変えてくると言うのも妙なものである。



その「グローバル化」という流れに乗って大学に「グローバル学部」とか「国際学部」とかというものが数限りなく出来ている。

昔からその時の需要から「学部」が出来て良くて数年で陳腐化する。

思えば1970年代に情報工学科、情報知識工学科、情報処理科という様な学科が大学のみならず工業高校にも出来た。

これらはその後に文系の情報学部に変貌したりするが、その役目も終わったのではないかと思う。

振り返って、「グローバル学部」や「国際学部」というのは何をするのだろうか。

秋田の国際教養大学の様に、留学することを前提にした大学もあるが、所詮「教養」というリベラルアーツ、雑学である。
世に留学留学と言うが、留学して何を学ぶのか実ははっきりしない。

*****************************************************************
日本化学会誌2017.5Vol70.5では、「論説」で冒頭
「わが国の国際化からグローバル化への課題」巽和行 著

****************************************************************

Chemi2



「日本社会の国際性の欠如やグローバル人材の不足に対する危機感は相当なものである。」と書かれている。
それでその「国際化は何をめざすのか?」の文面は曖昧な結論になって何も述べられていない。


この中で気になることは

***********************

国際科学会議(ICSU)の総会で、学術雑誌の指標に反対するサンフランシスコ宣言の承認を議決する際。

 

「このような学術的に意味のない指標は欧米では大体無視されるのだが、アジアの国々ではきっと重要視されるのだろうね」という発言を引いている。

 

「国の政策にも、国際化の取り組みに初歩的であまりにも低次元な国際化プランが含まれている。

 

優秀な外国人教員の採用や留学、国際共同研究の推奨など、何か遠い明治政府の、しかも明治初期の開国当時の政策を見ているような気がする。」

******************************

 

実のところ、日本の大学では外国人は直ぐに教授になれるのに日本人は成れないという。
こういうところに倒錯している「グローバル化」を見ることが出来る。

そして、そもそも国連などが日本に勧告してくる女性問題、性の問題などはキリスト教国の思想そのままである。

聖書に見られるように、キリスト教などは一神教で女性の神様はいない。

それどころか女性に教育を施すのはいけないとか、人間扱いしていないと言うのが事実である。
日本は、多神教であり女性の神様がいて欧米とは違う。

LGBTと言っても、戦国時代の織田信長や小西行長などみんな男色家で、その事実がしっかり残っている。
確かキリスト教では、こういうことは禁止だったような気がするのだが文化の違いである。

それで「わが国の国際化からグローバル化への課題」に戻ると・・・・

----------------------

「国際化は何をめざすのか?」の項で
1)
スウェーデンやオランダのように、市バスに乗っても街角で人に話しかけても言葉(英語)が通じ、外国人訪問者が不便なく親しみを感じる社会にするのか」
と書かれているところがあって、

「グローバル化に向けて」で
「段階1)の達成には中学・高校の英語教育の改善に委ねるのが望ましい。」
「そのためにはまず、社会や家庭に英語が本当に必要であると認識してもらうのが前提になろう。・・・・」

-----------------------------

 

だんだん書き写してきて腹が立ってきたが、要するにこの人は「グローバル化」という
国境のない国にしろというわけである。

しかし、日本は日本語によって日本の良さを醸出しているのであり、日本の文化によって外国人旅行者が日本語を学ぼうとしたりする。
英語になったら、国柄などなくなるだろう。

そして、思うのはなぜ「スウェーデンやオランダ」なのかと言うことである。

フランスでは、フランス人は頑として英語は話さないし、移民を500万人も入れてしまった。

グローバル化とは、移民国家でもあって、著者が外国人として描いている「紅毛碧眼」の白人がいたとして、英語を話すかどうかは分からない。
ペルシャ語かもしれない。

グローバル化とは、無政府国家であって英語が話せることがグローバル化ではないだろう。
そもそもあと数年で、スマホで外国人と会話が出来る時代になる。

そして「グローバル化」もどうなるか分からない時代にもなると言うものだ。


2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 5日 (金)

Windows 10 Creators UpdateとLUMIX GX8

Gx8r1


デジタル一眼レフカメラを買ってきて、直ぐにP(プログラム)にして撮ってみてよく撮れると思っているかもしれない。
スマホかコンデジのフルオートで写真を撮るわけではないので、デジタル一眼レフカメラやミラーレスカメラでは自分なりに設定をしなければならない。

少し前まで使ってたEOSMとかM2だと詳細設定が難しかったり、設定しても電源を切るたびに元に戻っていたりと使いにくいものもあった。


そういえばNikon1の初期モデルV1などは、事実上フルオートのカメラだった。
Nikonはミラーレスカメラをコンデジの延長でしか考えていなかった節がある。

それでPentax、SONY、FUJIFILMと詳細設定をするのだが、Panasonic製品はこの詳細設定が良くできない。


詳細設定をするにはカスタム登録をするがこれもよく分からない。
Panasonicはカメラ屋ではなく家電屋なので、ある程度は我慢するしかない。
しかし、LVFと背面の液晶の輝度、彩度などが別々に調整出来るというのは優れものである。
モニターとLVFの明るさを大部落として、少し使い易くなった。
まだまだLUMIX GX8も使い込んでいない。

しかし、UIの使い方がG7と同じなので、同じように思えるから不思議である。

又、持っているPanasonic製品のレンズは、ほとんどキットレンズというのも多少笑える。

それでも、全てそこそこ使えてバージョンアップしてLUMIX GX8にほとんど対応するというのは良かった。

Gx8r3



その他、パソコンに関してWindows10のOSを買ったのがVer1607。
それが4月上旬にWindows 10 Creators Update Ver1703、ビルド15063  にアップデートした。
それで取りあえずクリーンインストール用のメディアを作ってみた。
実のところ、パソコンを組むときに作れば最新のアップデートが適用になって都合が良いはずなので、多少無駄な作業になった気がする。
しかし、面倒ならこれでも間に合うと言うわけである。

Microsoft101


取りあえずの覚えとして***************

MicrosoftのWebページからメディアツールをダウンロード。

Microsoft1021



これを起動して、「別のPCのインストールメディアを作成する」を選択。


Microsoft1031


「このPCにお勧めオプションを使う」を選択。
ISOファイルをダウンロード。

Microsoft1051


Microsoft1061


Microsoft1071



以下Microsoftの説明

「インストール DVD を作成するために Windows Disk Image Burner を使用する場合は、ISO ファイルを保存した場所に移動します。


ISO ファイルを右クリックして、[プロパティ] を選択します。[全般] タブで、[変更] をクリックし、ISO ファイルを開くために使用するプログラムとしてエクスプローラーを選択した後、[適用] を選択します。


ISO ファイルを右クリックして、[ディスク イメージの書き込み] を選択します。」

今回面倒だったので CyberLink Power2Go 11でインストール DVDを作成した。 

Microsoft1081


Microsoft109




2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 4日 (木)

朝鮮半島有事の歴史的経緯を考える。

Mabuchi1

朝鮮半島は、今でも焦臭い状況である。

その朝鮮戦争は、停戦状態と一般には呼ばれているらしい。
しかし、実はとっくの昔にその停戦協定は破られていて今は単に戦闘をしていないだけだという。

言われてみれば停戦協定破りという事件は、昔何度もあったような記憶するが都合の悪いことは「報道しない自由」で詳細は定かではない。
しかも報道では、朝鮮半島にある米軍は米軍でなく国連軍であると言うことを余り言わない。

この国連軍は、この朝鮮戦争のみ発動されて以後中ソの拒否権もあって一度も作られていない。この国連軍といっても正確には「連合軍」で二次大戦の時の戦勝国軍にすぎない。

この国連軍が作られたのは、ソ連が決議に欠席したからである。
その欠席指示はスターリンから言われたと言うことで、馬渕睦夫先生は朝鮮戦争は米国とソ連の出来レースだと述べている。

あの臆病者のマッカーサーは、朝鮮半島から追い出されそうになって旧日本軍の軍人の意見を取り入れて「仁川上陸」で北朝鮮軍を鴨緑江まで押し返した。

実を言えば、この作戦というのは高句麗好太王が朝鮮半島を攻めたときに倭国の軍隊は任那まで追われて朝鮮半島から追い落とされそうになった。

このとき任那の倭人の軍が「仁川上陸」をして包囲することによって、高句麗好太王軍は壊滅して好太王は高句麗に逃げ帰るという史実がある。

重要拠点というのは、古代の戦いでも全く同じように作用する。

それでパールハーバーから朝鮮戦争終結まで、いろいろ奇妙なことか疑問というのがあった。

○マーシャル参謀総長はなぜ約30人抜きで参謀総長になったのか。

 

第50代国務長官、第3代国防長官として、蒋介石政権を追い出して毛沢東に中国を支配させたのか。

 

○アイゼンハワーはなぜヨーロッパ派遣軍の最高司令官になったか、そして大統領になれたのか。

 

○二次大戦では、民主主義国家と全体主義国家との戦いといいながら、ソ連は民主主義国家でもなかったし、日本は全体主義国家でもなかった。

 

○朝鮮戦争の真実は何か。

 


この答えの種本は、(馬渕睦夫著「グローバリズムの終焉 「日本再発見」講座II」)である。

以下は、筆者の推考である。

「マーシャル参謀総長はなぜ約30人抜きで参謀総長になったのか。」

マーシャル氏は、フーバー大統領時代に「軍人として不適」として、誰も相手にされなくなり、副官にでもしてくれと就職活動に専念して危なく退役になりそうになった。

それがフランクリン・ルーズベルト大統領の指名によって参謀総長になった。

これは明らかに政治運動をした成果であり、いわゆるルーズベルト大統領のバックのグローバリストと手を結んだのではないか。

ここで「グローバリスト」=「左翼」と馬渕睦夫先生は看破しているとその後の話が分かりやすくなる。

「アイゼンハワーはなぜヨーロッパ派遣軍の最高司令官になったか、そして大統領になれたのか。」

アイゼンハワーのウィキペディアを見ると種々のことが沢山書かれていて分かりにくい。

アイゼンハワーという人物は、実戦経験もなくほとんど副官として軍人生活を過ごしてきた人物で、パットン将軍やマッカーサーの副官もやっていたことがあると言う人物。

後の参謀長になるスミス将軍によれば、もし二次大戦がなければ陸軍省に准将入って2-3年でそのまま退役というレベルだったという。

通常軍人というのは「ナショナリスト」が普通で、本来戦争をしたくない人たちで、ルーズベルト大統領は、戦争に参加しないという公約で大統領になった。

そこでパールハーバー後に急にドイツ、イタリア、日本と戦争をすることになって軍人としては中々決めかねたのではないか。

軍人として不適格の烙印を押されていた参謀総長、実戦経験もない末席の准将だったアイゼンハワー。
非常に妙な取り合わせである。

「第二次大戦では、民主主義国家と全体主義国家との戦いといいながら、ソ連は民主主義国家でもなかったし、日本は全体主義国家でもなかった。」

戦争は「グローバリスト」と「ナショナリスト」との戦いであったとしていることを見れば、米国もソ連も全く同じだったという理解が進む。

(馬渕睦夫先生によれば)

それだから戦争のあとで、第50代国務長官になったマーシャル元参謀総長は、国民党の蒋介石から今まで通りの武器援助を要請されても無視。

満州国逃げ込んだ八路軍の毛沢東を支援して、日本軍からの鹵獲武器を初めとする軍事援助を行って国民党を中国から追い出すことをした。

要するに、中華人民共和国は米国が作った。

これも同じ「グローバリスト」の感覚と言えばその通りであろう。

「朝鮮戦争の真実は何か」

朝鮮戦争は、初めから半島を二分するための戦いだった「出来レース」と言いきってしまうと多くの兵士が亡くなったのに無残である。
しかし、ソ連は朝鮮半島に国連軍として派遣することは黙認。

最初に北朝鮮軍を追って、鴨緑江まで国連軍か迫ったときに、中国人民解放軍が参戦。
このときに、マッカーサーは鴨緑江の橋の破壊を国連軍司令部に要請するも拒否。

また、マッカーサーの米軍の作戦は事前に国連軍に報告することになっていてその作戦が直ぐに中国側に漏れる。

マッカーサーは、米国のエスタブリシュメント(支配階級)の組織の一員ではないことを悟って、米国に帰国。

アイゼンハワーは大統領になったが、もともと民主党でも共和党でもどちらでも良かったといわれている。

要するに、第二次大戦の頃は民主党よりに戦後は共和党よりになったとはいえ、どこかで「キングメーカー」(金融資本)と逢っているはずで、そうでなければヨーロッパ戦線を持つこたえられなかったろうと思う。
その点、マッカーサーはフィリピンでの蓄財の不正があるだけでなくヨーロッパ戦線で戦わなかった故に「キングメーカー」に会わなかったか、嫌われた。

そもそも日本に対して7年間もの占領は不必要だったし、通常3年、長くて5年というのが相場だというから不適切だった。

こんなことから考えれば、北朝鮮の6カ国協議に日本か入っているのは不思議である。
本来は、米国と中国と北朝鮮で済む話である。

また、日本が朝鮮半島に援助するとかと言うのもどうも筋違いなような気がする。

朝鮮戦争は、ソ連が黙認し中国が共産党内の反毛沢東派を粛正するために大量の人民解放軍を送り込んだという事情。

米ソの出来レースは、38度線で分けるというのは決まっていたとすれば日本には関係ないことであろう。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

PortraitPro V15 通常版
価格:6280円(税込、送料無料) (2017/5/4時点)


2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 3日 (水)

PortraitProを買ってみた

002


5月3日は、憲法記念日の「旗日」の休日である。

旗日というのは、昔のカレンダーには日章旗のマークがデザインされていたが今はない。

実のところこの頃は、日章旗の「ハタハタ」という風になびく音と伴に鯉のぼりが舞っていたものであった。


小生が子どもの頃、母が本当に小さな鯉のぼりを買ってきて竹で出来た物干し竿の先につけて揚げたことがあった。

小さいけどそれなりに「鯉のぼり」で5月の節句を思い起こさせた。
それが学校から帰ってきてみると、この鯉のぼりがない。


どうしたのかというと離れの別宅にいる「爺さん(祖父)」が降ろせ、「みっともない」と散々因縁をつけられて降ろしたという。

翌年はもっと大きな「鯉のぼり」を買ってきて、揚げたがやはり爺さんが文句を言う。


今度は無視してそのままにしていたら、夕立に遭って絵の具で描いてあったらしい「鯉」の目が流れてしまった。

今は6ポケットとかいって孫には何でも買ってくれるような風潮だが、明治生まれの祖父は何もしてくれない。

そして、その翌年はもっともっと大きな「鯉のぼり」を買ってきて、竹の竿まで新調して揚げた。
大きすぎて、揚げるのにも大変だったがなぜか風が弱くて余り良く泳がなかった。
このときはどう言う訳か祖父は何も文句は言ってこなかった。

それであれは何だったのかと今でも思うが、この年になってもさっぱり分からない。
本当に妙なことが多かったこの5月だった。

0011

それはそうと憲法記念日の新聞は、1947年という占領下の憲法の話である。
国民の意思で制定されたのではなく、占領軍のGHQによって与えられた憲法の記念日があるのに日本が独立した4月28日は記念日にもなっていない。
どこの国でも独立記念日があるはずだが、日本にはない。
片岡鉄哉著-『さらば吉田茂――虚構なき戦後政治史』(文藝春秋, 1992年)、
『日本永久占領――日米関係、隠された真実』(講談社+α文庫, 1999年)、「さらば吉田茂」を増訂(いずれも絶版)
から見れば、今でもGHQに占領されているから「独立記念日」はないと言うわけだろうか。

いずれにせよ、憲法記念日の新聞のうち地方紙は酷かった。

ほとんど共同通信の配信をそのまま使っているのだろうが、10年、20年前の記事かと思われるものであった。
要するにその時点で思考停止して、読者に足下を見られてしまっているという訳か。

その共同通信に関しては、大昔に会社でマンションを管理していたことがあって一室を法人契約したことがあった。
その時にいた記者は2年の間に結婚して、引き渡しに立ち会ったら「結婚して1年も経たず」転勤になってと新婦の母親が泣きべそをかいていたのを思い出す。
実は、その新婦だった人はどこに勤めていたのかはさっぱり分からないが、不思議なことに何度か見かけたことがあった。
その時は結構綺麗系の女性だった記憶があるのだが、引っ越しの頃には何となく違った感じ。


その時に、写真だけでも元に戻してやればと思ったの嘘で、単に顔写真を修正出来るというのが面白かったので「PortraitPro」を買ってみた。

12年も前にPhotoImpact10というかなり高度な、フォトレタッチソフトがあってそれを使っていたことがあった。
PhotoImpactは、2007年にPhotoImpact X3になったがその後の更新はない。

Pohoto201711


近年ネット上で見る写真には、妙に加工してある写真がある。
それはどうしたら出来るのかと思っていたら、「PortraitPro」にたどり着いた。
購入したのは、Photoshopプラグインとして使えるPortraitPro Studio版。

丁度証明写真が必要になって、面白がって加工してやろうかと思って買ってやってみた。
しかし、ほんの少し加工するだけで全く別人になってしまうので実際には使わなかった。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

PortraitPro V15 通常版
価格:6280円(税込、送料無料) (2017/5/4時点)


2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 2日 (火)

国民意識から周回遅れの政治家、官僚、学者、マスコミ

Book1

昔、山谷親平氏がニッポン放送の「山谷親平のお早ようニッポン」(1984年まで)のパーソナリティをやっていた。
今では「山谷親平」と言っても誰も知らないが、国会議員の山谷えり子氏の父親である。
このときに、「朝起きて今日は何をしたら良いのだろうか」と迷ったとき、「昨日と同じことをすれば良い」と思って毎日やって来たと言う趣旨のことを言っていたことがある。
もう30年以上前のことだから今と比べて変化が少ないと言うより、今のようにネットで情報が飛び交うという時代でもなかった。
あのバブル景気の熱狂に直前かその頃である。
確かに、人に使われて言われたことをしていれば良い時はそうだったかもしれない。
しかし、その後は経営者側に転じたから「昨日と同じこと」をやっているということはそれから1日もない。
赤字企業を引き継いで、毎年のように従業員が止めてゆく。
特に事業に必要な資格をもった従業員などは一番早い。
だから事情に必要な免許や資格などは雇う側が持っていないといずれ大変なことになる。

それで5月に配られた「広報まえばし」に、「LGBTへの理解を深める講演」という記事があった。主催は男女共同参画センターらしい。
近年日本語にない言葉、日本語ではない言葉による法律が出来たり、言葉が出来たりしている。

新しい科学技術的なことはともかく、そうでないことで日本語にないと言うのは、日本人の概念にない、日本人では余り経験してこないことである。
昨年から突然で出来た言葉に「ポリティカル・コレクトネスpolitical correctness」と言う言葉かある。

日本では、看護婦が看護師になったりした事例がそうであるらしいが、英語では「cameraman」が「Photographer」に、「key man」が「key person」になったというのはそう言われればそうである。
このことから考えれば「LGBT」は、明らかに「ポリティカル・コレクトネス」である。
近年、馬渕睦夫先生の著書を読むことが多くなって、いろいろと気づかされることが多い。


日本では、国民の意識に対して、政治家、官僚、学者、マスコミが周回遅れどころか2周以上遅れているという。
その理由は何かというと、この「ポリティカル・コレクトネス」の呪縛から逃れられないためという。
(馬渕睦夫著「グローバリズムの終焉 「日本再発見」講座II」)

かっての国民は、常に情報の受け手であってテレビ、新聞は都合の悪いことは「報道しない自由」によって国民に知らせず国民世論を誘導することに成功してきた。
しかし、インターネットの普及によって国民は全て一次情報に触れることが出来るだけではなく、情報発信もするようになった。
それによってマスコミの「報道しない自由」は、どう言う意図があるのかなどがバラされてしまった。
事実として、最近新聞の読み方が一変したというのは、驚くべき変化である。
その決定打がトランプ米大統領誕生にまつわる日本の報道とその後日本のマスコミである。
要するに、日本のマスコミ報道もフェイクニュースだったというわけである。
「フェイクニュース」なら真実とは何かと迫るのが、日本人の習性である。
テレビ、新聞がなぜそう言う報道をしているのか、新聞紙上の1面トップになぜそう言う記事を出すのかを考えるようになった。
その補完として、インターネット上の各社の新聞や一次情報に当たってその背景を考えたりするようになった。

それから敷衍すると今年の2-3月の2か月も国政とは全く関係のない「森友問題」に終始した国会で、民進党の支持率が6%台に落ち、安倍内閣の支持率は依然として60%以上であることが理解できる。

要するに、日本の政治家、テレビ、マスコミは、数々の印象操作で騒げば内閣支持率が下がると読んでいたはずである。

確かに、教科書誤報問題の時は「文部科学省」が誤報であると発表しているのにかかわらずマスコミは「報道しない自由」を駆使して結果、内閣支持率が落ち宮沢官房長官談話(近隣諸国条項)になった。

(宮崎正弘・高山正之著「日本に外交はなかった 外交から見た日本の混迷」)

題に「国民意識から周回遅れの政治家、官僚、学者、マスコミ」と書いたのは、10年も前にやった手法が今では全く無意味になったことを気がついていないことである。

特に笑えるのは、日本の「テロ特別措置法」について、テレビで新聞社出身の偉そうなコメンテーターがこの種の法律がないのが日本くらいなものだと言うことを知らなかったことである。

こんなことは、既にネット上では常識になっているのに「政治家、官僚、学者、マスコミ」の方が情報弱者になっているというのはその存在意義が問われることである。


2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 1日 (月)

Panasonic LUMIX DMC GX8に見る写真誌の不都合

Gx88

********************
概要
********************

Panasonic LUMIX DMC GX8は、2015年8月20日にGXシリーズの上級機として発売されたカメラである。
従って、発売されて一年半も経過して通常なら新型の仮称GX9が発売されてもおかしくない。
しかし、発売当初から写真誌では「プロカメラマン」の評価としては大きすぎる、「ドンガラ」と不評であった。
その不評は今でも続き、LUMIX  GX8が話題になることは少ない。
それで今回ようやく、要らないカメラを下取りにして中古品を手に入れることが出来た。
取りあえず4~5日ほど使ってみての感想やPanasonic LUMIX DMC G7との比較、カメラ雑誌などの対応などを書いてみたい。

***********************************
Panasonic LUMIX DMC GX8を手に入れる
***********************************

Gx86


Panasonic LUMIX DMC GX8は、ハイエンドだけあって発売当初かなり高価なカメラであった。
他社製品だと、FUJIFILM X-T1、X-T2、Pro2とかSONY α6500とかの中級機のハイエンドに相当する。
「マグネシウムボディ&アルミ切削ダイヤル」や「防塵・防滴仕様」、「可動式0.5型の大型EVF」、「有効画素数を2030万センサー」(APSだと3,800万画素に相当)など、従来のGX7よりグレードアップしているが見た目はよく分からない。
こういうカメラのディテールの作り込みという点では、従来からのカメラメーカーのNikon、Canon、PentaxそしてクラシカルなFUJIFILMなどに比べて家電屋の悲しさか高級感はない。

Gx83



こういう安物感というのは、SONYのミラーレスカメラのEマウンド機にも多数見受けられる。
デザインとしては、高級コンデジのLUMIX DMC LX-100に共通した傾向にあるが間延びしていないLX100の方がデザインとしては良い。

Lx10011


いずれにせよ高価なカメラで中々手が出ず、より高画質な動画を撮るためにPanasonic LUMIX DMC G7(H)を製造中止後の2017年になって最安値で購入した。
このカメラとSONY α6000で動画を撮っていた。
SONY α6000の動画は、無非常に綺麗で良いのだが30分~40分くらいで熱暴走によって撮影できなくなる。
SONY NEX-6(1600万画素)では、そう言う記憶にないので2400万画素になってからの症状であろう。
従って、このSONY α6000に代わるカメラを探していたというわけである。
一年半越しにようやく手に入れたPanasonic LUMIX DMC GX8は、感慨深いところがある。

Gx81


購入したのは、先ほど述べたように中古(新同品)で、箱にも入っていない剥き出しで届いたもの。
これが夜市で10,000円安くなって、偶然下取りに登録していたカメラが下取り対象になっていたので何とか買える金額まで偶然落ちたということだった。
--これも「神様の思し召し」というか、そういうチャンスがなければ購入しなかったかもしれない。
購入チャンスには「後髪はない」というヤツで逃せば後悔するというものである。

Gx82

******************************
Panasonic LUMIX DMC GX8の不評(雑誌)
******************************

Panasonic LUMIX DMC GX8について掲載されている写真誌のレビュー記事、カメラ比較評価記事を手元にあるものだけで探してみた。

「日本カメラ2015年12月号」のテストレポート(p191)に「LUMIX GX8」があった。
こういうテストレポートに掲載されるカメラは、比較的良い方であるというのは経験済みなので予測通り、それほど大きな不評というのはない。

雑誌「カメラマン」では、プロカメラマンの対談記事では、散々けなしている。

その一方「2016年8月号」の高精細「GX系」対決では、「GX8はGH4と並ぶ2トップのフラッグシップ機」と説明して、GX8、GX7markII、GX7と比べると別格と評している。
要するに、評価するプロカメラマンによる。

Gx85



最近の記事では、「特選街2017年6月号」にデジタルカメラの記事があり
「一眼レフ&ミラーレス」クラス別徹底比較
(●ミラーレス一眼:高級クラス/中級クラス/普及クラス)

があって、Panasonic LUMIX DMC GX8は中級クラスで最上位にランクされている。
但し、お勧めは新型のPanasonic LUMIX DMC G8(一眼レフ型)である。
高評価だったのは、2年サイクルのために製品末期のLUMIX GX8が安く手に入るようになったということである。
但し、特選街では、2015年12月号「デジタルカメラ一眼○×採点簿」でA評価になっているので基本性能は無視できないというわけか。

************************************
カメラ雑誌の動画機能の無視の不思議
************************************

Xt14


近年のデジタルカメラの売りは、動画機能である。
ところが写真雑誌は、カメラの動画機能に関して評価した記載はない。
それは「日本カメラ」や「アサヒカメラ」というカメラ雑誌の高級紙から「カメラマン」という完全にアマチュア向け、「特選街」という買い物雑誌までそうである。

ここで「特選街2017年6月号」では、「Q_デジカメの動画撮影はビデオカメラの代わりに使える?」で「餅は餅屋(ビデオカメラ)で」とデジタルカメラでは簡易的に使うのみ有効としている。
確かに、SONYの「空間光学手ブレ補正」はかなり良い。
要するに、カメラ雑誌では動画機能は無視というわけだ。

しかし、一般的なビデオカメラというのは200万画素である。
最近の4Kだとしても800万画素しかない。
今やコンデジでも2,000万画素の時代である。
だからビデオカメラは、デジタルカメラの代わりにはならない。

***************************************                                 
デジタルカメラの動画評価は如何に
***************************************



最新版として「特選街2017年6月号」「一眼レフ&ミラーレス」クラス別徹底比較」から見てみると。
「動画及び先進機能」で、純粋に動画機能の評価は出ていない。
この中でPanasonicだけは満点の20点を獲得している。
動画機能というのは、実のところ何分ぐらい撮れるかの放熱問題である。
それはフルハイビジョンでは、高画素のデジタルカメラから200万画素相当まで圧縮しなければならないのでカメラにかなり負担がかかる。
この熱暴走で停止した時間は、(動画編集をする前提で)今まで経験したカメラで

SONYα55(1670万画素)--約15分
SONY α77(2470万画素)--約20分
SONY NEX-6(1670万画素)--熱暴走経験せず
SONY α7(2470万画素)--不明(動画で使用せず)
SONYα6000(2470万画素)--30分~40分

Panasonic GX1-熱暴走経験せず
Panasonic G6(1605万画素)-熱暴走経験せず
Panasonic G7(1600万画素)-熱暴走経験せず
Panasonic GX8(2030万画素)-未定

この様に高画素化すると、熱暴走して長時間動画が撮れない。
また、最新の動画連続撮影時間

SONYα6300(2470万画素)は、18分
SONYα6500(2470万画素)は、30分、拡張で60分と言われている。

これからPanasonicは動画機として合格だが、SONYは30分が大方限度。
他社のデジタルカメラは、編集がしづらく室内で撮ったら使い物にならない。

ここでカメラ雑誌では、SONY NEX-6に比べて「肥満化」したSONYα6000ではなく、NEX-6に近いより小型のタッチパネルのSONYα5100を評価している。
同じく、多少巨大化したPanasonic GX8より小型のGX7markIIを評価する。

SONYα6000が外観の安っぽさに反比例して、動画もそれなりに頑張ったカメラであることが分かる。
同じく、Panasonic GX8が高画素化に対応して動画の熱対策として大きくなったということが理解できる。

SONYα6000やPanasonic GX8が評価されなかった原因には、動画機能を無視したということに尽きる。
但し、Panasonic GX7markIIは画素数を1600万画素に抑えているのでG7並である。

*****************************
SONYα6000やPanasonic GX8を通してみる写真誌
*****************************

もう随分昔に写真雑誌の評価だけでCanonEOS7という銀塩カメラを買ったことがあった。これが今のデジタルカメラでは想像が付かないほど低輝度に弱く、雑誌のAFが早い、正確という評価とは全く違った。
それでその後にミノルタのα707Siを購入して、α7になりコニカミノルタα7DになりSONYになった。
のちに撮影会に行って分かったことは、プロカメラマンというのは完全なライティングをするのでアマチュアが撮るのとは撮り方か違うと言うことだった。

Xt208


今回Panasonic LUMIX DMC GX8に絡んで、動画について多少書いてみた。
FUJIFILM X-T20など「動画及び先進機能」でそれほど悪いようには書いていなかった。
しかし、実写してみると明るい条件の良いところはともかく室内では使い物にならず、動画編集もファイルの大きさが大きくて使い物にならなかった。

今は、動かない写真より動画の時代になった。
動画を編集するにはやはりデジタルカメラとパソコンの相性が良く、ビデオカメラはビデオレコーダーとの相性が良い。
いずれにせよ、いつまでも写真の時代ではない。
デジタルカメラの動画機能というのは、ますますカメラの要になるというのは今後の課題だろう。
デジタルカメラは、最終的に動画機能を充実させたミラーレスカメラに統一されてゆくというのは同じく時代の流れであろう。


2017_8_8

2017_4_2203

サイバーリンク PowerDVD 17



詳しくはこちらを参照 icon




1日一回クリックお願いします。


人気ブログランキングへ

---------------------------------------------------------

ブログランキングに参加しています。


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年4月 | トップページ | 2017年6月 »